九人の白エルフ   作:芝三十郎

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中立国の戦空⑥ 空隙

 独り中立を守るオルクセンをよそに、第二次星欧大戦は展開を続けている。

 

 連合軍は、枢軸側の占領下にあったアルビニー王国を解放。そこを足掛かりに、次はグロワール共和国を解放すべく、本格反攻に移った。

 

「――それで、圧力を強めているというわけです。連合も、枢軸も」

 

 オルクセン連邦首相、ギュンター・ブルーメンタールは解説した。政軍の高官が居並ぶ、国防会議の席である。

 

「政府としては等距離外交に努めていますが、もはや限界に近い。なにせ、連合・枢軸の戦力が拮抗している現在、オルクセン軍百万が参戦すれば、それを味方にした陣営が一挙に勝利に近づくのは自明ですからな」

 

 そう言い終えると、首相は彼の舅に目線を向けた。

 

 大机が小さく見えるほどの巨体をもつオーク、最高司令官シュヴェーリン元帥である。

 

「分かる話です」

 

 元帥は、義理の息子に対し、極めて丁寧に応じた。

 

「我ら魔種族を、人族の傭兵のように使い潰そうというのでしょう。王国建国以前のように」

 

 老元帥は、かつて傭兵隊長として、エルトリアやグロワールの王に雇われて戦ったことがあるという。長槍とマスケット銃が主力だった時代のことである。当時、魔種族は人族に蔑まれ、迫害されるか、戦奴隷のように使われるかしかなかった。

 

 それから数百年。魔種族たちは、人族に伍しうる大国と、それを守る強力な軍隊を築き上げた。自らの運命を、自ら決める自由を手にするためである。

 

 往時の魔種族の辛さを肌身で知るシュヴェーリンは、重々しく言った。

 

「軍は、総動員の態勢を維持しています。万一の場合にも、我が国土を侵略されぬよう、即座に反撃にでられる計画です」

 

 元帥に水を向けられて、隣に座っている上級大将が発言した。

 

「陸軍は、やれます。どちらの陣営が相手だろうが、鎧袖一触。蹂躙してご覧にいれる。」

 

「グレーベン参謀総長。政府としては、まことに心強い。ただ、政府の意図は、あくまでも参戦回避にあります。いたずらに緊張を高めることがないようにお願いしたい」

 

 首相と参謀総長は、ともにシュヴェーリンの娘を妻にもつ、義理の兄弟である。そのような私的な親密さは、この場からは伺えない。

 

 グレーベン参謀総長は、険しい声で反論した。

 

「首相、緊張を高めているのは向こうの方です。アスカニアも、キャメロットも、我が国境付近への部隊配備を強化して、我が国に侵攻する演習さえやっているんですぞ」

 

「ですから、それは参戦を促すための圧力だと。短兵急に侵攻してくるようなことはないでしょう」

 

「陸軍としては、楽観してはおられません。不測事態に備え、我が方も西部、南部国境での特別演習を企画中です」

 

「待って下さい。こちらから緊張を高めようなことは」

 

「侵攻に備えるためです」

 

 義兄弟の言い争いが、政府と軍の対立に発展しかけたところで、論争は彼らの義父に制された。

 

「控えろ、グレーベン」

 

 シュヴェーリンの静かな声に、怒りの微粒子が含まれている。グレーベン参謀総長は、雷で打たれたように背筋を伸ばした。

 

「陸軍は立場を弁えよ。いまは外交が主、軍事は従だ。演習は中止だ」

 

「は、はい。閣下」

 

「いいか、作戦の視点から国策を誤らせてはいかん。それに文句をいう参謀がいたら、全て罷免しろ」

 

「了解しました。くれぐれも統制を厳に致します」

 

 参謀本部、特に中堅以下の参謀たちは、ベレリアント戦争以来、専横ぶりが目につくようになっていた。その突き上げをくらって、グレーベンも苦労しているらしいのだ。

 

