短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

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WEB版読了後推奨。ベレリアント戦争の終戦から数十年。敗戦国民、白エルフ達の戦いが始まる。




二級市民⑦

 幌付の軍用車が街路を疾走している。州都とはいえ、地方都市であるラピアカプツェには、まだ自動車は多くない。街路を埋めているのは、抗議デモの群衆である。

 

 盛大に警笛を鳴らして群衆の間に道を開き、馬車を避けつつ、軍用車は急ぐ。進むにつれ群衆は増えていく。助手席から半身を乗り出したオークの衛戍地司令は、軍帽を手でおさえつつ、叫んだ。

 

「あそこだ、白エルフだ。あそこに着けろッ!」

 

 白エルフたちと群衆の間に突っ込みながら、横に滑るように急減速。あわや轢かれかけた群衆が、悲鳴をあげて飛びずさる。幸い、運転する副官の腕は確かだった。群衆と白エルフたちの間で静止した車から、衛戍地司令は転がるように飛び出した。

 

「止まれ、全員止まれ! 州知事の命令だ」

 

 その大声は街路に響いたが、司令が睨みつけたのは群衆ではなく、九名の白エルフの方だった。

 

「貴様たち、勝手に脱走しおって」

 

 横並びになり、腕を組んだ九名の白エルフ、その十八の視線が集中する。わけても強く睨み返して、最年長のタルヴェラが抗議しようとする。が、最も若いヘルヴェアがその先を取った。

 

「何が脱走だっ! 州兵にそんな権利があるものか。連邦市民を拘束したいなら、裁判所の令状を持ってきなさい!」

 

 毅然とした言い様に、州兵大佐は目を吊り上げた。

 

「生意気を言いおって。お前らが騒擾の原因だと分からんのか。分からず屋どもめ。我が身が可愛かったら、衛戍地に戻れ。戻らんか!」

 

 戦場を知るオーク将校の怒号は、その場の全員を委縮させるのに十分だった。

 

 しかし、ヘルヴェアは左右の仲間と組む腕に力を籠め、目の端に涙を浮かべつつも、言い返す。

 

「わ、分からず屋はあんたの方だ。軍人だからって偉そうに。もう民主化したんだ、オルクセンは――」

 

「白エルフが何を言うか!」

 

「言うさ。私たちはオルクセン連邦市民だ。主権者なんだ。あんたの言いなりになんて、ならない」

 

「小娘が」

 

 オークの手が腰のサーベルにかかる。スラリと抜き放つと、群衆はまた、わっと悲鳴をあげて逃げた。しかし、白エルフたちは一歩たりとも退かない。十八の瞳が衛戍地司令を睨んでいる。

 

「こ、この。この……」

 

 振り上げたサーベルを下ろすことができない司令と、歯を食いしばって恐怖に耐える白エルフたちが睨み合う間に、州兵たちが続々と追いついて、彼女らのまわりを囲んだ。

 

 部下どもが集まってきたのに自信を取り戻したか、あるいは逡巡する姿を見せられないと思ったのか、基地司令は最後の通告を発した。

 

「自分の足で戻りたくないなら、部下たちに取り押さえさせるまでだ。抵抗するな。エルフの力では、怪我をするだけだぞ」

 

「…………」

 

 エルフ達の沈黙を拒絶と受け取って、基地司令は口角をあげた。

 

「貴様ら、このエルフどもを」

 

 捕えろ、という言葉は、ラッパの音にかき消された。ラッパだけではない。轟々たる騒音が市街に響く。音は迫ってくる。

 

「何ごと――」

 

 司令が轟音の方をみると、石畳を蹴たて、数十の騎兵が速足に接近している。唖然と立ち尽くす群衆を巧みに躱し、無人の野を進むような速やかさだ。その先頭を行く兵が掲げる旗は、咆哮する狼の意匠。

 

「アンファングリア!?」

 

 司令だけではなく、大勢の群衆が声をあげた。オルクセンの市民なら知らぬ者はない、騎兵師団の名である。

 

「あのアンファングリアが……!」

 

 その部隊名は星欧全土に鳴り響き、伝説的な風韻すら帯びている。

 

 オークの上背をさらに上回る騎兵たちの接近に、州兵たちも動揺し、列を乱し、後ずさりする。

 

 騎兵たちは風のように接近すると、白エルフを囲む州兵たちを、さらに取り囲む円陣を作った。

 

 そのうち一騎が衛戍地司令のそばに近寄ると、言った。

 

「貴官が、ここの指揮官か」

 

 問いただすした鋭い声は、女のもの。司令が馬上を見上げれば、茶褐色の肌をした、若い娘の顔がある。その耳がぴんと尖っているのは言うまでもない。アンファングリア騎兵師団は、闇エルフだけで構成されているのだ。その指揮官らしい娘の襟元には、大佐の階級章がある。

 

 同じ階級を帯びる衛戍地司令は、反り返るようにして答えた。

 

「そ、そうだ。州知事の命令で、治安任務に就いている。ラピアカプツェ衛戍地司令――大佐だ。貴官は」

 

 馬上の女騎兵は、二本指の敬礼をしつつ、答えた。

 

「連邦陸軍アンファングリア師団、騎兵第三連隊長。ラエルノア・ケレブリン大佐だ」

 

