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ゲーム開発部の新作、『テイルズ・サガ・クロニクル2』の開発は最早マイケルの手を必要とせず、彼女たちの力だけで進む段階に達したことで彼のミレニアムにおける仕事は一段落ついた形となった。
結局、G.Bibleなんて要らなかったのだと言うのは容易いが、そこに至るまでの過程に彼女たちの成長に必要な物があったとすれば、例えゴールが無くとも決してその道程は無駄ではない。
『先生、本日も業務お疲れ様でした。ミレニアムプライスまで残り3日、ゲーム開発部の皆さんの新作がお披露目されるのが楽しみですね!』
”そうだな、彼女たちの努力が報われればいいんだが”
太陽が南天に至る頃、食事を摂るべくミレニアムの敷地を歩きながら彼はシッテムの箱を手にアロナと言葉をかわす。
……そう、彼は今己の足で歩いている。
『ケセド』との戦いもあり、丁度損耗が発生した『メタルウルフ』はエンジニア部への課題としてメンテナンスを依頼していたのだ。
そのため、彼は今生身で移動せざるを得ない。
『その新しいスーツも十分似合ってますよ、先生』
”この薄さ、軽量さでクラスⅢの性能があるとは驚きだよ。ミレニアムの技術、恐るべしってね”
彼が袖を通しているのは、『メタルウルフ』の替わりに身を守る術をと新素材開発部の開発した新しい防弾繊維を使い、エンジニア部によって作られたスーツ。
特殊ポリマー製のインナーが入っているため少し厚ぼったい感じはするものの、普通のスーツと比べて見劣りしない動きやすさを発揮しながら5.56mm弾を貫通させないというのだから、このあたりの技術は地球のそれを上回っている。
そのまま歩く彼は、そのうち敷地内で営業しているキッチンカーを見かけた。
”お、キッチンカーが出てるな”
『ハンバーガーですね、先生はハンバーガーお好きなんですか?』
”ハンバーガーはアメリカで産まれたんだ。他の何処の国の発明でもない……ハンバーガーを食べれば祖国の味ということだよアロナ”
『う、うーん……よくわかりません』
足早にキッチンカーに向かうマイケルに対し、アロナは純粋に疑問をぶつける。
彼の昼食はだいたいサンドイッチ、ハンバーガー、ピザであり、少し前にシャーレの部員として登録したゲヘナ給食部の愛清フウカによく小言を言われていた。
ちなみに朝食はシリアルやトーストで、こちらも同じくフウカに小言を言われている様子。
アメリカ人らしいといえば、らしい食生活であろう。
熱心に語る彼の様子に思わずアロナは苦笑した。
その辺りの彼の食事事情はともかくとして、彼はキッチンカーでLサイズのセットを注文し、クレジットを払って受け取った後に近くのベンチに腰掛ける。
アメリカンサイズとまでは行かないものの、流石にLサイズとも慣れば相応のボリュームのあるものであり、ゆっくりと腰を落ち着けてかじりついた。
”いやあ、キヴォトスの料理は何処もうまいな”
「よぅ、先生……でいいよな?」
その最中、掛けられる声に振り向いてみればそこに居たのは2人のメイド服を着た生徒。
先日の『ケセド』との戦いに参加した美甘ネルと一之瀬アスナ、C&Cのトップ2人だ。
”ああ、連邦捜査部S.C.H.A.L.E顧問のマイケル・ウィルソンだ。ネルとアスナでよかったよな?”
