まこっちに双子の妹がいる食文化研究部の日常 作:ハナサキ
──バレンタインデーを目前に控えた二月十一日。
大学の構内。人通りの極めて少ないとある片隅にて。
「──ふぅん。まこが喜びそうなチョコねぇ……」
「うん……。やっぱりこういうのはもかに聞くのが一番だと思って……」
……と、若干口ごもりながら、やや遠慮がちにそんなことを言ってくるくれあ。
その態度は実にいじらしく、顔つきに関してもまさに恋する乙女そのものといった感じで、端から見ている分には何ともまあ尊みが深い限りなのだが……しかし、君ね。
それならそうと、もっと誘い方というものを考えなさいね……?
昨日の夜にいきなり電話がかかってきたかと思ったら「ねぇ……明日、誰にも内緒で二人きりで会えないかな……?」だよ?
──こんなんどう考えても
まあすぐに、“いや、あのくれあのことだしたぶんまこ関係の何かだよね……”と辛うじて冷静さを取り戻せたからいいものの、下手な相手だったらたぶん盛大な勘違いをした挙げ句に一晩中ドキドキし過ぎて一睡もできないところだったよ? ……くれあママンのそういう思わせぶりなところ、ほんとどうかと思う。
今までもそうやって無自覚のまま幾人の初恋を奪ってきたことか……とても計り知れない。
……事実、好きな人のことを想いながら告げるあの乙女特有の甘ったるい声のトーンにはそれぐらいの破壊力があった。
というかまこの女じゃなければ問答無用で押し倒していたところだ。
まったく、罪な女である。
──で、それはそうとまこが貰ったら喜びそうなチョコ、か……。
バレンタインデーに好きな人に手作りチョコをあげたいとか、どこまで乙女思考なんだろう、この
──だが、そういうことであればくれあの言うとおり、相談役として私ほどの適任はきっと他にはいまい。
なぜなら私は一卵性の双子として、まことはまだ一つの受精卵であった頃からの長い付き合いであり、同じ産道を通り、一緒に産湯にも浸かった仲だ。
遺伝子的にも、過ごしてきた年月的にも私ほどまこを知り尽くしている人間はこの世にいない──と、そう胸を張って言い切れる。
何しろ体のつくりも同じな上に育った環境や普段の食生活だって変わらないのだから、当然、味覚的な好みもそっくりそのまま共通している訳で。
即ち、私が好きなものはまこも同様に好き、という理屈が簡単に成り立ってしまうのである。
そういった観点から言わせてもらえば、まこが喜ぶチョコといえば、ずばり──。
「──やっぱりG○DIVAじゃないかな?」
「思いっきり既製品なんだけど。しかも結構お高めのやつだし……」
「それならチョ○パイとか紗○とか……。まこも私も、L○TTEのチョコめちゃくちゃ好きなんだよね……」
「たしかに美味しいけど……!! 私も好きだけど……!! けど私が言いたいのはそういう値段の問題じゃなくて、そもそも手作りがいいっていう話で……!」
……ふむ。だめか。
けど、手作りとは言っても結局味のベースは既製品そのままになる訳だし、それならいっそ余計な手は加えず大手メーカーの長年に渡る企業努力を信頼して全てを委ねてしまうほうがよっぽど確実だと思うんだけど……。
あ、でも手軽に食べられる系ならme○jiも捨てがたいよね。アポ◯とかマー◯ルとかチョ○ベビーとか、小さい頃なんか特に大体みんなお世話になるラインナップだ。
あとお茶
「どうしよう……帰りにスーパーでありったけのチョコ菓子オトナ買いしちゃおうかな……宴が、宴が始まるんじゃ……」
「それはもう好きにして」
半眼のくれあからそんな冷ややかなツッコミを浴びせかけられ、慌てて思考を現実へと引き戻す私。
……いけないいけない。私としたことが、好きなチョコのことを考えていたらつい本題のほうを見失ってしまっていた。
でも実際既製品の詰め合わせとか、貰ったらめちゃくちゃ嬉しいけどね……。いや、別に手作りが嫌いって言うわけじゃないけれども。
ただ、手作りってたまに作り手によってはとんでもない異臭がしたりとか得体の知れないのが混ざってるのとかあるし……ちょっと、ね……? どうしても警戒しちゃうよね……。
「……それで、真面目に答えてくれるの、くれないの?」
「ああうん、ごめんごめん。……と言っても、私からは正直、まこなら何でも喜んでくれるとしか……嫌いな物だってほぼほぼ無いし」
「やっぱそうだよね……。でも私は、その中でも一番喜んでくれそうなチョコをあげたいっていうか……。──ねえ、本当に何も心当たりとかないの?」
