先に前作を読み進めてもらうことを推奨します。
ーーーーー
……また会ったね、先生。
夢の中で会う様な事はもうないと思っていたのだが、不思議なこともあるらしい。
……心配はいらないよ。この私は唯の案内人。
先に言ってしまえば、今回先生の出る幕はないんだ。本当にその程度のささやかなお話だからね。
ただ少しだけ、とある少女たちの物語を見守っていて欲しい、それだけなんだ。
そう……、これはエピローグの中に差し込まれる、誰も語ることのない物語。
かつて罪を犯した2人の少女の物語。
無邪気な夜の星と、人魚姫の物語。
ーーーーー
目の前に並ぶロールケーキと大量の菓子を見て、私はため息をつきました。
目の前には桃色の髪と真っ白な服装の女生徒。
「えへへ……ナギちゃんから押しつけられちゃって……捨てるのも勿体無いから一緒に食べよ!」
本当なら叫んで言い返したいところですが、私は手元のスマートフォンを取り出し、素早く文字を打ち込んだ後、音声読み上げを起動します。
無機質な機械音声がスマートフォンから流れました。
『あのですね……この量を食べたら体おかしくなりますよ?ミカ様もナギサ様も一体どの様な生活をされているのですか?』
「えー?ナギちゃんこのくらいならすぐ平らげちゃうし、食べた後に運動すれば問題ないよー?」
『それがおかしいと言っているんです!』
聖園ミカ。
トリニティを形成するパテル分派の首長であり、ティーパーティのメンバーである彼女は目の前で頬を膨らませて私に反論してきました。
……いえ、そもそも特別な役職や立場にいるわけでもないはずの私の目の前にいるこの状況がおかしいのですが。
「だってナギちゃんがもっていきなさいって押しつけてくるんたん。」
『こんなに食べられませんよ……。』
「まぁ2人で頑張ろ?」
『ご勘弁願いますミカ様。』
「あ、そうだ!紅茶淹れてあげるね!」
『話聞いておられますか!?』
立ち上がった後、新たに紅茶を淹れようミカ様は自分でキッチンへ行ってしまいました。
……何故この様なことになっているのか。
私は壁際の姿見に視線を移します。
紺色の髪に、青い瞳。
トリニティの白い制服。
そして、首元を隠す様に巻かれた地味な色のストール。
それが私、元トリニティ総合学園2年生、水無底コトネの姿。
「えへへ、ナギちゃん経由でおうち教えてもらっちゃった⭐︎」
思い返すのは数日前。
私が住む丘の上の小さな家屋のドアを開け、目の前に彼女が現れた時の印象は衝撃そのものでした。
「元気してる?差し入れにロールケーキ持ってきたの!」
がちゃん。(ドアを閉めようとする音)
がし。(ドアノブを掴む音)
ぐぐぐぐぐ。(凄まじい力で引っ張る音)
「もー、いくらなんでも恥ずかしがりすぎだよ⭐︎」
閉めようとしたドアはあっという間に全開になりました。
恐怖以外の何者でもないです。
私は思わず尻餅をつきます。
「……あ、そっか。コトネちゃん声出せないんだった。」
尻餅をつき、引き攣った表情を浮かべる私に対して、かつての様にミカ様は手を差し伸べました。
「うん、遊びにきたよ!コトネちゃん!」
ーーーーー
『それで、本日はどの様なご用件で?』
「もー、特に用もないしそもそもかしこまりすぎ!もっとフランクに接して欲しいんだけど?」
『固辞させていただきます。』
「硬いなぁ。あんまりお硬いと人生楽しくなくなっちゃうよ?」
ロールケーキをフォークで刺し、ミカ様はまたもや頬を膨らませました。
「まぁ一応、ないわけでもないんだけどね。」
ポケットから取り出したのは一枚の用紙。
『なんですか?これ?』
「うん、トリニティ自治区公民館の音楽祭!」
トリニティ自治区は総合学園の謝肉祭の他に、公民館での音楽祭も比較的近い時期で開催されている。こちらは学生だけでなくシニア、詰まるところロボットや動物など生徒以外の参加も可能です。
『つまり、出場したいと?』
「うん!」
『拒否します。』
「即答じゃんね!?」
『当然です。……お互いの立ち位置をご理解されているのですか?』
方や、エデン条約の直前にクーデターを企てた身、そして、もう片方に至ってはーーー、
「うん、理解ってるよ。」
『…….…。』
「それでも、コトネちゃんに出て欲しいな。」
『ミカ様、私は……。』
「大丈夫!」
『え?』
「出場枠すでに取ってきたから!」
『はい!?』
「ちょーっとナギちゃんにお願いしてサクサクっとね?」
『横暴です!一体何を考えていらっしゃるのですか!?』
「え?お金欲しいなぁって。」
『まさかの賞金目当て!?』
「うん、最優秀賞のトロフィーをね?確かあれ純金製だから換金すればいい感じにお金になるかなぁって。」
『そんな理由で出場する気なのですか!?』
「ダメ?」
『ダメでしょう!?常識的に!?』
「うーん、お互い常識を語るにはちょっとかけ離れた立ち位置じゃないかなぁ?」
『それを言われると痛いですけど!?』
指が、あまりのレスの必要数に指が痛いです。
ミカ様に全て反応しようとすると指がいくらあっても足りません。
まだピアノを弾く方が遥かに楽ではないでしょうか?
『そもそも、私は……。』
「それについては大丈夫!」
『え?』
ミカ様はガサゴソと紙袋の中から何かを取り出します。
『それ』を見た瞬間、私は海の底にでも逃げておけばよかったと、絶望に叩き落とされました。
「コトネちゃんが歌唱部の子達からピアノ弾けるって聞いたから、譜面持ってきたよ!」
ーーーーー
そもそも、音楽祭まで一週間と少ししかありません。
その様な状態で準備が間に合うのでしょうか?
