あれから1週間が過ぎ、すっかり平穏を取り戻したD.U.の一角、シャーレビルに朝早く訪れる一人の生徒。
自転車で乗り付けるセミロングの銀髪、その制服はアビドス高等学校のもの。
彼女の名は砂狼シロコ、先日シャーレに入部し、本日が初の当番であった。
「おはよう、先生」
”おはよう、随分と早いな”
執務室に入って直ぐに目に付くシャーレ顧問の席では、主であるマイケルがコーヒーを飲みながら新聞を広げている。
丁度向かい合っている上に新聞の位置が高く、シロコの視線で彼の顔を見ることはできないが、そのかわり広げている新聞の1面記事が目に付く。
カイザーコーポレーションのビル前で大勢のカメラマンのフラッシュに照らされ、やや白飛びしたプレジデントの写真、見出しに『プレジデントは関与を否定』と書かれていたそれは、先日の戦闘以降様々な不正行為が明らかになったカイザーグループに関する記事だ。
先日、アビドス砂漠においてカイザーPMC基地を完全制圧した連邦捜査部シャーレは、協力した
これによってクロノス報道部は連日のようにカイザー批判の番組を放送し、世論もそれにつられてカイザーグループに対し批判的な空気となり、これ幸いと言わんばかりに競合他社がさらなる燃料を注ぐという事態にまで発展する。
カイザーの株価は急落し、それにつられて様々な株も急降下、投資家たちが有り金を溶かした顔を浮かべていたのもつい先日、今は株式市場はある程度持ち直しており、しかしカイザー株だけは相変わらず低空飛行。
さらにカイザーに追い打ちをかけたのが、シャーレがSRTの力を借りてカイザーローン本社サーバーから引っこ抜いた様々な情報がインターネット上にばら撒かれたことだ。
これはHOUND小隊による仕業で、反カイザー世論を醸成するための多数派工作になる。
結果、民衆にカイザーローンによる犯罪組織への資金提供、資金洗浄、違法金利による闇金稼業が明らかになった。
ここまでくると黒も黒、真っ黒黒助であり誤魔化しも効かぬ。
カイザーローンの出資者達は犯罪行為への加担を嫌って、あるいは己に累が及ぶのを警戒してか次々に株を手放し、その情報が広まれば今度は取付騒動が起き―――とうとう、経営資金に事欠く状況にまで落ちぶれてしまった。
風の噂によれば、近い内にカイザーローンは経営破綻するという。
この間、わずかに7日である。
「毎日毎日カイザーカイザー、テレビを見ても変わらなくて嫌になる」
”仕方ない、規模が規模だからな”
明らかに当事者かつ爆心地であるにも関わらず、他人事のように振る舞う2人。
シロコが当番席につき、積まれた書類に手を出す音を聞きつけたマイケルは読んでた新聞を畳み、残ったコーヒーを一気に呷る。
飲み終わったマグカップをそっと机の上に置いた彼は、軽く伸びをした。
”ふぅ、時間にはまだ早いと思うんだが、随分と気合が入ってるな?”
「ん、今日は1日先生と一緒だから」
キラキラと目を輝かせるシロコ。
彼女にとって、アビドスから離れるという事自体が一大イベント、新鮮なのだ。
しかも、心許せる先生と一緒なのだから、心が躍るというもの。
”まあ、無理はしないように”
「……うん、頑張る」
それがたとえ、山のように積まれた書類相手だろうとも。
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カリカリとリズミカルに響くのは、書類に数字を記入していくペンの音。
紙をめくる音、ハンコを押す音、キーボードを叩く音が交互に鳴り、山のような書類を少しずつ崩していく。
シロコがやるのは書類を種類ごとに区別することぐらいだが、それでも数が多く、ついでに言えば申請書類や報告書などが雑に混ぜられているため、一枚一枚ちゃんと読まねば間違えてしまうだろう。
「何時もこんな仕事をしてるの?」
”書類仕事をバカにはできないぞ、この紙切れ一枚がなければ銃弾一発も買えない”
