まこっちに双子の妹がいる食文化研究部の日常   作:ハナサキ

8 / 10




08.「さすがにあのときばかりは死を覚悟したよね」

 

 

 ──二月初週のとある昼下がり。

 

 一日の授業も終わり、いつものように部室に向かうべく一人で大学の構内を歩いている時だった。

 

 

「──おっ、いたいた。ねぇ、そこの君、食文化研究部の子だよね?」

 

 

 後方から不意に響く涼やかな声音。

 

 振り返ると、そこにいたのは背中まで伸びた美しい黒髪が特徴のオフィスユニフォーム姿の女性。

 

 歳の頃は二十代半ば〜後半ぐらいで、その凛とした佇まいからは清楚でクールな落ち着いた大人の雰囲気がこれでもかと溢れ出ており、まさに私の好みド真ん中の──って。

 

 

「──きゃ〜っ!♡ まっゆみさぁ〜んっ!♡」

 

「っ……!? ちょっ──」

 

 

 ──ぎゅむっ!

 

 ……気付けば私は、自分の思考すらも纏まるのを待たずして、ほぼ条件反射的に彼女に抱きついていた。

 

 ふへへぇ……♡ 良い匂〜い♡

 

 

「もう、いきなり何なの……!?」

 

「えへへぇ♡ 会えて嬉しいですぅ。わざわざ一人でいるところにこうして声をかけてきてくれたってことは、もしかしてそういうこと(・・・・・・)ですかぁ〜? 仕方ないですねぇ〜、じゃあちょっとそこの暗がりで──」

 

「何をする気だ何を」

 

「あ(いた)っ……!?」

 

 

 流れるように腕を絡めながら物陰に連れ込もうとした私だったが、彼女──この大学の事務員、太田まゆみさんにパシィンッ!と軽く平手を振り下ろされ、たまらず前頭部を押さえる。

 

 

「うぅ〜……職員が学生に暴力振るったぁ〜……!」

 

「大丈夫だよ、ここ、ちょうどカメラの死角になってるし、他に目撃者もいないから証拠も残らないし」

 

「しかも故意犯だった……」

 

 

 ──くっ、汚い、さすが大人は汚い……! でもそういう保身に長けた抜け目のないところも自立してる感あって好きっ……!!

 

 

「はぁ……。でも失敗したなぁ。君、さわがしい子のほうかぁ。一人でいるからてっきりおとなしい子のほうだと思ったのに」

 

「あ、まこなら今日も“コレ”と一緒に買い出しデートに行ってますよ。ほんとラブラブですよね〜」

 

「そうなんだ……。あと下品だから小指を立てるのはやめようね」

 

 

 まゆみさんに冷静な口調でそう(たしな)められ、ピンと突き立てていた小指を「は〜い」と下ろす私。

 

 美人の命令にはどこまでも従順で素直なのが私の長所の一つだ。

 

 

「それで、ひと夏のアバンチュール的なお誘いじゃないならいったい何の用なんです?」

 

「今めちゃくちゃ冬だけどね。……って、そうそう。さっき提出してもらった活動報告書なんだけど、ちょっと不備があったから早めに直してもらいたいんだよね。これから部室に行くなら、ついでに部長の子にそう伝えといてもらえるかな?」

 

「え〜、それなら一緒に行きましょうよ〜。ほら、部室棟もすぐそこですし。今ならお茶とお菓子にコタツまで付いてきますよ?」

 

「コタツ……」

 

 

 ……おっ、揺らいでる揺らいでる。

 

 まゆみさん、少し前に部室に来た時もコタツに入りながら居眠りしてたし、きっとあの独特の魔力には抗えないタイプなんだろうなぁ。

 

 

「あ、そういえば冷凍庫にアイスもあったっけ、牧場し○り。冬のおコタで食べるアイスって夏に食べるのとはまた違った良さがありますよねぇ〜」

 

「っ……。……まあ、そこまで言うなら仕方ないね。それじゃあ、ちょっとだけお邪魔しようかな」

 

……うわマジかよこの人チョッロ

 

「何か言った?」

 

「いいえ何も?」

 

 

 澄まし顔でぶんぶんと首を横に振りつつ、まゆみさんの右腕をガッチリとホールドするように腕を絡める私。

 

