迎撃任務を終えた二機の戦闘機は、衛戍地の滑走路に降り立った。
駐機場まで機体を進ませたムートがエンジンを切ると、整備兵たちが機体へ蟻のように群がり、固定をしてくれる。それを待つ間、ムートは、深々と息をついた。
飛行帽の中はすっかり汗ばみ、気持ちが悪い。
身体が重い。
精神の消耗は、それ以上だ。
豪胆な彼であっても、一度の任務を終えるたび、身が細るような思いである。
上空で彼が対応を誤れば、最悪の場合、キャメロットやアスカニアとの戦争になりかねない。オルクセンがいかに中立を主張しようと、周囲の国々が攻め込んでくれば、否も応もない。そうなれば、幾百万の魔種族同胞が死ぬのだ。
やがて梯子が据えられると、ムートは操縦席から降りた。
その時は、もう笑顔になっている。
「よう、今日は調子がよかったぜ」
と、整備兵たちに気さくに声を掛ける。
「キャメロットのサイクロン相手に、旋回負けしなかった」
ムートが乗る戦闘機、Vf-43"ヴァンダーファルケ"のことである。ヴィッセル航空機製造社が開発したものだが、実質はキャメロットの戦闘機の複製だ。旋回性が同等なのも当然だった。
凝り性のヴィッセル社は、エンジンの国産化を始め、あれこれと小改良を加えた。その結果、性能は原型機とさして変わらない割に、整備性が著しく悪化してしまった。
「エンジンもへそを曲げなかったぜ。ヴィッセル製も悪くない」
ムートが快活に言って肩を叩いてやると、ドワーフの整備班長は、髭の合間から白い歯を覗かせた。
「そうでもない。回転が不安定だ」
女の硬質な声が告げた。ムートとともに帰還した、僚機の操縦士、ヘルヴェアである。日焼けを知らない白磁のような顔に、青色の眼光が鋭く光っている。
厚手の飛行服で全身を包んでも、スラリとした肢体は敏捷な印象を与える。ドワーフやコボルトばかりの駐機場では、頭二つほど長身な白エルフを、誰もが見上げねばならない。
「ええ、アイス」
と、整備班長は、ヘルヴェアを個別符牒を呼んで、丁寧に応じた。
「前回も言われたので、分解整備してみましたが、異常は見つかりませんでしたよ。動作点検をしてみても」
「今回もだったぞ。急制動した時に、妙な息継ぎがあるんだ。しばらくすると静まるが」
「妙ですね。念のため、もう一度分解してみますか」
「ああ。今度は気をつけてやってくれ。こっちは命を預けてるんだ」
「……ええ、よく気をつけてやりますよ。早速、今夜のうちに」
「うん、そうしてくれ」
そう返事をするとヘルヴェアは速足で去っていった。
「……悪いな」
と、ムートは、彼女に代わって言い添えてやらねばならない。
「毎日、日付が変わるまで頑張ってくれてるのは知ってる」
「ええ、大尉。ありがとうございます」
「無理に今夜、やっちまわなくても……」
「いいえ、大尉。ああ言われちゃ、そのままにしちゃおけませんや。整備としては」
「すまんな。よろしく頼む。あいつは、そういう気が回らねぇんだ」
「分かってますよ。所詮、白エルフですからね」
「……」
厄介な僚機操縦士をもって、大尉もお気の毒です、という顔で、整備班長は見てくる。ムートは何とも言えない表情を返した。
ヘルヴェアと他の兵たちの溝を深めただけのような気もするが、これ以上に庇うことも難しい。
(まったく、あいつは)
ムートが見るところ、ヘルヴェアはどうも、難しい。白エルフ族には、空軍の多数派を占めるコボルトや、整備兵に多いドワーフを、過去に迫害、虐殺した経緯がある。が、いまヘルヴェアが周囲から受けている反感は、それだけではない。
本人は真面目に過ごしているのに、周囲から見ると酷く態度が悪いように見えるのだ。
恐らくだが――ヘルヴェアに悪気はない。ただ言葉の裏というか、言わずとも分かるようなことが分からないのだ。そして、何事も真面目で、思い詰め過ぎる癖がある。
思えば、ムートが彼女と初めて会った時から、そのきらいはあった。彼が海外仕込みの戦術を得々と語っている時に、ヘルヴェアは真っ向から反論し、彼の面子を潰しにきた――ように感じて、たちまち対立した。
しかし、その実、あの白エルフは、空戦技術について堂々と議論したかっただけかもしれない。ひたすらに真摯に、正しいと信じる空戦論を主張して、みんなで技を磨きたいと、単純に考えていたのではないか。
