短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

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品種改良に勤しむ白エルフ・ミルタエルのもとに、古い友からの手紙が届く。差出した友、ナイレン・ファランニスは世界を探検しており、いまは秋津洲王国にいるという。
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断章 秋津洲からの手紙①

 

 親愛なるミリィへ。

 

 貴方の友、ナイレン・ファランニスより。

 

 

 

 写真をありがとう。貴方も教授も、元気そうで嬉しいです。

 

 ドワーフとの交渉が難航しているそうですね。まだオルクセンの中で、私たちとドワーフとは種族同士の難しい歴史があるから――もっとも、他の全ての種族との間にもあるけど――理解を得るのは大変だと思います。その困難に敢えて立ち向かう貴方を尊敬しています。

 

 何度も誘ってくれて申し訳ないですが、やはり私は、もう帰国はしないと思います。

 

 ベレリアントを含めて、オルクセンが自分の故郷だと思うことは、私にはもう、難しいのです。

 

 オルクセンでは、自分が白エルフであるということを、嫌でも意識させられます。そして他の種族と自分を比べてしまいます。

 

 いいえ、それだけではありません。私は、他のみんなと私を、内心で比べようとしてしまいます。

 

 この私が、今でもオルクセンで生きている貴方を含めて八人の友達――私は今でもそう思っているので――と、同じ地面を歩くことができるなんて、到底考えられません。ですから、私が秋津洲にいることや、こうして貴方と手紙のやり取りをしていることは、これまで通り内緒にしておいてください。特に、カティエレンとヘルヴェアには、くれぐれも。

 

 信じてもらえないかもしれませんが、あの後、ベレリアントに戻らず、キャメロット行きの船に飛び乗って、私は本当に良かったと思っています。

 

 おかげで二つのことを知りました。世界は広いということ。そして、自分は小さいということです。

 

 キャメロットでは、今でも白エルフを尊敬する気風が残っていました。そこから渡ったパルティア、マウリア、ラッフルズや華国の人間たちは、そもそもエルフという種族を知りませんでした。

 

 そこでの私は、奇妙な耳をもった、外国からの旅行客でした。

 

 生まれの村から一歩も出たことのない人間たちは、外の人間は誰でも私のように耳が尖っているのだと思い込んだくらいです。

 

 私は、簡単な計算ができ、いくつもの言葉を読んだり喋ったりでき、そして(これが一番大事なことですが)私たちの伝統楽器が弾けるというだけで、素晴らしい客として歓待して貰えました。

 

 私の、どうということもない演奏と歌で、色々な人々が喜んでくれたとき、私は初めて、自分が自由なのだと思いました。

 

 そして、世界のあちこちで不思議なものを見つけました。

 

 最初は、キャメロットの石柱遺跡。次はアフェルカの大墳墓群と、パルティアの高山からの出土品です。

 

 それらの不思議たちは、私には、全て結びつくべき点と点のように思えてなりませんでした。

 

 いま私が道洋の果て、秋津洲にやってきたのも、例の想像上の船を追ってきた旅のつもりなのです。

 

 ところで、もう気づいているでしょうが、今回の木箱には、特別な贈り物が入っています。

 

 小麦です。

 

 秋津洲の北部で栽培されているもので、成長しても膝丈ほどにしかならない、珍しい品種です。最初に畑を見たときは、小麦だと気づかなかったくらいです。面白いでしょう? 少しでも貴方の役に立つことを祈っています。

 

 さて――ここからが本題です。

 

 北部に行ったと言いましたね。実は、そこは、秋津洲の国民ですら、ふつうは立ち入ることができない領域なのです。ずいぶん前から館浜に駐留しているオルクセン領事館や、ファーレンス商会のオークやコボルト達が、北部へ行くことが許されていないのはもちろんです。

 

 秋津洲王国は、奇妙な国です。星欧諸国を模倣し、信じがたいほどの勢いで自己変革を遂げつつある、この小さな国には、国の中の国というべき領域があります。

 

 それが北部です。

 

