(承前)
驚きましたか? 私も「エルフィンドへようこそ」と言われた時は、とても驚きました。
驚いたといえば、私たち使節団を迎えたエミシ、リンドリエルと名乗った白エルフも、目を丸くしていました。もちろん、私を見てのことです。
歓迎の行事もそこそこに、丁重ながらも詳しい調査が始まりました。彼女は私だけを隔離して話をしたかったようですが、秋津洲人の外交官や随員の方々が強く拒否したので、みなさん同席で聞き取りが行われました。
すぐに判明したのは「エルフィンド」についてです。
考えてみれば「エルフィンド」は「エルフの国」という意味の言葉ですから、私たちの知るエルフィンド王国に限らないのです。
秋津洲で暮らす白エルフたちが、自分たちの国をそう呼んでいるという、それだけのことでした。
だいたい彼女たちは「エルフィンド王国」の存在も、滅亡も、まるで知りませんでした。それなのにベレリアント半島のことは知っていました。彼女らエミシの、伝説上の故郷だというのです。
もう分かったでしょう。
秋津洲の白エルフ、まどろっこしいのでエミシと呼ぶことにしますが、彼女たちは、私たちと同じベレリアントに生まれ、エルフィンド王国の成立以前に分岐した白エルフの集団でした。
私とほぼ同時に、その事実に気づくと、リンドリエルという白エルフは、天地が崩れたかと思うほど驚いていました。どうやらエミシたちは、ベレリアント半島で白エルフが生き続けているとは思ってもいなかったようです。私が、ベレリアント以外の場所に白エルフが生きているなんて、想像したことも無かったのと同じように。
リンドリエルは、若い彼女の手には余る事態だと判断しました。彼女は、エミシたちがベレリアントを去った後に生まれたというのです。
――ええ、ミリィ。この手紙を読んでいる貴方の疑問はもっともです。それは最も重要なことの一つです。でも、そのことは、後で書くことにします。
あの時、私は頭の中を無数の疑問でいっぱいにしながらも、まずは何としても、かつて貴方に話したこともある「船」仮説を確かめたいという、それだけを考えていたのですから。
◆
私たち使節団は、歓迎のための建物から、他へ移されました。
山肌を無限に続くように思われる石階段を上り、樹々に囲まれた山頂近くに、遠目には赤一色に見える神殿がありました。近づくと、漆塗りの木材で作られていることが分かりました。
この神殿こそ、エミシたちの信仰の中心であり、サイオウと呼ばれる最上位神官の住居でもあると、道々に教わりました。エミシは自分たちのことを、氏族の集合ではなく、一つの教団だと考えているようでした。ミコと呼ばれる神官が共同体の中で重要な役割をもっており、最上位のミコであるサイオウが女王のような立場です。ただしサイオウは、時折交代するということでした。
私たちを直接に取り調べ、また私たちにエミシの歴史を説明してくれたのは、当代のサイオウです(貴方に読めないことは承知の上ですが、秋津洲語では『斎王』と書きます)。
斎王は、我々と同じ尖り耳、白い肌をもったエルフでした。白エルフらしい黄金色の髪を、秋津洲風に四角く結い上げ、やはり秋津洲人のようなミコ服に身を包んだ姿は、奇妙なほどしっくりと馴染んでおり、言い知れぬ荘厳さがありました。
私に話しかけた斎王の態度は、種族の指導者とは思えないほど気さくで陽気でした。自らの名をアライリス・ノアンディルと名乗り、「光のエルフ」だと説明しました。彼女は、エミシの中でも最も年長の者たちのひとりであり、私たちにとっては神話伝承に過ぎない、あの降星の光を、その目で見たというのです。
私は、いてもたってもいられず、斎王アライリスの話を遮って、積年の疑念を、私の仮説をぶつけました。
彼女は目を丸くし、ころころと笑い、楽しそうに頷きました。そして私に言うのです。
