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(承前)
ミリィ、この手紙を読んでいる、あなたの様子が想像できます。椅子から飛び上がって、家の外に聞こえるほどの声で、叫んでしまったのでは? お隣さんから文句を言われても、私のせいではありませんよ。
私も、この話を聞いた時は、静謐な神殿の床から飛び上がったものです。驚きより、喜びが勝っていました。
エミシの斎王アライリス、その実は二千五百年前にベレリアントを旅だった光のエルフが語った歴史は、私の「船仮説」を裏付けていたからです。
昔から思っていました。私たち白エルフに伝わる神話伝承は、ただのお伽話ではなく、歴史的事実を含んでいるのではないのかと。
現に、神に奉供して西の楽土へ旅立ったという白エルフ船団の痕跡らしいものが、各国に残っています。
例えば、白エルフ船団が実在すれば、最初に到達しただろう大ログレス島です。
彼の地に残る石柱遺跡群と、英雄伝説です。石の塔に住む魔法使いが、古代の英雄に聖なる剣を授け、ログレス統一を助けたという、有名な物語がありますね。かの英雄の実在は証明されていませんが、その王都の名は今のキャメロット王国の国名になっています。王朝の安定を見届けた魔法使いは、一族を連れて、西の大海へ去ったといいます。
中継地で準備を整えたエルフ船団が、大星洋に繰り出したということでしょう。彼女らがキャメロットの古英雄を助けたのは、その見返りで船や物資を増強するためであったのではないでしょうか。
次に、彼女らが大星洋を渡り、センチュリー大陸に到達したらしい痕跡もあります。
海の彼方から現れた白い神が、古代南センチュリーの人間達に文明を教えたという伝説です。
その神は白い肌をもつ大柄な男神で、多くの息子や娘を連れていたといいます。この伝説が、はるか後の六星紀に南センチュリー文明を滅ぼしたイザベリアの将軍に利用されたことは、皮肉というほかありません。
海から来た白い神、恐らくは白エルフの神と同一の存在は、人間たちに豊かな文明を授けた後、海の泡となって去ったといいます。再び船出したという意味でしょう。彼女たちには、センチュリー大陸すら、中継地に過ぎなかったということです。
このように、古代白エルフがキャメロットやセンチュリーに渡ったというのは、私の独創ではありません。市井の好事家、読書家の間では、古くから言われている話です。
私の独創は、船団がもう一群あり、東にも向かったというものです。地裂海沿岸部の各所、そして道洋の伝説や遺跡の端々に、白エルフの姿が見え隠れするように思え、その痕跡を追い、私は十年に渡って旅をしてきました。
その果ての地、秋津洲にまだ生き残っていたエルフの斎王が語った歴史は、大筋において、私の仮説を裏付けて、数多くの点と点を結びつけるものでした。彼女らの古代の旅は、五百年以上かかったそうです。
◆
斎王アライリスが言うには、東に向かったエルフたちは、おおむね二群に別れました。神を失った彼女らにまとまりはなく、氏族や地域ごと、ばらばらに出立したのです。
一群は荒海を東に向かい、ロヴァルナの大河を遡って南東へ。やがて船を捨てて徒歩となり、地裂海の北岸に至りました。
この集団を率いたのは、サクリエン・ネンウェルという斎王です。サクリエンは、そこで一度、足を止めました。後から来る同胞たちを待ち、合流するためです。地裂海の一角、オリンポス多島海の一島を占領し、物資を蓄え、再び船を建造しました。
信じがたいことに、古代エルフには少数ながら男もいたらしいのですが、男の大半は労働力として神が連れていったので、この群は女ばかりでした。
美しい女性だけが暮らす島は、多島海の噂となり、今は伝説として伝えられています。女性の同性愛を意味する言葉の由来ですね。
やがて後続と合流して大集団を形成すると、サクリエンたちは地裂海北岸沿いを航行し、今でいうイスマイルに向かいました。
◆
同じ頃、地裂海の南岸を進んでいた一団もあります。こちらの組は、ベレリアント半島から海岸沿いにまず西に向かい、アフェルカ大陸との海峡から地裂海に入り、南岸を東へ進みました。
この組を率いたのは、ディードリエル・
星欧の古代史家がディードリエルに聞き取りをしたら、さぞ多くの発見があるでしょう。なぜなら彼女もまた、後続を待つべく中継地を建設したからです。ディードリエルには、ほんの仮宿のつもりでしたから、簡単に「新しい街」とだけ名付けました。
彼女らが東へ去った後、その国は現地の人間たちに受け継がれ、同じ意味の現地語を国名としました。
そうです。古代エルトリア帝国と地裂海の覇権を争った、あの国の始祖はエルフだったのです。期せずして大国の建国者となったディードリエルは、その愛称が神話に残り、女神ディードとして伝わっています。