そう言われてシロコが目につけたのは先日の戦いにおける消費弾薬の申請書類、種類も数も馬鹿みたいに多いが、『メタルウルフ』の暴れっぷりを思い出せばこんなもんかと納得はできる。
書類仕事は大事だぞと主張するマイケルの言葉を受けてもう一度書類をまじまじと見るが、経験の浅い若きシロコには、この紙切れの重要性はよくわからなかった。
「ンフフ、邪魔をするぜ先生」
”……リツコか、そう言えば予定に入れてたな”
「酷いじゃないか先生、私と先生の仲だろぅ?」
そんな時、特徴的な笑い声を上げながら執務室に入ってくる一人の人物、ミレニアムサイエンススクール生徒会副会長を務める鷹乃リツコは、先日の戦闘でそれなりの重傷を負ったというのに、もう完治してマイケルにダルく絡む。
彼女の笑い声を聞くたびにマイケルはビクリと肩を震わせるのだが、それが何故なのかは誰も知らない。
「ま、冗談はさておき……こいつは『デカグラマトン』に関するミレニアムが保有する情報だ、今回の『ビナー』に関する報告書も同封されてる」
”助かる”
リツコはデカデカとミレニアムの校章が印刷されたA4サイズの封筒をカバンから取り出し、マイケルへと手渡す。
ミレニアムサイエンススクール生徒会会長である調月リオは、カイザーPMC基地攻略戦終盤に登場したデカグラマトンの眷属『ビナー』のデータを確保すべく、特命調査チーム”特異現象捜査部”を結成し、人員を派遣した。
頭部をレールガンで撃ち抜かれ、崩れ落ちた『ビナー』のボディを解析すればなにか得られるだろうという判断であったのだが、しかしそこに『ビナー』の姿はなく、ただ出現時に舗装を割って出てきた穴が残されているだけ。
地中レーダーなどで捜索したものの……結局、逃げられたという結論に至る他無かった。
「まあ、とはいっても先生が与えたダメージは致命傷だ。『ビナー』が逃亡中に機能停止している可能性も十分あると私は思うが」
”手応えはあったんだが、どうにもな”
封筒の中に入っていた書類をペラペラとめくりながら、マイケルはなんとも言えぬ表情を浮かべる。
あの時頭を撃ち抜き、きれいな風穴が空いた『ビナー』が力なく崩れ落ちたのを彼は確かにこの目で見たのだが、それで亡骸が発見されないというのは腑に落ちないものだ。
「……結局倒せなかったってことなの?」
「ん~、まあ端的に言えばそうなるなぁ、残念だったなアビドスの……あぁ、シロコか、うん」
「『ビナー』はアビドスの悩みのタネ、倒せれば嬉しかったけど……」
マイケルとリツコの会話の結論に、露骨に残念がるシロコ。
アビドス高校において『ビナー』という災害は、彼女が入学するより前から発生しているとホシノから聞いていたこともあり、『ビナー』に対してはある程度の敵愾心を有していたのだから無理もない。
”そういえばだが、ミレニアムはどこで『デカグラマトン』というのを知ったんだ?”
ふと頭に浮かんだ疑問、ミレニアムサイエンススクールはいかにして『デカグラマトン』なる人工知能を知ったのか。
その言葉にリツコは一瞬詰まり、脳内でどこまで公開するべきなのかと悩んだものの、特にミレニアムの機密に触れるところはないなとぶっちゃけることにした。
「……タレコミだよ、廃墟からロボットが出てきた頃、一通のメールが送られてきたんだ。送り主は自称『ゲマトリア』という胡散臭いメールだったが……昔々、神の存在を証明すれば神を作れると考えたバカな連中がいたらしい。そいつらが作ったAI、それが『デカグラマトン』だとさ」
「ゲマトリア……」
ゲマトリア、まさかミレニアムにまで接触していたとはと顔をしかめるシロコ。
記憶にないとは言え、拘束され、人体実験寸前にまで持ち込まれたのだから無理もない。
「それで、そのメールには続きがあった。”そのパスは、権力を通じて動作する慈悲。その異名は、『慈悲深き苦痛をもって断罪する裁定者』……その名をケセドという”……ご丁寧に『デカグラマトン』のエンブレム付きの文章だ、『ビナー』の額に似たようなやつがあっただろ?」
