ーーーーー
……この景色は、きっと私への罰。
辺りに見える色は、灰色。
木々も蔦も、全てが灰色。
それがこの化け物への罰。
此処なら誰も来れないから。
一人で最期を迎えます。
囀る小鳥も、動物ももういないけど。
それが私に相応しい。
だってもう此処は……、
……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の庭だから。
ーーーーー
『先生、ご協力いただきたい事があるのですが、大丈夫でしょうか?』
モモトークに入った1通のメッセージ。
そのメッセージを元に私はトリニティ総合学園を訪れていた。
「こんにちは、先生。お会いできて嬉しいです。」
声をかけられた方向を向くと、茶髪のツインテールとメガネが目に映る。
図書委員の円堂シミコの姿がそこにあった。
「私も、会えて嬉しいよ。」
案内されるまま、図書室の方へシミコと一緒に向かっていく。
その途中、今回シミコが私に助けを求めた理由を聞いてみた。
「詳しく話を聞かせてもらえないかな?」
「はい、実は図書室から無断で本を持ち出す生徒がいまして…。」
「シミコなら簡単にいつも捕まえてないかい?」
「それが……持ち場から少し目を離したりした瞬間に、本を持ち出されているんです。」
シミコの目を掻い潜って本を借りていくというのは、ある意味すごい特技かもしれない。
「本を元の位置に戻しに行っている間に、いつの間にか本を持っていくんです。」
「ちなみにどんな本なんだい?」
「『植物の育て方大全』、『綺麗に枝葉を揃える方法』、『世界の園芸技術』、植物がらみの本が多いですね。」
「その生徒の名前は?」
その質問に対して、シミコはなぜか少し躊躇うような表情を見せた。
「……古紅マナ。
園芸部の一年生です。」
ーーーーー
その後、私とシミコは学園の庭ではなく図書室に陣取っていた。
理由は単純、マナが本を借りに来る瞬間を取り押さえるためである。
「マナさんは本を借りてから2日以内の放課後に必ず返却して次の本を借りていきます。
そして、今日はその2日目。つまり、確実にマナさんが現れるはずです。」
「すごいね、利用者の行動パターンまで頭に入っているなんて」
「はぁ……それだけやられた回数が多いと言うことです。では、私は植物関連のコーナーで構えておきます。
先生は机の下に隠れていてください。
入り口に近いので、彼女は必ずこの机の前を通ります。」
「そこを捕まえれば良いんだね?」
「はい。では、よろしくお願いします。」
そう言ってシミコは席を立ち、離れていった。
辺りは静寂に包まれる。
10分、20分……どれだけの時間が経過しただろうか。
しゅる……。
「?」
衣擦れのような、何かが地面を擦る音が聞こえた気がした。
机の隙間から辺りを見てみる。
何も見当たらない。
しゅるしゅる……。
またも何かを擦る様な音。
やはり誰かいるのだろうか?
恐る恐る机の下から顔を出し、辺りを見回した。
しかし、先ほどまでと何も変わらない無人の空間が広がっている。
「気のせいか……。」
再び机の下に身を入れようとした瞬間、
視界の端に、白いロープが見えた。
「へ?」
白いロープは地面に垂直に立っている。
いや、おかしい。
ロープが垂直に立つなんてことはあり得ない。
白いロープと見間違えたそれは……、
「シャーーー!!!」
1匹の白蛇であった。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!へ、蛇ぃ!!?」
驚きのあまり後ろずさろうとするが、
盛大に転び尻餅をついてしまった。
直後、スタスタと誰かが脇を通り抜ける様な音。
「せ、先生!?今行きます!」
シミコが音を聞きつけ、こちらに向かってくる。
体勢を起こして辺りを見回すもすでに誰もいない。
「シミコ!もう室内に入ってる!」
「観念してください、マナさん!!」
静かながらも凄まじい剣幕で図書室内を探し回るシミコ。
いくら図書室が広いと言えど、こうなれば見つかるのは時間の問題のはず……!
すると部屋の奥の方、白い人影が小走りで書棚の間を抜けていくのが見えた。
「シミコ、あっちだ!!」
自らも部屋の隅に少女を追い込む為に、二人がかりで包囲網を形成する。
そして、ついに少女の姿を視界に収めた。
小柄で真っ白なロングのウェーブヘア。
その肩には先ほど驚かされた1匹の蛇。
彼女が古紅マナ?
「申し訳ないけど、一回捕まってもらうよ!」
周りから見た姿はどう見ても幼い少女に近づく不審者そのものだが、今は彼女を捕まえるため。
それ以外に他意はない!
「こ、来ないで……。」
そうは言ってもシミコの依頼である以上仕方がない。
ジリ、とさらに詰め寄ろうとしたその瞬間、
「来ないで!!!」
宝石を思わせる様な赤い瞳が目に映った。
途端、
「えっ?」
動かない。
一歩たりとも、指先一つに至っても、ぴくりとも動かない。
いや、動けない。
なんだ、これは。
「……ッ!!」
それを見逃さないかの様に、少女は私の脇を脱兎の如く駆け抜けようとした。が、
「逃しませんよ!」
ドターン!!
横から飛び込んできたシミコが私もろとも少女に体当たりをかましたのだ。
「ごっふぉお!」
脇腹に凄まじい衝撃。
3人とも本棚に激突する。
直後、体に自由が戻った。
「きゅう……。」
白髪の少女は見事に気絶していた。
「やりましたね……先生。」
「うん、目的達成……かな。」
「……騒がしいと思って覗いてみれば、いったい君たちは何をしているんだい?」
シミコと共に床から視線を上に向ける。
美しい金髪と優雅に垂れる金の尻尾。
肩には一羽のシマエナガ。
「セ、セイア……様?」
ティーパーティの1人、百合園セイアが私たちを呆れ顔で見下ろしていた。
ーーーーー
「全く、どのような経緯かは知らないが、一番静かにすべき図書委員が大人と一緒に騒ぎをして、挙句1人の生徒に2人がかりで襲いかかると言う絵面は十分に誤解を与えると思わないかね?」
「「マッタクオッシャルトオリデス……。」」
「…………。」
優雅にソファーに腰掛けるセイアの前に、私とシミコ、そして古紅マナは正座していた。
「先生、これでも私は君を思慮深い人間として認識しているんだ、あまり私の解釈を歪ませないでくれ。」
「善処します……。」
「それと……マナ、だったね?園芸部の。」
「セイア様、マナさんのことをご存知なのですか?」
「深い関係というわけではないさ、園芸部はトリニティ全般の植栽への手入れをしている。彼女たちはティーパーティの所有する植物園や学園内の植栽の担当を請け負っているからね。必然、彼女を目にする機会があったというだけさ。」
「あ、あう……。」
「ただ、このような形で出くわすことになるとは思わなかったよ。いつも遠巻きに作業をしている様を見ているだけだったからね。」
「ええっと、マナちゃん。」
「ひゃ、ひゃい!」
受け答えを見るに相当の人見知りのようだ。
返事が全て上擦っている。
「どうして、シミコに断りを入れずに本を借りていたんだい?」
「え、えっと……。」
マナはシミコに視線をやるものの、すぐさま逸らしてしまった。
「こ、怖かったんです……」
「怖い?」
「図書室には、す、素手で不良生徒を倒す剛腕図書委員がいるって聞いてて……」
どうしよう、あながち間違っていない。
「だ、誰が剛腕図書委員ですか!?」
貴女です、シミコさん。
「まぁ、そのあたりにしてあげたまえ。マナ、それはあくまでルールを守らない生徒に対する対応であって普通に利用する分には何の問題もない。そうだろう?シミコ。」
「それは、そうですけど。」
「それに力が強いと言っても、あくまで一般的な範囲の強さで理由があって振るわれるものだろう。その程度じゃ怖がる必要もないさ。」
明らかに特定の生徒を指している気がするが多分突っ込んだら負けだろう。
そうなれば最後、命の保証がない気がする。
「とは言え、どのような経緯であれ、こうして接点を持ち誤解を解く機会を得た。なら次からは普通に利用できるだろうよ。」
「そうですね、マナさん。図書室は普通に利用していただく範囲であれば、特に問題はないです。……怖がらずに声をかけていただきたいです。」
「は、はい……。」
彼女のきゅっと握り込んだ小さな手を見て、私はあることに気がついた。白く綺麗ではあるものの、所々切り傷が見える。真新しいものもあり、傷の生々しさが窺えてしまう。
「ごめんね、その……手、大丈夫かい?」
「あ、だ、大丈夫、です……。その、園芸活動の一環で怪我しただけなので……。」
マナはこちらにすごく怯えた目を向けてくる。
第一印象は最悪だったかもしれないなぁ……。
「必要ならば、救護騎士団を手配するが?」
「あー、それなら大丈夫。」
近くの古そうな本棚を手で触り、なぞる。
「痛っ。」
「大丈夫ですか先生!!?」
「ほらね。」
「その呼び出し方はどうなんだい……?」
案の定、棚のささくれが指に刺さり怪我をした。
そして素早く現れる救護騎士団の鷲見セリナ。
トリニティの敷地内だと出現速度がさらに早い。
「ごめん、ささくれ刺さっちゃった。」
「先生、ささくれでも感染症の危険があるんですよ!?」
素早くピンセットでささくれを引き抜き、消毒手当てをしてくれるセリナ。
「ありがとう。それと、その子の手も一緒に手当てしてあげてほしい。」
「えっ、あ……はい。」
「セリナ?」
「……大丈夫です。」
先程のシミコの躊躇ったような態度、そしてセリナの今の反応、これは一体……?
