ブラックマーケットから抜け出し、何とかアビドス高校の校舎に戻ってきた対策委員会。
結局まだヒフミを連れたままであったが、委員会の部室で持ち帰った資料の確認作業をしていたところ、出てきたものはとんでもないものであった。
アビドス高校から利子を回収したその足でD.U.地区に向かい、現地の不良であるコトコトヘルメット団へと任務補助金として500万円資金提供を行ったと記載された集金記録だ。
既にカタカタヘルメット団は支援を打ち切られているという推測は合っていたようで、それだけが唯一この集金記録をみて安心できるものだった。
しかし、同時に何故D.Uのヘルメット団に資金提供をしているのかという疑問が浮かぶが、対策委員会にとって重要なのは、集金したその足でヘルメット団へ資金提供しているという点だ。
「何よこれ!」
集金記録を読み終えたセリカは、当然のことながら怒りを爆発させた。
それは当然だろうとマイケルは考える。利子を支払ったらそれがそのままヘルメット団の活動資金に転用されていると知れば、無理もないものだ。
「この調子だと、先月は予想通りカタカタヘルメット団にお金が流れていたと見て間違いない」
シロコは冷静に先月までの資金の流れを予想したが、決して怒りを感じていないわけではなく握りしめた拳が小刻みに揺れていた。
ノノミとアヤネはショックのあまり言葉が無いようで、ただただ理解できぬとばかりに呆然としており、その一方でホシノだけは唯一諦観めいた表情を浮かべている。
一応部外者であるヒフミはこの場にいる生徒の中で一番冷静であった。
「ど、どうしてカイザーローンがヘルメット団に資金提供しているんですか!? アビドスがそれで廃校になったら貸し付けたお金は帰ってこないのに……」
”金ではないんだろう、目的は”
「先生……」
動揺するノノミとアヤネを落ち着かせるべくマイケルは口を開く。
カイザーローンがアビドスに貸し付けた9億を超える借金については、ずっと引っかかるものがあったのだ。
数十年前から続く砂嵐からの復興費用としてアビドスは融資を受けていたのだが、確かに最初の頃は巨大な経済圏がまだ存在しており返済の予定は立てやすかったのだろう。
しかし、二度三度、さらに砂嵐が進んで都市部が段々と侵食されていき経済圏が縮小、企業の流出が始まった時にもまだカイザーローンは融資を続けたという。
ここまできた時に普通はリスクが勝って貸付の停止、あるいは貸し剥がしにかかるのが悪徳な金融業者のやることであり、カイザーコーポレーションというメガコーポはそういう悪徳な会社であるという理解があった。
「先生は、何が目的だと思う?」
”そうだな……こういう時は昔の記録を調べてみるのが一番早いんだが、当時の契約書とか残っていないのか? 例えば、担保に出したものとかそういうのが記載されているもの”
「あー……その、実はアビドスの昔の記録って結構紛失してるんだよね、砂漠化から逃れるために何度か校舎を移転したせいで……」
”Oh”
ホシノの問いに答えるべく当時の記録を要求した彼であったが、ホシノは気まずそうな表情を浮かべて結構昔に紛失したと答える。
思わず絶句したが、ないものは仕方がない。今ある材料である程度の予想を立てる必要に迫られたが、少なくとも常識的に考えてみれば答えられるものだったのは幸いだった。
”……一番わかり易いのは土地や建物などの不動産だ。最低限の価値はつくから担保にしやすいだろう”
「土地……ですか?」
ノノミが首を傾げる。アビドスの土地に一体どれほどの価値があるのだろうか。砂に塗れ、産業もなく、ついでに言えば資源もないの無い無い尽くしなのがアビドスの土地であり、そんなものを担保にしたところで二束三文がいいところだ。
しかし、金が目的ではないとしたら―――
”まあ、契約書がない以上は確かめようがないがね。しかし、だとすれば長期的な策略だ”
「ん……カイザーローン単独の犯行とは思えない」
「はい、カイザーコーポレーション本社……ひいてはそのトップであるプレジデントの意向があるのではないかと」
確認のしようがないと話を一旦打ち切るマイケル。
しかし、仮定が混ざるとはいえカイザーの陰謀を嗅ぎ取ったシロコはカイザーローンの単独犯行はありえないと訝しみ、ヒフミがそれを肯定する。
その言葉の中にカイザーコーポレーションのトップの名が混ざっていることに気づいたマイケルはあからさまに不満気な表情を浮かべた。
”
