短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

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二級市民②

古びた蒸気機関車はシルヴァン川に架かった鉄橋を渡り、モーリア市に入った。モーリア市も旧エルフィンド領ではあるが、さらに遡ればドワーフの国ドワルシュタインの都だった街である。

 

 オルクセン連邦の歴史としては、エルフィンドが不法に占領していたのだと、そうみなされている。モーリア市がオクルセン本国の一部、メルトメア州に編入されたのは、そういうわけである。

 

 モーリア市駅の旧駅舎で、九名の乗客は下車した。乗り換える必要があるのだ。

 

 白エルフたちは――異様なほど軽装なヘルヴェア以外は――大荷物を抱えて車両を降り、隣の新駅舎まで歩いた。二つの駅舎は、青灰色の軍服をまとったオークとドワーフに囲まれ、利用者の姿は皆無である。今日、この時だけは、彼女らを除く一切の者の立ち入りが禁止されているのだ。

 

「……しっかりしたものですね」

 

 ヘルヴェア・オストエレンは、そう感想を漏らした。少しは気を許してくれたかな、と思いながらタルヴェラは鷹揚に頷きを返す。

 

「メルトメアの州知事が言ったことだからな。まず、安心だよ。それより、ほら、あれだ」

 

 そう言って、新駅舎に留まっている鉄道車両を示す。車両には煙突がない。そのかわり、アンテナのような棒を突き出している。その棒は、線路に沿うように張られた黒い横紐を支えるように触れている。

 

「……初めて見ます」

 

「これからは、みんな、ああなる。他の州でも、主要線はもう電車だ」

 

 モーリア市から南の鉄道は、もう電化されているのだった。ああ、もう蒸気機関の時代ではない。そう呼号しての電化事業は、オルクセン連邦の各地で進められている。

 

「ふん、旧エルフィンドを除いて、な」

 

 鼻を鳴らして、タルヴェラは続けた。

 

「ああ、そうだ。私の会社は、運河も鉄道も作ったけどね。建築会社じゃ、どうにもならない」

 

 必要なのは、もっと上の力なのだ。

 

 彼女達が乗り込み、物珍しげに車内を見渡すうちに、電車は出発した。目指すところは、電化路線の今のところの終点、州都ラピアカプツェである。電車は夜を徹して走り、到着するのは明くる早朝を予定している。

 

 

 

 

 その翌朝。

 

 オルクセン連邦の首都ヴィルトシュヴァイン。そのミッテ区にある旧国王官邸内の現在の主は、大統領と呼ばれている。現任の第二代大統領は、信任投票ではなく、複数候補が出馬する普通選挙で選ばれた初の民選大統領である。

 

 旧エルフィンド領を除く、オルクセン連邦全土の市民の投票で選ばれただけあって、その牡の手腕には定評がある。ベレリアント戦争時は外務大臣、その後は初代連邦首相として辣腕を振るった牡、クレメンス・ビューローは、閣議室の卓上に置かれた電話機を取り、交換手に告げた。

 

「メルトメア州知事につないでくれ」

 

 程なくして、求める相手は出た。現在の州知事はドワーフである。

 

「ああ、知事殿。今しがた、ラジオで聞いたよ。電車は無事だそうだね。うん、うん……」

 

 大統領は意識的に笑顔を浮かべた。元外交官の嗜みである。電話越しであっても、表情づくりは大事だ。表情は声に表れ、必ず相手に好印象を与える。もっとも、ビューロー大統領の場合は、電話越しの方が、かえって笑顔は通じるかもしれなかった。

 

「あの悪党顔で、よく当選したものだ」

「大統領閣下の御尊顔をみろ。この国では、何事も能力次第だっていう証明さ」

 

 などと、ほとんど悪口めいた冗談の種にされる強面の持ち主なのだった。真顔よりも威嚇的かもしれない笑顔で、ビューローは友好的な会話を続ける。

 

「ええ、よろしくお願いしますよ。万全の警備を。全連邦がラピアカプツェに注目していますからな。くれぐれも」

 

 そう言って、電話を切る。真顔に戻って、大机に居並んだ面々を見回す。早朝だというのに、全閣僚が勢ぞろいしているのだった。統合参謀本部長と国家憲兵隊長官という、制服組の二巨頭まで呼んである。

 

 注目する一同に向け、ビューローは重々しく告げた。

 

「州知事は、今度ばかりは約束を守ってくれたよ。さすがに、諦めたということだ」

 

 内務大臣が、一同を代表して喜びを述べた。

 

「さすがに、連邦裁判所判決ですからな。ええ、いくら民主分権の時代とはいえ、州には弁えてもらわねば。少々気が早いかもしれませんが、ひとまずは、おめでとうございます」

 

 ビューローは再び迫力ある笑みを浮かべて頷き、テレビをつけるよう秘書官に命じる。

 

「さて、いくらかの混乱はあるだろうが、見守るとしよう。後は彼女たちの忍耐を信じるのみだ」

 

 閣議室に置かれた白黒テレビに電源が入れられ、じわりと像を結びだす。そこには、メルトメア州都の駅舎が映っている。特別電車は、予定通りに到着したようである。

 

 

 

 

 終点の駅舎に近づき、電車が速度を落とし始めた頃、タルヴェラは他の八名の白エルフたちに言った。

 

「……私の故郷は、アシリアンドだと言ったな。北の山には、夏でも溶けない氷があってね。この世が始った頃から、ずっと凍っているのさ。星が降ろうが、戦争に負けようが、関係ない。見たことが無いかもしれないが、みんな、想像してみてくれ。したか? じゃあ、自分がそんな氷になったつもりでいるんだ」

 

 八人は、それぞれに小さく頷いた。みな、顔色は白い。震えている者もいる。タルヴェラは気づかぬふりで続けた。

 

「全て無視するんだ。何も関係ない」

 

 電車は遂に停止した。車両の壁を貫通し、もうざわめきが届いている。

 

「私たちはベレリアントの氷なんだ」

 

 ドアが開く。その途端、車内に満ちたのは、耳をつんざく罵声だった。

 

 数百人の群衆が駅舎を包囲し、彼女たち九人に拒絶の言葉を投げつけている。

 

 

 

(九名の二級市民③へ続く)

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