「いかにも、その通りじゃ。ナイレンとやら。わらわたちは、ベレリアントを離れ、各地を巡りながら、この島へ渡ってきた。苦難は限りなく、多くのはらからを亡くしたが、不思議なものよ。今思い出すのは、楽しいことばかりじゃ。そなたは、わらわ達の跡を辿ってきたと申したな。では、ひとつ、昔話につきあってもらうおうか。長い長い旅の話を――」
そして私は、ベレリアントの神話伝承には一言も残っていない、それでいて、世界各地の歴史には明確に刻まれている、白エルフの秘密の歴史を聞いたのです。
◆
私たち白エルフが――いいえ、私たち、ベレリアントの白エルフが、神話伝承のことと思っている伝説の降星は、斎王アライリスにとっては幼い日の思い出でした。
実は、星が空に降ってきたという天変地異は、伝説とは異なり、何度にも渡る出来事だったそうです。
斎王が伝え聞いている限り、エルフ族が誕生した後、最大の星が落ちてきたのは、今から五万年ほど前のこと。もっと大きい星が落下してきたこともあり、そのうち最大のものは道洋の東、大瞑海に落ちたそうです。
「それはいつ頃のことですか」と私が尋ねると、斎王は笑い、途方もなく昔のことなので「神のみぞ知る」と答えました。
慣用句ではありません。彼女たちエミシにとって神とは、実在の存在です。斎王アライリスが、ベレリアントの白銀樹の下に生まれた頃に、つまり今から六千五百年ほどの昔。
小さな星が夜空に光の雨のように降り注いだ夜に、突如として現出した男。
その見た目はエルフに似ていましたが、瞳の色は黒く、白く輝く髪に月桂の冠を被り、白い巻き衣をまとい、靴は履かなかったそうです。彼は、自分こそ全エルフ族の父であり、世界そのものの創造神だと名乗ったそうです。
神が語る言葉と、エルフの扱う術を遥かに超える超常の魔法を見て、彼女らはこぞって神に帰依し、崇めました。
神に統治された平和な暮らしは、三千年近く続いたそうです。
しかし、神は次第に物憂げになり、この世の全てに飽いたようになったといいます。エルフ達が神を称え、崇めれば崇めるほど、神は塞ぎこむようになりました。
そして突如、西方の楽土を目指して出航すべしと、全エルフに命じたのです。
ベレリアントの山という山から大木が切り出され、無数の大船が作られました。と言っても、二千年以上も昔の船ですから、今からすれば随分みすぼらしいものであったようです。
船の数が五千隻に迫った頃、神は出航を命じました。神は全てのエルフの中から十四万四千人だけを選び、乗船を命じて、西の海へと去りました。巨船の建造はまだ続いていましたが、神は、それ以上は待たなかったのです。
ベレリアント半島には、なお数百万のエルフが残されました。
アライリスも、そのひとりです。
私たちの知る神話伝承では、西へ旅立った白エルフは、約束の地に至ったものの、創造神とは異なる「新たなる指導者」に導かれて、再び聖地ベレリアントに帰還したとされています。そして、半島に残っていた白エルフと合流し、やがてエルフィンド王国をつくったのだと。
しかし、神話伝承には残っていない、忘れられた事実があったのです。
創造神に置き捨てられたエルフ達は、悲しみに悲しみ、嘆きに嘆きました。
「わが神、わが神、どうして私たちを見捨てられたのですか」と。
しかし、神に捨てられても、彼女らは神への愛を捨てませんでした。神を追いかけることにしたのです。建造途中であった船を次々に完成させては、数百名ごとに船出しました。
ただし、敬虔かつ勇敢ではあっても、無謀ではなかった彼女たちは、西の大洋には出ませんでした。数千年前の技術では、天候をも操る神の御業なくして、遠洋航海は不可能だったのです。
彼女たちには、神の教えがありました。
神は言ったそうです。
「この世界は平らに見えるが、実は丸い。西に向かった者と、東に向かった者は、やがて世界の裏側で出会う」と。
だから彼女らは、東に向けて旅立ったのです。西方楽土へ去った神と、星の裏側で再会する日を夢見て。
その第一陣に属したというアライリスの話を信じるなら、星暦前一五〇〇年頃の話です。
(③へつづく)