******************************************************************
部室での話は終わり、ヒフミもそろそろトリニティ自治区に戻らなければならない時間となったことで対策委員会とマイケルは見送るべく校門まで足を運んでいた。
とはいえ、巻き込んだという自覚は対策委員会側にはあったのでノノミが僅かに申し訳無さそうな表情を浮かべて頭を下げた。
「色々変なことに巻き込んでごめんなさい」
「あはは……」
「いやー、銀行の時はごめんねー、それとトリニティに遊びに行くことがあったらよろしくー」
ホシノが笑いながらヒフミの手を握る。
彼女もノリでヒフミを主犯格に仕立ててしまったという自覚はあり、多少の罪悪感は持ち合わせていた。
「はい、それと、今回の件はティーパーティーに報告しようと思います。カイザーが犯罪組織と繋がっているという証拠が手に入りましたし……」
「ん~、ヒフミちゃん、それって銀行襲ったって自白すると同じだけど大丈夫なの?」
「うっ……で、でもっ」
事の顛末をティーパーティーに報告するというヒフミであったが、そもそも銀行襲撃という非合法な行為の結果を馬鹿正直に話して大丈夫なのかというホシノの指摘に言葉に詰まる。
ついでに言えば、ブラックマーケットに足を運んでいるということ自体が校則違反であり、露呈すれば停学などの罰則が待っているので迂闊に話せるものではないし、前述の銀行襲撃も合わせれば退学に至る可能性だって無きにしもあらずなのだ。
しかし、カイザーコーポレーションの悪行を何とか知らしめねばならないという思いはあり、もどかしさに身を震わせた。
「うーん、ヒフミちゃんの気持ちはありがたいけどね、トリニティのティーパーティーもそのくらいの情報は持ってると思うんだ。三大校の生徒会ともなれば、動かせるものはうちらの比じゃないだろうしね」
「そ、そんな!」
「学園自治のお題目がある以上は、他の学園の問題に首を突っ込むには相当な理由が必要なんだよヒフミちゃん。これは私達アビドスの問題だから、私達の要請もなくトリニティがもし口を挟んでくるなんてことになったら、それはもう学園間紛争になるしかないんだ」
「……」
「うへ、そんな顔はしないでほしいなぁ……私はただ、アビドスがアビドスとして存続し続けてほしいだけなんだよ。トリニティが本当にアビドスを助けてくれるっていうなら私だって文句は言わないんだけど、おじさん”信用できない”んだよね、向こうの
感情を抑えながら語るホシノの姿にヒフミは思わず泣きそうな表情を浮かべるが、ホシノの言うことはもっともであり、借金問題はアビドスとカイザー間のものなのでトリニティが首を突っ込むことは普通は不可能だ。
もしこれにアビドスの要請なくしてトリニティが口を挟んでくるとするならば、それこそ連邦生徒会の法でつついてカイザーを機能不全に追い込むか、自らの軍事力を用いてカイザーを脅迫するくらいしかない。
当然のことであるが、そんな事になったらキヴォトス全土を巻き込む大騒動に発展するだろうし、ゲヘナ学園が黙っていないだろう。
もちろん、アビドスが要請するのであればトリニティからの資金援助によりカイザーとの間の借金問題は解決するかもしれないが、それは借金を支払う相手がトリニティに変わるだけだ。無償援助となったとしても、トリニティの影響力はアビドスに大きく残るだろう。
「でも……ホシノ先輩、ヒフミちゃんは良かれと思って言ってるんです。そういう言い方は……」
「わかってるよノノミちゃん、ヒフミちゃんには一切の悪気はないって……それはわかってるんだよ。でも、私はそういう好意を素直に受け取れない心が汚れたおじさんだからね、悪意を見逃し続けたからアビドスはこんな事になっちゃったんだよー」
自嘲とも言えるホシノの言葉に重い空気が流れるが、それを破ったのはヒフミであった。
「その……今日はいろいろな事がありましたが、皆さんと知り合えて良かったと思っています。本当に様々なことが―――」
「そうだね、銀行襲うの楽しかった」
「あの後全員で大変なことになったでしょシロコ先輩……」
「あ、あはは……皆さん、私にできることはあまり多くないですが、応援してます。頑張ってください」
頭を下げ、ヒフミはトリニティへと帰っていく。その後姿が見えなくなるまで対策委員会のメンバーたちは手を振っていた。そして、ヒフミの姿が完全に見えなくなったところでマイケルはシッテムの箱を手にし、口を開く。
”さて、先ほどミレニアムから戦車の解析結果が届いたのでこの場で知らせよう”
