無能力の村人、魔法理論を学び世界最強になる 作:Menma_Taro
第9話
翌朝、ライナスは馬車の窓から王都の壮大な景色に見入っていた。
石造りの高い城壁に囲まれた都市は、想像していた以上に巨大だった。城壁の向こうには無数の建物が立ち並び、大きな塔がいくつも空に向かって伸びている。
「圧倒されますね……」
「初めて見る人はみんなそうですよ」
ロイ副院長が微笑む。
「王都には約50万人が住んでいます。タケノ村の2500倍ですね」
「50万人……」
ライナスは数字を聞いて改めて驚いた。前世の日本でも、これほど大きな都市は限られていた。
馬車は城門の前で一時停止した。門番が身分証明書を確認している。
「王立魔法学院の関係者ですね。どうぞお通りください」
「ありがとう」
城門をくぐると、本格的に王都の街並みが現れた。
石畳の大通りには多くの人々が行き交い、様々な商店が軒を連ねている。馬車や荷車も頻繁に通り、活気に満ちていた。
「すごい人の数ですね」
「そうですね。特に午前中は商人や職人たちが忙しく動き回ります」
エレナ教授が説明してくれる。
「あちらに見えるのが王宮です」
指差された方向を見ると、巨大な宮殿が堂々とそびえ立っていた。
「王様がいらっしゃるんですか?」
「はい。フェルディナンド3世陛下がお住まいです」
「いつか会えるでしょうか……」
「君の実力次第では、宮廷魔法使いとして招かれる可能性もありますよ」
ロイ副院長が期待を込めて言う。
「宮廷魔法使い……」
ライナスはその響きに憧れを感じた。しかし、同時に責任の重さも理解していた。
馬車はさらに進み、ついに目的地が見えてきた。
「あれが王立魔法学院です」
広大な敷地に建つ学院は、まるで小さな城のようだった。中央にそびえる大きな塔を中心に、複数の建物が配置されている。
「大きいですね……」
「敷地面積は村一つ分ほどあります」
「村一つ分……」
ライナスは改めて学院の規模に驚嘆した。
正門には立派な門構えがあり、「王立魔法学院」の文字が金色で刻まれている。門番が敬礼で迎えてくれた。
「お疲れさまです、副院長」
「ご苦労様。新入生と新しい研究員をお連れしました」
馬車は学院の中庭に止まった。
「さあ、到着です」
ライナスは緊張しながら馬車から降りた。
周囲には制服を着た学生たちが歩いている。年齢は様々で、ライナスのような子供から、20歳前後の青年まで幅広い。
「あら、新入生かしら?」
「随分小さいわね」
「特待生なのかも」
学生たちがライナスを見て小声で話している。注目されることには慣れていたが、やはり緊張する。
「気にしなくていいですよ」
アルベルトが励ましてくれる。
「最初はみんな興味を持ちますが、すぐに慣れます」
「はい……」
「それでは、まず院長室にご挨拶に行きましょう」
ロイ副院長に案内され、一行は学院の中央建物に向かった。
建物の中は廊下が広く、天井も高い。壁には歴代の著名な魔法使いの肖像画が飾られていた。
「この方々は皆、この学院の卒業生です」
エレナ教授が説明してくれる。
「すごい人たちばかりですね」
「そうです。君もいつか、ここに肖像画が飾られるかもしれませんよ」
「そんな……」
ライナスは謙遜したが、内心では少し嬉しかった。
院長室の前に到着すると、ロイ副院長がノックした。
「院長、お連れしました」
「入りなさい」
重厚な声が響く。
扉を開けると、大きな机の奥に威厳のある老人が座っていた。長い白髭を蓄え、深い青色のローブを着ている。
「初めまして、ライナス君」
院長が立ち上がって迎えてくれる。
「私はマクシミリアン・オーガスタス、この学院の院長です」
「よろしくお願いします」
ライナスは丁寧にお辞儀した。
「そして、こちらがアルベルト・フォン・シュタイン先生ですね」
院長がアルベルトに向き直る。
「お初にお目にかかります」
「こちらこそ、このような機会をいただき光栄です」
アルベルトが丁重に挨拶する。
「先生の論文は拝読させていただきました。大変興味深い内容でした」
「ありがとうございます」
「特に魔力効率化の理論は、我が学院でも参考にさせていただいております」
院長の言葉に、ライナスは驚いた。アルベルトがそれほど有名な研究者だったとは知らなかった。
「さて、ライナス君」
院長がライナスに向き直る。
「君の魔法を実際に見せていただけますか?」
「はい」
ライナスは手のひらに火と風を組み合わせた複合魔法を発動した。
「ほほう……」
院長が感嘆の声を上げる。
「確かに素晴らしい制御力だ。7歳でこれほどとは……」
「ありがとうございます」
「君は間違いなく天才ですね」
院長が満足そうに頷く。
「この学院で思う存分学んでください」
「はい、頑張ります」
「アルベルト先生には、特別研究室を用意いたします」
院長がアルベルトに向かって言う。