(あの口の悪さも、奴なりに、工夫のつもりなんじゃないのか。兵隊の流儀に合わせようとして、乱暴に)
考え過ぎかもしれない。僚機だから、同期だからと、甘く見過ぎなのではないか。そう自問しても、やはりムートは、皆と一緒になってヘルヴェアを嫌う気にはなれないでいる。
彼までもが、周囲に迎合して「あいつは、やはり白エルフだ」という態度をとれば、ヘルヴェアはどうなるのか。
(俺まで愛想を尽かしたら、あれは、衛戍地中の憎まれ者だ。今だって、そうかもしれんのに)
そう考えると、まるで徒労だと感じつつも、ヘルヴェア本人を嗜め、周囲には庇い、何とか仲を取り持とうと、嫌々努めずにはいられない。
無論、当のヘルヴェアを嗜めることも、一再ではない。
兵舎の中に入り、誰もいないあたりで、ムートはヘルヴェアの背に声をかけた。
「アイス、おい」
ヘルヴェアはピタリと足を止め、無言で振り向いた。
その表情は、駐機場の時よりも、幾分か柔らかいように、ムートは思える。
「お前な。もう少し考えろよ。物には言いようがあるだろう」
すると、ヘルヴェアは眉間に軽く皺を寄せた。何のことかと思っているらしい。やはり、とムートは呆れた。
「さっきの言い様だ。エンジンの息継ぎがどうとかってな」
「本当のことだ。違和感がある」
「疑ってやしねぇよ」
「整備班長が、何か言っていたか。白エルフの言うことは信用できない、とか」
「お前な」
ムートは、自分の頭部の毛をかき回した。自分も、よくないと思うのだ。ヘルヴェアがコボルトであれば、殴りつけてでも態度を矯正してやるところだ。が、ヘルヴェアが相手では、そういうわけにもいかない。
「……」
無言で見下ろしてくる青い瞳に、ムートは弱い。他の者たちには、たとえ戦闘機中隊長や衛戍地司令が相手でも遠慮のない氷のような眼光が、彼のことは頼っているように思えるからだ。
そんな自分も悪いのだと、ムートは言葉に窮した。ヘルヴェアは、彼の飛行靴の爪先に目をやって、言った。
「……迷惑をかける。しかし」
ヘルヴェアの言葉は、サイレンによって断ち切られた。
耳を不快にする爆音が、衛戍地内に鳴り響く。緊急出動の合図である。
コボルトと白エルフは、直ちに会話を打ち切って踵をかえし、再び駐機場へ駆け出した。
◆
オルクセン連邦空軍は、自国領土をいくつもの空間に切り分け、それぞれを守る航空兵団を置いている。
わけても精鋭と言われるのは、アスカニア第三帝国に接する南部国境を任された、第十一航空兵団である。ムートとヘルヴェアが所属する戦闘航空連隊も、その隷下にある。
南部国境の向こうでは、反攻に移ったキャメロット王国らの連合国軍と、守勢にまわりつつも頑強に戦うアスカニア帝国軍が、血で血を洗う戦いを続けている。
双方の航空部隊が、時には航法の誤りから、時には敵の側背に回り込むべく意図的に、オルクセン領空に侵入してくるのだ。
いつ、どこから出現するか分からない侵入機を迎撃するため、オルクセン空軍は戦闘機を急遽量産するのみならず、組織的な防空システムを作り上げた。
戦闘機を開発するのと同等か、それ以上の資源を振り向けて、電波探知装置――レーダーを開発、配備したのだ。
国境付近をのみならず、全土に配備されたレーダー群が、絶え間なく空中に電波を発し、それを反射する物体がないかと探っている。また、レーダー設置が難しい急峻な山間部などには、目視と音響で侵入機を偵知するべく監視所を設けた。
それらを有線通信で繋ぎあわせ、各種兵団の中枢管制所に、すべての情報を集約した。
第十一兵団の中枢管制所、すなわち南部中枢管制所では、薄暗い室内に数十台の通信卓が並び、一台ごとに管制官が付いている。管制官たちは、各地のレーダーから入る情報を受けると、さらさらとメモ書きして、作図係に渡す。
すると、作図係は、管制所の前面に設けられた大型のガラス板の裏にまわる。発見した航空機の位置を、大きな丸で記載する。その横には探知時刻や、推測される機数を書く。表側から読めるように書くため、左右逆向きのオルク文字である。