その言葉に場の全員が彼の方へ顔を向けた。
ブラックマーケット調査、銀行襲撃ですっかり忘れていたのだが、当時一番の物的証拠である『ドロシー』の調査をミレニアムに依頼したその結果が帰ってきたのだ。
もうすこし早く結果を出してくれればという思いもなくはないが、これはカタカタヘルメット団とカイザーの繋がりを示すものであり決して無駄にはならない。
”鋼材はカイザースチール、半導体やコンデンサーはカイザーエレクトロニクス、両社はカイザーグループ内にしか供給をしていないので、この戦車の製造はカイザーインダストリーだと推測される……というのが、ミレニアムが解析した結果だ”
「やっぱりカイザー製……!」
予想していたとはいえ、想像通りの結果に一同カイザーへの怒りをより深めていく。
そして、ミレニアムからの報告書が記されたシッテムの箱と闇銀行から押収した集金記録を対策委員会から見えるように懐にしまった後にマイケルは隣で佇む『メタルウルフ』に手をかけて彼女たちに語る。
既に先程の話の裏でリンにアポイントメントを取っており、連邦生徒会へと向かう必要があったのでその旨を伝える必要があった。
”私はこれから連邦生徒会へ向かう。銀行から手に入れたこの書類とミレニアムからの報告書、この2つはカイザーへ法的措置を取るために必要になるだろう”
「あれ、先生連邦生徒会へ働きかけるつもりなの? 正直、無駄だと思うけど……」
”手続きを踏むという事が重要なんだよホシノ。明日には戻って来るから安心してくれ”
そう言い残し、彼もまたアビドス高校を後にする。校舎の時計は16時を回ろうとしていた。
******************************************************************
D.U.地区の中心に天高くそびえ立つ高層建築、キヴォトスのインフラを統括するセントラルネットワークの中枢、そして連邦生徒会の本部、それがサンクトゥムタワーである。
彼がここに足を踏み入れるのは就任初日以来であり、混乱が一段落したこともあり機能不全状態から回復している様子で連邦生徒会に所属する生徒たちが忙しなくフロアに出入りしていた。
誰も彼もが仕事に追われている様子で、君たちのような子供がこんなに忙殺されていいのかという感情が沸々と湧いてくるが、だからといってどうにかできるものではない。
受付の生徒に話を通したマイケルはそのままリンの執務室へと案内され、ノックをして部屋に入る。
”……あまり人のことは言えないが、きちんと休息はとれているのか?”
部屋に入った彼が一番最初に目についたのはデスクの上に積み上げられた書類の山であり、その高さはリンの姿が見えぬほどであった。
思わず声をかけたところ書類の山の一角が僅かに動いて艶やかな黒髪が微かに覗き、顔を上げたリンと目があったがその下には隈が微かに浮かび上がっていた。
「……3時間は寝るようにしています」
”寝不足はパフォーマンスを著しく下げる。健康や美容にも良くない……夜に寝られないなら昼寝をするのも一つだぞ、良い入眠方法を教えるが*1”
「業務を滞らせるわけにはいかないので……ところで、本日はどのような要件でしょうか?」
話をしながら手元の書類の決裁を進めるリンの姿はまるでワーカホリックのそれであり、これから仕事を増やしてしまうであろうことを話すことを考えると良心が痛むのだが、それでもアビドスのためにはやらねばならない。
ため息をつき、彼はシッテムの箱と書類を懐から取り出した。
”カイザーローンの犯罪組織への資金提供及びマネーロンダリングの証拠と、カイザーインダストリー製の先端技術を搭載した兵器がヘルメット団に提供されていたというミレニアムからの調査報告書だ。連邦捜査部S.C.H.A.L.Eはこの行為をカイザーコーポレーションによるアビドス高等学校への攻撃行為と見做し、カイザーへの強制捜査を実施したい”
差し出された書類を精査し、読み込んでいくリンの眉間に深く皺が刻み込まれていき、深いため息をついたと思えばあからさまに目つきが悪くなっていく。
「この手の話はヴァルキューレ、ないし防衛室に持ち込んでもらいたいのですが……それに、シャーレの権限であれば我々の承認を必要としないのではないでしょうか? それと、この書類はどこで手に入れたのですか?」
目を細めたままリンはマイケルを睨みつける。
明らかに何処かから流出したと思しき書類の出どころを訝しんでいるのだが、もちろん銀行を襲って手に入れたと言えるはずもない。なので、誤魔化す。