 反射的に答礼し、背すじまで伸ばしてしまった自分に、司令は苛立ちを増した。

  

「どうして連邦軍が州内で動いているんだ。州権の侵害だぞ!」

 

 連邦軍の任務は国防。国内の治安維持や災害対処、救難などは各州兵の管轄という分担である。市の治安を任された衛戍地司令の知らぬところで連邦軍が動くのは、連邦政府の権限を越える。

  

 連邦憲法が定めた分権の論理を振りかざされて、馬上の闇エルフは一瞬、きょとんとし、大きな瞳を丸くした。そうなると、ますます若い小娘にしか見えない。娘は、おかしげな口ぶりで言った。

 

「なんだ。やっぱり、まだ聞いてないのか。呑気なことだな。戦時中なら、貴官の部隊はもう全滅だ」

 

 愛らしい唇が発した言葉の辛辣さに、司令の顔にさっと血が上った。

 

「そ、それはどういう――」

 

 闇エルフは、もう彼を見てはいない。周囲全体を見回し、よく通る声で街路全体に告げた。

 

「連邦大統領の命令だ! ラピアカプツェ市に非常事態宣言が発令された! よって州兵は連邦軍に組み込まれる。州警察も国家憲兵の指揮下だ。州知事の指揮権は、もう君たちには及ばない!」

 

 今度は顔を青ざめさせて、司令はあんぐりと口を開けた。

 

「そんな……」

 

 馬上の闇エルフはにべもない。

 

「疑念があるなら、州知事に確認したまえ」

 

「か、確認する。それまで時間を」

 

「待たない。私はもう行かねばならない。彼女たちを」

 

 と、闇エルフが視線で示したのは、九名の白エルフたちである。

 

「大学まで護衛するようにという、大統領命令だ」

 

「何だって!?」

 

「入学式が始まる。彼女たちは、それに参加する。当然の権利だ」

 

「引き渡せっていうのか。そ、そんな横暴が通るとでも」

 

「無茶と横暴は軍隊の通り相場だろう、大佐。それとも、実力に訴えてみるかね? 我らを相手にして」

 

 周囲を囲む騎兵たちの威容を見回して、衛戍地司令は肩を落としたが、恨むような声で付け加えた。

 

「ここを突っ切って行くっていうのか。あんたらが、彼女らを守ると」

 

「そうだ。私たち闇エルフが、種族の名誉にかけて、彼女たち白エルフを守る。彼女たちは連邦の市民で……」

 

 ラエルノア大佐は、何かを思い出すように目を細めた。

 

「……私たちの同胞だ。邪魔する者は許さない」

 

 司令は、自分には何を言う資格も無いのだと悟った。

 

「……引き渡そう。俺たちは、これからどうすればいい」

 

「市街の警備任務を継続されたい。細部は北部軍司令部の指示を仰いでくれ」

 

「了解した」

 

 互いに敬礼を交わすと、司令は部下たちを叱咤し、群衆を歩道に押し込みはじめた。

 

 ラエルノア大佐は下馬し、微笑を浮かべつつ、白エルフたちに言葉をかける。

 

「大統領の命令により、皆さんを護衛します。よくここまで、自分達だけで来ましたね。皆さんの勇気に敬意を表します」

 

 闇エルフは、しばらく彼女らの返事を待っていた。しかし、九名が沈黙を保つばかりだと悟ると、複雑な表情を浮かべ、言葉を続けた。

 

「……大学正門までの道は、アンファングリアが開きます。入門後は、皆さんのひとりずつに兵を護衛につけます。では、行きましょう」

 

 九名の代表らしい女、タルヴェラが頷いたのを確認すると、ラエルノアはさっと騎乗した。周囲の群衆を睥睨したあと、サーベルを抜く。

 

「アンファングリア師団、騎兵第三連隊! 我らはこれより、白エルフたちを護衛する。目標、ラピアカプツェ大学。前へ、進めッ!」

 

 命令に即応し、騎兵たちは二列の縦隊を形成した。その間に白エルフたちを挟み、歩み始める。先頭を行くのは連隊長と連隊旗手である。

 

 群衆は声をあげることもできず、騎兵たちに道を開いた。それだけの威容があった。

 

「……行こう」

 

 タルヴェラがそう言うと、白エルフたちは組んでいた腕を解き、歩き始めた。

 

  やがて、ヘルヴェアがぽつりと呟いた。

 

「私たちがいくら言っても、駄目だったのに」

 

 しばらくの沈黙の後、タルヴェラが答えた。

 

「闇エルフだからな。彼女たちは......」

 

 闇エルフ。わずか一万余しかいない少数種族でありながら、その地位は高い。比類なき武勲と名声を博し、また多大な同情を受け――そして、今上の君主を出している種族。

 

 その自負と特権の誇らかさが、軍服の背に滲んでいるように、白エルフたちには見えた。

 

「......私たちとは違うのさ」

 

 それから九名は一言も発しなかった。

 

 右にも、左にも、騎乗した闇エルフたちの背があった。

 

 大学までの道を護衛される彼女たちの胸中で、危険を逃れたという安堵と、入学が叶うという希望と、そして種族的嫉妬が渦を巻いていた。

 

 

(二級市民⑧に続く)

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