「あ、覚えててくれたんだ~」
「落ち着いて顔を合わせるのは初めてだな。色々忙しくてちょっと顔を出せなかったが……」
食事の手を止め、互いに挨拶を交わす。
マイケルは立ち上がろうとしたものの、それはネルが左手を上げて制した。
「そのままでいいぜ、先生。食事中に邪魔したのはあたし達だしな」
「ごめんねー、ご主人様」
”……その、私は家政婦を雇った覚えは無いんだが”
「気にすんなよ、C&Cは表向きはメイド部だからな。
アスナの御主人様呼びに何とも言えぬ表情を浮かべると、それを察したネルがフォローを入れる。
そういうものならば多少は理解はできるだが、大っぴらに言っては欲しくない呼び方ではあった。
「で、それでだな、先生には礼を言っとかないとと思って探してたわけだ。あの時来てくれなきゃ色々と面倒な事になってただろうし……ありがとな先生」
「そうそう、もう弾が無くて大変だったんだからねー」
”礼を言われるような事ではない。私は先生で、君たちが生徒ならば当然の行いだ”
「堅苦しいことを言うなよ。あたし達は礼を言いたかった、それでいいだろ?」
それはともかくとして、この2人は『ケセド』との戦闘における危機を救ってもらった礼をいいに来たという。
律儀なものだと感心しながら、彼は懐から名刺を2枚取り出した。
”なるほど、だったら仕方がないな。ま、それはそうと君たち、何か困ったことがあれば連邦捜査部S.C.H.A.L.Eに気軽に声をかけてくれ”
「ん、あぁ、まあ気が向いたらな」
「ん~、部員募集中なんだ。それじゃあシャーレに入れば、ご主人様は本当にご主人様になるんだね!」
名刺を渡し、ネルは適当に眺めた後にポケットに入れたがアスナのほうはシャーレに興味津々のようで、入部の意向をにじませる。
とはいえ、やはりご主人様呼びはやめてほしいものだが。
「おいアスナ、C&Cと兼部するつもりかよ」
「だって、楽しいことになりそうじゃない?」
「お前なぁ……」
ノリノリなアスナに呆れた様子のネルであったが、彼女自身シャーレに興味がないと言えば嘘になる。
マイケルの指揮下であれば他の自治区でも暴れられるというのは魅力的であるし、他でもないマイケル本人への興味だってある。
しかし、母校であるミレニアムサイエンススクール、そのエージェントコールサイン00という責任の重さを考えるとそう簡単に乗っかるわけには行かないのだ。
美甘ネル、言動から粗野に見えるが意外と思慮深い人間ではあった。
「それに、
「はぁ、お前がそう言うなら構わねえけどさぁ……」
「ねぇねぇ、リーダーも一緒に行こうよ! それで、カリンやアカネもみんなで一緒にご主人様をご主人様にするの!」
アスナの異能とも言える勘がシャーレへ入るほうがいいと告げるのならば、それは決して無視できるものではない。
C&Cのリーダーとしても、エージェントの1人としても何度も救われた経験がある以上全幅の信頼を寄せているわけで、ならばとアスナが入る判断を肯定するネルであったが、アスナがネルも、いやC&C全員が一緒に行くべきだと言い出すとなると話が違ってくる。
「おまっ、アスナ、C&Cの業務ってのがあるだろうが!」
”心配無用、基本的に生徒たちの自主性に任せているのがS.C.H.A.L.Eだ。都合がいい時、余裕がある時、そんな感じで全然構わない”
「ほらほら、ご主人様もそう言ってるし、リーダーも一緒に行こうよ!」
「あーったく、わかった、わかったって! 後で入部届出すからそれでいいだろ!?」
「やったー! リーダー大好き!」
しかし、マイケルがフォローする形のアスナのゴリ押しの前には流石のネルといえど断る事はできず、ついには折れてしまう。
大層不服そうな表情をするネルであったが、一方のアスナは満面の笑み。
ネルと一緒に居たいが故にC&Cに入ってきた彼女にとって、シャーレでも一緒に居られるというのはとても重要なことなのだ。
「……はぁ、この後ゲーム開発部のチビどもに、あの工場でのことで一言言いにに行くつもりなんだが、先生はどうするんだ?」
”ゲーム開発部か、ミレニアムプライス締め切り過ぎてからのほうがいいと思うぞ私は。今、彼女たちは最後の追い込みをかけてるだろうからな”
疲れたように息を吐きながら、ネルは問う。
何であれ、助けられた以上は礼の一つぐらい言わねば女がすたると考える彼女からすれば、色々と忙しかったとは言え1週間も放ったらかしなのは我慢できないのだろう。
しかし、ゲーム開発部の状況をある程度は把握している彼は首を横に振りながら答えた。
今行くのは良くない、そう伝えればネルはきちんと理解をする。
「そうか、じゃあ夕方以降になるかな。悪いな先生、食事中に時間を取っちまって。ほら、行くぞアスナ」
「はーい」
軽く会釈して去る2人の背中を見送りながら、マイケルは再びハンバーガーを一齧り。
直火で焼かれたパティの味に舌鼓を打ちながら、彼は午後の予定の事を考えていた。
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ゲーム開発部のような弱小部活と異なり、ミレニアムでもトップの実績と予算を誇るエンジニア部は既にミレニアムプライスへの提出を既に終え、本番では司会としての役目を務めるコトリが色々と準備しているものの、ウタハとヒビキは一次装甲の外された『メタルウルフ』を弄り倒している。
その現場に丁度訪れたマイケルは、道中買ってきたお菓子を片手に3人に声を掛けた。
”調子はどうだい?”
