短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

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オルクセンで小麦技師になった白エルフ・ミリャネルは、ドワーフの長老と対立しながら、貧しい村を救うべく新品種の普及に挑む。

web版読了後推奨。


革命の種子①

「――そういうわけで、この『赤色8号』が、モーリア地域での冬小麦の推奨品種になりました。こちらの畑でも、ぜひ、この秋の播種から切り替えをお願いしたいのです」

 

 彼女は、にこやかに説明を終えた。大机に置いた布袋から、奇妙な名前で呼ばれる小麦の粒が覗いている。

 

 大机を囲む者たちの顔を見回し、反応を伺う。低い天井に吊るされたガス灯の光に照らされる顔は、黒や灰色の髭を蓄えたドワーフばかりだ。

 

 例外はただの二名。白エルフ女である彼女自身と、その隣りに座るオークの老翁である。

 

 ドワーフたちの注目は、若い彼女の方に集まっている。喋っている間に下がり気味になった丸眼鏡を、そっと指で押し上げた。赤茶けた金髪を頭のうしろで一つ括りにし、あらわな顔に硬い笑みを貼り付けたまま、脇の下に冷たい汗を感じている。

 

 一同が囲む大机の最奥、彼女から遠く離れた対面で、しわがれた声が、やっと答えた。

 

「ならんな」

 

「ならんですか」

 

 無礼にまぜっかえしつつ、彼女の頭脳は高速で回転している。本人は、そのつもりではある。

 

「あの、私のご説明が足りなかったかもしれません。新品種の小麦なら収量は」

 

「ならん」

 

 答える老ドワーフは、にべもない。その顔は、あご周りに真っ白な髭を蓄え、頭には一本の毛もない。広い額は無数の皺を刻み、浅黒い皮膚はひび割れて、酷い干ばつに遭った畑を思わせる。

 

 その身体は、ドワーフらしい樽型。だぼっとした茶色の三つ揃えをまとい。肘に布を当てている。

 

 茶色く濁った大きな眼球が、ぎょろりと彼女を見据えた。

 

 かと思うと白髭が動き、しわがれ声が、また言った。

 

「大粒をよって、次の種もみにする。昔から、そうしておる」

 

「……」

 

「種籾は、村の命じゃ。得体の知れんものに命は託せん。余所者の、まして白エルフの種に......」

 

 彼女の種族のことを無遠慮に口にしたのは長老だけだが、その実は、この場にいるドワーフの全てが、それを気にしているのだと、彼女は肌で感じている。

 

 彼女の種族が彼らに働いた大きな罪は、確かな歴史的事実なのだ。それでも、何かを言わねばならない。黙っていてはならない。種族の誇りのために。平等な権利のために。しかし、何を言えばいいのか、彼女には分からない。

 

「私は……」

 

「ここはドワルシュタインじゃ。もう国ではないが、儂らの土地じゃ。やっと取り返した」

 

 途方に暮れた白エルフは、隣に座るオークを、横目でちら、と見た。老翁に当たるべきは、こちらも老翁であろう。しかし頼みの老オークは、ニコニコとしているばかりで、一言もない。

 

 まだ、彼女が頑張れということだ。それならと思案を巡らせるが、どう説得したらいいものか。

 

 彼女が考え付くよりも先に、別のドワーフが口を開いた。村の助役である。やはり樽のような短躯に、グレーの三つ揃えだ。髭のためにドワーフの年齢は分かりにくいが、その声はまだ若い。

 

「しかし、父さん―――」

 

 助役の言葉は、老ドワーフの視線だけで断ち切られた。助役は言い改めねばならない。

 

「村長」

 

 まだ返事を寄こさぬ父親に、助役は椅子から立ち上がった。

 

「長老さま」

 

「なんじゃ。まだ言うか」

 

 助役は言葉を選びつつ言った。

 

「でも、いつまでも昔のやり方は通じないんだ。この村ができて四十年――」

 

 と、助役はいう。若い村なのである。しかし、長老の認識では、また異なる。その塩辛声が直ちに訂正する。

 

「五百六十年」

 

「……五百六十年。昔からのやり方じゃ、もう村はやっていけませんよ。窒素固定法ができてからは。よその村じゃ、工場から買った化学肥料を、どんどんいれてる」

 

「肥やしは昔から糞と豆がらでやっておるんだ。前の王様が下すった鰊粕ならいいが。工場の肥やしは、儂らの麦には合わん」

 

「だから、それは、こちらの先生が仰ってるように、品種の……ええと、すみません、何でしたっけ」

 

 助け舟を求められて、彼女はやっと口を挟んだ。

 

「耐肥性ですね」

 

「そうそう、それです」

 

 これが機会とばかり、彼女は助役ではなく長老に向けて説明を繰り返した。

 