そう言ってリツコはマイケルの持つ資料の一枚を外し、机の上に置いた。
A4サイズの紙一面に描かれたそれは、『ビナー』の額のそれとは少々違うものの、似た意匠である。
「その直後、廃墟から謎のエネルギー反応が観測された……私達は表向きは機械兵器工場の調査という名目で廃墟に部隊を進めたが、実際のところは『デカグラマトン』の実在の有無を調査するというのが本当の任務だった。ま、知っての通り失敗したがね」
彼女が語るのは、マイケルが初めてミレニアムを訪れた時のこと。
廃墟で所属不明のロボット部隊に襲われ、散り散りになったあの出来事を赤裸々に語る。
もう醜態を知られているので取り繕う真似はせずに、むしろ堂々とすれば何も知らない
「だが『ビナー』の出現でデカグラマトンの実在は確認できた。放射されるエネルギーパターンが一致するとなれば、廃墟にもデカグラマトンの眷属が居るのは間違いないってことになる。この件、恐らくセミナーからシャーレに依頼が出ると思う。覚悟しておけよ、せ・ん・せ・い?」
最後にマイケルに思いっきり自分の顔を近づけ、息を感じるほどの距離感で囁くリツコ。
その蠱惑的な声色に、マイケルは目を見開き思わず距離を取る。
”……覚えておくよ”
「ンフフフ、それじゃ、私はこれで失礼させてもらうよ」
笑いながら手を振り、執務室を後にするリツコの後ろ姿を見送った後、マイケルは深いため息とともに椅子に深くもたれかかった。
ひどく疲れたようなその仕草に、シロコが心配そうに覗き込む。
「大丈夫?」
”大丈夫、大丈夫だ……”
まさか
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「む、棗イロハですか」
「そういう貴女はイルミさん」
シャーレビルの前、入口で出会うゲヘナとトリニティの生徒、着ている制服は互いの生徒会のもの。
「マコト議長になにか面倒事でも押し付けられましたか?」
「えぇまぁ、その通りです。シャーレの先生を籠絡しろなどと言われまして……はぁ」
洲根イルミと棗イロハ、学年すら違い接点がないように思える2人であるが、イルミがエデン条約締結のための密使としてゲヘナとの往来を繰り返した結果、
そして、上役に無茶振りをされる中間管理職的立ち位置であったがために互いを憐れみ、結果として
「なるほど、マコト議長は馬鹿ですか」
中間管理職であるが故に、2人だけの時ならば互いの上司への罵倒が雑に飛び出す。
お互い上司に苦労しますね。
「まったくその通りですよ、ところでそちらはどんな理由でシャーレに?」
「先日の戦いの件で、先生に菓子折りをと思いまして、ええ」
「それ、どこのお店の奴です?」
「ロイヤルオークのクッキーですよ、あまり高額なものは気を使わせてしまいそうなのでシンプルなのをチョイスしました」
「……私の記憶が確かなら、ロイヤルオークは普通に高級店だと思ったんですが」
同じエレベーターに乗り、執務室のある上層階へと向かう2人。
イルミが持ち込んだ菓子折りの中身を聞き出してキャイキャイ騒ぐ様は女子高生のよう、というか女子高生そのもの。
目的階につき、エレベーターを降りた2人は歩調を揃えて執務室の前に立つと、揃ってノックし部屋に入る。
しかし、執務室にマイケルは居らず、ただシロコだけが書類の山と格闘していた。
「おや、先生は今どちらに?」
「ん、先生は今コーヒー淹れてる。少ししたら戻るから、そこに座って待ってて」
「仕方ありませんね、では待たせていただきましょう」
トリニティ生徒らしい優雅な動作で椅子に座るイルミ、一方イロハは面倒なので雑に座る。
静かに待つこと数分、給湯室からコーヒーを手に出てくるマイケルは、ソファーに座る2人に気づくと、マグカップを机に置いて彼女達の近くへと寄った。
”イロハとイルミか、ゲヘナとトリニティの組み合わせとは珍しいな”
「それも
”ほう?”
