METAL WOLF Archive XD   作:W.B.O

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ストック分はこれで終わりです。ここから更新速度は落ちますが、ご容赦ください。


Chapter Ⅰ-Ⅵ ”Masked Swimsuit Squad Assemble!”(覆面水着隊、出動!)

「良くないね」

 

 

 闇銀行のロビー、その待合席から窓口の席で待たされ続けているアルの背中を見てカヨコは呟いた。待たされること数時間、この時点で銀行は便利屋68を真っ当な顧客として見なしていないということであり、アルの望む融資を得られないのは明らかだ。

 既に限界に近いアルの精神状態を考えると、これ以上は彼女のメンタルケアのことも考えなければいけない。

 

 

「ん~、どうするカヨコちゃん、闇銀行吹っ飛ばしちゃう?」

 

「ムツキ、流石にそれは許容できない」

 

 

 幼馴染であるアルの扱いに耐えかねたムツキがこっそりと耳打ちするが、カヨコは首を横に振ってそれを拒否する。

 実際ここで暴れて闇銀行を粉砕することぐらいはできるだろう、それだけの自信は実際あった。

 だが、その後のことを考えるとそのような行いは不可能だ。ただでさえゲヘナの風紀委員会から指名手配されているのに、ブラックマーケットすら敵に回せば文字通りのアウトロー(無法者)になることは間違いない。

 そうなってしまえば待つのは投獄か、あるいはすべてを敵に回しての野垂れ死にか。

 

 

「……やるなら準備をしてからじゃないと」

 

 

 しかし、カヨコは決して諦めているわけではなかった。アルに対して思うところはあるものの、彼女自身ナメられたままで済ませるつもりは毛頭なかったのだ。

 彼女の真意を確認したムツキはいつもの小悪魔的な笑みを浮かべる。

 

 

「くふふ、やっぱりカヨコちゃんも頭にきてるんだね。あ、アルちゃん話が終わったみたいだよ」

 

 

 ムツキの言葉に顔を上げると、窓口で俯き肩を震わせるアルの後ろ姿と、それを見下すようなアングルで立ち上がる行員。

 とっさにハルカが暴れないように抑えながら、カヨコは立ち上がりアルに一度帰ろうと声をかけようとした時―――

 

 

―――全てのシャッターが突然降りた後、銀行内の電源が遮断された。

 

 

******************************************************************

 

 

 それは突然のことで、銀行内に居たあらゆる人員はまず何が起きたのかということを把握するために意識を割かれていた。警備員はその場でただキョロキョロと視線を動かすばかりで、行員たちも同じようにその場に留まるだけ。

 しかしその直後、シャッターの一枚が外からの砲撃で吹き飛ばされ、近くに居た警備員が巻き込まれて昏倒し、差し込む光と漂う粉塵に全員が目を細めてそちらを見る。

 逆光になり確認しづらいが、5つの人影が破壊されたシャッターから流れ込んでくるのが辛うじて認識できた。突入した人影は素早く爆破のショックでふらつく警備員達に銃撃を食らわせて無力化すると、テレビや照明に何発か叩き込み大声を上げた。

 

 

「全員動くな! 武器をその場に捨てるように!」

 

「言う事聞かない悪い子はおしおきですよー」

 

「あ、あはは……言うこと聞かないと怪我しちゃいますよ……」

 

 

 とっさに椅子の陰に隠れ、様子をうかがうカヨコとムツキ、そしてハルカ。幸い視線は途切れているようで、彼女たちは襲撃者の注意から外れているようだった。

 

 

「あれ? カヨコちゃん、あれアビドスじゃない?」

 

「えっ……あ、本当だ。一人はトリニティみたいだけど、あいつら覆面被って何を……」

 

 

 ちらりと襲撃者の姿を見たムツキは、背格好が1名を除いて記憶の中にあるアビドスの生徒たちのものと一致したことに思わず声を漏らした。

 その言葉を受けたカヨコも覗き見てみれば、確かにムツキの言葉が正しいことが確認でき、同時に彼女は訝しむ。

 

 

「ま、まさか私達を完膚なきまでに叩き潰しに来たんでしょうか……?」

 

「違うと思うからハルカ、大人しくしていて。様子を見て対応を考えたほうが良い……」

 

 

 対策委員会の目的を勘違いしたハルカを抑制し、カヨコ達はよりしっかりと椅子の影に隠れて様子をうかがう。便利屋たちの視線の先では対策委員会の面々が倒れた警備員を後ろ手に縛り、銀行内の制圧を進めていた。

 銀行を訪れていた民間人と一般の行員は銃声と威圧する大声にただただ震えるだけで何もできないようであった。一般利用者はともかく、行員すら防犯対策の行動に移れていないのはこの闇銀行が襲撃されるということを想定しておらず、訓練をしていなかったということだろう。

 

 

「き、緊急事態発生! 緊急事態発生!」

 

「はい君、頑張ってるけど外への通信は全部遮断されてるんだよねー」

 

「ひっ、ひぃ」

 

 

 唯一まともに動けた行員は緊急信号を送るためのスイッチを押しながらマイクに叫ぶが、それは一切の機能を果たさずにただ自分の存在を対策委員会に露呈することとなり、一番近くに居たホシノが『Eye of Horus』の銃口を突きつけると途端に恐怖に震える羽目になった。

 そして通報装置に銃弾を一発、眼の前で発砲されると恐怖に負けた彼はしめやかに冷却水を漏らした。

 

 

「はい制圧完了、さあ隊長のファウストさん! 次の指示を!」

 

「えっ!? ファウストってわ、私ですか!? 私が、隊長!? 」

 

「そうです、隊長でリーダーでボスです。そして私は……覆面水着隊のクリスティーナだお♧」

 

「うわ、ダサッ」

 

 

 あまりにも制圧が簡単に終わったためか、調子に乗って悪ふざけを始めるホシノにヒフミは度肝を抜かれていた。

 半ば無理やり参加させられているようなものなのにリーダーに祭り上げられ、諸悪の根源みたいなものにされてしまったのだから無理もない。

 そしてそれに乗っかるようにノノミも即席でグループ名を披露するが、セリカは情け容赦なくそれを断じた。容赦がない。

 彼女たちはいつもの調子でふざけ合っているだけだが、それは巻き込まれた利用客や行員からすればいつ銃を向けられるかという恐怖を増幅させるものでしかなかった。

 

