短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

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ベレリアント戦争史を研究する大学院生リヴィルイン。大戦後の星欧を覆う潮流と戦うべく、彼女は証拠を探す。

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過去との対話②

 時代の変転は急である。

 

 九星紀の星欧は、ベレリアント戦争以降、微睡むように平和だった。中立の大国オルクセンを仲介役として、星欧列強は話し合いで植民地権益を調整できた。星欧諸国は戦争という営みを他地域へ輸出し、そのかわりに平和を輸入したようなものだった。

 

 ゆえに、その平和は、星欧の外に住む人間たちにとっては悪夢だった。彼らは、悪魔たちの宴会テーブルに乗せられ、好き勝手に切り分けられるパイやケーキに過ぎず、国家の主権も、人たるものの人権もろくに認められなかった。彼らが屈辱と怒りに震えたのは当然である。が、西から来た悪魔たちは、信じ難いほど強い力を持っていた。

 

 その力の名を近代国家システムといい、また、文明とも称した。星欧文明こそ、人間と魔種族が到達すべき時代の頂きであり、それにあらざる者たちは野蛮で、劣等な種であるとされた。

 

 そのような星欧人たちの自信は、十世紀の初めに粉砕された。星欧大戦の勃発である。オルクセン連邦を除く星欧列強は、二つの陣営に分かれて戦った。機関銃が、榴弾が、毒ガスが、世界を地獄に変えた。

 

 野蛮にあらざる星欧の国同士が戦って、なぜかくも多くの死者がでるのか。

 

 正義と富裕をもたらすはずの文明の利器が、なぜかくも多くの悲惨と破壊をもたらすのか。

 

 自分たちの生き方、考え方が全否定されたような衝撃が星欧を覆った。

 

 そのために大戦後、これまでの星欧の在り方とは真逆をいく、いわば反動現象が起こった。

 

 その一つの名を、平和主義という。

 

 これは、単に平和を愛好するに留まらない。戦争を国家政策の手段とすることを否認し、武備を縮小、いずれは撤廃することが「文明的」であるという思想運動であった。

 

 その例をあげれば限りがない。

 

 キャメロットの名門大学で、将来の選良たるべき貴族子弟の学生たちが「二度と、国王や国のために銃をとらぬ」と決議した。そのような空気の中で、政府は陸軍はもとより、自慢の海軍すら縮小した。その結果、世界の海の通商路では海賊が跋扈した。

 

 グロワールの財務大臣は「最も優れた国家とは、自ら軍備を解く国家である。グロワールを再び兵営にしてはならぬ」と演説して、軍艦を廃物にし、連隊を廃止した。戦車の大量導入を説く将軍は、未だに残る騎兵部隊へと左遷された。

 

 前大戦の結果として帝政が崩壊したロヴァルナにおいて、新たな支配党派は「戦争は君主と資本家の策謀である。人民が国家と生産手段を所有すれば、戦争はなくなる」と考えた。彼らは農奴を人民と改名し、皇帝と商人と地主、そして反対党派を大量虐殺し、それを平和と呼んで楽しんだ。

 

 様々な形をとりながらも、国々は平和と平和主義とを愛した。

 

 王国時代には「軍隊の動かす国」とまで言われたオルクセンにも、オルクセン連邦にも、その潮流はきた。大戦中、どちらの陣営からも恨みを買った中立不参戦政策を内外に正当化する必要もあった。この頃の魔種族達はすっかり平和主義の愛好者となっている。

 

 そして、そのような現代の思潮から、自国の歴史を見返した魔種族たちは、まず驚愕し、次いで狂喜し、そして酩酊した。

 

「……だから、私は相手にされないのさ」

 

 とは、博士論文に苦労している大学院生、リヴィルイン・ミルタエルの愚痴である。白エルフの尖り耳が、力なく垂れている。

 

 公文書館の閲覧室で雑談などするものではない。だが、彼女が今日、利用しているのは特別室の方であり、室内にいるのは彼女と年来の友だけである。

 

 そして今は、愚痴くらいこぼさねば、やっていられないというものだ。

 

「……なにせ、ベレリアント戦争は、オルクセン側が始めた侵略戦争だって言ってるんだからね。色々に誤魔化してるけど、かいつまんで言えば、私の論文は、そういうことさ」

 

「それが受け入れて貰えないのね」

 

 と、リヴィルインの隣の椅子で相槌を打った女は、やはり白エルフである。名をエリエナ・フェイリアンという。地味なスーツとスカートに身を包み、胸元に名札をつけている。

 