 その領域は、名目上は秋津洲王国の一部なのですが、政府もほとんど干渉ができない半独立領です。私は、その土地を訪れた初めての異国籍者になりました。

 

 もちろん、ただの旅行客、自称・探検家が、そんなところへ入れるはずがありません。

 

 私は今、秋津洲政府に雇われています。

 

 驚きましたか? この国の政府には「お雇い外国人」というものがあって、星欧諸国から招いた知識人や技術者を、役人や顧問として雇い入れているのです。私は人間ではありませんが、秋津洲人は気にせず、それどころか大いに驚いて、いきなり高級官吏として雇ってくれました。

 

 もちろん、私から就職活動をしたわけではありませんよ。この国の外港、館浜にきて、しばらくは御針子として働いていました。数か国語を離す妙な外国人が、噂にならないはずがありません。この国の人たちは礼儀正しくて親切だけれど、お喋りと詮索が大好きなんですから。そして、その外国人の耳が尖っているということも、すぐ広まったみたいです。

 

 ある日、フロックコートを着た役人がたくさんやってきて、床に手をつき、伏せるような姿勢(この国では最上級の敬礼の形式です)で、政府に雇われてほしいと、私に懇願してくるのです。あの時は驚いて、もちろん断りましたが、二度断った後、三度目の訪問を受けて、ついに応じることにしました。

 

 根負けしたということもあるけれど、政府に雇われれば、まだ外国人の往来に厳しいこの国を、自由に移動できると聞いたからです。それどころか、秋津洲人が行けない場所にまで行けると。彼らが私にやらせたい仕事は、音楽の演奏や、語学の教授や、もちろん学部一年目で退学した生物学の講釈なんかではなかったのです。

 

 私は、この国の外交顧問になりました。

 

 普段は、翻訳の仕事をしたり、旅の間に見聞きした国々の事情や言語を、本職の外交官の皆さんに教えたりして、とても喜ばれました。たぶん、彼らの方が、私を見定めるのが目的だったのでしょう。

 

 そして遂に、私の本当の出番がきました。北部地域への副使節に任命されたのです。もう顧問ではありません。秋津洲王の王宮に参内して、認証を受け、公用使の印章を授かりました。つい三カ月前に、この国にやってきたばかりの私が、です。

 

 そうして公用で旅した北部は、ベレリアントのように寒く、しかし産物が豊かな土地でした。そこで、あの小麦を見つけたというわけです。

 

 さて、ここからが本題です。

 

 北部地方、国の中の国のような地域のことを、彼らは「エゾド」と呼んでいます。

 

 そこを併呑すべく、千年ほど前の秋津洲王(なんと、今の王統の先祖だそうです)が何度も遠征軍を送ったけれど、ついに征服できず、相互不可侵の和約を結び、それが今でも続いているのだそうです。

 

 そこに住む部族を「エミシ」というのだと、私は聞いていました。

 

 国境(国内の境界線を、そう呼ぶのは変ですが、そうとしか思えない警備施設)を越えた私たちは、手付かずの自然の中を徒歩で旅しました。

 

ずっと獣道を歩き、野営する暮らしに、外務省の人たちは閉口していました。私はこれまで、不思議な遺跡や動植物を探す経験を積んでいて良かったと思います。

 

 一カ月ほどかけて、やっと目的地に着きました。不可侵の北部地域の中でも、その部族が暮らしている、真のエゾドです。

 

 こちらは公用の、それも定期の使節団ですから、当然、迎えがあります。

 

 迎えの姿を目にした瞬間、私は全てを理解しました。

 

 そして、自分の妄想が正しかったという確信を得ました。

 

 秋津洲人たちが「エゾド」と呼んでいたのは、聞き取りづらかったせいなのでしょう。

 

 でも、私には聞き取れます。かなり違ってもいたけれど、それはアールブ語でした。

 

 エミシとは、エルフのことでした。

 

 秋津洲には、私たちとは別の白エルフがいるのです。

 

 彼女らは、そこを「エルフィンド」と呼んでいました。

 

 

 

(②へ続く)

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