短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

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中立国の戦空①

 南オルクセンは秋である。

 

 色づく樹々を持たない黒い山脈の上空に、砂糖菓子のような雲が点々と浮き、流れている。

 

 その合間を割いて、プロペラの音も勇ましく、一機の戦闘機が飛んでいる。

 

 銀翼を飾る印章は、青、赤、白で縁取りした星形。キャメロット王国の国章である。

 

 その誇らかさと裏腹に、その飛行は頼りない。まっすぐ進んでいると見えるが、わずかに傾斜している。それもそのはずで、機体の胴に、翼に、小さな穴がいくらも空いている。

 

 それでも飛んでいるからには、燃料タンクやエンジンといった、致命部位はどうにか無事であるらしい。

 

 外観からは窺い知れぬ、深刻な故障もある。

 

 乗り込んでいるキャメロット人パイロットは、しきりと無線機の周波数をいじり、呼びかけている。何の応答もない。

 

 ないはずである。電波を発するべき空中線が切れて、向かい風になびいているのだ。それに気づかないほど、パイロットは疲弊して、力無い呼びかけを繰り返しているらしい。

 

 やがて機体は山脈上空を超えた。次に広がるのは、南オルクセン平原である。放牧地らしい。地上にうごめく白い点の集合は、羊か牛か。

 

 家畜を見張っていた灰色の巨狼が、頭上を飛ぶ戦闘機に向けて吠える。

 

 が、その声はエンジン音に掻き消され、パイロットには届かない。ゆえに彼は、針路を変えない。なお疲労と惰性のままに、北上を継続しようとする。半時間もすれば、市街地が見えてくるだろう。

 

 新たなエンジン音が聞こえ、別の一機が姿を見せる。ほとんど同型機だが、キャメロット機とは塗装が違う。

 

 翼に描かれているのは、ドングリと翼の意匠。オルクセン連邦空軍の戦闘機である。キャメロット機の後を追うように接近。

 

 搭乗する操縦士は、白と黒の毛皮で全身を覆ったコボルト族。フェリクス・フォルカー大尉だ。半公的な通称で、ムートと呼ばれる。

 

 ムートは、毛むくじゃらの左手で無線機を操作した。国際周波数に設定すると、無線通信を発する。

 

「こちらオルクセン空軍戦闘機である。飛行中のキャメロット空軍機に告げる。

 

 貴機は、我が国の領空に侵入している。我が国は中立国であり、交戦国軍用機の飛行は認められない」

 

 相手は、応答しない。直進を続けている。

 

「繰り返す。変針せよ。しからざれば攻撃す。繰り返す。変針せよ。しからざれば攻撃す」

 

 ムート機は警告を繰り返しつつ、速度を合わせ、キャメロット機の後ろ下方につけようとした。

 

 キャメロット人パイロットは、ようやく接近する外国機に気づいた。疲労の極にある頭脳は、自機の無線が故障していることに気づかない。

 

 朦朧とした彼の主観は、密かに近寄ってきた外国機に、死角を取られかけている――即ち、殺されかけていると認識した。反応したのは、戦士の本能であったろう。

 

 キャメロット機は急に横滑り。そのまま横旋回で、ムート機のさらに後ろに回ろうとする。

 

「馬鹿ッ」

 

 そう悪態をつきつつ、ムート機も即応。互いの後ろを奪い合う、旋回戦が始まった。

 

 地上に対して横向きなりつつ、ムートは報告する。

 

「こちら、ジルフ〇一! 侵入機は応答せず。挑みかかってきた。管制、攻撃の許可を!」

 

 無線機から平板な応答が流れ出す。

 

<こちら南部管制。ジルフ〇一、侵入機は攻撃してきたのか>

 

「後ろに付こうとしている!」

 

 そう告げる間にも、ムートは力の限りに操縦桿を倒し、最小の弧を描こうとする。小さく回る側が、敵の後ろにつけるからだ。

 

 敵。ムートにとって、既に侵入機は敵機だった。

 

 しかし、彼の軍隊、そして国家にとっては、異なる。

 

 彼に司令する管制官は、言う。

 

<侵入機は発砲したのか>

 

「まだだ。しかし」

 

<攻撃されてはいないのだな>

 

「旋回戦の最中だ!」

 

 無線機に叫びながら、コボルトは忙しく後ろを振り返る。敵機を目で捕え続ける。歯を食いしばる。

 

 旋回を続けても、互いの位置関係は変わらない。敵機と自機の旋回性能は同等だ。当たり前である。元が同型機なのだから。

 