「……。」
セリナから目を逸らしながら手当てを受けるマナ。
「これで大丈夫ですよ。」
「ありがとう……ございます。」
「…………やはりか。」
「では、私はこれで失礼します。」
処置を終えた後、セリナはすぐに図書室を出ていってしまった。
それも、酷く周囲を気にするように。
「シミコ、マナが借りたがっていた本を案内してあげたらどうだい?」
「わ、わかりました、セイア様。マナさん、ご案内しますね。」
マナを連れていくシミコ、後には私とセイアの2人が残された。
「その様子を見るに……君は、知らなさそうだね。」
「どう言うことだい?」
「この学園における……、彼女の立ち位置だよ。」
シミコが躊躇いながら名前を話した事、先程のセリナの反応。それはまるで……、
「怖がられている……?」
「その通り。私は噂話はあまり信じていないが、残念ながらこの学園は噂話を好む気風が強い。」
シマエナガを撫でながら、セイアは淡々と告げた。
「古紅マナ、ーーー彼女の瞳を見た人間は不幸に遭う。」
ーーーーー
「不幸に、遭う?」
「そう。何を持って不幸の定義とするかは人それぞれだが、概ね不幸な噂話には蓋然的な事象がある。
目の前を黒猫が通り過ぎた。
大切な人からもらった贈り物が壊れる。
そして、古紅マナについては彼女の眼を見てしまう事、それが該当する。
人という生き物は事象の事象、その狭間に関係性を見出さずにはいられない。それが不幸な事なら尚更にね。
気がつけば彼女を見ると不幸に遭う、なんて噂話が出来上がってしまっていた、という事だ。」
「酷い話だね……。」
「出来れば解決してあげたいが、肝心のマナもあのように人目を避け続ける振る舞いをとってしまっていた。結果、話が段々と膨らんでしまっていたんだよ。」
だが……、とセイアは続ける。
「先生の協力があれば、少し改善するかもしれない。これは、希望的観測かな?」
「期待に応えられるかは解らないけど……、セイアがそう言うなら、頑張ってみるよ。」
既にスタートの時点から失敗している気がするが、最善を尽くそう……。
丁度、シミコとマナの2人が本を持って戻ってきた。
「あ、あ、あの!お勧めしていただけるのはう、うれしいですけど……!」
「いえいえ、このくらいは慣れてますから!」
…………人1人分を軽く超えそうな高さの本を持った状態で。
「……あながち噂も間違いではなかったようだね。」
「シ、シミコ!?いくらなんでもその量は無理だよ!!?」
小柄なマナが確実に潰れかねない量はまずいと思い、慌ててシミコを静止したのであった……。
ーーーーー
「ところで、セイアはどうして此処に?」
「そうだね……。いつもであれば、蔵書は取り寄せているが偶には私の手で本を探してみようと思ってね。すると君たちに出くわしたという次第だよ。」
「それ、ナギサに心配されたりしないかい?」
「勿論、秘密裏に出てきているさ。彼女が心配なのは理解しているが、部屋の中にずっといるのもそれはそれで不健康だろう?」
「どうやって?」
「ちょっとした魔法の箱を使ったんだよ。」
「魔法の箱……ですか?」
何故だろうか、迷彩服の工作員が脳裏に浮かぶ。
「ふふっ、まぁ、秘密というものだね。もしよければ、マナが担当で世話をしているティーパーティの植物園を見に行くのはどうだろう?」
「わ、私のですか!?」
あたふたと慌てるマナ。
「わ、私も行っても良いのですか?」
「構わないよ。それと、2人ともそんなに畏まらなくていい。そこの先生のように振る舞われるとそれはそれで問題だが……。」
なんて事を言うんだセイア……。まるで私が不審者のようじゃないか。
「はぁ……まるで私が不審者じゃないか?と言わんばかりの顔をしているが、残念ながら十分不審な立ち振る舞いだったと第三者の視点から言わせてもらうよ。
それに、私もこの状況に出くわしてしまったおかげで、時間を余分に取ってしまったからね……。このまま隠密で自室に戻るには少し苦労しそうなんだ。だが、先生と一緒ならナギサもそこまで怒らないだろう。2人は私と先生のわがままに付き合わされた被害者の立場でいてもらえれば問題ない。」
優雅に袖を揺らしてセイアは私たちに背中を向ける。
「さあ、自然と触れ合う一時としよう。」
ーーーーー
「凄い……。」
植物園を見たシミコから出てきた感想は、たったの一言であった。
様々な文学を読みトリニティの蔵書の全てを読み切ったと言われる彼女が文字通り言葉を失っている。
青々と生い茂る草木。
色とりどりに咲いた花。
ティーパーティの所有する庭はセイアやナギサに呼ばれた際に幾度か目にすることがあったが、初めて見た時は私もその美しさに言葉を失った。
鳳仙花、卯木、ニコチアナ、ギョリュウモドキ、コデマリ。
種類を数えればキリがないだろう。
「コレ、全部マナさんが?」
「わ、私はただ教えてもらっただけで……。」
「そう謙遜することはないさ。確かに彼女は初めは教わってはいたが、此処最近はほぼ1人で植物園を世話している。」
「1人で!?」
少なく見積もってもテニスコート3つはありそうな空間だ。とてもじゃないが1人で世話し切れる量ではない。それをマナ1人で見ていると言うのか?
「凄いですよ!」
「あ、あうぅ……。」
「軽く歩いてみるといい。それとマナ。」
「はい、セイア様?」
「できればその白蛇をよく見張っておいて欲しい。」
うん、なんとなくそんな気がしたけど滅茶苦茶セイアのシマエナガを狙っている気がする。
「こ、こら、シア、だめ!」
白蛇はどうやらシアというらしい。
ちろちろと鎌首をもたげている蛇をマナはなんとかシマエナガから遠ざけようとしていた。
セイアに促されるまま、植物園を歩いていく。
「あっ……。」
途中、マナが何かを見つけた。
一本の薊の花が、わずかに枯れかけている。
「……。」
マナは薊にわずかに触れる。
「マナさん?危ないですよ?」
「だ、大丈夫。もう心配ないから。」
素早くマナは立ち上がり、後ろ手のままこちらに戻ってきた。
「…………。」
その様をセイアは少し後ろから眺めているが、表情は怪訝そのものであった。
「い、行こう?」
そのままマナの挙動不審がちな説明を受けながら、植物園を一周する。
「マナさん、いつも頑張っていたんですね。私、感動しました!」
「そ、そんな……。」
「委員長もこのくらい外を出歩いてくれていれば……はぁ……」
「残念ながら彼女の引きこもり具合は筋金入りだからね、早々は治らないだろうさ。」
「こんなところにいたんですね!セイアさん!」
「あぁ、残念だ。ついに見つかってしまったね。」
振り返った先にいたのはセイアと同じくティーパーティの桐藤ナギサの姿。
「先生までいらしたとは。それに、確か図書委員のシミコさんと園芸部の…?」
「古紅マナちゃん、だよ。ナギサ。」
「失礼しました。それはそれとしてセイアさんはまた勝手に……!しかも此処は本来」
「私が許可した、それだけだよ。彼女たちに非はない。」
「不必要な行動は控えてくださいと言っているんです。」
「やれやれ、じゃあ先生、シミコとマナを頼むよ。と言っても出入りはマナがよく知っているから問題ないだろうが。」
ナギサに連れられていくセイアを見送る。
「マナさん。」
「な、なんでしょうか……?」
「図書室の前に花壇を作りたいって言ったら、協力してもらえますか?」
シミコからの提案。
「い、いいですけど….どうして?」
「図書館って今は外装を緑化するなどして自然と触れ合えるようにしようとする場所も増えているんでます。なので、その一環です。」
きっとシミコなりにマナとの接点を維持する方法なのだろう。
「わ、わかりました。」
「では先生、私たちもそろそろ戻りましょう。」
「そうだね。」
ふと、胸ポケットが軽くなっていることに気がつく。
「ごめん、ペン落としちゃったみたいだ。一周探してきていいかな?」
「わかりました。」
「し、失礼します。」
2人を見送り、ぐるりと元来た道を引き返す。
ペンはあっさりと見つかった。
「あれ……?」
その時、視界の端に先程までなかったものが目に映る。
「枯れかけてたはずじゃ……?」
アザミ。
4人で訪れた時に萎れかけていた薊の花は、今は生き生きとした様子を見せていた。
そして、一枚の葉の上。
「……これって。」
緑色の中に一つ小さく見える、紅。
……その葉は、先程古紅マナが触れていた葉であった。
ーーーーー
「先生にまで付き合っていただけるとは思いませんでした。」
「まぁ、乗りかかった船みたいなものだからね。私も手伝うよ。」
翌日、私はシミコ、マナと共にD.U.シラトリ区で買い物をしていた。
マナ曰く園芸用用品の購入はシラトリ区まで出てくることが多いらしい。
見かけによらず、意外とアクティブなのかもしれない。
「ガ、ガーデニングで難易度が低い植物はペチュニアがおすすめです。初心者の方によくおすすめされます。環境が良ければ、秋まで咲くこともあるので……き、きれいになると思います。
贈り物にも、選ばれることもあるんです。」
「そうなんですね。ちなみにですが……、花言葉はご存知ですか?」
「ピンクが『自然な心』、紫が『初恋』、し、白が『青春の喜び』です……。」
挙動不審ながらも答えていくマナ。
やはり、植物に関しての造作は深いようだ。
「では、黒はなんでしょうか?」
「……危険な恋、です。」
「よく知ってますね!凄いです!」
少女2人のそんなやりとりを眺めながら、マナが必要とする品物を探す。
ちなみに白蛇のシアは、マナの髪の毛の中にうまく入り込んで隠れているようだ。
1匹とはいえ結構な重さだと思うが平気なのだろうか……?
ガーデニング用の鉢と土を購入し、郵送の準備をしてもらう。
「……うむむ……こういうの、私も似合うんでしょうか……?」
3人で店を出た時、軒先で1人の少女が花を眺めていた。
妙に聞き覚えのある声をしている。
いや、というよりも、見覚えのありすぎる髪色だ。
「……レイサ?」
「え、あ、はい、そうですが……って先生!!?」
「ええっ!?レイサさんなのですか!?」
間違いなくこの髪色、この声のトーン。
トリニティ自警団の宇沢レイサ本人である。
しかし、いつもは二つ結びの髪の毛が今は結ばれておらず、ゆったりと下りている。
通りで一瞬気づかなかったはずである。
「もしかして……イメチェンした?」
「誰がイメチェンですか!スケバン退治の際に髪留めを無くしてしまったんですよ!!!」
「ス、スケバン……?」
「そのとおりです!!!私こそが並み居るスケバンを打ち倒し、トリニティに愛と平和をもたらす正義の騎士!その名を!宇沢レイサ!!!!!」
「また名乗り変わってない?」
「最近のヒーローものは名乗りがコロコロ変わるものあるそうなので問題ありません!!!」
「そっか……。」
「今ならサインもおつけしますよ!!!未来のヒーローである私のサインは確実に価値がつきますからね!!!」
「いや、それはどうかと思うんですけど……。」
「さぁ、そこの方も私と握手です!」
「えっ、あっ、あの。」
ズイ、とレイサがマナに近づく。
その時、
「シャーーー!!」
「うわあぁぁぁぁぁ!!!蛇ぃぃぃぃ!!!!!」
マナの髪からシアが飛び出し、レイサの鼻面に噛みつこうと仕掛けた。
「な、なんですかそれ!!!なんで髪の毛の中に蛇がいるんですか!!!」
驚きのあまり、レイサは銃を手に構えてしまう。
「あ、レイサさん!!?」
「レイサ!落ち着いて!」
シミコと私が揃ってレイサを静止しようとした、その時であった。
「ダ、ダメ!!!」
「「…………えっ?」」
静止している。
まるで時を止められたかのように、レイサは銃を構えたポーズのまま固まっていた。
これは……初めて私がマナに会った時のような状態なのか?
