Mermaid Record   作:葉月美羽

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初めまして、pixivにて投稿していたものをハーメルンに引っ越したものになります。
まだまだ不慣れですがよろしくお願いします。


Mermaid Record

煌々と光る街頭の隙間を縫うように、おぼつかない足取りで一人の少女が歩いていた。

 

何かを口ずさみながら、人知れず歩みを進めていく。

そうしてたどり着いたのは、無人のプール。

 

あたりは静寂のまま、水面は静かに揺れている。

夜の照明に照らされたプールは傍から見れば幻想的な光景だろう。

 

しかし、もう少女にとってその光景は心惹かれるものではなかった。

自嘲じみた笑みを浮かべて、少女は水面に足を踏み入れる。

 

わずかな浮遊感の後、冷たい水の感触が全身を包み込んだ。

少女は水中から水面を振り返る。

 

水面からゆらゆらとした光が優しく降り注ぐ。

見る人によっては、手を伸ばしたくなるような救いの光に見えただろう。

 

だが、少女は決して浮き上がろうなどとはしなかった。

口元から空気がこぼれる。

遠ざかる水泡と揺らめく光。

明滅していく意識。

闇に塗りつぶされる瞬間、彼女が何を思ったのか、それは誰にも理解ることは終ぞなかった。

 

ーーーーー

 

穏やかな光が降り注ぐ中庭を歩く。

トリニティ総合学園。

重厚感のある校舎と歴史を感じさせる建造物には、幾度訪れても心打たれるものがある。

そんなことを考えながら私は歩みを進めていた。

 

「あ!先生!」

 

背後から声をかけられ振り返る。

とたとたと走ってきたのは、放課後スイーツ部の栗村アイリ。

見るといつもの制服ではなく、シュガーラッシュとして活動していた時のTシャツを着ていた。

学園祭はすでに終了している以上、袖を通す理由はないはずだが……?

 

「こんにちは、アイリ。」

「こんにちは、先生!お会いできて嬉しいです!」

「私もだよ。その格好、どうしたのかな?」

「はい、実は。ご報告したいことがあるんです!」

 

アイリは笑顔で答えた。

 

「私に、演奏の依頼が来たんです!」

「本当?」

「と言っても、公民館の依頼ですけどね…。」

 

えへへ、とアイリは笑う。

それでも、十分すごいことだ。

ちゃんとアイリを評価してくれている人がいる。

その事実はしっかりと褒めてあげるべきだろう。

 

「それでバンド衣装にしてるのかな?」

「はい!その……もしよかったら先生、まだ、ちょっと先なんですけど、当日見に来てもらえると……いかがでしょうか?」

 

もじもじとしながらも演奏の際に来て欲しいと告げるアイリ。

無論、先生としてその頑張りは見届けてあげたい。

 

「いいよ、予定空けておくね。」

「ありがとうございます!!」

 

ぱぁぁと顔を輝かせるアイリ。

 

「ちなみにどんな曲なの?」

「実は…ついさっき郵送で依頼が届いて、受け取ったばかりなんです。」

 

ポケットから取り出したのは少し古そうなmp3プレーヤー。

珍しい、今時このような物で音源を渡してくるとは。

依頼主はどんな人物なのだろうか?

 

「そんなに難しくない曲です、ってお手紙には書いてありましたけど……どんな曲かはお楽しみということにしましょう!演奏、楽しみにしていてくださいね!先生!!」

「うん、楽しみにしてるよ、アイリ。」

 

元気よく走り去っていったアイリを見送りつつ、私は再度目的の場所へ向かった。

 

本当に、アイリのような子ばかりなら問題はないのだが……。

 

 

ーーーーー

 

 

「……とりあえず何で今回も君たちがここにいるのかから説明をしてもらっていいかな?」

「あはは…ペロロ様のライブでテストすっぽかしちゃいました…。」

「わ、わざとじゃないの!押収した本の中身をチェックしていたら時間が掛かっちゃってテスト勉強に集中できなかっただけなの!」

「今回の試験範囲は習ってない。」

「ハナコ、君は少なくとも試験に落ちるタイプの生徒ではないよね?」

「うふふ、楽しそうなので落ちてみました。」

「確信犯だったか…。」

 

ヒフミ、コハル、アズサ、ハナコ。

補習授業部のいつもの面々といつもの旧校舎。

四者四様の返答に私は頭を抱えた。

どうしてアイリのようにちゃんと勉強すれば合格できるのに落第してしまうのだろうか。

ため息をついて、頭を切り替える。

 

「わかったよ、早速追試のための勉強を始めようか。」

「先生、その前にひとつよろしいでしょうか?」

「なんだい?ハナコ。」

「実は、追試試験の補習と合わせて、また旧校舎のプールの掃除をお願いされているんです。落ち葉がすごいって理由で。」

「えー?またなの?」

 

嫌そうな表情をするコハル。

それもそうだろう。

すでに冷え込むような日々になりつつある。

学園祭当日も、そこそこ寒かった記憶だ。

 

「ふむ、ならまた水抜きからだな。先生、時間もかかるから栓だけ抜いてきても構わないだろうか?」

「わかった、お願いするよ。アズサ。」

 

窓際に座っていたアズサはすくっと席を立ち上がりプールを見やる。

直後、アズサの体は硬直した。

 

「………。」

「アズサちゃん?」

 

ヒフミが不思議そうな表情を浮かべる。

ありえないほど素早くカーテンを閉める彼女。

まるで見せたくないものがあると言わんばかりに。

 

「……先生、すまない。3人をその場に居させてくれ。間違っても……窓の外を見るな。」

 

言うや否や教室を飛び出すアズサ。

 

「アズサちゃん!?待って!どこに、」

「ヒフミさん!!」

 

後を追おうとするヒフミの手をハナコが掴んだ。

 

「離してください!」

「ダメです、アズサちゃんの言うことを守ってください。」

「どうしてですか!?」

「……おそらく、見てしまえば取り返しがつかないからです。」

 

聡すぎる彼女はアズサの言動から外に何があるのか察してしまったらしい。

 

「先生…アズサちゃんの事、お願いしてよろしいですか?」

「わかったよ、ハナコ。」

「コハルちゃんも、部屋から出ないでください。良いですね?」

「もうしれっと腕掴んでるじゃない!!しっかり胸に当てて!!エッチ!変態!死刑!」

「…先生。」

 

ハナコの呼びかけにこくりと頷いて教室を後にする。

早足でアズサの後を追いかける。

開け放たれたプールの入り口からプールサイドに佇むアズサが見えた。

 

「アズサ!!」

 

プールサイドに立ち入るなり、彼女が見てしまったそれが視界に飛び込む。

アズサ視線の先、陽光を反射する水面に映る白。

 

否、白いトリニティの制服。

 

それが何を意味するのかを理解するのに時間は掛らなかった。

 

「……先生、救護騎士団を呼んでくれ。」

 

1人の大人として、先生として、最もあってはならない光景。

それが目の前にある。

 

 

ーーートリニティ総合学園の女生徒が、枯葉の様にプールを漂っていた。

 

 

ーーーーー

 

「早く!!」

 

アズサに大声で急かされ、我に帰る。

ドボン!という音と共にアズサの姿が消えている。

正確には、アズサがプールに飛び込んでいた。

スマートフォンを取り出し、急いで1人の人物のもとに電話をかける。

数コールの後、目的の人物が電話に出た。

その間に、アズサは少女の元まで辿り着いていた。

 

『はい、救護騎士団団長、蒼森です。』

「ミネ!すぐに旧校舎のプールに来てくれ、人が……プールで溺れているんだ!」

『!すぐに向かいます!!電話は絶対にきらないでください!!』

 

 

アズサはその間に女生徒をプール際まで引っ張ってきていた。

 

「よし、引き上げるよ!」

 

ぐったりとした少女の両腕をつかみ、プールに引き上げる。

顔面は蒼白で生気はない。

アズサは耳を胸に押し当て、心音を確かめている。

 

「……ッ!」

 

普通に生活をしていれば、こんな状況に出くわした場合、狼狽えるだろう。

大の大人であってもだ。

だが、目の前の少女は違った。

アズサは持っていたハンカチを少女の口と鼻にかぶせる。

そして迷う事なく心肺蘇生法に取り掛かった。

その目に諦めは一切見えない。

 

力強く一定のリズムで胸を押す。

胸に手を当て、必死に胸部圧迫を続けるアズサ。

 

『先生!』

 

タブレットからアロナの声が聞こえる。

 

「アロナ?」

『状況は把握しました!ハナコさんにメッセージ経由で毛布を用意してもらうようにお願いしています!』

「あぁ、ありがとう!」

 

必死に続けられるアズサの救護活動。

もしかしたら…もう…そう思ってしまっても無理はない。

それでも、白洲アズサは諦めない。

必死に、命を繋ごうとしている。

 

「救護騎士団、到着しました!!」

 

5分も立たないうちに、背後から声がかかる。

振り向いた途端、そこには青い髪の女性と数名の生徒がいた。

救護騎士団団長、蒼森ミネだ。

 

「ゲホッ!!ゲホッ!!!」

 

その時、咳き込む音が聞こえた。

見ると、横たわっていた少女が咽せている音だった。

 

「きみ!大丈夫かい!?」

 

すぐさま駆けつけ、少女の顔に近づく。

奇跡としか言いようがない光景。

 

「………………。」

 

枯れた声で何かを少女が口にするも、

そのまま少女は意識を失った。

 

「先生!すぐに搬送します!!毛布がこちらで用意した枚数でも足りないかもしれません……近くにまだありますか!?」

「旧校舎でハナコが集めてくれているよ!」

「わかりました、1人は毛布をハナコさんから回収してください!……私が来たからには救護騎士団の名にかけて、必ず助けます!!」

 

ミネの力強い宣言と共に、私とアズサの救護活動は彼女たちに引き継がれたのであった。

 

 

ーーーーー

 

「……はい、コーヒーだよ。」

「すまない、先生。」

 

旧校舎に戻ったあと、私とアズサはハナコたちに迎えられた。

用意してもらった毛布にくるまり、暖房にあたって体温を下げないようにする。

 

「すごかったよ、アズサ。」

「アリウスの頃に学ばされただけだ。理由も…先生ならわかるだろう?」

 

そう言うと、アズサは俯いてしまった。、

 

「……そうかもしれないね。けど、それは関係ない。」

「?」

「Vanitas vanitatum et omnia vanitas.

たとえ全てが虚しいことだとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない。君の言葉だ、

どんな経緯であれ、アズサは人を救ったんだ。だからそれは誇っていい。」

「……感謝する。」

 

だが、それでもアズサの表情は晴れない。

直後、着信音が鳴り響く。

 

『先生。』

「ミネ!さっきの子、どうだった?」

『意識はまだ戻りませんが…一命は取り留めたかと思います。』

「そうか、よかった。」

『意識が戻り次第ですが…何があったのかを聞いてみようと思います。それと…いえ、これは後にしましょう。」

「そうかい?とりあえず、よろしく頼むよ。」

 

通話を切ると食いかからんばかりの勢いでコハルが質問してきた。

 

「ちょっと!さっきの子、大丈夫なの!?」

「ミネから連絡があったよ。大丈夫だ。」

「よかった…うん!よかったわ!」

 

ヒフミはずぶ濡れになったアズサに近づき、座り込む。

 

「ヒフミ?無事だよ、あの子、」

 

そこから先の言葉を彼女は紡げなかった。

ヒフミはアズサを抱きしめていたのだ。

 

「……すごく…すごく心配しました!!あんなふうに言われて、外に何があるのかもわからないのに!」

 

……実際は人命救助だったが、アズサの気遣いの理由も無理もない。

事実、ヒフミやコハルが目にしたら、ショックの強い光景だっただろう。

見てしまったが最後、トラウマになってしまってもおかしくなかった。

 

「……すまなかった。」

 

ゆっくりと背に手を回して、ヒフミを抱き返すアズサ。

しばらくは彼女たちだけにしておくべきだろう。

ゆっくりと立ち上がり部屋を後にすると、廊下にはハナコが立っていた。

 

「いい光景ですね。……友情というものはこうであるべきです。」

「そうだね。お邪魔虫な私は日向にでも当たってくるよ。」

「なら、ご一緒させていただけませんか?」

 

そう口にするハナコの表情は、決して明るくはなかった。

 

 

ーーーーー

 

 

ハナコと2人、廊下を連れ立って歩く。

 

絵画、壺、彫像、蓄音機。

 

廊下に並ぶレトロなそれらを傍目に私とハナコはゆっくりと外に出た。

幸いにも外の日差しは暖かい。

 

「さて先生、そろそろ宜しいですか?」

 

あたりに誰もいないことを確認してから、ハナコは話し始めた。

 

「……アズサさんがプールに溺れた生徒を見つけ、そして救助した。この事実だけなら、とても喜ばしい事です。」

「そうだね。」

「……ですが、先生は違和感を覚えませんか?」

「違和感?」

「はい。まず、どうして彼女は溺れていたのでしょうか?何故、このプールにいたのでしょうか?

いつから、彼女はプールに来たのでしょうか?」

 

確かに、それについては考える必要がある。

彼女が此処にいた理由。

決して目を逸らすことができない内容だろう。

 

しかし、ハナコはあえてそれを強調した。

なら、そこからさらにもう一歩踏み込む必要がある。

 

「ハナコ、君は…何に気がついたんだい?」

「………。」

 

わずかな沈黙。

そして、彼女は淡々と告げた。

 

 

 

「人が溺れてから死に至る時間を、先生はご存知ですか?」

 

 

 

一般的に水死するまでの時間は約5分。

 

プールから旧校舎まではそう遠くない。

もし、足を滑らせ落水するようなことがあれば、あの時教室にいたハナコたちは気づくだろう。

そして、アズサたちは30分以上前から教室にいた。

だが、そのような音を彼女含め私も聴いていない。

その場合、彼女は着衣のまま静かにプールに入り、溺れたということになる。

 

そんなことがあり得るのだろうか?

しかも、彼女の体温はあまりにも冷たかった。

到底数分程度で冷えるような体温ではない。

 

 

……では、いつから?