拒否権も、退路もない私は仕方なく目の前に並べられた楽譜を手に取りました。
『Constant Moderato、
Pixel time 、
Bunny Bunny Carrot Carrot、
その他10数曲以上……よくこれだけ用意してきましたね……。』
「でしょ!?」
『呆れているんです。しかもなんですかHifumi Daisuki って?』
「あ、それたしかナギちゃんが以前創作曲のコンクールで受賞した時の曲だよ⭐︎」
『なんでそんなの持ってきたんですか!?』
「だってかわいいし。」
そもそも誰ですかヒフミさんって?本人の知らないところで楽曲のモチーフにされて演奏されているってあまりにも可哀想がすぎます。
「さ、どんどん選んでこー⭐︎」
『拒否するという選択肢はないんですね……。』
パラパラと捲っていくと、一つの楽曲の名前が目につきました。
徐ろにページを開き、中を確認します。
歌唱部として伴奏を必要とした時には確かに幾度かピアノに触る事はありました。
……そしてまた、あんな事があったのにも関わらず音楽に触れることになっている。
『この曲にしましょう。』
私の反応を見ていたのか、或いはこの曲を選ぶと解っていたのか、ミカ様はにこりと笑って応えました。
「決まってよかった。じゃあ早速練習しよっか!」
『どこでするつもりですか?』
当たり前の疑問に、ミカ様はさらりと返しました。
「勿論、トリニティ総合学園だよ!!」
ーーーーー
『嫌です!!!』
「もー、ピアノが空いているとこなんてトリニティくらいしかないよ?」
全力で首を横に振って拒否を示しますが、ミカ様はどこ吹く風と言わんばかりに私を引っ張っていきます。
こんな細腕でどれだけ力強いんですかこの方は!!?
『わ、わかりました、お願いなのでどうか他の生徒に極力見つからないような場所から入らせてください!』
「えー、堂々としてれば案外バレないとおもうけど……しょうがないなー。」
仕方ない、と言わんばかりの表情をした後、ミカ様は私を連れてある場所に向かいました。
朧げながら見覚えのある街灯の並び、そしてプール。
紛れもなく此処は……、
『旧校舎ですか…?』
「そうだよ?コトネちゃんが見つかったとこ。」
『どんな考えしていらっしゃるんですか!!?』
よりにもよって連れてこられたのは旧校舎。
いえ、別に何か出るとかそういうことではないのですが……。
『あの、わたし、ここで。』
「知ってるよ?」
『他に、場所は、ないん、ですか?』
「ないよ?」
強調するために、あえて言葉を切りながら質問をしてみます。
しかし現実は無常です。
以前私が水中に身を投げた近くで練習してくださいというのですかこの方は!?
そしていくつかの部屋を探索した後、目的の部屋に辿り着きました。
古びた一台のピアノと、窓辺から刺す光。
『…………。』
……その光景はどこか幻想的でした。
「うんしょ、うんしょっと。」
演奏用に椅子を持ってきたミカ様は、ぽんぽんとクッションを叩きました。
「じゃあ早速練習……はじめよっか!」
ーーーーー
「〜〜♪」
早速練習を始めましたが、ミカ様の歌の仕上がりはかなり高いものでした。
『……もしかして、用意していた曲、ほとんど練習されてました?』
「えへへ、バレちゃった?」
『いえ、別に問題があるわけではないのですが……。』
恐らく、ミカ様は私がどの曲を選んでも良い様に短期間とはいえ事前に練習をしていたのでしょう。
さらっと言っていますが、とんでもないことです。
歌唱部に所属していた身としてはあまりにも喉から手が出るほどに欲しい人材でしょう。
いえ、逆に上手すぎるあまりに浮いてしまうかもしれないレベルです。
『頑張らないといけませんね、これは。』
「あんまり気負わなくていいよー?」
発表は1組1曲まで、時間制限は約5分。
練習する曲数は確かに少ないものの、その分より高いレベルが必要になります。
それをこの人は躊躇いなく10数曲以上練習していたのです。
なんというか……少し羨ましい。
気がつけば、外には夕闇が降りていました。
「そろそろ戻ろっか。」
『お疲れ様です、ミカ様。』
殆ど私のピアノの練習になっていましたが、それでも概ねは掴めた様な気がします。
ほぼ通しで弾けたので、この調子でいけば物にできるでしょう。
「ね、ちょっと寄り道しない?」
『門限は大丈夫なのですか?』
「バレなきゃ問題ないって。」
『その発想がそもそも問題な気がしますが……。』
ミカ様に付いていくと、そこにあったのは……プールでした。
「うんしょ…っと。」
『ミカ様!?』
徐にストッキングを脱ぎ始め、真っ白な素足を晒します。
そして、冷たいであろう水の中に足を入れました。
「うーっ、冷た〜い!」
『いやほんとに何をされているんですかミカ様!』
「足湯ならぬ足水かな?」
『この時期にですか!?』
「でも気持ちいいよ?」
そう言いながらミカ様は私に笑顔を向けました。
「コトネちゃんも入ろ?」
はぁ……と声の出ないまま私も靴と靴下を脱ぎ、飛び込み台に腰掛けました。
ひんやりとした感覚が足に広がります。
「このプールはね、私にとっては思い出深い場所なんだよね。」
『思い出深い、場所?』
「ここね、私が先生と初めて2人っきりでお話しした場所なの。」
先生。
シャーレに所属するあの人の事でしょう。
私が先生と言う人物とお会いしたのは救護騎士団のベットの上でした。
勿論、意識がある状態でという意味ですが。
「うん、エデン条約の直前で2人っきりでお話しして、条約の後も、夜に買ってもらったスク水を披露しようとしたらこのプールで警備員に見つかりそうになったり。」
スク水?警備員?夜中?
すみません、私はいったい何を聞かされているのでしょうか?
相引きですか?惚気話でしょうか?
