短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

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革命の種子④

「これは凄い。地面が見えないじゃないか」

 

 オークの老教授は、歩きながら嘆じるように言った。隣に立つミリャネルは、恩師とともに緑色の小麦畑を眺め渡した。

 

 一歩一歩と近づいて行っても、土の黒色が見えないほど、一面の緑である。それほどに穂が多い麦なのだ。

 

「分けつの多さは、赤色八号譲りです。穂が増えても、ちゃんと支えられるんですよ」

 

 誇らしげに言うミリャネルの成果は、畑に近づくほど明らかになった。麦の背が異様なほど低い。白エルフである彼女の腰にも達しない。オークであるブレンターノと比べれば、膝丈ほどだ。

 

「この高さから伸びないんです。凄いでしょう、先生」

 

 子どものように誇ってみせる愛弟子に、ブレンターノは目を細めた。

 

「同じ小麦とは思えないなあ。決め手になったのは、道洋原種だったっけね」

 

「ええ、ナイレンが送ってくれました。世界中で一番、背が低い麦です」

 

 短稈種と呼ばれる品種であった。稈とは麦や米の茎のことで、これが短い。星欧で栽培されてきた小麦に比べれば、半分以下という超短稈種が、はるか彼方の秋津洲で見つかった。

 

「雪深い地方の産だとか。おかげで耐寒性までつきましたよ。耐肥性は、もちろんです。化学肥料を増やすだけ、実りがちゃんと増えるんです」

 

 化学肥料全盛の時代に適応し、望ましい形質をより集めた結果だった。

 

 地面が見えぬほど穂が増えるという、多分けつ性。

 

 それでいて、日照を最大に受けられる急角度な葉。

 

 豊富な窒素を吸収して実りに変えられる耐肥性。

 

 そして、数多い穂と実を支える太く短い茎がもたらす、耐倒伏性。

 

 貧しい土地や、雑草まみれの畑でも実をつけるのが強みだった在来種とは全く違う。化学肥料と除草環境を前提として、手をかけるほど収量が増えるという、現代の小麦が誕生したのだ。

 

「では、収量はどのくらいに? 既成品種だと、ヘクタールあたり四千五百キロで頭打ちだったが」

 

「推定で、九千キロ!」

 

 ブレンターノは讃嘆を通り越し、呆れるような顔になった。一挙に二倍という、驚異的な収量だった。土壌や栽培法の改良が進めば、もっと増えると期待できた。

 

「ほ、ほ。いやはや、まったく……これは、品種改良なんてものじゃないね」

 

「はい?」

 

「まるで別の種じゃないか。これで変わる……この村だけじゃない。世界から飢えと貧しさを追放できるかもしれない。改良なんて言葉では追いつかないよ。これは、きっと革命の始まりだ。それも、グロワールやロヴァルナのような、赤い血を流す革命じゃない。緑色の革命だ」

 

 ブレンターノは、寂しいような、悔しいような顔になった。

 

「私も君の弟子になって、これの改良と普及を手伝えればいいんだが」

 

「またまた。学長になったばっかりじゃないですか。予算は宜しくお願いしますね」

 

「主任技師殿の要望のままに。農水省だけじゃなくて、外務省にも話してみよう。ぜひ外国に広めるべきだ。形質の固定は、もう?」

 

「まだ、ちょっとバラつきがありますね。あと二世代くらいで安定すると思うんですけど」

 

「では再来年か。名前の候補は?」

 

 開発中の新品種は、系統や世代を示す無機質な番号で呼ばれる。世代を経ても形質が安定したのを確認できてから、正式な品種として認定され、名前がつけらえる。ただし有力有望な種であれば、試験中でも内内の名がつくものだ。

 

 ミリャネルは、ますます頬をほころばせた。

 

「決まってますよ。『白銀10号』です!」

 

「ほほう。ジルバーン……今度は、君の作ったものが、オルクセン全土に広まるからかね」

 

 それは、かつての戦争で、オルクセン王国がエルフィンド王国に攻め入った時の作戦名であった。

 

 その反対という意味かと問われて、ミリャネルは笑って首を振った。

 

「まっさかぁ! 父なるシルヴァン川、母なる白銀樹。実り豊かであるように、ってことですよ。最高に縁起がいい名前です」

 

「なるほど、母なる白銀……」

 

 繰り返して、ブレンターノは口をつぐんだ。ニコニコとしているだけのミリャネルには、何らの感傷も見えない。彼は胸を撫で下ろした。

 

 ◆

 

 約一か月後、ドワーフの村は黄金色に色づいた。村の東半分に播種された白銀10号は、倒れることなく、収穫時期を迎えたのだ。

 

 村中のドワーフたちが総がかりになって、自分たちより背の低い麦を刈り入れている。

 

 その様子を監督してまわりつつ、長老はミリャネルに言った。

 

「まるで儂らみたいじゃな」

 

「はい?」

 

「ちびで見栄えはせんが、とにかく頑丈にできておる。健気で丈夫な、働き者の麦じゃわ。まさしく、ドワーフの小麦じゃないか」

 

「ふ、ふふ。うまいこと、言いますね」

 

 長老は、ふと足を止め、潤んだように見える目で彼女を見た。

 

「雪にも強いそうじゃなあ。これで豊かになるのう」

 

「え?」

 

「ベレリアントの支場じゃ。寒い村なんじゃろう」

 

 品種改良のため、この村と麦を交互に育てている、白エルフの山村のことである。そこを名指しして支場にしたのはミリャネルだった。

 

「ああ、そうですね」

 

「あんたの故郷なんじゃろう。確か、育った村じゃと」

 

