短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

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二級市民③

 

 電車のドアが開く。その途端、車内に満ちたのは、耳をつんざく罵声だった。

 

 数百人の群衆が駅舎を包囲し、拳を突き上げ、口々に叫んでいる。

 

「白ども! 白ども!」

「俺たちの国から出ていけ!」

「エルフィンドへ帰れ!」

 

 数知れぬ罵声を浴びながら、九人の白エルフたちは駅舎を出た。群衆はさらに勢いを増した。

 

 拳を突き上げるドワーフ。肩を組みあっているコボルト。オルクセン連邦の国旗を掲げ、しきりと振っているオークもある。オルクセン連邦を代表する三種族の群衆は、怒りの叫びをあげるうち、自ら興奮を高めているようだった。

 

 今にも白エルフたちに接近しようとする群衆を、青灰色の軍服を着た州兵たちが阻んでいる。オークの州兵は横列を作り、体格を生かして壁を作っている。

 

 群衆の周囲には警官の姿も点々と見える。逮捕も制止もせず、遠巻きに状況を見守るのみだ。

 

 州兵の壁で作られた空間の中を、白エルフたちは荷物を引きながら歩く。彼女らの表情は硬い。群衆と目を合わせぬように、動揺していると見られぬように。まわりでは何も起こっていないかのように。そう自らに言い聞かせても、種族に特有の優れた聴覚は、群衆の言葉を否応なく聞き分ける。

 

「虐殺者! 犯罪者!」

「レーラズを忘れるな!」

「モーリアを忘れるな!」

「白い蛮族ども!」

 

 奥歯をかみしめて、彼女たちは進む。さらに進もうとするが、道がない。群衆と――州兵の背中によって、行くべき道が閉ざされているのだ。

 

 やむなく歩みを止めた彼女たちに向け、群衆は誰からともなく歌い始めた。約四十年前に年に作られた曲。オルクセン国民なら、誰でも聞き覚えのある曲。「征エルフィンド歌」である。

 

 友よ 君よ 今日は麦酒を掲げよう

 溢れる 泡 泡 泡

 泡立つ海も我らの海ぞ

 我が艦旗はマストにたなびく

 我ら突撃す 我ら突撃す

 仇敵 如何に堅艦巨砲といえど

 我ら退きはせじ

 友よ 君よ 我らを忘るなかれ

 

 ベレリアント戦争中の海戦を記念して作られた、勇壮な歌。本来は明るい曲調だが、いまこの時は猛々しい怒りの響きだった。群衆の声が、目が、雄弁にその意志を語っていた。

 

 我ら退きはせじ。忘るなかれ。殺された同胞を、白エルフどもの罪を。

 

 九人の白エルフの中でも、特に若い幾名かは震え、瞳に涙を浮かべている。次第に、最年長のタルヴェラの背に隠れるように集まってくる。

 

 タルヴェラが意を決して口を開こうとしたとき、その言葉は別の叫びに制された。

 

「連邦市民権は」

 

 硬質な声。細身の身体からは想像できないほど、よく通る。驚いたタルヴェラが見つめる先で、ヘルヴェア・オストエレンは叫んだ。

 

「連邦市民権は、出生によって取得される。種族、性別、社会的身分にもとづいて、拒絶あるいは制限されることはない!」

 

 そして固く口を結び、ヘルヴェアは群衆を真っすぐに睨みつけた。一瞬だけ歌を止めた群衆が、すぐに怒号を集中させる。

 

「白ども! 白ども!」

「エルフィンドへ帰れ!」

「この土地に入ってくるな!」

 

 その勢いのまま、州兵の壁を押し破ろうとする。

 

 その時、州兵の指揮官らしきオークが、ヘルヴェアの肩を掴んだ。

 

「こっちへ来るんだ。ここは危ない」

 

 ヘルヴェアは瞳を揺らしながら、その制止に従って後ずさった。

 

「全員だ。君たちも。」

 

 幾人もの州兵に連れられ、九人は別の方向に誘導された。指揮官が手を掲げると、州兵たちは群衆の薄い方角をかきわけ、道を押し開いた。

 

「さあ、こっちだ。馬車が来た。乗るんだ」

 