そしてマナはすぐさまレイサの射線から外れる。
外れ終わった直後、レイサは動き出した。
「な、な、なんですか今のは一体!!!?」
「あ、あ、わ、わた……わたし……!」
後退り、怯えた表情を浮かべるマナ。
しかし、レイサはすぐさまマナの手を掴んだ。
「凄いじゃないですか!!!!!一体どんな方法ですか!?1ミリたりとも動けませんでした!凄いですよ!!!是非やり方を押してえてください!!!」
「こ、怖く……ないの?」
「微塵も!!!」
「えぇ……。」
うん、レイサはこういう子だったね……。
「そういえば名前を聞いていませんでしたね!!!」
「こ、古紅マナ……です。」
「覚えました!今度会う時はその必殺技の攻略方法を考えてきますからね!お近づきの印に今回はこちらをお渡ししましょう!!!
レイサがポケットから何かを取り出す。
「スズミ先輩謹製の閃光弾です!!!」
「いやなんてものを渡しているんですか!!!」
素早くシミコがマナから閃光弾を奪い取る。
「そ、そんな……。」
「没収するに決まっているじゃないですか。そんな物騒なものを渡さないでください。」
「うぅ……。」
「ところでなんでこのお店の前に?」
「あー……いや、別に特に用事があったわけではないんですが……その、ただ、気になっただけと言いますか。」
バツが悪そうに髪の毛を触る彼女。
軒先に並んでいたそれは、
「勿忘草……だよね。」
青い小さな花を咲かせた勿忘草が並んでいた。
「いえ、別に綺麗だなとか、そういうふうに思ったりしたわけじゃないですよ?間違っても杏山カズサに渡してやろうとか一切思っていませんので!」
「て、店員さん。勿忘草1束お願いします。」
「ガン無視ですか!!?」
マナはレイサの話を途中で放り投げ、勿忘草をさっさと購入してきた。
そして、そのうちの一本を取り出して、レイサの背後に回り込む。
「ちょ!なっ!」
「い、いいから。」
レイサからマナが離れる、すると。
「あっ。」
レイサの目立つ髪は勿忘草でゆったりと結ばれていた。
「ひ、日持ちはしないけど、植物で髪を結ぶこともできるんです。勿忘草はじょ、丈夫なので……。」
「花言葉は、『真実の友情』でしたよね。」
「うん。」
マナから勿忘草を渡されたレイサはしばらくショーウィンドウに映る結われた自分の髪を眺めていた。
「あ、ありがとう……ございます。少し気恥ずかしいですけど、嬉しいです。」
「よく似合ってるよ、レイサ。」
「せ、先生まで言わないでください!」
「あっ、先生。」
「シミコ、どうしたの?」
「本屋さんによってもいいですか?新作の本が出たそうなので、もし良ければ購入して読みたいんです。」
「いいよ。」
「わ、私も行きたい。園芸本あるなら……買いたいかも。」
「私もご一緒します!」
シミコの案内でそのまま本屋に向かう。
マナに結われた勿忘草の髪留めは落ちることなく、しっかりと揺れていた。
ーーーーー
キィ……。
重々しい扉を1人の少女が開く。
「……驚きました。まさか貴女が来られるとは。」
ソファーから1人の少女が立ち上がり、来訪者を迎えた。
「何のようですか?」
「君なら、おそらく調べてくれるんじゃないかと期待してね。」
「調べ物……ですか。一体何を?」
「すんなりと受領してくれるのかい?」
室内の照明が、ゆらゆらと揺れている。
「はぁ……貴女からの依頼を断れるほど、私は偉くないですから。」
「そうか……、ここに『蛇』を扱う文献はどのくらいある?古ければ古いものほどいい。」
「数えるだけでも数百はくだらないかと。」
「では、キーワードを追加してみよう。『血』、それと『石』だ。」
「ほとんど答えに近いじゃないですか。
そして、それを貴女が直接調べにきたということは、もう、事態が切羽詰まっているということですよね?」
「……流石だね。」
「あとから聞きましたが、『人魚』の時は相当危険な事態だったそうですね。」
「ふむ、それは誰から?」
「……浦和ハナコですよ。」
「君に事情を伝えていたということは、今後類例が発生する危険を憂慮していたんだろう。」
「ですが、何故私を?貴女はほとんど答えに近づいています。今更答え合わせをする必要もないはずです。」
「そうだね……普通なら、必要はないかもしれないね、古関ウイ。」
「?」
来訪者、ーーー百合園セイアはウイを見つめる。
「まさか。」
「君の後輩は、どうやらこの物語の主人公になってしまったらしい。歪で、奇妙で、そして、突飛な物語の、ね。」
ーーーーー
「着きましたよ、先生。」
レイサを新たに加えた私たちは、シミコの案内のもと目的地に到着した。
「このショッピングモールはキヴォトスで一番の規模なんです。中に入っている書店も同様にキヴォトス一のものになります。最近購読している小説の新刊も出ているので、是非マナさんにも読んでもらいたいと思いまして!」
「え、ええっ!こ、こんなに人がいっぱい……。」
「ひ、人が多い……。」
「簡単に迷子になれそうだね……。」
実際に入ってみると、その広大さに驚かされる。
フロアは三層ほどに分かれており、中央が吹き抜けていた。そして下階から見上げればどの層も人が多く見受けられる。
実際はゲームやレンタルCDのコーナーなども複合した施設であり、全てが本屋というわけではないがそれでも十分な大きさといえる。
そんな折、私は視界の隅にあるものを見つけた。
「ああっ!」
「先生?」
「デ、DXカイテンジャーロボゴールドエディションが店頭に!クッ!先月出費がすごくて購入を諦めた一品が目の前に……!!」
「いや先生、仮にも生徒の前ですよ?」
「いいや限界だ!買うね!」
ロマンはあらゆるものに優先される。
きっとナツだって同意してくれる!
生徒3名の視線が少し痛いがこんなの我慢できるはずがない!!
「こ、こういうのも趣味にもてば交友関係って広がるんですかね……?(ヒソヒソ)」
「いえ、レイサさん。おそらく広がらないのでやめた方が良いかと(ヒソヒソ)」
「わ、私もあんまり……うん……。」
やめてください、メンタルが死んでしまいます。
「まぁ、全員で同じ行動を取る必要はないので時間を決めて集合としましょうか。1時間後にここで。」
「そうだね……。」
「私は……どうしましょうか……。」
「何言ってるんですか?レイサさんも一緒に、ですよ?」
「え?」
「前回の定期考査、赤点ギリギリですよね?」
「なぜそれを!?」
「読書が嫌いなレイサさんでもしっかり読み込める本をご用意しようと考えていたので!!さぁ、行きますよ!」
「なんでぇー!うわ!力強!?先生助けてくださいー!」
ごめんねレイサ。学業の邪魔をすることはできないんだ、先生だから。
シミコに引き摺られていくレイサに小さく手を振りつつ私は目の前の夢の一品に視線を向け直していた。
「ああ、あの夢の合体シーンを再現できるギミック付きなんてなんで最高なんだろう。」
「激しく合体し合う瞬間の音、脳を流れる快楽信号、やはり合体はロマンがありますよね。」
「そうだよ、コレだから合体ロボはやめられハナコォ!!?」
突如差し込まれた会話に自然に返してしまったが脇を見るとそこには浦和ハナコの姿があった。
「こんにちは、先生。こんなところでお会いするなんて奇遇ですね。」
ーーーーー
「こんにちは、先生。」
にこやかに手を振るハナコに私はひきつった表情のまま挨拶を返した。
「こんにちは、ハナコ。ど、どうしてここに?」
「あら先生、そんな悪戯がバレた子供のような顔をなさらないでください。私は合体ロボットに対して造作が深いわけではないですが、男性が胸焦がれる理由というのは理解はできますよ?そう、接合する瞬間の音とか、精神の合一がなされるかのような描写とか、一万年と二千年前からの告白とか、」
「ストップ、ハナコそれ以上いけない。」
とりあえずハナコの合体ロボに対する妙な偏りがあることは理解した。
場所を変え、適当なベンチに2人で腰掛ける。
「それはそれとしてどうしてここに?」
「私も実は本を探しにきていたのです。先生も興味ありますか?新しい扉を開く機会かもしれませんよ?」
……多分本の中身は聞かないほうがいいだろう。
「先ほどいらした3人の生徒さん、シミコさんに、レイサさん、それと……古紅マナさんですよね?どのような経緯で3人が行動を共にしているのかは存じませんが。」
「そうだけど……それがどうかしたの?」
「いえ、少々珍しいなと思っただけですよ?特に、マナさんがこうして誰かとともに外出している、という状況を目撃するのは。」
「そうかな?私から見たかぎりだと、マナちゃんはどこにでもいる生徒の1人にしか見えないよ。」
その言葉にハナコはにこりと微笑む。
「ふふ、先生は変わりありませんね。彼女にとってもそれが望ましいと思います。」
ですが、とハナコは続ける。
「それでも、先生は彼女についてもう少し調べてみるべきです。なぜ、彼女にそんな噂がついてしまったのか、その真相を。」
「?」
「救護騎士団には行かれましたか?」
「いや?」
「詳しく知りたい場合は一度、向かわれることをお勧めします。」
「ハナコがそう言うなら、一度行ってみるよ。」
「はい。話は変わってしまうのですが先日、あの子を見かけました。」
「あの子……?」
「はい。あの子ですよ。」
一瞬誰かと思ったが、心当たりのある1人の生徒に行き着いた。
「……そっか。」
「風の噂ですが、時折ミカさんが訪問しているそうですよ?彼女の境遇は確かに大変ですが、それでも、きっともう大丈夫だと思います。」
「それなら、少し安心したかな。」
かつて、誰にも相談できず1人水底に身を沈めようとした少女には、今は頼れる人がいる。
その情報だけでも、とても救われると言うものだ。
「ですが、少し最近あることが気がかりになりました。」
「ある事?」
「はい、と言っても彼女の今後と言った内容ではありません。ただ、あの事件を振り返るとどうにも引っかかるんです。」
「何に?」
「思い出してください、あの子の目的を。」
目覚めてしまった神秘に絶望し、彼女は学園を巻き込んでの無理心中を測ろうとした。
それがあの事件を端的に表す内容だ。
「最後、彼女はBasis schoraの中にレコードを仕掛けていました。そして、ミカさんは罠に掛かり、そこで歌を聴きました。
ですが先生、『罠』とは本来どのような用途に使われるものでしょうか?」
「……相手を作戦に陥れたり、何かを守るために使うものだよね?」
「この場合の作戦、あるいは守るものとはなんでしょうか?」
「それは……レコードを生徒に聴かせるため?」
「おかしくありませんか?」
「おかしい……?」
「あの時、ミカさんは確かにレコードを発見し解除しました。それは、校内放送からわかると思います。ですが、その後ミカさんはあのレコードを聴いてしまっている。この事実から何がわかりますか?」
「レコードを解除したのに歌を聴いている……?待って、でも罠を仕掛けたのはあの子だよね?」
「そうです。ですが、その罠は本当に『彼女が仕掛けた』ものなのでしょうか?」
「待ってくれハナコ、話が見えないよ。」
私の返答にハナコはため息をつき、静かに答えた。
「シンプルな事です、先生。『順番がおかしい』のです。」
ーーーーー
「……順番。」
「はい、本来であればミカさんがレコードを聴くタイミングは仕掛けを解除する前です。」
「仕掛けがうまく作動しなかった、なんて可能性は?」
「それも考えてみましたが、事前に家屋にプレーヤーでの罠を仕掛けている時点で失敗するとは考えにくいです。」
少女の仕掛けた罠。
それは本来であれば学園に放送するはずのレコードを守るためのもの。
しかし、実際に作動したのは解除の後。
この矛盾に対する答えは何だろうか?