「だからね、すごく悲しかったの。」
『?』
「コトネちゃんに会って、その後このプールを眺めたらね……すごく悲しかった。
私にとっては思い出の多い場所だけど、コトネちゃんにはそうじゃないんだって考えたら、とっても。」
『……だから連れてきたのですか?』
「そうだよ?」
それはつまるところ私との思い出を作るために、私が人目を避けたがることを予見して、その上で此処を選んでいたと言うことになります。
『何故ですか……?』
「?」
『私とミカ様の関係は、第三者から見てしまえば加害者と被害者です。恨まれることはあっても、その逆なんて。』
「綺麗だったから。」
『……え?』
一瞬、思考が止まりました。
「コトネちゃんの歌、綺麗だったから。」
『それは……、』
「言ったでしょ?恋バナしよって。紅茶とお菓子を囲んで、いっぱいおしゃべりしよって?」
驚きを通り越して呆れました。
ここまで本気だったなんて。
『ミカ様……、私は。』
「ミ カ」
『?』
「ミカって呼んでよ?」
『ミカ様』
「ミカ!」
『ミカ様』
「様はいらない!」
『もう予測変換がミカ様なのですが?』
「変更して!!なんならそのスマホ貸して!!」
スマホを取り上げようと手を伸ばしてきたミカ様、しかし。
ズルっ。
「あっ」
『!!』
体制を崩したミカ様が水面に吸い込まれていきます。
私も慌てて手を伸ばそうとして……、
ドボン!ドボン!
派手な水飛沫の音が、二つ立ちました。
全身に広がる冷たい感覚。
その中で思わず私は、
「ミカさん!!」
水中にも関わらず不思議なくらい声がしっかりと伝わります。
ミカ様の手を掴み、そして……。
ザパァ!
「ぷはっ!びっくりしたぁ!ごめんねコトネちゃん!大丈夫?」
プールサイドに放り出されたスマホを取り、震える手で返事を打ち込みました。
『だ、大丈夫です。』
ミカ様を見ると目をぱちくりとさせていました。
「ほんとに水中なら聞こえるんだ……。」
何か別のことに気を取られていました。
そうでした。
水中に入ったことで私は声を出していたのです。
「すごいすごい!もっかい!もっかいしゃべって!」
『いやです!』
「いいじゃん!お願い!」
「『くしゅん!!』」
2人揃って派手にくしゃみをしました。
このままでは風邪をひいてしまうでしょう。
音楽祭どころではなくなります。
「旧校舎の宿直室に確かタオルだがあったはずだからそれ使おう?」
『わ、わかりました。』
続きを打ち込もうとして少し躊躇った後、私はキーボード画面をフリックしました。
『……ミカさん。』
「うん!」
びしょ濡れになった体を拭いた後、その日私達はそれぞれ帰途に着いたのでした……。
ーーーーー
ミカさんと練習を始めてからの数日は、飛ぶ様に過ぎました。
人目を避けつつとはいえ旧校舎でピアノを引く日々は気が付けば自然と楽しいものになっています。
《ごめんね、ちょっとナギちゃんセイアちゃんとお話あるから少し遅れるね(>人<;)》
ミカさんからのモモトークのメッセージに、《わかりました。》と打ち返した後、つまづきやすかった箇所の練習を始めました。
練習を始めてから少しだけ時間が経った頃でしょうか。
パチパチパチとドアの入り口から拍手が聞こえました。
桃色のロングヘアーの生徒が入口にいます。
その姿には見覚えがありました。
私が目覚めた時、先生と共にいた生徒の1人です。
「こんにちは、お邪魔しております。」
むしろ旧校舎にお邪魔しているのはこちらだと思いますが、彼女はそう挨拶しました。
「浦和ハナコです。この様な場所でお会いできるなんて奇遇ですね。水無底コトネさん。」
『…………。』
「ご心配なく。この間ピンクの髪の毛のついたタオルが2枚使われていたので誰かと少し気になっていただけなんです。特に咎めたりする気はありませんよ。」
浦和ハナコ。
トリニティの才女とも呼ばれる彼女が、目の前にいました。
「ピアノ、練習されているんですね。」
ゆっくりと歩み寄ってきた後、譜面台に掛けられた楽譜を見てハナコさんは私に微笑みました。
「いい曲を選ばれたと思いますよ?ええ、とても。ここにいる理由も凡そ察せます。ですが、動機が少しだけ見えませんね。」
『動機……?』
「はい。あなたが本気で嫌がれば、恐らく彼女も諦めたのではないでしょうか?」
『…………。』
彼女はすでに私がミカさんと音楽祭に出ようとしていることを察しているのでしょう。
私が本当に嫌だと拒否すれば、確かにミカさんは諦めたのかもしれません。
「だからこそ、気になったのです。コトネさんが何のために演奏をするのか。
当然ですが、今度の音楽祭には貴方と少なからず関係のあるであろう栗村アイリさんやシスターフッドのサクラコさんも参加されます。その状況下で出演すると言うのは少なからず大きな決断かと。もしよければ教えていただけませんか?」
すこしのためらいの後、私は文字を打ち込みました。
『別段特別な理由はありません、無理やり誘われただけです。参加資格自体も問われているものではないですから。』
「なるほど。ですが、そうと言い張るには少しばかり浮かない表情をされている気がしますね。」
『………。』
図星でした。
「私には、貴女がまだ理由を見つけられていない様に感じられます。いえ、今も心のどこかで探しているのではないでしょうか?