「ライナス君の指導も含めて、自由に研究していただいて結構です」
「ありがとうございます」
「それでは、エレナ教授に案内をお願いします」
院長室を出ると、エレナ教授が学院内を案内してくれることになった。
「まず、教室棟からご案内しましょう」
最初に向かったのは、大きな講義室だった。
「ここでは魔法理論の授業を行います」
階段状に並んだ座席は200席ほどあり、前方には大きな黒板と実演台が設置されている。
「今は授業中ですが、少し見学してみましょう」
そっと扉を開けると、中では教授が複雑な魔法陣について説明していた。
「この魔法陣は火属性と土属性を組み合わせた……」
学生たちは真剣にノートを取っている。レベルの高い内容に、ライナスは興味を示した。
(『魔法理論解析』で見てみたいけど、ここでは無理だな……)
「次は実技室です」
移動すると、広いホールのような部屋があった。
「ここで実際に魔法を練習します」
床には特殊な魔法陣が描かれ、壁は魔法の攻撃に耐えられるよう強化されているという。
「すごく頑丈そうですね」
「そうです。上級生の魔法は破壊力が大きいですからね」
数人の学生が魔法の練習をしていた。見ていると、ライナスよりもずっと高度な魔法を使っている。
「あの人たちは何年生ですか?」
「4年生ですね。君もいずれはあのレベルに到達できるでしょう」
「頑張ります」
「こちらは図書館です」
次に案内されたのは、巨大な図書館だった。天井まで届く本棚がずらりと並び、無数の魔法書が収蔵されている。
「すごい数の本ですね……」
「この世界最大の魔法図書館です」
エレナ教授が誇らしげに言う。
「古代の魔法書から最新の研究書まで、あらゆる文献が揃っています」
ライナスは目を輝かせた。これだけの知識があれば、魔法研究が大幅に進むだろう。
「自由に利用できるんですか?」
「もちろんです。ただし、一部の危険な魔法書は制限があります」
「危険な魔法書……」
「禁呪や黒魔法に関する書物ですね。これらは教授の許可がないと閲覧できません」
ライナスは理解した。確かに、危険な知識は制限する必要があるだろう。
「こちらは食堂です」
広いダイニングホールには、長テーブルがいくつも並んでいる。
「食事の時間は決まっていますが、軽食ならいつでも利用できます」
「美味しそうですね」
ちょうど昼食時で、多くの学生が食事をしていた。
「あ、新入生だ」
「本当に小さいのね」
「特待生なのかしら」
またも注目を集めてしまったが、今度は敵意ではなく好奇心のようだった。
「みんな興味津々ですね」
エレナ教授が苦笑する。
「これだけ若い特待生は珍しいですから」
「そうなんですか」
「最年少記録かもしれません」
ライナスは少し誇らしい気持ちになった。
「最後に寮をご案内しましょう」
寮は学院の敷地内にある独立した建物だった。
「1年生から3年生までが共同生活をします」
「共同生活……」
「心配しないでください。個室ですから、プライバシーは守られます」
建物の中に入ると、清潔で快適そうな環境だった。
「こちらが君の部屋です」
案内された部屋は、村の家の自分の部屋より少し大きいくらいだった。ベッド、机、本棚、衣装ダンスが備え付けられている。
「窓からは中庭が見えますね」
「はい、とても良い部屋です」
ライナスは満足した。一人暮らしは初めてだが、これなら大丈夫そうだ。
「アルベルト先生の研究室はこちらです」
アルベルトの研究室は寮とは別の建物にあった。広いスペースに実験器具や本棚が整然と並んでいる。
「素晴らしい環境ですね」
アルベルトが感心している。
「必要な器具があれば、いつでもお申し付けください」
「ありがとうございます」
「ライナス君も、放課後はここで研究できますよ」
エレナ教授がライナスに向かって言う。
「本当ですか?」
「もちろんです。君の師匠の研究室ですからね」
これで、アルベルトと密かに研究を続けることができる。ライナスは安心した。
夕方になり、一通りの案内が終わった。
「明日から正式に授業が始まります」
エレナ教授が説明する。
「最初の一週間は見学期間です。様々な授業を体験して、自分に合ったカリキュラムを組んでください」
「分かりました」
「何か分からないことがあれば、遠慮なく聞いてくださいね」
「ありがとうございます」
夜、ライナスは一人で部屋にいた。
(ついに王立魔法学院での生活が始まるんだ……)
窓から見える中庭には、魔法の灯りがともっている。村の夜とは全く違う景色だった。
(家族は元気にしているだろうか……)
両親や村の人たちのことを思うと、少し寂しくなった。しかし、同時に新しい環境への期待もあった。
(きっと多くのことを学べるだろう。そして、いつか村に帰って、みんなを驚かせよう)
ライナスは決意を新たにした。
