九人の白エルフ   作:芝三十郎

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中立国の戦空④ 怒り

 上空では、オルクセン空軍の戦闘機たちが、侵入してきたアスカニアの爆撃機編隊に食らいついている。

 

 当初は六機いたものを最初にヘルヴェアが一機、その後でムートがさらに一機を撃墜した。

 

「南部管制。残り四機、北西に変針した。アルビニーへ向かう気だ」

 

 ムートは自明な報告をした。オルクセンの西の隣国アルビニーは、現在、アスカニアの占領下だ。それを解放するべき連合軍が攻め込んで、一進一退の戦いを続けている。

 

 その戦場へアスカニアが本国から爆撃機を投入しようと思えば、オルクセン領を突っ切るのが最短経路なのだった。

 

 オルクセンは主権国家として、また自領を戦争に利用させないという中立国の義務を果たすため、断固阻止せねばならない。

 

 ヘルヴェア機の安否は杳として知れないが、二機の戦闘機を増援に得て、オルクセン側は三機態勢となった。

 

 ムートは、増援編隊の長機に呼びかける。

 

「ロット〇一、まだ弾は残ってるか」

 

<こっちは大丈夫だ>

 

「よし、後方から接近する」

 

 増援に来た二機とともに、ムートは残る四機に追いすがる。

 

 アスカニアの爆撃機は、練度が良いようだった。また一機が被弾すると、編隊全体が減速。損傷機を囲むように守り、落伍を防ごうとする。各機に一台ずつの後部銃座が、向きを変える。

 

「待て、ロット〇一。奴ら、互いの後ろを庇ってる。近寄り過ぎるな。的にされるぞ」

 

 爆撃機は、後部銃座を互いの後方数十メートルの空間へ向けて、効果的な防御火網を形成していた。射撃に適した後方至近には占位できない。

 

 ムート機と、増援のロット編隊は、敵機から数百メートルも離れた距離から射撃を開始した。

 

 操縦席の正面にある照準器、その中央に小さく爆撃機が写っている。左右の翼に二挺ずつの機銃が、ミシンのような音を立てて火を吹く。

 

 しかし、距離がありすぎ、必中は期しがたい。曳光弾の光跡からみて、いくらかは当たっているはずだが、敵はびくともしない。

 

「しぶとい奴……!」

 

 もとから威力不足の七.七ミリ機銃が、いたずらに弾薬を消費する。

 

 ようやく、一機の爆撃機がぐらりと機首を下げた。編隊から落伍し、急速に高度を下げていく。すぐに無秩序な落下に移る。

 

 残り、三機である。

 

「一機撃墜。けど、そろそろカンバンだ!」

 

 ムート機の機銃弾は、底をつきかけている。ロット編隊にはいくらか余裕があるだろうが、そちらは技量が心許ない。任せきりにはできなかった。

 

「南部管制、すぐに落とすのは無理だ。このままじゃ、市街地の上空に入られる。次の増援は」

 

 その言葉は断ち切られた。殴られたような衝撃が、ムートの脳天に響いたのだ。

 

 それは音のように響く。

 

――キィィィィィン……

 

 魔術探知波である。それも、魔術感覚を閉じていてさえ響く、極大の術力だ。

 

「南部管制。増援は、来たらしいぜ。最高に気合の入った奴がな」

 

 途端、ムートの前方で、一機の爆撃機が火を吹いた。

 

 ◆

 

 上昇しながら侵入機を狙い定めるヘルヴェア、彼女が睨みつける照準器には、何も写ってはいない。彼女だけが使える射撃法では、それが正しい狙いなのだ。

 

 空中戦の難しさは、撃つ方も撃たれる方も、時速数百キロで飛行していることにある。標的を照準器に捉えてから射撃しても、発射された弾丸が届く前に、相手が移動してしまう。この距離を偏差という。

 

 偏差問題の解決法は単純である。後方から接近して、敵と機軸を合わせた上で、数十メートルの至近距離から撃つことだ。発射から命中までの時間を短縮すれば、偏差は問題にならない。

 

 しかし、もう一つ、理論上の解がある。彼我の距離、相手の速度と針路から偏差を計算し、未来位置を予測して、そこに弾を撃ち込めばよい。

 

 これを「偏差射撃」という。

 

 理屈は単純だが、実践は不可能に近い。計算をするといっても、敵との距離を空中で測る手段がない。また、未来位置を狙うといっても、何もない空間に狙いをつけるというのは、無茶もいいところだ。

 

 この無茶の解決には、技術の進歩を待たねばならなかった。飛行機に積めるよう小型化したレーダーと、その探知結果を受け取って、未来位置を計算する射撃コンピュータが必要だ。それらが実用化されるのは、第二次星欧大戦が終結し、さらに十年以上も後のことになる。

