短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

38 / 38
白エルフの戦闘機操縦士ヘルヴェアは、アスカニアの大部隊に向けて単機突入する。 web版読了後推奨


中立国の戦空⑧ 風の妖精

 国土への初空襲という未曾有の事態と、兵団長の大胆な決断は、中枢管制所に異様な緊張をみなぎらせた。

 

 日頃は冷静な参謀長のコボルトが、上擦った声で上官の勇み足を諌止する。

 

「いけません、兵団長! たった一機で何ができます」

 

 兵団長にして少将の地位にあるコボルトは、常と変わらぬ気難しげな顔と声である。

 

「あと五分は、奴しかおらんのだろう」

 

 ぶっきらぼうに応じられても、参謀長は食い下がる。

 

「組織的な空襲です。これまでとは違います。外務省に確認せねばなりません」

 

 他の参謀たちも参謀長と同心らしい。すがるような眼で兵団長を見ている。管制官や監視員たちも固唾をのみ、耳を立てて議論に聞き入っている。

 

「そんな暇があるか。国民を殺されて、爪を咥えて待つような国がどこにある」

  

「しかし、迂闊に反撃して、世界大戦に巻き込まれることになっては……」

 

 なおも言い募ろうとする参謀長を、兵団長は一喝した。

 

「責任は俺が取る! お前らは仕事に集中しろ。いいか――」

 

 腕を大きく振りかざし、管制所の全体に向けて指示を発した。

 

「増援の投入、次波の警戒、〇一の救助! この三つだ。それぞれに、かかれッ!」

 

 その号令で、全員から迷いが掻き消えた。

 

 管制官は無線機を、参謀たちは電話機を引っ掴み、てきぱきと連絡をいれ始めた。

 

「投入できる在地機は全部あげろ」

 

「第八兵団、こちら第十一兵団。先回りして網を張れ」

 

「次波らしきものはいないか」

 

「レーダーの報告を再整理します」

 

「エアハルト市の陸軍につなげ。演習場にいる部隊に救助要請を」

 

「うちの猟兵かもしれんぞ。空軍総司令部にも連絡する」

 

 先ほどまでは紛糾錯雑としていた室内の空気が、整然とした闊達さに置き換わり、一つの生き物のように機能している。

 

 その中心にいる兵団長は、刻々と更新される空域図を睨みつけている。

 

 そのつぶやきを聞いたのは、傍らにいるケーニヒ少尉だけだった。

 

 少将の階級をもつ歴戦のコボルトは、口元に手をあて、噛み殺すような小声で言った。

 

「……頼むぞ、アイス。悪党どもを叩き落とせ……!」

 

 ◆

 

 最大限に加速したヘルヴェア機は、市街地上空を思うさまに飛ぶアスカニアの戦闘機群、そのただ中に突入した。

 

 アスカニア機は二機ずつの三個編隊に分かれ、たった一機の突進を取り囲もうとする。五百メートル以上の距離で、発砲。

 

 ヘルヴェア機は直進を続ける。この距離では、まず当たらないのだ。当たり始めるのは二百メートル程度からだ。瞬く間に距離がつまり、白エルフの目前を曳光弾が走った。すかさず操縦桿をわずかに切り、弾道の反対向きへの横滑りを挟み、なおも突進する。

 

 包囲を試みる敵戦闘機の中央を、最大速度で突破。追いすがる敵戦闘機を後ろに従えながら、その全てを無視して、ヘルヴェアは敵爆撃機の方へ向かった。

 

 先ほど市街を空襲したばかりの爆撃機が三機。郊外の緑野の上を、悠々と縦になって飛んでいる。間隔は二百メートルほどか。

 

 ヘルヴェアは、その最後尾の後上方、絶好の位置につくと、左捻りこみで襲い掛かった。彼女の射撃は短い。ほんの一秒だけ放たれた火線は、正確に敵翼下のエンジンへ吸い込まれていった。途端、エンジンから燃え盛る火焔をあげて、獲物は空中分解した。

 

 その落ちゆく姿に目もくれず、ヘルヴェア機は急上昇。ほとんど即座というべき素早さで、二番機の左後上方五百メートルを占めた。

 

 直ちに機首をさげ、今度は右に捻り込み、二番機にも襲い掛かる。機軸を合わすまでもなく、捻りこみながら射撃。敵機は火も吹かず、すぐに錐もみで落ちていった。操縦席を狙い撃たれたせいである。

