短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

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断章 秋津洲からの手紙④

(承前)

 

 こうして、私たちに共通の希望は、私の手の中からは消えてしまいました。

 

 もしも神話伝承が事実で、ベレリアントを去った白エルフの集団がいて、それが数百年に渡って共同体を維持できていたとするなら、ベレリアントの外でも子供が生まれていたはずだという、そこまでは正しかったのに。

 

 彼女たちは白銀樹を持ち出しておらず、あの母なる樹々をベレリアントの外に根付かせる方法など、知りはしませんでした。

 

 空想めいた仮説は合っていたけれど、その前提のところで、私は結局、常識に囚われていたのです。

 

 やっぱり、古代の神秘などに期待するべきではなかった。新しい未来があるとすれば、そこに辿り着くには、現在を懸命に歩むしかないのでしょう。あなたに送った小麦が、あなたの現在の役に立つことを心から願います。

 

 けれど、この旅が無駄だったとは思いません。驚くべき歴史を知ることができたのは大いなる喜びですが、それよりも、自分が本当は何を求めていたのかを、少し分かったように思うからです。

 

 そして、いま私は、新しい希望を見つけました。

 

 ◆

 

 最も有力な光のエルフのひとり、サクリエンと結ばれた人間の首長は、みるみるうちに勢力を拡大しました。サクリエンの補佐のたまものです。

 

 彼女は神の教え、数千年の生、そしてベレリアントからの長い旅で培った、深い知恵の持ち主でした。また彼女自身、長い旅のあいだに種族の半ばを統べてきた指導者です。人間の小部族を率いる首長の助言役など、役不足もよいところだったでしょう。

 

 また、当初は呆気に取られていたエルフたちも、敬愛する大事な同胞の嫁ぎ先を支援するようになりました。

 

 となれば、人間の首長が四方の部族を併呑し、国を建て、秋津洲王を名乗るようになったのは、当然の結果でした。

 

 首長の死後、国と王位は彼の、そしてサクリエンの子でもある王太子に受け継がれ、現在の秋津洲王まで繋がっています。

 

 夫の死後、サクリエンはエルフの里に戻ったそうですが、それからも亡夫が建てた国を後援し続けました。列島で最も有力な国と、婚姻を通じた同盟関係にあることは、エルフ達の安全保障となりました。

 

 ところが、そのような政略以上に、サクリエンは人間を愛していたようです。

 

 この国で最大の火山、この世に二つとない山という意味の名で呼ばれる巨山が噴火した時のことです。山肌を下る溶岩は平野を覆って火の海に変え、噴き出した火山灰によって昼は夜のように暗くなったそうです。

 

 その山はエルフの郷からは遠く離れていたのですが、サクリエンは人間たちを救うため、神から授かった特別な魔術を行使しました。その大魔術は、溶岩の流れを堰き止め、空を覆う灰を吹き飛ばし、噴火そのものを鎮めました。

 

 信じがたい話ですが、これはただの伝説ではなく、多くのエルフが目撃した話なのです。大魔術が発動した時、黄金色の魔術力が竜巻のように天に昇り、見渡す限りの天地を払い清めていったのだと、アライリスは涙を浮かべながら語りました。

 

 奇跡のような大魔術の代償は、サクリエンの命でした。彼女は人間から国母、太陽の回復者、そして水の女神として神格化されました。巨山の周囲には、彼女を祭る神殿がいくつも建てられ、参拝者は彼女をサクヤヒメと呼んで崇めています。

 

 しかし、サクリエンの死は、人とエルフの間を裂きました。

 

 エルフの斎王の地位にあったディードリエルは、最愛の妹を惑わせ、奪い、死にまで至らしめたとして、人間たちを酷く怨みました。

 

 他の者達も同じ気持ちでしたから、エルフは秋津洲王国と決別し、列島北部へ移住しました。そこが、列島のうちで未だ秋津洲王に従わぬ、唯一の地方だったからです。

 

 北部に住んでいた人間の諸氏族が、本来のエミシです。彼らは自然とともに暮らす半農半漁の集団で、領土の観念を持ちませんでした。エルフはエミシたちの合間に安息の地を見つけ、平和に暮らしました。

 

 ◆

 

 平和が破れたのは数百年後。サクリエンの遠い子孫でもある秋津洲王が、北部を併呑すべく、数十万の大軍を遠征させたせいです。

 

 無数の氏族に分かれ、まとまりを欠いていたエミシは、遠征軍にばらばらに立ち向かい、次々に敗北しました。征服されたエミシは「捕虜」または「囚人」を意味する言葉で呼ばれ、移動することも、自由に婚姻することも、富を蓄えることもできない、奴隷の身に落とされました。

 

 数百年を共存してきたエミシが、そのような目に遭わされ、またエルフ自身の生活域にまで王の大軍が迫るに及んで、エルフたちは立ち上がりました。といって、いかにエルフ族といえども、当時は数万に過ぎなかった数で、数十万の大軍と戦うことはできません。

 

 斎王ディードリエルは、エミシに欠けていた連帯を与え、大同盟を築き上げました。彼女自身を始め、数多くのエルフをエミシの諸氏族長と婚姻させることで、ばらばらだった勢力を糾合したのです。

 

 列島北部に住まう全ての力を結集し、秋津洲王との戦いが始まりました。流血で川が赤く染まるほどの戦いが、果てもなく続きました。

 