 

「銀行のセキュリティは無力化、カメラも意味をなさない。無駄な抵抗はしないで」

 

 

 完全に制圧したことを確認したシロコはボストンバッグをの口を広げ、震える行員に投げ渡す。

 

 

「そこのあなた、さっきの現金輸送車の―――」

 

「は、はぃぃ! 何でも差し上げますから命だけはお助けを!!」

 

「あ、ちょっと」

 

 

 シロコの指示に怯える行員は食い気味に反応し、先程の現金輸送車から受け取ったものを全てそのバッグの中に流し込んでいく。

 必要以上の物を詰め込む行員を制止しようとした彼女であったが、行員が詰め終えるほうが早く、出されたバッグの重みに思わず顔をしかめた。

 文句をつけようにも行員は怯え切ってもう会話は不可能であり、やむなく彼女はバッグのファスナーを閉める。

 

 

「目標を確保した。リーダー、撤収しよう」

 

「そ、そうですね……すみません、ご迷惑をおかけしました!」

 

「アディオ~ス☆」

 

 

 目当てのものを手に入れた彼女たちは即座に身を翻して銀行を後にした。突入から離脱までの時間は実に5分、なんとも素晴らしい手際である。

 脅威が去ったと見るや行員たちは大慌てでマーケットガードへの通報を行うべく行員たちが電話や通信機を使おうとするが、そのどれもがうんともすんとも言わないことに愕然とした。

 闇銀行の通信機器はすべてアロナのハッキングにより制御系を破壊されており、最早ただの置物と化していたのだ。そしてもはやゴミ同然となった受話器を叩きつけ、行員の一人が叫ぶ。

 

 

「マーケットガードへ通報しろ! 通信ができないなら直接、巡回の連中を見つけるんだ!」

 

「くそ! 舐めやがって!」

 

 

 慌ただしくなる銀行内、一先ず安全が確保されたと物陰から出たカヨコは窓口の席に隠れていたアルの元へと駆け寄った。

 

 

「社長、大丈夫?」

 

「……」

 

「……アル?」

 

 

 反応のないアルに訝しみながらその顔を覗き込んだカヨコは、目を丸くする。

 キラキラと目を輝かせ、アビドス……自称覆面水着隊が去った方を見ている彼女の姿にカヨコは嫌な予感を覚えた。

 こういう時は大体、アルは突拍子もないことを言うものだ。

 

 

(す、すごい……ブラックマーケットの闇銀行に襲撃を仕掛けて、こんなにも鮮やかに目的を果たして撤収!? なんてアウトロー(自由人)なのかしら……感動で涙が出そうになるわ! 何としてもお話を聞きたい……!)

 

 

 先程まで心が折れかけていたとは思えぬほどに震える感情、陸八魔アルは今猛烈に感動していた。誰にも、何にも縛られないハードボイルドなアウトロー(自由人)に憧れる彼女にとって、覆面水着隊の行いはブラックマーケットという秩序、マーケットガードという権力に反逆するアウトローなものに映っていたのだ。

 是非とも話をしたい。心構えなどを聞いて自らの糧にしたいという欲求が溢れてくるのも無理もない。

 

 

「皆! 覆面水着隊を追うわよ!」

 

「はぁ……」

 

「あはは! アルちゃん元気になって良かったねー、どうせここにはもう用もないし、追いかけてみよっか?」

 

「わっ、私はアル様と一緒ならどこにでも!」

 

 

 すっかり元気を取り戻したアルに対し、カヨコはため息をつき、ムツキは楽しくなってきたとばかりに笑い、ハルカは変わらずアルへの忠誠を示す。

 お金のことなどすっかり忘れた彼女たちは銀行内の喧騒をよそに、独自に覆面水着隊を追うために飛び出していった。

 

 

******************************************************************

 

 

 けたたましく鳴り響くサイレン、あちこちで鳴り響く銃声、ブラックマーケットは混乱の渦の中にあった。

 あちこちのビルの谷間から白煙が吹き上がり、群衆が野次馬となって道を塞ぎ、治安維持組織であるマーケットガードは騒動の対処に人手を取られており、通行人から銀行が襲われたという通報が入った時点で地上部隊は即応できる状況になかった。

 しかしそれでマーケットガードの責任を問うのは酷な話であろう。平時に奇襲を受ければどのような組織であろうと完璧な対応はできるものではない。

 

 

「確認しました、路地での発煙は白リン弾によるものです!」

 

「ふざけやがって! どこの馬鹿がそんなもんを路地に捨てやがったんだ!?」

 

「一部の不良共が暴れているぞ!」

 

「これは攻撃です! まさか銀行を襲ったやつの仲間がいるのか!?」

 

 

 混乱状況にあれど、マーケットガードは腐ってもブラックマーケットの治安を維持するための武力組織である。刻々と入ってくる情報をまとめ上げ、指揮官クラスはこれが撹乱を狙った攻撃であるということに気付いたが全ては後の祭りだ。

 巡回中の部隊は発煙騒ぎとそれに乗じた暴動の鎮圧に忙しく、強盗犯の追跡に向かわせることはできない。

 

 

「どうしますか? 強盗犯はまだ遠くには逃げていないはずです」

 

 

 この場での最高位の階級を持つロボット族の男は、参謀役の男の問いに考え込む。

 まずなすべきことは強盗犯の捕縛、そして暴動を起こしている不良の鎮圧だ。

 銀行に近い地上部隊は今は動かせず、外縁部のパトロールが押っ取り刀で封鎖線を作ろうとしているが戦力的に不安があり、ともすればやれる手段は限られてくる。

 

 

「地上が無理なら空から追え! 戦闘ヘリを出せ! マーケットガードを敵に回したことを後悔させてやる……!」

 

 

 本部との協議はまだであったが、この事態を見過ごすほうが己の出世の障害になるという判断で指揮官は戦闘ヘリ部隊の出撃を決める。

 戦力を逐次投入するわけでもなく、彼の権限で出せる戦力を一気に出して決着をつけようという考え方は決して悪くはなく、この場においては最適解と言えた。

 

 

