短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

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二級市民④

 

 後を任されたブルーメンタール首相は、関係閣僚に端的な指示を与えて解散させた。くどくどと細部を詰めるのではなく、誤解しようのない目的だけを示してやるのが、彼の昔からの流儀なのだ。

 

「危急の再集合があるかもしれないから、所在は明確に。では、それぞれに、抜かりなくやってくれ」

 

 閣僚たちが席を立ちあがる。参謀総長と内務大臣は、特に足早に閣議室を出ていく。対照的に、足取りの重い者がいる。タイミングを見計らい、首相はその牡に声をかけた。

 

「ああ、先生、よろしいですか。少し相談事が」

 

 他の閣僚は、何かを察しつつも気づかぬ体で出ていく。秘書官が閣議室の扉を閉めると、彼ら二名だけが残された。首相は、自分の部下である牡に丁重に椅子を勧める。どうぞ、お楽に。秘書官にコーヒーでもいれさせましょう。

 

「お気遣い、かたじけなく。閣下。私は、やはり……」

 

 このところ、ずっと暗い顔をしている牡の言葉を手で制し、ブルーメンタールは告げた。

 

「何度言われようと、辞表は受けとりません。それは敵前逃亡に等しい」

 

「事態の原因は私です。それが……のうのうと内閣参与などと」

 

「フリートベルク先生、憲法を裁可されたのは先王陛下、解釈しているのは現在の三権、そして国民です。」

 

「その信頼を裏切ったのです! 私が起草した条文には穴があった。正しい解釈を何度訴えても、彼らは聞いてくれない」

 

 フリートベルクは、本業は法学者であり、先王グスタフ時代には司法大臣をつとめた。そして連邦憲法の起草責任者でもある。憲法の施行後は閣僚を引退し、勅任院議員を務めながら、ハレ大学の法学教授に戻った。彼に懇請して内閣参与を引き受けさせたのは、ブルーメンタールである。当然、現下の情勢を受けての人事だった。

 

 しかしブルーメンタール首相は、起草者たるフリートベルクに、絶対の裁判官役を求めたのではない。

 

「法は状況に照らし、解釈を議論し、それが積み重ねられる。その議論こそ憲法なのだと、そう教えてくれたのも貴方ですぞ。憲法は、もうあなたの手を離れている。第一、責任といえば」

 

 というと、予備役陸軍大将でもある首相は、嘲るような表情を浮かべた。

 

「私こそ主犯といっていい。占領統治時代のエルフィンドで、私はシュヴェーリン元帥のもと、宰相に等しい地位にありました。向こうでは、今でも悪し様に言われております。それを覚悟で、最善を尽くしたつもりでしたが」

 

 ベレリアント戦争の終結後、エルフィンド王国はオルクセンによる占領統治下におかれた。統治を担ったのはベレリアント半島占領軍司令部。ブルーメンタールはその参謀長であった。

 

 そこで行政官としての手腕を評価されたことが、彼の将来を決めた。シュヴェーリン元帥の参謀長であり、女婿でもある彼を、将来の参謀総長にという声も少なくはなかった。

 

 しかし、その競争相手と目されたのは作戦局長グレーベンであった。自らの義弟でもある牡の軍事的才能は、己など比較にならぬ高みにあると、彼はそう謙虚に評価していた。そこでボーニン、ローンの両大将の先例にならって政治職に進むことで、次期参謀総長の座を自ら譲ったのだった。

 

 軍政解除後は陸軍省次官に栄転し、その後はネニング州総督として再度ベレリアントへ。総督制が廃止された後は陸軍大臣。勅任院議員から内務大臣に進んだ後、彼の手腕を評価したビューロー大統領によって、思いがけず首相に指名された。衆議院ではなく勅任院議員から政権首班を出すのには批判もあった。それでも大統領が彼を選んだのは、当然、現下の情勢と関係している。

 

 白エルフ問題である。

 

 そうして首相となったブルーメンタールが、自らの顧問役にフリートベルクを引っ張り出したというわけだった。

 

「種をまいた者は、その実りにも向き合わねばならない。意図と違う、苦々しい果実でも」

 

 勅任院議員、内閣参与にして憲法起草責任者は、溜息とともに言った。

 

「第一回自由選挙のからくりは、我々の共謀によるものですからな。白エルフ族に市民権を認めて、その上で、いかに発言力を削ぐかという。ありていに言えば、いかに抑圧するかという……」

 

「致し方ないことです。真に平等な選挙をすれば、いまだエルフィンド王国を忘れない彼女らが全議席の二割を得てしまう。過度の自治、教義の再興、そして再独立へと進むのは目に見えていた」

 