その時、部屋をノックする音がした。
「どなたですか?」
「私だよ、アルベルトだ」
扉を開けると、アルベルトが立っていた。
「調子はどうだい?」
「少し緊張しますが、大丈夫です」
「それは良かった。実は、君に渡したいものがある」
アルベルトが小さな本を差し出す。
「これは?」
「私が書いた魔法理論の基礎書だ。君の勉強に役立つだろう」
「ありがとうございます」
本を受け取ると、『魔法理論入門』というタイトルが書かれていた。
「この学院の理論は高度だが、基礎をしっかり理解していれば大丈夫だ」
「はい、しっかり読みます」
「それと……」
アルベルトが声を小さくする。
「君のスキルのことだが、絶対に他の人には見せてはいけない」
「分かっています」
「この学院には非常に優秀な魔法使いがいる。中には異常な能力を見抜く者もいるかもしれない」
「気をつけます」
「何か困ったことがあったら、すぐに研究室に来なさい」
「はい」
アルベルトが帰った後、ライナスは一人で考えていた。
(転生者であることと、『魔法理論解析』のスキル……この二つの秘密を守りながら学院生活を送らなければならない)
簡単なことではないが、アルベルトがいる限り大丈夫だろう。
(明日からが本当の始まりだ)
ライナスはベッドに横になり、明日への準備を整えた。
翌朝、食堂で朝食を取っていると、何人かの学生が話しかけてきた。
「君が新入生の特待生?」
振り返ると、12歳くらいの少年が立っていた。
「はい、ライナスです」
「僕はマーカス。2年生だよ」
マーカスは親しみやすい笑顔を浮かべている。
「よろしくお願いします」
「君、本当に7歳? すごく大人びて見えるけど」
「そうですか?」
ライナスは内心で冷や汗をかいた。やはり精神年齢の高さが表に出てしまうのだろうか。
「でも、それが特待生の条件かもね」
マーカスが続ける。
「頭が良くないと、飛び級なんてできないから」
「ありがとうございます」
「今度、一緒に魔法の練習しない?」
「はい、ぜひ」
こうして、ライナスは初めての学院の友人を作ることができた。
その後、他の学生たちとも自然に会話できるようになった。みんな魔法に対する情熱を持っており、ライナスとも共通の話題で盛り上がった。
「君の複合魔法、すごいらしいね」
「そんなことないですよ」
「謙遜しないで。みんな興味津々なんだから」
「今度見せてもらえる?」
学生たちの期待に、ライナスは少し戸惑った。注目を集めすぎるのは危険だが、完全に避けるのも不自然だろう。
(適度に実力を見せて、でも異常すぎないように気をつけよう)
最初の授業は魔法理論だった。
教授が複雑な魔法式について説明している。内容は確かに高度だったが、アルベルトから学んだ知識があるため、ライナスには理解できた。
「魔力の属性変換において重要なのは……」
教授の説明を聞きながら、ライナスは『魔法理論解析』で教授の魔法を観察したくなった。しかし、ここで使うのは危険すぎる。
(我慢しよう。後でアルベルトさんと一緒の時に使えばいい)
授業後、マーカスが話しかけてきた。
「どうだった? 難しかった?」
「少し難しかったですが、面白かったです」
「君、本当にすごいね。僕が1年生の時は、全然理解できなかったよ」
「そうなんですか」
「やっぱり天才は違うなあ」
ライナスは苦笑した。前世の知識とアルベルトの指導があるから理解できるのであって、天才というわけではない。
昼休み、ライナスはアルベルトの研究室を訪れた。
「調子はどうだい?」
「順調です。友達もできました」
「それは良かった。授業の内容はどうだった?」
「思っていたより高度でしたが、理解できました」
「君なら大丈夫だと思っていたよ」
アルベルトが微笑む。
「ところで、『魔法理論解析』の練習をしてみるかい?」
「はい、お願いします」
ライナスは久しぶりにスキルを使った。アルベルトの魔法を解析すると、相変わらず高い数値が表示される。
「やはり便利なスキルですね」
「そうだね。でも、使用は研究室内だけにしてくれ」
「分かっています」
「それと、このスキルを使って新しい魔法理論を構築してみないか?」
「新しい魔法理論……?」
「そうだ。君のスキルがあれば、従来の理論を大幅に改良できるかもしれない」
アルベルトの提案に、ライナスは興味を示した。
「やってみたいです」
「それでは、今日から本格的な研究を始めよう」
こうして、ライナスの王立魔法学院での新生活が始まった。
表向きは普通の特待生として授業を受け、裏では転生者の秘密を守りながらアルベルトと高度な研究を進める。
二重生活は大変だったが、それ以上に学ぶことの喜びがあった。
(この学院でどれだけ成長できるだろうか)
ライナスは期待に胸を膨らませながら、新しい挑戦に向かっていった。
2500倍か……3000倍にしとけばよかった