 

 再度上昇し、一番機の左上方に肉薄。またもや右捻りこみで射撃を狙う。

 

 敵はさすがに気付き、斜めに宙返りして軸線をさけようとした。

 

 しかし、その回避運動のために、爆撃機の大きな背面を的のように晒した。

 

 ヘルヴェアが即座に放った射撃は、爆撃機の左主翼を付け根から吹き飛ばした。片方だけとなった爆撃機は、くるくると回りながら堕ちていった。落ちゆく機体から何かが飛び出したかと思うと、パッと落下傘が開いた。

 

「撃墜、三」

 

 残る爆撃機は二個編隊、六機。突然の大被害に驚いたか、グロワール方面へ急ぎつつ、防御に適した密集隊形を作ろうとしている。

 

 それが完成する前に襲い掛かろうとするヘルヴェアの後方に、面目を失ったアスカニア戦闘機六機が、ようやく追いついてきた。

 

 ヘルヴェアは襲撃を一旦打ち切り、速度を増して逃げる。アスカニア機は追いすがる。最高速度ではアスカニア機が僅かにまさる。

 

 そのうち二機がヘルヴェアの背後から距離を詰め、絶好の射撃位置を占めると、発砲。

 

 が、僅かな差であたらない。アスカニア機は、なお追いすがりつつ射撃を続けるが、それでも当たらない。

 

 なぜならば、彼らが追うのは白エルフ。後方へ連打する魔術探知波で、射撃方位を見切っては、進路に微妙な角度をつけて、的確に機軸をずらし続ける。そして戦機を待っている。

 

「……来い。そのままだ」

 

 アスカニア機は、ますますむきになり、また追撃の優位から、ヘルヴェア機に追いすがる。彼我の距離が二十メートルを切り、ほとんど追突するかと思うほどに迫る。

 

 その距離を狙っていたヘルヴェアは、操縦桿を力いっぱいに引いた。急角度の上昇。出力は全開のままだが、速度は急速に低下する。

 

 ほとんど一瞬で直立する機体。途端、操縦桿が軽くなる。機首が勝手に落ちようとする、その刹那を見極めて、ヘルヴェアはペダルを蹴り飛ばすように踏み込んだ。

 

 ヘルヴェア機の翼から揚力が失せ、舞い落ちる木の葉のように落下しながら横回転。後ろから追いすがっていた敵、その更に後ろに回り込む。

 

 横回転のままに薙ぎ払うような射撃で、寸秒前までは絶対の優位にあった敵の一機を一瞬で片付けた。敵機は黒煙を尾のように引きながら堕ちていった。

 

 ヘルヴェアは機体を立て直しつつ、もう一機の後方を襲おうとする。

 

 優位から一転して後を奪われかけた敵は、常法の左捻りこみからの垂直降下で離脱。ヘルヴェアも急激な左捻りこみで追う。

 

 垂直に降下しつつ、敵の後方五十メートルで射撃。敵機がパッと黒煙を吹いた。その煙が白エルフの顔にかかる。炎を視認するや、操縦桿を引いて急上昇する。

 

「撃墜、五」

 

 ヘルヴェア機が高度を回復しているさなか、無線機が告げた。

 

<ジルフ〇二、こちらコベル〇一。まもなく戦闘加入する! 我、敵の進路に回り込みつつあり!>

 

「ジルフ〇二、了解。そのまま爆撃機の頭を押さえろ。あと六機残ってる」

 

<了解だが、ジルフ。敵戦闘機は>

 

「そちらは任せろ」

 

 そう告げると、残る四機の戦闘機に向けて、ヘルヴェア機は突進した。

 

 前方の敵編隊との距離が急速につまる。五百メートル余り。射撃しても、まだ当たる距離ではない――と、敵は思ったかもしれない。

 

 それでも、ヘルヴェアは敢然と撃った。

 

 その目に映る照準板は、敵機を映してはいない。高速飛行する敵機、その偏差を予測して、未来位置を狙い撃つ。

 

 敵は、まず一機目、次いで二機目とも、ほとんど機体中央を射抜かれて、空中で砕けるように分解しつつ、はるか下方へ消えていった。

 

「撃墜、七」

 

 最後の戦闘機編隊は、ヘルヴェアの鋭鋒を避け、反航戦を挑んできた。

 