「敵が数人なら4機もあれば十分だ。さっさと出せ!」

 

 

 問題なく強盗犯を制圧できるはずだと指揮官の男は考え、次の問題である各地で発生している暴動の鎮圧へと意識を向かわせる。飛び立つヘリを眺めているドローンと一体の特殊機動重装甲(メタルウルフ)に気付かぬまま。

 

 

******************************************************************

 

 

”マーケットガードの連中、尻に火がついているな”

 

『はい、アパッチが4機。即応はこれだけみたいです』

 

 

 とある雑居ビルの屋上、その上に陣取っているマイケル、『メタルウルフ』はその姿を背景に同化させながら飛び立つヘリへと視線を送る。

 クーデター事件後に近代化改修が行われた『メタルウルフ』にはアメリカ合衆国の最新技術である光学迷彩を搭載しており、一時的に姿をくらませることができるようになっていた。

 その隣には、いつもは支援物資を運搬するスペースにM34 WP SOMOKEと書かれた手榴弾数発を抱えたアヤネのドローンが着陸しており、じっとカメラをヘリへと向けていた。

 

 

”準備はこのくらいでいいだろう。アヤネ、もう皆のところに戻っていいぞ”

 

『わかりました。先生も無茶はしないでください』

 

 

 アヤネのドローンが対策委員会の皆と合流すべく場を離れ、飛び去っていく。

 大混乱のブラックマーケット、その引き金を引いたのは覆面水着隊による銀行強盗モドキではなく同時多発的に発生したボヤ騒ぎであったのだが、それはアヤネのドローンがM34白リン手榴弾を投下したことによって起きたものだった。

 これもマイケルの作戦であり、少数のアビドス対策委員会がブラックマーケットで大きく動くための仕込みで、その目的は完全に達成されていた。

 

 

”さて、あとはヘリを撃墜すれば”

 

『先生なら40秒あれば全滅させられますね!』

 

”燃えること言ってくれるじゃないか、アロナ!”

 

 

 背部の武装コンテナから取り出したのは大型のライフルのような武器、実際には大口径弾を発射する大砲でありスナイパーキャノンと分類されるものだ。

 今装備しているものは57mmの大口径機関砲を転用したW18SCと呼ばれるものであり、正面から以外であれば戦車すら破壊可能*1な高貫通のAPFSDSを発射可能というヘリ相手には威力過剰な代物。

 それを光学映像でヘリをロックし、構える。

 大まかな射撃位置は搭載されたFCSが補正してくれるが、彼の狙いはヘリのエンジンのみ。

 拡大された映像で微調整をした後に引き金を引くと、空気を震わせる砲声とともに装弾筒を脱ぎ去ったタングステン製のダーツが超音速をもってアパッチのメインローター軸のやや後ろ、メインエンジンを機体ごとぶち抜いた。

 被弾したアパッチは衝撃でバランスを崩しながら、しかし機体の損傷が最低限であったこともありなんとか制御しながらビルの谷間に消えていく。

 

 

”こちらは『キャプテン・ステイツ』、ヘリとの交戦を開始”

 

『うへ、先生は無茶するね~、こっちは敵の封鎖線と接触したよ。ここを突破したら高架道路を通ってブラックマーケットの外に出れるね』

 

”そっちも気をつけるように。隠し玉が居ないとも限らない”

 

『わかった。先生、気をつけてね』

 

 

 先行する対策委員会の面々を気にかけながら、彼は光学迷彩を一旦解除し動き始める。

 撃墜されたアパッチの僚機が射線に気づき、機首を向けてきたのを確認すると直ちにスナイパーキャノンを収納し、M61バルカンを右手に構えて跳躍。

 わずかに遅れてアパッチがロケット弾を発射し、雑居ビルの屋上や上層階を吹き飛ばすが、その戦果をパイロットが確認するよりも早く彼のアパッチに『メタルウルフ』が飛びつく。

 機体バランスが崩れ、パイロットは咄嗟に操作するもキャノピーの外から覗き込む単眼に気づいて驚愕した。

 

 

「な、何ィッ!?」

 

”ハロー、坊や!”

 

 

 エンジンに押し付けられるバルカンの銃口、間をおかず引き金が引かれ、20mmの徹甲弾が機体を引き裂き、操縦不能に陥ったアパッチは回転しながら墜落していく。

 地上で悲鳴を上げる群衆、墜ちてくる機体から逃れようと駆け出すその姿を見てマズいと思った彼は、ブースターを噴射させてアパッチを廃ビルへと蹴り込んだ。

 

 

”そしてサヨナラだ!”

 

「うわああああっ!?」

 

 

 蹴り込まれたヘリは見事にビルのフロアに頭から突っ込み、爆発する。

 彼なりの市街地戦における被害軽減措置であったが、絵面が派手すぎてとてもではないがそう受け止める人は居ないだろう。

 

 

「くそ、何だあいつは!」

 

「派手なカラーリングしやがって! ふざけんな!」

 

 

 残る2機のアパッチが反撃のために旋回し、()()()()()()()()()()()()()という奇抜なカラーリングの『メタルウルフ』を睨みつけた。

 端から見ればふざけた色使いであるが、これはメタルウルフに組み込まれた立派な星条旗スタイルの迷彩パターン(スキン)だ。

 とはいえ、この世界で星条旗を知るものはマイケル以外にはいないため、彼にとっては偉大な祖国の旗もここではただの奇抜なカラーリングとしか取られないのだが。

 

 

”大歓迎だな!”

 

『30秒経過!』

 

 

 彼はまるでローラースケートで走るように機体を滑らせ、30mmチェーンガンの弾幕を回避しながらコンテナからTWBZを取り出し左手に構えた。

 弾幕が途切れる一瞬、それを見逃さずに照準し、引き金を引く。

 2発同時に放たれた対戦車ロケット弾は狙い過たずに2機のアパッチにそれぞれ命中し、火の玉となって地上に残骸の雨を降らせた。

 

 

”BULLSEYE!”

