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「久々に顔を見せたと思ったら、何だい、そりゃあ」
豪奢な革張り椅子に腰掛けた白エルフ、アダウィアル・レマーリアンは、呆れたように言った。昼だというのに、その頬は酒精で赤らんでいる。
「その小娘に惚れたわけでもあるまい。慈善家に転職する気もなさそうだ。お前さん、いったい何しにベレリアントへ戻ってきた?」
「別に、何も」
低い机を挟み、向かいに座るタルヴェラは、淡々と応じた。
「ただ、知りたいんだ。何が起こっているのか」
相手は、その答えが気に入ったらしい。レマーリアンは昔から、タルヴェラの言うことなすことを、たいてい面白がってくる。くっくと笑いながら言った。
「タルヴェラよ、お前さんときたら、全く……こっちで商売を続けていれば、私と組んで、でかい仕事ができたのにな」
そう言いながら、レマーリアンは、愉快げな顔である。タルヴェラのグラスに、手づからワインを注いだ。
この豪商がそのような扱いをする相手は、タルヴェラくらいのものであろう。
タルヴェラがレマーリアンに初めて会ったのは、占領軍の軍律審判所でのことだ。お互いに、贈収賄で訴追された者同士だった。その後、レマーリアンが闇市の取り仕切りを皮切りに財界でのし上がり、タルヴェラが最初の建設会社を軌道に乗せた頃、付き合いが深まった。
共にベレリアント北部の生まれだが、性格には夜と昼ほども差がある。レマーリアンは緻密で事情通の寝技師であり、タルヴェラは豪放で部下あしらいに得手がある。そのような型の違いが互いに面白く、学び合えるところもあり、公私を通じた友情を育んだ。昔は素朴な伝統料理を肴に、地元の銘酒を酌み交わしたものである。
ところが、今やベレリアント随一の資本家となった旧友は、グロワール風の珍味佳肴に、年代物のワインを添えて、タルヴェラを迎えた。高級取りの年俸ほどはするだろう銘酒を、タルヴェラは遠慮なく味わった。
この旧友には、いまや金や嗜好品よりも、無遠慮な友こそ貴重なのだと知っている。
「買い被りだ。レマーリアン」
「お前も商売はうまい。大勢を仕切らせれば、とびきりだ。まず、大商人にはなれる」
「そうかもしれんが、二流の大商人さ。あんたほど利口には、なれん。だから馬鹿なことをやってる」
「まあ、そうだな」
レマーリアンは、ますます楽しげに言った。
「しかし、そこがお前さんの良いところだ」
「馬鹿なところがか」
「違う。馬鹿になれるところがだ。馬鹿力というだろう。利口者には、そういう力は出せん。一番、世に大きい仕事をするのは、結局、馬鹿になれる奴さ」
「ふん……それで、その馬鹿の探し物に、心当たりはあるのか」
ベレリアントで年端もいかない少女を誘い、内地に渡らせている黒幕がいる。ヴィルトシュヴァインの警察を懐柔できる程のやり手で、元兵士のオーク。それがベレリアントに潜んでいるらしい。タルヴェラは、そう当の娘から聞いた。
レマーリアンは、大ぶりな酒杯をたちまち空にし、自分で次を注ぎながら言った。
「私はとうに、裏稼業の連中とは手を切ったんだぞ。でなきゃ、塀の向こうに落とされる」
「知ってるよ。あんたほどの名望家はいない」
王国時代からの有力者が次々に没落する中、戦後に天に昇るような勢いで成り上がったのがレマーリアンだった。怪しげな闇商人から身を起こし、まず占領軍、次は政界官界に取り入って、金と影響力を得た。
今では、ベレリアント各州の選挙で選ばれる知事や、十三名の連邦衆議院議員の顔ぶれさえ、レマーリアンが誰を後援するかで、半ば以上は決まってしまうと言われている。
卓抜した才覚だけで、そのような大成功はできない。危ない橋を数多く渡ってきたおかげだ。
「だからこそ、今でも耳だけは立てているだろう。突き落とされない用心に」
「まあ、聞こえてくることはある。内地での淫売の元締めで、オークの元兵士だろ。そいつはシュミットのことだ」
「そこまで知ってるのか!」
「まあ、聞け。どうせ手は出せん」
「どうして」
「奴は根が深い。枝攫いと占領軍の成れの果てでな」
咳払いを一つして、レマーリアンは語り始めた。
シュミットを名乗るオークは、もとはオルクセン軍の諜報部門にいたらしい。参謀本部兵要地誌局が密かに持っていた諜報部隊に属し、終戦後は占領軍総司令部の指示で動いていたというから、歴とした諜報員だったはずだ。