償いであれ、彼女への恩返しであれ、貴女が迷いなくピアノを演奏する為には、貴女自身理由をしっかりと自覚していること。
一番不足している部分は、そこではないでしょうか?。それを見つけられない間は、貴女の音色は曇ったままだと思います。」
『それは……。』
「私ができるアドバイスはこれくらいです。貴女が舞台の上で、自信を持ってその理由を響かせられることを、期待しております。」
『……。』
「それともう一つ。」
『何ですか?』
「今回の最優秀賞のトロフィー、聞くところによれば純金製とのことですが、ここは残念ながらキヴォトスです。十分お気をつけくださいね。」
ひらひらと手を振って、ハナコさんは部屋を後にしました。
……音一つない部屋の中には、私とグランドピアノだけが残されました。
『今度はどこへ連れて行く気ですか!?』
「いいからいいから⭐︎」
本番も迫ってきたある日、私はミカさんに手を引っ張られ、トリニティ自治区の商店街に来ていました。
「うん、到着したよ!」
目の前にはかなり高そうなお店。
ショーウィンドウに並ぶ『それ』をみて私は察しました。
『ド、ドレスを買う気ですか!?』
「流石に高いからレンタルだけどね?だって本番の時に制服のままで出たらすぐ分かっちゃうし。」
ミカさんにしろ私にしろ、素顔や制服を晒したまま出場すれば大きな顰蹙を買うリスクが十分にあります。
「身バレ防止ってことで、一応顔はヴェールで隠すつもり。あとはそれに似合うドレスかな⭐︎」
そこから先は大変でした。
ミカさんはあれでもないこれでもないとドレスを試着し倒し、結局決めるのに4時間も掛けました。
「うん!これでオッケー!」
選んだのは、煌びやかな黒のドレス。
その色はまるで夜空の様な色味をしています。
『私はこれでお願いします。』
私は地味なブラウンのドレスを選び、店員に依頼しようとしたところ、
「ちょーーーっと、まった!」
『!!?』
ミカさんに凄まじい勢いで止められました。
「コトネちゃん!?そんな地味なの選んだらダメだよ!?」
『いえ、音楽祭である以上求められるのは演奏と歌唱ですから、ドレスは最低限質素なもので』
「良いわけないでしょ!!!!?」
思いっきり怒られました。
「いい?コトネちゃん、女の子の大舞台なんだよ?それなのにそんな地味なドレスで済ませようなんてダメだよ!狙うは最優秀賞、演奏だけじゃなくて格好も十分人目を引くものを選ばなきゃ!」
『あの、できれば質素なものが』
「却下!!」
そこから先はさらに大変でした。
ミカさんは3時間掛け私に似合いそうなドレスを選び倒し、
試着のために試着室に私を連れ込みます。
『あの、自分で』
「スマホ邪魔!」
「ーーー!」
スマホをひったくられ、更に着ていた制服を脱がされます。
待ってください、私ミカさんみたいにスタイル良くないんです。
自分で言うのも何ですがかなり貧相な部類で、あっやめてください!
そこ敏感なんで、あああっ!!
声が出せないことをこれほど恨んだことはないと思います。
肩や脇、お腹などを触られ、ドレスのチャックを締めるために背中を触られます。
「……本当に首元にエラがあるんだ……えい⭐︎」
「ーーーーーッ!!!???」
首のエラを触られた瞬間、全身から力が抜けへたりと座り込みます。
だ、ダメですミカさん、そこだけは絶対に、
「スカーフ巻くからじっとしてるじゃんね⭐︎」
「ーーーーー!!!!!」
ーーー今日一番の、声にならない悲鳴が店内に響き渡りました。
「うん、ごめんね……ちょっとやりすぎちゃった……。」
力なく壁にへたり込み、ビクビクと痙攣する私を見てミカさんは申し訳なさそうに言いました。
『決まった様で……よかったです……。』
これほど感情を乗せて発声できないことが恨めしいことはないかもしれません。
「でも、ちゃんと似合ってるよ。うん、可愛い!」
漣の様な波をあしらったフリルと紺色のドレスに身を包んだ私がそこにいました。
首元には同じ紺色のスカーフ。
「すみません、これでお願いします。」
ミカさんは会計を済ませ、その後制服に服を戻して、店を出ました。
「あはは、ごめんね?」
『……エラに触ったのだけは絶対に許しません。』
「ロールケーキ奢るから!」
『何でまたロールケーキなんですか!?』
そんなやりとりをしながらその日は解散したのでした……。
ーーーーー
「リハーサル中止!?」
ミカさんの素っ頓狂な声が受付に響きました。
『どういう事ですか?』
「はい、実は最優秀賞の方に贈呈されるトロフィーが盗難されまして……。」
「嘘でしょ!?」
覆面用のヴェールで顔を隠しながらリハーサルに来ていた私たちは、受付から告げられた内容に衝撃を受けました。
まさかのトロフィー盗難。
セキュリティどうなってるんでしょうか……。
確か純金製と聞いていましたが、目をつける人間がいても何らおかしくないはずです。
「犯人に心当たりはあるの?」
「犯行声明と思しきコメントがネットの掲示板にあったらしく……『我々は音楽による平和を心から憎む者である。音楽祭による心の一体化など到底認められない。よってこのトロフィーは我々が頂戴し、バイキングの費用に充てるものとする。byヘルメット交響楽団』……と。」
『いや最後思いっきり食費に当てるって書かれてますよね?』
海賊行為のバイキングと食べ放題のバイキングでうまい掛け合わせを作っている様に見せていますが、その実ただの盗難です。
そもそもなんですかヘルメット交響楽団って。
「つまり、トロフィーを取り返してくれば何の問題もないよね?」
『あの、いくら何でもそんな簡単に見つかるわけ。』
「もしもし、ナギちゃん?」
『その通話は私たちの覆面の意味がなくなりますからやめてください!!!』
あっという間にナギサ様に電話をかけ始めるミカさん。そんな人前でナギサ様に電話したらバレますよ!?
大急ぎでミカさんを受付から遠くに追いやります。
電話が終わったのち、ミカさんは戻ってきました。
「うん、とりあえず電話したから多分そんなにかからずに取り返せると思う。」
『はぁ……。』
「まぁ、気を取り直して旧校舎で練習しようよ。」
『そうですね……。』
振り返り、出入り口に向かって歩こうとした時、1人の生徒と肩がぶつかってしまいました。
「きゃっ。」
ごめんなさい、と言おうとしましたが声は当然出るはずもなく、女生徒は床に尻餅をつきました。
「いたた……。」
サイズの合わない水色のオーバーシャツ。
薄緑色のリボンと黒檀色の髪。
「ごめんね、大丈夫?」
ミカさんが少女の手を掴み、引き上げて立たせます。
『……。』
ヴェールの中で、私の顔はきっと引き攣っていた事でしょう。
栗村アイリ。私がかつてmp3プレーヤーを送り、手に掛けかけた人物だったのです。
ーーーーー
「あの……こちらこそ、ごめんなさい。大丈夫でしたか?」
心配そうな表情を向ける彼女を前に、私はただコクコクと頷く他ありませんでした。
「……覆面参加って、珍しいですね。」
ジロジロとした視線が私とミカさんに突き刺ささります。
「う、うん、ちょーっと相方が恥ずかしがり屋さんすぎてね?うん、とっても演奏の腕は立つんだけど、そ、そのね?」
ミカさんの必死のフォロー。
「わ、私もすごくわかります!緊張しちゃって、今にも消えたい!っていいますか。」
違うんです、今にも消えたいのは私の方です。
今なら水に飛び込めば泡になれるのではないでしょうか……?