ハナコから出された考えは驚愕のものだった。
「私が思うにですが、『もう1人』いたのではないかと。」
「!?」
……協力者。
にわかには信じがたい可能性。
「或いは罠の存在を『知った上』で後から作動の順番を入れ替えた誰か、がいた。そのように取れるのです。」
「待って欲しい、それは協力者とは違うのかい?」
「はい、似ているようで全く違います。」
罠を仕掛けた後にさらに1人で細工をしている時点で、本来の望む結果とは全く別の結果を導こうとしているのですから、とハナコは続けた。
「なら、何であの時否定しなかったんだ…?」
「単純ですよ、『彼女も知らなかった』からです。」
「!!?」
「私が思うに、罠を仕掛けたのは彼女で間違いないです。それも、ほぼ1人で完結させていた。ですが、大元の発想を提供した誰かがいて、そして仕掛けが終わった後に1人で罠にさらに細工を行い、作動順番を入れ替えた。」
「何でそんなことを?」
「シスターフッドの時を思い出してください。」
あの時は組織単位で動き出し、止めようとした生徒と交戦が発生していた。
……交戦?
「例えば、レコードを停止しようとしたのがミカさんではなく、正義実現委員会の部隊ならどうでしょうか?」
「……さらに被害が拡大していただろうね。」
「その『誰か』の目的が、交戦、或いはそれによる混乱の発生であれば、筋が通ります。逆に全員がレコードを聞いてしまえば、一様に同じ行動を取るため戦いは発生しなくなります。」
「一体、誰が何のために……?」
「わかりません。」
ですが、と口にした後、ハナコは立ち上がった。
「もしかしたら、あの事件は終わっていないのかもしれません。トリニティに混乱をもたらすことを目的としているなら更なる事件の可能性もまた、……否定できないのです。」
会釈をした後、ハナコは立ち去る。
後には雑踏の中に私だけが残された。
〜〜〜〜〜
「うわー!嫌です!何でわざわざ本屋に来て勉強用の教本を買わないといけないんですか!」
「レイサさんの赤点を回避してしっかりと良い成績を取ってもらうためです。漫画ばっかり読んでベンチの上でだらしなく転がる生活のどこがいいんですか!」
「ベンチの上にいるのは自警団業務の後の休息のためです!マナさんも何か言ってくださいよ!」
「さ、流石にお勉強はしないとだめかな……。」
「四面楚歌!」
「いやレイサさんの隣2人しかいないですから。」
シミコさんはレイサさんの手を引っ張って参考書のコーナーへ来ました。
「さぁ、とりあえず苦手と聞いている数学の教本から抑えましょうか。『猿でもわかる数学A』と『読めば宇宙になれる数学A』どちらがいいですか?」
「どっちも嫌です!何ならタイトルからして読者をバカにしていますよね!?何ですか宇宙になれるって?理解不能すぎて思考がフリーズしてるだけですよねそれ?」
「猿でもわかるシリーズは学年最下位の生徒が一流大学に受験成功した立派な教本ですよ?」
「信じられるわけないじゃないですか!ならもっと効果的なタイトルありますよね?」
「問答無用!」
「あいたぁ!!」
炸裂するシミコさんの強烈なチョップ。
ちょっと……というよりかなり痛そうかも。
手際よくシミコさんは参考書を取ってカゴに入れていきます。
「はい、ではすぐにレジに行ってください。」
「ううう……。自費ですか……慈悲はないんですか……。」
「慈悲はありませんしあるのは自費購入だけです。ご自身の為なのですからしっかり身銭を切ってください。あと逃げようとか間違っても考えないでくださいね?」
とぼとぼと会計に向かうレイサさん。
「あ、あの……シミコさんの探している新刊ってどんなのですか?」
するとシミコさんは良くぞ聞いてくれました、と言わんばかりの顔で、
「キヴォトスで現在知る人ぞ知る文学シリーズ『イケメン生徒会長の密かな楽しみ』の続編、『イケメン生徒会長の密かな愉悦』です!
支持率ほぼ100%のイケメン生徒会長が治める学園で唯一彼女に反抗し続ける生徒との濃密な交流を描いた一大小説なんですよ!とにかく生徒会長に何かと対抗し続ける少女のどこか抜けてる面とそれをおもちゃのように弄ぶ生徒会長のやりとりが面白くその描写が最高で」
どうしよう…聞いたのが間違いだったかも。
「さらにさらにすでにその続編、『イケメン生徒会長の雀躍』の発売も決定しているという……ハッ……!すみません。少し取り乱しました。」
少し、ってなんだろう……。
「でも、どうしてシミコさんはそ、その…そんなに本が好きなんですか?」
「そうですね……。」
考え込むようなそぶりを見せるシミコさん。
「やっぱり、その場にいながら別の世界を知れるからじゃないですかね?」
「別の世界?」
「ここだけの話、本が好きなる前は私も結構というかマナさんに似て人と話すのはそんなに得意じゃありませんでしたから。1人で閉じこもってしまうのも、分かるんです。
でも、本の中の世界がいろんなことを教えてくれましたから。
人との接し方も、外の世界の綺麗さも。
だからだと、そう思います。
それに、レイサさんもああ見えて、マナさんに似てる部分あると思いますよ?」
「そうなの?」
「正直に言います、最初はマナさんのこと少し怖かったですけど、今は、どこにでもいる普通の女のことだって、そう思います。」
シミコさんは私の手をすっと取りました。
「マナさん、一緒に、トリニティに広がってしまったマナさんの誤解を解いてみませんか?」
ーーーとても、とても嬉しい提案でした。
⬛︎⬛︎⬛︎と呼ばれてしまった私を、そう呼んでくれるシミコさんの言葉は、どんなものよりも、きっと……
無機質なアラーム音が、2人の間に響きました。
「ごめんなさい、電話ですね。少し、失礼します。」
携帯を取り、離れてしまうシミコさん。
「…………私は、本当は…………、」
「ご期待を抱かれているようですが、果たしてそんな幸せな結末があるなどと、どうして勘違いしてしまえるんですかねぇ?」
〜〜〜〜〜
「だ、だれ?」
振り向いた先にいたのは、ところどころほつれた着物風のような衣服を纏った少女でした。
「名乗るほどの者でもありませんよ?ただ往々にして、過ぎた物を持つと、大体は幸福な結末なんてものは得られないというのが世の常。
他人と手を取り合う幸福な物語は絵物語の中だけ、どうか手酷い目に遭う前に、と忠告をしてあげようと手前は思っただけなのです。」
「す、過ぎた…物?」
いきなり後ろに現れたその子は、訳知り顔で続けます。
「おやおや?知らんぷりとは感心いたしませんなぁ。その赤い『眼』、手前はよーく知ってますよ?と言っても他所の伝承を拾っただけですが。」
知らない、知らない。
そんな話、知るわけない。
「な、何言ってるの?」
「自覚がない?ここに来て自覚がないと仰られますか?これはいけませんねぇ。」
一歩、一歩と詰め寄る少女。
知らない。知らない。そんなの知らない。知るわけない。知りたくない。知ったらいけない。私を見たあの眼は、あの子を見たあの眼は、
少女の顔はもう目の前でした。
そしてーーー、
「『化け物』ができることなんて、人を食い物にすることだけですからね?」
「………っ!!!」
グラグラと、視界が揺れている。
脳裏に浮かぶのは、宙を舞う生徒の姿。
「手前は貴方様の幸せの為に、心優しく忠告をしただけなので。」
私は呆然としたまま、立ち尽くしていましたが、去り始めようとする少女を見て追いかけようとしました。
「ま、まって……。」
縋るように追いかけ、角を曲がった瞬間。
「あれ?マナさん?」
会計を終えたであろうレイサさんがそこにいました。
「あ、さ、さっき、そこに、女の子……が。」
「?誰もいませんよ?」
ポカンとした表情をするレイサさん。
「…………ごめんなさい、レイサさん。ちょっと、急用を思い出しました。シミコさんと先生にも、ごめんなさいって伝えてください。」
「えっ?」
困惑するレイサさんを尻目に、私は足早にその場を去りました。
ーーーーー
「シミコ、レイサ!マナは?」
「それが……急用を思い出したと言って、先に出ていってしまったんです。」
私がシミコから連絡をもらい合流した時、すでに古紅マナの姿はなかった。
「一体、どうしてしまったんでしょうか……。」
「私が、ウイ先輩から電話をもらって戻ってきた時にはもう……。」
ウイから?このタイミングで?
「それ、なんで内容だったんだい?」
「トリニティに戻ってきたら話したいことがあるって内容でした。」
「先生、一度3人でトリニティに戻りませんか?」
「そうだね。レイサ、もう少しだけ付き合ってくれるかな?」
「お望みとあらばもちろんです!!」
セイアが話したいた内容を思い出す。
『彼女の目を見た者は、不幸に遭う。』
そして、ハナコは救護騎士団に向かうことを推奨してきた。
……これらはやはり何か関係しているのだろうか?