「あぁ、先生か。順調だよ、消耗部品の交換は終わって今はエラーが出ていないかの確認をしているんだ。これが終われば装甲を戻して整備完了だね」
「それにしても、本当にこのパワードスーツはすごいね……キヴォトスの技術を結集してもここまで高性能かつこのサイズにはできないよ。シミュレートした数値だと戦車を持ち上げられるって、最初は冗談かと思った」
”ふふふ、
手近な机に袋を置きながら彼は言う。
作業者に対して差し入れなどの心遣いを忘れないのは、人心掌握の基本だ。
「ありがとう先生、あとの作業は大したことはないし……そうだね、この『メタルウルフ』がどうしてここまでの性能に仕上げられたのか、その辺りの話を聞きたいな」
”ふーむ、まあ仕様要求を出したのは私だからその辺りの話はできるかな? とはいえ、あまり面白い話にはならないが”
『メタルウルフ』に繋げていたタブレットを脇に置き、くるりと向きを変えたウタハの言葉は純粋な好奇心からだろう。
事実、ヒビキも作業の手を止めて聞き耳を立てている。
ついでに言えば、コトリですら興味津々といった様子で自らの準備を途中で止め、いかにも聞きたいというオーラを発していた。
”そうだな……まず前提として話すのは、これは特殊機動重装甲というジャンルの兵器だ。ハイテク兵器が跋扈する戦場を人と人とが争う形に戻すことを目的とした、純粋な戦闘マシーン”
しかし、真っ先に語られるのはこれが純粋な兵器として作られたという事実。
予期せぬ言葉に3人が目を見開き、驚きを露わにする。
……いや、ウタハは心の何処かで理解していただろう。
彼女ほどメカへの造詣が深い人物であれば、『メタルウルフ』が兵器であるということなど見抜くことは決して難しいことではない。
しかし、マイケル・ウィルソンがこれを使ってキヴォトスで成し遂げたものといえば、かの悪徳企業を半身不随レベルに追い込んだというもの。
彼の日々の行いを知る立場からすれば、負のイメージなど抱けるはずがなかった。
”だが、これは自由と権利を守るための武器でもある。キヴォトスの外、私の居た場所は様々な理由から争いが絶えなくてね、国家間の紛争なんてよくある話だった”
「これほどの性能は、そのために必要だったと?」
”そうだ。アメリカの守護者として自由と権利を脅かす敵を迅速に排除するための能力、それが必要だった”
そして、
一体どれほど過酷で、残酷な世界なのだろう。
そして、その世界から来たにも関わらず先生はどうしてここまで穏やかで居られるのだろうか。
”あらゆる地形で活動し、単騎で長時間かつ多くの敵と戦えるように大量の武装を、それだけの重量を支えながら高い機動性を発揮するように、そして敵の攻撃を弾く頑丈な装甲を……『メタルウルフ』に私が求めたのは、それだ”
「要求はシンプル、されどそれを実現するためのハードルは高い……それをこうやって人の形にできた向こうの技術力の高さには、流石の私も舌を巻くよ」
戦いが絶えないが故に戦うための技術が伸びたのだろうとウタハは考える。
特殊機動重装甲の開発者は兵器の開発競争の中で、人は人と戦う形をしているのだと考えてこの様なパワードスーツ型の兵器を作ったのだと。
そこにはロマンではなく、妄執が透けて見えるような気がした。
「……」
そう考えると、急にこの巨人が恐ろしいもののように思えてくる。
ウタハがちらりと視線をやれば、うつむき加減の『メタルウルフ』の光のない単眼と視線が交差し、思わず目を逸らす。
「先生は、これで……自由と権利を守ることが出来たのかい?」
”勿論、そうでなければ私は
僅かな怯えを誤魔化すようにウタハが問えば、マイケルは彼女をまっすぐ見つめて頷いた。