 リヴィルインにとって、エリエナは学部時代の同級生。つまりは同時に入学した九人の白エルフの一人である。

 

 リヴィルインは、正直に自説を話せる友にむけ、さらに言葉を続けた。

 

「教授たちは、まだ甘い方さ。学会で発表した時は酷い目にあった。

 

 立派な歴史家たちが、その話題になった途端に目の色を変えるんだ。『グスタフ王が計画的な侵略なんて、なさるはずがない』ってね。

 

 私は袋叩きだよ。歴史修正主義で、教義の信者だと決めつけられて」

 

「無理もないわ。大王様のことだもの」

 

 エリエナは当然のことのように言った。

 

 エリエナが務める、この連邦公文書館も、入り口のホールにはグスタフ王の肖像画が飾っている。グスタフは建国王ではないが、一代で現在のオルクセンを築き上げた国父として崇敬されている。

 

 リヴィルインは首を横に振った。

 

「それがね、妙な話なんだよ。ほんと二十年前まで、大王の評価がどうだったか知ってるかい? 軍国の英雄だったんだぜ。それが今じゃ、平和の使徒だったってことになってる」

 

 エリエナは困ったように小首を傾げた。

 

「どっちも正しいんじゃないの?」

 

 その素直さが、リヴィルインには好ましい。大いに頷いて、語る声に力がこもる。

 

「そうさ。前王の治世は長かったんだし、どっちの側面もある。九星紀には、戦争に勝つのは立派なことだったんだからね。

 

 今の価値観を昔に投影してるんだよ。オルクセン王国史は、平和国家への発展段階だったっていう、王国史観さ」

 

 それが最近の魔種族たちの自意識だった。

 

 実際、ベレリアント戦争から星欧大戦後までのオルクセン外交の事績を並べれば、次のようになる。

 

 第一回万国平和会議の主催。

 

 戦争行為に数多くの制約を課した、ヴァンデンバーデン陸戦条約の唱導。

 

 永世武装中立の宣言。

 

 星欧大戦での不参戦。

 

 大戦後、戦争に代わる紛争解決手段として作られた、国際連盟本部の設置。

 

 このようなオルクセンの歴史は、人類諸国に先んじて世界平和の価値を信じ、その実現に努めた、平和国家の歩みといってよかった。

 

 そのような自国の歴史を発見した魔種族たちは、目を見張り、やがて強烈な自信を得た。多年に渡り、人間から野蛮と見下されきた自分たちこそが、人類国家に先んじて、平和主義という文明の先端に到達していたのだ。

 

 それならば魔種族たるものは、いまだ野蛮な暴力を忘れられない人類の蒙を啓き、平和の道を教え導く責務を有するのではないか……と、そのような使命感と優越感を持った。

 

「それが王国史観……オルクセンがやってきた戦争は、全部やむを得ない、自存自衛のためだったっていうんだ。悪のデュートネやエルフィンドを倒して、ついに念願の平和な国を築いたっていう、都合のいいお話さ」

 

 軍国オルクセンの価値観は見事に反転したが、自国を称揚する誇りはいやました。つまるところ、この頃のオルクセンにおいて、平和主義とは愛国心の一形態であったといっていい。

 

 新しい皮袋に入った、新しい酒だとしても、酒は所詮、酒である。オルクセン国民は、気持よく酩酊することで、利己的な中立政策の後ろめたさからも、千年以上に渡る人族への劣等感からも、解放されることができた。

 

 満座の酔漢に囲まれて、ただ独り醒めている下戸は、ひどくつまらぬ思いをするであろう。この時期のリヴィルインの不幸は、それに似たところがある。

 

「このままじゃ博士号どころじゃない。まるで門前払い。だから、門に穴を開けて通らなきゃね」

 

 そう息巻くリヴィルインを、エリエナは憂うように見ている。

 

 エリエナは、机の上に目を落とした。キャメロット語で書かれた文書の綴りがある。

 

「この『マスクウェル卿文書』が、その鍵になるの? サー・クロード・マクスウェル……キャメロットの昔の外務大臣ね」

 

 リヴィルインは力なく頷いた。

 

「前星紀を代表する外交官さ。『外交術』っていう本も書いてて、今でも外交官の必読書になってる。付き合う要人の性格を掴む、誠実な姿勢で評判を得る、本国に送る報告書は詳細かつ定期的に、ってね」

 

 その三則は、マクスウェルが著書で提唱した、外交官の黄金律として知られている。

 

「そんなマクスウェルが、実はオルクセン側に侵略意図があったって書き残してれば、信頼できる証拠になる。

 