複数のレーダーから入る位置情報が点座標に変換され、それらを集約し、あるいは繋ぎあわせると、兵団が担当する数百キロ圏内を飛ぶ航空機の動きが、一望にできる。
その情報をもとに、管制官たちは各地に衛戍する戦闘機部隊に指令を飛ばす。
「こちら南部管制。南部国境に接近する航空機らしきものを探知。第五十二戦闘航空連隊は、ただちに迎撃機を発進させよ。現速度による予想会敵位置は……」
と、離陸した戦闘機に、向けて、刻々と侵入機の位置を伝え、誘導する。
こうして戦闘機部隊は、自分では目視できない距離にいる目標に向けて、迷わず進めるわけである。
極めて合理的、発展的な防空体制だといえた。前大戦では、戦闘機は敵の航空機がいそうな時間と場所を、あてずっぽうに飛ぶ以外になかったのだ。
この画期的な組織体制は、戦闘機開発の技術供与と引き換えにキャメロット王国に伝達され、かの国の本土防空に大威力を発揮した。発案者であるオルクセン空軍総司令官の名をとって、ウェーバー方式と呼ばれている。
管制官のひとり、空軍には珍しいオーク族である、ヴァルマー・ケーニヒ少尉は、よく通る声で報告した。
「五十二連隊からの迎撃機、離陸しました。呼出符牒は、ジルフ〇一」
その報告を受け、この場の総指揮をとるコボルトの兵団長は、小さく頷いた。指揮卓に両肘をつき、手を顔の前で組んでいる。
「またジルフ編隊か。仕事熱心な奴らだ」
ケーニヒ少尉は、おや、と思った。
日頃、血が通っているのかどうか疑わしいほど冷徹で、ひたすらに厳しく恐ろしい兵団長が、わずかに機嫌を良くしたように見えたからだ。
◆
「こちら、ジルフ〇一」
この日、二度目の迎撃に出たムートは、管制官の指示するところの、予想会敵位置に迫った。
「いた。目標機を目視。二機……いや、三機編隊だ」
<こちら南部管制。ジルフ〇一、侵入機の国籍表示は見えるか>
ムートは前方下にむけて目を凝らす。
侵入機は、はじめは三つの白い点であったが、徐々に大きさを増していく。灰色塗装の翼だと分かった。その表面に、白の縁取りを施した黒色の五芒星が見えてきた。
「アスカニアの黒星が見える。待てよ、機種は……Hu-11爆撃機だ。その三機編隊」
アスカニア空軍の重爆撃機であった。上方からは見えないが、左右の翼に下に一基ずつのレシプロエンジンと、多数の爆弾を吊っているはずだ。
それが三機、縦一直線に並んで、オルクセン領の奥深くへと進んでいる。
ムートは後ろから追い縋るように接近しつつ、呼びかけを始めた。
「こちら、オルクセン連邦空軍だ。飛行中のアスカニア空軍機に告げる。貴機は、オルクセン領空に侵入している。直ちに変針せよ」
意外にも、すぐに応答があった。
<我、アスカニア空軍。我らは自国領空を飛行中>
無線機越しに、ムートは直ちに反論した。
「アスカニア機、地形を確認せよ。ここは南オルクセン平原だ。貴機はオルクセン領空に侵入している」
下を見れば、一目瞭然である。放牧された羊たちを管理する巨狼やコボルトを見分けることができずとも、この辺りで開けた平野部は他にない。
が、それでもアスカニア機は、言う。
<繰り返す。我、アスカニア領空を飛行中>
「舐めやがって」
もう決まりだと、ムートは思った。アスカニア機は、わざとオルクセン領に侵入し、戦場への迂回路にするつもりだ。それでいて、中立侵犯と言われぬように、無線ではシラを切っているのだ。
「侵入機の後方につける」
管制官と、定法どおり太陽に隠れている僚機に告げると、ムートは機体を滑るように下降させた。
最後尾の爆撃機、その後ろ下方につける。相手の操縦席からすれば、翼の下にあたる死角だ。
「こちら、オルクセン連邦空軍戦闘機だ。変針せよ。これ以上、我が国の領空を飛行するようなら……」
ムートは言葉を切り、直ちに機体を左へ滑らせた。
爆撃機の後部銃座が彼の方を向いたからだ。
一瞬前まで自機がいたあたりを、空気が揺らぐような感じが通り過ぎる。機銃弾の火線である。
「撃ってきた!」
端的に報告しながら、彼の手は操縦桿を急速に操り、機体を旋回させている。
後部銃座は、オレンジ色に発光して見える。たいまつを激しく振るように、発光は揺れる。彼を狙っているのだ。
<ジルフ〇一、警告は実施したか>