「う〜ん……まこが一番喜びそうなチョコかぁ……。──あっ……」
「何か思い出した!?」
意味ありげにはたと声を上げる私に、くれあがそれは期待の込もった眼差しで食いつく。
そんなくれあに、私はニコッと微笑みかけながら──。
「いっそ、くれあママン本人が美味しくいただかれちゃうというのは──」
「バカじゃないの?」
「……そんな!? でもバレンタインデーに美少女の裸リボンチョコレートソース添えは私たちの界隈では定番中の定番というか……!!」
「そんなアブノーマルなバレンタインデーなんか求めてないから!! お願いだからもっと真剣に考えてよ!」
「え〜、でもあながち間違ってもないと思うんだけどなぁ」
「……どういうこと?」
「ん〜、つまりね、私が言いたいのは結局、“何をあげる”かじゃなくて“誰があげるか”なんだよ。──だってほら、考えてもみてよ」
私はそう言いながら、ズビシッと人差し指の先端をくれあへと向けて。
「──誰だってさ、一番好きな人から貰えるものなら、何だって一番嬉しいに決まってるじゃん」
「──っ……!!」
核心を突くような私の一言に、くれあが無言で大きく瞠目しながら固まる。
次いでおもむろに自身の顎に手をやると、「たしかに……」と唸る。
「で、でも、そんな……い、一番すすす、好きだなんて、そんな……いくらなんでも大げさっていうか……はへへ……」
「……ニヤけてるニヤけてる。今のところ全感情が顔に出ちゃってるよ、くれあママン……」
「っ……、い、いや、でも……やっぱりまだそこまで自信は持てないっていうか……」
「むしろ不安要素なんて一つもないでしょあんなの……。見るからに両想い確定じゃん、相思相愛じゃん……」
「えぇ〜、もぉ〜、それはさすがに言い過ぎだよぅ〜」
「だから全部顔に出てるんだってば……」
……え、なにこれ、回りくどい新手の
帰っていいかな、もう……。
「……うぅ、でもまこって優しいし、もし好みじゃないチョコを渡しちゃって気を遣わせたりなんかしたら、私──」
「──【大丈夫だよ、くれあちゃん。私はくれあちゃんが作ってくれたチョコなら、どんなものでもすっごく嬉しいよ】──」
「──っ……!? ……まこ!?」
尚も煮え切らない様子のくれあを見かね、私は最後のダメ押しとばかりに記憶の中にある普段のまこの口調、声色、仕草、表情筋の動かし方など──その全てを完璧にトレースしながら告げる。
──フフフ、どうだ驚いたか。
私は双子として、まこの物真似なら世界一得意なんだぞ!
ここまでしてやれば、いくら恋愛にヘタレなくれあママンでもさすがに少しは自信も湧いてきたことだろう。
ほんと……どうせもうお互いの正妻ポジは揺るぎようが無いんだし、今さら何も心配することなんてないだろうに。……ってか、早よ付き合え。
……まあ、それはそうとせっかくだし、このままもう少し遊んでみるか。
「──【ねえ、くれあちゃん】──」
「ひゃ、ひゃいっ……!」
まこと同じ顔、同じ声で発される言葉に、眼前のくれあは目に見えて動揺している様子だった。
……そんな彼女の紅潮しきった頬に、私はそっと右手を添えると、流れるように顎をクイッと持ち上げる。
そうしてぷるぷると震えている彼女の下唇を親指の腹で優しくなぞってやると、上気した顔でピクッ、と大きく身を揺らして反応した。
──あ、やば……。
これちょっと本気で楽しくなってきちゃったかも……。
「──【私、お腹すいちゃったな】──」
視線と視線が交わり、妖艶にフッと微笑む。
そのまま私は、彼女の顔の左側──頬と頬が触れ合うのではないかというほど密着しながら、その耳元に、ゆっくりと唇を近付けていき──。
「──【くれあちゃんのこと、食べてもいい?】──」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
──ボフンッ!! ……と、まるでそんな効果音が聞こえてくるかのようだった。
それぐらい、見事なまでにくれあは脳まで沸騰してしまった様子でへなへなとその場に崩れ落ちる。
……いや、凄いな。
まさかちょっとまこになりきってみせただけでここまでの破壊力が出るとは……。
……けれどもくれあは、すぐにぶんぶんと
「……ちょ、ちょっと今の、もう一回……今度は録音とかさせて貰っても……あ、やっぱりいっそ動画のほうが──」
……否。全然冷静なんかじゃなかった。
それどころか若干目が血走っていてこわかった。
そういうの、さすがの私でも普通にちょっと引くよ……?