占領軍総司令部で諜報活動を仕切っていたアウグスト・シュティーバー大佐の下で、エルフィンドでの情報網作りに携わった。その重大な目的のひとつは、行方をくらませているエルフィンドの戦争犯罪者の捕縛だった。
「特に、闇エルフ虐殺のな。実際にやった連中もだが、内務省や陸軍将の高官でも、関与していた奴らが大勢、逃げた。同じ目に遭わされるに決まっているからな。
捜査は難しかったそうだ。王国時代には、まともな戸籍なんてなかったし、地方の統治は氏族任せだったろう、年寄りが示し合わせて口をつぐめば、誰か紛れ込んでいても、すぐには分からん。
シュミットの利口なところは、お尋ね者どもを追っかけなかったことさ。逃げ道に先回りしたんだ」
シュミットは、占領統治下のエルフィンドに一から諜報組織を作るのではなく、既存の組織を利用することにしたという。
彼が目をつけたのが、各地に巣くっていた枝攫いの闇組織だ。エルフィンドの貧しい氏族に由来し、同族の幼女を誘拐して、キャメロットやグロワールなどの外国に売って金に変えていた連中である。
売っても痕跡の残らない娘を数多く調達するため、それらの組織はさまざまな氏族に食い込み、その対立を利用していた。攫った娘たちを国外に流すため、偽装の運送会社や船会社まで持っていた。
シュミットは、憲兵から得た捜査情報を漏洩する見返りに、それら組織に諜報の下請けをやらせた。その結果、密かに潜伏していた戦争犯罪者たちを次々に見つけた。
国家憲兵隊による正規の捜査の手が次第に迫ってくると、追い詰められた戦犯たちは国外に逃げようとした。そして、国外へのルートを持つ枝攫い達に、自ら接触してきたのだ。これほど楽な捜査はなかった。
大金星を次々に捉えて、ひとしきり功績を上げ尽くしたシュミットは、占領軍の撤収とともに退役した。軍に残るよりも、そのまま裏社会の元締めに収まる方を選んだのだと、レマーリアンは教えた。
タルヴェラは、得心がいかない。
「そんな連中が、まだのさばってるっていうのか。なんで警察は捕まえない」
「捕まえてるさ。儲けを焦り過ぎて、シュミットから見放された下っ端をな。だが、組織全体には手をつけない」
「抱き込まれてるのか? それか、脅されてでもいるか」
「両方だな。政治家を抑えられてる。それに奴は、弁えているからさ。大騒ぎになるような仕事はしない。昔の枝攫いみたいな、まるきりの誘拐は、滅多にないそうだ。
最近は、お前が聞いたような、口先で騙くらかした娘ばかりだという。これで、奴をぶちこんだらどうなる」
「……」
「奴の下でまとまってる枝攫いが、またバラバラになる。昔に逆戻りだ。現に、行方知れずになる娘は、昔よりずいぶん減ったそうだ。奴は最小の悪なのさ。少なくとも、そう思わせるのに成功してる」
「そんな馬鹿な話があるか! 諸悪の根源っていうんだ」
「会ってみるかい」
タルヴェラは絶句した。
レマーリアンは、いつの間にか瓶を空にしており、二本目を開けにかかった。それを自ら杯に注ぎつつ、言った。
「会ってみるといい。無論、口外無用で、だが。口は堅い方だろう。下手は打つなよ。奴は荒事の専門家を大勢かかえてる。戦争になれば面倒だ」
そう事もなげに言う古い友のことが、タルヴェラには化け物のように見えてきた。
まともに答える相手ではないと知りながら、思わず尋ねた。
「あんた、私に何をさせたい」
「別に、何も」
旧友の顔は赤らむばかりだが、その酔眼には、真摯という他ない色がある。
「ただ、お前にも見て欲しいんだ」
「その下衆野郎をか」
「いいや。いまのベレリアント……エルフィンドの残骸をだ。そして考えてくれ。私は何も思いつかなかった。どうにもならんのだ。
分かったら教えてくれよ。私たちエルフが、これから、どうやって生きて、何をすればいいのか」
また瓶を傾けるレマーリアンの手は、微かに震えていた。それで波立つ二本目のワインは、血のように濃い赤だった。
どれほどの金、どれほどの力を手にしても、この友はまだ飢え渇き、あの闇市を彷徨っているのかもしれないと、タルヴェラは思った。
「他の八人に学資をやったのも、それが理由か」
「半分は無駄になったがな」
「無駄じゃないさ」
卒業まで行き着いたかどうかに関わらず、ラピアカプツェで、あの忘れ得ぬ経験を共にした仲間たちだ。離れ離れになっても、ろくに連絡を取らずとも、全員がまだ戦っているに違いない。タルヴェラは、そう信じている。
彼女は九人のリーダーだった。年若い同級生たちに恥じぬよう、たとえ無駄でも、足掻くことをやめるわけにはいかないのだ。
「会おう」
だから、そうタルヴェラは言った。
(⑤へ続く)