ムーンセルをつくろう。致命的な魔術の喪失が起きた世界に存在した新たなる神秘のフィールド、ムーンセル・オートマトンをつくろう。
この世界にはまだ神秘が残っている。僕の家には神秘の具現とも言える領域があるし、僕も一端の魔術師だ。自分にしか成しえない奇跡を持つという自負もある。
しかし、世は既に情報化社会。誰もが監視者で誰もが拡散者。魔術の秘匿という前提条件が崩れる時が訪れかけている。
︎︎人払いの術はまだ通じるだろうが、人の眼は
︎︎新たなフロンティアが必要になる時代がきっと来る。
幸い僕はそれらの世界に関する記録を"保存"しながら生まれてきている。この僕の特異性をもって、僕または僕に繋がれた存在が独立した通過点となればそれは叶う。
︎︎実現に関する問題は山ほどあるが、それは時間と僕の努力が解決するだろう。この僕が、『 』へ至る新たな道を創ってあげよう。
そんな
僕は
この世界が運命の名を冠する物語に属する世界で、僕は魔術師の家系に生まれた。最初は魔術師らしく、『 』を目指すかたわら世界を満喫しようと考えた。しかし引き出した
なんてもったいない! この世界には神秘が存在しているからこそ価値があるのに!
これは僕の、僕に
だが、それに手をかける手段があるのなら、やってみようと思った。僕がその途上で死んだとしても、前世とは違って何かに打ち込んで死ねたなら、後悔はないと思ったのだ。
そう、後悔はないはずなのだが......僕は失念していた。
︎︎時計塔の鉱石科と現代魔術科で多くを学び、その後目的のために猪突猛進で世界を飛び回っていたために、この世界が
「というわけで、あなたには人理保証機関フィニス・カルデアのマスター候補として、人理存続を賭けたプロジェクトに参加していただきたいのです。
僕が工房以外に定住していないために実家へ送られたらしい時計塔からの誘いは、その実情がわかっていても胡散臭さが拭えなかった。
対外的な僕は、まだ何もなしていない休校手続きの回数が多いだけの学生魔術師だ。呼び出して「お前封印指定されたから、保管させてね!」と言われてボコられる可能性もあるが、僕の研究が外の目に触れたとは考えにくい。
自分から行くならまだしも、招かれる...それも時計塔で強大な力を持つ
ロード・アニムスフィア。天体科を束ねる君主の家だ。
僕の研究テーマに天体として関わってくるのは月しか存在しないが、あれはただの外殻でしかない。
︎︎重要なのは内にある異星の技術であり、設置スペースよりもまず必要なのは結晶とローカライズの部分だったため、僕には必要のない分野と言っても過言ではなかった。そのため関わってこなかったのだけど...まさかFGO世界だったとは。
クソ、受けられる教導以外に価値はないからと時計塔から離れていたのが失策だったか。目的のために動いている時、視野狭窄になるのは僕の悪い癖だな。一度死んでも直らないところがかなり厄介だ。
目の前のスカウトマン――アニムスフィアの分家の者であるらしい彼は、世界の危機について懇切丁寧に教えてくれた。僕にとってそれは既知だったが、忘れていた知識でもあったのでいいおさらいになった。引き出した記録との差異も見受けられない。
Fate/Grand Order。僕が転生した世界で紡がれる物語の名前だ。最早老舗と言ってもいいソーシャルゲームで、当時のゲームの中でも結構な盛り上がりを見せていたゲームだ。
過去の英雄と魔術師がタッグを組み、なんでも願いが叶う願望機――聖杯を賭けたデスゲームへと挑むのが通例のFateシリーズの中でも異色な、1人の一般人が数多の英雄や偉人、関わった人たちに助けられ、世界を救う物語。
もちろん僕もプレイしていた。当時は友達とストーリーについて語り合い、好きなキャラを愛で、ガチャという悪い文明の副産物で煽り合ったりと楽しい時間を過ごさせてもらったゲームだ。
︎︎僕は数年やった後に別ゲーに行ってしまったけど、この世界に行くのが分かってたならやっときゃ良かった...というのは後の祭りだ。