不安を胸に、私たちはトリニティに向かうことにした。
ーーーーー
「シミコだけを呼んだつもりでしたが、まさか先生まで来られるとは、申し訳ございません。」
「謝る必要はないよ、けど、何があったのか教えて欲しい。」
「何があった、という言い方はまだ正しくないか。これから十分に起こりうる、というのがある意味正しいかもしれない。」
古書館を訪れた私たちを出迎えたのは、ウイ、そしてセイアの2人だった。
「セイア様!?」
「こうして連日顔を合わせるとは私も思わなかったよ。それと……君は、」
「宇沢レイサです!」
「あの……もう少し静かに自己紹介してもらえませんか?」
苦言を呈するウイを脇目に、セイアは話を切り出した。
「君たちが関わり始めた少女、古紅マナ。私も少しばかり気になってね、独自に調べ始めたんだ。」
「独自ってほとんど私が本を引っ張り出したじゃないですか。」
「それ以前から気になっていたこともあったからね。」
「セイア様まで無視ですか。」
「彼女が世話をする植物だが、手入れもよく行き届いている。同時に、それらが中々枯れにくく、少し疑問に思っていた。しかし、彼女の手を見てある事に気がついたよ。」
「……傷だらけの手のことだね?」
「そう、普通に考えれば作業に際して軍手をはめる。しかし彼女の手は常に傷だらけだ。これはどういうことだと思う?」
「頑張り屋さんとかそういうことでしょうか?」
「……ポジティブな解釈は嫌いではないよ、けれど不正解だ。」
思い出したのは葉の上に一点だけあった朱。
「……血?」
「そう、彼女は自傷した際の血液で植物に栄養を与えているのではないかと考えている。」
「あの……仮にそう言った性質をマナさんが持っていたとしても、それが何か問題なのですか?いえ、確かにやり方は褒められたものでは無いですが……。」
シミコが疑問を口にする。
確かにやり方は褒められたものではないが、それだけなら他人に被害をもたらすようなものではない。
「ここだけなら、ね。では、そもそもなぜ彼女に『目を見ると不幸になる』なんて噂話がついたと思う?」
「それは……。」
言い淀んだその時、レイサが答えを口にした。
「目を見ると不幸に?あの、もしかして動けなくなるやつですか?」
「「「!?」」」
全員が一斉にレイサを見た。
「……レイサさん、今なんて?」
「マナさんに目を見られるとその、急に動けなくなったんです。といっても、常にそうってわけではないですけど。」
「うん、レイサの話は事実だよ。私も一度彼女の目を見た時にそうなっているから。」
「ここまではっきりしてくるとなると、もはや疑う余地はなさそうだね、ウイ。」
「そうですね……。セイア様の読み通りと言っても間違いはないかと。」
「それって……?」
私の質問にセイアは静かに答えた。
「……彼女の神秘の正体だよ。」
〜〜〜〜〜
遠くへ。
遠くへ。
……誰にもわからないように。
怖い。
怖い。
……もう知られたくない。
見ないで。
見ないで。
……お願いだから私を見ないで。
知られた。
知られた。
……トリニティの外でも、結局私は同じなんだ。
「ハァ……ハァ……。」
息を切らして、私は誰もいないであろう路地裏に駆け込んでいました。
もう、思い出したくないのに。
瞼の裏にあの光景がこびりついて離れない。
「オイ、なんだぁ?テメェ、こんなところでなにしてやがる?」
頭を上げると、そこには見知らぬ生徒が2人。
「えっ?」
「勝手にうちらの縄張に入ってくるとかいい度胸してんな?」
「ち、違、」
「おい、こいつさっきのチビが話してたトリニティの生徒じゃねぇか?」
「マジじゃん。これはラッキーだな?」
がしっ、っと無理やり腕を掴まれました。
「は、離して、」
「は?勝手に入ってきて離してだ?よく言うわ。」
「とりあえずこいつ人質にして金をゆするか!」
「いいなそれ!」
ギャハハハと、品のない笑い方をする2人。
「シャー!!!」
「ぎゃっ!」
「蛇!?」
途端、シアが髪から顔を覗かせ2人を驚かせました。
は、早く逃げなきゃ。
「なにすんだテメェ!!」
脇腹に重い衝撃。
私の体は簡単に飛んでしまいます。
「あぐっ!!」
目の前がチカチカする。
痛い、痛いよ。
「どうする?」
「もう4、5発脇腹にでも撃ち込んでおくか?」
やめて、やだ、痛いことしないで。
なんで、なんでこんなことするの?
「そうしちまおう。世間知らずなお嬢様校の生徒にいい社会勉強だよなぁ!!」
銃口が向けられて、
ーーー『化け物』ができることなんて、人を食い物にすることだけですからね?
……あぁ、そっか。
……私が化け物だからいけないんだ。
〜〜〜〜〜
パァン!
乾いた銃声が響きました。
そして、ゴトン、と言うものが倒れるような音。
目の前には、先程まで私に銃を向けていた生徒。
右手には煙の漂う拳銃。
今は仰向けに倒れています。
「おい,なにやってんだよ?」
もう1人が訳のわからないと言う顔をしながら倒れた生徒に触れました。
「あ、あ、あああああ!!!!い、いぎゃああああああ!!!あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫する生徒。
「な、なんだよ?たった一発撃たれただけだろ?その程度じゃ大したこと、」
「ほ、ほねがあ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!折れてる!あ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ほ、ほね?な、なに言ってんだよ!?」
なおも絶叫する生徒。
私は、知っています。
今目の前で起きたことがなんなのか。
「テメェ!!一体なにしやがった!!」
目の前の人が何かを口にしていますが、もうわかりません。
いえ、もう分かりたくないのかも。
わかってしまったことは一つだけ。
「あなたも、……見たいの?」
「お、おい、何を」
ゆっくりと顔をあげ、私は、
「………私の眼。」
ーーーーー
「……先生に留まらず、多くの生徒が理解していると思うが、残念ながらこの学園ほど人間関係の拗れが生じやすい学園はないだろう。……古紅マナもそんな校風の犠牲になった1人だった。」
ため息を吐きながらセイアは話を続ける。
「内向的な彼女の性格も相まって、いじめがエスカレートしたのは想像に難くない。」
「確かに、人付き合い苦手そうなタイあいたっ!」
シミコのチョップがレイサの脳天に炸裂した。
「そんな折、ある事件が起きた。」
「事件?」
「そこから先は、私に話をさせてもらえませんか?」
「君は……。」
振り返った先にいたのはセリナだった。
「セリナ?なんでここに?」
「ごめんなさい先生……それについてはこのあとお話しします。」
「そうか、ミネと一緒に君が……治療を担当したんだったね。」
「はい、セイア様。」
「それって……。」
遮るように、セリナは続きを口にした。
「事件が起きたあと、1人の生徒が病棟に搬送されました。階段から転落したその生徒は……全身の骨を骨折する大怪我を負っていました。」
「……酷い。」
キヴォトスの外であっても、命に関わる大怪我だろう。
「キヴォトスの生徒は……銃弾で撃たれてもそこまで大きな怪我を負いません。それは銃弾のみならず、爆風に巻き込まれても大体は軽傷ですんでしまいます。」
「……まさか、それがマナちゃんなのかい?」
セリナはゆっくりと首を横に張った。
「いいえ、搬送されたのは……マナさんを虐めていたグループのリーダーです。」
「は?」
搬送されたのはマナではなく……虐めていたグループのリーダー……?
「その生徒は意識を失う直前まで、半狂乱になりながら叫び続けました……化け物、化け物の眼……と。」
喋りながら、セリナはあまりにも辛そうな表情を浮かべていた。
思い出すのも相当に辛い内容だったのだろう。
「セリナ、大丈夫かい?」
「ごめんなさい。」
「……それでも、当事者である彼女の視点から語ってもらえたことは大きいだろう。」
「その……マナさんの神秘って……まさか。」
シミコが唾を飲み込む音が聞こえた。
「現在においても目を見た人物の動きを止め、頑強なキヴォトスの生徒の体を石塊程度の強度にしてしまう……。眼を見た人間を石にする存在などそう多くはない。先生も一度は耳にしたことがあるだろう。」
静かに、セイアはその名を告げた。
「『ゴルゴーン』、それが古紅マナに宿る神秘の名前だ。」
ーーーーー
「ゴルゴーン……。」
眼を見た人間を石にする存在。
しかしセイアの口から出た名前と、臆病ながらも健気に植物の世話をし続ける彼女の2つを重なることはとてもできそうにない。
あまりにもイメージがかけ離れている。
「古紅マナの過去に起きた事件と彼女の持つ性質からの推察です。理由はどうあれ、それに類する力を持っているのは間違いないです。」
セリナがマナを見た時の表情の理由も理解した。いつ自分がその力を向けられるか、となれば怖くなるのも無理はない。
「ところで、セリナがここにきたのは何故?」
「そうだね。本来であればミネがここに来ている手筈だったが…?」
セリナは震えるような声を絞りながらここにきた理由をついに口にした。
「……1時間ほど前にとある怪我人2名が救護騎士団によって搬送され、処置を受けていました。……全身を骨折した状態で。」
「「「!!?」」」
「いま、なんて……?」
「一発の銃弾を撃ち込まれた際の衝撃によって、全身を骨折しています。まるで、体が脆い石材にでもなってしまったかのように。」
とても想像できないような現象だ。
まさか、本当にマナが……?