 そうして鼻歌交じりにぴったりと身を寄せながら並んで歩き始める。

 

 まゆみさんのほうも多少は鬱陶しそうにしながらも、かといって特に振りほどこうとする様子は無い。

 

 たぶん彼女の中ではコイツには何を言っても無駄だ、といった具合に色々諦められているのだろう。

 

 ──フッ、これもまた私の百八個ある長所のうちの一つ、生まれついての妹気質に()る天性の愛嬌が()せる(わざ)、というやつだな。

 

 ちなみに短所は無い。人生超楽しい。

 

 

「そういえば君、最近学生たちの間で噂になってるみたいだよ。一年に物凄い手の早い色欲魔がいるって」

 

「あ、それたぶん私じゃないです。だってまだ大学の()になんか全然手なんて出せてないですもん」

 

「そうなの?」

 

「はい。声は掛けてるんですけど、タイプの()に限ってなかなかガードが堅いんですよねぇ〜」

 

「へぇ。──で、声掛けたってどのぐらい?」

 

「え……入学してからだとたぶん声掛けたのは百人弱ぐらいでデートできたのはそのうち二割ぐらい、本番まで行けたのは──」

 

「いやそれ、やっぱり君が噂の出元で間違いなくない?」

 

 

 そんなことを話しながら歩いているうちに、やがて部室棟のすぐ目の前まで辿り着いた私たち。

 

 その中の正面から向かって一階の左端の部屋──我ら食文化研究部の部室の前に立つと、扉の奥から何やらドタドタとした賑やかで喧しい物音が外まで漏れ聞こえていた。

 

 ……いったい中で何してるんだ?

 

 と、そう思いつつも構わず部室の扉を無造作に開け放った──その瞬間。

 

 

「──鬼はぁ〜外ぉーッ!」

 

「あ、百円見っけ」

 

「え? ──っ………」

 

 

 ──バラバラバラビッシャーンッ!

 

 ……部室の扉を開けた瞬間、小銭を見つけてしゃがみ込んだ私の頭上を通り抜け、大量の豆のようなものの嵐が背後のまゆみさんの顔面へと、それはもう思いっきりダイレクトに降り注いだのだった。

 

 ………………………………。

 

 

 ……うわぁ。

 

 

「えっ、じ、事務員さん!? なんで……!?」

 

「……投げたのはしのんです」

 

「あ、あぅわぁわわわわ……」

 

「………………………………」

 

 

 まゆみさんの顔を見て激しく動揺するおしんこと、瞬時に状況を悟り全責任をおしんこへと擦り付けるつつじ、そして鬼のお面を半端に被りながらドアのすぐ真横でガクガク震えるなな。

 

 そんな三者三様ながらも、全員がこの世の終わりのような絶望の表情を浮かべる中、私は冷静になって彼女たちの足元に目を向ける。

 

 よく見ると、部室の床一面には大量の豆? らしきものが、足の踏み場も無いぐらいに散らばっていた。

 

 ……なるほど。

 

 状況は完璧に理解した。

 

 

 ──そういえば今日って節分の日だったね……。

 

 

「じ、じじ、事務員さんこれは、そ、そのですね……ちょっとした不幸な事故と言いますか……へへへ……」

 

「………………………………」

 

 

 そんな風に何とか愛想笑いを浮かべて弁解を試みるおしんこだったが、けれどそんな彼女に、まゆみさんは無言・無表情のまま悠然と歩みを進めていき、一歩、また一歩ととんでもない圧を放ちながら詰め寄っていく。

 

 

「──ひぃっ……!?」

 

 

 そのあまりの迫力に、遂にあの元気だけが取り柄のおしんこですら言葉を失くし、すっかり恐怖で縮み上がってしまっていた。

 

 ……しかしまゆみさんはそれでも歩みを止めない。

 

 やがて、もはや顔と顔が触れ合うのではないかというほどの超至近距離にまで肉薄したまゆみさんは、瞳孔をガン開きにしたまま、怯え竦みすっかり硬直しきっているおしんこに、ただ一言──。

 

 

「──どうした? 言い訳はそれで終わり?」

 

 

 ──この日……。

 

 ただ一人の例外もなく、その場にいた全員が本当の恐怖とは何なのかを思い知った──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♢♢♢♢♢

 

 