「ふふ、うふふ。覚えててくれて、ありがとうございます。私の故郷は、もう豊かになりましたよ。皆さんのおかげで」

 

「おお、そうか。これまでの品種で、合うやつがあったのじゃな」

 

「そんなところですね」

 

 微笑するミリャネルよりも、ドワーフの長老の方が崩れるような笑みになった。会ったこともない白エルフのことを、我が身内のことのように喜んでいる。

 

 そんな自分の変化に感慨を持つことも忘れた老ドワーフは、ふと、案じるような顔になった。

 

「……ミリャネルさん、あんた、帰ってしまうのか?」

 

「ベレリアントにですか?」

 

「エルフは、生まれの白銀樹から離れたがらんと聞いた」

 

「よく知ってますね」

 

「あんたが言ってたんじゃ」

 

「そうでしたっけ……?」

 

 ミリャネルに覚えはないが、この村で暮らした八年もの時間のうちに、そんな話もしたのであろう。長老の屋敷で夕食を取り、地酒を酌み交わしたことは数え切れないほどである。

 

「ええ、生まれの白銀樹から遠くで暮らすエルフは『株分け者』って言って、嫌われるんです。それにベレリアントはエルフの聖域だって考えもありますから、シルヴァン川を南を渡るエルフは、普通じゃありません。生まれの村じゃ養いきれない、食い詰め者ですね、たいていは」

 

「そうだったか……」

 

 長老は、己の村を眺め渡した。明るい声が飛び交っている。

 

「……儂らの村に住んでおった白エルフたちも、そうだったのかのう。食い詰めて、仕方なく。戦争の後は、ここにも住めなくなって」

 

「恨んでないんですか?」

 

「恨んでおるよ。おるが……何というかな。何もかも、昔のことじゃ。あいつらも、あいつらで、無事に暮らせておるといいが」

 

 目を丸くしたミリャネルに、長老はさらに尋ねてきた。

 

「それで、ベレリアントも豊かになったら、帰ってしまうのか。生まれの村に」

 

「いえ、私は、白銀樹とか聖域とか、気にならなくって。生まれつきの株分け者なんですね。低地オルク語だと、根無し草ってとこです」

 

 長老は、むっとした顔になった。

 

「それは違うぞ、あんた。株分け者は、偉い者じゃ。違う土地に、しかと根を張って、花を咲かそうというのじゃからな」

 

 種族の宿敵だった白エルフ達に、長老はそんなことまで言うようになっていた。

 

 ミリャネルは感慨を感じたが、老ドワーフの変化は、それで留まってはいなかった。

 

「のう、あんた。嫁に来てくれないか?」

 

「は?」

 

「嫁じゃ、嫁。結婚のことじゃ」

 

 さすがのミリャネルも、動転せざるを得ない。

 

「なに言ってるんです。エルフが結婚なんて、するわけないじゃないですか」

 

「女王陛下だって、前の王様と結婚なすったじゃろう」

 

「それは特別っていうか。嫌ですよ! お爺さんとだなんて」

 

 長老は大口を開け、腹を叩いて笑い出した。

 

「がはは、何を言ってるんだ。儂のはずがねえ。孫だ、孫」

 

「フリッツくん?」

 

「そう、そう」

 

「仔どもじゃないですか!」

 

 歳の頃は、まだ十かそこらのはずである。彼女の腰ほどの背しかない。ましてドワーフである。オークとエルフの婚姻は先例があるが、ドワーフと白エルフの結婚などは、未だ聞いたことがなかった。

 

 が、老ドワーフには屈託がない。

 

「五十年もすれば、釣り合いがとれるじゃろ。あんたに懐いてるから、孫も喜ぶ。な、な、頼む。儂の孫、貰ってやってくれ。畑も屋敷も全部だ。総領は、あんたでいいから」

 

「エルフがドワーフの家を継げるわけないでしょう!」

 

「時代は変わるんじゃ。せがれが頼りないでな。あんた、次の村長になってくれ」

 

「無茶言わないでください! 堪忍、堪忍!」

 

 とんでもない提案に、彼女は大笑いしながら逃げ出した。長老がどすどすと追いかけてくる。

 

「待ってくれぇ、ずっと、この村にいて欲しいんじゃ!」

 

「いいけど、ヤでーす! 結婚はしませーん!」

 

 小麦色の髪とリュックサックが、畦道の中で揺れている。彼女の右にも左にも、色づいた小麦が風に吹かれて揺れている。さながら黄金の海だった。

 

 その一房の穂をさっと取った。くるくるとまわりながら眺めれば、その様々な形質が、どの系統の何代目に由来するのか、彼女には一瞬で読み取れる。そしてまた、今季の種子をどう繋げていこうかと、足も心も弾み出す。

 

 これからも、数知れぬ失敗が待つだろう。それでも諦めない。諦められるはずがない。そうして続けていくならば、明日は今日より良くなると、彼女はもう確信している。

 

 揺れる穂の影に、小麦と同じような髪色をした、白エルフの少女が見えた気がした。

 

 物心つかぬうちに生まれの村を出され、棄民同然にシルヴァン川の南へ遣られた娘だった。その少女にとっては、白銀樹が生えてなくとも、シルヴァン川より南でも、そこが故郷なのだった。

 

 たとえ住民がエルフからドワーフに変わっても、山や川、そして畑をゆく風は、少しも変わりはしない。変わったのは、その豊かさだけである。

 

 この故郷が、いつまでも実り豊かであるようにと祈りつつ、ミリャネルは少女の幻に微笑んだ。そしてまた、踊るように駆けて行った。

 

 

 

『革命の種子』

 

おわり

 

 

(次話『断章 秋津洲からの手紙①』に続く)

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