 しかし、そんなことで中立政策を危うくされてはたまらないと、シュヴェーリンは断固として言った。

 

「軍としては、万全の備えをする。しかし、それは、あくまで自らを守るためのもの。こちらから参戦や、挑発をすることはない。そうですな、大統領閣下」

 

「いかにも、その通りです」

 

 クレメンス・ビューロー大統領は、元帥に感謝の視線を向けた。連邦憲法は軍の最高指揮監督権を大統領に与えているが、オルクセンでは伝統的に軍の権力が強い。率先して政府方針に従ってくれる最高司令官シュヴェーリンは、制度化されて間もない文民統制の要であった。

 

 大統領は、閣議室に集った主要閣僚と、軍の最高幹部たちを見回した。

 

「両陣営からの参戦要請は、以前は執拗な懇請だったが、いまでは脅迫めいている。このままオルクセンだけが何もせずにいるなら、どうなっても知らんぞ、と。そういう具合だ」

 

 高官たちの表情は、一様に硬い。

 

 自陣営の正義を掲げ、生存を賭けて戦っている交戦国たちにとって、中立を守るオルクセンは、正義ではなく、ただの身勝手に見えているのだ。

 

 苛烈な大戦のさなかにあって、中立政策とは、全ての陣営と友好を保つことではない。むしろ、全てから恨みを買い、孤立を深めることを意味した。

 

「厳しい状況が続くが、我が国の方針は中立、不参戦で変わりない。軍は、戦争に備えつつも、心してもらいたい。その最大の任務が、戦って勝つことではなく、戦いを避けることにあるのだと」

 

「よくよく心得ました。大統領閣下」

 

 そう、シュヴェーリンが神妙に承ってみせると、グレーベンも謹厳な顔で頷くしかないのだった。

 

「大統領閣下、よろしいでしょうか」

 

 そう発言したのは、空軍の制服を着たコボルトである。空軍総司令官、ヒューゴ・ウェーバー大将であった。

 

「もちろんです。ウェーバー大将」

 

「仰る通り、軍事的圧力は、強まる一方です。国境を越えて侵入する軍用機は増え続けております。以前は誤侵入が多かったのですが、最近は意図的と思われるものが多い」

 

「挑発ですな。くれぐれも相手に参戦の口実を与えぬよう、不測の交戦は避けて頂きたい」

 

「もちろんです。連合も枢軸も、我が国を迂回路にして、戦いを有利に運ぼうとしている。我が戦闘機への発砲も増えています」

 

「領空を戦争に利用されては、反対の陣営に参戦の口実を与える。交戦を避けつつも、中立義務を厳守せねばなりません」

 

「敢えて申し上げますが、空の戦いは既に始まっております。外務省と合意した現状の交戦規定は、現実から乖離しつつあります。

 

 侵入機が最後の一線を踏み越えるのは時間の問題です。中立義務を守るにも、実力が伴わなければ。現場は、不戦と中立の間で――」

 

 ウェーバー大将の言葉は、突如開かれたドアの音で断ち切られた。高官たちの視線が、扉に集中する。入ってきたのは大統領補佐官であった。

 

「失礼します! 空軍総司令部からの急報です。ウェーバー大将に、至急、司令部へお戻り頂きたいと」

 

「了解した。何事があったのか」

 

「アスカニアの侵入機が――」

 

 報告を受け、一同は揃って顔色を変えた。

 

◆ 

 

 急報が大統領らに達する、約一時間前。

 

 第十一兵団の中枢管制所は、いつも以上の緊張に包まれていた。

 

 各地のレーダーや監視所から報告が次々に入る。その量が多すぎて、ガラス張りの空域図への書き込みは、追いつかなくなっている。

 

「アスカニア国内の動きが活発化しています。大量の編隊がグロワール戦線へ向かっている模様」

 

 そう報告した参謀は、管制官たちから渡されたメモ書きを何十枚も抱えている。

 

「動いているアスカニア空軍の規模は」

 