 ──それから約一時間と数十分後……。

 

 

「──っていうことがあってね? そのあとなんとかこの前くれあママンがみんなに差し入れに持ってきてくれてた秘蔵の限定お取り寄せプリン(おしんこの分)を献上して許してもらったんだけど、さすがにあのときばかりは死を覚悟したよね」

 

「そ、そんなことが……」

 

「うわぁ……その場にいなくてよかったぁ……」

 

 

 他所のサークルや研究室を駆け回って借りてきた掃除機やハンディクリーナーで豆、もとい大量のBB弾(さすがに伝統行事とはいえ食べ物で遊ぶのは気が引けたらしい)をおしんこ、つつじ、ななとの四人で吸い取りつつ、買い出し終わりで遅れてやってきたまことくれあの二人に淡々と事情を説明する私。

 

 ……いやぁ、ほんとに。世の中絶対に怒らせたらいけない人っているもんだね。

 

 黙って話を聞いていたまことくれあの二人も揃って戦慄したように顔を引き攣らせているところを見るに、どうやら想像の中だけでも充分現場の恐怖は伝わったらしい。

 

 今後しばらくまゆみさんのことはもっと丁重に扱うことにしよう……。

 

 

「ぅ、うぅ……(ごわ)がっだ、(ごわ)がっだよぅ……」

 

「……申し訳ありません。私としたことがつい気が動転して全力でしのんのことを売ってしまいました。我ながらなんという最低な行いを……」

 

「も、元はと言えば私がドアの前で避けちゃったからだし……」

 

「ゔゔん……最初(ざいじょ)に豆まぎやろゔっで言い出じだのは(わだじ)だがら……」

 

 

 ……見れば部室の掃除をしながら、おしんこ、つつじ、なながそれぞれの傷を舐め合うように三人でひとかたまりになりながら延々と慰め合っていた。

 

 おしんこに至っては今も尚半泣きの状態である。

 

 ……一応誤解はとけたとはいえ、状況が状況なだけに完全に悪質な悪戯だと勘違いされてたもんなぁ……。

 

 三人にしてみれば可哀想なことこの上ないけれど、そりゃ怒るよ……。なぜか私まで誘導係としてグルだと思われてたみたいだし。

 

 ──あれ……待てよ?

 

 ……もしかしてこれ、私がまゆみさんを強引に部室に連れて来たりなんかしなければ今頃何の悲劇も起こらずに全て平和に終わっていたのでは……?

 

 ………………。

 

 

 ──ま、そんな結果論どうでもいっか!!

 

 

「……ええっと、それじゃあそろそろ恵方巻きとけんちん汁作るね……?」

 

 

 ……と、そういえばそうだった。

 

 元々今日はそういう会になる予定だったのだ。

 

 せっかくの節分だし、食文化研究部らしく節分にまつわる料理を食べよう、という。

 

 まことくれあもそのために買い出しに行ってくれていた訳だし。

 

 

 ──と、いうことで……。

 

 

「──じゃああの三人はもう今日はメンタル的にダメみたいだから、お米は私が研ぐね」

 

「うん、よろしく」

 

「じゃあ私は野菜とか切っていくね〜」

 

 

 ……そんな感じで三人で調理(私はほぼ見ているだけだったけど)を進めること(しばら)く──。

 

 

「「「──かんせ〜い!」」」

 

 

「お〜い、三人とも。ほら、料理もできたんだしそろそろ元気出しなって」

 

「っていうか、けんちん汁って節分料理なの?」

 

「なんか関東の一部にそういう風習があるんだって」

 

 

 

 

「うぅ……今まで食べたけんちん汁で一番染みるぅ……」

 

「今年の恵方ってどっちでしたっけ」

 

「待って今調べる。──あっちだって」

 

「えっ、この子いま方位磁針すら無しにノールックで方角指し示してこなかった……? ウソでしょ、こわ……」

 

「やっぱりパズルが得意だと空間把握能力みたいなのも自然と身についたりするのかな……?」

 

「いつも思うけど、ななって人見知りさえなければ基本めちゃくちゃハイスペックだよね……」

 

 

 ……と、このように。

 

 福を招くどころか、真の意味での鬼が顕現した今年の節分は、こうして最後は和やか(?)に過ぎ去っていくのであった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。