「こいつが例のキャスターかい?」
初めてその姿を目にする切嗣に問われて、アイリスフィールは頷いた。
「でも•••何のつもりかしら?」
アイリスフィールが訝ったのは、キャスターが連れ歩く人数である。およそ10人あまりの連れを伴って、森の中を闊歩している。そのいずれもが年端もいかぬ幼子だった。
「アイリ、奴の位置は?」
「城から北東に2キロと少し。まだ深入りしてくる気配はないわ」
もう少し結界の深部に踏み込んでくれば、エリア・エフェクトを発動できるのだが、キャスターはそれを見越しているかのように、結界の外輪を巡るようにうろついている。
「アイリスフィール、奴は誘いをかけています」
硬い声で呟くセイバー。キャスターが引き連れた子供達の集団―その不吉な意味を警戒しているのだ。
「人質・・・でしょうね。きっと」
暗鬱に漏らすアイリスフィールに、セイバーはかぶりを振った。
「人質というより挑発と魔術の贄でしょう。魔術を発動すれば、あの子供たちまで巻き込みます。さりとて、ここからでは間に合いません」
~略~
『昨夜の約定通り、ジル・ド・レェ罷り越してございます』
キャスターは独り芝居のような口上を続ける。
『まぁ、取次はごゆるりと。私も気長に待たせていただくつもりで、準備をしてまいりましたからね―少々、お庭の隅をお借りいたしますよ?』
『さぁさぁ坊やたち、鬼ごっこを始めますよ。ルールは簡単、この私から逃げ切ればいいのです。さもなくば―』
割れ砕ける頭蓋の音―。悪夢の光景は、コマ送りの映像となって皆の脳裏に焼き付いた。
『さぁお逃げなさい。ねぇジャンヌ。私が全員捕まえるまでにどのくらいかかりますかねェ?』
それ以上、アイリスフィールは悩まなかった。
「セイバー、キャスターを倒して」
「はい」
騎士王からの返答は最短だった。セイバーは子供たちの救出はあきらめていたが、それでもキャスターの蛮行への怒りはアイリスフィールとなんら変わりなかった。声がアイリスフィールの耳に届いたときには、すでにセイバーはサロンから姿を消していた。
ケイネスの絶体絶命は、森の中でセイバーと共に、キャスターを追い詰めていたランサーにも即座に伝播した。
「な――ッ!?」
ランサーは凝然とアインツベルンの城の方角を振り仰いだ。そんなランサーの動揺は、追いつめられたキャスターにとって願ってもない隙だった。
キャスターは一音節の文言すら紡ぐことなく、ただ宝具から生じる魔力の束を野放図に暴発させた。
血の霧がセイバーとランサーの視界を封じたその隙に、キャスターはすぐさま実体化を解いた。霊体化したキャスターは一目散に戦場を離脱する。
キャスターにとって僥倖だったのは、同じように霊体化して追跡するという選択肢がセイバーになかった点と、それが可能であるランサーはマスターの窮状で追跡どころではなかったことだ。
「ランサー、どうかしたのか?」
追おうと思えば追えたはずのランサーが、みすみすキャスターを取り逃がしたことを、セイバーは静かに問うた。
「我が主が危機に瀕している・・・どうやら俺を残してそちらの本丸に斬りこんだらしい」
「そうか・・・」
セイバーもたちどころに何が起こったのかを理解し、素早く思考を開始する。
『さてどうしたものか・・・』
ランサーを城へ通すわけにはいかない。自身のマスターが『魔術師殺し』の異名を轟かせたことはセイバーも知っており、ランサーの血相を変えた表情を見れば、彼のマスターは少なくとも瀕死であり、すでに死亡している可能性も高い。
つまり、この状況でランサーを通してしまうと、ランサーによる仇討ちが始まりかねない。ランサーがセイバーのマスターはアイリスフィールであると思わされている以上、切嗣はセイバー陣営の雇った傭兵にしか見えず、ランサーは主の仇として容赦なく槍を向けるだろう。
「では急ぐがいい。私を斃して、己が主の救援に向かえ」
「騎士王よ、押し通る!」
『なぜランサーが消滅しない・・・!?』
ランサーを足止めしながら、セイバーは訝しんだ。すでにそれなりに打ち合ったが、ランサーの体を形作る魔力が減る気配がない。
セイバーは自身の霊体化ができないことと、最速のランサーを足止めしなければならないことを考慮して、無理せず緩やかに引きながらランサーの相手をしていた。一歩も引かない姿勢を見せてしまうと、ランサーがマスターの救出を優先しセイバーの相手を放棄して霊体化する恐れがあり、そうなったらセイバーでは追いつけなくなるからである。
さらにランサーのマスターが少なくとも瀕死である以上、すでにランサーに万全の魔力供給を行えなくなっているはずであり、ランサーがそのまま消滅する可能性も考慮したうえでの戦術である。
にもかかわらず―ランサーは全力でセイバーに切りつけ続けていた。セイバーもランサーの猛攻を前に、撤退速度を速めて、ランサーの突破を何とか防いでいた。
『我らと同じように真のマスターが別にいるのか・・・?』
気が付けばセイバーは城のすぐそばまで来ていた。ここまで来れば、問題はない。万一ランサーが切嗣と鉢合わせても、セイバーが直に守ることができる。
セイバーもランサーも、戦場の残り香から、戦いの最後の場所が分かった。ランサーは霊体化し、セイバーは実体のままガラスを突き破って、3階に突入する。
「ご無事ですか主よ!―くッ」
水銀の海に横たわるケイネスを見て、ランサーの美貌は主を守れなかった屈辱で歪む。まだ息こそあるが、彼にとってそれは慰めにはならないようだ。
『切嗣は離脱済みか・・・』
セイバーは反対に、己が真のマスターが敵サーヴァントから襲われ聖杯戦争から脱落する危機を乗り越え安堵していた。
セイバーに動く気配がないことを認めたランサーは、ケイネスを抱きかかえたまま、傍らの窓を突き破って城外へ身を躍らせた。
ランサーの気配が十分に遠のいたことを確認したセイバーは、アイリスフィールのもとへ向かうべく走り出した―。
原作との変更点。
1.vsキャスター戦で、セイバーが真名解放をしない理由を「左手が使えない」から「温存とキャスターがうまく立ち回ったから」に変更
2.セイバーがランサーを切嗣のもとにフリーで通さない
3.ランサーが切嗣がセイバーのマスターだとは知らないまま
4.セイバー陣営がランサー陣営の魔力タンク(ソラウ)の存在に気が付く