「……っ!」
シミコは素早く自分のスマホを取り出し、どこかに着信をかけ始める。
「お願いです……繋がってください……!」
祈るようにスマホを握りしめて、相手の応答を待つ。
数度のコールの後、応答が静かに帰ってきた。
『……はい。』
「マナさん!」
応答に食らいつかんばかりにシミコはマナに呼びかける。
『シミコ……さん?』
「どこにいるんですか!?無事ですよね?何か変なことに巻き込まれたり、」
『……ごめんなさい。』
「えっ?」
唐突な謝罪にシミコの言葉が凍りついた。
『……ごめんなさい、もう、連絡しないでください。』
「何言ってるんですか?」
「そうですよ!マナさん!どこにいるんですか!すぐに迎えに行きますから!!」
『来ないでください。』
明確な否定。
嫌な予感が全身に走る。
『……ふ、2日足らずでしたけど……シミコさんやレイサさん、セイア様、先生とお話しできて……良かったです。だから……どうかこれ以上は、もう、関わらないでください。』
「ふむ……その様子からさらに、何かあったようだね、どうか、聞かせてくれないか……?」
セイアもマナに呼びかける。
しかし、それが最悪のトリガーになってしまった。
『セイア様……お願いです。正義実現委員会を……呼んでください。』
「ま、待つんだマナちゃん!なんで正義実現委員会を!!?」
しかし、マナはその質問に答えず続ける。
『シミコさん、本、紹介してくれてありがとうございました。返却できなくて……ごめんなさい。全部、私の机にありますので、回収してください。レイサさん、驚かせちゃってごめんなさい。でも、い、いい人だって、わかります。もっとお花の髪飾り、作ってあげたかったです。植物園のお世話も放り投げてしまって……ごめんなさい。
……最後のお願いです。』
不意に、レイサの携帯に通知が入る。
「なんですか……これ。」
訳のわからないと言わんばかりの表情を浮かべるレイサ。
スマホの画面には、スズミからのメッセージ。
『至急応援求む』の一言。
そして、添付されていた画像。
「なんだ、これは……。」
灰色。
画面一面を覆い尽くす、灰色。
いや、違う、公園だ。
灰色のそれは、石。
植物や木々、遊具を模る、石。
生きているような、石。
そして、沈黙の空間にマナの声が静かに響いた。
『…………この化け物を、壊してください。』
〜〜〜〜〜
それは、シミコさんの電話に出るちょっと前のことです。
フラフラとした足取りで、私は一人彷徨っていました。
……自分の意思で、2人もの生徒に危害を加えた。
およそ普通とは言い難い方法で。
遠くから救急車のサイレンが聞こえました。
ですが、もう、どうでもいいことです。
たどり着いたのは、人気のない公園。
周りには、生い茂る緑。
風で揺れる遊具。
疲れ切った私は、へたりと座り込みました。
ドクン、ドクン。
今も、心臓の音が聞こえます。
なんで、こんな風になってしまったのか。
あの時も、そうでした。
私に嫌がらせをする生徒たちをほんのちょっと睨んだだけでした。
もう、放っておいて欲しいと。
ただ、それだけでした。
突然バランスを失ったその生徒はゆっくりと階段から落ちて行きました。
そして、人が発するとは思えないような音を立てて、陶器が割れるような音を立てて、床に落ちたのです。
ドクン、ドクン。
いつのまにか、足を怪我していました。
切り傷のような跡が、脚に見えました。
生暖かい感触が、肌を伝います。
落ちた生徒は、全身の痛みで発狂しながら私をこう呼び続けました。
化け物と。
……そしてそれ以降、手を怪我した時に触れた血液が植物に触れると、とても元気になることに気がつきました。
足を伝う赤が、地面に吸い込まれて行きます。
ドクン、ドクン。
こんな目、欲しくなかった。
こんな血、欲しくなかった。
見知らぬ少女の言う通りでした。
サワサワと肌に何かが触れます。
雑草が、先ほどより伸びていました。
「……え?」
それだけではありません。
私が歩く中で地面に伝った血の箇所からどんどん植物が伸びていきます。
「な、な、なに…?」
どんどん伸びる植物。
ついには森のように生い茂ってしまいました。
そして、
「な、なんで……?」
徐々に、それらは灰色を帯びて行きます。
まるで色味を失ったかのように。
触ると、固く、滑らかな感触。
それは……、
「石?」
視線を動かせば、移したそばから灰色に変わって行きます。
「あ、ああ…あああ……。」
私は一体なんだったのか。
もう、考える必要もないほどに、明確でした。
古紅マナは……化け物だったのです。
ーーーーー
通話が切れたと同時に、円堂シミコは力の抜けたかのようにペタリと床に座り込んだ。
「……想定よりはるかに酷い事態が起こり始めていたようだね。」
「嘘ですよ……、マナさんが……そんなこと……」
「スズミ先輩のこの写真…一体どうなっているんですか!?」
混乱がその場を支配する。
古紅マナが引き起こし始めた事態は、想像以上の速度で進行し始めていた。
「……私は、どうすれば……。」
「……シミコ、残念ですがもう、あなたができることは。」
誰もが古紅マナの起こした事態の衝撃に動揺していた。
自らを化け物と呼んだ古紅マナ。
スズミから送られた写真を見るに、ほぼ確実と言って良いだろう。
「……正義実現委員会を手配して、あの石化したと思しき森を攻撃する……。おそらく、マナは無事では済むまい。」
「……セイア。」
セイアの立場は十分に理解している。この先口にする言葉がなんなのかも、予想できてしまう。
「先生、私はこの学園を統治する側の人間だ。望まずとも冷徹な判断をしなければならない時があるんだ。……古紅マナが、自らをそう、判断したのであれば、」
しかし、セイアはその先の言葉を続けることはできなかった。
「……手を、離してくれないか?」
シミコはセイアの腕をがっしりと掴んでいた。
「シミコさん!!?」
「シミコ!?」
「……言わないでください。」
プルプルと、シミコの肩が揺れている。
「化け物なんて!言わないでください!!」
その剣幕にレイサもセリナも、ウイも、誰もがたじろいでいた。
「確かに、私も初めは噂もあって怖かったです!でも、あの子と接してみてわかりました!
マナさんは、確かに臆病です。
人前に立つのも苦手でしょう、でも!
私の目には……私の目には!あの子はどこにでもいる!普通の生徒にしか見えません!!
化け物……?ゴルゴーン……?巫山戯ないでください!!
あの子は!トリニティ総合学園の一年生!園芸部の古紅マナです!そして!私の図書室の一利用者です!!!それ以外の何者でもありません!!!」
勢いよく立ち上がったシミコは、今まで見たことのないくらいの剣幕で捲し立てた。
「シミコさん……。」
……そうだった。
こんな大切なことを、なぜ忘れていられたのか。
目の前の現象に気を取られてしまうばかりに、私ですら忘れかけていた。
特別な力があるとか、そんなことは関係ない。
特別なんてものは、このキヴォトスでなら腐るほどある。
当たり前の日常、それこそ守るべきものだ。
「そうだね、シミコ。」
ぽん、と彼女の肩に手をおく。
そう、これは彼女ーーー、円堂シミコの物語。
どこにでもある、少女と少女が出会うだけの青春の物語。
「……先生?」
「さっき、マナは本を借りてるって言ってたよね?」
「そうですが……あっ。」
シミコは何かに気がついた。
「なら、図書委員としてのキミの仕事を果たしに行こう。」
「へ?図書委員としての仕事、ですか?」
レイサが首を傾げる。
「そうだよ、図書の貸出を返却しない生徒にいつもシミコがしていることじゃないか。」
「先生、まさか。」
ウイは私たちの意図を理解したのか、驚きの表情をみせる。
そして円堂シミコは勢いよく返事をした。
「……はい!必ずマナさんに自分で本を返却させます!!」
ーーーーー
シミコの宣言に、ウイは大きくため息をついた。
「ハァ……まさか、先生からではなくシミコからその発言が飛び出すなんて……。」
「正直、驚いているよ。」
セイアも同じくといった反応を見せる。
「先生、それにシミコさんも本気ですか?」
ウイ、セイア、セリナ。
3人それぞれが信じられないと言わんばかりの表情をしていた。
「先生……、シミコは私の大切な後輩です。どのようなリスクがあるかも解らない状態の場所に行かせることは反対です。」
「私もです。すでに2人、犠牲者が出ています。私は先生を危険な目に合わせるわけには行かないです!」
「……順当に考えれば古紅マナ自身が言うように正義実現委員会を呼び出すべき場面だ。君たち2人が行く必要は、ないと言って差し支えない。それでも2人は行くと言うのかい?」
3人の意見はどれも私やシミコを心配してのものだ。それは十分理解できる。
しかし、
「2人じゃありません!」
その3人に待ったをかける声がひとつ。
「レイサ?」
「助けを求める声が聞こえているのに、それを無視するなんてヒーローにあるまじき行動です!ですよね!先生!」
キラキラとした目を私とシミコに向けてくる。
「そうだね、レイサ。」
「これで多数決なら同点ですよね!」
「いや、多数決の空間にした覚えはないんだけどね……。」
「納得できません!!」
「セリナ……。」
セリナの意思は痛いほどわかる。
これは互いに譲れない所だ。
捻じ曲げることなんて出来るはずがない。
しかし、こうして時間ばかり経ってしまっては状況がさらに進行する危険もある。
カン、と古書館の床をひとつ足音が鳴らした。
「多数決、であれば私の票も加えてもらえるのでしょうか?」
古書館のドアを開いたその人物、それは……、
「ミネ、団長……?」
救護騎士団のリーダー、蒼森ミネの姿。
「ミネ、なぜ君が?搬送された生徒は?」
「骨折ということなので全身添え木で絶対安静といたしました。」
「それはどうなんですか!?」
ウイの全力の指摘が響く。
「先生、そして円堂シミコさん、ひとつ確認します。その古紅マナという生徒は、救護対象ということでよろしいですね?」
「はい!」
「セイア様、どうかお考えいただけないでしょうか?」
「ハァ……まったく、そんな方法で決定するなんて……けれど、ある意味君たちらしいのかもしれないね。」
呆れ顔をするセイア。
「セリナ、団長としての命令です。生徒一名、救助に向かいますよ。異論は認めません。それとも、私がいても信じられませんか?」
ここまで言われてしまっては、流石のセリナも返す言葉がないようだった。
「……いいえ、従います、ミネ団長。」
「少し待ってもらえませんか?」
手を挙げたのはウイだった。
「何か?」
「行くのであれば、これ以上無理に止めません。ですが、神秘の正体に見当がついている以上、情報は多いに越したことはないかと。」
そういうと一冊のバインダーを取り出した。
「……即席ですが用意しておりました。せめて役に立てばと。」
「感謝します。」
「じゃあ、そろそろ行こうか。スズミも待っているだろうからね。」
そして、私達はスズミの待機する公園へ急行するのであった。
ーーーーー
「やっと来ましたか……って先生?」
「お待たせ、スズミ。」
「スズミ先輩!ただいま助っ人に参上しました!」
現地に到着した私とレイサの顔を見て、スズミは安堵の表情を浮かべた。
「先生も一緒でしたか……心強いです。
突然、公園から植物が生い茂って、最後には石化したと住民から連絡を受けました。規模はこの公園丸々の一キロ平米、すでに周辺住民は避難をさせています。」
「ありがとう、スズミ。」
「こんにちはスズミさん。情報、ありがとうございます。」
「あら、図書委員のシミコさんに……救護騎士団?」
「蒼森ミネです。写真越しでも衝撃でしたが、実際に見ると言葉を失いますね……これは。住人の避難、感謝いたします。」
事実、目の前の光景は中々に奇妙だった。
ぐにゃぐにゃと曲がった木の幹がまるで壁のように横に映え、そして灰色になっている。
「ありがとうございます。直前に、真っ白な髪の生徒が1人公園内に入って行ったとの連絡もありました……取り残されている可能性もあります。」
「それってまさか……マナさん!?」
「お知り合いの方なのですか?」
「いや……それなんだけど。」
事情をかいつまんでスズミに話すと、スズミは驚きの表情を浮かべた。
「つまり、その少女が今回の原因と……?いえ、私も噂は聞いたことはありましたが……。」
『皆、現地に到着しているようだね。』
「その声は、セイア様?」
声はどうやらミネが持つトランシーバーから発されているようだ。
『ミネ、おそらく古紅マナはこの中心にいると見て良いだろう。確認だが間違いなく、その木々は石化しているんだね?』
「はい、セイア様。」
『おそらく、マナの神秘が暴走しかかっている。今の彼女の視界に入ろうものなら、問答無用で石になるだろう。』
ゾッとする一言であった。
「どうやって止めればいい?」
「こちらを使います。」
ミネはポケットからあるものを取りだす。
「麻酔弾です、こちらを彼女の視野外から古紅マナに撃ち込んで無力化します。」
「それって……。」
「はい、狙撃という形になります。」
『本来なら、この規模の対処に正義実現委員会の集中砲火という形になるところを麻酔銃の無力化にしているんだ。これでもかなり穏便だと思って欲しい。」
「そうかも…しれませんが。」
「こちらをみなさまにも渡しておきます。先生、シミコさん、レイサさん。」
「?」
「3人は外周から他に侵入可能なスペースがないか探してください。木の隙間から入れる可能性がありますので。」
「わかった。」
「レイサさんは先生についてあげてください。万が一、戦闘にならないとも言えません。」
「シミコは1人で大丈夫かい?」
「私は……大丈夫です。」
「スズミさんは私に協力をお願いします。」
「いったい何を…?」
ミネは石の森に視線を送る。
「無論、最短でマナさんを救護するためです。」
「正面突破する気だこの人!!?」
「行きますよ!セリナ!」
「はい!」
そういうなり2人は石の森に銃撃を開始する。
「ミネが壊して救護騎士団が治す、の言葉の通りですね。」
「感心している場合ですかシミコさん!?」
「何をしているんですか!手榴弾、爆薬、あらゆるものを用いてあの障害を突破しますよ!?」
「思考が脳筋すぎます!」
ミネに言われるまま仕方なく攻撃を開始するスズミ。
「とりあえず、私たちも行こうか……。」
「そうですね……。」
「シミコ、もし入れそうな場所を見つけても、まずは私たちに連絡して。」
「……はい。」
そして、私たちは二手に分かれ、侵入箇所を探し始めるのであった。
遠くで銃撃の音が聞こえる中、私は侵入可能な入り口を探して公演の外周を辿ります。
有機的な曲線を描き、伸びる灰色の木の枝はどこか芸術作品のように見えました。
「マナさん……。」
正直、何を間違えたのか私には分かりません。
出会い方は確かに普通ではなかったかもしれません。
それでも、マナさんを知りたいとそう思う心は本物です。
それは、レイサさんも変わらないと思います。
ふと、足になった木の枝の下に、白いものがあるのを見つけました。
「しゅる……。」
「もしかして……マナさんの白蛇?」
マナさんが髪の中に住まわせていた白蛇、シア。
チロチロと舌を出すそれは、まるで私を待っているかのようにじっとこちらに視線を送っていました。
見れば、シアがいる場所は、子供1人が通れそうなくらいの空間が空いています。
「待って!」
身を這わせて中へ進むシアを私は追いかけようとしました。
途端、
「行かない方が、手前様の身のためだと思いますよ?」
「だれ…ですか?」
カチャリ、と背後から音が聞こえました。
その音が銃口を向けられている音であると理解するのに、時間はかかりませんでした。
「特に名乗るほどでもありません。ですが、できればご自身のためにここは引き返してもらう方が良いかと。」
「なら、勝手に進んでもいいですよね。止められる理由もないですから。」
「なかなか強情ですねぇ……。ですが、この先はあなたのような一生徒が向かったところでなんの成果も得られないんですよ?」
「成果を得る得られないは私が決めます、あなたが決めることではありません。」
「後悔するかもしれませんよ?」
「……貴方、何を知っているんですか?」
クスクスと笑うような声が後ろから聞こえました。
「不肖、手前古今あらゆる風流に興味がありまして、此度はトリニティ自治区に広がる怪談を知ろうと思ったのです。すると、まぁ、あることあること!その中で彼女の持つそれに興味を示したのです。人を石にする化け物なんて、そうそういませんから。」
化け物、彼女はそう言いました。
「だからこそ、見てみたくなったのです。彼女が化け物としての自覚を得た時、どう振る舞うのか、化け物らしく振る舞えるのかと……結果はあまりにもくだらないものになりましたが。」
くだらない……?