そしてイロハが語るのは、
元々、シャーレに恩を売りつけるためのものであったが、イロハが語るにはカイザーの勢力が大幅に低下し、1個大隊を2個分隊で撃破するという実力をミレニアムとトリニティに示したことにマコトは大いに満足したらしい。
唯一気に入らないところがあるとすれば、その活躍のほぼ全てが風紀委員長空崎ヒナの実力によるものだというのだが、彼女が居なければそもそも1個大隊の相手は不可能なので仕方がない話だ。
「ここで更にシャーレの先生を籠絡し、ゲヘナに引き込めとマコト先輩に命令されていますが……正直面倒なので気にしないでください」
”……自分でハニートラップだと自白するのは初めて見るパターンだ”
「とはいえ、仕事してる感をアピールする必要があるので……どうぞ先生、入部届です」
気だるげに差し出された入部届を受け取るマイケル。
それを確認すると、イロハは意味ありげにイルミへと視線を向けた。
私の用事は終わりだとその目は語る。
「おほん、次は私の方から。先日の作戦における先生の活躍にお礼をと思いまして、どうぞ、皆で食べていただければ」
”
「それと、トリニティにおける先の作戦の評価もお伝えしましょう」
次は私の番だと手にしていた菓子折りを渡すイルミは、同時にもう一つのやるべきこと、ティーパーティー次官としての仕事に取り掛かる。
トリニティがシャーレ主導のあの作戦にどのような評価を下したのか、彼女は包み隠すこと無く語り始めた。
ティーパーティーは先の作戦の結果カイザー勢力の影響力が低下し、自治区からほぼ駆逐出来たことに大いに満足したという。
元々歴史ある企業群があるトリニティ自治区においては、ダーティーな手法で影響力を拡大しようとするカイザーは目の上のたんこぶであったため、この結果だけで十分お釣りがくるということだ。
そして、シャーレに対しても恩を売るという目的も十分達成したものと判断した、と彼女は締めくくった。
「今回の件で我がトリニティは貸しが一つになります。先生、ティーパーティーからそのうち依頼が来るものと覚悟しておいてくださいね」
”その時はお手柔らかに頼むよ”
苦笑するマイケル、そして用事は終わったと席を立とうとしたイルミであったが、彼はそれに待ったをかけた。
訝しむイルミに対し、マイケルは給湯室を親指で指しながら微笑む。
”せっかくだからコーヒーでもどうだ? すぐ用意できるし、この菓子を一緒に食べようじゃないか”
「賛成、一緒に食べるべき」
「そうですね、このまま帰っても仕事が面倒ですし、ここは先生の厚意に甘えてサボらせてもらいましょう」
「はぁ、まったく……仕方ありませんね」
3対1では勝ち目なし。
仕方なく彼女は誘われるままに応じ、マイケルの淹れたコーヒーと、自身の持ち込んだロイヤルオークのクッキーを味わった。
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シャーレビル全体にチャイムが響き渡り、時計を見たシロコのお腹が可愛らしく鳴る。
思わず赤面する彼女の視線の先、長針と短針は見事に重なり、12時を丁度指し示していた。
”ふうっ……シロコ、昼食はどうする?”
「……お弁当用意してきたから大丈夫、先生こそどうなの?」
”私か? あぁ、デリバリーを頼んであるから心配は不要だ”
カバンの中から弁当箱を取り出すシロコは、何も取り出す様子のないマイケルに思わず心配するものの、デリバリーがあるから大丈夫という主張にハッとした。
ここはD.U.であり、デリバリーサービスも充実しているのだ。
そして待つこと数分、レンジで温めたお弁当を食べるシロコの耳に、ノックの音が飛び込んだ。
「先生、ユーバーイーツです」
”待ってたよ、腹が減ってそろそろ椅子に齧り付くところだった”
「あっ……ルピナス学院の」
ドアを開けて入ってきたのは、デリバリーバッグを背負ったシロコにとって見覚えのある人物。
元カタカタヘルメット団、セリカ誘拐を機に足を洗ってシャーレに所属した元ルピナス学院生である黄花トウカ。
トウカもシロコに気づいたようで、目を丸くした後、笑顔を浮かべて歩み寄る。
「シロコ! 久しぶりだね、元気だった?」
「トウカこそ、どうしたの?」
「デリバリーのバイトだよ、この間始めたんだ」
デリバリーバッグを背中から降ろし、その中から取り出したのは『BURGER QUEEN』のロゴが入った紙袋。
それをマイケルに手渡し、中身を確認した彼は満足気に頷いた。
”助かるよトウカ、こいつはチップだ受け取ってくれ”
「えっ、あ、あのっ……そういうのはキヴォトスでは一般的ではないと言いますか……」
”Hmm...”
ここは
彼がここに来てまだ1ヶ月も経っていないのだから、祖国の風習が抜けきれていないのだ。
「私だけ貰うのは不公平な感じがしちゃいますし、それにちゃんとバイト代は払ってもらえるので大丈夫です」
”そうか……まぁ、そういうことならそちらの風習に従おう。ところでトウカ、君は昼食はいいのか?”