「あぁー、うん!そうだよね!すごくわかるじゃんね!ア、アイリさんは今回どうして参加したのかな……?私はこの子を参加させてあげたいなーって思ってエントリーしたんだけど!」
「わ、私ですか?じ、実はある日突然推薦のお手紙とmp3プレーヤーが届きまして!」
「す、すごいと思うよ!推薦もらえたなんて誇れるんじゃないかな?」
「え、えへへ……。」
違うんですミカさん、そのプレーヤーも私が送っているんです。
たしかに以前彼女たちのバンドを聴いて、推薦を勝手ながらしたのも私です。
けど、私が……栗村さんを……、
「だから、もしこのホールにその子が来てくれていたら、聴かせてあげたいんです。」
『……?』
「色々あったのかもしれないけど……私は、『生きています』って。辛いこともいっぱいあるけど……それでも、栗村アイリは前を向いて歩きますって。」
返事を打ち込もうとしたスマホが、手から滑り落ちました。
「あ、大丈夫ですか?」
慌ててスマホを拾い上げる栗村さん。
私は、そんな彼女の手を両の手で掬い上げる様に、スマホを受け取りました。
『きっと……届きますよ。』
「ありがとうございます!」
「じゃあ、そろそろ行こっか?」
『はい。』
栗村さんに手を振り、入り口へ2人で向かいます。
「あれ……私、名前を言った記憶ないんだけど……何で知ってたのかな……?」
彼女のそんな呟きは、私たちの耳に入る事はありませんでした。
「想像以上に、強い子だったね……。」
『そうですね……。』
知らずとはいえ、自分の命を奪いかけた相手にそう言い切れる心の強さは、とても羨ましく感じました。
……以前Sugar Rushバンドの演奏を聴いた時に感じたものは、もしかしたら、そんな彼女たちの強さだったのかもしれません。
ーーーーー
トリニティの旧校舎で練習を再開しようと2人で戻る途中、ミカさんのスマートフォンが着信音を響かせました。
「あ、もしもしナギちゃん?もしかして分かった?」
電話の相手は、先ほど連絡をとっていたナギサ様。
「うんうん……それで?……ふーん……。」
ミカさんの表情が、無邪気な表情からコロコロと変わり、最後にはまるで悪戯を思いついた子供の様な表情を浮かべました。
「ねぇ、コトネちゃん。」
『なんでしょうか……?』
「いいニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちから聞きたい?」
すごく嫌な予感がします。
『いいニュースからお願いします。』
「実はトロフィー泥棒さんたちがここから離れてない場所で十数人が集まっているのを目撃されたんだって。」
『悪いニュースは?』
「回収部隊の手配が取れてないってことかな。」
『つまり?』
「私に取り返してこいって⭐︎」
『冗談ですよね!?』
ナギサ様はミカさんをどういうふうに見られているのでしょうか?
ご友人とミカさんからは聞いているのですが?
「まぁ、場所さえわかっているなら取り返せると思うよ?」
実際、ミカさんの実力なら確かに可能かもしれません。ですが……。
『それ、トロフィーが最悪壊れる危険性ありませんか?』
「え?」
キョトン、とした顔を見せるミカさん。
それもそのはず。ミカさんが本気で戦う、あるいは相手がトロフィーを盾にしてくる様なことがあれば……。
「あー……確かにそれはあるかも。じゃあ陽動作戦はどうかな?私が暴れてる隙にコトネちゃんがこっそり……。」
『私はそこまで戦うのも潜入も得意じゃないです。』
「えー、じゃあどうするの?」
大人数を無力化できる方法を用意した上で奇襲するのが理想です。
しかし、その様な方法があるわけ……、
『あっ。』
「コトネちゃん?」
もしかしたらですが、可能かもしれません。
ですが……相応にリスクもある方法です。
『ミカさん。』
「なあに?」
『少し、お手伝いいただけませんか?』
ーーーーー
「やぁ、体調はどうだい?」
トリニティを去る前、事件が収束して、私がまだ真っ白なリネンのシーツの上に伏していた頃の話です。
夜空を窓越しに見つめていた私の元に病室のドアを開けて入ってきたのは、ティーパーティのセイア様でした。
近くの椅子に腰掛けたセイア様に対して、私は筆談をしようとメモに文字を書き付けます。
『平気です。それで、こんな夜分に何か御用でしょうか?』
「……キミの今後の話をしに来たんだ。」
『……。』
「現状、一部の生徒とシャーレの先生を除いてキミがあの事件を引き起こしたと知っている生徒はいない。」
『……つまり?』
「キミさえ良ければ、トリニティで再び学生生活を過ごすことは不可能ではないんだ。
確かに、その首元に関しては何かしらの工夫が必要かもしれないが。」
『……心遣いはありがたいですが、私の気持ちは変わりません。』
「……そうか。」
セイア様は、どこか窓の向こうの空の遠くを見つめます。
「……綺麗な星空だね。まるで吸い込まれてしまいそうなくらいには。」
『?』
「……たとえキミがトリニティを去ったとしても、恐らく1人くらいは、お節介さんがきっとキミを訪ねてくるだろうよ。」
『来なくても結構です。もう、事件を起こす理由もありません。』
「理由がなくても、人と人は会いたがるものさ。」
『…………。』
今にして思えば、これはきっとミカさんのことだったのでしょう。
「だが、キミがそれを望むなら仕方ないね。書類を用意しておこう。」
『ありがとうございます。』
セイア様は、私を穏やかな目で見つめます。
「……少し、キミの力について思索をしていたんだ。」
『私にとっては、望んでいない代物です。』
「そうだろうね。」
けれど、とセイア様は続けました。
「どうにも私は、キミの神秘がただ人を水底に引き摺り込むだけのものには思えなくてね。
本質、と言うものは事象の影に隠れてしまうことが往往にしてある。
そも、歌とは何だろうか?