”匿名のタレコミさ。さて、強制捜査を単独でやる分には確かに私の権限だけで行えるが、知っての通りS.C.H.A.L.Eの専従は多くなく、それも元スケバンやヘルメット団といった人材で専門技能を持たない。だから私は君に……連邦生徒会長代行としての権限を持つ君に、人材の供出を要請しにきた”
「……なるほど、先生の狙いはSRT特殊学園ですか」
マイケルが何を求めてきたのか、想像がついたリンは渋い顔を浮かべて思案する。
SRT特殊学園、連邦生徒会長の命令のもとあらゆる自治区での作戦行動を可能とするキヴォトス唯一の学校であった。
しかし、連邦生徒会長の失踪により指揮系統の最上位が消失、出動を判断する人物がいなくなったことで活動を休止しており、所属生徒たちは待機を余儀なくされていた。
「ですが、SRTは出動できません。連邦生徒会の内部でSRT廃止を主張する派閥があり、私の独断では出動の可否を判断できないのです。そもそも、連邦生徒会長以外が命令を出すことに反感を抱くものも多く、私もそんなに権限を行使できませんので」
”わかっている。だから、あくまで人材の供出要請であり、SRTとしての出動を要請しているわけではない。これは私の、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの権限に基づくものだ”
マイケルは現状の連邦生徒会がSRTそのものを動かせないであろうことを予期しており、だからこそシャーレの権限を用いてSRTの人材を引き抜こうという考えを持っていた。あらゆる学園の生徒を所属させられるのがシャーレの特権なのだ。
とはいえ、無断で接触して引き抜くというのは連邦生徒会の面子を潰す行為であり、後々対立の原因になるのでこうして暫定トップのリンに話を通す必要がある。
「……仰りたいことはわかります。しかし、SRTの生徒たちは皆SRTであることに誇りを持っていて、SRTではなくシャーレの名で動くことに忌避感のない生徒がいるという保証はありません。その時に先生はどうするおつもりなんですか?」
望むものが手に入らない時にこの大人はどう答えるのか、試すようにリンは問う。
マイケルは顎に手を添えて考えること数秒、事も無げな様子でそれに答えた。
”その時は……カイザーに戦争でも仕掛けるさ”
予想もしない答えにギョッとした様子を見せるリン。単独でメガコーポ相手に戦争を仕掛けるなど、正気の沙汰ではない。しかし、彼の持つ戦力ならそれができてしまうのではないかという可能性を否定できなかった。
同時に、この大人がカイザー相手に強制捜査を行うというのが冗談はなく本気であるということぞ思い知り、下手に試すべきではないということを実感した。そして再び大きくため息をつき、彼女はマイケルの顔を見つめる。
「
”ふふっ、冗談さ。リン、忙しくして悪いがその生徒たちのプロフィールを送ってくれ、それとこの件は私と、リンの間の秘密にしておいてくれないか。こういうのは機密管理が大事なんだ”
「……わかりました。それと、後日に彼女たちと面談できるように調整しておきます。私の方からも話はしておきますので」
そう言い、リンは机の中からファイルを取り出すとその中身をちらりと確認してからマイケルに手渡す。そのファイルの表紙にはこう記されていた。
******************************************************************
夜、シャーレのビルに戻ってきたマイケルはエンジェル24で購入したサンドイッチを頬張りながら明日の予定を組み上げていた。
明日は特に大きなことはないが、対策委員会には戻ると約束している以上はアビドスに行かねばならない。しかし、それではあまりにも無駄が多すぎる。アビドスでやれることとシャーレでやれることにはかなりの差があるのだ。
なにか忘れているものは、あるいは後回しにしたものがないか思い出していると、そっと横からコーヒーが差し出された。
ハッとして振り向くと、今日の当番であったスズミがそこにいた。ここ数日シャーレビルを開けていたが、彼女は当番生徒として律儀にシャーレビルにやってきていたらしい。
「お疲れ様です、先生。ここ最近ずっとアビドス案件で忙しいようですが、大丈夫ですか?」
”スズミか……アビドスの件はまだ続いていて、完全に解決する目処はまだ立っていないが少しは余裕が出てきた。ところで、こっちの方は変わりがないか?”
