短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

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オルクセン王国の秘密、その一端を掴んだリヴィルイン。興奮した彼女は、危うい冒険に乗り出す。web版読了後推奨


過去との対話④

 オルクセン王国は、友好国キャメロットの外交公電を盗み読んでいた。

 

 という自分の指摘に、エリエナは自ら茫然となった。

 

「……そんなことをしてたの? というか、できるのね、そんなこと」

 

 問われたリヴィルインは、自分の眉間を揉んだ。

 

 その動作のうちに、この若い歴史研究者は、記憶の書棚から数冊の文献を取り出しているようだった。博士課程にいる間に、彼女が脳裏に建設した書庫からである。

 

 収められた本は多種多様で、かつ一冊一冊は薄い。外交、軍事、社会、制度、地理そして技術。ベレリアント戦争期の様々な事情に関する専門書から、彼女にとって意味のある一ページや一節ずつがスクラップされ、脳裏に収めたものである。

 

 やがて、その一書がリヴィルインの口を借りて、言った。

 

「……世界中の海底電纜は、キャメロットが引いたものだ。海洋帝国だからね」

 

 いくらか綻びかけているとはいえ、キャメロットは世界の海に覇を唱えてしている。道洋の大国マウリアを占領し、その王冠を兼ねることで、キャメロット女王は女帝を称した。

 

 この大海洋帝国を支える三本の柱が、大海軍、商船隊、そして電纜網である。海軍は武力を、商船は利益をもたらすが、その両方のために必要なのが情報である。

 

 まだ無線通信がなかったベレリアント戦争時、最速の遠距離通信は電信であった。文章を短点(・)と長点(-)の組み合わせに変換し、電鍵という機械を打って発信する。信号は電らんというケーブルを経て受信局に伝わり、聴き取られた「トン」「ツー」という音の連なりから元の言語へ翻訳される。蒸気船や伝書鳩よりも速く、腕木通信と違い海を越える。

 

 キャメロットは世界中の海底に電らん網を敷設し、自国の植民地や、外国との間で即時性の高い通信を可能にした。信号は徐々に減衰するために、長距離を伝える時は途中で一度聴取し、再び打電する中継局を各地に建設、維持せねばならない。それには膨大な政治的、経済的費用がかかるが、キャメロットにとっては今更な話であった。

 

 帝国の金脈である商船隊を海賊や敵国から守るためには、通商路沿いに海軍の駐留や補給の拠点港が必要だ。キャメロット海洋帝国の拡張は、そのような拠点を世界中に確保し、繋ぎ合わせる過程であったといっていい。

 

 要するに、中継局を建てるべき拠点は、既にあった。キャメロットが既に植民地か友好国に保有している拠点港である。海底電らんで結ぶと、それがそのまま国際電信網の基幹部となった。

 

 はるか後代、やはりキャメロットが核戦争を生き残るために建設した通信技術が、世界を結ぶ蜘蛛の巣状の通信網の基礎になったのに、やや似ている。

 

 無論、他の国も電らんを都市から都市に、港から港へと敷設しているが、海底電らんは未だキャメロットのものに多くを依存している。

 

 そのような事情をすらすらと解説して、リヴィルインは、ようやく核心に迫った。

 

「……荒海もだ。オルクセンからの電らんは、荒海の海底を這って、ベレリアントのタスレン港につながる。そこの中継局で、ティリアンからの線と合流して、また荒海からキャメロットに繋がってるんだ」

 

 エリエナは、半ば感心し、半ば呆れた。

 

「そんなこと、よく知ってるわね」

 

 が、リヴィルインには、何ほどのこともないらしい。

 

「電らん敷設は、オルクセンとキャメロットの協力関係の端緒なんだ。そういう論文があってね。ファーレンス財閥が――」

 

 とは、オルクセンで最大の企業体のことである。今は財閥と称されるが、その起りは一介の酒保商店で、軍に食事だの雑貨だのを納入するところから始まった。自然、軍や政府との関係が深い。

 

「王国時代に電らん事業を始めて、商務省と外務省が乗っかったんだ。それで両国共同出資で電らんが引かれた。

 

 海底部分はキャメロットが引いた。特に公使館は専用線で、中継局もキャメロット人だ。

 

 けど、陸揚げ局は、ファーレンス商会が引いた国内電信線と共用なんだ。その近くに秘密の分岐を作ったんだと思う。

 

 分岐先で傍受して、暗号も解読した。重要な公電まで。キャメロットが何を考えてるか、オルクセンには筒抜けだったんだ」

 

 エリエナは唾を飲み込んだ。その音が、夜の室内では大きな音に聞こえた。

 