 互いに高速ですれ違うタイミングで、ヘルヴェア機は左急旋回。敵の左翼下へ入り込む。敵の長機は警戒して右へ大きく開いた。敵機の青白い腹が見える。急旋回で離脱していった。

 

 ヘルヴェアの口角が歪む。

 

「僚機を見捨てるか」

 

 その声には静かな怒りがあるが、彼女の機動は冷酷そのものだ。逃げ遅れた一機の右翼下に潜り込み、遅まきながら右旋回で逃げようとする敵の出鼻を抑える。敵機は慌てたらしい。大きく左バンクし、垂直旋回で逃げようとして、無防備にも腹をみせた。

 

 ヘルヴェアは、その瞬間、操縦桿と左フットバーを極度に効かせ、機首を左前方へねじ込む。

 

 敵と同方向の旋回、しかも自機は敵の後下方につき、絶対的な優位を取った。

 

 正面至近の敵機は、照準器からはみ出すほどに大きい。即座に射撃すると、一瞬で敵の風防が吹き飛び、錐揉み状態で堕ちていった。

 

「撃墜、八」

 

 ヘルヴェアは、魔術波を爆撃機の方に向けつつ、肉眼では先ほど逃げた敵戦闘機を睨んだ。

 

 最後の敵機は、遁走にかかっている。僚機を捨てたばかりか、守るべき爆撃機のことも忘れたように、雲の中へと突っ込んでいった。

 

 普通、雲中に逃げれば、追撃の手はかからない。照準のつけようがないし、空中衝突を恐れるからだ。

 

 ヘルヴェア機は諦めて、爆撃機の方に向かうしかない――と、思ったのであろう。

 

 しかし、敵は知らない。雲に逃げ込んだ瞬間、彼を追う白エルフの目が、赤く輝いたことを。

 

 夜を見通す、エルフの紅眼。その原理は既に解明されている。赤外線を捉えているのだ。闇夜であっても、生き物は赤外線を発している。エンジンも同様である。そして赤外線の一部は、水蒸気を透かして届く。

 

 ヘルヴェアの視界の中で、濃密な雲が朝霧のように晴れていく。

 

 一直線に逃げる敵戦闘機の姿が、無残なほどあらわになった。その未来位置に機首を向けて短い連射を送った。敵は翼の付け根から二つに折れるようにして堕ちていった。

 

「撃墜、九。敵戦闘機は片づけた」

 

 そう報告しつつ、ヘルヴェアの目は燃料計に向いている。帰投可能なぎりぎりだ。

 

 それでも彼女の魔術波は、まだ戦いの空へ向いている。残る敵爆撃機は、増援でやってきたオルクセン戦闘機隊に群がられ、防御隊形も空しく、次々に撃墜されている。六機いたものが三機にまで減っていた。

 

 もはや編隊を維持できなくなり、二機と一機に分かれ、別方向に逃げていく。

 

 敵二機は西方へ。その後ろから増援のオルクセン機が追いすがる。

 

 残る敵一機は、急激に高度をさげて勢いを増し、全速で南へ逃げている。

 

 それを追うならば、ヘルヴェアも急降下せねばならない。

 

 ドワーフの整備班長の声が、彼女の脳裏によみがえる。

 

<急激な負の加速が加わると、燃料供給が絶える。例えば急降下だ。対策は……>

 

 白エルフの機体は、くるりと横回転し、背面飛行に移った。

 

 ヘルヴェアの頭上に、オルクセンの大地がある。そこへ向け、白エルフは操縦桿を引いた。

 

 機首を上げる動作で、機体が真下を向く。背面急降下。ドワーフが教えた対策だった。

 

 高度と引き換えに急加速するが、エンジンは高回転のままである。

 

 高度計の針が瞬く間に低下する。

 

 その間に、ヘルヴェア機は緩やかに横回転。高度計が零を示すと同時に、水平飛行に戻った。

 

 敵の真後ろ数百メートル、同高度にピタリとつけている。

 

 目測では、地上から二十メートルというところだ。林の樹々の先端が機体の腹を掠める。

 

 敵は右に左に頭をふりながら逃げる。必死に避けて、撃たれまいとしているのだ。

 

 眼下の森が消え、木立が消え、開けた黒い農地に変わる。その間も連打する魔術波で、刻々と詰まる敵との距離を測る。

 