マイケルの問に、スズミはここ数日のことを思い出す。
風紀委員、正義実現委員会としての仕事が忙しいチナツ、ハスミ、そして生徒会としての仕事があるユウカと違って彼女は自警団としてのパトロール任務以外に特筆して多忙となる用事はなく、よくシャーレの当番にシフトを入れていた。
また、他のトリニティの生徒が当番に来るときの護衛などを自発的にやっており、専従ではないシャーレ所属の生徒としてはシャーレに関わってる時間は多く、ここ数日も連続してD.U.へと足を運んでいたこともあり、なにかがあったのかと問われればそれに答えることができる唯一の生徒であると言えた。
「……そうですね、ここ数日ヘルメット団らしき人影をこの近辺で見ます。あまり数は多くありませんが、ここ数日急に増えた印象がありますね」
”ヘルメット団か……”
カイザーローンの集金記録にあったコトコトヘルメット団への資金提供の記録を思い出し、マイケルは顔をしかめる。
もし自分がカイザーの立場にあり、現状アビドスを攻略するにはどうすればいいかと考えると簡単で、シャーレとアビドスを分断させるという手を取るというのがその回答。
つまり、ヘルメット団がシャーレビルへの襲撃を行う可能性に思い至ったことで頭を抱えたくなったのだが、それに対する手はないわけではない。
”……スズミ、もしかしたら数日中にS.C.H.A.L.Eビルが攻撃を受ける可能性がある。だが、今の私はアビドスからあまり離れるわけにも行かない”
静かに告げると、スズミの目つきが鋭く変わった。
「ヘルメット団ですか。先生は私にどうしてほしいのですか?」
”治安維持活動だ。ここにはようやく社会復帰のための一歩を踏み出した生徒たちが住むから、彼女たちの安全を第一にやってほしい”
「わかりました。自警団任務の一環として、シャーレビル周辺の不良を一掃する、ということですね。自警団の仲間とイトハ先輩に話をして巡回を強化します」
スズミの答えにマイケルは頷き、コーヒーを口にして大きく息を吐く。
体は一つ、事件は同時多発的に起きるなんて言うことはよくある話だが、だからこそ悩ましいというものだ。
”……治安維持、といえばヒナとの会談をキャンセルしたままだったな。明日、入れてもらえるかダメ元で連絡してみるか”
スズミが知り合い達と連絡を取り合っている横でマイケルもまたヒナのモモトークにメッセージを送る。すると、予想もしなかったほどの速度で既読がつき、さらには返信までが届いた。
『明日は午前中出張があって、昼頃に予定が開くからその時でも大丈夫かしら』
『アビドス自治区? ……わかった、楽しみにしてる』
予想外にすんなりと予定が決まったことに拍子抜けしながらも、スマホを閉じて椅子に深くもたれかかる。
ブラックマーケットの調査に始まり、超巨大戦車『ワグナー』との交戦、カイザーの陰謀の発覚、連邦生徒会との交渉など多くのことを為したこともあり、流石に疲労が強く出てきてしまう。
今日は流石に早めに休息をとり明日に備える必要があったが、今日終わらせなければ行けない書類はいくらか残っており、スズミがまだいる手前弱音を吐くこともできず、結局全部終わったのは日付が変わる頃であった。*2
******************************************************************
翌朝、早々にアビドス自治区に向かったマイケルは何事もなくアビドス高校へとたどり着き、いつも通りに校舎の裏側に『メタルウルフ』を置いて対策委員会の部室の前に立つ。
中から感じる気配は2つ、そのまま中に踏み込めばノノミに膝枕されているホシノの姿があった。
「あれ、おはよー先生。予想よりずっと早いねー」
「先生、おはようございます」
”おはよう、二人共。今日は君たちだけか?”