背筋を冷たいものが伝うのを、私は音もなく感じた。

 

「分かりましたか?」

「………。」

「その表情で、ご理解いただけたと判断します。

……助からないんです、助かるはずがないんです。

"助かっていることが、そもそもおかしい"んです。」

 

あり得ない。

そう、ハナコは言いたいのだ。

 

「ハナコは…どう思う?」

「正直、まだこれだけではなんとも言えません。」

 

ですが、と彼女は続けた。

 

「ですが、あり得ないことが起きる場合は、相応に理由があります。そして、その大半は……。」

 

遠くを見るハナコ。

 

「いえ、私が考えすぎなだけかもしれません。……少なくとも今は、お友達の頑張りを讃えていて良いかもしれませんね。」

 

 

 

澄み渡る空は、気味が悪いほどに青々としていた。

 

ーーーーー

 

 

「……それが、今回起きたことの内容ですね?」

「そうだよ、ナギサ。」

 

夕闇に沈み始めたティーパーティのテラスで、ホストを務める桐藤ナギサはカップの中で揺れる紅茶を見つめた。

同じ部屋の中には、ミネとシスターフッドの長を務めるサクラコの姿。

服が乾いたのち、私はミネに呼ばれティーパーティのテラスに出向いていた。

 

「なんて…痛ましい。」

「せめてもの救いは、命だけは落とさずに済んだ事でしょう。これもまた、神の奇跡ですね。」

「サクラコ、また貴女は…。」

 

ハァ、とため息をついて、ミネは話を続けた。

 

「どちらにしろ、まずは彼女に何があったのかを調べるべきだと思います。ですが……。」

「どうしたんだい?ミネ?」

 

少しの沈黙の後、ミネは答えた。

 

「ないのです。」

「ないとは?」

「持ってないのですよ、彼女。身分証明になるものを何も。」

「「「どういう事ですか?」」」

 

誰もがその返事の内容に驚いた。

つまり、助けた生徒が誰なのかすらわからない?

 

「なら、すぐに在校生徒の写真と照合するのはどうかな?」

 

私は一応の解決策を提案してみる。

時間はかかるが確実だ。

しかしそんな希望はナギサの答えによって一瞬で打ち砕かれた。

 

「先生……、この学園に生徒が何人いると思っているんですか?」

「………。」

 

キヴォトスの3大高である以上、その人数は膨大なものになる。100や200なんて単位ではない。

とてもじゃないがすぐに見つけられるかというと怪しい。

 

「お恥ずかしい限りですが……、この学園でも不登校の生徒は決してゼロではないです。確認にも相応に時間がかかることは、ご留意ください。」

「……そうか。」

「ですが、調べなければ何も始まりません。」

「私も同意です。組織総出でも調べるべきかと。」

 

ミネとサクラコの意見が一致する。

他に手がない以上、方法もないということだろう。

 

「………わかりました。時間はかかりますが、私たちで必ず誰なのかはハッキリさせます。」

「ナギサ、そう言えばセイアは?」

「すみません、本日は体調がすぐれないと……。」

「うん、わかったよ。」

「では、ミネ団長は引き続き彼女の手当を、サクラコさんは配下の方々と一緒に彼女の聞き込みお願いします。ちゃんとしっかり説明をしてから聞き込みをしてください。近日、ミサも行う予定と聞いています、そこで確認してもらうのも手かと。いいですね?」

「は、はい…。」

 

前回の学園祭の事がよほど堪えているのであろう。

ナギサは念を押すようにサクラコに依頼し、

二人は部屋を後にしていった。

 

「ナギサ、私は何をすべきかな?」

 

そう質問したあと、ナギサは俯いた。

少しの後、肩はフルフルと震え始める。

 

「………その……先生にどう動いてもらうか、まだ考えられていないのです。

それに正直な所、学内の問題である以上、先生に頼りすぎるわけにはいかないのですが……。」

 

 

ぽつぽつ、とナギサは続ける。

無理もない。

学内で自ら命を断とうとした生徒が現れた。

かつては大切な友人の命が失われかけ、そして今回は手の届かぬところで失われかけた。

きっと無力さを感じている。

 

「そんなことはないよ。大人こそ、こういうことには関わるべきなんだ。」

 

それでもナギサの震えは止まらない。

 

「良いの…でしょうか?」

「あぁ、こんな時だからこそ、頼って欲しい。全く関係ないことだって構わないよ。」

 

そう言うと、ナギサは力なく微笑み、ゆっくりと震えた手を差し出した。

 

「ごめんなさい……手を、少しだけ握っていてください……。」

「わかった。」

 

差し出された細く、綺麗なナギサの手を握る。

手のひらに伝わる熱。

重すぎる責任といまも彼女は戦い続けている。

 

「………。」

「大丈夫、必ず解決してみせるよ。」

「はい…。」

 

 

バタン!!

 

 

「やっほー!ナギちゃん!お邪魔するね!」

「「!!?」」

 

唐突な来訪者に私たちは慌てて手を離した。

 

「実はナギちゃんにお届け物って郵便渡されちゃったんだよね⭐︎

もー、私宅配じゃないんだよ!?

ひどくない!?しかもこんな結構大きめで重たい箱なんてさ!

か弱い女の子に肉体労働させるとかほんとあり得ないよね!!

しかもこれアンティーク品とか書いてるんだけど?私に持たせることがそもそも間違いだと思うんだ?

あ、そこに置いておいていい?それと、これの資金どこから出したのか知らないけどあんまり変なの買ったら駄目だよ?」

「ミカさん。」

「なに?ナギちゃん?……なんか表情が怖いよ?あ!先生!まさかいるなんて思わなかったよ!!嬉しいな⭐︎もしよかったらこれから私とお茶でもry」

「明日から毎食ロールケーキです!!」

「意味わかんないじゃんね!?」

 

大暴れしようとするナギサを羽交い締めにしつつ、なんとか宥めるのであった。

 

 

ーーーーー

 

トリニティの校舎を出て、シャーレに戻るべく駅に向かう。

たった1日の間に凄まじいことが起きていた。

 

「生徒たちのケアを考えないと…。」

 

とりあえずは補修授業部だろうか?

アズサは確かに大きな活躍をしたが、ショックを受けていないとは限らない。

ヒフミやコハルも同様だ。

ハナコは…大丈夫だろう。

 

「………。」

 

そんな折、校門の手前で私は1人の生徒とすれ違った。

 

「アイリ?」

 

どこかおぼつかない足取りで校内に向かって歩くアイリ。

忘れ物だろうか?

後ろ姿から見るに、イヤホンのコードが耳から揺れていた。

そのまま校内にアイリの姿は吸い込まれていく。

 

「……戻るかな。」

 

そのまま駅に向かって15分ほど歩いていくと、今度は見慣れたウィンプルが正面に見えた。

伊落マリー、シスターフッドに所属する生徒だ。

 

「先生、こんばんは。」

「マリー、こんな時間にどうしたんだい?」

「明後日のミサの準備です。」

「こんな時間まで?」

「実は、サクラコ様に急ぎの要件できてしまったとの事で代わりに…。」

 

十中八九今日の件だ。

マリーにも悪いことをしてしまった。

 

「先生は?」

「大した用事じゃないよ。これから帰るところなんだ。」

「そうでしたか。」

 

純真なマリーに嘘をつくのは申し訳ないが、今日のことを話すわけにもいかない。

 

「では、お気をつけて。」

「じゃあね、マリー。」

 

そう言ってマリーに背を向けて帰ろうとした時、

スマホの着信が鳴った。

 

「はい。」

『先生!!?今どこ!!?』

「カズサ?」

『アイリ見た!?あの子連絡つかないの!!』

 

慌てた声が電話から響く。

杏山カズサ、放課後スイーツ部の1人だ。

その声はマリーにも届く大きさだった。

 

「カズサ、落ち着いて。」

『落ち着けるわけないでしょ!?

夜になっても帰ってきてないって!

まさか変なことに巻き込まれてるんじゃ』

「アイリならさっき校舎に行ったよ?」

『いつ!?』

「15分くらい前かな、すれ違ったんだ。」

『すぐ行く!』

「ど、どうしたんだい?せいぜい忘れ物したくらいなんじゃないの?」

 

明らかにカズサの様子がおかしい。

一体どうしてしまったんだ?

 

『違うの!アイリの様子が変なんだって!昼過ぎから突然上の空になってどこかに歩き始めたってクラスメイトから…!』

 

ブルオオオオオオン!!!

ドドドドドドドドド!!!

 

「先生、乗ってください。」

「へ?」

 

凄まじい振動音。

って…マリーさんそのバイク何!?

なんか既視感あるよ!?

 

「先生、電話の相手の様子から聞くに、その子は今、普通の状態ではないと思います。すぐに見つけてあげるべきです。」

「それはいいけどそのバイクはどうしたの!?」

「そこの方から借りました。すみません!ご協力あ感謝いたします!さぁ先生、お乗りください!!」

 

見ると、持ち主であろう通行人が1人親指を立ててサムズアップをしている。いやそんな簡単に貸していいんですか!?

 

「わ、わかったよ!」

「しっかり捕まっていてください!!」

 

勢いよくエンジンを蒸し、爆走するマリー。

彼女の協力はありがたい。

けどどうしてこうなってしまった。

 

そのまま5分とかからず学園内に到着する。

 

「アイリ!!」

 

アイリはどこにいったんだ?

 

「先生、私はシスターフッドの皆さんにお手伝いをお願いしてきます。」

「わかった!」

 

すでにあたりは夜の闇に沈んでおり、

探すのは簡単ではない。

暗がりや茂みにいれば気づくのは難しいだろう。

マリーは人手を得るべくバイクを駆り教会に走っていった。

どこだ?どこにいるんだ?

 

後者の裏側に走って回った時、私は何かにつまづいて転んでしまった。

 

「痛たた…」

 

見ると地面をケーブルが這い、校舎に伸びている。

学園祭の配線の片付け忘れだろう。

体を起こし、音楽堂の方に目を向けた時だった。

 

 

居た。

 

 

街頭に照らされた音楽堂と校舎を結ぶ橋の上に、

栗村アイリは佇んでいた。

 

いや、正確には。

 

一歩踏み外せば水面に落ちてしまう橋の欄干の上に、

栗村アイリは立っていた。

 

 

ーーーーー

 

「アイリ…?」

 

目の前の光景が信じられない。

昼前、目を輝かせて私に話をしてくれたアイリが、今、橋の上から身を投げようとしている。

何故?

いや、疑問を抱いている場合ではない。

 

「ダメだ!アイリ!」

 

声をかけて駆け寄る。

しかし、次の瞬間に私は凍り付いた。

 

無表情。

 

まるで生気のない表情のまま、アイリは私を見た。

 

「…」

「?アイリ?」

 

何かを口にしている。

音はないが、アイリは何かを言葉にしていた。

いや、歌っている?

 

「……落ち着いて、アイリ。」

 

ゆっくりと、アイリに近づいていく。

彼我の差は5メートルといったところだろう。

 

「お願いだ。ゆっくりと、そこから降りてくれないか?」

「……。」

 

返事はない。

まるで心だけが連れ去られてしまったかの様に、

栗村アイリは返事をしなかった。

 

そう、思っていた。

 

「……聴こえるんです。」

「アイリ?」

 

アイリからの返事に私は驚く。

 

「…いかなきゃ…いけないんです…。

…呼ばれているんです。

…"歌"が…聴こえるんです。」

「アイリ、しっかりして。"歌"なんて聴こえない。」

「…呼んでいるんです…行ってあげなきゃ。」

 

ダメだ、ダメだ、ダメだ。

そんなものについていったらダメだ。

しかし、迂闊に動くこともできない。

電柱から体を傾け手を離してしまえば、アイリの体は容易く宙を舞ってしまう。

せめて無理矢理アイリをこちらに倒れさせられれば……。

いっそ一か八かでアイリを捕まえてこちらに引き摺り下ろすか?いや、リスクが高すぎる。

 

手詰まり。

 

今の私の言葉は彼女には届かない。

 

「アイリ!」

「カズサ!?」

 

見ると、橋の入り口にカズサが立っている。

しかし、状況を把握した途端、彼女もまた表情を引き攣らせた。

 

「ア、アイリ…嘘でしょ?」

「……カズサちゃん…」

 

カズサに空いた手を向けたアイリは無表情のまま、こう告げた。

 

 

「い っ し ょ に い こ ?」

 

 

「ッ!!な、何言ってんの?冗談でしょ?ねぇ!馬鹿なこと言ってないでそこから降りて!!今なら怒らないから!アイリ!」

「…聴こえるの…歌が。」

「アイリ!」

 

そう言いながらアイリは合間に何かを歌っている。

 

「……もう、いかなきゃ。」

「駄目だ!!」

「やめて!!」

 

掴んでいた手の力が緩む。

ゆっくりとスローモーションの様にアイリの体が倒れていき…。

 

 

ドゴオオォォォン!!

 

川から噴き上げた爆風でアイリの体は橋の上に吹き飛んだ。

 

「アイリ!」

 

宙を舞うアイリの体をカズサが間一髪で受け止める。

ガシャンという音とともに、アイリのポケットから何かが飛び出して、割れた。

 

「先生!!ごめんなさい!!」

 

駆けつけてきたのはシスターフッドのヒナタ。

後ろからマリーも駆けてくる。

そうか、ヒナタが爆弾を川に投げ込んでその爆風でアイリを橋に吹き飛ばしたのだ。

 

「カズサ…ちゃん?」

「バカ…どこに行こうとしてんのよ?」

「……ごめんね…。」

「アイリ…?」

 

カズサの頬を撫でるアイリ、しかしその手の力は徐々に弱まっていった。

 

「ちょっと…冗談よね?お願い、目を閉じないで!アイリ!アイリ!」

「カズサ……ちゃ……」

 

「アイリ!!!」

 

 

夜の橋の上で、杏山カズサの叫びが木霊した。

 

ーーーーー

 

 

「ねぇ!アイリは!?アイリはどうなったの!?」

 

処置室から出てきたミネを見た途端、杏山カズサはミネに飛びついた。ナツ、ヨシミもまたカズサとアイリの元に駆けつけていた。

 

「……命に別状はありません。」

「よかった…。」

「……それ以外に問題がある、という言い方に聞こえるな?」

 

ナツの言葉は正しかった。

 

「目を覚さないんです。」

「どういう…こと?」

 

ヨシミはミネから帰ってきた言葉に疑問をぶつける。

 

「そのままの意味です。どの様な刺激を与えても、わずかな覚醒の後にまた眠ってしまう。こんな事、私も初めてです。私も、セリナもハナエも、どんな手をも使ってみましたが…反応は同じでした。」

 

どんな手という部分にはあえて触れないでおこう。

 

「何…それ、ワケわかんないわよ!」

 

「ヨシミ、落ち着いて」

「落ち着けるワケないじゃない!!」

「その通り、ヨシミのいう通りだ。落ち着けという方が難しい。コーヒーに垂らしたミルクを2度と取り出せない様に。」

「いや、その表現はわかんないでしょ。」

「先生、アイリさんのことは私たちが責任を持って看ていますので。」

「よろしく頼むよ、ミネ。」

「わかりました。」

 

3人を連れて、校舎を後にする。

ヨシミはしばらくした後、ポツリとつぶやいた。

 

「先生…アイリ、ちゃんと起きるよね?」

「起きるよ…きっと。」

「ねぇ…なんで?なんでアイリは突然あんな行動に出たの?」

「それは気になる、おかしな点があったと思うが、2人は何か聞いてないか?」

「……なんか、呼んでるって言ってた。」

 

カズサが答える。

 

「それは、川の底に何かいるってこと?」

「そんなのわかるわけないじゃん?」

「先生は、他に何か思い当たらないか?」

「ごめんね…今の状態だと…私にも…。」

 

そう言いかけた時、

ハナコの言葉が脳裏をよぎった。

 

『何故、このプールにいたのでしょうか?』

 

初めの子は、プールにいた。

アイリは、川に行こうとしていた。

 

水辺。

 

2人の共通点は…水辺?