「これならまだ、『人魚』の方が面白かったです。
少しやり方は迂遠でしたが。彼女を尊重して時期は待ちましたが、やはり悲劇はより多くの人の目につくべきもの。全員が一様では……失礼、これは今回関係なかったですね。」
「そんなことのために、マナさんを……?」
「おっと、彼女に危害は加えてませんよ?ただちょっと、裕福そうなお嬢さんがいると『周りの貧しそうな生徒に教えてあげた』だけです。」
「………。」
「だから、これは勝手ながら手前の優しさなんですよ。『自閉』という結末の見えてしまった『物語』を読むために、頁を捲る必要はないですから。そんな面白くもない読み物をわざわざ他の方に読ませて時間を浪費する必要はない、そう思ったが故の優しさなのです。」
お引き取り願います、と嘲るように彼女は締めくくりました。
「……それだけですか?」
「?」
「……貴方の主張はそれだけですかと聞いているんです。」
「手前様もおかしなことを言いますね?それだけも何もそれが全てでしょう?」
一歩、前に踏み出します。
ドォン!!
目の前のアスファルトに銃弾がめり込みました。
「お引き取りくださいと申し上げましたが聞こえてませんでしたかねぇ?」
「……引き返しません。」
「もう少し知的な方に見えましたが……思ったより莫迦なんですか?」
「えぇ、『物語』に関してであれば、私は誰よりも馬鹿だと思います。」
「は?おかしなことを言いますね?」
「そうですよ……。だって、貴女が読んだ『結末』と私がこれから読む『結末』はきっと違いますから。」
「は?」
「貴方は読む必要もないと本を閉じました。ですが、その先にあった文章が、どうしてくだらないなんて言い切れるんですか?
どんな物語にも、必ず結末があります。
事実、くだらないものもあるでしょう。
お腹を抱えて笑いたくなるものもあるでしょう。
涙が止まらないようなものもあるでしょう。
怒りに震えるものもあるでしょう。
ですが、私は、それを全部読みたい……!
私自身が、結末を、あの子の物語を求めているから!
撃ちたければどうぞ撃ってください。
それでも私は……私の頁を捲る手は……決して!止まりません!!」
「あぁ……あぁ……あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ドォン!ドォン!ドォン!
…………弾丸は、私に当たることはありませんでした。
「つくづく不愉快ですね……。そんなに読みたければどうぞ。もう、止めませんよ。」
吐き捨てるような台詞を残して、静寂がその場を包みます。
振り返った先にはすでに誰もいませんでした。
「……マナさん。」
あの少女が誰だったのか、それはわかりません。
ですが、この物語の結末は、絶対にくだらなくなんかない。
私は静かな決意を胸に、小さな道に足を踏み入れました。
ーーーーー
「ミネ?そっちの状況は?」
『正直、手を尽くしていますが……。』
電話越しに聞こえるミネの声から状況が進展していないことが伺える。
『これだけの爆薬、銃弾。持てる火力でも破壊できないとなると……正義実現委員会でも厳しいでしょう。』
スズミの声も同時に聞こえる。
石の森を破壊しようとする試みは見事に失敗していた。
そうなると、もはや残された手段は公園中央部を上空から爆撃するといった方法しかなくなるだろう。
「スズミ先輩……。」
幸いなのはどれだけ攻撃しようと反撃がないことくらいだ。
進行できない限りは彼女たちはまだ安全と言える。
「レイサ、私たちは私たちのできることをやろう。」
「そうですね…シミコさんの方で何か見つかっているといいんですけど……。」
「大丈夫。」
「え?」
「自信はないけど、シミコは必ずマナに辿り着くよ。」
「な、なんでそんなことを言い切れるんですか?」
ポン、とレイサの頭を撫でる。
「あの子が回収できなかった貸出図書は……、一冊もないからね。」
狭い空間を抜けていくと、徐々に開けた場所が目に入りました。
その中に、一つの人影が佇んでいるのが見えます。
制服姿でいたはずの彼女の身なりは、不思議なことに真っ白なワンピース姿になっていました。
真っ白な髪の毛は、まるで蛇のようにどこか揺れています。
手元にはミネさんから渡された麻酔銃と弾丸。
これがあれば確かにマナさんを無力化できるのかもしれません。
「……違いますね。」
首を左右に振り、私は銃を懐にしまいました。
そして、ゆっくりと私は彼女の後ろに立ちます。
「マナさん。」
ビクン、と声に反応した彼女はこちらをゆっくりと向きます。
「シ、シミコさん……なんできたの?」
「勿論、あなたを……、」
「来ないでって言ったのに!!」
「……。」
マナさんは私の方を見ようともしませんでした。
「ねぇ、私、化け物だったんだよ……?周りをこんなふうにして……2人も今度は石にして砕いたんだよ……?これで化け物って言わないでなんて言うの?
お願い、もう1人にして……!化け物退治はシミコさんの役割じゃないよ!」
「私は、」
「お願いだから来ないで!」
「っ!!?」
パキン!
手に持っていた自分の銃があっという間に石化しました。
慌てて銃から手を離します。
「マナさん……。」
「これでも私が化け物じゃないって、そう言えるの!?」
セイア様の予想は的中していました。
視界に収めたものを石化させる力、およそキヴォトスにあり得ないであろう存在と言えるかもしれません。
でも、違います。
古紅マナは、少なくとも、私がこのわずかな数日で触れ合った古紅マナさんは……。
「……マナさんはどこにでもいる普通の女の子ですよ。」
「えっ……。」
「誰かと触れ合うのが怖い、傷つけたくない、傷つけられたくない、そう考えているだけのどこにでもいる、1人の女の子ですよ。」
「そ、そんな本の受け売りみたいなこと言わないでよ!」
「受け売りでいいじゃないですか。いろんな人の受け売りがあって、その中で自分に合うものを選んで、変えて、自分のものにしていく、本の中の、誰かの世界をそうやって自分に取り込めばいいんですよ。」
「で、でも……!」
「本は逃げません。貴方が頁を捲ればいつだって、待っていてくれます。」
ふと、スカートのポケットの中に、硬い感触があることに気がつきました。
……そうでしたね。
これがあれば、近づけるかもしれません。
「目を開けてください、大丈夫です。
私は、ーーー石になんてなりませんから。」
静かにピンに指をかけます。
「…………。」
「……信じてください。」
そして、マナさんが少しずつ瞼を上げます。
瞬間、私は手に持ったそれを静かに投げつけました。
……直後、耳をつんざく音と閃光が2人を包みました。
閃光が炸裂した瞬間、私はマナさんに向かって駆け出しました。
ーーースズミ先輩お手製の閃光弾。
レイサさんがマナさんにお近づきの印にと手渡そうとした時に取り上げた物です。
マナさんの神秘は相手を見ることがトリガー。
なら、視界を潰してしまえばいい。
閃光弾が直撃してしまえば、視力を取り戻すにはしばらくかかります。
麻酔なしでもその間はマナさんの神秘を無力化することが十分可能でしょう。
もつれるような感覚と共に私はマナさんに飛びつきました。
懐に入れていた麻酔銃が地面にこぼれ落ちます。
「シ、シミコさん……!何したの!?」
「閃光弾です。これならマナさんが私を見ることはできません。」
「せ、閃光弾……!?」
「マナさん……帰りましょう。」
「い、嫌だよ……帰りたくないよ!シミコさんだけじゃないんだよ!他の人たちは私のことを化け物ってそう思ってるに決まってる!」
「なら、私が守ります。レイサさんや先生も同じ意見でした。少なくとも2人は貴方のことを守ってくれます。」
きっと大粒の涙を流しながら叫んでいるのでしょう。
肩にはじんわりと温かな湿気が広がります。
「なんで……?なんで私のためにそんなことまでするの?シミコさんは私の……、私の友達じゃないのに!」
……嘘、下手ですね。
そんなの、決まってるじゃないですか。
「……図書委員だからです。」
「え?」
「借りた本はご自身で返してもらうのが図書室の規則です。委員に回収してください、なんてもってのほかですよ。だから来たんです。」
「そ、そんな理由で?ば、馬鹿なの!?」
今日はおかしな日ですね……馬鹿と言われるのは本日2回目です。
「はい、トリニティの全ての蔵書を読み漁るくらい本の虫で、引きこもりで図書委員の仕事をしない委員長にため息を吐きつつ、図書室で騒ぐ生徒に仕置きをする……私はそんな生徒ですから。」
閃光弾も、もうすぐ効果が切れます。
「それがトリニティ総合学園一年生、図書委員、円堂シミコ。そして、古紅マナさんの……、」
……ごめんなさい、先生。
言いつけ、守れませんでした。
「……貴女の、友達です。」
〜〜〜〜〜
……この景色は、きっと私への罰。
辺りに見える色は、灰色。
木々も蔦も、全てが灰色。
それがこの化け物への罰。
此処なら誰も来れないから。
一人で最期を迎えます。
囀る小鳥も、動物ももういないけど。
それが私に相応しい。
だってもう此処は……、
……ゴルゴーンの庭だから。
光が消えて、わずかに戻った視界の先で、
シミコさんは静かに私に笑いかけていました。
ーーー灰色の姿で。
〜〜〜〜〜
「なんで……。」
閃光弾が炸裂する直前、一瞬だけシミコさんの足が見えてしまいました。
物言わぬ姿の彼女を目の前に、私はひたすらに涙を流します。
自分が石になる恐怖を一言も出さず、それでも尚私を友達だと、シミコさんは言いました。
「あぅ……うぅ……ごめん……なさい……ごめんなさい……シミコさん……。」
私に、初めて出来たお友達。
……それを私の手で台無しにしてしまった。
レイサさんにも、先生にも、セイア様にもどれだけ謝ってももう取り返せない。
足元に落ちていた何かに気がつきます。
直視しないように慎重にそれを手に取りました。
それはキヴォトスの生徒なら触るだけで分かる代物、……銃でした。
万が一のために懐に入れていたのでしょう。
「もう、遅いけど……。」
静かに銃口を自分に向けます。
「……こんな化け物を友達と呼んでくれて……ありがとう。」
一発の銃声が、石の森に響きました。
ーーーーー
公園の中央部から見えた強烈な閃光に辿り着こうと、私とレイサはシミコが公園中央部に入り込んだ道をひたすらに探していた。
「あの光の威力はよく知ってます!スズミ先輩の閃光弾です!」
……スマートフォンを幾度鳴らしても、シミコに繋がらない。
間違いなく、シミコはマナに接触している。
けど、状況がわからない。
シミコ……無事でいてくれ……!