マイケルの姿を見て二人は膝枕をしてる、されてる姿勢のまま挨拶をし、それに返したところで彼はシロコやアヤネ、セリカの気配がないことに気づいた。
「今日は予定が珍しくないからねー、シロコちゃんもアヤネちゃんもセリカちゃんも色々自分のやりたいことやってるんじゃないのかな?」
「待ってる間にどうです? 先生も、私の膝枕」
”コンプライアンス違反になるからやめておくよ”
ノノミの誘いを断り、マイケルは古びたパイプ椅子に座るとギシリと大きく音がなり、あまりのボロさに部屋の全員が思わず笑ってしまう。
ひとしきり笑った後にホシノがノノミの膝を離れて起き上がると、立てかけてあった『IRON HORUS』と『Eye of Horus』をそれぞれ身につけた。訝しがるマイケルとノノミであったが、ホシノはいつものとぼけた表情を浮かべて口を開く。
「それじゃ、私も今日はオフだしここでドロンとさせてもらうよー」
”あ、ちょっとまってくれ。ホシノ、今日の昼頃ゲヘナの風紀委員長が柴関ラーメンにやってくるんだが、私と会談するためだからその認可をもらいたいんだ”
「ゲヘナの風紀委員長? 何、便利屋の件でゲヘナを呼ぶの?」
ゲヘナの風紀委員長を呼ぶ、その言葉にすっとホシノの目つきが鋭くなるが、マイケルは気にすること無く言葉を続ける。
”そうじゃない。元々、アビドスに来た日は彼女との協議をする予定だったんだ。あまり後回しにするのも良くないし、時間がある今のうちにと思ってね”
「あー、なるほど、風紀委員長ちゃんの予定に私達が横入りしちゃったわけかー……それじゃしょうがないね、分かったよ先生」
”すまないね、後で柴関のラーメンを奢らせてもらおう”
「それじゃ目一杯の贅沢しちゃおうかぁ~」
ゲヘナ風紀委員長が本来は先客だとわかると、ホシノは途端に表情を崩した。流石に自分たちが横入りだとわかればあまり強くは出られない。
とはいえ、学園自治区に他学園の高官を招いて会談というのも割と横紙破りであるので、ご機嫌取りで一回奢りを提案したところホシノはへにゃっと表情を崩してそれを受け入れた。この件はこれでおしまい、ということだ。
そしてホシノが部屋を去り、ノノミと二人きりになると彼女は自分の太ももを軽くポンポンとたたいて再び膝枕を誘ってきたが、苦笑しながらマイケルはやはり断る。こういうのは迂闊に手を出してはならないのが鉄則だ。
「それにしても……ホシノ先輩も随分と変わりましたね。少し前だったら、他の学園の生徒がアビドスに入ってくる事自体を嫌がってたはずなんですが」
”それは初耳だな、というよりも君たちの過去を私は知らない”
「そうですね、私も先生の過去を知りません。つまりおあいこです」
時間が来るまでの間シッテムの箱を用いて業務書類していたマイケルであったが、ふとノノミが漏らした言葉に顔を上げて作業の手を止めた。
そういえば、アビドスの過去は調べたものの彼女たちがどのようにアビドスでの日々を過ごしていたのかを聞いていないなと彼は思ったが、それはノノミも同じで彼女もまたマイケルがどのような歩みをしてきたのかを知らない。別に隠すようなものでもないのだが、そういう話題になったこともないのでただ機会を逃しているというのが正解だろう。
”まあ、私の過去についてはいずれ皆が揃ったときにでも話そう。それよりも、ホシノが本来は排他的というのはどういうことなんだ?”