「算出中です。お待ちください。いま」

 

「分かった。無用だ」

 

 コボルトの兵団長は立ち上がった。

 

「みな、そのまま聞け! アスカニア領内での航空機の動きは、もう追うな。我が国境に向かい、北上する動きに集中しろ。他は無視してよい」

 

 忙しく監視部隊と交信していた管制官たちと、ガラス板に書き込んでいた監視員たちは、即座に頭を切り替え、やるべき作業を絞り込んだ。

 

 その甲斐あって、現場に問い合わせるべき探知状況も、空域図に描くべき点も減少した。しばらく更新が散漫になっていた空域図に、新たな点が描かれ、つなぎあわせられていく。

 

「推定で六機。国境から六十キロ、進路三・〇・〇。時刻は……三十分前」

 

 そこまで報告した監視員は、蒼白となった。作業が飽和しているうちに、重要な探知を書き落としていたことに気づいたのだ。

 

「その後、追えていません! もし進路が変わっていないならば」

 

「ただちに迎撃を指示します。五十二連隊に」

 

 管制官は、ただちに飛行連隊への指示を発した。指示を受けた連隊は、麾下の飛行中隊に緊急発進を命じたはずだ。現場では整備兵や操縦士、その他の支援要員たちが駆け回っているに違いない。

 

 だが、それに要する時間は、中枢管制所にいる者たちにとっては、心臓に痛みを感じるほど長い。

 

 やがて、現場からの報告を受けたオークの管制官、ケーニヒ少尉が声をあげた。

 

「ジルフ編隊、離陸しました」

 

 参謀たちは、ほっと息をついた。

 

「よし。間に合いそうだな。ジルフ編隊ならば」

 

「……いえ、訂正します。ジルフ〇一のみ離陸」

 

「どうした」

 

「〇二は遅れています。機体の不具合だと。待っていては間に合いません。ジルフ〇一を、単機で迎撃に向かわせます」

 

 ◆

 

 ジルフ〇一ことムートは、間もなくして侵入機を目視した。Vf-43の操縦席から眼下を見下ろして、コボルトは悪態をつく。

 

「何が六機だ…!」

 

 歯噛みしつつ、無線機に向けて報告する。

 

「南部管制、こちらジルフ〇一。侵入機は大軍だ。九機もいる。アスカニアの爆撃機が九機」

 

 以前にも侵入し、彼が撃墜したことのある、双発爆撃機であった。三機ごとで楔形の編隊を組んでいる。その三個編隊がまた、大きな三角形を成している。

 

 管制の応答は、驚きを隠しきれていなかった。

 

<了解。ジルフ〇一、距離をとって追尾せよ>

 

 異例の指示といってよかった。通常は、即座に接近して、変針するよう無線を送るはずである。

 

 まして、いつもより発進が遅れた分だけ、侵入機は国土の奥深くへと入り込んでいるのだ。

 

「このままじゃ、市街地に入っちまうぞ。警告に向かう」

 

<待て、ジルフ>

 

「危険は、いつものことだ」

 

<違う。侵入機の隊形を報告しろ。縦隊でいるのか>

 

 ムートは自分の報告漏れに気づいた。彼も焦っていたらしい。

 

「楔形の密集隊形だ。それが三個編隊」

 

 そう報告すると、管制からの応答には、一瞬の間が空いた。

 

<レーダーで六機に見えた原因だ。隊形が密過ぎて、一個編隊が一機に映ったかもしれない。だとすると>

 

 コボルトの全身が総毛立った。

 

――六個編隊いる。残りは。

 

 反射的に上を見る。太陽の方向。いつもなら、彼の僚機が待機し、かつ警戒しているべき位置を。

 

 黒点が三つあった。そう見えたが、点は直ちに分裂。六個の黒点に増え、みる間に大きくなる。降下しているのだ。彼の機体に向けて。

 

「直上に護衛戦闘機!」

 

 

 

(「⑦最後の一線」へ続く)

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