PrologueⅠ
副大統領リチャード・ホークを首謀者とするクーデター軍の蜂起により政府中枢は陥落、軍部をはじめ、全ての中枢機関が掌握されたのだ
合衆国は完全にクーデター軍の手中に落ちたかに見えたが、しかしクーデター軍に対抗する合衆国最後の希望が残されていた
アメリカ合衆国大統領だ
第47代アメリカ合衆国大統領マイケル・ウィルソンは秘密裏に開発していた特殊機動重装甲『メタルウルフ』を身にまとい、ただ一人敢然と戦いつづけた
そして激しい戦いの末にクーデター軍は崩壊、宇宙空間での決戦に破れたリチャード・ホークは流れ星となって燃え尽きた
人々は自由が決して当たり前のものではないということを噛み締め、日々の暮らしを取り戻した
それから数年後、2期に及ぶ大統領の任期の最後の夜を迎えた彼は―――
******************************************************************
―――私のミスでした
―――私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況
―――結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて……
突然耳に響く記憶にない声、しかしやけに親しげなそれで視界が広がる。
覚えのない場所、これは列車だろうか……それも、都市鉄道の普通車両のもの。光が差し込み、目が眩み――眼前に誰かいることに気付いた。
逆光で顔は見えず、長い髪と白い服がかすかに確認できるが、その白い服は血で汚れているようにも見えた。
―――責任を負うものについて、話したことがありましたね
―――あの時の私には分かりませんでしたが……今なら理解できます
―――ですから、大統領。いえ……
―――貴方の力ならば、きっと見つかるはずです
―――この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……
―――だから"先生"、どうか……
光が遠のく。
傷ついた眼の前の人物に手を伸ばそうとし…しかしそれは叶わず、眼の前はあっという間に暗くなった。
光が消える瞬間、何かに触れたような気がしたが、それが何であるかまでは理解する時間もなく───
******************************************************************
「───生、先生! マイケル先生、起きてください」
闇に落ちた意識が急速に浮上する。肉体的な実感を伴う目覚め。
瞼を上げ、ぼやけた視界が急速にその輪郭を浮かび上がらせる。眼の前にいる若い、いや、若すぎる女性がまず視界に入った。
そこそこ背が高く、凛とした顔立ちではあるがその雰囲気は未成年のそれだ。
ついでに言えば―――創作の、エルフというような種族のように耳が長く尖っているが、付け耳とか特殊メイクとかそういうわけではなさそうだ。
それに頭の上に輪がついている。天使の、というには少し違和感を覚えるものの、これも特殊効果というわけではないように見えた。
「随分とお疲れのようですね、少々待ってくださいと言いましたが……中々起きないほど熟睡されるとは。夢でも見ていましたか?」
初対面ではない様子で言葉を続ける少女、話しぶりからすれば自分をここに案内してきたということらしい。
しかしここはホワイトハウスではない。そもそも、ワシントンD.Cですらないようだ。
彼女の背後にあるガラス張りの壁から一望できる景色は記憶にあるアメリカのどの都市とも異なる。
空を見上げればいくつもの輪が重なり、透き通った青が一面に広がる。どうにも、この様子では地球とも異なる場所ではないかと思えたが、ともすれば自分は初の他の惑星に降り立った地球人ではないか―――
段々と思考が脇道に反れていくのを察してか、眼の前の少女は眉を顰めた。
「……改めて今の状況をお伝えします。私は七神リン、学園都市キヴォトスの連邦生徒会所属の幹部、首席行政官です。
そして貴方は恐らく、私達がここに呼び出した先生……のようですが」
「推測系とは、君が呼んだのではないなら誰が呼んだのかね」
「……連邦生徒会のトップたる連邦生徒会長です。しかし現在それを確認する術が……ですが、貴方にやってもらわねければいけないことがあります。
私についてきてください。このキヴォトスの命運をかけた大事なこと、ですので」
そう言って少女、七神リンは外付けエレベーターのスイッチを押し、開いたドアの先に足を運ぶ。
それを追い中に入った彼は、ソファーに座ったままであった先ほどと違うよりパノラマに広がる景色に息を呑む。
大気汚染のかけらも感じられぬ空と近代的な摩天楼が並ぶ都市、地平線まで広がる広大なものは地球にはない。