「それはお気になさらず、ちゃんと用意してあります」
「ん、それなら一緒に食べない? トウカが良ければだけど」
「そうだね……うん、今は予定がないから大丈夫」
チップなんて不公平ですと当人から言われてしまえば仕方がない、マイケルはチップを渡すのを諦め、紙袋からハンバーガーとポテト、それとコーラを取り出し机の上に並べる。
さり気なく昼の休憩時間ぐらいはあるのかと聞けば、心配する必要はないらしい。
それならばとシロコが食事に誘えば、トウカはそれを快諾した。
「カイザーのニュースは聞いたよ、よかったじゃん。元ヘルメット団の私が言うのも変だけど」
「平気、そっちこそどう? ヘルメット団を抜けてからのシャーレ暮らしは」
「凄い楽しいよ、ヘルメット団時代とはぜんぜん違う」
エンジェル24で購入したサンドイッチを頬張りながらトウカは語る。
彼女たち元ヘルメット団のメンバーは無事にシャーレの所属となり、その後はアルバイトで日々の生活費を稼ぎながら他学園の編入のために勉強に勤しんでいるという。
あれから元ルピナス組以外にも6名の元スケバンやヘルメット団が更生のためにシャーレに所属したが、彼女たちとの仲はそれなりというところだとトウカは言う。
そしてここからが重要な話だと前置きして彼女が続けたのは、彼女たちが目指す編入先。
「私達、アビドス高校を目指そうって話になってさ」
「えっ!?」
「私はともかく、他のメンバーがまぁ……頭がいいわけじゃないからちょっと時間かかるけど、それでも編入するならアビドスがいいってみんなで決めたんだ」
まさかの編入希望にシロコは驚きを隠せない。
しかし、その衝撃が過ぎ去れば残るのはアビドスに新しい生徒が増えるという事実。
「……やっぱ元ヘルメット団が入ってくるのは嫌?」
「そ、そんなことない! 生徒が増えるのは何時だって大歓迎、ただちょっと驚いただけで」
「拒絶されたらどうしようって思ってたけど、よかった……」
ショックで一瞬固まったシロコの様子に不安を感じたトウカであったが、直ぐにシロコはその不安を解消するべく全身で喜びを表現する。
ホッとするトウカの内心としては本意ではないとはいえ、敵対したことで後ろめたさを感じていたのだ。
”良かったじゃないかシロコ、それにトウカも。私も君たちが新しい道を歩むことを歓迎する”
「これも先生が手を差し伸べてくれたからです。本当に、本当にありがとうございました」
微笑むトウカのその顔は、ヘルメット団時代では考えられぬほど輝いていた。
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「そう言えば先生、こんなチラシが入ってたよ」
そう言ってシロコが机の上に置いたのは、山羊頭のエンブレムが入ったチラシ。
誰が投函したかなど語るまでもなく、それは便利屋68のものである。
チラシには手書きのメモが貼り付けられており、そこに書かれていたのは―――
『また何かあった時、1回だけ特別価格で仕事を請け負うわ』
丁寧に書かれたそれは、おそらくはアルの直筆だろう。
見栄を張ったなと内心苦笑しながらマイケルは、事務所の電話番号がアビドスのものではないことに気づく。
あの後、マイケルから依頼料をたんまり貰った便利屋68はアビドスの事務所を離れ、再び裏社会へと舞い戻った。
カイザー相手に大暴れしたという実績を元に再起を図る彼女たちは、今度こそ妙なクライアントに出会わぬよう細心の注意を払っているという。
『
チラシに書かれたキャッチコピーに涙ぐましい努力の痕跡が見られるが、果たしてどれほどの効果があるものか。
まぁ、彼女たちもある程度覚悟はしているだろうから、余程悪いことにならない限り彼も介入するつもりはないのだが。
「便利屋の皆はアビドスから居なくなったけど、あの事務所は何時でも使っていいって言ってある」
”そうか、まぁ彼女たちのことだ、そう遠くない内にまた戻ってくるだろう”
「そしたらまた面倒事を持ち込んできたりして」
”HAHAHA! そうしたら笑って迎えてやるんだ”
ありそうな未来を予想し、ひとしきり笑った後にコーヒーを一口。
すると、再び執務室のドアをノックする音が響く。
「失礼します、先生」
入ってきたのは連邦生徒会長代行たる七神リン、その後ろには護衛として連れてきたのか、HOUND小隊の面々が控えている。
リンは相変わらず寝不足なのか、目の下には隈が浮かんでいた。
「先日の対カイザー強制捜査からの一連の戦闘……その結果、発生した一連の騒動について連邦生徒会の方針をお伝えしようと思いまして」