”武器は人を殺す。君たちの持つ銃は、私1人の命を奪うには十分な力がある。だが、正しいことに使えば平和を作ることが出来る。道具に善悪はなく、作った者がどのような意図を持っていようとも、最後は使用者次第だよウタハ”
ゆっくりと『メタルウルフ』に向けて歩きながら話すその言葉は、ウタハの怯えを見抜いてのもの。
技術の発展は常に生と死の側面を持つ。
またロケット技術は
この2つの例からわかるのは、作られた物に意味を問うのではなく、どう使うかが大事ということだ。
「はぁ、少し驚いてナイーブになってしまったようだ。先生の言う通り、道具に善も悪もない……分かってるつもりではあったんだが、こうして戦争に使われた兵器に手を入れるのは初めてだからね」
”気負うことはないさ、こいつはキヴォトスでは君たちを守るための存在でもあるのだから”
「ふふっ、それを聞いて安心したよ。さあ、チェックは終わった。ヒビキ、あとコトリ、『メタルウルフ』に装甲を付ける作業に入ろう!」
すっかり気持ちを落ち着けたウタハは、他の二人とともに外された装甲を取り付け始める。
それを眺めながらマイケルが思うのは、未知の技術で作られた存在であるアリスの事。
一体何者がどのような目的で彼女を作り出し、あの廃墟に放置したのか……その謎はいまだわからぬまま、芽生えた自我に任せるように彼女はゲーム開発部で過ごしている。
もし、彼女が破壊兵器として作り出されたのであれば……そして、それを行使しようとした時にどうすればいいのか。
その答えは、いまだ見つからぬまま時間は過ぎていった。
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日がまさに今西の地平の向こうへと消えようとしている頃、ゲーム開発部はなんとか滑り込みで『テイルズ・サガ・クロニクル2』をミレニアムプライスに出展登録することができた。
残り時間僅かに5秒というギリギリではあったものの、登録に成功した以上は何も問題はないわけで、しかし最後の最後までクオリティアップのための努力を続けていた彼女たちは疲労困憊といった様子を見せている。
4人の中で元気なのは、アンドロイドであるアリスぐらいなものだろう。
「パンパカパーン! クエスト、完了です!」
「つ、つかれたぁ……」
「うぅ、ヘトヘトだよぉ……」
「お腹すいた……お昼食べるの忘れてた……」
ぎゅるると腹の虫が鳴り、戸棚からお菓子を取り出してなんとかエネルギー補給をする3人。
なんとか持ち直した彼女たちは、ラップトップPCの前に再び集まり今後の方針について話し合いを始める。
「とりあえず、発表は3日後……泣いても笑ってもそれで全てが決まる」
「うぅ、もう緊張してきた……」
「大丈夫ですユズ! 皆で精一杯やった『テイルズ・サガ・クロニクル2』は、きっと結果を出してくれます!」
「まあ、でも3日って長いよね。結果をもっと早く知るにはさ……Web版の『テイルズ・サガ・クロニクル2』をアップロードして反応を見るっていうのはどうかな!」
「「えっ!?」」
モモイの提案、まさかの先行公開というものにユズとミドリは目を丸くする。
しかし、落ち着いて考えてみれば意外と合理的で、確かにユーザーの反応が芳しくなければミレニアムプライスで入賞など望めるはずもない。
良いゲームとは、多くの人を楽しませられるものなのだから。
「でもマイナス評価とか怖いし……」
それでもはっきり踏み込めないのは、やはり『テイルズ・サガ・クロニクル』の数々のマイナス評価、批判コメントがトラウマになっているからだろう。
特にユズはそれが原因で対人恐怖症になったのだから、事情を知るミドリとしてはそう簡単に「やろう」と言えるわけがない。
