短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

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白銀の枝③

 連れ込み宿につき、寝台に腰掛けて、さあどうぞというところで、タルヴェラは娘に待ったをかけた。

 

「なあに、姐さん。身体には興味ないってわけ? 早く言ってよ」

 

 脱ぎかけた服を直しつつ、娘は笑った。聞いてみると、そんな客は、他にもいるらしかった。

 

「特に、白エルフのお客はね。添い寝して、抱きしめてくればいいって、珍しくないのよ」

 

 ベレリアントを離れ、オルクセンの内地で働く白エルフ族は、身体を売る商売でなくとも、肉体的にきつい仕事に就く者が多い。その憂さと、母なる白銀樹から離れてしまった悲しみを、同族の胸で泣いて癒して貰うことで、何とか日々に耐える。そんな者が少なくないというのだ。

 

 経営者として多くの白エルフを雇っており、雇うことを半ば目的としているタルヴェラには、分かる話である。

 

 そんな雑談を経てから、タルヴェラは本題を切り出した。

 

「いつから、この仕事をしてるんだ?」

 

 その質問に、娘は白けたような顔をした。

 

「さあ、二年くらい前かな」

 

「自分で働きに来たいと思って来たのか?」

 

 そうではあるまい、という含みの質問に、娘は嫌な顔をした。

 

「お説教?」

 

「…………」

 

「まあ、お金は貰ったからいいけどね。吸ってもいい?」

 

 タルヴェラは、部屋にあった灰皿を小机の上に置いてやった。二人して紙巻き煙草に火をつけ、煙を吐き出す。そのうち、娘は言った。

 

「都会で働きたいと思って」

 

「無理に連れてこられたんじゃないのか? 枝攫いに遭ったとか」

 

 娘は首を横に振った。

 

「腕が腫れて、痛くなるまで皿を運んだわ。落として割れば、罰金になるもの」

 

 脈絡のない回答は、前職のことであるらしい。誘拐されたのでないかという、タルヴェラの予想は、早速裏切られた。

 

「給仕の仕事をしていたのか」

 

「故郷の飲み屋でね。給金が払われないこともあった。それで、親方に口説かれて、内地に出たわ。運が良かったわよ」

 

 親方というのが、街娼の元締めなのだろう。枝攫いでないにしろ、裏に経営者がいるというのは、貴重な情報だった。

 

「不安だったろう」

 

「全然。友達がこの仕事をしていたし。そいつ、あたしよりブスなのに、よっぽど良い暮らしをしてたから」

 

 娘は、話の間に短くなった煙草を灰皿に押し付けてから、面倒臭そうに続けた。

 

「最初に客を取った時は、一回だけで、給仕の十倍も貰ったわ。信じられる? 朝から晩まで、こき使われて、殴られもして、それで小銭しか稼げなかったのに。売れる身体があるのは運が良いってことなの」

 

「…………」

 

「初めて、白エルフで良かったと思ったわよ」

 

 内容はともかく、筋道だった話ぶりに、タルヴェラは言葉に詰まっている。

 

「お説教は終わり?」

 

「……君の他にも、若い白エルフが増えてるって聞いた。みんなそうなのか?」

 

「だいたいは。騙されたって言ってる子もいるけど、本当のところは、どうだか。たぶん、分かっていたんだと思うよ」

 

「親方というのは」

 

 聞きかけたタルヴェラの口を、娘の手が塞いだ。

 

 全身でのしかかられ、寝台に押し倒される。意外に力の強い女だった。何か勘所があるのかもしれない。

 

 娘の手は、もうタルヴェラの胸元に滑り込んで蠢いている。一変した娘の声音が、狭い室内に響く。

 

「姐さま、素敵よ。やっぱり、されたいんじゃない。ねぇ……」

 

 そう言いながら、タルヴェラの首元に唇を寄せ、あちこちを手で弄りはじめる。

 

 察したタルヴェラは、応じるような動作を返した。寝台が軋む音がした。

 

 しばらく、わざとらしく絡み合っていると、ドアの外で物音がした。誰かがドアの前から立ち去ったのが分かった。

 

 娘は、タルヴェラの耳元で囁いた。

 

「店長よ」

 

 タルヴェラも小声で返す。

 

「親方というやつか」

 

「違うわ。ただの雇われ。親方はベレリアントよ」

 

「白エルフなのか」

 

「まさか。オークよ。昔は兵隊だったって」

 

「警察を疑ってるんだな」

 

「憲兵の密偵が怖いのよ」

 

「警察官は?」

 

「この辺の奴らなら味方よ。タダで抱かせてるもの」

 

 タルヴェラは瞠目した。

 

「……街に出たって、こんな仕事をしていて、どうする。将来のことは考えないのか?」

 

 心底、嫌そうな顔で、娘は身を起こした。

 

「姐さんは、なんで内地に来たの?」

 

「……仕事だ」

 

 嘘である。単に仕事のためならば、ベレリアント半島で興した会社を、そのまま続けていた方がよかった。より大きなものを欲したから、一念発起して事業を売り、シルヴァン川を渡ったのだ。