本来の意味とは、神に対して訴える声、あるいは祈る声を指すと言う。
ここだけの話だが、私も本心を歌にして唄うこともあるんだ。
故にこそ、あの時キミが何を歌に込めて歌ったのか。そう考えずにはいられない。」
『ごめんなさい、要点が掴めないのですが……。』
セイア様の瞳が、じっと私を見つめました。
「すまなかったね、話を戻そう。
水無底コトネ、キミの神秘はーーー」
ーーーーー
「こいつを換金すればしばらくの間は食うに困らないな!」
「早速ブラックマーケットに行きましょうボス!」
「フォアグラ!トリュフ!ビフテキ!」
「いやいやここは新しい楽器の新調もですね!」
雑居ビルの一室で、十数人の生徒が屯していた。
リーダー格と思われる人物の手には、金色に輝くトロフィー。
彼女たちの組織名はヘルメット交響楽団。
自分たちの音楽こそが至高であり、それ以外の音楽など到底認めないと言う過激な思想を持つどこにでもいる不良生徒の集まりであった。
キヴォトスにおいてはこの程度の集団などそうそう珍しくもない。砲火と銃撃の絶えないこの世界ではむしろ一般的とすら言えるだろう。
「何言ってるんだ、まずは資金繰りと明日のご飯のために換金で入手した資金は使うと決めただろう!」
故にこそ、彼女たちはトリニティ自治区音楽祭の最優秀賞トロフィーを盗むと言う思想に至ってしまった。
競い合うためのシンボルを奪ってしまえば、音楽祭を中止に追い込めると判断したからだ。
……もしもここで正義実現委員会に制圧されていたのであれば、まだ幸運であっただろう。
しかし、彼女たちはこの後、何よりも恐ろしい体験をすることになるとは露ほども思っていなかったのだ。
皆、一様にトロフィーを手に入れたことの高揚感で警戒心などとうに薄れていた。
……入り口の扉の前に人が立っていることなど、気にも留めない程度には。
部屋の中にノイズ混じりの微かな音が響く。
「なんだ?」
そのわずかな音を聴き、1人の団員が疑問の声を上げた。
「オイオイ、まだ勝利の歌を歌うにはちょっと早いぜ?」
「いや、誰も歌ってないぞ?」
「は?」
ノイズがだんだんとおさまり1人の少女の歌声が聴こえ始める。
美しい、とても美しい歌声であった。
透き通るような綺麗さを持った。
一体誰のものだろうと、皆が疑問符を頭に浮かべる。
しかし、その疑問符から先を続けることは誰1人としてできなかった。
突如、ぐらりと、視界が揺れる。
その歌声は、あまりにも美しかった。
美しいがあまりに、その内側に孕むものを誰もが感じ取ってしまったのだ。
混じり気のない静かな、怒り。
歌声に込められた怒りは聴衆の脳髄を激しく揺らし始める。
襲いかかる眠気。
嫌が応にも瞼が落ち、目の前が闇に覆われる。
まるで真っ黒な水中に引き摺り込まれるような感覚。
そして、誰もがその深淵の内に見る。
大口を開け、わずかな光を受けて光ギザギザとした棘、否、歯。
誰も声を上げることも叶わず、ただ恐怖の中で水無底の怪物に呑まれていく。
……かつて百合園セイアは口にした。
『誘い』と『共鳴』。
これこそが、水無底コトネの神秘の本質であったのだ。
ーーーーー
『……もういいですよ、ミカさん。』
「本当に……これ、コトネちゃんがやったの?」
『はい。』
ミカさんは部屋の中の光景を見て、ただただ驚いていました。
『これが、私の持ってしまった神秘です。』
部屋に転がるヘルメット団は、誰もがうなされたような表情を浮かべていました。
きっと醒めない悪夢の中にいることでしょう。
セイア様は言いました。
『誘い』と『共鳴』。
事実、この神秘に気がついた時に歌に込めてしまった感情は、悲嘆そのもの。
生きることへの絶望。
人の形から離れていくことへの恐怖。
悲嘆を込めてしまった歌がもたらした結果は、学園を崩壊させる一歩手前でした。
ですが、セイア様は私の神秘の性質を読み解くことで解釈を与えたのだと思います。
歌に込めた感情によって、実際の効果に変化があるのではないかと。
そして、どうやらそれは当たっていたようです。
目の前で眠るヘルメット団は以前のように誰一人として起き上がって水辺に向かうこともなく、ただただうなされているばかりです。
『とりあえず、今のうちに彼らを拘束しましょう。』
「うん、そうだね。」
結束バンドを使い彼らの手足を縛り、身動きを取れなくします。
「オッケー⭐︎……でもこれ、どうやってみんな目を覚ますの?」
『録音したボイスレコーダーを壊せば目を覚まします。』
「え、そんな簡単でいいの?」
『はい。』
これも猫などの動物相手で試した結果ですが、歌を直接録音した媒体を破壊することで、眠りから目を覚ましていました。
「あとは、ナギちゃんに連絡して……と。」
『ミカさん。』
「?」
『幻滅……しましたか?』
正直、恐ろしいと思われても仕方ないと思っていました。
この力を私は以前、無理心中のために使ったのですから。
「全然⭐︎」
『え』
「キヴォトスじゃこのくらい、きっとなんてことないよ。聞いた噂だけど怪我をしたらどこからともなく瞬時に現れる生徒や謎の生き物を生み出す生徒がいるなんて話もあるくらいだよ?予知夢をしょっちゅうみる子だっているくらいなんだから驚かないって。」
『ミカさん……。』
「まぁ、さっきのコトネちゃんの行動には驚かされたけどね。」
『それは……。』
「いきなりボイスレコーダーと結束バンドをホームセンターで買ったと思ったら、
今度は私に耳栓を渡してレンタルルームに入るなり服を脱ぎ始めるんだもん……そりゃ驚くじゃんね。」
『い、言わないでください!準備のために必要なことだったんです!』
「まさかこの状況で同衾するつもり!?なんて一瞬疑っちゃったよ……。」
『水中にいないと歌を歌えないから浴槽に水を張っただけです!