 

『40秒ジャスト! お見事です、先生!』

 

”この程度、準備運動さ”

 

 

 わずか40秒の間にアパッチ4機撃墜という戦果は足止めとしては十分すぎるほどであり、彼は武装を全て格納するとビルの屋上を伝ってその場から離脱する。

 それを呆然と眺めるのはマーケットガードの指揮官だ。彼は手にした無線機を取り落とし、その数秒後にはわなわなと肩を震わせ、近くにいる部下たちを怯えさせた。そして、怒りに呑まれそうになる中僅かに残った理性で彼は叫ぶ。

 

 

『ワグナー』を出せ! ふざけた連中を踏み潰してやるんだ! ……うっ

 

 

 マーケットガード最強の番犬を放てと叫び、直後に感情のオーバーフローで彼は昏倒した。

 

 

******************************************************************

 

 

 マイケルの陽動と足止めは完全に功を奏し、ブラックマーケットの高架道路を駆け抜ける覆面水着隊は何の妨害も受けることはなかった。あまりの余裕っぷりに皆の緊張が緩むが、覆面はつけたままなのは帰るまでが銀行襲撃作戦ですといったところだろうか。

 

 

「あと2kmくらいでブラックマーケットの境界線です。そこを抜ければマーケットガードは追っては……」

 

『ち、ちょっと待ってください皆さん!』

 

「もー、いきなり何なのさアヤネちゃん」

 

 

 ヒフミがゴールまでの距離を口にした時、それに慌てた様子でアヤネが割り込んでくる。何事かとホシノは訝しんだが、続けられた彼女の言葉は、ホシノが想定しているものではなかった。

 

 

『クロノスの報道ヘリが中継しています! 皆さんの様子がテレビで流れて……』

 

『―――こちらはクロノススクール、ピーター号の捲土(けんど)ナルコです! 現在上空からブラックマーケットを撮影していますが、あちこちで煙が上がっています。高架道路を走っている生徒の姿が見えますが、これは普通に道路交通法に違反していますね!』

 

 

 アヤネの通信に混ざって聞こえる誰かの声、聞こえる限りではクロノスのヘリに乗っているリポーターのものだろうか。思わず見上げてみればトリコロールカラーの民間ヘリが少し離れたところでホバリングしており、バラバラとローターの音を周囲に響かせていた。

 カメラのレンズが自分たちを見つめているのが分かる程度の距離、近くはないが、遠くもない。

 これはマズイとホシノは感じたが、隣のノノミも同じ思いに至っているようでどうしたものかという表情を浮かべている。

 

 

「これは……ちょっとまずいかも」

 

「逃走経路バレちゃいますねー」

 

「いやいや、呑気に言ってる場合じゃないでしょ!? どうするのさ先輩!」

 

「ん、ドローンで撃墜する」

 

「シロコちゃーん、それは先生が許可してなかったでしょ?」

 

 

 セリカの問いにノータイムで武装ドローンを飛ばそうとするシロコを抑制しながらホシノは言う。これはあくまでシャーレによる特殊作戦であり、民間人への被害は極力ゼロにするようにと厳命されていたことを彼女は忘れていなかった。

 

 

『―――見てください! ブラックマーケットはもう大乱闘、お祭り騒ぎです! そう、そこをズームに。はい、不良たちが大暴れしていますね! ヘリが撃墜されて炎上しているのも見えます! 連邦生徒会の手の及ばぬここで一体何が起きてるのか、この私が独占スクープをお送りします!』

 

 

 アヤネの通信機から聞こえるクロノスの放送は、音声だけだがブラックマーケット全体が混乱に陥っているということが伺え、ホシノはわずかに安堵した。このまま何事もなく報道ヘリをやり過ごして逃げる算段を建てよう、そう思ったときである。

 

 

『えっ、何アレ……嘘っ、ミサイル……!?』

 

 

 爆発、ヘリが炎に包まれ回転しながら墜ちていくのを呆然と見上げる覆面水着隊の面々。

 

 

『前方より接近するものあります! これは、大きい……!』

 

 

 アヤネの警告に皆が身構える。高架道路全体を震わせる巨大な何かが、彼女たちの進行方向から迫ってくるのが見えた。

 アスファルトで舗装されているというのに土煙を上げながら迫りくるそれは、己の自重で舗装を破壊しながら進む超重量級の巨大戦車、その名は『ワグナー』。

 片側2車線、合わせて4車線の道路一杯に広がる車体に、過剰なまでに搭載された対戦車、対空ミサイルや歩兵の接近を阻むリモコン銃座(RWS)

 そして車体前方に据えられた砲塔に装備されたエネルギー砲といった兵装。まさかのマーケットガードの切り札登場にホシノは背筋に冷たいものが走った。

 

 

『見つけたぞガキどもめ! この『ワグナー』で叩き潰してやる!』

 

「ちょっとこれはしんどいねぇ……先生、聞こえる?」

 

 

 『ワグナー』の搭乗員がスピーカーで名乗りを上げるのを聞き、すかさずホシノはマイケルへと通信を入れる。『ドロシー』の時もそうだったのだが、彼はああいう装甲兵器との戦闘経験が豊富だと彼女は睨んでおり、事実その通りではあった。

 

 

『”アヤネのドローンの映像を確認した。ホシノ、フルスロットルで向かっているがどれだけ急いでも数分かかる”』

 

「打つ手はありそう?」

 

『”完全破壊は難しいだろう。だが、手がないわけじゃない”』

 

 

 アヤネのドローンから中継される映像を見て、マイケルは顔をしかめた。

 あの『ワグナー』、細かいデザインは違えど大まかなスタイルはかつてリバティ島の戦いで破壊したXT13『WARNER(ワーナー)』と似通っている。

 先日の『ドロシー』同様、誰かがこの世界の技術で自分の国の兵器を再現しようとしているのかという疑念がよぎるが、今はそんなことを考える場面ではない。

 

 

『”まずは履帯を破壊するんだ。戦いの場ではまず脚を鈍らせる、それが鉄則だ”』

 

「分かった、キャタピラだね。シロコちゃん!」

 

「任せて先輩」

 

 

 シロコがドローンを操作し、『ワグナー』の側面に回り込ませる。

 それに合わせてホシノがシールドを展開し、一気に戦車との距離と詰め始めた。

 しかし、『ワグナー』はそのいずれも気にかけることなくただただ道にある全てを踏み潰しながら前進を続けていた。

 まるで、攻撃するまでもなく貴様たちなど踏み潰せるぞという意思を示しているかのようだ。

 