しかし、そのまま公園の外周を一周してしまった。
「先生!レイサさん!今のはなんですか!?」
「大きな光が見えましたけど、あれって……!」
ミネ、セリナが私たちに気づき声をかける。
「シミコさんが持っていた閃光弾だと思います!」
「レイサ、貴女私の閃光弾をまた渡したの…?」
「それは後にして!シミコと連絡がつかないんだ!」
「……まさか!?」
その時、一発の銃声が、遠くから聴こえた。
「発砲……?」
ピシィ!
何かに亀裂が走るような音。
「亀裂……?皆さん!危険です!離れてください!!」
凄まじい音を立てて、目の前の石の森が崩壊し始めた。
「シ、シミコさん!マナさん!」
「レイサさん!ダメです!危険です!!」
スズミが無理やり絶叫するレイサの手を引き、距離を取らせる。
無情にも土煙が立ち込めた後、残ったのは割れた石の山だけであった。
ーーーーー
「シミコ!マナちゃん!どこにいるんだ!」
「シミコさーん!マナさーん!」
「いたら返事をしてください!」
瓦礫の山をかき分けて、公園であった場所の中央部を探す。
足元はバランスが悪く、レイサやセリナ、ミネに助けられながらなんとか足を進めた。
すると、少しばかり瓦礫の少ない、開けた場所が見えた。
灰色の瓦礫の上に、真っ白なものが見える。
「シミコ!マナちゃん!」
足元を取られながら2人に近づく。
「……!?」
灰色の石屑のカーペット。
その上に円堂シミコと古紅マナがいた。
シミコの特徴的なツインテールは解け、マナ同様にゆったりと地面に広がっている。
白く柔らかな肌を晒し、2人穏やかな表情のまま眠っていた。
「あぁ……よかった……。」
一糸纏わぬ姿で。
「なんで!?」
「わ、わわっ、先生はみたらダメです!!!」
セリナが必死に私の視線を逸らそうと目の前で手を広げる。
「な、なんで2人ともはだむぐぅ!?」
「レイサさん、ストップ。」
「救護において服を割く手間が省けましたね。」
「恥じらいはないのミネ……?」
「コホン、救護を優先しているだけです///」
『ふむ……マナの意識が失われたことで石化の神秘が解除したからと考えるべきか……?』
『セイア様、冷静に考察している場合ですか?それと先生、シミコを見たら後で4ぬより恐ろしい目に合わせますからね?』
「理不尽!?」
「ううん……。」
むくりと起き上がったシミコが目を擦りながら、周囲を見渡す。
「あれ……眼鏡……眼鏡……??もしかして、そこにいるのは先生ですか……?」
「ええっと……、無事でよかったよ、シミコ。」
「ごめんなさい、眼鏡がないとほとんど見えなく……?なんだかすごくスースーする様な?」
「うん、そういうことだから後ろ向いてるね。」
「いや、なんですかそういうことって……?きゃああああああ!!!?」
「ふみゅ……?」
シミコの悲鳴を受け、小動物の様な呻き声と共にマナも目を覚ました。
「…………え、え、ひゃあああああ!!?」
「救護!!」
ミネが即座にマナの後ろに回り込み、目隠しをあてがう。
「な、なんですかこれ!め、目隠し!?そ、それに私、はだ……きゃああああ!!?」
『マナ、聞こえるかい?』
ミネの持つトランシーバーから声が聞こえる。
「せ、セイア様……?」
『どうやら神秘は解除された様だね。大丈夫だ、この公園の件で怪我人は出ていない。」
「でも、わた、私、2人も……!」
「心配無用です、すでに手当なら終わりました。時間はかかりますが退院は可能です。それに、聞き伝手ですが2人の方がマナさんを襲ったそうではありませんか。」
「2人にはマナが謝りたいなら後日いけばいいと思うよ。」
「せ、先生は早くどこか行って!!!」
「そ、そうです!先生は早く立ち去ってください!」
スズミにレイサ共々引っ張られ退散させられる。
「……こんな結末になるとは思いませんでしたけど……、無事で、良かったです。マナさん。」
「あ……シ、シミコ……さん!?うぐっ……ううっ!!うわぁぁぁぁん!!!」
後ろから涙を流すマナの声が聞こえる。
見ることは叶わないが、きっとシミコはマナを抱きしめていたことだろう。
こうして、公園一つが壊滅する被害にはなったものの、1人の少女の神秘が暴走する事態は収束を迎えたのであった。
ーーーーー
「かくして、石の森に引き篭もるはずだった少女は勇敢な英雄に救い出され、物語は終わりを迎えるのであった……ということでいいのかな?」
古書館のソファーにゆったりと腰掛けた百合園セイアは、片手に本を持ちながら私に話しかけた。
「うーん、終わり、というのは間違いかな。」
「おや?そうなのかい?」
セイアから視線を外し、少し遠くを見る。
そこには、
「以前から思っていたんです、図書室然り、古書館然り、緑が足りないと!良質な読書は良質な空間からだとらそう思いませんか?マナさん!」
「シ、シミコさんが良ければ植栽くらいは用意するよ?……で、でも……。」
「ええ!この際ですからどんどんやっちゃいましょう!」
「い、良い訳ないでしょうがーー!!」
「きゃあああああ!」
古書館の中に観葉植物を用意しようとするシミコ、マナ、レイサとそれに猛反発するウイの姿があった。
「すみませーん!頼まれた植栽持ってきましたよー!」
扉が開け放たれシスターフッドのヒナタが入ってくる。抱えているのいいは大きな植木鉢。
「ヒナタさんありがとうございます!そこにお願いしますね!」
「なんでまた増やしてるんですか!」
「何故って委員長の私生活が心配だからです、毎日陽も浴びない、引きこもってばかりでは心配です。こうやって日光を浴びることが重要な植物を用意することで、委員長の生活リズムを改善するべくですね?」
「余計なお世話でしょうが!!」
「マナさん!」
「ご、ご、ごめんなさい!!!」
「な、何する気ですか!や、やめ」
ウイが言葉を言い切る前に、彼女は見事に硬直する。
「さ、これで心置きなく作業できますね。」
「シ、シミコさん、あんまりこのままなのは可哀想だから……!」
「そうですね、レイサさん、素早く終わらせましょうか!」
「もちろんですよ!」
そんな姿を眺め、私はセイアに返事を返した。
「寧ろ、これからが始まりじゃないかな?」
「そうなのかい?」
「うん、マナちゃんは……ずっと『森』の中にいたんだと思うよ。そして、やっと森を抜けたばかりなんだ。だからあの子の物語が始まるのは、これからだと思う。そうじゃないかな?」
「……確かに、先生の言うとおりかもしれないな。」
……あの後、マナの力は普段の状態に戻った。
しかし、少しだけ変わったことがある。
ある程度任意で力を使える様になったのだ。
それについて、一度暴走したことで能力の加減を感覚的に掴んだのではないとセイアは考えている様だ。
マナが一瞬目を離したことで、ウイが硬直から解放される。
「わっ、マナさん何してるんですか!」
「ご、ごめんなさいぃぃ!」
「もう許しませんよ!」
「退避!退避です!」
怒りが頂点に達したウイが、シミコ達を追いかけ回す。
がしかし、やはりと言うかすぐにバテて倒れ伏してしまった。
「すみません!遅くなりました、マナさん検査の時間……ってこの状況はどうなってるんですか!?」
「やぁ、セリナ。」
「あ、先生お疲れ様です。」
経過を観察するという目的で、定期的にマナの神秘をセリナやミネが検査する様になっていた。
最初はマナを怖がっていたセリナだが、いまは打ち解けて話し合えている。
「じゃあ、今日はこの辺りでお暇しようかな。まだまだ仕事もあるからね……。」
「そうかい、また来てくれるのかな?」
「必要なら、いつでも。」
セイアに挨拶をし、席を立つ。
シミコとレイサ、そしてマナに近づく。
「またね、皆。」
「先生、本当にありがとうございました!」
「私は何もしてないよ、シミコ達が頑張っただけ。まだ、プロローグを読み終わったばかりなだけだよ?」
「……はい。」
「私の力が必要な時は、いつでも呼んでくださいね!先生!」
「よしよし。」
そう言って、レイサの頭を撫でる。
「わぁ!あ、頭を撫でないでください!」
「……あ、ありがとう、ございました。」
おずおずと感謝を伝えるマナに、私は微笑む。
「もう大丈夫、だよね。」
シミコとレイサがマナの両手を握り、笑顔を向ける。
髪の毛からはシアが鎌首をもたげ、マナを眺めながらチロチロと舌を出している。
満開の笑顔で、古紅マナは答えた。
「ありがとうございました、先生!!」
ーーーゴルゴーンの庭にはもう、誰もいない。
Garden of Gorgōn (終)