 前任のアストンはグスタフ王の信奉者だったけど、マクスウェルなら客観的な記録を残してるんじゃないかって……そう思って、写しを君に取り寄せて貰ったわけだけど」

 

 リヴィルインの白い指が、紙束を一枚、また一枚と慎重にめくった。紙面を埋めるのは几帳面そうなキャメロット文字である。

 

「ここだ。開戦の少し前。マクスウェルはグスタフ王から直に話を聞いた。

 

 それによると、王はエルフィンドとの戦争は望んでいない、キャメロットを仲介として、関係改善に期待してる……不幸にも戦争になったら、キャメロットには好意的中立を期待する、と」

 

 言い終えて、リヴィルインは眉間に皺を刻み、黙り込んだ。

 

 エリエナは言いづらそうに声をかけた。

 

「これは……決定打じゃない? 大王から直接、聞いたんでしょう。戦争は望んでないって。それで、しばらく後に、エルフィンドから最後通牒が来た」

 

 エリエナは、その有名な出来事が記された頁を開き、読み上げた。

 

「『シルヴァン川流域に関する全ての権利を留保する』という文面を読んだグスタフ王は、顔色を変えた。その怒りの激しさは、王の親しい友人であるアストン卿すら震え上がらせる程だった。

 

 ここに至り、私は関係改善への努力が全く破綻したことを知った。エルフィンド王国による最後通牒は、我がキャメロットの仲介努力を踏みにじるもので……』」

 

 エリエナは目を伏せ、しばらく躊躇ってから、やっと言った。

 

「ねぇ、リヴィ」

 

 リヴィルインは聞く耳を持たない。

 

「駄目、駄目。書かれてることを鵜呑みにしちゃ。グスタフ王は外交巧者でもあったんだ。マクスウェルだって、うまく騙されたのかもしれない」

 

 しかし、今日ばかりは、エリエナは執拗だった。

 

「やっぱり、先生たちの言う通りにした方がいいよ。せっかく博士課程まで行けたんだから」

 

 エリエナ自身は、自分の才能に見切りをつけて、修士課程修了後は就職の道を選んだ。学識を生かし、また仕事への興味も大いにあって、公文書館に勤めることにしたわけである。

 

 望みと現実に折り合いをつけた友人の助言は、リヴィルインの心根の方に強く響いた。しかし、研究者としての知性と気概が、直ちに反論を行わせる。

 

「エリエナ、私は学問をやってるんだ。教授たちに媚びる気はないよ。あくまで学問的に、筋が通ったものを書きたい。博士論文なんだから」

 

「でも、証拠は無かったわけでしょう」

 

「決定打が見つかってないだけなんだ。状況証拠はある。エルフィンドから戦争を望んだのだったら、開戦準備に手をつけてないなんて、ありえないじゃないか。エルフィンドのミスにオルクセンが付け込んだって考えた方がずっと自然さ」

 

「もう時間がないんでしょう。就職のことも考えないと」

 

「……」

 

 リヴィルインは、指先で机をコツコツと叩いた。エリエナは、就職してからというもの、何かと守りに入っているように思えてならない。独立した生活を営み、それを守る代わりに、学友は多くを捨てしまったようだった。

 

 リヴィルインには、まだそのつもりはない。

 

「構うもんか。やるだけやりたい。証拠はあるはずなんだ。オルクセン側の資料を洗いなおすさ。動員時期とか、傍証でいいから、かき集める。それで大学から放り出されたら、君の部下にでもなるさ。この公文書館で」

 

 それを聞いたエリエナは黙り込んでしまった。

 

 リヴィルインは、慌てざるを得ない。

 

「いや、その、君の仕事を馬鹿にするわけじゃないんだ。アーキビストは立派な仕事さ。修士をとりながら試験にも受かって、立派だって思ってるよ。本当に」

 

「……それ。そうしよう」

 

 学友の言葉は、とりとめもない。

 

「私の部下になりなさい。短期職員の募集があるわ。いま申し込み用紙を取ってくる」

 

 リヴィルインは唇を尖らせた。

 

「待てよ、まだ諦めちゃいない。まだ時間はある。今は小遣いを稼いでる場合じゃ……」

 

「すぐ応募しなさい。それが解決策。もっと早く思いつけばよかった」

 

 エリエナの青い瞳には、確信めいた光がある。

 

「ここの職員になればいい。そうしたら、宝物を見せてあげられる。ありすぎて、困ってるとこなの」

 

 

(③に続く)

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