 

「ミサイル、発射!」

 

 

 その余裕をぶっ壊すべく、シロコがコントローラーのトリガーを引き、ミサイルを放つ。

 装填された8発の小型ミサイル全てが『ワグナー』の4つある履帯のうち右前の部分を直撃し、途端に車体がつんのめるが、与えられた損害はそれだけだ。 

 一つの履帯が切断されても、速度は落ちるが『ワグナー』の前進は止まらない。しかし、車長は

あえて『ワグナー』を停止させて射撃戦に持ち込もうとした。

 

 

『良く抵抗する! だが、こいつの前でその威勢がどこまで持つかな!?』

 

 

 狙いは圧倒的な火力を見せつけることで相手を絶望させること。『ワグナー』という絶対的な力を手にして傲慢さと残虐性にバフが掛かっている車長は、眼部センサーをチカチカと光らせながら手元のスイッチを押した。

 同時に、格納された武装が全て装甲の上に展開し、機銃やミサイル、そして主砲、その全てがホシノ達に向けられる。あまりの武装量にホシノは思わず足を止め、シールドを握る手に力が入った。

 

 

「これは……ちょっとまずいかも。先生!」

 

『”あと1分だ! 時間を稼ぐためには……武器を狙え、ミサイルや機銃は装甲化されていない!”』

 

 

 ホシノの声に応え、マイケルは指示を出す。

 以前『WARNER(ワーナー)』相手に戦ったときと同様に、『ワグナー』も武装は装甲が薄いと見込んでのものだ。実際、リモコン機銃(RWS)は砲塔化されているものの機関部がむき出しであり、ミサイルポッドも単純な鉄板による箱構造をしており、被弾を想定していない。

 

 

「あわわわ、あんなので撃たれたら死んじゃいますよぅ……」

 

「良いから手を動かして! あと脚も!」

 

 

 とはいえ、『ワグナー』の攻撃は激しく、ヒフミは怖気づいた様子で放置された車の陰に隠れるが、それは銃弾に対する遮蔽にはならない。

 年下であるにもかかわらず見かねたセリカはヒフミの腕を引っ張ってその場を離れ、数秒後には先程の場所にミサイルが降り注ぎ火の海と化す。それを見たヒフミは顔を青くし、とにかくセリカの近くから離れようとはしなくなった。

 

 

「ノノミ! ドローンは弾切れだからメイン火力はそっちでお願い!」

 

「はいー、お任せあれー」

 

 

 最大火力を使い果たしたシロコに代わり、ノノミが『リトルマシンガンV』を構えて『ワグナー』の車体から突き出したミサイルポッドを狙う。

 リモコン機銃からの攻撃はホシノとシロコが引き受けており、ノノミは安心して狙いを付けると短くトリガーを引いた。いつもの掃射(フルオート)ではなく、点射(指切りバースト)よる精密射撃で狙うのはノノミも冷静に盤面を見極めている証だ。

 ここにいるメンバーでもっとも火力のある7.62mm弾は、装甲鋼板ではなく構造鋼材で構成されたミサイルポッドを搭載されたミサイルごとズタズタに引き裂いた。

 

 

『くそっ! 主砲発射だ!』

 

「みんな! 私の後ろに隠れて!」

 

 

 車体の上で引き裂かれたミサイルの推進剤が引火し、前方右半分が火の海になったことで焦った車長は主砲たる高エネルギー砲のチャージを始め、砲口から光があふれるのを見たホシノは先日の『ドロシー』を思い出し、叫ぶ。

 バリスティックシールド『IRON HORUS』を道路に突き立て、踏ん張る彼女の姿を見た他の面々は言葉に従うようにその背後に隠れ、直後『ワグナー』の主砲から光が奔った。

 

 

「くっ! うぅ……!」

 

 

 高エネルギーの奔流が『IRON HORUS』の表層で弾かれ、まるで花が咲くかのように周囲に飛び散る。輻射熱で己が焼かれる感覚に陥るが、シールドを握る手は決して緩まず、歯を食いしばってホシノは耐えた。

 思っていたよりもエネルギー砲の出力は高く、グツグツとアスファルトが煮立って溶けていくが『IRON HORUS』は完全にその後方を防護し続けている。

 照射時間は数秒、光の奔流が収まった後には周囲の路面が溶解しながらも、島のように残った場に留まる5人の姿があった。

 

 

『ば、馬鹿な!? 耐えただと……くそっ! 轢き殺してやる! アクセル全開だ!』

 

 

 それに驚愕した車長は今度こそ確実に仕留めるべく『ワグナー』の城を思わせる巨体を残った3つの履帯で前進させた。超重量級である見た目のからは信じられぬほどの急加速で現状出せるだけのトップスピードに乗り、全員を轢き殺そうという意思が見て取れるが、ホシノは逡巡する。

 大地を蹴って全力で跳べば自分は飛び越えられるだろうが、他の対策委員会の3人はそれほどの実力はなく、ヒフミはそもそも体力的に不可能だ。

 かといってあの巨体を止める手段はなく、万事休すか。そう諦めかけたとき、彼女たちの後方から飛来した対戦車榴弾が『ワグナー』の主砲塔と左前の履帯を吹き飛ばした。

 

 

”間に合ったな!”

 

 

 ビルの谷間から飛び出した『メタルウルフ』は発射したTWBZをコンテナに格納し、無手となって僅かに減速した『ワグナー』へと突撃する。

 

 

「先生!? む、無茶だよ!」

 

”無茶ではない! 何故なら私は―――”

 

 

 一見自殺行為にしか思えぬその行動にホシノは驚愕し、前進を続ける『ワグナー』の前に降り立った『メタルウルフ』に届かぬ距離だと分かっていても手を伸ばした。

 巨人(ゴリアテ)に立ち向かう羊飼い(ダビデ)を思わせる構図。普通に考えれば踏み潰されてお終いなのだが、マイケルは何の躊躇もなく真っ直ぐ、速度も落とさずに突き進む。

 退くわけには行かない。彼は今、偉大な祖国の旗を身にまとい文字通り背負っているのだから。

 その瞬間、彼の胸元にあるカードが僅かに光を帯びたが、彼自身それに気づくことはなかった。

 

 

