その朝。
ラピアカプツェ大学に続く市街大通りは、平日の朝だというのに、大勢のデモ隊で埋まっていた。国旗を振り、あちこちで国歌や愛国歌が歌われ、奏でられ、グルストの包み紙が投げ捨てられる。
州警察が何とか誘導を試みているが、逸脱したり、停止したりする者が多すぎ、ほとんど統制できていない。道から溢れるような乱雑な列が果てもなく続き、氾濫寸前の河川を思わせた。
その日、そこに集まった住民たちのことは、後世、酷く偏った考えに狂奔した暴徒であったかのように言われる。実際、とにかく騒乱を起こしたいという反体制家や、騒ぎに乗じて暴力や盗みを働く犯罪者が、いくらか紛れていたのは確かな事実だ。
しかし、住民たちの大半は、そうではなかった。
彼ら彼女らの一部は、数か月後に行われた大規模インタビューに応じ、白エルフ問題への考え方を述べている。それを抜粋すると、次のようになる。
「息子が、あの大学に通ってますがね。ええ、大したもんでしょう? でも白エルフが入学してくるなら、借金をこさえてでも私立大学に編入させるつもりでね。うっかり誘惑されて、妙な病気を移されちゃ、可哀相ですからね」(大工、オーク)
「種族共学を認めるわけにはいきませんよ。他はいいけど、白エルフだけは別です。だって白エルフの頭数は、俺たちコボルトよりずっと多いんですよ? 制限しなくちゃ、学校がまるごと支配されちまうじゃありませんか。オルクセンに教義学校ができちまったら、どうするんです。それから何が起こるか、俺は親父とお袋から、嫌になるほど聞かされてるんですよ」(乗合馬車御者、コボルト)
「だって、当たり前じゃないですか。ベレリアント半島には、本土の三倍もの娼婦がいるんですよ? 差別なんかじゃありません。これは統計的な事実です。そんなフシダラな種族を大学に入れて、高等教育が成り立つわけ、ございませんでしょう。統合教育より、彼女たちに売春を止めさせるのが先決問題なんです」(純潔報国会員、オーク)
「白エルフが同じ街にいるのは我慢しますよ。もう同じ国民だもの。だけど、同じ事務所で働いたり、同じ学校に通うのは、よくないことだと思う」(初等学校教師、オーク)
「最初、私の工場に白エルフが入ってきたときは、たいそう驚いたもんですよ。あいつらが、手が汚れるような仕事をするのかってね。みんな怖がっていたから、誰も話しかけなかったですなあ。まあ、十日と経たずに辞めていきました。やっぱり、合ってないんだろうね。あの種族に、こういう仕事は。だからねえ、本土の学校に呼んだって、仕方がないと思うなあ。なんていうか、お互いにね」(皮革職人、ドワーフ)
「連邦政府と戦って、勝てるとは思いません。だからって、どうすればいいか分からないんです。ここは私たちの街だから、進んで受け入れる気はないってだけですよ。犯罪の少ない、いい街なんですから」(配管工、ドワーフ)
「前の戦争ではね、闇エルフに命を救われたんですよ。ええ、ディアネンを囲んだ時です。アンファングリアの隣の旅団で戦っていました。彼女たちのことは忘れられないね。一緒に飲んだりもしました。虐殺の話も聞きましたよ。可哀相にねえ。あんないい子たちに、そんなことするんだから。白エルフってのは、本当、酷い奴らだと思い知りましたね」(保険販売員、オーク)
「白エルフを上司に持つ気はありません。あいつらが大学を出てもいいけど、ベレリアントに戻らないんじゃ、困りますな」(警察官、コボルト)
「種族が分かれて暮らすのが、オルクセンの伝統じゃないですか。俺はドワーフやコボルトの戦友も多いけどね。同じ街でも違う地区に暮らしてるんだ。白エルフだって、同じようにやってもらわなきゃあね。別に、あいつらがレーラズの森でやったように殺しちまおうってんじゃないんだ。学校や食堂ぐらい別だって、構わないじゃないですか」(元兵士、オーク)
「労働者向けの食堂なら構いませんが、表通りのレストランは、家族を連れて行くところでしょう。そこへ白エルフが来ちゃ、ちょっと場違いだと思うな。彼女達には家族がないわけだから」(工場経営者、ドワーフ)
「乗合馬車や鉄道の駅では、同じ待合室を使うべきですよ。でもね、大学には寮があるのを忘れてはいけません。寝る部屋や、浴場は、ちゃんと別にしてもらわなくてはね。それはだって、あまりに個人的なものですから。だから大学は、はっきりと分離すべきだと思いますね。高等学校までなら構わないでしょうけど」(鉄道員、オーク)
「公職につくときに、憲法に宣誓しました。前王陛下から賜った大事な憲法です。それを脅かす危険思想は認めるべきではないと思う。白エルフにも市民権はありますが、有権者登録は厳格に審査すべきですよ」(市役所職員、オーク)
「この調子で白エルフの市民が増えたら、せっかくの民主主義が死んでしまうと思う。有権者登録には審査があるといっても、隠れ教義信者を全員見つけられたか、本当のところは分からないじゃないですか。そういう意味では、私は分離派と呼ばれても構いません」(弁護士、オーク)
「私は統合派ですよ。宿に泊まる時に、その宿が白エルフでも泊めているかって、尋ねようとは思いませんもの。もし白エルフを泊めていることが分かって、自分が使うベッドにあの種族が休んだかもしれないと思ったら、誰だって落ち着いては眠れないでしょう?」(仕立工、コボルト)
抜きがたい差別意識を持ちながらも、彼ら彼女らは――誰かにとっては良き家族であり、友であり、同僚でもあった。そのような者たちが、時の勢いに任せ、素朴な恐れと怒り、あるいはやむにやまれぬ義務感に背を押されて集った。
そのような点も含めて、その日、街を埋めた群衆は、明らかに普通の市民であった。であるがゆえに制御し得ない暴力でもあった。
その無秩序な群れが、ふと気づいた。声が静まり、視線が一方に集中して束をなす。
その向かう先に、九名の白エルフが立っている。
衛戍地を巧みに抜け出した彼女たちは、逃げも隠れもせず、堂々と通りを歩いてきた。
エルフたちは腕を組み、互いの身体と心を支え合い、そして――歌い始めた。歌いながら一歩一歩と歩き、群衆の巨塊に向かって行った。群衆の方も、応じるように歌い始める。競って声を張り上げる。
路上に満ちた歌声は、どちらもオルクセン連邦の国歌だった。
その歌詞はいう。繰り返す。
母なる大地 母なる国よ
母なる大地は 我らのもの
州警察の懸命な制止を押し切り、幾千の市民たちは、九人の白エルフに接近した。
(二級市民⑦へ続く)