 ベレリアント戦争の終戦時、オルクセン王国の国民数は三千五百万。そこに加わった白エルフ族の総数は八百万。全有権者の約二割で、種族別に見ればオークに次ぐ第二の勢力である。敗戦し、併合されたばかりの、仇敵であった民が。

 

 国家の統一を危険にさらすことはできない。さりとて民主化、平等な市民権、普通選挙の断行は、先王グスタフの至上命題であった。この二つを両立するため、ベレリアント半島占領軍司令部と内閣、特に法務省は緊密な折衝を行った。

 

 その結論の一つが、八百八十九年に公布された連邦衆議院選挙法、その区割りである。

 

 連邦衆議院の議席総数は四百九十七議席。

 

 もし有権者数に対して平等に割り振れば、旧エルフィンド王国には九十二議席が割り振られるべきところである。しかし、実際に彼女らへ与えられた選挙区は十三議席だけだった。

 

 ベレリアント半島を除くオルクセン連邦――白エルフたちが言うところの『内地』――では、平均して有権者七万二千名につき一議席が与えられている。それに対し、白エルフたちは六十一万有権者で、やっと一議席という計算であった。その格差八倍強。

 

 白エルフ達が『八分の一市民権』と呼んだ所以である。区割りを始め、白エルフ社会の支配体制の転換を目指して行われた各種の政策など、有形無形の制約と抑圧があった。

 

 選出された十三名の白エルフの議員は、しきりと選挙法改正を訴えた。しかし、議会では圧倒的少数派となった彼女らに、そのような力はなかった。

 

 かくて併合後の白エルフは、憲法上は平等な権利をもつオルクセン連邦市民であり、その実は八百万の二級市民となった。

 

 選挙区割りは、徐々に見直されていくべきもの。白エルフたちへの教育が行き届き、差別的な教義の伝統が払拭されれば、彼女たちは真に平等な連邦市民となる。不平等は一時的な必要悪であって、時間の経過とともに、平等に近づいていくもの――そのはずであった。

 

 占領軍参謀長から総督、やがて内相となったブルーメンタールは、全く必要なことを為した。

 

「エルフィンド王国の悪行や、教義の悪辣さを喧伝したのも、必要なことでした。ベレリアント戦争の大義を明らかにして、併合を正当化し、白エルフたちの古い自尊心を打ち砕くために。それが、内地の市民感情に、これほどの悪影響を与えるとは。

 

 白エルフたちの差別を糾弾していたはずが、彼女達に対する差別を正当化することになってしまった。いま彼女ら九名に石を投げている者たちを、一概に責める気にはなれません。彼らは私の被害者なのですから」

 

 白エルフ政策は当時の政府の総意として決めたことであって、ブルーメンタールの言い分は自責が過ぎた。

 

 ゆえに、フリートベルクは反論した。失敗したことは己の責任、成功したことは皆の努力のお蔭だと、そう心から信じてしまう美風が、この時期のオルクセン連邦の選良たちにはある。

 

「州権を強くし、連邦政府の権力に制約をという、私の考えが甘すぎたのです。自治を尊重することを優先するあまり、州政府に裁量を与えすぎました。法秩序の維持は連邦ではなく州の責任と権限だと」

 

「それは先王陛下の強いご意向でもあったのでは」

 

「ええ……陛下は、連邦政府が強権化することを恐れておいででした。大統領と首相の兼任禁止規定と同じです。何か、非常に具体的な懸念をお持ちのご様子で。民主化するからこそ、ええ、それを乗っ取られてはならないのだと。州への分権化は、その歯止めの一つのはずだったのです」

 

「陛下の想定の外でもあったわけですな。連邦ではなく、州政府の方が市民の抑圧にまわるとは。介入の手段は限られる……思い切りが必要です」

 

 核心に辿り着いて、首相は身を乗り出した。

 

「思うに、我々の役目はその後にこそある。相談とは、それです」

 

 察して、フリートベルクは初めて表情を明るくした。

 

「それでお役に立てるのでしたら。ええ、全く、喜んで。全てが上手くいったならば」

 

 首相は微笑んだ。

 

「ありがとうございます」

 

「彼女たちが堪えてくれたなら……」

 

「うまくいきますよ。私は知っているんです」

 

 そう言って、ブルーメンタールは昔を思い出した。総督時代、占領軍参謀長時代。そして更に前。第三軍参謀長として、あの戦争を戦った日々を。

 

 かつて戦ったからこそ。恐るべき敵手と知ればこそ。彼は彼女たちを信じることができた。

 

「彼女たちは決して諦めない。白エルフは、強いのです」

 

 

 

 

(九名の二級市民⑤へ続く)

 

 

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