ハリウッドの撮影なんてものではない、本物の異世界。しかしそこで思考に僅かにノイズが混ざる。
今、彼女は何語を話し、自分は何語を返したのか。認識できる限りでは、彼女も自分も日本語を話しているように思えた。
当然であるが彼の第一言語はアメリカ英語である。日本語も話せなくはないが、極めてカタコトにならざるを得ない。しかし今リンとしている会話は極めてネイティブな発言に聞こえたのだ。
さらに言えば、地球における最後の記憶は任期の最後の夜を過ごしたところで途切れている。一気に疑問が噴き出し、思わずそれが口をついて出てきた。
「私は今何語を話しているんだ? それに、いつの間にここに……」
「……先生はキヴォトスの標準語を話されていますが、どうなされましたか? 記憶が混乱しているのでしょうか」
マイケルの質問はリンには唐突で、困惑を隠せぬままわかる限りの回答をしたが、彼は釈然としない表情を浮かべて右手で口元を隠したまま考え込んだ。
内容を記憶とすり合わせるが、やはり曖昧な部分が多い。とはいえ、問い詰めたところで彼女も全てを把握していないのは明らかであった。
わからないことばかりであったが、仕方ないことだと割り切るしか無いと彼は言葉を濁して話題を変えることにした。
「いや、まあそうだな……ところで、この……地平線まで広がる都市がキヴォトスなのか」
「はい、キヴォトスは数千の学園からなる学園都市です。
先生のいらっしゃったところとは色々と勝手が違うでしょうが……先生ならば問題にはならないでしょうね、あの連邦生徒会長が選んだ方ですから」
エレベーターが下へと向かっていく。
景色が段々と狭まっていく中、少し離れたところにいくつもの煙が立ち上るのが見えた。
あの手の煙には覚えがある。暴動などで焼き討ちされているときに見られるものだ。
自然と表情が厳しくなる。どうにもこの都市、治安がよろしくないのではという不安がよぎり、少し気が重くなる中、エレベーターが目的階に停止した音がして扉が開いた。
******************************************************************
その先に居たのは4人の少女であった。
背が高く、抜群なスタイルをして巨大な翼を生やした黒髪の少女。
腰まで伸ばした菫色の髪をツーサイドアップにして、黒のブレザーの上に白のジャケットを着た少女。
左の頭部から頭髪と同じ銀色の翼を生やして、灰色の制服を着た少女。
ピンクがかった茶髪の、リンと同じように耳が尖っていてメガネをかけた少女。
共通するのは、4人とも銃をオープンキャリーしているしていることである。これには流石のマイケルも驚きの表情を隠せない。
銃社会であるアメリカ合衆国で育った彼の感性からしても、未成年が堂々と銃を携行しているのは常識から外れているのだ。
「見つけた!首席行政官、今すぐ連邦生徒会長を呼んできて! ……って隣の大人の人は」
ツーサイドアップの少女がこちらを見つけてズカズカと歩み寄ってくる。
相当頭に血が上っているようで、声に力が籠もっているのがわかる。
それと同時に、他の三人の少女も近づいてきた。隣でリンがあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべるのを見て思わず天を仰ぐ。
大統領として国家運営、外交の最前線に立ってきて大凡の謀略等には慣れっこではあったが、年頃の少女の扱いはよくわからないのだ。
「首席行政官、お待ちしておりました」
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が現在の状況についての納得の行く説明を求めています」
どうやら、先程見えた煙と関連のある話しなのだろうと理解はする。
その暴動に巻き込まれて、連邦生徒会に文句を言いに来たのだろうと。殺気立っているのはまあ、暴動の状況があまりにもひどく被害が甚大なためなのだろう。
対するリンはそんな時間はないと言わんばかりに顔をしかめ―――
「そういう対応は良くないな、リン」
と、マイケルはリンが何かを言う前に釘を刺す。
政治の世界にどっぷりと浸かっていた身からすれば、敵は増やすべきものではないという当たり前のことを実行できない眼の前の少女は、判断力が鈍っているのだろうと検討をつけていた。
先程は混乱していたこともありよく見ていなかったのだが、彼女の目の下にはクマができていたのだ。
恐らく彼女は行政の混乱の最中にあり、ろくに睡眠も取れていないのだろう。
ため息の一つも付きたいところであるが、自分がここにいる理由もわからずに状況ばかりが悪化する現状はなんとか打破する必要があった。