その後、ディードリエルたち南岸組も東進し、巨大墳墓群の建設に知恵を貸して、さらに別の女神として名を残しつつ、海路イスマイルに到達します。
そこで、北岸組と偶然の再会を果たしました。南岸組の指導者ディードリエルを姉、北岸組のサクリエンを妹とする契りが結ばれ、両集団は平和裏に合体しました。
奇跡的な再会を神の加護と信じ、彼女たちは決然として船団を廃棄。徒歩でさらに東へ向かいました。
後から次々にやってきた小集団たちも、それに倣って船を置き捨てていったため、その地域には無数の廃船が長く残ることになったそうです。
ここからは私の推測ですが、その廃船群は、現地の人間たちに強い印象を与えたでしょう。もしかすると、あの地域に伝わる洪水伝説と習合して、各地に伝わる箱舟伝説の原型になったのかもしれません。
◆
バシュトゥニスタンの天険を越え、エルフ達は古代の道洋に入りました。マウリアでは現地の大河に目を見張り、故郷のシルヴァン川を想起しては、皆が涙を拭ったそうです。
その愛着と生活上の都合で、川沿いに移動した彼女たちは、古代マウリア人から、またしても神として崇められました。
この頃になると、不老の美男美女集団であるエルフ達は、人間から神様扱いされることに慣れ、それを意図的に利用するようになっていたと、当代の斎王アライリスは苦笑しながら教えてくれました。
指導者ディードリエルは、マウリアでは知恵と芸術を司る水辺の神として崇められ、その後に到達した古代華国では、西から来た仙女の女王として扱われました。
今でも華国には、修行によって仙人となり、不老不死を得るという宗教がありますが、その原型は実在した神仙集団、つまり白エルフへの信仰だったようです。
そうして人間たちから尊敬と寄進を受けつつ、エルフたちは華国東岸に達し、大瞑海を目にしました。
彼女たちは、ついに神が示した理想郷の一歩手前まで到達したと確信しました。その理由は後で書きますが、とにかく確証があったのです。東の海の彼方に理想郷があるのだと、彼女たちは信者たる人間たちにも語りました。
その話が古代華国の大王に伝わったことで、彼女たちは新たな船団を手にしました。理想郷には不老不死の妙薬があると、人族の大王は信じ込んでおり、その探索船団の案内を仙女に懇請したからです。渡りに船とは、このことです。
こうして、若干の華国人たちを連れて海を越え、エルフ達は、道洋の東端にある弧状列島へ上陸しました。やがて秋津洲と呼ばれることになる島々です。
そこを最後の補給地とし、すぐにも理想郷に向けて船出しようとしたところで――無情にも、神がその先に障壁を残したことを知りました。
大瞑海の沖合を常に覆う永久の嵐です。
ただ、嵐の隙間を縫って航海することは、彼女たちには可能でした。彼女らのうち、降星の光を見た「光のエルフ」たちは、信じがたい程の魔術力を持っています。
――ミリィ。ラピアカプツェで州兵に囚われた時のことを覚えていますね。あの時、私たちは衛兵の動きを魔術探知で見つけ、その隙間を縫って脱走しました。いちばん活躍したのはヘルヴェアでしたね。彼女の魔術力は底なしのように思えたものです。
でも、光のエルフの魔術力は、それどころではありません。彼女らの放つ魔術波は、あまりにも強大、かつ巧妙です。単に反射波を感じるのではありません。魔術波を空と地面に反射させ、千キロメートルも先を探知できるというのです。
私たちの探知力が、せいぜい三キロ、ヘルヴェアでさえ十キロほどだったことを思えば、光のエルフたちの力は、まるで奇跡です。
その力を発揮し、彼女たちは理想郷らしいものを見つけました。大瞑海のほぼ中央です。そこへの航路を阻む嵐を探知して、その隙間を見つけることもできました。
ですが、残念ながら、当時の木造帆船には、探知できた隙間を抜けるだけの速力も、外洋の荒波に耐える強度もなかったのです。
それを確かめる決死の探索航海で、大瞑海の脅威が嵐だけではないことが分かると、彼女たちは万策尽きました。
目指すべき理想郷の位置を大瞑海沖合にほぼ特定できたにも関わらず、そこへ渡る手段がないのです。
それでも、彼女たちは諦めることを知りません。あの嵐が静まるか、それを越える力を手に入れるまで、理想郷に最も近い弧状列島で時を待つことにしたのです。
五百年以上をかけて旅し、あと一歩まで近づいたのですから。もう五百年、あるいは一千年だって、耐えるつもりでした。
長く腰を据えるべく、秋津洲の一隅を占領し、現地の人間たちと領土争いが始まり――そして、誰にとっても意外なことが起こりました。
かつて地裂海北岸の旅を指導し、その後は斎王の妹として種族を統括してきたサクリエンが、交渉に訪れた人間の首長と恋に落ちたのです。
周囲を説得したサクリエンは、人間と結婚し、やがて子を産みました。
ミリィ。これが、あなたの疑問への答えです。
秋津洲の白エルフは、出産によって増えてきたのです。それも、人間との間で。
(④へ続く)