だが、彼女の予想とは裏腹に、ユズはミドリの言葉に対して首を横に振った。
「大丈夫、私達のすべてを出し切ったから……今なら耐えられる」
「ユズちゃん……」
G.Bibleを巡る一連の騒動、そして『テイルズ・サガ・クロニクル2』開発を通じ成長したユズは以前の彼女とは違う。
信じられる仲間が居るという事実は、人を大きく変えるものなのだ。
「よし、じゃあアップロードするよ! 後は感想コメントを待つばかり……」
ユズからのゴーサインが出たことで、モモイは早速『テイルズ・サガ・クロニクル』をアップロードを始める。
これで彼女たちが出来ることは全て終わり、後は推移を見守るのみ。
「とりあえず、なにか食べようか!」
「でもお姉ちゃん、今の時間だと何処も混んでるよ」
「ぐっ」
結果を待つ時間に腹ごしらえを済まそうとするモモイであったが、ミドリが指摘するように丁度夕食の時間帯であるため食堂にしても、コンビニにしても混雑が予想された。
その間にユズを待たせてしまう事を考えると申し訳ないと考えるモモイは言葉に詰まるが、しかし―――
「よう、ゲーム開発部はここであってるよな?」
「おじゃましまーす♪」
”どうやら無事終わったようだな”
突如部屋に乱入してくるメイド2人とマイケル。
まさかの来客に、予期しなかったゲーム開発部の4人は思わず固まってしまう。
「め、メイド部ぅ!?」
「ヒュッ」
「あ、ユズが状態異常になってしまいました!」
「わー! ユズ、ジュース飲んでジュース!」
しかも
あわててモモイが救護にあたり、落ち着かせるために水代わりにジュースを飲ませる。
「と、ところでメイド部の人が何の用事でしょうか……」
「おう、この間の廃墟の件で礼を言いそびれたからな。ところで、あのデコ出してるのは大丈夫なのか?」
「えっ、あっ……はい」
モモイがユズを落ち着かせている間にミドリが代表として怖ず怖ずとネルに目的を問えば、帰ってきた答えは
”……やれやれだ”
「あはは、元気だね!」
その様子にマイケルは呆れながら肩をすくめ、隣のアスナはそれが楽しいのかケラケラと笑う。
ネルとゲーム開発部は身長的にほぼ同レベルのため、並んでみると1年生と変わりがないのもアスナのツボなのだろう。
そうしているうちにユズも落ち着きを取り戻し、多少怯えながらではあったがC&Cの2人と相対する。
「あの時、お前らの支援がなかったらちとやばかったからな、それについて礼を言わせてもらうぜ。特にあんた、あの擲弾はいい感じに刺さって助かった」
「き、恐縮、です……」
「そっちの2人も、色々荒削りだが息のあった射撃だった。鍛えれば
「……これって褒められてる?」
「多分……」
ユズ、そしてモモイとミドリはまさかC&Cのエージェントに褒められるとは思いもよらず、上手く現実を飲み込めない様子。
そしてネルはアリスへと顔を向け、わずかに目つきが変わる。
「そしてお前……あんなバカでかい武器を振り回して正確な狙撃を決めるその力、
値踏みするようにアリスの姿を上から下まで舐めるように眺めるネル。
よくわからずきょとんとしながら首を傾げるアリスであったが、自分なりにその意味を解釈したのか満面の笑みを浮かべた。
「わぁ! チビメイド様に”おもしれー女”扱いされました! 新イベントですね!」
「誰がチビだてめえ! ぶっ殺されてえのか!」
「ひえっ」
しかし、よりによってネルをチビ扱いしたのは良くなかった。
美甘ネル、彼女は17歳にして身長146cmという低さをネタに舐められるのをひどくに嫌う。
瞬間的に沸騰する感情で怒鳴るネルの迫力に、無礼極まりない発言をしたアリスも流石に怯えた様子でユズの背後に隠れた。