 

「……先生?」

「いや、なんでもないよ。」

 

決めつけるには、何もかもが早すぎる。

私は3人を寮に送り、近くのホテルに宿泊して翌日を迎えた。

 

 

ーーーーー

 

 

翌日、ティーパーティーのテラスの中で、またもナギサとサクラコ、ミネと私の4人は額を突き合わせていた。

 

「以上が、昨日の内容です。」

「そうでしたか…本当にお疲れ様です。ミネ団長。」

「まだその言葉は早いですよ、ナギサさん。」

「ですが、原因を探さないと、対策もできません。」

「栗村さんの方で、事件前に何か変わった点はありましたか?」

「特にトラブルに巻き込まれている様子はなかったよ。新しく公民館で演奏することが決まったくらいだ。」

「そうですか……。」

「それ以外には?」

「そうだね…あの時、呼んでるって言ってた。」

「呼んでる?」

「そう。何かに呼ばれてるって。」

「その何かとは?」

「わからない。」

 

どうにもその何かが、実在するとは考えにくい。

あの時ヒナタは川に爆弾を投下した。

もし実体のあるものなら爆発をモロに受けていたことになる。

しかし、そのようなものは一切あがっていない。

サクラコはぎこちなく予想を口にした。

 

「オカルト…の類ということでしょうか?」

「なっ、そ、その様なものが実在するというのですか!?」

 

ナギサはサクラコの言葉に衝撃を受ける。

そう言えばあの時巡航ミサイルで見事に気絶していたのだった。

 

「おかしくないでしょう。カタコンベにユスティナ聖徒会がいた様に。」

「………。」

 

エデン条約。

ゲマトリアのベアトリーチェから放たれたアリウス分校の刺客、アリウススクワッド。

そして彼女たちが操ったユスティナ聖徒会。

その存在を確認している以上、決して否定もできない。

答えが出ない以上、話すだけ意味がない。

ナギサは話題を切り替えた。

 

「ところで、はじめに見つかった生徒については…?」

「栗村さん同様、意識は回復していません。ナギサさんやサクラコさんこそ彼女に関する情報は掴めたのですか?」

「残念ながら…。」

「まだです。この学園に一体何人生徒がいると?」

 

ピリピリとし始める3人。

よくこれでやってきていると感心せざるを得ない。

 

 

「……その生徒について……君たちが名簿を漁る必要はもうないよ。」

 

 

入り口から掛かる声に私達全員が振り向いた。

 

「遅くなってしまってすまない。

けど、その生徒の名前ならもう見つけたよ。」

 

金色の髪と狐の耳、白い小鳥。

ティーパーティの最後の一人、

百合園セイアは現れるなりあっさりと名前を告げた。

 

 

「水無底コトネ。それが彼女の名前だ。」

 

ーーーーー

 

 

「水無底コトネ。それが彼女の名前だ。」

「セイアさん!?」

 

突然現れたセイアに、ナギサは驚いた。

 

「どうやって名前を…?」

「なんて事はないよ。ただ、写真を見ながら最初に名簿を開いたら、丁度似た顔の生徒がいただけだからね。」

「いやそれおかしくない?」

 

なんという直感。

名簿を開き、少女の顔を確認すると確かに同じと言ってよさそうであった。

 

「ですが、名前がわかったのは大きな収穫ですね。学年は2年、部活動は……元歌唱部?」

「学園祭の2ヶ月ほど前に彼女は部を辞めている。それ以降は授業にも徐々に顔を出さなくなったとのことだ。」

「そうでしたか…。」

「では、早速彼女の過去の足取りを私たちで」

「それ、私たちにやらせていただけませんか?」

「構いませんが…ってハナコさん!?」

「ハナコ!?」

 

突如現れたハナコにセイア以外の全員が驚いた。

 

「ハナコ、なぜ君が?」

「うふふ、純粋な興味ですよ?」

「待ちなさい。この件は面白がって首を突っ込む様なことでは…!」

「そうでしょうか?」

「ハナコさん。理由を教えてください。」

「アイリさんの事は聞きました。……とても残念です。ですが、今アイリさんから得られる情報は少ない。そして、ここのメンバーで新たに浮上した水無底コトネさんを調べるにしても人員的リソースは限られています。なら、ここは補修授業部にやらせていただけないでしょうか?何も危険なことはありませんよね?ただお部屋を調べるだけですから。男性の先生がお部屋に上がり込むよりもよっぽど健全ですし。」

「確かにそうだけど…。」

 

ナギサ、セイア、ミネ、サクラコ。

全員の顔を見合わせた後、結論は出た。

 

「ハナコ、お願いしていいかい?」

「承りました、先生。」

 

にっこりとハナコは笑って続けた。

 

 

「お部屋は汚さない様に全員水着でいいですか?」

 

 

 

 

 

♡♡♡♡♡

 

「ここですね〜。」

「な、なんで私たちがいかなきゃいけないのよ。」

「そう言うな、コハル。追試免除がかかっているんだ。」

「あはは、なんだか探偵団みたいですね」

「えぇ、気になるあの子のスカートの中も虫眼鏡でのぞいてしまいましょう。」

「ただの変態じゃない!!」

 

受け取った鍵を片手に、私たちはプールで溺れていた少女、水無底コトネさんのお部屋に来ていました。

 

「では、早速開けてみましょう。」

 

きっと年頃の可愛い女の子らしいお部屋なのでしょう。

そうわずかに期待しながら扉を開けた先には、

 

「………ハナコ、これはどういうことだ?」

「………。」

 

………。

何もありませんでした。

可愛らしいクッションも。

写真立ても。

部活動に打ち込んでいたような形跡も。

教科書も。

お洋服も。

 

何も。何も。

 

「どう言う…こと?その子、ここに住んでるんじゃなかったの?」

 

タンス、押入れ、ベットの下。

いろんなところを覗いてみましたが、何もありませんでした。

 

「ハナコちゃん…コトネちゃんは…お引越ししてしまっていたということでしょうか…?」

「………。」

 

理由は全くわかりません。

ただ目の前の奇妙な光景だけが事実でした。

まるで「私は存在していません。」と言わんばかりの空虚な部屋のみが、事実でした。

 

「…文字通りもぬけの空だな。」

 

そう言って部屋を出ようとしたアズサちゃん。

 

「ハナコ、これはなんだ?」

 

振り返った先にあったのは、玄関の隅に置かれた小さな紙片。

 

「チラシの破片でしょうか?」

 

手に取ってみると、音楽再生器を扱うお店の名前が書いてありました。

 

「……みなさん、ちょっとここに行ってみましょう。」

 

 

♡♡♡♡♡

 

 

「来たのはいいけど…。」

「ハナコちゃん…これ…。」

 

目の前のそれは私たちがコトネちゃんの部屋を訪れた時と同じものでした。

 

「これは……。」

 

無人のテナント。

先ほど同様、空の空間。

 

「……とりあえず、中を調べてみないか?」

「え、ちょっと?勝手に入るの?」

「……見なければ何もわからない。」

「そうですね、見てみましょう。」

「ハナコまで!?」

 

キャンキャンと可愛いコハルちゃんを無視し、

アズサちゃんと一緒にシャッターを無理やり開け、店内を見ます。

やはり中は空でした。

 

「ハナコちゃん…その…何かある様には見えないのですが…。」

「そうかもしれません。ですが…、」

 

壁をぐるりと周り、私はそれを見つけました。

 

「ありましたね。」

「なに?それ?」

 

見つけたのはまたもや紙切れ。

 

「ヒフミちゃん、このお店、調べてもらえませんか?」

「は、はい。」

 

ヒフミさんに伝えた名前をスマホで入れてもらいましたが、やはり予想通りでした。

 

「廃業…。」

「少しづつ、見えてきましたね。」

 

私はアズサちゃんとヒフミちゃんに向き直り、伝えました。

 

「お二人はトリニティに戻ってください。残りはコハルちゃんと私で大丈夫です。」

「……どういうことだ、ハナコ?」

「と、突然すぎます!!」

「私の予想が正しければ、おそらく二日としないうちに次の事件が起きます。そして…、」

「ハナコ…?」

 

 

「次は1人では済まないかもしれません。」

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

「2ヶ月前かな、うん。コトネちゃんがやめたのは。」

「突然だったよね。学祭も近かったのに。」

「そうそう、特におかしなところもなかったのに。」

 

私は歌唱部を訪れ、水無底コトネについての調査を始めていた。

 

「いろんな曲を聴くために音楽店にもいっぱい行って、歌もとっても上手だったんだよ?」

「「ねー」」

「そっか。」

 

同じ歌唱部の生徒に聞いてわかってきたことは、

以下の三つ。

 

・水無底コトネは歌が上手かった。

・目立つ様な人間関係のトラブルはなかった。

・歌に対して真摯に向き合う生徒だった。

 

「なのに、ほんとにいきなりやめちゃった。」

「突然だよね。顔も合わせずに、退部届が部屋にポンって。」

「なんでだろ、それ以降は、無口になっちゃって。」

「うん……。」

 

無口になった、というところが気がかりだったが、

それ以上得られる情報もなく、わたしはその場を去ることにした。

 

ベンチに腰掛け、少しばかりの休憩を取る。

 

「せんせ。」

 

頬に冷たい感覚。

見ると、ペットボトルを私の頬に当てながら、カズサが笑っていた。

 

「隣良いかな?」

「どうぞ。」

「ありがと。はいこれ。」

「ありがとうカズサ。少しは…持ち直せたかい?」

 

そんな私の質問に無理やりな笑顔でカズサは答えた。

 

「うん、全然無理。」

「……そうだよね。」

「溺れてた子、わかったんだ?」

「あぁ、……って、もう学内に伝わっているのかい?」

「うん。いろんなところで話題持ちきり。」

「早いな…。」

「なんでかな…せっかく公民館で演奏って新しい目標ができて、その矢先にさ……。アイリ、なんで奪われなきゃならなかったのかなって」

「それは…。」

「わかってるよ、先生が答えられないことくらい。でも、納得できない。1人目の子も、そうだったんだろうね。突然奪われてさ……。」

 

そんなカズサの言葉に耳を傾けながら、私は考えていた。アイリとコトネの共通点はなんだったのか。

何故、コトネになってしまったのか。

何故、アイリになってしまったのか。

2人は何故、突然奪われてしまったのか。

 

「先生。もしも、私の力が必要なら絶対に呼んでよ?私、絶対協力するから。ナツも、ヨシミも。多分…レイサも。」

「分かった。」

 

力なく手を振って席を立つカズサ。

去っていくカズサの向こう側には、ミサに向けて忙しく動き回るシスターフッドの生徒たちが遠目に見えた。

 

 

ーーーーー

 

 

「精が出るね、サクラコ。」

「先生、お疲れさまです。」

 

ミサの準備に向けて動き回るシスターたちを見ながら、私はサクラコに話しかけた。

 

「どれだけ大変なことがあっても、やはり催しは開いて行くのが良いですからね。」

「そっか。」

 

すると、1人の生徒が近づいてきた。

 

「サクラコ様。」

「はい。如何されましたか?」

「実は、明日演奏で使うはずのパイプオルガンに不具合が見つかりまして…。」

「それは大変です、修理の手配は?」

「申し訳ございません。手配は3日後とミサには間に合わず…。」

「そうでしたか…仕方ありません。倉庫からレコーダーを出してください。必ず、テストプレイを忘れずにしてください。報告ありがとうございます。」

 

足早にその場を去る生徒を見送った後、私はサクラコに尋ねた。

 

「レコーダー?」

「はい、と言っても古風な蓄音機ですが。」

「そんなものも置いているあたり、流石トリニティかな。」

「とは言え、最近はそう言ったものを扱うお店もだんだんと減っていまして、修理も一苦労なんです。」

「そうだったんだね。」

「明日のミサ、先生も参加されますか?」

「そうしたいのは山々だけど、ハナコたちの方に結果を聞きにいかなきゃいけないからね。」

「それは残念です。」

「サクラコは…今回の件、どう思う?」

 

私の質問にサクラコはどこか遠くを見た後に答えた。

 

「正直なところ、まだ全容が見えていない以上は何も申し上げられません。私たちにできることはせいぜい祈り、歌うことくらいです。

ですが……もしも、もしもこの事件に犯人がいるとしたら、その人はきっと……歌に対してとても悲しい感情を持っている、その様な気がしてならないのです。………ごめんなさい…抽象的ですよね?」

「いや、なんとなくだけどサクラコの気持ちはわかるよ。」

 

アイリを呼んだ何かは、歌を通して彼女を誘導していた。

きっと、コトネもまた同じなのだろう。

つまり、歌というものを誰かを傷つける道具として扱っている。

それをサクラコは感じているのだ。

 

「さて、私はそろそろ行きますね。」

「ありがとう、サクラコ。」

「はい、先生にも主の加護のあらんことを。」

 

足元を木枯らしが吹き抜けていく。

私は聖堂に背を向け、ナギサ達の元に向かうことにした。

 

 

 

ーーーーー

 

「コトネさんについてわかったことは、あまり多くなさそうですね……。」

 

ナギサは私からの報告として上がった内容を聞くと、ため息を一つ漏らした。

 

「ごめんね。」

「いいえ、謝らないでください。」

「あとは、ハナコたちからの連絡を待つ他なさそうだよ。」

 

少しの沈黙。

部屋の中ではペラペラとナギサが紙を捲る音だけが聞こえる。

 

「やっぱり、足りませんね。」

「何が?」

「すみません、この間ミカさんからいただいたリストを見ていたのですが、どうも放送用のスピーカーが何台か滅失扱いで出ている様で。」

「そっか。」

「今起きている問題に比べれば瑣末です、お気になさらず。そう言えば、明日はシスターフッドはミサでしたっけ?忙しそうでしたか?」

「うん、見てきたけど大変そうだったよ。」

 

コンコン、と部屋にノックの音が響いた。

 

「失礼します。」

「こんにちは、マリー。」

 

部屋に入ってきたのはマリーだった。

 

「あら、マリーさん。どうされたのですか?」

「はい、実はサクラコ様から報告書類を持っていって欲しいとお願いされまして。」

「そうでしたか。」

 

マリーから紙を受け取り、目を通すナギサ。

 

「病院に…?」

「どういうことだい?ナギサ。」

「シスターフッドの方で、2ヶ月と少し前にコトネさんを耳鼻咽喉科で見たという方がいたのです。」

「ただの風邪じゃないのかい?」

「わかりません、ですがタイミングが退部とかぶっている以上調べてみる価値はあると思います。」

 

ありがとうございますと、ナギサは一言マリーに返し、戻る様に伝えた。

そうだ、マリーにこの間の件について感謝を伝えないと。

 

「マリー、この間はありがとうね。」

「いえ…、私こそあんなはしたない姿を…。」

「……えっ?」

 

ナギサの紅茶持つ手が止まる

 

「凄かったよ。あんなに激しいから。」

「その…」

「わ、私こそあの時は少しでもと…!」

「え?」

「今度お礼させてね?」

「は、はい……その、よかったら…こんなシスターの身ではありますが…先生と…ご一緒に…」

 

ブウウウウウゥゥゥゥゥ!!!