 その言葉どおり、群衆の外に州軍の意匠を描いた二台の幌馬車がつけていた。あらわれた脱出路に、九人は速足で歩み寄った。早く乗り込みたい。あの中なら安全だ。軍隊が守ってくれる。

 

 若い者から順に乗り込ませ、タルヴェラは最後に乗った。乗り込んだところで、彼女をリーダーと見て取ったのか、指揮官に声をかけられる。

 

「州兵の衛戍地まで連れて行く。そこなら安全だ」

 

 閉じられようとするドアを、タルヴェアは咄嗟に阻んだ。嚙みつくように問い返す。

 

「待って! 待ってくれ。大学まで連れて行ってくれるんじゃないのか!?」

 

「衛戍地だ。君たちの安全のためだ」

 

「入学しにきたんだ。ラピアカプツェ大学へ!」

 

「そう命令を受けている」

 

 オークの握力が彼女の手を引きはがし、力まかせにドアを閉めた。

 

 馬車はすぐ発進した。

 

 タルヴェアは、狭い窓から外を唖然と眺めた。怒るべきなのだと、そう分かってはいた。しかし心を満たすのは、もう安全なのだという安堵だった。彼女の瞳に今日初めての涙がにじんだのは、だから自己嫌悪のゆえだった。

 

 幌の外から大歓声が聞こえる。声はやがて、また歌に変わった。

 

   母なる大地 母なる国よ

   母なる大地は 我らのもの

   母なる豊穣は 我らのもの 

   黄金色の麦

   白銀色の山河

   黒き森の樹々

   護るにあたりて

   家族の如き団結あらば

   誓ってそれを成し遂げん

 

 群衆は肩を組み、さらに繰り返した。その歌を「オルクセンの栄光」という。連邦国歌である。

 

   母なる大地 母なる国よ

   母なる大地は 我らのもの

 

 その凱歌に押しだされて、白エルフたちを乗せた輸送馬車は街を離れた。衛戍地へ着くまでの間、彼女達に会話はなかった。

 

 

 

「どういうことだ!」

 

 はるか彼方の首都にある官邸で、電話口に問い返したのは大統領である。二、三度問答した後、電話を切る。彼を見つめていた閣僚たちに向けて教えた。

 

「やはり、ラジオの通りだ。入学生たちは衛戍地に向かったと。安全のため、やむなき判断だと、州知事は言っていたよ」

 

 その声と表情の苦々しさが、大統領の解釈を伝えていた。

 

「閣下、よろしいでしょうか」

 

 発言を求めたのは首相である。スーツをまとってはいても、筋骨の逞しさが分かる。一方で面立ちには思慮深さを感じさせる牡である。

 

 ビューロー大統領は頷き、首相の発言を促した。

 

「州知事は、初めから、そのつもりだったように思われます。安全のためといって、時間を稼ぐ気です。その間に彼女達が自ら辞退するように」

 

「ああ、私もそう思う」

 

 同意を示した大統領は室内を見回し、一同に向けて言った。

 

「ブルーメンタール首相の言う通りだろう。分離派の対抗馬を恐れているのだ。統合を認めれば再選できなくなるという」

 

 室内に、いくつかの溜息が漏れた。首相は語気を強めて言った。

 

「今夜にも声明を出して、圧力をかけましょう。ええ、表向きは分離派を批判する形をとりながら」

 

 しばしの黙考の後、大統領は即断した。

 

「ああ、声明は出す。しかし、それだけでは足りない」

 

「では」

 

「うむ」

 

 肝胆相照らす二名は、それだけで仕事の分担をつけていた。大統領は告げた。

 

「私はしばし席を外す。その間に書類を用意しておいてくれ」

 

 そう言って椅子から立ち上がる。

 

「直通電話がありますが」

 

 一応、という感じで進言した首相の律儀さを、大統領は好ましく思った。分かり切った返答でも、敢えて閣僚たちに聞かせようというのだ。

 

「疎かにはできんよ。この件はこれからのオルクセンの試金石だ。しばらくは皆、首相の指示で動いてくれ」

 

 スーツのボタンを締めながら、大統領は厳かな声で言った。

 

「私は王宮に上がる」

 

 

 

(二級市民④へ続く)

 

 

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