短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

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二級市民⑤

「だから、外に出して下さい。入学式は明日なんですよ」

 

 タルヴェラは、憔悴しきった声で言った。白エルフの尖り耳も、先端が力なく垂れている。彼女ら九名が州兵の衛戍地に『保護』されてから二日が経過した。その間、彼女たちが外に出ることは許されなかった。

 

 陳情されて、オークの衛戍地司令は苦り切った顔をしている。

 

「何度言ったら分かるんだね。私は君たちを守れと言われているんだ。勝手に衛戍地から出てもらっては困る。柵の外では、日のある間はずっと抗議活動が止まないんだ。今だって……」

 

 司令官はラピアカプツェ市内の治安悪化を説明した。

 

 曰く、大通りでは分離派によるデモ行進が連日続き、過熱の一途を辿っている。

 

 曰く、彼女たちが入学する予定のラピアカプツェ大学周辺では、デモが暴動に発展し、大学構内で破壊行為をおこなった。

 

 曰く、そのニュースが伝わるや、暴動は市の郊外まで広がり、白エルフ労働者の居住地区が略奪にあった。

 

 タルヴェラは、ますます暗澹たる表情になった。といっても、それらの情報はタルヴェラにとっては、唯一の情報源であるラジオで聞いた内容の確認に過ぎず、目新しいものではなかった。

 

 問題なのは、そのような危険から彼女らを守ると称して保護した司令官の言い分が、事実の半分に過ぎないと確信できたことだ。

 

「だから、ずっとここに閉じこもっていろっていうんですか。私たちは大学に入るために来たのに」

 

「……そもそもね、どうしても、ラピアカプツェ大じゃないといけないのかね。首都の大学でもいいじゃないか。私も首都の士官学校を出たが、学生街には君たちのような白エルフを何名も見たよ」

 

 司令官は親切そうに言った。

 

 白エルフが本土の大学に進むことは、旧エルフィンドの併合前から認められている。どころか、推奨すらされてきたといっていい。

 

 司令官はそれを指摘した。

 

「だから、ラピアカプツェ大に拘ることはないんじゃないか。一年だけ我慢して、州政府の推薦を受ければいい。そうすればヴィルトシュヴァイン大学にだって入れるかもしれない」

 

 白エルフの若者のうち、これはという者を推薦して本土の大学に入れるという、推薦枠制度である。現在はベレリアント半島の各州政府が運用しているが、もとは占領時代に設けられた。

 

 推薦枠を使ってオルクセン本土の有名大学に進み、学位を取得したらベレリアントに戻って各州政府の官僚になるのが、白エルフにとって最も確実な立身出世の階梯だった。

 

 教育も経済も遅れているベレリアント半島の地域振興政策の一環だとされている。その実は、白エルフ社会の権力構造を造り変える目的がある。

 

 その証拠に、エルフィンド王国時代に冷遇されていた少数氏族や、北部出身の白エルフは特に推薦を得やすい。王国時代に公職についていた白エルフや、名門氏族出身者は、いかに学業がよく出来ても推薦を得ることはできない。

 

 白エルフ社会の改造をめざす占領政策は、敗戦から数十年後の現在でも継続し、彼女ら種族を縛り続けているといっていい。

 

 種族を縛る枠を越えようとする最初の九名、その代表者として、タルヴェラは一言で意志を伝えた。

 

「自分たちの力で受かった大学ですから」

 

 オルクセン本土に比べて教育程度の低いベレリアント半島出身者が、推薦枠以外で本土の大学に進むことは難しい。白エルフだけは入試の合格点が異なり、他種族なら合格できる点数をとっても不合格にされるという噂もある。

 

 そこで彼女ら九名が見出した貴重な通り道が、ラピアカプツェ大学であった。農学科のみの単科大学であったものが、師範学校や高等実科学校を吸収して総合大学化したばかりだ。その勢いで定員を増やし過ぎ、急遽の二次募集が行われた。

 

 それに合格したのが彼女達九名であった。

 

「自力で内地の大学に合格したのは、私たちが初めてです。推薦枠を使うつもりはありません。そんな制度に守られなくたって、白エルフは決して他の種族に劣ってなんかないんだと……」

 

 種族の誇りを訴えられて、司令官はいたく気分を害したようだった。親切顔が急速に曇り、苛立ちと侮蔑がとって変わる。口調まで変えて、オークの大佐は言った。

 

「はん、やっぱり、あれか。まだ俺たちを見下しているんだな」

 

 タルヴェラが呆気に取られている間に、司令官は続けた。

 

「変わってなんか、いないわけだ。オルクセンが作った制度なんて願い下げだってな。オークやコボルト、ドワーフや闇エルフとは違う、特別な種族だって。白エルフの教義をまだ信じてるんだろう」

 

 身を乗り出し、目つきに怒りを露わにして凄むオークの迫力に、タルヴェラはのけぞった。

 

 違います、そんなことは。そう否定したいが、オークの牙に目がひきつけられて、ろくに言葉がでてこない。できたのは小刻みに首を振ることだけだ。

 

「そうなんだろう、ええ? 知ってるんだ。前の戦争で。負傷して、もう戦えない奴らまで殺された。俺たちを見下しててなきゃ、あんなことはできない。できるわけがない」

 

 そこまで言ってから、大佐はハッとした顔になった。あまりにも脱線が過ぎたと、自分で気づいたようである。咳ばらいを一つして、改めて質問した。

 