 

「2人で一体何をなさったんですか!!!??」

「「え、バイクに乗っただけだよ?(ですが?)」」

 

全く、何を勘違いしているんだナギサは。

 

「失礼、取り乱してしまいました。気が立っているのですね……そう言えばミカさんの届け物をまだ開けていませんでした。そろそろ開けましょうか。」

「……あれ?サクラコ様…?」

 

マリーが何かに気づく。

中庭を見ると、シスターフッドの一団が歩いている。サクラコやヒナタ達だ。

……歩いている、だけならよかった。

 

「何か、おかしくないですか?」

 

異変にナギサも気がついた。

 

「……まさか。」

 

その歩き方を、私は覚えている。

生気のない、どこかふらついた様な足取り。

 

スマホの着信が鳴る。

 

『……先生、今どこにいる?ハナコからすぐに学園に戻る様にと言われてそっちに向かっている。』

「アズサ?」

『……ハナコの見立てでは、おそらくもう二日もないうちに次の被害が出ると』

「ごめんね、アズサ。」

『……先生?』

 

その一言は、絶望の到来を告げた。

 

「もう、"始まって"しまったよ。」

 

 

 

 

 

♡♡♡♡♡

 

 

「やっぱり、ここも空き店舗じゃない。」

 

幾度目かのシャッターを開けた先の空間を見て、コハルちゃんは悪態をつきました。

 

「後何回こんなことするわけ?」

「そうですね〜。」

 

ですが、手元に集まった紙はすでに4枚。

紙片には、店舗の名前が書いているだけですが、私はそこからすでにあることを見つけていました。

 

「………。」

 

ペンを取り出し、手帳に書きつけます。

 

『Non possum audire carmen』

 

「……歌は聞こえない。……いいえ、この場合は……、」

「あった!」

 

コハルちゃんは、目的のものを見つけた様です。

ですが、その表情は困惑しています。

 

「けど、これ今までと違くない?」

「ええ、メッセージは最初の4枚で終わりでしたから。次が本題です。」

 

小さな文字で書かれていたものはただの住所。

 

「おそらくこれで最後です。飲み物を買いにコンビニに行ってから、向かうとしましょう。」

 

 

♡♡♡♡♡

 

 

最後に辿り着いたのは、街を外れた丘の上の小さな小屋。

 

「ねぇ……ほんとにこんなところに手がかりなんてあるの?」

「はい。間違いないかと。コハルちゃん、開けてみてください。」

「普通鍵がかかってるもんじゃないの?」

「いいえ、開きますよ。入ってもらうためにここが書かれたんですから。」

「あ、開けるわよ……。」

 

私は両の耳に手を当て、髪をかきました。

キィと扉がなった後、ゆっくりと開きます。

 

無人の部屋。

カーテンのない窓からは、トリニティ自治区のの街並みが見えます。

 

カチャリ。

 

「なんの音?」

 

コハルちゃんが部屋を覗き込んだ瞬間、

フニッ♡

私は素早く彼女の耳を抑えました。

 

「な!?は、離して!!何すんのよこの変態!!」

「暴れたらダメですよ〜。」

 

ジタバタとするコハルちゃんを抑えつつ、さらに私はそれを耳に押し込みます。

はい、わかっていましたから♡

 

「〜〜〜ッ!!」

 

『絶対にそれ、外さないでください。』

 

私はメモに書きつけていた文字をコハルちゃんに見せた後、部屋を見回します。

 

『それ』はなんてこともなく、机の上にありました。

 

「………。」

 

指でボタンを押し、停止させます。

その後、コハルちゃんにOKのサインを出しました。

 

「な、何すんのよ!」

「これが、最後の彼女のメッセージです。」

 

蓋を開き、私は目的のものを取り出します。

なんの変哲もないCD。

 

「レコーダーよね?それ。」

「はい、ドアを開けた時に掛かるように設置していたのでしょう。」

 

私は垂れ下がった糸を指さします。

古風な手ですが、確かです。

 

「……彼女はここに辿り着いた人に罠と一緒に最大のヒントを残していったんです。」

「罠?ちょっと待ってよ?コトネって子は被害にあった子なんでしょ?今のハナコの言い方じゃまるで……!」

「………私は一言も彼女が被害にあったなんて言ってませんよ?」

「は?」

 

私はすぐさまスマホで先生に着信を掛けました。

しかし、応答はありません。

 

「……どうやら、始まってしまった様ですね。戻りましょう、コハルちゃん。」

「な、何が?ねぇ!ハナコ!」

 

私はその言葉に答えることなく、スマホに文字を打ち込み送信した後、部屋を出ました。

 

Non possum audire carmen

 

店の名前にあった文字を繋いで浮かび上がった一文。

 

『歌は聞こえない。』

 

この文字を見た彼女はすぐにその意味を悟るでしょう。

そして、どれだけ恐ろしいことが始まっていたかも。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

「………そうか、ハナコ、君は辿り着いてしまったんだね。」

 

遠く離れたトリニティの公会堂で百合園セイアはスマホの画面を見た後、静かに目を閉じた。

 

「先生、どうやら私たちはすでに呼ばれていたらしい。昏い深海の底、主の愛も光も届かぬ場所に。」

 

深くため息をついた後、天井を見つめたまま彼女は呟いた。

 

 

「「主の歌は聞こえない。」」

 

 

 

トリニティ総合学園はキヴォトスで最も神から見放された学園へと堕ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー人魚の歌が、神に愛された庭を水無底に沈めるが故に。

 

 

ーーーーー

 

 

私はマリーと共に大急ぎでシスターフッドの元に急行した。

 

「サクラコ!ヒナタ!どうしたんだ!」

「サクラコ様!!」

 

2人して大声で呼びかけるが、反応はない。

どういう事だ?

ついさっきまで普通だったじゃないか!?

 

「………。」

「………。」

 

返事もなく、そのまま歩を進めるシスターフッド。

勿論、彼女たちは銃を手にしたままだ。

 

 

「サクラコ様!しっかりしてください!」

 

マリーがサクラコに縋り付くが、大きな反応を示さない。

アイリの時ですら反応があったのに…?

今の彼女たちは…言葉すら聞こえていない…?

 

「なんて…こと…。」

 

あまりのショックにマリーは頽れた。

慌ててマリーを集団から引き剥がし、距離を取る。

この場所だけで一体何人いる?

見える範囲でおよそ100人は下らない。

これは無理だ、いくらなんでも止められる人数ではない。

 

「そうだ、正義実現委員会に連絡を!」

「………グスッ……、先生、正義実現委員会の方は、今朝から郊外の暴動鎮圧に出ていて……動けません…。」

「そんな!」

 

追い討ちをかける情報だった。

それに、相手は銃を持っている。

応戦しようとすればこちらも相応の規模を用意しなければならない。仮にスズミやレイサの自警団でも対応するのは到底不可能だろう。

駄目だ…打てる手がない。

 

 

「………。」

 

シスターたちが音のない何かを歌っている。

サクラコ、君たちは何を歌っているんだ…?

 

「ねぇ、先生。」

 

横から掛けられた声に私は思わず首を向けた。

 

「私なら、手伝えるよね?」

「ミカ…?」

 

 

 

聖園ミカが、悠然と佇んでいた。

 

 

 

「ミカ?なんでここに?」

「ナギちゃんから言われちゃった⭐︎『あなたなら100人くらい相手でも物ともしないでしょう?』って。酷くない?それ幼馴染にいう言葉かなぁ?」

「そ、そっか……。」

 

だが、ナギサの見立て通りかもしれない。

 

「大丈夫、ちゃんと話はナギちゃんから聞いてるよ?」

「ミカ。」

「なぁに?先生?」

「……大怪我しない程度に…足止めしてくれないか?」

「うん、オッケー⭐︎」

「マリーもそれでいいね?」

「……お願いします。皆様…お許しください…。」

「あはは⭐︎マリーちゃんほんといい子だね?」

 

普段と変わらない足取りで歩いてシスターフッドに近づく。

 

「ごめんね?目覚まし代わりだと思ってほしいな?」

 

ミカのサブマシンガンが火を吹いた。

銃弾に当たった生徒が、あっさりと吹き飛ぶ。

 

「………。」

「………。」

 

ガチャン!!!

 

攻撃を理解したシスターフッドが銃を構えて反撃にかかる。

 

「ふーん、意識ないのに反撃だけはちゃんとするんだね!!」

 

素早く噴水の影に隠れたミカは銃弾を躱す。

 

 

「一回、シスターフッドとはやってみたかったんだよね?まぁ、こんなふうになると思わなかったけど!」

 

続け様にサブマシンガンを放つミカ。

着実に無力化されている生徒は増えていった。

 

しかし、多い。

圧倒的に敵の数が多すぎる。

 

「うーん、これ…流石に弾薬持たないかも?」

 

木の影に隠れたミカは、息を切らしていた。

無限とも言えるユスティナ聖徒会を相手にした経験があっても、多いものは多い。

 

「先生の前だし、はしたないからこれやりたくないんだけどなぁ……。」

 

メキッ。

 

「ミカ?」

 

ミカが隠れていたはずの巨木が持ち上がる。

ミカさん?嘘だよね?

 

「えーい⭐︎」

 

ドゴオオォォォン!!

 

放り投げられた木によってシスター達が吹き飛ぶ。

 

「あはは…やりすぎたかな?」

 

しかし、木を乗り越えてまたもや意識のないシスターたちは歩いてくる。

どうなっているんだ?

アイリの時と何が違う?

 

木の脇からゆらりと身を乗り出したシスターフッドの1人がミカに銃を向けた。

 

「ミカ!」

「あ……。」

 

パンパン!

 

2発の銃声とともにシスターが倒れる。

 

「先生!助けに来たよ!」

「なかなかのピンチと見た。」

「カズサ!ナツ!」

「私もいるわよ!!」

「ヨシミ!」

 

放課後スイーツ部だ。

僅かな加勢だとしても、これは大きい。

 

「ティーパーティのミカさんと共闘するとは思わなかったけど…、先生!いいよね!?」

「あぁ、やりすぎない程度にね!」

「この人数を前にやりすぎないというのも難しいと思うが?」

「みんな、元気いっぱいだねー⭐︎

たしか、放課後スイーツ部だったよね?

もしよかったらあとでティーパーティーのテラスでスイーツ食べよっか?ナギちゃんの奢りだけどごちそうするよ?」

「「「すみません!遠慮させていただきます!!」」」

「えぇー!?」

 

やはりティーパーティーは恐れ多いものらしい。

そんな中1人の生徒が駆けつけた。

ミネだ。

 

「ミカさん!?それにサクラコさんとシスターフッド!?これは一体?」

「あーあ、ミネ団長に見つかっちゃった⭐︎

いきなりで悪いんだけどさ、手伝ってもらえないかな?急病患者100人オーバーってところなんだよね?」

 

バツが悪そうに頭をかくミカ

しかし、間髪入れずにマリーがミネに頭を下げた。

 

「ミネさん、私からもお願いします!」

「なっ…マリーさんまで…?」

「頼む、ミネ。」

 

私もミネに頭を下げる。

 

「……サクラコ、貴女どうして……?」

 

しかし、虚ろな目をし、無表情なサクラコから帰ってくる答えはない。

ミネは唾を飲み込んだ後、覚悟を決めた。

 

「…わかりました…救護を開始します!!」

 

ーーーーー

 

 

放課後スイーツ部、ミカ、ミネ。

5人で押し寄せるシスターの波を抑え続ける。

 

「…あー!!!キツすぎ!!」

「当然の…ゼェゼェ…結果…!」

「むしろ良くやってるわよ…私たち!」

「分かってはいましたが消耗が想像以上に激しいですね。」

「まぁ無理ないんじゃない?だってこれ、」

 

弱音をあげたくなるのも無理はない。

 

「まだざっと1人20人以上はやらないとダメだよね?」

 

目の前の黒い波はまるで減っていなかった。

数えるのも馬鹿らしい。

文字通りの悪夢だろう。

シスターフッドを相手にするということの恐ろしさがよくわかる。

 

「何か他に止める手立てはないのですか?先生!」

「………っ。」

 

サクラコの銃撃を防ぎながら、ミネが私に案を求めてきた。

だが、何も浮かばない。

まるでどこかに心を連れ去られてしまったかの様な彼女たちを止める方法なんて、

 

ザッ。

 

「マ、マリー!?」

 

マリーが、ゆっくりと前に出た。

 

「マリーちゃん!?いくらなんでも危ないよ?」

「マリーさん!下がりなさい!」

 

手を組み、静かにマリーは前に進む。

ガチャガチャガチャガチャガチャン!!

数多の銃口がマリーに向けられた。

 

「………。」

 

張り詰めた空気がその場に流れる。

サクラコたちは引き金に指をかけた。

私は必死に静止する、しかし間に合わない。

 

「ダメだ!サクラコ!!」

 

そしてーーー、

 

 

 

 

 

「♪幼き願いが、叶いますように。」

 

 

 

 

「学園祭の…歌?」

 

歌っていた。

伊落マリーは、銃口を突きつけられた状態で歌い始めた。

 

「な…。」

「わーお⭐︎」

「あの子肝座りすぎでしょ…。」

「……3年生2人を差し置いてアイドルグループのリーダーになった女だ、面構えが違う。」ドヤァ

 

「ナツ、それ通じないわよ。」

 

その間も、マリーは歌をやめない。

 

「♪前に一歩踏み出したいけど、思うより上手くいかなくて、いつもね困ってるの気づいてくれるかな?」

 

「…っ!」

 

合わせるかの様にミネも前に踏み出した。

 

「♪そっと、そっと、近づきたくて。」

「ミネ…。」

 

「………。」

 

 

動きが、止まっている。

 

サクラコだけではない。

ヒナタも、他のシスター達も動きを止めていた。

わからない。

一体、何が起きている?