 

 が、ここに例外がいる。ヘルヴェア・オストエレンである。後年の空対空レーダーに匹敵する手段、魔術探知を飛びながら使用できる、世界で唯一の操縦士だ。

 

 魔術探知はふつう、敵の存在、非存在を知るためにのみ使う。だが、膨大な術力でもって探知波を連打し、感受の精度を高めることで、ヘルヴェアは敵との距離、敵の進路と速度まで、大掴みに掴めるようになった。

 

 後は記憶力の問題である。ヘルヴェアは、彼我の運動に応じた偏差のパターンを頭に叩き込み、他の者には意味を呑み込めぬ猛訓練を重ねた。

 

 その結果――いま、葡萄畑から戦の空に帰還したヘルヴェアは、急上昇しつつ、何もない空間を狙い定めて、操縦桿の射撃ボタンを押す。

 

 途端に発射された機銃弾は、敵機と息を合わせたように合流する軌道を描き、命中。

 

 敵機の翼から、ガソリンが虹色の帯のように空中に噴出するのが見えた。非力な七.七ミリ弾が、正確に燃料タンクを射抜いたのだ。一瞬後、火花がガソリンに引火して、炎の尾となった。敵機は錐揉み状態となって落下していった。

 

 上方を取ったヘルヴェア機は、再び機首を下げ、逆落としに向かおうとして、動きの鋭さを失った。ヘルヴェアが珍しく躊躇したのだ。

 

――駄目だ、急降下は。もしかしたら。

 

 これまでエンジンの不調が起こったのは、いつも急降下の直後だった。

 

 ヘルヴェアは機首をやや引き起こし、旋回しつつ緩やかに降下。残る二機の爆撃機の後ろにつけようとした。定法通り、後方至近からの射撃を狙っている。

 

 だが、そこは、爆撃機が互いに守りあう空間でもある。

 

<待て、アイス。俺が先だッ!>

 

 編隊無線から長機の叫び声がする。ヘルヴェアの進路を遮るようにムート機が飛び込んできた。

 

 ムート機は爆撃機の後方に位置すると、直後に横滑りをかけて、すんでのところで防御射撃をかわした。そのまま旋回して退避したムート機を、敵の後部銃座は追った。釣られた、といっていい。

 

 長機の意図を悟り、ヘルヴェアは舌打ちをする。

 

 いつも、こうなのだ。侵入機に警告するときも、戦闘になった時も。

 

 常にムートが前衛となり、侵入機に対応し、あるいは敵を引きつける。ヘルヴェアは常に後衛で、有利な態勢で射撃する。

 

 ムートは操縦技術で優れ、ヘルヴェアは射撃が卓越しているからという、合理的な分担だった。

 

 しかし、それでは、常にムートが大きな危険を引き受けるということだ。

 

 それでいて、任務を無事に終えるたび、あのコボルトは言うのだ。「よくやったな、アイス」と。ヘルヴェアは、それが腹立たしい。

 

(偉そうにして。格好をつけて――)

 

 なぜ、あの牡はいつもそうなのか。どうして危険に突っ込んでいくのか。階級ゆえの責任感か。技量に自信があるからか。それとも白エルフの僚機を信じて、命を預けているからか。

 

<〇二!>

 

 無線から響く長機の声は、彼女への信頼に満ちている。部隊の他の者や、空軍の組織、オルクセン連邦という国家は、白エルフを信じないのに。

 

(あの馬鹿め)

 

 腹立たしい。まったく、腹立たしい。憎まれ口でも叩かずにはいられない。その理由が分からないことにも、腹が立って仕方ない。

 

 だが、操縦者としての彼女は、即応する。声と操縦の両方で。

 

「了解!」

 

 言った時には既に、ヘルヴェア機は敵機の後方へ滑り込んでいる。

 

 爆撃機との距離を、魔術探知波が教える。約二十二メートル。ヘルヴェアの視力は、横を向いた後部銃座、その射手の青ざめた顔、決死の目つきまでありありと見える。彼女の長機を、ムートを狙っている射手の。

 

 湧き上がる怒りとともに、ヘルヴェアは正確な銃撃を送った。

 

 後部銃座に無数の火花が散り、射手の姿が消える。銃弾はそのまま直進して爆撃機を貫き、たちまち失速、落下させた。

 

 ヘルヴェア機は、僅かな操作で機軸を振ると、一連射でエンジンを撃ち抜いて、最後の一機を片付けた。

 

◆ 

 

 侵入機を掃討し終え、ムートはヘルヴェア機と合流して、衛戍地の滑走路へ帰着した。増援できたロット編隊も、後に続いている。

 

 まずムート機が降り、次いでヘルヴェア機が降りた。

 