「”連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの先生(アメリカ合衆国大統領)だからだーッ!!!”」

 

 

 激突、だが『メタルウルフ』は踏み潰されることなく『ワグナー』の車体を押し返さんと搭載されたブースター全てを最大出力で噴射する。

 最初は質量差で押し戻されるが、その速度はどんどん緩んでいく。まさかの光景に対策委員会も、ヒフミも、そして『ワグナー』の乗員も言葉を失った。

 

 

「”Take that(これでどうだ)!”」

 

 

 そして、マイケルは『ワグナー』車体下部にあるフロントガードバンパーを掴み、相手の前進速度を活かして力強く重厚な車体を持ち上げ始める。

 機体フレームに相当な負荷がかかりギシギシと軋むが無理なはずはなかった。かつて、リバティ島の戦いで『WARNAR(ワーナー)』相手にやってのけたのと同じことをすればいいだけなのだ。

 胸元のカードの輝きが増すと同時にゆっくりと持ち上がる『ワグナー』の巨体、対策委員会とヒフミはそれを呆然としながら見上げていた。

 

 

『ばっ、馬鹿なァァァァ!!!』

 

 

 その一方で『ワグナー』の車内は酷い有様であった。

 固定されていない物は”前方へ”と落ちていき、乗員たちは必死にシートにしがみつきながら悪夢が過ぎ去るのをただ待つのみ。しかし、これは悪夢ではなく現実であり、彼らの願いも虚しく終わりの時はついに訪れたのだ。

 

 

「”Ahhhhhhhhhh!!!”」

 

 

 マイケルの雄叫びとともに『メタルウルフ』の単眼が力強く輝き、『ワグナー』の車体が振り回され始める。最初はゆっくり、しかし回転を増すごとに速度が上がっていき、街灯や防音壁をなぎ倒しながらさながらコマのように高速で回っていく。

 遠心力で『ワグナー』の装備があちこちに散らばり、周囲のビルに激突して様々な被害を出していき―――

 

 

「”How do You Like Me Now(これが大統領魂だ)!!!!!”」

 

 

 ―――最後には、ハンマー投げの如く『ワグナー』そのものが放り投げられた。

 放物線を描いて飛んでいく超重量級の戦車は物理法則に従い橋桁に激突、高架道路をぶち抜き橋脚をへし折って破壊し尽くした後に燃料か弾薬、あるいはコンデンサに引火したのか炎を噴き上げ、僅かに間をおいて大爆発を起こした。

 周辺のビルのガラスが衝撃波で吹き飛び、あたり一面は戦場もかくやという有り様であったが、とにかく戦いが終わったのだとわかるとマイケル以外の全員はへなへなとその場に座り込む。

 あまりにも現実離れした戦いに、精神的に疲弊してしまったのだ。

 

 

「な、なんだろう、私夢見てるのかな……」

 

「夢じゃなくて現実、だけど疲れた……」

 

「も、もう動けません~~~」

 

 

 ショックからか現実逃避したり弱音を吐いたりする対策委員会とヒフミたち。

 仕方ないなとやや呆れながらもマイケルは彼女たちの手を取り、もう少しでブラックマーケットを抜けられると励ましながらその殿を務めた。

 ―――胸元の輝きは、いつの間にか消え去っていた。

 

 

******************************************************************

 

 

『私、捲土ナルコは再び戻ってまいりました! 今度は安全に細心の注意を払いながらブラックマーケットの様子をお送りいたします。先程私が撃墜された時と比べてブラックマーケットの一角に巨大なクレーターが見られ―――」

 

 

 クロノスの報道をBGM代わりに、ブラックマーケットの境界である河川にかかる橋を駆けていく対策委員会とヒフミたち。

 先ほど撃墜されたリポーターはどうやら無事だったようで、元気な様子で中継を続けているのを聞きながら、マイケルは安堵と同時に「こういうしぶといマスコミが昔居たなぁ」と感慨深く古い記憶を思い出していた。

 

 

『ブラックマーケット境界を出ました。もうマーケットガードは追ってきません!』

 

「や、やっと抜け出せた……もう二度とブラックマーケットに行きたくないわ……」

 

「私も……もうコリゴリです」

 

「今日のことは夢に見そう」

 

「おじさんもコリゴリだよぉ」

 

 

 ブラックマーケットの境界を越え、少し進んだ先の公園でマスクを取った5人はクタクタになりながらベンチに座り込んだ。

 あれからマイケルに叱咤激励されてなんとか走ってきたわけだが、流石にもう色々と限界であったのでブラックマーケットにまだ近いが休憩を取る必要があった。

 体力オバケなはずのシロコも精神面の疲労は如何ともしがたく、ベンチに腰掛け天を仰ぎながら呼吸を整えている。

 

 

”皆、よくやった。目標は無事に達成されたわけだが……シロコ、書類は?”

 

「ん……そこに」

 

 

 マイケルも新鮮な空気を吸うために『メタルウルフ』を脱ぎ、生身の状態でシロコに問う。

 問われたシロコは地面に置かれた鞄を指差し、セリカがその鞄を拾い上げてファスナーを開けると―――中から出てきたのは大量の札束であった。これにはセリカも目を丸くして驚きを隠せず、ノノミやヒフミは言葉を失った。

 

 

「うへ、シロコちゃんお金盗んじゃったの?」

 

「違う……向こうが勘違いして入れた。突き返す時間もないからそのまま……書類は底の方にあるよ」

 

 

 ホシノが呆れたようにシロコを見るが、疲れているシロコはあまり強く反論はしなかった。

 言われてみれば銀行内に留まった時間は短く、混乱状況で適当に詰められればそうもなるかとホシノは納得する。そして、鞄の底から取り出されたのは集金記録の書類。それを手にして中身を調べるホシノの横で、セリカは鞄の中にある札束の数を数えていた。

 

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ…………い、一億円入ってる」

 

「い、一億円ですかぁ!?」

 

「うわあ、本当に大金を手に入れちゃいましたね~」

 

 

 横から覗き見していたヒフミとノノミが驚きと感嘆を口にする。

 確かに大金を手に入れる方法としてシロコは銀行強盗を口にしていたのだが、本当に実行して成功するとなると色々思うところはあるようだ。

 大金を目にして気力を取り戻したセリカは慌てた様子で鞄の口を閉じ、周囲の人目を気にした様子で抱え込んだ。それを見てホシノの目つきが鋭くなる。

 