 その焦りに耐えていると、やがて返答があった。

 

<……南部管制、了解。確認するが、警告は実施したのだな>

 

「二回、実施した! 」

 

<応答はないのだな>

 

「そう言ってるだろう! 侵入機は敵対行動を継続! 撃墜の許可を!」

 

<了解。中立侵犯を認定。ジルフ〇一、侵入機の撃墜を許可する>

 

「ジルフ了解!」

 

 待ちに待った許可。ムートは敵機から目を外す。

 

 目を細め、太陽の近くを見る。そして呼んだ。彼を救うべき味方。彼が知る限り、この空で最強の存在を。

 

「〇二!」

 

 瞬間、太陽に黒点が生じた。

 

<降下する>

 

 無線機が発したのは、硬質な女声。

 

 黒点はたちまち大きくなる。機体の形を結ぶ。

 

 ムートに従う僚機。それを駆るは、白エルフの操縦士、ヘルヴェア・オストエレン中尉である。

 

 ヘルヴェア機は、落下する流星の勢いで、キャメロット機へ殺到した。

 

 

「議長、まずは、お礼を申し上げます。

 

 国権の最高機関たる議会において、このように証言する機会を頂けたことは、私の一身の名誉であるに留まりません。我が息子と娘たち、すなわち陸海空すべての将兵に対する、国民の皆々様からの信頼のあらわれだと理解しております。

 

 (拍手のため中断)

 

 議長。次に、議員諸兄諸姉にもお礼を申し上げます。本年初来、議会が軍に対して示された信頼は、まことに篤きものがあります。戦時国債の発行、国防予算の五倍増、徴兵期間の延長、総動員令の承認。そして今日、こうして、この老兵の言葉に耳を傾けてくださっております。

 

 王政から民主制へと政体が改まって六十余年。国民と軍の紐帯は、いよいよその強さを増しています。皆々様からの、そして国民から固き信頼こそが、我らをして、国家国民を守護する、金剛不壊の盾たらしめるのであります。

 

(拍手のため中断)

 

 議長。いま、全世界に戦争の嵐が吹いております。はるか大星洋の彼方では南北センチュリーが、また道洋では華国と秋津洲が再戦しました。

 

 そして、ここ星欧では、ポルスカ、アルビニー、そしてグロワールまでも征服したアスカニアが、いよいよ力を増しています。西からキャメロット、東からロヴァルナに挟まれても、恐るべき陸・空軍は大威力を発揮して、勝敗の行方は一向に定まりません。

 

 かかる時局にあって、永世中立を国是とする我がオルクセン連邦は、世界大戦への不関与を貫いてきました。いま、四隣を戦争の嵐に囲まれて、ただ我が連邦のみ惨禍を免れております。

 

 これは、我が前王陛下が遺された国是のゆえのみならず、それを護持すべく十全の努力を払われてきた、ビューロー大統領閣下はじめ執政府の献身と、議員諸兄諸姉の賢明さによること、全星欧に明らかであります。

 

(拍手及び『ヒヤ、ヒヤ』の連呼のため中断)

 

 議長。しかれども、いま、戦争の大火は、我らの目前まで迫りました。国境の向こうには、連合、枢軸あわせて五百万の軍隊が居並び、死命を決せんと相争っております。

 

 しかし、議長。議員諸兄諸姉。そして、この聴講会をラジオや新聞で見聞きしている国民の皆々様に申し上げます。

 

 私は、我が息子たちに命じるでありましょう。与えられた地点、配置されたその場所で、厳格に規定を守り、我が国が中立義務を遵守することを、その身をもって示せ、と。

 

 また私は、我が娘たちに命じるでありましょう。もし、いずれかの軍が、我が国の真摯なる姿勢を解さず、豊穣の国土を侵した時は、兵士としての高邁な義務を躊躇なく遂行し、その場所に、その任務に、諸君の生命を捧げる覚悟をせよ、と。

 

 いざ戦争となれば、戦いは不利であります。中立国たる我が国は、孤軍奮闘、ひたすら自力のみに拠って、幾百万の敵を相手取ることになるからであります。

 

 しかし、私は、ここに宣言します。我がオルクセン連邦の運命に、絶対の自信があると。自らを防衛しようとする国家はすべてを克服できる。そして、そのような国家は、決して滅びはしない!」

 

(発言は、なお続くも、大歓声のため速記不可能。以降の記録なし)

 

 オルクセン連邦最高司令官アロイジウス・シュヴェーリン元帥の議会証言(星歴944年7月)

 

(②へ続く)

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