「攻撃を受けている! 反撃を」
<待て。誤認ではないのか。侵入機は>
管制官が混乱しているのが分かった。展開が急に過ぎるのだ。アスカニア空軍は、以前からキャメロットより横暴ではあったが、唐突に撃ってくることはなかった。
「アスカニア機、射撃を中止しろ。我、オルクセン空軍戦闘機!」
ムートは、警告を行いながら、複雑に軌道を変化させる。空中での射撃は、相手の予測進路を狙う。まっすぐに動けば、銃弾雨に突っ込むことになるのだ。
領土上空を勝手に通路にされては、中立義務を果たせない。さりとて、隣国の軍用機への攻撃は、軽々にはできない。現場の操縦士は、常に相手より後手にまわり、身の危険を引き受けねばならない。
危険な警告役をかってでるだけ、ムートはこの種の変則機動が得意だ。それでも、近距離で無限に避け続けることはできない。
たまらず、侵入機から離れ、高度を回復する。
が、放っておくつもりはない。
「侵入機は、針路変わらず。射撃も継続だ!」
<中立侵犯を認定。撃墜を許可する>
「遅ぇよ! 〇二!」
<了解だ>
ヘルヴェア機の降下を待たず、ムート機も即座に発砲する。回避のために旋回しつつも、再び機首を相手に向けていたのだ。ムートの技量も優れているが、機体の運動性がいいのだ。高速でも小回りが効くのが、Vf-43の楕円形主翼の特徴だ。
その主翼に左右それぞれ四挺ずつ搭載された、七.七ミリ機関銃が唸りをあげる。狙いを定めやすいよう、曳光弾を混ぜてある射撃は、光る線を描く。
光線は、たちまち、爆撃機の翼へ吸い込まれる。火花が見える。命中しているのだ。
が、侵入機――いまや敵機となった爆撃機には、何の異常も起こらない。そのように見える。すぐ機軸がそれ、光線は当たらなくなる。
ムートは舌打ちした。
「豆鉄砲が……!」
戦闘機相手ならともかく、大きな爆撃機が相手となると、七.七ミリ機銃では威力が足りないのだ。翼にいくらか穴を空けても、爆撃機は飛行を続ける。列国の新鋭戦闘機なら、大威力の二十ミリ機関砲を搭載しているが、Vf-43はそうではない。
「〇二!」
<見えている>
ムートが目をやれば、ヘルヴェア機は急降下しつつ、短時間だけ発砲した。その機軸は、解剖学的正確さで、爆撃機の進路に貼り付いている。
数秒後、ヘルヴェア機は爆撃機の付近を高速で通り過ぎた。
途端、爆撃機の片翼から火があがった。先ほどの射撃が、エンジンを正確に射抜いたらしい。かと思うと、燃える翼が二つに折れた。爆撃機は、たちまち姿勢を崩し、落下していく。
「……」
前方を行く、残る二機の侵入機に機軸を合わせつつ、ムートは肝が冷える心地だ。何度見ても、ヘルヴェアの射撃術は神技という他ない。
思わず、額を意識する。
――キィィン
と、微かな音が聞こえる。真実は、音ではない。ヘルヴェアが発した魔術波である。
空を飛びながら魔術探知波を連打し、敵の位置を探るヘルヴェアの特技は、いよいよ洗練されている。索敵のみならず、攻撃にまで生かされるようになったのだ。
それをよく知るムートは、思わず開いてしまった魔術感覚を閉じ、操縦に意識を戻した。
彼も急速に追いすがっているが、ヘルヴェア機の動きはさらに速い。最後尾の一機を一撃で倒し、すぐ離脱したと見えたが、すぐさま切り返したらしい。
ヘルヴェア機は、左下方から突き上げるように、次の爆撃機へ向かっている。その機軸は、遠目に見ても、爆撃機にピタリとあっている。
その翼から火線が伸びると、ムートが予感した、その瞬間である。
ヘルヴェア機は、小さく揺れたように見えた。そして急速に、爆撃機から離れていく。否、引き離されているのだ。
「どうした、アイス――」
言葉の途中で、ムートは息を呑んだ。追い越す瞬間に、ヘルヴェア機のプロペラが見えた。高速飛行中には、見えるはずのない四枚羽が、回転しているのが分かった。
報告は、すぐにきた。冷静沈着な白エルフの声が、無線機から響く。
<こちら〇二。我、エンジン停止>
「何だと!?」
ムートは、顔を後方に向けるが、もう僚機は見えない。
聞き慣れた声が無線機から告げた。
<繰り返す。ジルフ〇二、エンジン停止……これより不時着する>
(③へ続く)