 

「セリカちゃん、そのお金どうするつもりかな?」

 

「な、何よホシノ先輩。このお金があれば借金が更に返せるでしょ! この間のと合わせて3億、1/3近くが返せるのに!」

 

 

 ホシノが何を言いたいのか、それは恐らくセリカも分かっているのだろう。しかしそれでも大金を現物で、それも眼の前に見せられれば欲が出てくるものだ。

 

 

『セリカちゃん、盗んだお金を使うのは……それは完全に犯罪ですよ!?』

 

「このお金は元々私達が汗水垂らして稼いだもの、それを取り返しただけよ! このままだと闇銀行で犯罪の資金に使われるものを正しく使おうとするのが悪いっていうの!?」

 

 

 セリカの慟哭にも似た叫びは、彼女の本心そのものであった。

 彼女が如何に苦労してお金を稼いでいるのか、それがわかるからこそ、ノノミ、アヤネは彼女に掛ける言葉を見つけることはできなかった。しかし、それでも言わねばならないことはあるものだ。シロコが目配せし、頷いたホシノは一歩前に出てセリカをいつもとは違う真剣な眼差しで見上げた。

 

 

「セリカちゃん、今回は犯罪資金を奪って支払ったとして、次はどうするのさ? その次は? 繰り返していくうちに感覚が麻痺していって、「銀行から盗めばいいや」なんてそんなことが常態化したらどうなると思う?」

 

 

 ホシノはじっとセリカの目を見たまま、言い聞かせるように言葉を続ける。

 

 

「この先、またピンチになった時に「仕方ないよね」っていけないことに簡単に手を出すようになってしまう。うへ、私はそんなアビドスは見たくないし、そうするために学校を守ってきたわけじゃないんだよー」

 

 

 一瞬おどけて表情を崩すが、彼女の目つきは変わらず真剣なままであった。

 あまり見ない真剣なホシノの空気に完全に呑まれていたセリカは、ゴクリと喉を鳴らす。

 

 

「そんなやり方でどうにかするんだったら、とっくの昔にどうにかしてたよ。ノノミちゃんのカードを使って、ね……ま、そういうわけだからさ、こんなお金は捨てちゃおうよ。持ってても碌なことにならない気がするし、これは委員長命令ってやつ」

 

「あっ……もう! わけわかんない! なんでそんなところで真面目なのよ!」

 

 

 そう言って、セリカから鞄を取り上げたホシノはその辺の植え込みに放り投げた。

 いまだ感情の整理がつかないセリカはもどかしさに地団太を踏み、しかしまた鞄を拾う素振りはしなかった。

 

 

”話は終わったようだな。そろそろ休憩も切り上げてアビドスに戻―――”

 

『ま、待ってくださいブラックマーケットから接近するものがあります!』

 

”おぉっと!?”

 

「わわっ!?」

 

 

 締めくくるべく前に出たマイケルであったが、アヤネの警告がそれを遮る。

 マーケットガードの追手かと慌てて全員覆面を被り、マイケルは『メタルウルフ』を着込んで推定追跡者を迎え撃つ準備を整えた。

 全員が身構える中やって来たのはただ一人、見間違えるはずもなくそれは陸八魔アルであった。

 

 

「はぁ、はぁ……やっと追いついた……ま、待って、私は敵じゃないわ」

 

 

 『ワグナー』が大爆発して滅茶苦茶になったブラックマーケットを全力で駆け抜けてきたからか、アルは荒い呼吸で噴き出した汗を拭いながら言う。

 なんでこいつがここにいるんだ、と言わんばかりの対策委員会たち。セリカが銃を構えようとするが、ノノミがそれを制してアルと対策委員会たちは相対する。

 

 

「さっきの襲撃、間近で見させてもらったけど……ブラックマーケットの闇銀行を襲って5分で撤収、ものすごいアウトロー魂を感じたわ! このご時世にあんな大胆なことを実行できるなんて、衝撃的というか……私、とても感動したの!」

 

 

 目を輝かせてシロコの手を握るアルに、他のメンバーはマジかよこいつという表情を浮かべたが、そんなことはお構いなしにアルは言葉を続けた。

 

 

「私も頑張るわ! 法律や規則に縛られない、本当の意味での自由な魂! そんなアウトローに私はなりたいの!」

 

”ふむ、君は自由でありたいと思っているのか”

 

「だ、誰ッ!?」

 

 

 自由、という言葉に反応するのはマイケルだ。強いこだわり、一家言のある彼にとって、アルのいう自由であるためのアウトローという概念に言いたいことの一つぐらいは持っている。

 

 

”私は……キャプテン・ステイツ、彼女たちを率いる指揮官だ”

 

「す、凄いクールな名前……!」

 

 

 どうやら正体に気づいていないようなので作戦中の仮コードネームを名乗ったところ、アルの琴線に触れたらしく、目を輝かせながら食いついてくる。

 

 

「キャプテン・ステイツ、貴方がアウトローになったきっかけを聞かせて欲しいわ!」

 

”むっ……”

 

 

 アルの明らかに無邪気な質問に思わずマイケルは言葉に詰まる。彼はアウトローになったことなど一度もない、と言いたいところであったがクーデター政権に対して一人*2戦っていた時期のことを考えると、確かにアウトローかもしれないと考え直した。

 

 

”……自由を守るためだ。自由とは当たり前に存在するものではなく、戦って勝ち取る必要のあるものであり、私はそれを守るために戦っている”

 

「ふむふむ……」

 

 

 生真面目にメモを取るアルの姿を見て思わず彼は苦笑した。ワルぶる割に真面目だなこの娘は。

 

 

”闇銀行は盗品売買などの犯罪に加担している。それは弱者の自由を抑圧するものであり、だからこそ私達は闇銀行を粛清した”

 

「それは正義の味方って感じじゃないの……?」

 

 

 マイケルの言葉に疑問を呈するアル。当然ではあるが、法に基づかぬ私刑をするものもいわゆるアウトロー的なものであるのだが、対象が悪党では正義の味方感が勝ってしまう。

 

 

”違うな、弱者の自由を抑圧するならヴァルキューレ相手だって私は戦うだろう”

 

「……うーん」

 

 

 彼女の感性的にしっくりこないのか、腕を組んでアルは考え込む。

 キヴォトスの地では力こそ正義な考えが横行しており、弱い奴は弱いのが悪いというのが一般的*3なので、弱いもののために戦うという彼のスタンスはちょっと理解しにくかったのだ。

 

 

”私は、私が信じる正しさのために戦う。たとえ泥水を啜るようなことになっても……正しさを貫くことに誰かからの評価なんて必要ない。私は今、自分の意思で戦っている。それこそが、自由であるということだ”

 

「……!!」

 

 

 その時、アルに電流走る―――!