 駐機場につき、機体から降りたムートとヘルヴェアは、たちまち取り囲まれた。

 

「おかえりなさい、大尉!」

「オストエレン中尉も!」

 

 整備兵たちの表情は、輝くようである。戦果――と言っていいかは、政治的に難しいものがあるが、迎撃任務の結果を、既に聞いているようだった。

 

「二機撃墜だって!」

「俺は三機だって聞きましたよ」

「どんなだったんです。教えてください」

 

 皆、自分こそ敵機を撃墜したかのように興奮している。実際、彼ら整備兵の手柄でもあるのだ。機体を地上で扱う整備兵と、空中で扱う操縦士は、機体を通じて繋がっている。勝利と生還の喜びは、全員で分け合うものだった。

 

 ムートも、その雰囲気にあてられて、疲労ならぬ高揚感に包まれている。

 

 横目に見れば、ヘルヴェアも同様であるらしい。

 

「おかえりなさい、アイス! 無事でよかった。大戦果、おめでとう!」

 

 整備班長のドワーフに祝福されて、ヘルヴェアは眉間に皺を寄せている。

 

(あれで、照れているつもりか)

 

 鉄面皮の白エルフが、珍しく困っていると察して、ムートは心中でほくそ笑んだ。自分の肩が軽くなったように思えた。

 

 整備兵の一頭が叫んだのは、そんな時だった。

 

「おい、脚が出てないぞ!」

 

 誰もが反射的に滑走路を見る。着陸しようとしているのは、増援で出たロット編隊の僚機である。主脚を折り畳んだまま、着陸しようとしている。

 

 気づいた者が次々に叫び声をあげるが、それが機内に届くはずもない。

 

 つんのめるように機首が接地し、その衝撃で跳ね上がる。そのせいで尾部が地面に叩きつけられ、水平尾翼が弾け飛んだ。

 

 見守る者たちが、悲鳴をあげる暇もない、一瞬の出来事だった。

 

 機体は、地面を凄まじい勢いで転がり、轟音とともに部品を撒き散らし、右の主翼が折れたところで、やっと停止した。

 

「き、救助、救助だ!」

 

 整備兵ばかりか、その場にいた全員が滑走路に向けて駆けだした。恐らく無意味であろうと、そう全員が承知しながら。それほどの惨状だった。

 

 彼らが機体に辿り着く前に、まだ機体から離れずにいたエンジンから出火し、たちまち炎上した。残る片翼の燃料タンクに引火したに違いなかった。

 

「止まれ、止まれッ。火が収まるまでは、近寄るな」

 

 整備班長の指示に、皆が足を止めた。茫然と炎を見守る他はない。

 

 操縦士は、おそらく墜落時に死亡しているだろうが、もしまだ虫の息を残しているとしても、助けるすべは無かった。背よりも高く炎をあげ、燃え盛る機体へ突入することなどできない。

 

「糞ったれが。生きて帰ってきたのに」

 

 整備班長の嘆きは、全整備兵の心の叫びだった。

 

 ムートも、やり場のない怒りに、拳を握りしめている。

 

「マグマ」

 

 と、呼んだのは、墜落した操縦士の個別符牒である。ムートやヘルヴェアとは、戦闘兵術学校で同期の間柄だった。

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

 機体が燃える音だけが聞こえ、黒煙がもうもうと上がる。

 

「……気にするな」

 

 そう言って、整備班長の肩を叩いたのは、ヘルヴェアだった。

 

 その意外さに、ムートは当然、全員の目と耳が集中する。

 

 白エルフは続けた。

 

「あんた達のせいじゃない。奴は、昔から着陸が下手だった。集中を切らすんだ。いつかヘマをやると思っていた」

 

 整備班長は目を剥き、わなわなと震えている。

 

 ムートも、口から言葉が出てこない。何と言うべきか、まるで見当もつかなかった。彼自身、戦友を失った直後で、平静ではないのだ。

 

 先ほどまでとは異なる沈黙が場を支配した。上がり続ける黒煙が、午後の日差しを遮って、駐機場を暗くしている。

 

 ヘルヴェアは、言えることは言ったとばかり、身を翻すと、兵舎に向けて立ち去った。

 

 その背が消える間際になって、ムートは、やっと言った。

 

「……忘れろ。奴もイラついてるんだ」

 

 それ以上の弁護は不可能だった。

 

 ムートの心にも怒りはある。

 

 敵意をもつ侵入機に、こちらだけ規則に縛られて対応せねばならない、現状への怒り。

 

 いつ誰が死んでもおかしくない、戦時下の日常への怒り。

 

 戦友の死を悼むこともできない、ヘルヴェアへの怒り。

 

 それらを、一つとして変えることができない、自分自身への怒りだった。

 

 

 

(「⑤戦中の夜」に続く)

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