「……わかりました先生。ええ皆さん、現在連邦生徒会長は行方不明になっています。
それに伴いサンクトゥムタワーの最終管理者不在により行政制御権を喪失、先程まで回復させる方法はありませんでしたが…こちらの先生が、フィクサーとなってくれるはずです」
眼の前の少女4人の視線が集中する。
様々な感情が入り混じった視線だが、興味の色が濃い。警戒も多少は入っているだろうが、それ以外の負の要素はほぼなさそうだ。
「その、この大人の人は誰なんですか首席行政官。先生、と言いましたか?」
「キヴォトスではない所から来た方のようですが……なるほど、先生ですか」
ツーサイドアップの少女と黒髪の少女が"先生"の頭の天辺からつま先までを舐めるように見る。
彼女らから見て先生はスーツの上着を片手にし、首元を大きく広げたシャツと緩めたネクタイ、灰色の髪をオールバックにした中年の男性。
体格はかなりガッチリしていて顔つきも凛々しい。一目で好印象を抱くことができた。
「はい、マイケル・ウィルソン先生は連邦生徒会長が指名してここキヴォトスで働くことになっています」
「紹介にあずかったが、私はマイケル・ウィルソン。正しくはマイケル・ウィルソン・Jrだ。
まだ事情はよく飲み込めていないが、私の力が必要ならば手を貸そう」
「行方不明になった生徒会長の指名って話がややこしく……あ、その、私は早瀬ユウカです。
ミレニアムサイエンススクールのセミナーの会計で……覚えておいてください、先生」
「私はトリニティ総合学園の羽川ハスミ……正義実現委員会の副委員長です先生」
「ゲヘナ学園、風紀委員の火宮チナツです」
「トリニティ総合学園自警団の守月スズミです。よろしくお願いします」
4人の名前を覚えて顔と一致させることを一瞬で済ませると、彼は隣にいるリンに顔を向けた。
急かすつもりはないが、しかしやらねばならぬことを知らねばならない。
「先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた部活…連邦捜査部シャーレの顧問としてこちらに来ていただきました。
これはただの部活ではなく超法規的機関として存在し、キヴォトス全学園の生徒を加入させられる上に、各学園の自治区での戦闘行為すら可能なもの……
これだけの組織をなぜ連邦生徒会長が作ったのかは不明ですが、その部室の有るビルの地下に"あるもの"を持ち込んでいます。
この事態を解決するにはそれが必要であり、先生を部室にお連れする必要がありますが、ビルまではここから30kmほどありますので乗り物を呼びましょう。
モモカ、シャーレの部室へ直行するヘリが必要なんだけど……」
スマホを取り出し誰かと連絡を取るリンを横に集った4人の少女の得物を見る。
ユウカは二丁のSMG、ハスミは古風なボルトアクションライフル、スズミはそこそこ近代的なデザインのアサルトライフル…細かいポイントからガスピストンAR系統と思える。チナツはモーゼルピストルか。
銃のチョイスは個人のセンスなのだろうかと思った時、隣りにいるリンからスマホが潰れるのではないかと思えるほどの音が聞こえてぎょっとしながら顔を向けた。
眼鏡がちょうど反射して感情を察することが難しいが、明らかに怒りで手が震えているのがわかる。
どう声をかけたら良いものか、一瞬悩んだもののマイケルはおずおずと声をかけた。
「ど……どうだったんだね、その、乗り物の調達のほうは」
「……ふぅ、ふぅ、すいません先生、大丈夫です……少し問題が発生しました。
シャーレの部室周辺で大規模な騒乱が発生しておりヘリでの移動は危険ということになりまして……陸上から、ということになります」
「えっ、先生はキヴォトスの外から来た方ですよね!?
そんな、銃弾一発で致命傷を負いかねない人をなんの防備もなしに歩かせるんですか連邦生徒会は!」
リンの言葉にユウカが噛みつく。
先程までの塩対応っぷりに連邦生徒会への不満が積み重なっているのか、かなり非難の色が強かった。
「……そんな事はありません。車両は私の権限で手配します。
それに、ここには各学園から代表された暇そ……立派な方々がいますので、ええ、あなた方の力が必要です。では、行きましょう」
反論は許さんとばかりに拳銃を片手にビルの外へと向かうリンを追い、マイケルもまたビルを出る。
ユウカ達も慌てて飛び出してリンとマイケルに追いつくと、リンに文句を言いながらも足を止めること無く進んでいく。
文句を一切スルーするリンに広報官を置いたほうがいいなと思いながらふと"何か"が気になり一瞬足を止め、振り向き見上げる。
天を衝く摩天楼、雲の上に至る上層は直下から見上げてうかがい知ることは出来ない。
「……何が始まっているんだろうな」
すべてが未知の世界、踏み出す一歩は不穏であったが、不思議と不安は感じなかった。