「その、ホシノ先輩は今でこそあんな感じで寝ぼけた様子なんですが、昔は本当に……色んなものに追われてて、余裕がなかったんです。1年の頃に最後の生徒会長が去り、一人でアビドス高校を守っていました」
2年前の事を昨日のことのように思い出しながらノノミは言葉を続けた。
「私も、最初に会った時は『ヘイローの無事は保証しない』なんて言われて……その時はとても怖くて、思わず逃げ出しちゃったんです。きっと、色んな悪い人たちからアビドスを守っていたんでしょうね」
”なるほどな、それなら……仕方ないところもあるか。だが、今は一人じゃない。だから今は昼寝をしたり変にボケたりしてるんだな”
「ふふっ、そうですね。先輩は昔から大きく変わりました……それに、最近良く笑ってるんです。先生が色々尽力してくれたから……でしょうか?」
”それなら
穏やかに二人は笑う。きっと、これからアビドスがいい方向に向かっていくだろうと願いながら。
******************************************************************
「おまたせ、思ったより早く来れたわね」
”やあ、ヒナ。暫く振りか”
昼前の時間帯、柴関ラーメンの前で待っていたマイケルは予定よりも多少早く到着したヒナを出迎え、固く握手を交わした。
裏の駐車スペースに『メタルウルフ』を駐機させて完全な生身で彼女と会うわけだが、やはり身長が142cmのヒナと180cmを超えるマイケルではその差は大きく、彼は膝を曲げながらの対応を迫られたが姿勢の辛さは一切顔には出さない。
”まずは中に入ろう。やあ大将、奥の席に二人で頼むよ”
「おっ、先生か。奥の席ね、注文が決まったら呼んでくれよ」
暖簾をくぐり、大将に声をかけて奥の席へと向かう。店の中は何名か客がいたが、彼の向かう席は店の一番奥側にあり滅多に人はやってこない場所だ。
席に座り、ヒナと一緒にメニューを見る。彼女は手早く一通り目を通してどれにしようか少し悩んでいる様子であったが、彼はお気に入りの塩ラーメンを注文すると決めているのでメニューに目を通しすらしなかった。
”大将、塩ラーメンだ”
「あ……じゃあ、私も先生のと同じで」
「あいよ、塩ラーメン2つね! おまけで餃子もつけとくよ!」
マイケルの注文にヒナも急いで被せ、ラーメンが出来上がるまでの間の時間に話を進めるべく鞄から何枚かの書類を出した。渡されて目を通してみれば、ゲヘナ風紀委員の運用に関する事柄が記されており、シャーレとの合同作戦などの案が同じように書かれている。
「これは先生と風紀委員が共同でゲヘナの治安維持活動を行うのに必要なことをまとめ上げたものだけど、先生から見て不足はある?」
”これは……随分と細かいな。ぱっと見たところ問題はなさそうだが、ヒナがまとめ上げたのかこの書類は”
「他に出来る人がいないし仕方がない。問題がないなら次の書類に……」
最初の書類を仕舞おうとした時、ヒナが何かを思い出した様子で手を止めた。マイケルが訝しみながらその顔を覗き込むと彼女は僅かに顔を赤らめたが、キッと表情を整えて口を開く。
「そういえばだけど、私達の会談……誰の許可をとったのかしら、先生?」
”ん? それはアビドス生徒会の―――”
「違うわ。ここはアビドス高校の所有地じゃないの」
”……なんだって?”
ヒナのまさかの発言にマイケルは目を丸くする。アビドス自治区の土地がアビドス高校の所有ではないという話は俄には信じられなかったが、落ち着いてみればありえなくはない話だ。昨日彼は土地を担保に金を借りている可能性を想定していた。
即座にシッテムの箱から連邦生徒会のネットワークに繋ぎ、アビドスの地籍図を検索して表示したところ彼は驚愕の事実を目にすることとなる。
”まさか……すでに土地の権利を手放していたのか”
「気づいてなかったのね。でもまあ、部外の人間には分かりづらいから仕方がないのだけれども……そう、カイザーコンストラクションが土地の所有者になっている」
シッテムの箱には校舎周辺を除いてカイザーの所有となっているアビドスの土地が映し出されており、事態の深刻さに天を仰ぐ。これは彼の予想を大きく超えていた。
恐らく、対策委員の皆はこの事実を知らないだろう。まさかこの広大なアビドスの土地で高校側が保有している地域が1区画程度に過ぎないなどと。