僕はこの世界について全てを知らない。七つの特異点を巡り、最後の時間神殿で物語に区切りがつき、キャラと物語が気になる亜種特異点を2つくらい終わらせて辞めてしまったのだ。
︎︎サ終してないことだけは知ってるので、彼らの物語は続いているはずなのだが、それの内容は知らない。中途半端な未来の知識だけを持って、僕はここに居た。
「あの...八重樫殿? 聞いておりますでしょうか?」
僕がこの先の未来について絶望しているうちに、彼を随分待たせてしまったらしい。
︎︎馬鹿正直に全てを話す訳にもいかない。こちらがあまりにも規模が大きい話だから絶句していたと言えば、彼は柔らかい表情を浮かべたまま無理もないと返してくれる。
︎︎魔術師とは違う、人間らしい優しさだ。だから彼は一般人も参加するこの
「僕としても世界がこのまま終わるのは本意ではない。そのプロジェクト、ぜひ参加させて頂きたい」
「そうですか! 良かった...参加して頂きありがとうございます!」
苦労と喜色を全面に押し出している彼は、いくつかの注意事項を説明した後にこの場の解散を告げる。一言二言話したあとに僕は退室し、時計塔の廊下を歩き出す。
――考える。もしも何も労せず物語通りに世界が救われるなら、どうだっただろうか。
僕は一年を自覚なく過ごし、彼または彼女が人理を修復してめでたしめでたし...という筋書き。
︎︎だが、この世界はゲームではない。ユーザーが存在するゲームと違って、変なタイミングで不幸が連鎖したり、突然世界が終わることも起こりうる。
︎︎ここは数多ある並行世界のひとつであり、ボタンの掛け違いで世界が滅ぶ可能性も十分にあるという状況だ。
︎︎もちろん僕が足を引っ張る可能性も十分にあり得るわけだが、目隠しをしたまま人に自分のサイコロを託してギャンブルをするのは、ゾッとしない。
無難に生きて無難に死んだ僕は、周りの普通に縛られなかった自分の結末を体感したい。
︎︎全力で生きている人が見せる輝き、あの輝きを僕も持ってみたい。例え全てが無駄だとしても、「がむしゃらな僕」という存在が生きた轍を残したいのだ。
僕はまだ、何も成せていない。演算機のプロトタイプはできたが、ソレの規模はまだ小さく、目的を果たすに至らない。しかも純正のモノではなく、いくつかの機能の再現を別の手段で叶えたものだ。
︎︎万能の願望機とも世界を変える演算機にもなっていない、ただの外部ストレージ。
まだ僕には世界に存在する神秘が必要だ。起源が必要だ。魔術が必要だ。幻想が必要だ。概念が必要だ。英霊が必要だ。そのためには世界が残っていなければならない。
︎︎単純な損得の問題だ。僕にとって人理焼却は損だ。だから世界を救う。ただ、それだけ。
まずは準備だ。僕の魔術はそれ自体が戦闘に転用できるわけではない。これまでは目立たず研究第一で生きてきたが、方針転換せざるを得ない。
︎︎この手のことに詳しいのは師匠だ。伊達に時計塔の魔術師の間でトラブルメイカ―と呼ばれていないのが彼女だ。まあどの手にも詳しいのが師匠ではあるが...。そういえば捜索のその後はどうなったのだろうか。
久方ぶりのイギリス観光は一年後に後回し。聖杯探索における懸念事項を考えながら、僕は帰国の準備を整えるために時計塔を出た。
『 』:根源、根源の渦とも呼ばれる、アカシックレコードでありこの世全ての原因とも呼べるモノ。fateという作品の魔術師は、大体がこの根源への到達を最終目標にして数百、数千年の歴史を積み上げ続けている。
ムーンセル・オートマトン:ある並行世界の月に存在する、地球に関する全ての情報を収めた超巨大スーパーコンピュータ。月の地表以外の全てがムーンセルと言えばそのスケールのデカさが分かると思う。莫大な数の情報を持っているため、所有者が望む未来の地球をシミュレートし、「それをもとに地球を運営する」ことで願いを叶えるという願望機の側面を持つ。