 七十。

 

 六十。

 

 ようやく五十メートルまで詰めた。残り僅かな機銃弾、その全てを撃ち込む。

 

 火線を吸い込んだかと思うと、途端、敵機は高度を下げて、そのまま畑の中へ突っ込んだ。

 

 地面に打ち付けられながら、とんぼ返りを繰り返す。

 

 折れた主翼が吹き飛ぶ。尾翼が、風防が、部品という部品が次々に弾け飛ぶ。

 

 四分五裂しつつ転がった敵機は、跡形もない残骸に成り果てて、ついに止まった。

 

 ヘルヴェア機は既に上昇に移っている。

 

「撃墜、十」

 

 目視と魔術探知波で、残っていた二機の爆撃機が落下していくのが分かった。

 

 高度とともに通信を回復し、淡々と報告を送る。

 

「南部管制、こちらジルフ〇二。敵機の全滅を確認」

 

 返答にはわずかな間があった。管制官は、畏れるような声で言った。

 

<……了解。侵入機を全機撃墜>

 

 プロペラの回転を巡行に切り替え、衛戍地への水平飛行に移る。

 

「我、残燃料、乏し。これより帰投する」

 

 ちらりと下を見る。

 

 彼女の長機が墜落した演習場では、細い煙がまだ立ち昇っているようだった。蟻のように小さく、兵たちの影が動くのが見えた。

 

 

(次話「彼方へ」へ続く)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

オルクセン競馬史(作者:Tesuta2199)(原作:オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~)

オルクセン王国には競馬という文化はベレリアント戦争以前には存在していなかった。▼しかし昨今のオルクセン王国の競馬は星欧どころか世界に名高いものとなった。▼如何にして野蛮なオークは世界に羽ばたく競走馬を育成できたのか?その歴史を紐解いていく。▼〜web版の小説後や書籍版のストーリーが描かれています!!未読者は閲覧注意です!!〜


総合評価:308/評価:8.33/連載:39話/更新日時:2026年04月18日(土) 08:00 小説情報

オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜(作者:鶴岡)(原作:オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~)

※web版原作読了済推奨▼または如何にして祖国を愛するのを止めて母なる豊穣を愛するようになったか▼『亡命白エルフ』▼ 意味としては大抵の場合、エルフィンド王国から他国へと亡命した白エルフの事を指す。▼ その亡命白エルフの中でも特に著名な彼女、ホルステナ・フルーベルについて紹介しよう。▼ エルフィンド王国の首都ティリオン近郊にある白銀樹を母とし、あのロザリンド…


総合評価:738/評価:8.8/連載:46話/更新日時:2026年03月09日(月) 04:42 小説情報

オルクセン自動車史〜世界は如何にして白エルフの作った自動車に憧れたのか〜(作者:味家)(原作:オルクセン王国史 )

星暦900年代、オルクセン連邦は国民車と言われる魔種族が誰でも乗れる車の開発をヴィッセル社に依頼する、頭を悩ませたヴィッセル社はそれを隣国アスカニアで自動車を学びオルクセン南部に設計事務所を開いた1人の白エルフに依頼する。▼これはオルクセン王国史の二次創作です、初めての投稿なのでお手柔らかにお願いします。この主人公にはモデルがいますがエピソード等は大体捏造、…


総合評価:86/評価:7/連載:7話/更新日時:2026年05月09日(土) 23:37 小説情報

封鎖突破船(作者:koe1)(原作:オルクセン王国史)

オルクセン王国史の二次創作である『野生のオルクセン』です。▼ベレリアンド戦争で『グスタフ王の海賊』を相手にしたとある船長と彼が指揮した船の話しです。▼※Web版読了後推奨


総合評価:172/評価:8.5/連載:10話/更新日時:2026年04月19日(日) 01:12 小説情報

グスタフ暗殺計画(作者:芝三十郎)(原作:オルクセン王国史)

ベレリアント戦争末期。敗色濃厚なエルフィンド王国は、起死回生の作戦を立案する。決死隊を送り、グスタフ王の命を奪おうというのだ。無謀な暗殺計画の指揮官に選ばれたのは、収容所に監禁されている政治犯であった。▼Web版読了後推奨▼pixivにも掲載


総合評価:10/評価:-.--/連載:5話/更新日時:2026年05月08日(金) 06:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>