けど、この後のパートはサクラコだ。

代わりに誰が、

 

「♪もっと⭐︎もっと⭐︎おしゃべりしたくて⭐︎」

 

「ミカ!?」

「いいライブだったから、曲覚えちゃった⭐︎

……サクラコさんはいいのかな?私にポジション取られちゃうよ?⭐︎」

 

「♪ずっと、ずっと、隠してたの」

「♪未熟な気持ちでも」

 

その時、サクラコの唇がわずかに動いた。

 

「……素直に、……向き合い……たい。」

 

 

カシャンとサクラコの手から銃が滑り落ちる。

続く様に、一部のシスターたちの手からも銃火器が落ちていく。

 

「サクラコ!!貴女、意識が…!」

「サクラコ様!!」

 

マリーとミネがサクラコに駆け寄る。

彼女は膝から崩れ落ちた。

 

「サクラコ、しっかりして!」

「……マリー、ミネ団長、先生……申し訳ございません。……私達は、罠にかけられていました。」

 

そう言いながらも、サクラコの瞼は徐々に下がっていく。

 

「聴こえるのです……海の底から……歌声が…。」

「目を開けなさい!サクラコ!サクラコ!」

「サクラコ様!」

「……人魚の……歌…。」

 

それが、サクラコの最後の言葉だった。

 

「あ、あぁっ…そんな…!」

「なぜ…なぜサクラコが…っ!!」

「待って!2人ともすぐ離れて!!!」

 

歩き始める。

歌が止み、シスターたちの行進が再び始まる。

二度と帰れぬ水底への行進が。

マリーは絶叫する。

 

「止まって!皆さん止まってください!!!」

「嘘でしょ…普通全員止まる流れじゃないの!?」

「こ、これ以上は私たちもムリ!」

「万事…休す…。」

 

ミカの方を見やるが、彼女もまた厳しいという表情をしていた。

 

「……先生、これ以上続けるなら多分私も加減できないかも。」

 

全員疲弊している。

押し寄せる黒の波、

あまりの恐怖に目を瞑りそうになった瞬間、

 

バサッ!!

 

「……ネット?」

 

シスターたちに被せられるネット。

体制を崩した彼女たちは、一気に倒れていった

ガタガタガタという振動と共に、遥か後方から一台の戦車が走ってきた。

 

「さすがだな、ヒフミ。」

「あはは…間一髪、でしたね。」

 

クルセイダー号に乗ったヒフミとアズサが

見事にシスターフッドを一網打尽にしたのであった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

「ヒフミ、アズサ、助けてくれてありがとう。」

「……ハナコに言われて戻ってきたら凄いことになっていたからな。急ぎ戦車を拝借した次第だ。」

 

なお、アズサがちゃんと許可をとったかどうかについては聞かないでおく。

予想がついてしまうためである。

 

「ハナコちゃんの言うことが…当たっていたってことですよね…これって。」

「ハナコとコハルは?」

「……そろそろ家屋を調べ終わっていると思う。」

 

スマホを見ると、ハナコからの着信履歴が一件。

おそらく調査が終わったのだろう。

それよりも…、

 

「セリナ!ハナエ!急いでください!」

「「はい!!」」

 

ミネ率いる救護騎士団が凄まじい勢いでシスターたちを搬送していく。

しばらくは話しかけられそうもない。

 

「マリー……。」

「先生……私は、どうしたら……。」

「ごめん、私の力が足りないばかりに。」

「先生のせいでは…ありません。」

「他にシスターフッドで無事な生徒は居そうかい?」

「おそらくですが、買い出しや告知に出かけていた生徒の何人かは連絡がつくと思います。こんな時こそしっかりしないといけないのですが……こんなことになってしまうなんて…。」

「…無理だけは、しないでね。」

「はい。」

 

マリーの頭を撫でた後、私はカズサたちの元に向かった。

 

「マジ無理でしょ…死ぬかと思った。」

「うぅ……聖職者……はこりごり……。」

「に、二度とこんなのやらない……。」

 

3人の肩をヨシヨシと摩る。

状況もわからない状態にも関わらず、カズサたちは助けてくれた。

本当に、感謝しかない。

 

「ナギちゃん!終わったよ⭐︎」

 

見ると電話越しにミカとナギサが会話をしていた。

 

『お疲れ様でした、やはり…。』

「うん、ナギちゃんの考えた通りだと思う。」

『そうでしたか…まさかシスターフッドが…。』

「とりあえず、みんなでお菓子でもつまみながらお話ししようよ⭐︎考え事はスイーツが必須だよ?ヒフミちゃんやアズサちゃん、あと放課後スイーツ部のみんなも招待していいかな?」

 

全力で首を横に振りまくるカズサ、ナツ、ヨシミ。

 

『協力してくれた生徒の謝恩は後で考えておきます。落ち着いたら先生を連れて戻ってきてください。ミカさんが持ってきてくれた蓄音機をかけながらティータイムとしましょう。」

「うん、オッケー⭐︎」

 

ミカは通話を終えると、私の元にやってきた。

 

「先生、ナギちゃんのところに一緒にいいかな?」

「ごめんね、その前に一ヶ所寄り道させてくれないか?」

「いいけど…どこ?」

 

私はゆっくりと大聖堂を指差す。

シスターフッドに起きた異変の理由を探しに。

 

 

 

ーーーーー

 

聖堂の中には、足を踏み入れた私とミカ以外だれもいなかった。

靴の音が聖堂内に響く。

ステンドグラス、聳え立つ円柱、天井。

さほど変わったものはない。

しかし、あれだけの人数が異常を来す何かがあるはずだ。

 

「ガランってしてるね、うん。」

 

伽藍の堂、と言う言葉ほど見事に表現する言葉もないだろう。

真っ直ぐに歩き、聖堂の周囲を見渡す。

そして、パイプオルガンの前に『それ』は置いてあった。

 

「先生…?」

 

ミカが私の背中越しに同じものを見つめる。

古風な一台の蓄音機。

黒い円盤の取り付けられたそれは、すでに再生を終えていた。

 

サクラコは言っていた。

テストプレイをしておくように、と。

そして、最後には罠にかけられたとも。

 

指で円盤に触れてみる。

パキッ、という音と共にそれは何の抵抗もなく割れた。まるで既に用無しだとでも言うように。

 

「待って、まさか…。それが原因なの?」

「ミカ?」

「わた…私…!」

 

ミカの声が震えている。

ミカ?どうしたんだ?

その時、遠くで銃声が聞こえた。

続け様に、もう1発。

 

「…?」

「ナギちゃん!!」

 

ミカはいきなり駆け出す。

 

「ナギちゃん、ダメ……ナギちゃん!」

「ミカ!待つんだ!どうしたんだ!」

「お願い…!間に合って!お願いだから!!」

 

建物の階段を駆け上がる。

 

そして、ティーパーティの部屋の入り口が見えた時、一人の生徒が立っていた。

百合園セイアが、そこにいた。 

 

「セイア…ちゃん?」

「……来てしまったんだね、ミカ。」

「ナギちゃんは…?」

「………。」

 

セイアは答えなかった。

 

「……ッ!」

 

ミカは急いでテラスに入る。

私も後そのに続いた。

 

真っ白なタイルの上。

いつもの椅子のすぐ脇で、桐藤ナギサは倒れていた。

傍にはナギサの拳銃。

ミカが持ってきていたはずの蓄音機には銃弾が打ち込まれている。

 

「ねぇ、ナギちゃん…?起きてよ…?」

 

駆け寄ったミカはナギサの肩を揺らす。

 

「お願い!起きて!起きてよ、ナギちゃん!!」

「ミカ……わかっているはずだ、その行為が無駄なことは。」

「うるさい!セイアちゃんは黙って!!」

 

子供のように泣き喚くミカ。

 

「ナギちゃん…ねぇ!ナギちゃん!」

 

背後から数人の足音。

 

戻ってきたハナコとコハル、戦車を片付けたアズサとヒフミ、そしてミネが駆けつけたのだ。

泣き喚くミカを背にし、セイアは淡々と告げた。

 

「……先生、間髪入れずで申し訳ないが、すぐに会議を始めよう。

事態が解決しない場合トリニティは…海に沈むことになる。」

 

 

 

ーーーーー

 

「ミカさんにはコハルちゃんについてもらいました。本人は困惑していましたが、まぁ、大丈夫でしょう。」

 

テラスに残ったのは、私とハナコ、アズサ、ヒフミ、マリー、ミネ、セイアの7人だった。

 

「……さて、まずは今学園で起きたことの整理からだね。ミサの準備をしていたはずのシスターフッドが突然集団で移動を始めた。

意識はなく、攻撃に対しては自動的に反撃をするだけであった。

そうだね?マリー。」

「はい。」

 

わずかな確認を取った後、セイアは話を続ける。

 

「次に、ナギサだ。ナギサが異変をきたした理由は…一目瞭然だな。」

 

銃弾の撃ち込まれ破壊されたレコーダーを見る。

流れた曲を止めるために銃を放ったのだ。

けど、もう1発は?

 

「……自分に撃ち込んだのだろう。」

「サクラコのようになるまいと、せめてもの抵抗をしたと……。流石はティーパーティーのホスト、その矜持だけは守り抜いたと言うことですね。」

「はい、今回の件、言ってしまえば音を使うことで私たちは攻撃されたんです。俗に言うASMRと言うことです♡」

「……ASMRという物はよくわからないが、ハナコ、コハルと一緒に廃屋を調べた結果はどうだったんだ?」

「彼女の部屋と廃屋を調べて出てきたのは計5枚の紙でした。始めの紙4枚は、店舗の名前が書かれています。その中で一部の箇所に線が引いてありました。

 

繋げて出てきた言葉は、」

 

「『Non possum audire carmen』だったね。ハナコ。」

 

「はい、セイアちゃん。直訳すると、『歌は聞こえない。』です。考えられる意味については後ほどお話しします。そして最後の一枚に示された場所には、これがありました。」

 

ハナコは一枚のCDを取り出す。

 

「正確には、部屋に入った瞬間にこのCDの曲がかかるように、ですが。」

「待ってくれハナコ!と言うことは君はその音楽をコハルと一緒に聴いたのか!?」

「いいえ、聴いていませんよ?聴いていたら私も彼女たちと同じことになるでしょうから。」

「ど、どうやって防いだんですか?」

「簡単ですよ、聴かなければいいんです。」

 

ヒフミの質問に対して笑顔で答えるハナコ。

彼女はポケットからそれを取り出した。

……耳栓?

 

「このワードが出てきた時、アイリさんが演奏会で曲の準備をしていた事を思い出したんです。おそらく相手は、聴覚に頼った手段を用いてくるのではないかと考えました。」

「見事に、ハナコの予想は的中したわけだ。」

「はい、ですがそれは同時に最悪の答えでした。では、ここで質問です、人間の五感の内で最も防御が難しい方法は何でしょうか?」

「聴覚ですね?」

「はい、ミネさん正解です。

視覚は目を閉じる、

嗅覚は鼻を摘む、

味覚は口に入れなければいい、

触覚は対象に触らない。

ですが、聴覚は最悪です。

音は空気の振動、それが鼓膜を揺らす事で音を認識します。

人の体のおよそ5〜6割は水分。

外的環境下で音をシャットアウトした上で行動するのは、ほぼ不可能でしょう。」

「……。」

 

銃火器や爆弾の類であれば、まだ身を隠すなり離れるなりで防ぐことはできる。

極端な方法になるがアロナとプラナの力で防ぐこともできるだろう。

だが、目に見えない音を防ぐと言うことはかなり厳しい。

そして、聴いてしまったが最後には…。

 

「少し話がそれてしまいましたね。

今回の事件、被害にあった生徒の共通点もすでに見えましたね?」

「……彼女らは全員、その曲を聴いている。」

「アイリちゃんは郵送されたプレーヤー、私たちは未遂でしたがCDカセット、シスターフッドとナギサさんは蓄音機。」

「待ってください、ハナコさん。貴女今、一人目を外しましたね?」

 

ミネの質問を受けた途端、

ハナコの表情から柔和な笑みが消えた。

 

「そうですよ、私は今一人目について触れませんでした。

結論を言います。

彼女は被害者ではありません。

今このトリニティで起きている事件、

 

 

ーーー水無底コトネこそ、この事件の犯人です。」

 

 

 

 

ーーーーー

 

「ハナコ、今、何て言ったんだい?」

「……水無底コトネが犯人だと…?」

「そうです。」

「待ちなさい、ですが彼女は今!」

「ええ、意識は戻らないままです。

ですが、不可能ではありませんよね?」

「例えば学園祭に乗じて、あちこちにレコーダーを仕掛ける、ナギサさんの熱心な応援者のふりをしたり、公民館の演奏依頼と言う体裁でナギサさんやアイリさん再生可能な媒体を郵送する。どれも今彼女が意識不明でも可能です。」

「確かにそうかもしれない。」

 

事実、前々から準備をしていれば不可能ではないのだろう。

 

「何より、彼女は私たちに罠という形であれどメッセージを残しました。つまり、気づいて欲しいという意思がそこには確実にあります。そして、その方法を明確に示していました。」

「……。」

「そしてミネさん。貴女、彼女の体を調べている以上、気づいてますよね?」

「……。」

「ミネ…?」

 

ミネは持っていたバインダーからあるものを取り出した。

それは、写真だった。

少女の首元を映した。

 

「ひっ…!」

「…あぁ…神様…こんなことが…!」

 

その写真を見たマリーとヒフミがゾッとした表情を浮かべる。

 

「ミネ、これは…?」

「…呼吸器です。」

「……なにを言っているんだ?」

「呼吸器ですよ。ただし、人の物ではありません。『魚類』のものです。」

 

エラだ。

間違いない、水無底コトネの首には…かなり小さいがエラがある。

つまり、水中で呼吸ができるのだ。

 

「……気づかなかった。」

「必死に救護活動をされていたのですから仕方ありません。」

「ハナコ…これが、彼女が生きていた理由なのかい?」

「えぇ、間違いないと思います。」

「少しいいかな?」

「はい、先生。」

「以前のコトネには、そんなものがあったなんて情報はなかった。なら、いつから?」

「おそらく、2ヶ月前からかと。

耳鼻咽喉科を受診した記録があると。

つまり、そこからなのではないでしょうか?」

「歌唱部を退部したのは、」

「このエラが生じたことで、以前のように歌えなくなったんだろう。そして、そんなものが首についているとなれば、奇異の目を向けられるのは想像に難くない。……幸い、9月を過ぎたあたりから寒くなり始めている。多少なり首元を隠しておくのは難しくないだろうね。」

「それで気づかれなかったのか…。」

「歌は聞こえない…って、もしかして…。」

「はい、マリーさん。私の歌は聴こえない、そう言う意味も含んでいたのかもしれません。ですが、本当にそうでしょうか?」

「……先生は心当たりがあるはずだ。海の中に棲み、歌を歌って旅人を海に引き摺り込む存在、聞いたことがあるだろう?」

 

ここまで絞り込まれてしまったら、もう答えに辿り着かない方が難しい。

 

「人魚…だね。」

 

「そうだ。水無底コトネは人魚になった。

陸で歌うことが叶わないとなれば、次に歌える場所など水中くらいだ。」

 

にわかには信じられない話、だが、あまりにも状況が揃い過ぎている。

 

「そして、彼女は歌い始めた。

媒体はどうあれ、彼女の歌を届けるために。

アイリ時に関して返事がまだ返ってきたのは、おそらくその神秘故だろう。

古いものには神秘が宿る。

レコードなんて…音を扱うものとしては最たるものじゃないかな?」

 