 王の大遠征軍は無限に湧くかのようで、五万を破れば十万、十万を退ければ三十万の大軍となり、倒しても倒しても再び来襲しました。

 

 列島統一の野心に酩酊した秋津洲王は、軍民の犠牲を顧みず、国力を蕩尽するほどに、ますます征服に執着したのです。

 

 エルフ達は弓を持ち、剣を振るい、エミシ達とともに秋津洲王の大軍に抗い続けました。戦争は三十年続き、エミシもエルフも、次々に傷つき倒れていきました。

 

 最後の決戦となった「長い夜の戦い」を制し、和睦を勝ち取った時には、エルフ同胞の九割以上が戦死しており、生き残りは三千に満たなかったそうです。

 

 秋津洲王の病死と代替わりを契機に、北部は王へ名目上の臣従と貢物を約する代わりに、不可侵の約束を得ました。

 

 和約を見届けたディードリエルは引退し、次なる斎王にアライリスを指名しました。

 

 アライリスは、亡きサクリエンの実の妹で、光のエルフの数少ない生き残りです。そしてまた、長い夜の戦いでは、一夜のうちに十の敵将を討ち取り、秋津洲の大将軍に刃を突きつけて、和睦を勝ち取った英雄でもありました。

 

 斎王アライリスは、戦争で荒れ果てた無人地帯をそのままに残し、秋津洲王国との交流を制限しました。そして平和な北部に籠り、国の再建を始めました。

 

 この頃について私に語る時、アライリスの言葉は酷く意味が取りづらくなります。

 

 彼女が「わらわ達」という時、それはエルフ種族を示すこともあり、エミシの人間を指すこともあります。また「エミシ」という言葉でエルフを語ることもありました。

 

 あろうことか、彼女はエミシの人間たちを指して「エルフ」と呼びすらしたのです。

 

 婚姻と長い戦争を共にするうちに、彼女たちの自意識は変容し、人間のエミシと自分たちを区別せず、同じものだと感じるように変わっていったのでした。アライリスの混乱した語りは、その意識変容の過程そのものでした。

 

 もともと少数だったエルフの男性(私には、その姿を思い描くことができないのですが)が戦争で全滅したこともあり、エルフたちとエミシの混血はますます進みました。

 

 両種族の間の子供は、男は黒髪黒眼の人間として、女は金銀の髪と尖り耳、そして魔術力をもつエルフとして生まれました。

 

 明らかな形質の違いにも関わらず、彼女らは自分たちが同種族であり、ただ男と女の別があるだけに過ぎないと考えています。彼女らはベレリアントから渡ってきたエルフであり、秋津洲に住まうエミシでもあるのです。

 

 これを理解した時、私は果てしなく混乱しました。私たちが白エルフであるということは、客観的な、科学的な、生物学的な事実です。それが「私たち」の定義でもあると、私は思い込んできました。

 

 オルクセンで暮らす限り、私たちは、私は、疑わしい二級市民で、常に悔恨と反省を表明し続けねばならない、罪深い種族でした。

 

 ミリィ、あなたや友人たちは、その重荷を背負って生き、いつか自由を勝ち取る道を選びました。

 

 その長く苦しい戦いに挑む勇気のない私は、生得の種族という重荷を投げ出し、オルクセンから逃げました。やはり自由になりたかったのだと思います。

 

 そのような「私たち」という境界が、実は可変のものだという気づきが、私が旅の果てで見つけた希望です。

 

 いま、秋津洲のエルフたちは、新たな一歩を踏み出そうとしています。

 

 遠い同族である私を通じ、星欧の文物がいかに発展したかを知ったからです。

 

 彼女たちは、秋津洲政府との関係を千年ぶりに見直し、交流を増やすつもりです。魔術の力で秋津洲王国を、特にその海軍を手助けするかわりに、蒸気軍艦を手に入れる気でいます。

 

 現在の航行技術と魔術をあわせれば、二千年来の悲願、理想郷への旅を再開できるかもしれないからです。

 

 こうして、血みどろの殺し合いを経た二つの集団、エミシと秋津洲王国は千年ぶりに和解しました。手を携えて、世界の海へ乗り出そうとしています。

 

 私は使節の役目を果たしました。ここ秋津洲で、エルフと人間の関係に変化を与えることができたのです。

 

 私が今、どれほどの満足を感じているか、分かるでしょうか。

 

 才能も学もない、ただの旅人が、これほどの変化に携わることができたのは、白エルフだからです。

 

 それも、ベレリアントを離れるほど愚かで、オルクセンから逃げ出すほど臆病な、この私だったから、彼女たちのきっかけになれたのです。

 

 ミリィ、あなたに伝えたい。

 

 「私たち」という境界も、「私」という重荷も、こうして変わり得る。だから、血みどろの戦いを繰り広げた相手とも、いつかは和解して、手を取り合って歩むことができる。

 

 エミシから貰った小麦に、この希望を添えて、オルクセンのあなたに送ります。

 

 白エルフが他種族と対等なオルクセン国民になる日が、いつか必ず来るという、その確信を込めて。

 

 

 

 あなたの友

 

 秋津洲の白エルフ

 

 ナイレン・ファランニスより

 

 

 

『秋津洲からの手紙』

 

 おわり

 

 

(次話『白銀の枝』に続く)

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