”あー……ここまで物事が大きくなったのはカイザーが自分で招いたことだぞ? 君たちの仕事が増えたのは申し訳ないと思ってはいるが……”
リンの言葉は丁寧だが、そこかしこにトゲを感じるので即座に弁明。
悪いのはカイザーですとは言うが、世論工作を主導したのはシャーレなのでそれは通らない。
「はい、そこは理解しています。カイザーがこれほどの悪事を働きながらもそれを取り締まることの出来なかった我々の落ち度……ですが先生、もう少し加減はできなかったのですか? どれだけクロノスにリークしたのですか」
”そうでもしないと逃げられると思ってだな……ほらリン、コーヒー淹れてくるから少し落ち着くんだ”
これは相当お冠だと肩を竦め、また給湯室でコーヒーを淹れてきて皆に振る舞う。
渡されたコーヒーの黒い水面をじっと見つめた後、リンは砂糖とミルクをドバドバと注ぎ、ぐっと呷る。
その量の多さに見てるだけで胸焼けを起こしそうになりながら、マイケルは彼女が落ち着くのを待った。
「……ええまぁ、おかげで漸くカイザーコーポレーションに踏み込めたのは事実ですし、そこは先生に感謝をするべきでしょうね。さて、本題に入りましょう」
幸いにも砂糖ドバドバコーヒーを飲んだリンは気持ちが落ち着いた様子を見せ、鞄から書類を取り出すとそれをマイケルに渡す。
連邦生徒会はカイザーPMC、カイザーローンの違法行為を正式に認定し、両社への行政処分を行うことを決定。
また、それに伴いカイザーグループ全体に連邦生徒会の事業に対する入札の指名停止を行うこととし、これが最終的なカイザーへの処分となるという。
刑事的な処罰としては、PMC理事がアビドスへの各種工作、軍事侵攻の首謀者と見なして起訴されることが確定しているが、グループトップであるプレジデントが関与した証拠は今回入手した証拠から見つけることはできず、お咎め無しらしい。
しかし、PMC理事の戦闘時の発言からプレジデントが連邦生徒会転覆を目論んでる疑惑が浮上したことで、連邦生徒会内では急速にカイザー脅威論が勢力を増しているとリンは締めくくった。
「……とはいえ、カイザーに対抗するための武力は連邦生徒会にはありません。ヴァルキューレ警察学校は万年予算不足に喘ぎ、SRT特殊学園は命令系統の問題で活動不能に追い込まれています」
”……それで、結局は私にどうにかしろと”
「はい、心苦しいですが我々には選択肢がありません。先生の持つ『メタルウルフ』、それ以外に彼女たちHOUND小隊をシャーレ直属とし、彼女たちの装備を全てシャーレに移管させます。そしてその武力を以てカイザーグループへの抑止力とします」
SRTが動けないのならば、同等の権限を持ち指揮系統もしっかりしているシャーレを全面に押し出すしかないというリンの理屈はまあ分かるところではあった。
しかし、腑に落ちない点もいくつかあり、マイケルはそれを指摘する。
”SRT全体をS.C.H.A.L.Eに所属させないのか?”
「それは……以前お話したように、SRTの生徒はおおよそSRTであることに誇りを持っています。急に所属変更と言われても、間違いなく納得はしないでしょう。HOUND小隊はSRTの中でも問題児……もとい特別なんですよ先生」
再びちらつくリンの毒舌に思わず苦笑しながらも、ちらりとHOUND小隊がいる方向へと視線を向ければ、4人は整列しつつも近づいてきたシロコと駄弁っていた。
「彼女たちはSRTの中でも異質、悪く言えば扱いづらい部隊です。しかし、連邦生徒会長の命令には良く従っていました……今回は先生の指示にも良く従っていたと聞いています」
”ははぁ、なるほど……私の言うことを聞くようだから私に手綱を握れと、そういうことか”
「その通りです、他のSRT小隊はどうするのかは現在未定ですが、シャーレの活躍次第では移管することも十分にありえます」
扱いづらい部隊は言うことを聞くシャーレに任せ、他のSRT部隊はとりあえず手元に残して様子を見ようという連邦生徒会の涙ぐましい努力であるが、マイケルにはそんなのお見通しである。
とはいえ、子どものやることに目くじらを立てるほど大人気なくはないし、彼女たちがそうせざるを得ない現状を憂慮するのが正しい大人というもの。
”……わかった、引き受けよう。
「ありがとうございます先生、彼女たちをよろしくお願いします」
「では先生、これからもよろしく頼む!」
シロコと駄弁っていたはずが、会話が終わるタイミングを見逃さずに割り込むトミ。
まるで「自分のことを今話しましたね!?」と飛びついてくる犬の様なその反応を微笑ましく思いながら、差し出された手を握った。
”ああ、よろしく”