MP3プレーヤーと蓄音機では、その古さは大きく違う。

 

「単純に彼女が狙われてしまったのは、おそらく無作為な物だったんだろう。曲を耳にする人物であれば誰でも良かった。」

 

ハナコはセイアの話にさらに続けた。

 

「彼女は結果を見る必要がありませんでした。

仕掛けを終わらせた時点で、『1人目』になった時点で目的を果たしていたんです。なぜなら歌を聴いてしまった人は一様に水中に身を投げてしまうから。」

「セイア様、ハナコさん…それでは、コトネさんの目的は…!」

「……神の愛に満ち溢れるべき学園が悲劇の海に沈む…。この意味を、君はもうわかっているはずだよ?」

「……心中、か。」

「『主の歌は聞こえない、私の歌が響く故』、これが水無底コトネのメッセージだ。」

 

 

アズサとセイアの言葉によって、全員が凍りつく。

そして、ハナコが最後の質問を口にした。

 

「今までを踏まえてもらった上で、最後の質問です。」

 

僅かな間、しかしその質問は今までの何よりも恐ろしいものであった。

 

「学校で生徒全員に音を聴かせられるものは何でしょうか?」

「「「「「………。」」」」」

 

 

その答えは、誰が答えるまでもなく訪れる。

 

 

ゴオォォォォォン…ゴオォォォォォン…

 

 

ーーートリニティ総合学園に予鈴の音がスピーカーを通して、鳴り響いた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

「スピーカー…。」

「そう、スピーカーだ。」

 

私の呟いた言葉にセイアは反応した。

 

「学内でスピーカーを通してこの歌を流してしまえば、引き起こされる被害は甚大になる。

文字通りの壊滅だ。

そうなれば、すべての生徒が水中に沈むことになる。」

「す、すぐに放送室を!!」

 

ミネが慌てて指示を出そうとするが、

それをセイアは制止した。

 

「待ちたまえ、ミネ。

すでに放送室なら私の方から調べるように指示をだしている。

だが、未だに見つかっていない。」

「セイア…確かにコトネの歌にはそう言う力があると仮定して、本当に…学園全体に歌を流せるのかい?私たちの思考が飛躍し過ぎている可能性は…?」

 

考えすぎだと言う可能性を提示してみる。

しかし、それを否定したのは意外にもアズサだった。

 

「…おそらくだが、それはない。」

「アズサ?何で?」

「覚えているか?彼女をプールから引き上げた時だ。あの子は何かを口にしていたんだ。当然聴こえていなかっただろうが、なにを口したのかは私にはわかった。」

「アズサ、教えて。」

「『誰も彼も…水底へ。』……読唇術というやつだ。

わざわざそんな言葉を口にすると思うか?

だが、事実彼女は口にしたんだ。」

 

なんてことだ。

 

「……私はハナコやセイアの予想は正しいと思う。この学園にあとどれくらいのタイムリミットが残されているのかはわからない。」

「セイア様、すぐに生徒を学園から避難させるべきです。」

 

ミネが進言した。

 

「正義実現委員会に連絡してすぐに大規模な避難活動を。周辺2キロを封鎖し、住民を退避させましょう。対音響爆弾用の防護装備をあるだけ生徒に装備させて……。」

「ミネの言うとおりだとしても、せめてこの音楽がいつ流されるかだけでもわかればな。」

「ちょっと待ってもらえませんか…?」

 

徐に、ハナコは壁際に置いていた大型のレコーダーに近づく。

 

「そういえば、私たちはこのCDについてちゃんと見ていませんでしたね。」

「ハナコ…?」

 

何と彼女はレコーダーにCDを嵌め、読み込みを開始した。

 

「な、なにしてるんですか貴女!?」

「大丈夫です、再生はしません。」

 

素早く停止ボタンを押した後、再生器の画面には文字列が表示される。

 

「これ、タイトル?」

「11061700って…書いてますが。」

「はい。ミネ団長、では今日の日付と時刻を答えていただけませんか?

「11月6日の16時…まさか。」

「コトネちゃんは待ってくれる気はないようですね。タイムリミットは……今日の17時です。」

 

あと1時間で、この学園は歌に沈む。

 

 

 

 

ーーーーー

 

「……想像以上の深刻さだな、まともに避難をすることすらできないとは。」

 

決断が必要だ。

できうる限り最善の。

 

「……皆はすぐに避難に入ってほしい。

一人でも多くが逃げられれば、被害は減るはずだ。」

「先生はどうするつもりだい?」

「私は…探すよ。」

「まさか、音源を探す気ですか!?」

 

ヒフミが驚いて声を上げた。

 

「そうだよ。」

「無理です!いったいどれだけの規模から探そうとしているか分かっているのですか!?一度歌を聞いてしまえばどの様にして目を覚ますかもわからないんですよ!?」

 

ミネも同じく声を荒げる。

 

「セイア。」

「何だい、先生。」

「さっきセイアは、放送室を調べさせたって言ってたね。」

「そうだが。」

「全部かい?」

「勿論、トリニティの放送室にあたる箇所はすべて探させた。その上で、見つかっていない。」

「つまり、コトネは放送設備を別の場所に用意しているって事だね?」

「……おそらくは、だが。」

「なら、文化祭後、スピーカーが紛失している件は知っているかい?」

「……待ってくれ先生、そのスピーカーが使われていると?」

「予想だけどね。でもそうだとすれば、探すべき対象はかなり絞られるよ。」

「そうか……、ならば私も命令を下そう。

蒼森ミネ、ティーパーティとして命じる、正義実現委員会を招集してすぐさま学外に生徒を避難させるんだ。」

「わかりました、この場の他の生徒は?」

「シスターマリーは残っているシスターフッドをまとめて、同様に避難を。」

「浦和ハナコ、阿慈谷ヒフミ、白洲アズサ、ここまでの協力に感謝する。君たちもすぐに避難してくれ。」

「セイア様は?」

「私は……避難が進んだ段階で離脱するよ。今までは諦めてばかりだったが、最後は…意地を通してみたくなった。」

「……分かりました。」

「すぐに放送室へ!セイア様の声を学園に届けさせます!」

「!!?」

 

ヒョイ、とセイアを抱え上げ、ミネは凄まじい勢いでセイアを運んでいく。

 

「皆も、すぐに準備を。」

「本気ですか?」

「ああ、そのつもりだよ。」

「……先生、ならこのあと下で待っていてくれ。すぐに渡すものがある。」

 

そう言うなり、アズサは部屋を飛び出した。

 

「先生…ご無事を、お祈りしています…。」

 

マリーも残っているシスターフッドを逃すべく動き始める。

 

「あの…。」

「ヒフミ、私は大丈夫だよ。必ず見つけて見せるから。ハナコ、ヒフミたちをお願いするよ。」

「分かりました…お気をつけて。」

 

玄関に降りたタイミングで、アズサは駆け込んできた。

 

「先生、これだ。」

 

これは…ヘッドフォン?

 

「対音響弾用の防護装備だ。」

 

ふんす、と言う音が聞こえそうな表情をして、アズサは説明した。

 

「……これなら、もし歌が流れても防げる。」

「ありがとう、アズサ。」

 

首にヘッドフォンをかけ、準備をする間に、

外から放送が流れ始めた。

 

『……学園にいるすべての生徒に告げる、百合園セイアだ。すぐにこの学園から退避してくれ。

すまないが、理由は後にしっかりと説明する。

時間がない、すぐにこの学園を離れるんだ。』

 

「なに?」

「どういうこと?」

 

セイアの放送の中、すぐさま学園の中に正義実現委員会の姿が見え始めた。

 

「緊急事態です!全員すぐに学外へ退避してください!」

「ケケケケ!キャヒャヒャヒャ!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

………本当に大丈夫だろうか?

気を取り直して学園の中を探し始める。

すると、スマホの着信に気がついた。

 

「コハル?」

『先生!ミカ様が…!ミカ様がいなくなっちゃったの!!』

「なんだって!?」

『ちょっと目を離した隙に居なくなっちゃって…!どうしよう…!』

「落ち着いて、コハル。いま、避難命令が出てるのは知ってるね?」

『う、うん。』

「コハルもちゃんと避難するんだ。大丈夫、ミカは私が見つけるよ。」

『先生…、お願い。』

「約束するよ。」

 

通話が切れたあと、私は少しだけ空を見た。

夕闇に染まりかけた、綺麗な空だ。

 

「大丈夫、何とかして見せるよ。」

 

自分に言い聞かせる様に、私は捜索を再開し

 

 

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

……学園の中は大騒ぎだった。

……泣きじゃくってて聴こえなかったけど、きっと避難命令を出していたんだよね。

 

私は、コハルちゃんが少しだけ離れた時に部屋を出た。

 

ごめんね、ナギちゃん。

私のせいだよね。

 

こうやってみんなが逃げ出したってことは、

多分、ナギちゃんたちが聞いた歌が、学園に流されるってことでしょ?

 

………私も聴いたら一緒の場所に行けるかな?

 

そんな事を考えながらフラフラと歩いていると、私はつまづいた。

 

「あいた!」

 

なにこれ、こんなケーブルあったっけ?

 

ケーブルは校舎から垂れていて、その先に目を向けると、小さなスピーカーが一台。

 

「取り外し忘れたのかな?」

 

ケーブルをたどって歩いていくと、図書館の裏側を回り込む。

その間にも、何台かのスピーカが隠れる様に付けられているのが見えた。

 

「Basis schola……?」

 

線を辿った先、

古びた学舎にケーブルは繋がっていた。

 

「………。」

 

立ち入り禁止の錠をこじ開けて、私は中に入る。

学園祭期間は確か、一般公開されていたはずだよね?

線をさらに辿って2階へ。

そして……行き着いたのは屋根裏部屋。

 

「これ…なに?」

 

埃を被った部屋の中で、配線されたレコードプレーヤーとマイクが置いてあった。

 

「まさかこれで…歌を流そうとしていたの?」

 

屋根裏の小窓からの景色は、慌ただしく人々が逃げていく。

怒号も響いていた。

爆発音も。

避難しなきゃいけないのに、トラブルが起きてるみたい。

 

この設備を壊してしまえば、それでおしまい。

うん、みんなは助かるんだよね。

けど、もう始まった混乱は止められない。

 

「……せめて、みんなを手伝わないと。」

 

マリーちゃんの方法を思い出す。

うん、この方法なら…私にもできるかな。

きっと先生、びっくりしちゃうよね。

プレーヤーからレコードを抜き出して、私はそれを傍に置いた。

ごめんね、知らない歌姫さん。

きっと、聴いて欲しかったんだよね。

 

マイクの音源をオンにする。

スマホを立ち上げ、音源を鳴らす。

 

「ーーー大丈夫。たとえ魔女と言われても、………貴方達のために、祈るね。」

 

 

 

ーーーーー

 

「どうしてこんな時まで暴動になるのですか!?」

「ハスミ!大丈夫かい!?」

「先生!」

「ツルギが避難のために抵抗する生徒を追い立てているのですが……。」

 

時刻を確認する。

もう、残り30分を切っている。とても間に合うペースではない。

 

「このままでは間に合いません!!私たちもそろそろ避難をしなければ…!」

 

どこかでスピーカーに音が入る。

まさか、予告の時間より早くセッティングされていたのか!?

まずい!全員歌を聞いてしまう!!

 

「しまった、みんな!耳を塞ぐんだ!」

 

しかし、流れてきた旋律は予想に反するものだった。

 

「〜〜♪」

 

これは…?キリエ?

 

『♪ Kyrie eleison.』

 

「ミカ…?」

 

ミカが歌っている。

讃美歌を。

 

『♪Christe eleison.』

 

惑う人々を導くかの如く。

 

『♪Kyrie eleison.』

 

全員が、その歌を聴き入っていた。

 

曲が終わった後、ミカはあっさりとこう告げた。

 

『びっくりさせちゃってごめんね?大丈夫。レコードは見つけたから。みんな、もう…安心してね。』

 

ブツン、と言う音と主に、マイクが落ちた。

 

「まさかミカ…この暴動を止めるために?」

「奇抜な方法でしたが…効果はありましたね。」

 

私のつぶやくような問いに、ハサミはあっけに取られたまま答える。

 

わずかな沈黙の後、トリニティに歓声が響き渡った。

 

 

 

 

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 

「……ナギちゃん、終わったよ。」

 

私はレコードの電源を落とした後、窓の外から響く歓声を聞いていた。

あとは…セイアちゃんたちがうまくやってくれるよね?

ゆっくりと振り返り、下に戻ろうとする。

 

キィ……パタン。

 

跳ね上げ戸が閉じて、

隠れていた『それ』が姿を見せた。

 

 

「なんで…?」

 

 

鈍い金色のラッパ。

黒く光る円盤。

重厚感のある木の枠。

 

 

魔女へ審判を告げるかの如く、針が落ち、

ゆっくりと円盤が回り始めた。

 

 

聖園ミカは取り外していた円盤を見る。

シールには一言。

 

 

『copy』

 

複製、偽物。

 

そう、レコードはいくつもあった。

 

栗村アイリ。

浦和ハナコ。

シスターフッド。

桐藤ナギサ。

そしてトリニティ総合学園をも巻き込んで。

 

 

それでも終わらない。

なおも悲劇の歌は終わらない。

人魚の残響は、途絶えない。

 

 

最後の一枚、オリジナル。

 

 

 

 

 

 

《AAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!》

 

 

 

 

絶叫が聴こえた瞬間、聖園ミカの意識は闇に引き摺り込まれた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

「ミカ!どこにいるんだ!!」

 

私は必死になってミカを探していた。

どこにあったのか、それさえわかればよかったのだが。

 

「ミカ!」

 

ミカへの着信は繋がらない。

どうして?

 

「……先生!」

「アズサ!」

「無事だったか…。」

「ミカを探しているんだ、見かけてないかい!?」

「ミカ?いいや、見てないが…。」

「一緒に探してくれる?」

「問題ない、行こう。」

 

トリニティ・スクエアを抜けて、

古書館の近くまで来た時だった。

 

遠くからでもわかる、桃色の髪が見えた。

 

間違いない、ミカだ。

 

「ミカ!」

 

遠くから手を振り、ミカに駆け寄ろうとする。

 

次の瞬間、視界が横転した。

 

「……?」

 

何が起きた?

すぐ近くにアズサが倒れている。

 

「くっ……。」

「まさか、撃たれた…?」

 

私を庇ったのか?