耳栓はミカさんが歌を聴いたら巻き添えになるからです!
服だって濡れると大変ですから仕方なく。』
「まさか、コトネちゃんに拘束趣味があるんじゃないかと……。」
『違います!!!』
その後、正義実現委員会のトロフィー回収部隊が雑居ビルに入るのを確認してレコーダーを破壊しました。
きっと驚き、恐怖したことでしょう。
悪夢から覚めた後にはツルギさんの顔があったのですから。
その後も私は誤解を解くために必死の弁明をすることになりましたが、ミカさんの表情はどこか楽しそうでした。
ーーーーー
旧校舎の音楽室で、ピアノの音と一人の少女の歌声が響きます。
一曲通しで弾き終えた後、私はスマートフォンを手に取り感想を打ち込みました。
『……かなり仕上がったと思いますよ。』
「ありがと、コトネちゃん。コトネちゃんの演奏もいい感じじゃないかな?」
トロフィーを取り返した後、私とミカさんは旧校舎の音楽室で練習を再開しました。
この一週間程の間に幾度となく練習した音楽はすっかり弾きこなせるようになっています。
「本当に最優秀賞狙えるかもね?」
『流石にそれは言い過ぎですよ。』
「そうかな?」
リハーサルの時に受付名簿をチラリと見ましたが、そこにはあのAntique Seraphimの名前がありました。謝肉祭の時にはかなりの人気を博したと聞いています。
それ以外にもシニアから参加する団体でいくつか見覚えのある団体の名前もありました。
当然、栗村アイリさんや私が所属していた歌唱部の名前もです。
『…………。』
少しだけ、窓の外を眺めます。
ーーー何のために、ピアノを弾くのか。
数日前にハナコさんから問われたこと。
ずっと心のどこかで引っ掛かっていたこと。
きっと私が、本番までに答えを見つけなければいけない命題。
初めは、ミカさんに無理やりにエントリーさせられて。
練習を始めてからは、やはり自分が歌を使っての大きな事件を引き起こしてしまっても尚、音楽が好きという事実を受け入れ始めました。
事件が終わり、ショックを受けてもおかしくない状況にも関わらず気丈に振る舞えるアイリさんを見て、人の強さを。
セイア様の助言とヘルメット団の件を経て、自分の神秘への向き合い方を。
不思議なことに今は、その理由を自覚できたような気がするのです。
『…………初めてミカさんと会った時、私はここで裁かれるんだろうなって、そう思っていました。正直、驚きました。
いきなり、恋バナしよ⭐︎なんて言われたんですから。』
「……コトネちゃん?」
『でも、あの時、私は救われたんだと思います。ミカさんが差し伸べてくれた手が、私を赦してくれたんです。』
私はミカさんに深く頭を下げる。
『ありがとうございます。ミカさんのおかげで……今の私がいます。』
「え、ええっ!?私そんななにもしてないよ!?」
『そんなことは、ないです。』
理由、やっと、見つけました。
……罪も、罰も、赦しも、祈りも。
……私はすでに受け取っていた。
……ミカ様も、私も、どのような形であれ償いはこれからもきっと続くのでしょう。
でも、それは私が音楽を続ける理由ではないから。
『……頑張りましょうね、ミカさん。』
そんな私の表情を見て、ミカさんもどこか安堵した表情を浮かべました。
「……うん。」
夕暮れは夜の闇に染まり始め、窓の外からは星が見え始めていました。
「そういえば、発表順、私たちがトップバッターだって。」
『え?全く聞いてないですけど?』
「うん、リハーサル中止の影響で必要な準備が少ないチームが前に送り出される流れになったみたい……。」
『荷が重すぎませんか……?』
「まぁ、気楽に行くしかないじゃんね!」
ついでに兼ねてから疑問だったことをぶつけてみます。
『ところで、私たちのグループ、ミカさんはなんて名前で登録していたのですか……?』
「え!!?話してなかったっけ!?」
『はい。』
「え、えっとグループ名は……あのね……?」
ーーーーー
ーーー音楽祭当日。
……ホールの舞台袖にいる私たちの元に、司会の声が響きます。
「大変お待たせしました!トリニティ自治区音楽祭を本日開催させていただきます!」
司会の声に合わせて、大きな拍手が湧き起こります。
「もうすぐ本番だね、コトネちゃん」
『はい。』
覆面ユニットで出場すると事前に決めていた通り、私とミカさんはヴェールで顔を隠していました。
気がつけばあっという間の一週間と数日だったと思います。
ふと、気がつくと自分の手が少し震えています。久しぶりの発表会で緊張していると今になって自覚しました。
「大丈夫だよ。」
きゅ、と優しく手を包み込んでくれる感覚。
ミカさんが私の手を両手で包んでいました。
私も残った手を更に添えます。
……二人、祈るように。
「それではよろしくお願いします!!
今回見事に1番手をもぎ取り、飛び入りで参加した2人組の名前は……!」
紹介を受け、スポットライトを浴びながらステージに二人であがります。
ホールを埋め尽くすほどの観客がそこにはいました。
きっと、アイリさんやかつて私がいた歌唱部のメンバー、ハナコさんに先生もいらっしゃるのでしょう。
大丈夫。
言葉には聞こえないけど、ミカさんがまたそう言ってくれたような気がしました。
楽譜を立てた後ピアノの椅子に腰掛け、ミカさんはマイクを持ちます。
指を鍵盤にそっと添えます。
〜♪
軽やかで、それでいて寂しげな前奏。
でも、少しずつ盛り上げていきます。
明日への希望をそれでも持ちたくなる、そんな曲。
前奏を終え、ミカさんが歌い始めます。
「♪ Star is up in the sky and everything feels so right.