 規則に縛られず、自由でありたいと願っていたアルであるが、そんな彼女が気にすることが他人からの評価であった。そうでなければ高い家賃を払って事務所を構えたりはしない。

 しかし、誰かからの目を気にしていては真の自由とは言えない……言われてみればその通りであった。何故気が付かなかったのか。

 真に自由とは、己の信じるもののためにただひたすら前に進むことだったのだということに気づいた時、彼女の心の中にあった霞が一気に晴れたような思いがした。

 

 

「信じる正しさのために戦うこと、それこそが自由……ずっと悩んでいたけど、おかげでスッキリしたわ! ありがとうキャプテン・ステイツ! そして覆面水着隊! お陰で、私も進むべき方向性が見えてきたわ!」

 

(”……覆面水着隊ってなんだ”)

 

(ノノミが即興で名付けた。セリカはダサいって言ってたけど……)

 

 

 マイケルの言葉に感銘を受け、その手を掴んで感謝の言葉を残すアル。一方、彼はなんかいつの間にか決まっていたチーム名に困惑して密かにシロコに聞くが、シロコも命名時行員を脅迫するのに忙しく関わっては居ないので不満気だ。

 

 

(今のって先生の本音かな? 自由のために戦うか……さっき身を挺して私達を助けてくれたし、先生は他の大人とやっぱり違う)

 

 

 ホシノはマイケルの言葉を反芻しながら考え込む。彼の本気を垣間見た事で、少しだけ彼のことが理解できた気がした。

 しかし、このまま感慨に浸る時間的余裕はない。と言うか、アルにいつまでも構っている場合ではないので彼女は表情を崩してマイケルに言う。

 

 

「うへっ、キャプテン、そろそろ次の仕事があるから急がないと」

 

”おっとそうだな、ではさらばだ!”

 

「明日の夕日に向かってアディオス~☆」

 

「今はまだ14時ですけど……」

 

 

 これ以上足止めをされるわけにもいかず、とりあえずアルも満足した様子なので話を切り上げ、離脱を目論む面々。色々と誤魔化しながら全員駆け足でビルの谷間に消えた後には、アルだけがその場に残されていた。

 それから数秒後にアルを追ってやってきた便利屋68のメンバーが合流する。少し前からアルの様子を離れて見守っていたというのが正解だが。

 

 

「アルちゃんが立ち直ったのはいいんだけど……ねえカヨコちゃん、あの派手な柄してたの絶対シャーレの先生だよね?」

 

「派手な塗装で誤魔化してるけど背負った大きな武装コンテナ、見間違えるはずがない。銀行襲撃はシャーレの作戦だというの?」

 

「あ、アル様が元気になって私は嬉しいです……」

 

 

 ハルカはアルの復活を喜ぶ一方、ムツキとカヨコは今回の銀行襲撃にシャーレが関与していることに気づき、その真意を測りかねていた。

 アビドスとシャーレ、一体何を目的に闇銀行を襲ったのか、少なくとも便利屋68はそれを察する材料を持ち合わせていない。だが、一先ずは懸念であったアルのメンタルが回復したことは当面の間の活動においてプラスであろう。

 金銭面は全く解決していないが、そんな物は後でもどうにかなるはずなのだ。

 

 

「……あれ?」

 

 

 ハルカがそれに気づいたのは、全くの偶然であった。

 植え込みに不自然に突き刺さった鞄、そのデザインがシロコが持っていたものと同じことに気づいた彼女は手にとって見たところ、ずっしりとした重みを感じた。震える手でファスナーを開けると、中には大量の札束がぎっしり。

 

 

「あ、アル様……?」

 

「どうしたのハルカ……って、えぇぇぇ!?」

 

 

 ハルカに呼ばれたアルはそれを覗き込み、白目を剥いて絶叫することとなった。

 

 

To be Continued in Chapter Ⅰ-Ⅶ ”The Gathering Storm”

 

*1
タイガーⅠ戦車なら正面からでも貫通可能

*2
プレジデントフォースのスタッフも一緒であるが実働戦力は彼一人だった

*3
特にゲヘナにおいては




今更になりますが、メタルウルフの武装に関する設定はほとんど独自設定になります。

キャラクター名鑑
名前:捲土ナルコ(けんど なるこ)
所属:クロノススクール
学年:2年生
年齢:16
部活:報道部
趣味:動画撮影
クロノススクール報道部に所属する2年生。
ヘリによる空撮を専門としており、トリコロールカラーの『ピーター号』を愛機としてあちこちの事件現場に駆けつけるレポーター。
川流シノンや風巻マイをライバル視しており速報性の高さで勝負しているが、内容はどっこいどっこい。
危険地帯にギリギリまで接近する悪癖があり、良く撃墜されるが毎回生還し、予備のヘリにのって舞い戻ってくる。


メカニック名鑑
名前:ワグナー
分類:光学兵器搭載型局地戦用超重戦車
製造:カイザーインダストリー先進技術研究部
マーケットガードに配備されたばかりの制圧兵器
全備重量は300tを超えており、道路を走れば舗装をバキバキに破壊するインフラ泣かせの兵器であるが、ブラックマーケットの各種組織への牽制のために一台だけ導入された。
高エネルギー砲を一門、近接防御火器としてのリモコン機銃(RWS)を4基、自衛用近距離対空ミサイル(スティンガー)を2基、対地ミサイル(マーヴェリック)を10基という地上戦艦といっても差し支えない重武装を誇る。
こんなものをぶん投げる『メタルウルフ』という化け物が相手だったのが運の尽きだった。
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