「──よかったら今度、ネットのシチュエーションボイスサンプル集とか送るから、こっそりまこになりきって収録とか……」
「いやそれはもう本人に頼みなよ……」
たぶんまこなら多少は恥ずかしがるとは思うけど頼めばそれぐらいやってくれると思うよ……?
その代わり、くれあに対してもおそらく同じようなことを要求してくるとは思うけど。何事もギブアンドテイクは大切だからね、Win-Winだねっ!
「……っていうか、このぐらいでドキドキしてたらいざそういう関係になったとき、まこの相手なんて到底身が持たないと思うよ?」
「えっ……? いや、でもまこはこんなグイグイ来ないでしょ」
「……いやいやいや。わかってないなぁ。──いい? まこはたぶん、付き合ったらめちゃくちゃ独占欲拗らせて押しが強くなるタイプだよ? それに普段色々抑圧されてる
「そ、そうなの……?」
「うん。それになんと言っても私と同じ遺伝子を持って生まれてきてる訳だからね。だから絶対性欲も強い」
「そうなの!?」
──そう。絶対にそう。
そもそも食欲旺盛な人間は総じて他の三大欲求にも忠実なわけで、つまりたくさん食べる
「……しかもまこの場合、私みたいに色んなところで適度に発散させてるわけでもないから、今までの溜めに溜めた分が一気に初彼女に注がれることになるわけで、なんというか……私からするとどう足掻いてもくれあママンが美味しく食べ尽くされて“ごちそうさま”されちゃう未来しか見えないんだよね……」
「──ご、“ごちそうさま”……っ!?」
──って……。
私はいったい何の話をしてるんだろうね……。
見ると、くれあはすっかり呆けてしまったように口をパクパクさせながら「“ごちそうさま”……“ごちそうさま”……」とうわ言の如くしきりにそればかり呟いていた。
そしてきっと、色々と想像してしまったのだろう。
顔を耳まで真っ赤にさせながら、やがてゴクリと息を呑み、どこまでも真剣な面持ちで──。
「──私、頑張って今以上に体力付けるよ……!」
「……ごめん、私から悪ノリしといてアレだけど、さすがに色々脱線しすぎだから。お願いだからツッコミ放棄しないで? そろそろ貴重な常識人枠に戻って?」
「……っ!」
私がそう諭すと、くれあがハッとした様子で目を見開く。
……ようやく正気に戻ってくれましたか。
ほんと、まこの事になるとびっくりするほどポンコツ化するよね、君……。
「……ええっとまあ、とにかく結論としては、まこならきっと、くれあママンが作ってくれたチョコなら何でも喜んでくれると思うからさ。だからそんなに気負わず、自分の好きに作ってみたら?」
「……私の好きに──うん、わかった……。──ありがとう、もか。おかげで今日はすっごい参考になった、その……色々と……」
……うん。
微妙に変な含みを持っていたことは気になるけれど、結果的にこうして未来の姉嫁の背中を押せたんなら、これはこれで良しとするか……。
♢♢♢♢♢
──で……。
そんなこんなで遂に迎えた二月十四日。バレンタインデー当日。
この日はこの週末が終われば大学も春休み期間に入るということで、一年間の授業も終わり、私たち食文化研究部の面々も皆それぞれが特有の解放感に包まれながらここ──私とまこが暮らしているアパートの一室へと集まっていた。
今日はこれからここでみんなでチョコ作りに興じつつ、その後、打ち上げの意味も込めて盛大なお菓子パーティーを開く事になっている。
部室では使える設備も限られているため、クリスマス会の時と同様、まこの提案で会場には今回もうちが選ばれた訳だが……。
「(ど、どうしようもか、なんか緊張してきた……!)」
「(いやいや落ち着きなって……。初めて来たわけでもないんだし、普通にしてればいいんだよ、普通に)」