ミカの方に視線をやると、

サブマシンガンから煙が漂っていた。

 

「嘘だよ、何かの冗談だよね、ミカ?」

「……先生。どうやら、彼女はアンコールをご所望らしい。」

 

唾を吐き捨て、アズサは立ち上がる。

後ろから足音が聞こえた。

ハナコとヒフミ、そしてコハルだ。

 

「なんで…、なんでよミカ様!!」

「……私とコハルちゃんの時も彼女は最後に罠を仕掛けていました。

なら、計画を止められた時、水無底コトネは逆襲するための手段を用意していてもおかしくなかった。」

「それが……今のミカなのか……?」

「必ず水底に引き摺り込む為。

それが彼女の最後の手段。

おそらく、ミカさんが聴いたのは原本です。」

「レコードの原本?」

「焼き付けた怒り、悲しみ、憎しみ……最も強く刻まれているのは……当然、オリジナルです。なら、その行動も最も強く反映されるでしょう。」

「ということは今まで聴かされてきたレコードは焼き増しってことですか!?」

「はい。おそらくミカさんが出てきたあの建屋の中に、原本があります。ですが…。」

「……つまりミカを倒せばいい。やることはシンプルということだな、ハナコ?」

「そうですね、コトネちゃんの最後っ屁です。」

「言い方なんとかしなさいよ!!」

「……では先生、指揮を。」

 

多くの人を救ったはずのミカが、

このままではまた、魔女と呼ばれてしまう。

声を失い、失意の海の底に沈むほかない少女の憎悪を浴び、泣き叫ぶ他にないミカ。

今のミカは…人魚の代弁者と化してしまっている。

 

「ハナコ、コハル、ヒフミ、アズサ。

本当のハッピーエンドを……迎えに行こうか。」

 

「「「「はい!!!」」」」

 

ネクタイを締め、シッテムの箱を取り出す。

 

『先生、準備OKです。』

『いつでもご命令ください。』

 

アロナとプラナの声。

補修授業部の面々も銃を構えた。

 

一息ついて、私はミカに声をかける。

 

 

「……ミカ、悪い子には補習の時間だよ。

ちゃんと覚えるまで、何度でも言うからね。

 

 

 

 

ーーーミカは魔女じゃない。」

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

《AAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!》

 

絶叫にも近い悲鳴をあげて、ミカはサブマシンガンを乱射する。

 

「アズサちゃん!」

「……わかっている!」

 

ミカに肉薄しながら、アサルトライフルを撃ち込むアズサ。

しかし、

 

「……まるで効いていない。」

 

全くと言っていいほど、ミカにはダメージを与えられていなかった。

反撃にミカがサブマシンガンをアズサに向ける。

直後、ミカの体が影に覆われる。

 

ペロロ人形。

 

ヒフミの投げつけたそれが、ミカの注意を引き、アズサ一瞬の間に離脱する。

 

パパパパパァン!!!

 

銃弾を撃ち込まれあっさりと破裂するペロロ人形。

しかし、ミカの足元にはすでにコハルの手榴弾が転がっていた。

爆風がミカに襲いかかる。

 

「……ヒフミ、コハル、助かった。」

「アズサちゃんが無事でよかったです。

それでも…ダメそうですね。」

 

無傷。

ミカに全く効いていない。

次の瞬間、ミカの銃が凄まじい勢いで火を吹いた。

 

「ハナコ!」

 

ガガガガガガガガガンッ!!!

 

しかし、銃弾はハナコに届くことはなかった。

駆けつけたミネが盾で防いだのだ。

 

「最後はミカさんですか……。」

「ミネ団長、ありがとうございます♡」

「4対1だとしても聖園ミカに挑むなんて…無謀です。」

「それでも、やらなきゃいけないんだ。」

「えぇ、わかっています。」

 

『先生!セイアさんから電話です。』

 

アロナの声が聞こえる。

そのままセイアに繋げてもらう。

 

「セイア?」

『ミカは見つかったようだね。その音からするに、最悪の状況なのだろうが。』

「いいや、まだ終わってないよ、セイア。」

『今そちらにハスミとツルギを向かわせた。ツルギならミカを取り押さえられる。持ち堪えて弾丸を全て撃ち尽くさせるんだ。』

「簡単に言ってくれるね!?」

『……それくらいしかないだろう、ミカを止める方法なんて。』

「ミカを目覚めさせる方法は?」

『………栗村アイリは爆風のショックで意識を取り戻しかけた。

歌住サクラコは伊落マリーたちの歌で。

ナギサは自らに発砲することで体を止めている。

つまり、よほど強いショック、あるいは歌を掻き消すほどの何かをミカに与えれば、一時的だが目を覚ますかもしれないな。』

「そんなのどうするつもり!?」

『残念ながら私には思いつかない、童話でもないからね。』

 

………童話?

人魚。

人魚姫。

童話のお姫様。

 

「………セイア、ありがとう。もしかしたら、止められるかもしれない。」

『先生?』

 

通話を切る。

思いついた方法は…大人として、先生としても…、失格だ。

だが、可能性がある以上は抗いたい。

 

「みんな、まだいけるかい?」

「「「「はい!」」」」

「ミカの動きを止めてくれ。試したいことがある。」

 

《AAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!》

 

ミカの絶叫が響く。

 

「行け!みんな!!」

 

なおのこと激しく抵抗するミカ。

頼む、もう少しだけ我慢していてくれ。

 

「救護!!」

 

ミネが盾を構えて突貫する。

それを避けようと後ろに飛びのくミカ。

しかし、その後ろから爆風が襲いかかる。

コハルがミネの背後から手榴弾を投げつけていた。

 

《AAAaaaaaa!!》

 

「まだだ!アズサ!」

 

すかさず、アサルトライフルを構えたアズサがミカに発砲する。

弾丸はミカに直撃した。

 

しかし、反撃と言わんばかりにまたもや銃口をアズサに向ける。

 

「救ッ護ッ!!!」

 

 

凄まじい金属音と共に、銃口が上に向けられた。

ミネが盾で弾いたのだ。

 

《A.AAaaa.Aaaaa!!》

 

それでもミカは止まらない。

銃を手放すことなく、あらん限りの力で振り下ろそうとする。

が、

 

パァン!!

 

ミカの銃がさらに弾き飛ばされた。

 

「……主よ、我々の罪をお許しください。」

 

後ろから駆けつけた厳しくも凛々しい表情のマリーが、デザートイーグルを構えてサブマシンガンを撃ち飛ばしていた。

 

「先生!今です!」

 

ミネの掛け声と共に、ミカに駆け寄る。

肩を掴み、そして顔を見る。

 

「コトネ、悪いけど、この子は連れ戻させてもらう。」

《A.A..a.a...》

 

泣いていた。

その表情は、意識もないままに涙を流していた。

 

こんな方法をとってしまう以上、

あとでミカに謝らないといけないな。

 

 

「……起きる時間だよ……私の大切なお姫様。」

 

 

 

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 

……漂っていました。

 

……上も、

……下も、

……右も、

……左も、

……前も、

……後ろさえもわからないのに、漂っていました。

 

……聞こえるのは綺麗な歌だけ。

……愛してもらえた日々を振り返るだけの、そういう歌。

……そして、二度と戻らない時間を嘆き続ける歌でした。

 

そっか、帰りたいんだね。

わかるよ。

私もそう。

大切な日々があったけど、もう、手に入らない。

 

だからみんなを連れて行こうとしたんだよね?

学園祭でみんないい思い出を見つけられたから、それを抱えてみんなで眠ろうとしていたんだよね?

前に…進めなくなっちゃったんだね。

 

……見えもしないのに、空気の泡が浮かんでいくように見えました。

 

ずっとそこにいるの?

うん、そっか。

 

ねぇ、みんなは起こしてあげられないかな?

私が、お話し相手になってあげよっか?

シスターフッドのお話はそんなに面白くないよ?

ここ、温かい紅茶も、お菓子もないけど、お話くらいなら付き合うよ?

それでも…ダメかな?

 

……何も、聞こえませんでした。

 

うーん、名前くらいは…聞きたいなぁ。

そうそう、恋ってしたことあるかな?

したことない?

凄く、あったかくて、自分が自分じゃなくなって、ドキドキするんだよ?

きっとキミが歌に恋してたみたいに。

いなくなっちゃったからショックなんだよね?

私の恋バナ、聞いてみる?

歌が好きなら、一緒にラブソング作ろうよ?

歌詞考えてあげるよ?

代わりに歌ってもあげる。

作詞、作曲、聖園ミカ⭐︎なーんて。

 

……ふと、どこかにあたたかいものを感じました。

……見えもしないのに、辺りが明るくなっていくような。

 

うん…、あの人の前でもっとドキドキしてたかったなぁ。

もし会えたなら、いっぱい話してあげる。

起きてみたい?

ほら、おはようの時間だよ?

素敵な目覚まし、聴こえるでしょ?

って…あれ、なんで、私…起きようとしてるんだっけ?

 

……だんだんと白くなる世界。

 

……真っ白に世界が塗り潰される瞬間、耳元にあの人の声が聞こえました。

 

 

「……起きる時間だよ……私の大切なお姫様。」

 

 

 

ーーーーー

 

 

「おはよう、ミカ。」

「……あ、うん、先生…おはよう。」

 

Basis schola の目の前で、聖園ミカは目を覚ました。

 

「……エ、エッ、エッチ!!変態!!死刑!!」

「まぁ…先生ったらなんてお熱い…はぁん…。」

「身悶えしてんじゃないわよ!!」

「あ、あはは……。」

「……想像以上の大胆さだ。」

「せ、先生!」

「なるほど…これが新しいショック療法でしたか…。」

 

ただし、大勢の衝撃と共に。

ハスミとツルギも駆け寄ってくるなり、その状況に絶句した。

 

「駆けつけてみれば……これは…。」

「ぎゃあああああああああ!!!」

「ツルギ!?しっかりしてください!ツルギ!」

「……なるほど、童話のお姫様の約束としては確かにつきものだね。」

「セイア様!?」

 

どうやら、大勢来てしまったらしい。

 

「あ、あの…せんせ?もしかして…これってさ…。」

「本当にごめんね、ミカ。」

「あ、あわ、あわわ…!」

 

先生のバカァ!!!と泣き叫んでミカは走り去ってしまった。

 

「あとで辞表を書こう……。」

「安心するといい、あれはただの照れ隠しだ。問題ないよ。」

 

ゆっくりと近づくセイア。

 

「セイア、そういうことじゃない。」

「だが…あの様子なら大丈夫じゃないか…?」

「え?」

「気がついていないのかい?彼女、完全に意識を取り戻しているぞ?」

 

言われてみるとそうだった。

爆速で走り去ってしまったが、ミカはちゃんと目を覚ましている。

 

「そうだ、レコードは!?」

 

建屋に入り、レコードを探す。

暫くの後、私もミカ同様にそれを見つけた。

 

「……割れている。」

 

粉々に、割れていた。

まるでそこに溜め込んでいた神秘を全て放ってしまったかのように。

ミネからの着信が鳴る。

 

『先生、聞こえますか?』

「ミネ?」

『たった今、連絡が入りました。……生徒たちが目を覚ましたと。』

 

急いで外に出る。

 

「よかった…、本当に、よかったです…!」

 

泣きじゃくるマリーを抱きしめながら、ミネもまた涙を流していた。

遠くではスイーツ部の3人が校舎に走っていくのが見える。

アイリに会いに行ったのだろう。

 

「先生、分かっていると思うが…。」

「そうだね、セイア。」

 

ミカも、ナギサも、シスターフッドも、アイリも助かった。

 

だが、あと1人。

あと1人だけ、まだ、助けられていない。

 

「行こうか、先生。」

「では、私もご一緒に。聞きたいことがありましたので♡」

「分かったよ、セイア、ハナコ。」

 

全ての謎を、解き明かしに。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

煌々と光る街頭を眺めようと、1人の少女が体を起こして窓の外を見つめていた。

 

「はじめまして。」

 

入り口の引き戸が開き、振り返った先にいたのは、

くたびれた服を着た1人の男性。

 

「シャーレの先生って、言えば伝わるかな?」

 

後ろには、浦和ハナコと百合園セイア。

 

「……水無底コトネちゃんだよね?」

 

少女は静かに頷いた。

 

「話、聞かせてもらえないかな?」

 

しかし、その質問に少女は首を横に振った。

 

「予想通り、か。」

 

聞かせないのではない、聞かせられないのだ。

水無底コトネはもう、地上での発声ができなかった。

 

「……目を覚ましたその意味を薄々わかっていると思うが、キミは…失敗したんだ。」

 

こくり、とコトネは頷く。

本来であれば、眠ったままで居続けるのが彼女の結末であった。

 

「コトネちゃん、今から私たちが集めてきた情報での推理をお話しします。あっていれば頷いて、間違っていれば横に振ってください。お願いしますね。」

 

ふぅ、と一息ついたのち、ハナコは話し始めた。

 

「2ヶ月前、実際にはそれより少し前ですが、貴方に一つの異変が起きました。

首元に生じたエラ。

同時に貴方は徐々に声を失いました。

不幸にも貴方は歌が上手なことが災いして、発声方法を調節するなりして、必死に今までの声を保とうとしていた。

ですが、それにも限界が来ていました。

これ以上は不可能と判断した貴方は、ついに歌唱部を去ることにしました。」

 

静かに少女は頷いた。

 

「貴方は寮の部屋を片付け始め、

人目につかない場所で暮らし始めました。

ですが、歌だけはやめられなかった。

貴方は馴染みのいくつかのレコード店に入り浸りながら、音楽に浸っていた。

ですが……もう一つ悲劇が訪れました。

そのお店の閉店が続いてしまったのです。」

 

言葉を詰まらせ始めたハナコの言葉に、セイアは続けた。

 

「……声を失い、拠り所にしていた音楽店すら失っていったキミは、追い込まれていった。まるで陸から追い出される人魚のように。

おそらくだが、どこかでキミは気がついた。

水中でなら歌えること。

そして、歌を聴いた人、あるいは動物が、意識を失うことを。

だが、それはキミをさらに追い込む内容でしかなかった。自分が人からさらに離れていっている事実。想像を絶するものだろう。」

 

少しの躊躇いの後、さらに少女は頷く。

 

「その状況の中で……コトネちゃんはあることを思いつきました。自分だけが、世界から追い出されていってしまう、なら、他の人たちも一緒に来てもらおうと。

1番の方法は、学園祭の中でスピーカーを奪って音楽を流すこと。そうしてしまえば、学園のすべての生徒が歌に堕ちるはずでした。」

「けど、キミはそれをしなかった。わざわざ学園祭が終わってから、あるいはその片づけ期間でキミはあちこちにレコーダーを仕掛けていた。

何故か……、進入できる期間が限られていたという点もあるかもしれないが、

君は聴きたかったんじゃないか?一緒に活動していた歌唱部の歌を。」

 

セイアは続ける。

 

「人や自分を裏切れても、1番愛した歌だけは裏切れなかった。ステージの上で、友と一緒に声を響かせる自分の姿を夢見ていた。

思い出は、汚せなかったんだ。」

「その後、片付けに乗じて貴方はスピーカーを盗み出し、各所に取り付けてからBasis scholaに放送用の仕掛けを行いました。

辿り着いてもタダでは阻止されないように、さらにもう一つレコードを仕掛けて。

全体を狙うだけでなく、個人や各組織を対象にして撹乱を狙う為に、栗村アイリに録音した音声を流し、シスターフッドの聖堂に入り込んでオルガンを壊した後にレコードを設置した。

ティーパーティを狙って桐藤ナギサにレコードを送りもしました。」

「事件が始まれば、キミを捜索する人間が現れる可能性もゼロではない。

だから、君自身が犠牲者になる必要があった。

君は自らを眠らせるつもりでレコードを聴き、

できる限り目立たないようにあのプールで身を投げた。」

「ですが、貴方はその中で怖くなってしまった。

自分のしていることは結局、歌を汚しているのではないか?と。プールに身を投げるより少し前、学内の仕掛けを終えて貴方はそう感じたのではないでしょうか?