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日が傾き、空がほんの僅かに色づき始める頃、今日の業務もほとんどが終わったと大きく伸びをするシロコ。
マイケルの机の上にはまだ書類が山となっているが、朝と比べるとその量は段違いだ。
”やはりこういうのは人手があると捗る。ありがとうシロコ、助かったよ”
「ん……どういたしまして、そろそろ定時だけどまだ手伝った方が良い?」
”いや、この程度は一人でなんとかなるさ。シロコこそ、まだ体調が完全ではないのだろう? しっかり休むべきだよ”
結局黒服の言う ”恐怖”が僅かに適応された状態というものが何なのか、少なくとも彼はそれを知る事はできぬまま1週間が過ぎた。
以前と比べてどうかと彼女に聞いたものの、本人も自覚症状はないようではあったが……ノノミが言うには、時折ボーっとすることがあるという。
次に黒服と遭遇した時には問い詰めてやろうと心に決めながら、彼はシロコの様子に細心の注意を払っている。
「最近皆が妙に気を使ってくるから十分休めてるよ、だから平気」
”ふーむ”
しかしそれを過保護と感じるのか、シロコは途端に不機嫌そうな顔をした。
彼女の気持ちはわからなくはないが、しかしだからといって黒服の忠告を無視するわけにも行かず、あの変態野郎と心の中で罵倒しながらどうしたものかと考えるが―――
「じゃーん、おじゃましまーす☆」
「ここがシャーレかぁ、まるでテーマパークに来たみたいでテンション上がるねぇ~」
「ちょ、ちょっと先輩、先生は仕事中でしょ!」
「あ、あはは……おじゃまします」
不意に訪問してきた対策委員会の皆の姿にシロコは固まり、マイケルもこれは予想外であったがために目を丸くする。
今日はアビドス高校は普通の登校日であったはずだが、何故彼女たちがここに居るのだろうか。
「シロコちゃんの様子が心配で見に来ちゃいました♤」
「見に来ちゃいましたじゃない、はじめてのおつかいみたいな扱いはやめて!」
「まぁまぁ、シロコちゃん落ち着いてって、これには海よりもふかーい訳があって……」
「いや先輩、出発する時に「シロコちゃんが真面目にお仕事してるか心配だよ~」って言ってたじゃない!」
「ん! ん!」
「痛い痛い、シロコちゃんそれ止めてって!」
目を吊り上げながらポカポカとホシノを叩くシロコ。
見た目よりずっと痛いのか、ホシノが泣き言を言うがシロコは攻撃の手を休めない。
結局、ノノミが引き剥がすことで漸くシロコ大暴れは終わったのだが、それでも彼女の気は済んでいないようで口をへの字にしてそっぽを向いていた。
「えーっとですね、シロコ先輩が心配だったというのはたしかにありますが……あれから1週間、アビドスの方も漸く落ち着いたので報告もかねてと言いますか」
ノノミ、ホシノ、セリカの3人でシロコを宥めているため、唯一手の空いていたアヤネが苦笑しながら来訪の目的を告げる。
あの戦闘の後、一番変化があったのは当然ながら当事者たるアビドス高校であった。
特筆すべきは借金額であり、元は9億6235万円であったそれは今では1億を切ろうとするほどにまで縮小している。
これはアビドス高校近辺、並びにカイザー基地での戦闘で発生したスクラップの売却益によってなされたものだが、先端技術の塊であるカイザーの巨大兵器群は非常に高値で売れたという。
この取引については元々がカイザーの違法行為の結果発生したスクラップであり、それについてカイザーがどうこういう権利などはなかった。
そしてもう一つ、借金の支払先がカイザーローンではなくなったというのも重要なポイントだろう。
新たな支払先はオクトパスバンク、しかしこれはあからさまにカイザー系列の企業である。
とはいえ、流石に向こうもほとぼりを冷ます必要があるため利子も極めて低率なものとなった結果、臨時収入無しでも元本を減らす事が可能となり、借金完済の道筋が見え始めたとアヤネは締めくくった。
「まさか、借金問題も解決の見通しが立つだなんて以前は想像もできませんでした。ただ、土地に関しては流石に戻ってはきませんでしたが」
アヤネの言う通り、借金問題に関してはほとんど解決みたいなところまで来たが、土地の所有問題についてはカイザー側に瑕疵はなく、故にそのままとなっていた。
とはいえ、元のアビドスの土地はその価格が二束三文、借金返済ができれば買い戻すことも夢ではない。
「うへぇ~、アヤネちゃん、シロコちゃんを宥めるの代わってよ~」
情けない声を上げ、アヤネにヘルプを求めるホシノ。
その様子にアヤネは仕方がないとシロコのところに向かい、交代する形でマイケルの前にやってきた彼女は呼吸を整えた。