「こんなもの、どこにあったの?」

 

「雑文綴りに紛れてた。大臣官房の庶務二課の」

 

 答えるリヴィルインも声をひそめてる。二人きりの庫内で、誰が聞いているはずもない。

 

 しかし夜半、国家の後ろ暗い機密に触れているという感触に、二人の白エルフは寒さを感じた。

 

 リヴィルインは、省内組織の所掌一覧を改めた。

 

「ええと、庶務一課が応接や日程の調整で、二課の業務は備品管理と文書の授受だね。そういうことになっている」

 

「じゃあ、本当は」

 

「諜報部署だったんだろう。二課ってところが、また怪しいじゃないか。本当に庶務をやってたのは、一課だけなんじゃないかな」

 

「とんでもない話ね」

 

 疲れたように、エリエナは椅子にもたれかかった。ぎぃ、という音がした。

 

「エリエナ、君は公務員だ」

 

 と、リヴィルインは案じるように言った。

 

「馬鹿にしないで」

 

 エリエナは、きっ、と睨み返した。その心から怯えは消え去っている。

 

「秘密のことだって、後世には検証できるようにするのが仕事よ。権力が好きなように秘密を葬れたら、民主主義じゃないわ」

 

 誇らかな宣言に、リヴィルインは顔をほころばせた。エリエナもまた、探しているものがあると承知しているからだろう

 

「じゃあ続けよう。この公電に、オルクセンがどう反応したかが知りたいんだ。キャメロットと同じで、唐突な最後通牒に驚いていたのか」

 

「それとも、確信犯だったのか。確かめましょう。その綴りを、手分けして」

 

 二人は、一枚、また一枚と紙面をめくっていく。

 

 雑文綴り、とつけるだけあって、内容は取り止めもない。隅に走り書きがあるだけの、ほとんど白紙の文書すらある。途中で書き損じたらしい下書きもある。何かの議事録、その中途らしい一頁だけが脈絡なく挟まれていたりする。

 

 屑籠か、事務机の奥深くを覗いているようである。尋常の者ならば、たちまち飽きてしまい、あくびを漏らすことだろう。

 

 が、リヴィルインとエリエナは、狂したように集中している。ふたつの白い首筋は、深夜の室内にも関わらず、うっすらと汗すら滲ませている。

 

 持ち込んだランプが、ジッ――と音を立てた時、リヴィルインは、気になる紙面を見つけたらしい。

 

 エリエナが覗き込むと、その文書には日付も題目も無かった。字体は、殴り書いたように崩れている。ただの覚え書きのようである。

 

 が、その文言は尋常ではなかった。エリエナは、それを読み上げる。

 

「『キの中立化』……」

 

 という言葉が、丸く囲まれている。キとは、キャメロットであろう。

 

「やっぱり、そうなんだ」

 

 リヴィルインが興奮をあらわにするほどに、エリエナは冷静になる自分を感じた。

 

「キャメロットが中立を保ったのは、当たり前じゃない?」

 

「中立ってのは、戦争を前提にした言葉だ。やっぱりオルクセンは、開戦を見越してたんだ。平和解決の仲介をキャメロットに求めたのは、エルフィンドへの悪感情を持たせようと……」

 

「待って。結論から逆算しちゃってない? 最後通牒の話はどうなったの。シルヴァン川の全流域の領有権を、エルフィンドが要求したっていう」

 

 そこでリヴィルインは息を呑んだ。雷に打たれたような顔なると、機関砲のように喋り出した。

 

「それ! それだ。この覚え書きが言ってるのは。いいかい……」

 

 紙面の下部は、単語や単文の羅列だった。

 

「『マ公使は疑問を挟まず。キは好意的中立』『"流域"の用例を至急調査、於条約局』『最後通牒と解釈可』『エには、敢えて抗議せず』『官邸と参本へ最終回答』……」

 

 書き殴ったような文字は、一文ごとに乱れ、滲みを増している。数十年の時を越えて、執筆者の興奮が伝わってくるようだった。

 

「……たぶん、あたりだ。エルフィンドの電報は、ただの失策だった。オルクセン側が意図的に、最後通牒だと解釈したんだ。オルクセンは開戦を望んでいた! その口実を、ずっと待っていたんだ」

 

 そう言って椅子から立ち上がったリヴィルインに、エリエナは座ったまま異議を挟んだ。

 

「走り書き一つで証拠になる? 誰が書いたか、文脈だって分からないのに。正式な文書でもないし……」

 

「弱い証拠だよ。でも……外務省令の原本を見たい。どれでもいい」

 

「それなら、憲政資料室の方ね」

 

 とは、整理済みの公文書の写しを一般に公開している場所だ。連邦図書館にある。

 