だから、貴方は自室と閉店してしまった店舗に少しずつ紙片を残して、罠という形であれ最後の部屋にメッセージを用意した。これから貴方が行うこと、そして、その方法と時刻を。

もし誰かがあなたの凶行を止めるなら、止めて見せて欲しい、と。

そうじゃないでしょうか?」

 

そして私は水無底コトネの物語を締め括る。

 

「『歌は聞こえない』、あれはキミが発したSOSだった。

 

『水の底から、繰り返された信号』(Mermaid Re code)

 

 

水無底コトネ………、君の歌が、やっと届いたんだよ。」

 

 

夜の帷の降りた医務室のベットの上、

先生の言葉を最後に……少女の目から、涙が溢れた。

 

 

ーーーーー

 

水無底コトネは涙を流した。

その様子を3人は眺めることしかできなかった。

泣き叫ぼうにも、その声すらもうなかったのだから。

 

「……見つけたよ。」

 

背後からかかる声。

振り返る先には、聖園ミカがいた。

 

「ミカ…?」

「待つんだミカ、彼女は…、」

「ミカさん!ダメです!」

 

3人の制止に構わず、ミカはコトネに近づく。

 

「………。」

 

抵抗することもなく、コトネはミカを見つめた。

裁かれる準備なら既にできていると言わんばかりに。

 

「………そっか。」

 

膝を少し曲げて、ミカはコトネに顔を寄せる。

 

「やっと会えた⭐︎」

「「「へ?」」」

「うん、可愛いじゃんね⭐︎」

 

ミカはコトネの顔をまじまじと見る。

 

「「「へ?」」」

 

あっけに取られる私たちを置いたまま、ミカはさらに続けていく。

 

「……聴こえたんだよね。真っ暗な海の中でコトネちゃんの歌が。本当に、綺麗だったよ。」

「ミカさん…。」

「もしかしてさ、私の声…聞こえた?」

「待ってくれミカ、どう言うことだ?まさか、君は意識を失っている間に…彼女と会話したのか?」

 

にっこりと笑って、ミカはさらりと答えた。

 

「ううん!全然!!⭐︎」

「ハイ??」

「私が一方的に話しかけただけじゃんね。」

 

3人で盛大にずっこけた。

 

「覚えてないかもしれないから…もう一回だけ言うね⭐︎」

 

ミカは手を、コトネに差し出す。

 

 

 

「コトネちゃん、私と一緒に……恋バナしよ?

一緒に紅茶とお菓子を囲って、いっぱいおしゃべりしようよ?

 

好きな歌を教えて欲しいな。

そしたら、一緒にラブソングを作ろ?

作詞も作曲も、頑張るじゃんね。

それで、今度はどんな人にだって、どんなに遠くたって、絶対に届く歌を作ろう?

 

私、待ってる。

コトネちゃんが私と一緒に歌ってくれるの。

絶対……待ってるから⭐︎」  

 

 

涙を流しながら、聖園ミカは微笑む。

差し出された手を両手で包み、

天使に祈るように…水無底コトネは縋るように、涙を流した。

 

 

 

ーーーーー

 

明るい日差しが差し込むトリニティ総合学園。

ティーパーティのテラスには桐藤ナギサ、百合園セイア、蒼森ミネ、歌住サクラコ、そして私が座っていた。

 

「結局、水無底コトネは学園に戻らないことを選んだのですね?」

「歌うだけで人を操る力を持ってしまった彼女を…ここに置くことはできないだろう。」

「ごめんね、私の力が足りないばかりに…。」

「先生が謝ることではないさ。……どうにもできないこともある。」

 

ティーパーティーのテラスで、桐藤ナギサは紅茶を啜る。

 

……水無底コトネはトリニティを去った。

 

結果的には1人の犠牲もでなかったが、それでも大勢の人間を巻き込んだ責任を、彼女は自ら負う事を選択した。

 

「まさか、こんな方法で学園が崩壊の危機を迎えるとは思いませんでした。」

「予想する方が難しいでしょう。歌を聴いたら終わりだなんて誰が考えつくのですか?お陰様で急病患者でベットが満床だったのですよ?」

「うっ……本当に申し訳ございません……。」

「サクラコが謝る事じゃないよ……。」

 

サクラコは項垂れる。

 

「それにしても、水無底コトネにはどうしてあんな力が…?」

「その答えは、少なくとも今はわからないでしょう、当事者にすらわからなかったのですから。」

「どこかでその類の血を引いていたか、あるいは…、いや、これ以上は考えても無意味だろうよ。」

 

一息の後、セイアは続けた。

 

「さて、ここにとある書類が置いてある。」

「?」

「残念ながら、受領用のハンコを紛失してしまってね。押すことができなくなってしまった。学園祭同様、物品管理ができなくてすまない。」

 

セイアはどこか白々しく、そして情けなさそうに笑った。

 

「……ふむ、このままだとどうにも無くしてしまいそうだな、困った。先生、少しの間これを持っていて欲しい。シャーレの特権で保護している、それだけだからね。」

 

その意味を理解した私は、にっこりと笑ってセイアから書類を受け取る。

 

「そういうことなら、仕方ないね。」

「ーーー神に愛された庭の門を再び叩くときは、温かく迎え入れるさ。」

 

ナギサも、ミネも、サクラコも。

このやりとりを微笑みながら見守っている。

 

「ところで先生、そろそろ時間だろう?」

「サクラコさん、私たちもですよ?」

「ごめんなさい、すぐに支度します!」

「2人も用事なのかい?」

「えぇ…。」

 

私はカバンを持ち、服の襟を正して立ち上がる。

すると、ナギサから声をかけられた。

 

「そう言えば、ミカさんから伝言です。」

「ミカが?」

「『次は、もっとロマンチックなシチュにしてじゃんね!!!⭐︎』………って、なんのことですか?」

「あはは……。」

 

力なく笑う。

 

「ゴフッ!!」

「ナギサ様!?」

 

どうやらトラウマを刺激したらしい、

素早く退散させてもらおう…。

 

「じゃあ、行ってくるね。」

 

ーーーーー

 

 

学園を出て、しばらく歩くと目的の場所に辿り着いた。

自治区内の公民館。

立てかけられた看板には、『トリニティ自治区 音楽祭』の文字が並ぶ。

 

「先生!遅いよ!もうアイリの演奏始まっちゃうって!!」

 

建物の入り口で、カズサが手を振っていた。

傍にはナツとヨシミもいる。

 

「ごめんごめん、すぐ行くよ。」

 

放課後スイーツ部の面々と共に、公民館に入場する。

 

既に会場は多くの人で満ちていた。

 

「うわ、すごい人の数だね。」

「そうだよ、学園祭の時にステージに出てた娘とかもいるんだよ?今回の人気はすごいって。」

「これじゃアイリが前座みたいじゃない!!」

「今回は否定できない……。」

「ナーツー!?」

「いやいや、待ってくれ、話せばわかる!」

「ナツ、そう言って撃たれた時の権力者を知ってる?」

「ま、待つんだ、カズサまっあああああああ!!!」

 

あたりに目を凝らすと、どこかでみたオーバーサイズのパーカーを羽織った少女を見つけた。

 

「こんにちは、アイリ。」

「先生……、この間は、ご迷惑をおかけしました……。」

「アイリのせいじゃないよ。気にしないで。

やっぱり……緊張してるよね?」

「はい…とっても…。でも、不思議なんです。こんなに緊張してるのに、なんだか…上手く弾けそうな気がして。」

「?」

「目を閉じたら…一緒に曲を歌ってる女の子がいるような気がしたんです。ヘン、ですよね…えへへ…。」

「そんなことはないよ。」

「えっ!?」

「大丈夫、アイリは絶対に上手く演奏できる。」

「……ありがとう、ございます!!!」

「さ、みんなのところに行ってあげて。」

「はい!!」

 

元気よく走り出したアイリは、カズサとヨシミに関節技を決められているナツの元に向かっていった。

 

「先生。」

「マリー!?」

 

振り返るとそこにはマリーの姿があった。

両脇には…ペロロの着ぐるみが2人。

親衛隊だろうか…?

 

「はい。実は、私も招待されまして……。」

「マリーのことだったんだね……。」

「?」

「なんでもないよ。」

 

アイリ、これは厳しいかもしれないな……。

 

「大丈夫、応援してるよ、マリー。」

「はい、先生…見守っていて、くださいね。」

「勿論。」

 

ペロロに挟まれつつも、にっこりとした笑顔を浮かべるマリーを見送る。

少し間を置いて、大歓声が聞こえた。

どうやらアンティーク・セラフィムの3人が向こうで揃ったらしい。

 

その後、しばらく歩くと今度は見慣れた四人組の姿があった。

 

「あはは…楽しみですね。」

「ああっ、こんな大勢の人の視線に晒されるなんて…体が熱くなりそうですね♡」

「いい加減にしないとここから叩き出すわよ!?」

「……皆、平常運転だな…。」

 

アズサ、ヒフミ、コハル、ハナコ。

補習授業部の4人だ。

 

「やぁ、みんな。」

「先生!会いたかったです!!」

「私もだよ。」

「先生も音楽祭を見にこられたのですか?」

「そうだよ。」

「……そうか、今日はゆっくりしていってくれ。」

「いやアンタ主催じゃないでしょ!?」

「あはは……。」

 

この4人がいなければ、トリニティは本当に取り返しのつかないことになっていたかもしれない。今日くらいはしっかりと羽を伸ばしてほしいところだ。

 

「そう言えば先生?」

「なんだい?ハナコ?」

「今日の1組目、今まで誰も知らなかった2人組が出るそうですよ?ヴェールで顔を隠した突然参加のダークホース、だそうです。」

「へぇ、それは面白そうだね。」

「えぇ、ぜひ、先生も聴いていってあげてくださいね?」

 

ハナコはにんまりとした笑みを浮かべて離れていく。

なんとも面白そうな情報だ。

私はカズサたちの元に戻り、観客席に腰掛ける。

 

少しの時間の後、ホールの照明が落ち始めた。

 

『大変お待たせしました!トリニティ自治区音楽祭を本日開催させていただきます!』

 

割れんばかりの拍手。

そしてプログラムの紹介の後に、

1組目の発表が告げられた。

 

 

「それではよろしくお願いします!!

今回見事に1番手をもぎ取り、飛び入りで参加した2人組の名前は……!」

 

スポットライトに照らされた中で、ヴェールを被った二人組の少女が拍手と共に壇上に上がる。

1人はグランドピアノに座り、もう1人はマイクを握った。

 

マイクを取った1人は真っ白な翼と桃色の髪。

煌びやかな夜空の色をした黒いドレス。

グランドピアノに座ったもう1人が身に纏うのは、深い深海を表すような紺のドレス。

袖についたフリルは、まるで波のよう。

 

 

 

司会者から告げられたユニット名を聞いて、私は微笑む。

 

 

Starry mermaid.

 

 

どれだけ深い海の底にいても

きっと輝く星空を目指して泳ぐことはできる。

だから、どうか君の物語を諦めないで欲しい。

 

2人のお姫様が奏でる歌を万感の思いで聴き果たす。

 

 

 

 

ーーー最後の一音が鳴り止み、ホールは喝采に包まれた。

 

 

 

Mermaid Record 終




あとがき

初めましての方は、初めまして。
どこかでお会いしている方は、こんにちは。


今回はブルーアーカイブ二次創作 長編小節、Mermaid Recordをお読みいただき、ありがとうございました。


どうにも、いつか忘れてしまいそうな気がするので、後書きという名の書き留めとします。


始まりにあったのは、
『犯人役が物語開始時点から退場(死亡、あるいは意識不明の重体)の状態で、物語はどこまで描けるか』という着想でした。

目をつけたのは、もう20年以上前の作品。
劇場版パトレイバーです。

帆場英一という1人のプログラマーの自殺から始まったそのストーリーは、犯人が作中出ることもなくロボットの暴走によって進行していきます。

とはいえ、オマージュに際して最も似合いそうなのはミレニアムですが、ここはあえてトリニティを選択しました。
キャラクターの読み込みが比較的進んでいるのもありますが、宗教がバックにあり、コンピュータウィルス以外の方法でやってみたくなったのです。

そこで、以前書いていながらも没にしてしまったキヴォトスの怪異シリーズを骨組みに据え、執筆を始めました。

作中、ハナコがコトネの部屋や廃屋を調べるシーンは、原作をオマージュし、都市開発に合わせ次々に取り壊されていく街の集落を調べるシーンを意識しています。

古い音楽店のレコードや蓄音機が無意味に消費されていく様子は、コトネには耐えられなかったのかもしれませんね。

さて、そうして出来上がった物語の中でテーマを人魚に絞り込んだ理由は、
天使をモチーフにしたトリニティ(空)に対して、悪魔をモチーフにするゲヘナ(地)、
ではそれ以外を考えた時に浮かんだものは、海しか出てきませんでした。
神様を讃える讃美歌を対にするなら、海の底から響く嘆きの歌くらいなものです。

そして、犯人を登場させることなく進行するには…、音楽再生機というもっともな手段が自然と残りました。

あとはコトネを死なせて、物語を走らせるだけのはずでした。











………ブルーアーカイブは生徒たちの青春の物語です。
この結末を、『先生』は容認できるのでしょうか?


はい、できませんね。


結局、死なせられませんでした。
助けられなければ、そもそもブルーアーカイブとして破綻するから。

その瞬間、Recordはもう一つ意味を持ち始めました。
全く意図しなかったところから現れたもう一つの意味。
しっかりと読み進めていただいた先生方はもうお分かりですね。

RecordはRe codeへと変わったのです。

SOSへ変わりました。

人を集団自殺させるはずの円盤が、繰り返される救難信号になったのです。

面白いですよね。

コトネを助けようとした瞬間、タイトルが見事に180°反転しました。
神様はそこにいたようです。


懺悔します。
私はどうやらパトレイバーにおける帆場瑛一のように、水無底コトネを神様にできなかったのです。


さて、物語はコトネが声を取り戻すことはなく、音楽祭の席でピアノを演奏して終わりました。
失ったものを取り戻すことは叶いませんでしたが、彼女はきっと素敵な友人と共にこれからを歩んでいくのかもしれませんね。


色々と詰めすぎた作品にはなりましたが、少しでも目を通してもらえれば幸いです。





(終)
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