駄々をこねるシロコを宥めるのはとても大変らしい。
「はぁ……シロコちゃん、とりあえず1週間経ったけど何もなくて安心したよ」
アヤネが宥めているその後姿を見ながら言うホシノには、何時ものふざけた様子は感じられない。
そして振り返り、マイケルの顔をじっと見上げた。
「……先生、今だから言えるんだけど、最初に先生が来た時私は先生のことを何も信用していなかったんだ」
”気づいていたさ、私を試しているってね”
「うへ……先生には隠し事はできそうにないね。まあ、それでも先生はアビドスのためにここまでやってくれた。ヘルメット団から始まり、借金問題までも……」
己の足跡を振り返るように、どこか遠くを見ながら彼女は語る。
かつてアビドス再興をユメ見たあの人の背中を思い出し―――不意に、涙が溢れた。
「あっ、ご、ごめん……昔、まだ私が生意気な1年生だった時のことを思い出しちゃって、当時の先輩に今のアビドスを見せてやりたかったなって、ね」
涙を拭き、その理由を誤魔化しながら不器用に笑顔を作るホシノ。
その様子にマイケルは穏やかな表情を浮かべ、彼女の頭に手を乗せて優しく撫でた。
「ちょ、ちょっと先生!?」
”ホシノ、君はよくやっているよ。だから自信を持つんだ”
彼女がどれほどの苦労をしていたのか、その中にどのような別れがあったのか、少なくとも彼は知ることは出来ないし、それを無かったことにすることは出来ない。
今出来るのは、ただ彼女の選択を肯定することだけ。
諭すようなその言葉は、後悔に苛まれる彼女の心に寄り添おうとする現れだ。
「……ごめんね先生、湿っぽくなっちゃって。でも、ありが―――」
「あっ! ホシノ先輩が先生に撫でられてる! ずるい!」
「あら~、先輩も隅に置けませんね~☆」
しかしその様子はしっかりと見られてしまい、非難の声を上げるシロコ。
その後ろでノノミが圧のある笑顔を浮かべ、じわりじわりとにじり寄ってくる。
ホシノとマイケル、二人して冷や汗をかき―――結局、全員を撫でる羽目になったという。
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日が沈んでからどれだけの時間が過ぎたのか、それでもシャーレの執務室から明かりが消えることはなく、一人静かに書類へとサインをしているマイケル。
シロコ達はあの後皆でアビドス自治区に戻り、それからは来客もなく静かなものであった。
カリカリと紙の上をペンが走る音だけが執務室の中に響き、それが止まった時、マイケルは大きな伸びをして背もたれにより掛かる。
『本日もお疲れ様です、先生』
シッテムの箱の画面に浮かび上がるアロナ。
バックグラウンドで様々なタスクをこなす彼女がいなければ、きっと仕事はまだ終わらない。
”あぁ、ありがとうアロナ。今日も大変だったな”
『いえ、先生がアビドスで成し遂げたことを思えばこのくらいどうということはありません』
”大したことはしてないさ、ただムカつく悪党をぶん殴っただけで”
『それが出来るのは、きっと先生ぐらいですよ』
アロナの称賛にどこか落ち着かない様子のマイケル。
彼にとってカイザーなどという小悪党をブチのめしたことは、それほど称賛されるものとは思っていない証だ。
”ま、そういうことにしておこう。ところでアロナ、明日の予定を教えてくれ”
『あっ、はい。明日は―――』
どんな時でも、明日は必ずやってくる。
変わらぬ日々の中で、新たな変数としてキヴォトスに現れた連邦捜査部シャーレ、その顧問であるマイケル・ウィルソン。
彼の存在によってキヴォトスの日々は徐々に変化をしていくだろう。
それこそが、連邦捜査部シャーレの先生のあり方なのだから。
To be Continued in Vol.2 ”Clockwork Flower Pavane”
対策委員会編2章、これにて終了です。
正面から
力と権力があれば大体のことが押し通せますよはい。
マイケル・ウィルソンという人物像に関しては、これは完全に私の独自解釈になっているので人によっては大統領はこんな事言わないorしないと思うやも知れませんが、私の中ではこういう感じの人物です。
肉親とは皆死別し(父母、姉or妹)、かつての部下と上官をこの手で殺め、友人だと思っていた副大統領に嫉妬と憎しみをぶつけられて裏切られたって書くとめちゃくちゃ重いですね大統領。
そんな重さを感じさせないのがメタルウルフカオスですが。
次回からはVol.2時計仕掛けの花のパヴァーヌ編へと突入します。
一体ミレニアムでマイケルを待ち受けるのは何なのでしょうか?