「とにかく、まだ外出は許可できない。明日が終われば、少しは騒動も収まるだろう。我慢したまえ」

 

「……分かりました。諦めます」

 

 タルヴェラは肩を落として言った。司令官はほっとしたような顔になる。

 

「分かってくれたかね」

 

「諦めます。ラピアカプツェ大を」

 

「それでは……」

 

「早くベレリアントに帰りたい。こんな街、もう一日だって居たくありません。家に帰してください。今すぐに!」

 

 涙目で喚き始めたタルヴェラを、オークの司令は呆れ顔で宥め始めた。それから小一時間ほどタルヴェラは粘ったが、外出許可が出されることはなかった。

 

 

 

「……そういうわけだ。州兵の腹は、そんなとこだ」

 

 宿舎に戻ったタルヴェラは、けろりとした顔で残り八名に言った。

 

「やっぱり、保護なんて表向きだったんだ」

 

 そう相槌をうったのは、ヘルヴェア・オストエレンである。八名の中でも図抜けて飲み込みが早く、機敏な頭脳を持っている。

 

 タルヴェラは頷き、皆の目を見回した。

 

「最初から、そうだったんだ。やっぱり内地には、私たちを迎え入れるつもりがない。憲法が、制度が何と言ったって、白エルフはベレリアントに引き籠っていればいいって思っているんだ」

 

 八名を代表して応じたヘルヴェアの言葉は、氷のようだった。

 

「白エルフだって連邦市民だって、憲法に書いてあるのに。結局、それを無視するような国なんです。オルクセンは」

 

 八分の一市民権のことを言っている。有権者数あたりの議席の割当が極端に少ないという、それだけではない。

 

「内地で暮らしてる白エルフたちも、そんな扱いです。選挙権はあるのに、いろんな口実をつけて、有権者登録を拒否されてる……」

 

 法学を志しているだけ、ヘルヴェアの怒りは激しく、そして真摯なものだった。

 

「白エルフは学力で劣るから、教義を信仰しているから、政治的に正しい判断ができるか疑わしいんだって!

 

 オルクセン連邦憲法は、種族差別を禁止してます。でも、それは連邦政府を縛っているだけで、州政府や市民が他の種族の権利を制限するのには当てはまらないって、そんなことを言う連中です」

 

 白エルフの本土移住や、本土の公職につくことに制限が設けられているのも、同じ理由であった。

 

 種族数の多い白エルフが本土に大量に流入すると、過去の経緯もあって、騒乱の原因になる。全種族の平和共存のためには、白エルフはベレリアント半島のみに集住するのが正しい。一部の労働者の流入は認めるが、それでも生活区画を分離すべきだ。種族間の根深い反目から、治安を守るためである。当然、公共交通機関や宿泊施設、食堂、もちろん学校も、白エルフは他種族から分離すべきだと、本土の各州政府は主張している。

 

 そのような分離派の主張は、住民にドワーフが多いメルトメア州で、特に支配的である。ラピアカプツェはその州都。そこに白エルフ九名が乗り込んできたのが、現に騒乱を呼び起こしたというわけだった。

 

 タルヴェラは苦り切った顔で応じた。

 

「ああ、そうだ。それじゃあいけないと、最初に自力で川を渡った私たちは、当然こうもなる……。街のデモ隊も、州兵たちも一緒だ。みんな、私たちが諦めて帰るのを待ってる」

 

 タルヴェラを囲む八名は、誰もが覚悟を決めた表情をしている。誰も迷っていないことを確認し、タルヴェラは告げた。

 

「だから、やろう」

 

 皆の不安を軽くしようと、彼女は不敵に笑ってみせた。

 

「ベレリアント戦争の時だって、白エルフは、オルクセン軍に一泡吹かせてやったんだ」

 

 ◆

 

 翌朝――白エルフたちが一向に朝食を取りに来ないのに気づいた兵たちは、彼女らが全員消え失せていることに気づいた。

 

 衛戍地内を捜索したところ、敷地を囲むフェンスの金網が一か所、切り取られているのが見つかった。

 

「脱走だ! あいつら、脱走したぞ!」

 

「見張りは何をしていた!」

 

「哨兵が巡回してたんじゃないのか!?」

 

 真相を察したのは、コボルトの通信参謀であった。

 

「……あいつら、白エルフだ。白エルフだった!」

 

 と、彼は自明なことを言った。

 

 怪訝な顔をする司令たちに、コボルトは解説した。

 

「あいつら全員、凄い魔術適性を持ってる。哨兵がどこを通っているか、どこで見張ってるかなんて、分かっちまうんだ。魔術探知の三点測量で。それで巡察の隙を衝いて……」

 

 幾名もが雷に打たれたような顔になった。その全員が、前の戦争の従軍経験者である。

 

「……クーランディア攻勢か」

 

 わなわなと震えながら、そうまとめたのは、衛戍地司令のオークであった。兵士ではない、ただの学生だと甘く見ていた。

 

「一杯食わされたぞ! 諦めたなんて嘘だ。あいつらはネヴラスまで来やがった。入学式に出るつもりだ」

 

 そう叫ぶと立ち上がり、部下どもに指示を飛ばした。

 

「大学への道を固めろ! 急げ! 暴徒と鉢合わせたら、あいつら、殺されちまいかねんぞ!」

 

 

(二級市民⑥へ続く)

 

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