──約一名、極度の緊張でもはやパーティーどころではない様子の方がここにいらっしゃるのですよ……。
ヒソヒソと小声で話しかけてくるくれあに同じぐらいの声量で応じながら、思わず呆れ顔で苦笑する私。
のっけからこんな調子で大丈夫なんだろうか、めちゃくちゃ先が思いやられるんだけど……。
「……? くれあちゃん? どうかした?」
「い、いや! 別に何でも……!」
「そう……?」
そして嫁の異変には瞬時に気が付く嫁。さすがである。
「まこっちー! それで今日はどんなチョコ作るの?」
「う〜ん、とりあえず色々材料は揃えておいたから、みんなで好きに作っていこっか。しのんちゃんは何が食べたい?」
「え、GO◯IVA」
「……うん。それは私も食べたいけど、できればもっと現実的なやつで……」
「……っ!? ま、まこ、やっぱりGODI○Aが良かった……!? ど、どど、どうしよう、私今すぐ買って──」
「急にどうしたのくれあちゃん!? 大丈夫だから……! しのんちゃんもただ冗談で言っただけだからね!?」
「そ、そっか……! そうだよね、あはは……」
「……?」
……ダメだこのくれあママン、早く何とかしないと。
さっきからいちいち挙動が不審過ぎるんよ……。
「まこっちゃん! 私、チョコチップクッキーとか作ってみた〜い!」
「うん、それなら作り方わかるよ。まずは──」
「まこっち。私はウイスキーボンボンならぬエナドリボンボンを作りたいのですが、レシピはわかりますか?」
「えっ、どうだろ……。たぶんあれ、専用の型とかも必要になってくると思うけど……」
そんな風にあっという間に部員たちに囲まれるまこ先生を傍らで眺めながら、くれあは一人「すー、はー……」と深呼吸を繰り返しつつ、何とか気持ちを落ち着かせようと試みていた。
そこへ──。
「くれあちゃんは何か作りたいチョコとかある?」
「──へぇっ!?」
──ドンガラガラガッシャーンッ!
……急に話しかけられ、大きく動揺したくれあが台所を背に思いっきりのけ反った拍子に、調理台に積み上げられていた調理器具類を盛大に床へとぶちまけた。
もはや軽めの大惨事である。
「ちょっ、くれあちゃん大丈夫!? 怪我とかしてない!? ……っていうか、やっぱりどこか調子悪いんじゃ──そうだ、よかったら私のベッドでしばらく休んだりとか──」
「……なっ!? まこのベッドって、そ、そんな──“ごちそうさま”はさすがにまだ早すぎるよまこっ……!!」
「いきなり何の話!? ──って、くれあちゃん……? ちょっと、本当に大丈夫……!? くれあちゃん? くれあちゃん……!?」
──う〜ん。ダメだこりゃ……。
……その後、みんなのチョコ作りが終わる頃になってようやく正気に戻ったくれあは無事、まこにチョコを渡すことができ、まこからもそのお返しにくれあ同様事前に作っていたチョコ(どう見ても本命チョコだった)を貰うこともできて、色々あったものの、最終的には二人にとってとても充実したバレンタインデーとなったのだった。
……ちなみに今回相談に乗ってくれたお礼と称して私にも律儀にチョコをくれたくれあだったが、同封されていたメッセージカードを手に取ると“まこに言ってほしいセリフ集”なる私のなりきり版まこを想定した妄想シチュエーションボイスの希望セリフの一覧がびっしりと手書きで書き連ねてあってドン引きした。
あまりにも気持ち悪くてこわかったので、とりあえずまこの部屋に向けて全力で投げ捨てておいた。
勿論回収はしていない。
……後日くれあから、抗議二割、感謝五割、怪文書三割の長文メッセージが届いてさらに引いた。
──ってか、ほんとにやってくれたんだね、まこ……。