「化学肥料はたくさんの窒素を与えてくれます。でも、きちんと吸収できる品種じゃないと、収量は頭打ちです。伝統品種は、現代の農法には合っていないんです。オークの村はどこも新品種を取り入れて、収量が二割も増えてるんです。多ければ三割も」

 

 ドワーフの長老は、首を横に振った。

 

「よそは、よそじゃ。昔からの麦が丈夫でいい。土に合っておるんじゃ。オークと土仕事では競い合わん」

 

 というより、勝負にならないのだとは、常識的なことである。

 

 ドワーフの頑健さは大したもので、手先の器用さは魔種族随一だ。鉱山に潜る鉱業、金属を加工する工業ならば、かなう種族はない。

 

 しかし、農業となると、体格体力に優れるオークが優れている。畑を耕すのも、種をまくのも、草をひくのも、ドワーフではオークにかなわない。同じ頭数で面倒をみられる畑の広さは段違いだ。

 

 昔は、それでもよかった。しかし、現代の事情は違うのだと、皆の不満顔を代表して、助役のドワーフが再びあらがった。

 

「うちが、そのつもりでいてもですね。小麦が毎年安くなってるんです。うちだけ昔通りの収量じゃ、貧しくなるばかりで」

 

「食うに困ることはないんじゃ。有難いと思わんか」

 

「でも、このままじゃ、フリッツの学費も出してやれなくなりますよ」

 

「孫の学費なんぞ、何とでもする。身内のことを言うな」

 

「我が家だけじゃ、ありません。村中が困っているんです」

 

 助役と長老はじっと互いの顔を見合っていた。ずいぶんと年の離れた親子の顔は、それを見比べる白エルフの眼鏡に映る限り、あまり似ていないように思われた。

 

 先に顔を背けたのは長老の方だった。折れたのである。

 

「村中、全部というわけにはいかん。半ばだけじゃ」

 

 ぱっ、と皆の顔が明るくなった。

 

「ただし、新しい種が村の麦と混ざらぬようにして貰いたい。できるか」

 

 室内の目線が白エルフに集まった。彼女は眼鏡をくいとあげ、自信満々に答えた。

 

「できます! 村の真ん中の川を、境に使いましょう。新品種は東の畑だけに。西側は伝統品種のまま。小麦は普通、自家受粉ですから、それだけ距離をあければ、交雑は、まず起こりません!」

 

「……」

 

 反応の乏しさに彼女が戸惑っていると、隣から聞き慣れたオークの声が補足してくれた。

 

「ふ、ふふ。つまり、新しい麦が、今の麦に混ざって悪さをすることは防げると、そういうことです」

 

 助役を始め、口をつぐんでいた列席のドワーフたちが次々に安堵の声をあげる。

 

「おお、先生が、そう仰るなら安心ですな」

「さすがはブレンターノ先生じゃ」

 

 彼女は、ほっとしたような、がっかりしたような気分で、オークを見つめた。マックス・ブレンターノ教授。元農林大臣。彼女の恩師であり、いまは上司でもある牡だ。

 

 ブレンターノより年上であろうドワーフの長老は、なお言葉を重ねた。

 

「それじゃと、新しい麦がうまく育たなかったら、引き受けた東の畑の者だけが大損じゃ」

 

 ブレンターノは、うんうんと頷いた。

 

「左様ですなあ。他の村より、さらに新しい品種を最初に引き受ける御心配、よく分かります。

 

 では、こうしましょう。こちらの村全体が、私たちの農事試験場と契約して、品種試験を請け負って頂きたい。形の上では、来年一年だけ、うちの試験場の支場ということになるわけですな。

 

 それならば収穫は、取れ高によらず、定額で買上げということにできます。村の全ての農家に現金収入をお約束させて頂いて、何とか、ご協力、ご堪忍を下さりたいが」

 

 いかがですかな、と教授が結んだ時には、誰もが目を輝かせていた。

 

 長老も頷いた。

 

「我が村が始まって以来、大きな変わり目じゃ。くれぐれも、間違いのないように願いたい。よろしくお頼み申しますぞ、ブレンターノ先生」

 

 長老は机の上に両手をつき、伏せるように頭を下げた。続いて、彼女の方にも向く。その目には不審と警戒が渦巻いている。

 

「あんたにも、じゃ。ええと、ミ、ミランネ……」

 

「ミリャネル・タウレリンです。すみませんね、覚えにくい名前で」

 

「タウレリンさん。頼みますぞ、くれぐれも」

 

 長老の言葉は、彼女の師に言う時とは異なり『妙なことはしてくれるな』と釘を刺しているように聞こえた。それでも、彼女は神妙に頷いた。

 

 『あたしも博士なんですけど』という言葉が口からでかけて、尖った唇で留まった。

 

 

 

 (革命の種子②へ続く)

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