盾にされたユズはたまったものではなく、顔を青くして口をパクパクさせている。
「あはは! でもリーダー、アリスちゃんのほうが背が高いんじゃないかな?」
「うるせえぞアスナ! あー、くそ、こんなつもりはなかったんだが―――」
アスナが茶々を入れてヘイトを逸らし、そのうえで怯えるユズの姿に冷静さを取り戻したネルが頭をかいたその瞬間、眼の前のユズの腹の虫が大きな声で鳴いた。
一瞬ぽかんとするネルであったが、その発生源を理解すると破顔しながら声を上げて笑う。
「ははは! なんだ、お前ら腹減ってたのか。そういうことなら……アスナ」
「ご主人様の言う通りだったね、この子たちご飯食べてないって。はい、差し入れ持ってきたよ!」
ネルに促されてアスナが手提げのバスケットから取り出したのは、一つ一つがホイルで包まれたおにぎりであった。
「えっ、食べていいの!?」
「私とリーダーが作ったんだよ、遠慮なく食べてね!」
”どうせ追い込みに必死で食事を抜いていると思ったからな、作ってもらったんだ”
「まったく、自分の研究に夢中になるといろいろ疎かになる辺り、こいつらもミレニアムの生徒ってわけだ」
空腹時に自分たちのために作ったのだと言われて差し出されれば、遠慮することはない。
ふんだくるように手を伸ばして両手にそれぞれおにぎりを手にして食べるのはモモイで、ミドリとユズも自分の分は確保したうえでがっつき始める。
アリスはアンドロイドなので空腹とかそういうものはないのだが、食事を摂ることはできるし食べたものからエネルギー補給を出来るようなので、彼女もアスナのバスケットからおにぎりを手にして口に運ぶ。
その様子を見ながら呆れた声を上げるネルであったが、割と世話焼きの気質があるので悪い気はしないようだ。
「ところで、お前らミレニアムプライスのほうはどうだ?」
「あむっ……むぐむぐ、それなら大丈夫! 実はさっき出展した『テイルズ・サガ・クロニクル2』をWeb版で公開したんだよ。そろそろコメントの一つぐらい来ててもおかしくはないけど―――」
片手のおにぎりを食べきり、ネルの質問に答えるモモイ。
ラップトップPCに表示される『テイルズ・サガ・クロニクル2』のページは、既に多くのダウンロードがなされたとカウンターが示していた。
「うわっ、もう2000くらいダウンロードされてる!」
「もぐもぐ……コメントもいくつか来てるね。明らかなバッドなのは時間的にも冷やかしっぽいけど、他の人は期待半分不安半分みたいな感じ」
「有名ポータルサイトに『テイルズ・サガ・クロニクル2』が公開されたって記事ができてる……」
C&Cの2人とやりとりし、食事をしている間にまさかここまで事態が進展してるとは思いもよらず、アリスを除くゲーム開発部は段々と心臓の鼓動が速くなっていくのを自覚する。
結果を早くに知りたいからこそ公開したのだが、いざ結果を前にすると緊張してしまうのはまあ仕方がないことだろう。
「し、心臓が爆発しそう」
「お姉ちゃん大げさ……とは言えないよね、私もドキドキしてきた」
落ち着かぬ様子の才羽姉妹であったが、DL数はどんどん増えていく一方。
コメントも順当に増えていく中で、好意的なコメントが思ったよりもずっと多いのは完全に予想外のものであった。
結局、『テイルズ・サガ・クロニクル』はクオリティとしてはクソゲーではあったものの、プレイヤーの中に何かを刻み込む事ができたという点では成功作といえたのかもしれない。
物語とは、誰かの心にその一片の詩を刻むことが出来なければ、ただ忘れ去られるものなのだから。
「クリア者が出るのは明日以降、かな」