 

 それから十年以上になるが、今では昔と似たような仕事をヴィルトシュヴァインでやっている。扱う仕事はずっと小さくなり、タルヴェラは己を持て余しつつ、不景気を凌ぐことばかり考えている。

 

 娘は、無論、そんなタルヴェラの異常さを知るよしもない。

 

「そんなら、分かるでしょ。どうせ売るなら高い方がいいもの。ティリアンに比べたら、五倍も貰えるんだから」

 

「……先々はどうするんだ。ずっと続けるのか?」

 

 エルフは不老だから、数十年、数百年に渡って、その商売を続けることも、できない話ではない。心身が持つならば、である。

 

 娘はケラケラと笑った。

 

「金持ちのオークと結婚する方法でも教えてくれるの?」

 

「君は、まだ二年なんだろう。もっと長く、この仕事をしてた白エルフを知ってるが――」

 

 とは、タルヴェラの囲われ者のようになっている、メリーダのことだ。利き腕がなく、万事に要領がよいあの女は、元はベレリアント戦争の傷痍軍人だったに違いないと、タルヴェラはみている。だとすれば、タルヴェラが店を持たせてやるまで、四十年以上も私娼をやっていたのであろう。

 

 そのメリーダが、街で拾った私娼をタルヴェラの会社に雇わせるとき、ぽつりと言ったことがある。

 

(いっとくけどね、売春ってのは……社長、あんたが考えているような、生やさしいものじゃない。自分で自分を潰すっていうことなんだ。よほど向いた奴でもなけりゃ、長くやるべきじゃない。他にできることがあるなら、だけど)

 

 言われたそのままを、タルヴェラは娘に教えた。娘は、黙り込んでいる。タルヴェラ自身の言葉には感じなかった重みを、メリーダの言葉には感じたのかもしれなかった。

 

 タルヴェラは、事情を探るという目的を忘れて、いまこの娘を説得せねばならぬと思った。そうしなければ、永遠に娘が消えてしまうような気になっている。

 

「エルフィンドに戻れ。故郷でなくてもいい。とにかく、白銀樹のあるところへ。エルフが、エルフとして暮らせる土地に」

 

「……戻って、何をやるっていうの」

 

「古い知り合いの商人がいる。そいつに口を利いて、まともな仕事を紹介してやれる。殴られることのないやつを」

 

「……店長に殺されるよ。服だって、靴だって、買ってもらったんだ。借金が残ってる」

 

「あと幾らある」

 

「知らない」

 

 タルヴェラは、腐った食べ物を飲み込んでしまったような気分になっている。

 

「全部は返させない仕組みに決まってる。白エルフも、まともに守ってくれる警察がいるところに戻るんだ。ここにいたら駄目だ」

 

 タルヴェラは、胸元に下げた白銀樹の護符を取り出し、娘の目の前で握った。白エルフが何かを誓う時の仕草である。

 

「明日の昼、ヴィルトシュヴァイン駅に来い。金も荷物もいらない」

 

「姐さんこそ、枝攫いみたいだよ」

 

 その冗談に、タルヴェラは微笑した。

 

「さしずめ、枝拾いってところだな。どうする。来るか」

 

 童女のように素直な顔で、娘はこくりと頷いた。

 

 ◆

 

 次の昼。タルヴェラは、会社をしばらく休めるだけの段取りを何とか終えて、手荷物一つでヴィルトシュヴァイン駅に向かった。

 

 そうして、路上で立ち、三本目の煙草を吸い終えたところである。約束した時刻から、二時間近く過ぎている。

 

 連れ立って駅舎に向かうコボルトたちが、どっと笑った。誰か、うまい冗談を言ったのだろう。

 

 路上で食べかすを啄んでいた鳩たちが、ぱっと飛び立った。

 

 タルヴェラは紫煙を吐き出した。

 

「馬鹿な奴め」

 

 自分が、である。うぶな客が、小娘の手管にのせられて、金だけ払って帰ったということだった。説教趣味の客だって、少なくないに違いない。

 

 内心に、あの娘の声がこだましている。

 

(姐さんは、なんで内地に来たの?)

 

 吸いかけの煙草を落とし、靴で踏み消した。

 

 身を翻し、ひとりきりのタルヴェラは、切符売り場へ向かった。

 

「ティリアンまでの寝台車を一枚。空いてれば、一等車にしてくれ」

 

 無愛想に応じたオークの切符売りに、タルヴェラは快活に礼を言って、駅舎へと向かった。

 

 彼女は、他の誰かを理由にして、何かを諦める気はない。周囲が無理だといい、諦めるようなことにこそ、成し遂げるべき価値がある。

 

 そう信じている自分だったと、彼女は久方ぶりに思い出していた。生来の負けん気が戻ってくる。一歩を進むごとに、力が湧いてくるようだった。

 

 その夜、彼女はシルヴァン川を北に渡った。ラピアカプツェ大学の入学式に向かって以来、十年以上ぶりのベレリアントである。

 

 

(④へ続く)

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