「……でもまぁ、カイザーが一々こんなことで文句をつけに来るとも思えないから許可云々は別に気にしなくてもいいと思う。ただ、その様子を見るに先生はアビドスの土地の権利については初耳だった、といことで間違いないようね」
”あぁ、恥ずかしながらこれは私のミスだ。思い込みで情報の確認を怠るなど……”
「ご注文の塩ラーメン2つ、それとおまけの餃子だよ」
右手で顔の半分を覆い、そこから髪をかきあげて己のミスを悔やむマイケル。そこへ柴大将がラーメンと餃子の小皿をトレイに乗せて持ってきたことで二人の意識は一旦アビドスの土地問題から離れることとなった。食べるのに時間をかけられないラーメンはこういう時に意識を切り替えるのに便利なものだ。
「んっ……おいしい。いい店ね、静かで落ち着けるし」
”人がいないことの裏返しでもあるんだがね”
ラーメンに舌鼓を打つヒナの言葉に思わず苦笑する。すでに先客は会計を済ませて退店しており、店内にいる客は二人だけだった。
もし柴関がD.U.かあるいはゲヘナ、トリニティ、ミレニアムなどの立地にあれば相当に繁盛しているであろうことは疑う余地もなく、その場合はこうして静かに会食をすることも不可能であっただろう。
スープまで飲み干し、紙ナプキンで口を拭ってからヒナは話の続きを、と言わんばかりに丼を脇に寄せてもう一度書類を出そうとした。その時であった。
「こんにちは~」
「おっと、いらっしゃい」
暖簾をくぐり、新たに入ってくる客の気配に思わず視線が入口へと向けられる。そして、入店した客と目が合い―――
「そ、そそ、空崎ヒナァ!?」
―――来店した客、陸八魔アルとその仲間たち便利屋68は予期せぬ遭遇に驚愕することとなった。
「な、なな、な、なんでここにヒナが居るのよ!」
「社長、下がって!」
「風紀委員長もラーメン食べるんだぁ?」
「あわ、あわわわ……」
思わず腰を抜かすアル、『デモンズロア』をホルスターから抜いて向けるカヨコ、ムツキは目を丸くしてヒナがラーメンを食べてることに驚き、ハルカは完全にテンパっていてアルとヒナを交互に見る。
その様子をみたヒナは軽くため息をつくと立ち上がり、カヨコとマイケルの間に入って彼の盾となって便利屋たちと相対した。すると、カヨコはヒナの意図を察して『デモンズロア』を下げてホルスターにしまう。ここで下手に撃つとマイケルに流れ弾が飛ぶ可能性に思い至ったからだ。
そして、すかさずハルカを制止する。彼女が突発的に何かをしでかす可能性が一番高い。
「……便利屋68、何のつもりか知らないけど私は先生と食事をしていただけよ。ここはゲヘナではない以上私が風紀委員として権限を行使するつもりはないわ。そっちが何もしなければ、だけど」
ヒナの言葉に冷や汗をダラダラと流しながら頷くアル。昨日の出来事である程度吹っ切れたとはいえ、基本的に太刀打ちできない以上ヒナが戦うつもりがないといえば首を縦に振るしかなかった。
同時に、便利屋68の全員の腹が空腹を告げる音を鳴らす。そう、今は昼時であり、そもそも食事をするために来店したのだということを思い出した彼女たちはやや恥ずかしそうに席につく。
「……ふぅ、ごめんなさい先生。ゲヘナの問題をこんなところに持ち込むことになって」
”かまわんよ、子供は元気なのが一番だ”
便利屋がヒナの視界から消え、彼女は面倒事に巻き込みかけたことをマイケルに詫びたが、彼は気にする様子もなく応えた。実際面倒事は起きなかったのだから問題ないとするのが彼の感覚だ。
そして、ヒナが席についたところで彼女のポケットから着信音が鳴り始める。ゴソゴソとスマホを取り出した彼女は電話をかけてきた相手の名前を見るなり首を傾げた。
「アコから……? 何かしら。もしもし、アコ?」
『委員長! 気をつけてください、アビドス自治区にマーケットガードの装甲部隊が―――!』
向かい合っているマイケルにも聞こえるほどの大声で電話先の人物が捲し立てる内容に彼は自分の耳を疑った。ブラックマーケットのみで通用する武力組織マーケットガードがブラックマーケットを離れてアビドス自治区に行軍しているなど、俄には信じがたい。
集中して電話の内容を聞き逃さないようにしよう、そう思った時―――
『……! 先生ッ!』
アロナの声と同時に、眼の前の光景が白い光に飲み込まれて彼の意識は暗転した。
To be Continued in ChapterⅡ-Ⅰ ”I'll kill you”
お気に入り登録200件突破ありがとうございます。