 が、リヴィルインはまたも制した。

 

「いや、タイプする前の原本だよ」

 

「ああ、それなら」

 

 エリエナは素早く立ち去り、別の書庫に行き、魔法のような素早さで戻ってきた。「外務省令」と書かれた、古い綴りを持っている。

 

 リヴィルインは、紙面を痛めない丁寧な手つきで、しかし素早く文書をめくり、その最終頁に辿り着いた。

 

 責任者の署名欄である。リヴィルインは、確信に満ちた声で言った。

 

「……さっきの覚え書きと同じ筆跡だ」

 

 その意味は、エリエナにも分かった。省令に決済の署名をできる者は、ただ一名しかあり得ない。

 

「外相の肉筆だよ、さっきの走り書きは全部。当たり前だ。公電の盗聴なんて、露見したら星欧中から総叩きにされる。大臣の手元の組織でやってたに決まってる」

 

「当時の外相、クレメンス・ビューロー……」

 

 その名は、過去のものではない。ほぼ不老で、長寿の魔種族のことである。数十年前の外相は、いまだ現役である。

 

「……大統領!」

 

 うなづくリヴィルインの顔も青ざめている。机の周りを歩き回りつつ、言った。

 

「間違いない。外相時代のビューロー大統領が、王と示し合わせて、開戦の口実を作ったんだ。エルフィンドに抗議して、穏当に訂正させることもできたのに、わざとしなかった……」

 

 そこまで言い終えると、喘ぐように息を何度も吸い、また座った。

 

「これで論文にできる。ベレリアント戦争は、エルフィンドからの侵略じゃなかった……」

 

 熱に浮かされたように、また立ち上がる。

 

 その袖をエリエナは掴んだ。そうせねばならぬと思った。

 

「リヴィ、あなた、いったい、何がしたいの」

 

「決まってるだろ。これを裏付けの一つにして、博士論文を」

 

「嘘よ」

 

 エリエナは、噛み付くように遮った。

 

「飛躍してるって、無理があるって言われるわ。きっと審査で落とされる。本当は名誉の問題なんでしょう。私たち白エルフの」

 

 自分たち以外、あらゆる魔種族を迫害し、ついに近親の種族たる闇エルフまで虐殺した、残酷傲慢な種族。それが白エルフであるという。

 

 その増長の挙げ句、国力差も分からなくなり、無謀な最後通牒を発して、オルクセンによって返り討ちにあって滅びた、愚劣極まる悪逆の国。それがエルフィンドであるという。

 

 リヴィルインは、エリエナの手を静かに袖から外した。

 

「違うよ。最初の動機は、そうだったかもしれない。でも、もう違う。これは発見なんだ」

 

「新規性が欲しいのね。学位のために」

 

 論文には常に、従来の研究にはない新しさが必要である。なかんずく博士論文は、そうである。未熟な大学院生の身で、過去の研究の積み重ねに新たな石を積み、研究者たるの資格があると証明せねばならない。

 

 しかし、薬も過ぎれば毒だと、エリエナは狼狽えている。未整理文書に手を出させたのは、間違っていたようたった。

 

「でも、これは……告発だと思われるわ。現大統領の過去を暴いて、エルフィンドを擁護してるって。それも白エルフが。きっと無茶苦茶を言われる。反憲政の教義主義者だって」

 

 国家の権力を制約し、市民の権利を擁護する連邦憲法の中にあって、例外的に市民権の制約を認めるのが憲政擁護条項である。その条文は、ほとんど旧エルフィンドの教義を狙い撃ちにし、エルフ国家の復活を予防しようとしている。

 

 旧エルフィンドの罪をごく一部なりとも否定し、またグスタフ大王と現大統領の計画的な侵略をやったという主張。

 

 そんな言説をなす者がいて、それが白エルフであるとすれば、教義主義者以外であるはずがない。そうみられたならば。

 

「博士号どころじゃなくなるわ」

 

 とは、あまりにも自明なことである。博士号を取り、職業研究者になるという、リヴィルインの夢は、たちまち破れるに違いない。

 

 それでも、リヴィルインは応じた。

 

「……私は、事実に仕えているんだ。知ってしまったら、書かないわけにはいかない。証拠を、もっと証拠を集めるんだ」

 

 そう言って腰を下ろし、再び文書綴りに取り組み始めた。

 

 その目の下には隈がくっきりとし、血走った瞳は、夜だというのに爛々と輝いている。

 

 憑かれたように取り組むリヴィルインが、嵐に向けて漕ぎ出す無謀な船長であるように、エリエナには見えた。

 

 

(⑤へ続く)

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