♪Whenever I look up in the sky it looks just like you.」
ふと、最初の歌詞が少し違うことに気がつきました。
いえ、音程もほぼ変わっていません。
ですが、僅かに、ほんのわずかに歌詞が違う。
少し弾き続ける中で、気がつきました。
『(そっか、ミカさん……。)』
「♪ For my life, I waited for love in my dream
I've been waiting for you so long」
「♪Whenever the sea is down, you know that I recognize」
この歌は、私に宛てた歌なんだと。
僅かに変えた歌詞の部分は、『太陽』が『星』や『海』に置き換えられています。
私がミカさんの為にピアノを弾いていたように、ミカさんもまた、この歌を私のために歌っていたのです。
……なら、
ミカさんの想いに応えるように、気がついたことをアピールするように、私はほんの少しだけ音を強くします。
「………♪」
ちらりと、ミカさんが私を見たように見えました。
お互いが互いを思い合って紡ぐ音楽。
「♪For my life, I waited for love in my dream
I've been waiting for you so long
My feeling's getting deeper, Day by day getting sweeter.」
もうすぐ、曲も終わってしまいます。
声も出ないのに、まるで、私自身がミカさんの声で歌っているような、そんな感覚。
「♪From the star I got to know your name
All the memories you left in my heart
It just feels so wonderful I wanna say Thanks to your love.」
最後のサビ、そして……。
「♪Forever long thank you, good luck!」
目の前の譜面はもう、涙で見えなくなっていました。
それでも曲を覚えた指が、自然と最期を紡ぎます。
最後の一音。
弾き切ったことで上がっている誰にも聞こえないくらいの息遣い。
静かに、でも、大きく。
割れんばかりの喝采がホールを包みました。
ユニット名、Starry Mermaid.
選んだ曲は……、Thanks to 。
こうして、私たちの発表は無事に終わりを迎えたのでした。
ーーーーー
「やっぱり、惜しかったねー。もぐもぐ。」
『流石に彼女たちには敵わないですよ。
それはそれとして……、何でまたロールケーキなんですか?』
音楽祭から数日後、ミカさんは私の部屋でテーブルの上にこれでもかとロールケーキを並べていました。
「またナギちゃんに持たされちゃって……」
『あのですね……こんなの絶対体おかしくなりますって!』
「もうおかしいのかも……。」
『救護騎士団に行ってください。』
「やーだー!ミネ団長の注射何故か他の人にする時より太いんだもん!!!」
『ミカさんが頑丈だからではないですか?』
「ちょっと!かわいい乙女にその発言は酷いよ!?」
『自分で言わないでください、かわいいことは認めますが。』
「やった⭐︎」
あの後、音楽祭の最優秀賞は、Antique Seraphimの3人が受賞していきました。
無理もありません。ライブ中、先生含めほぼ観客席の全員がサイリウムを持ちながら立ち上がって一緒に振り付けを踊り始めるという有様でした。
流石に次元が違いすぎたと思います。
受賞の際にマリーさんが照れながら、サクラコさんが「わっぴー!!!」の掛け声でまたも客席を沸かせ、ミネさんが頭を抱えていたのがとても印象に残っています。
アイリさんは放課後スイーツ部の面々に涙で迎えられていました。
弾き切ったことが、彼女にとっては何よりも誇らしかったのでしょう。
かつて私が所属していた歌唱部の発表は、もう私がいなくても問題ないと分かって、どこか安心しました。そして同時に、そこにいたかもしれない自分を思うと、少しだけ涙が流れました。
そんな私を見てか、ミカさんは何も言わずに、私を抱きしめてくれました。
帰り際、ハナコさんとすれ違った時には、
「貴女の答え、見事でしたよ。」
と、声をかけてもらえました。
きっと、私が出した答えも演奏も、どちらも満足してもらえたと、そう思います。
『ミカさん。』
「どうしたの?」
『本当は、最優秀賞を取ることが目的じゃなかったんじゃないですか?』
ふと、沸いた疑問。
そんな私の問いに、ミカさんは微笑み返しました。
「……そうかもね。私にとっては、コトネちゃんと出場して思い出を作るってことが、何よりも大事だったのかも。」
『今更ですが、どうして、そこまで……?』
「わかんない⭐︎」
『えっ?』
あっさりと返された答えに、私は呆気に取られました。
ここまできて、分からない……?
「でも、学園祭の思い出が辛いだけで終わっちゃったら、きっと悲しいと思うよ?だから、ね?」
たしかに、そうかもしれません。
私にとっての謝肉祭は、水無底に身を投げる前の最期の一時でした。
せめて、向こう側で反芻できる思い出を。
そう思いながら過ごしてしまっていたのは確かです。
……あの音楽祭は、私にとっての謝肉祭の延長戦、だったのかもしれません。
「ね、次はそろそろ作曲と作詞してみよ?」
『気が早すぎますよ。』
「そんなことないもん!ナギちゃんやセイアちゃんも誘うじゃんね!」
『圧迫面接みたいで嫌です!!』
ニコニコと笑みを浮かべるミカさんを見ながら、私は姿見に視線を僅かに移します。
紺色の髪に、青い瞳。
トリニティの白い制服。
そして、首元を隠す様に巻かれたストール。
それが私、元トリニティ総合学園2年生、水無底コトネの姿。
ーーー人魚に覚醒めた悲嘆から、かつてトリニティを歌で海に沈めようとした生徒。
私はこれからも後悔と償いを抱えていく。
きっとそれは、今後も変わらない。
でも、少しだけ、少しだけ変わったことがあるのなら。
穏やかな笑みを浮かべつつ、ミカさんからもらった光を受けて煌めく青いストールを少しだけ直して、私は質問する。
『……ジャンル、何にしますか?』
そんな私の問いに、ミカさんは満面の笑顔で応えました。
「勿論、ラブソングで⭐︎!!」
ーーーーー
やぁ、いかがだったかな。
罪を背負った二人の少女の物語。
でも、きっとそれは絶望に彩られたものでは決してないはずだ。
見届けてくれて、心から感謝しているよ。
さて、そろそろ朝のひばりが鳴く頃だろう。
キミももう、目を覚ます時間だよ。
人魚姫の物語は、一度ここで幕引きだ。
え?どうして私なんかに?だって?
ふふ……きっと無邪気な夜の星の、きまぐれだよ。
Starry Mermaid (終)
お疲れ様でした。
いかがだったでしょうか?
声を失ったコトネの手に入れた日常。
どうかこれからも穏やかに過ごしてほしいですね。
それでは。