「こんなにドキドキワクワクするのは初めてかも……」
「アリスも『テイルズ・サガ・クロニクル2』を早くプレイしたいです!」
「よーし、じゃあアリスがプレイするのを私達で応援しようか!」
アリスにせっつかれるように、ゲームプレイの環境を整えていく3人。
あのまま期待と不安のままにただ時間が過ぎるよりも、何かをして気を紛らわしたほうがいいのだろう。
果報は寝て待て、あるいは人事を尽くして天命を待つという言葉があるように、彼女たちはなすべき事を終えた以上、もう結果に関与することは出来ない。
”それもいいが、徹夜でゲームプレイはやめておくように。健康に悪いからな”
「「「「はーい」」」」
「それじゃ、またねー♪」
「じゃあな、チビども」
最後にゲーム開発部に徹夜をするなと釘を差し、マイケルはC&Cの2人とともにゲーム開発部の部室を後にする。
ここに再び訪れる事があるかどうか、それは3日後に明らかになるだろう。
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―――それから3日が過ぎ、ミレニアムの地下に秘匿された特異現象捜査部の部室に部長であるヒマリ、唯一の部員であるエイミ、そしてマイケルの姿があった。
『デカグラマトン』との戦闘データを解析するためのメインフレームの作動音だけが響く中、車椅子の仮想キーボードを叩きながらヒマリは表示されるデータ相手に渋い顔。
それを見守るエイミとマイケルの二人であったが、どうやら一通り解析は終わったようで、仮想キーボードを消したヒマリは2人に向き直る。
「……はい、『ケセド』との戦闘におけるデータはこれで全部解析できました」
”ふーむ、やはりというか装甲シェルの強度が凄まじいな。これではレールガンやレーザーの直撃でも貫徹するのは難しいだろう。
「『ビナー』のデータもそうだったけど、やっぱり大型のメカだけに通常での射撃はあんまりダメージ通らないんだね。それ用の徹甲弾は用意するべきかな」
「それに関しては次の廃墟調査において準備しましょう」
PDCAサイクルにおいて一般的な流れを踏襲しながら、特異現象捜査部は次なる敵に備えるための策を講じようとしていた。
エイミのように制圧力の足りぬショットガンであろうとも、弾種を変えれば軽装甲車両を破壊するようにも、あるいは敵集団を吹き飛ばせるようにもなるのだ。
「次にですが、『ケセド』は廃墟の奥に悲鳴のような通信を飛ばしていました。廃墟のエリアは広大で、いまだ全域を把握しきれてはいませんが……こちらに関しては現在調査中です。今しばらく時間が必要でしょう」
”あるのは高高度からの航空写真くらいか……低高度では迎撃されるのか?”
「電子妨害がひどいですからね、ミサイルを撃たれても対処できないのであればリスクは冒せません。この電子妨害は極めて高出力で、この天才美少女ハッカーをもってしても取っ掛かりすら得られぬ
「へぇ、部長でも出来ないことってあるんだ」
「聞き捨てなりませんねエイミ、ミレニアムが誇る超天才清楚系病弱美少女ハッカーであり、「全知」の学位を持つ眉目秀麗な乙女であり、そしてミレニアムに咲く一輪の高嶺の花である「特異現象捜査部」部長をもってしても存在を明らかにできぬ『デカグラマトン』の脅威の重大さというものがですね」
次の暫定目標である廃墟の奥、それがいかに危険極まりない場所であるかを語るヒマリ。
確かに外縁部から少し入っただけで保安部の部隊が追い散らされ、『ケセド』の工場近辺であれほどの大部隊を確認できた以上は下手に最奥に踏み込むことは出来ない。
大部隊で虱潰しにするか、少数の電撃戦で一気に突き進むか、どちらにしても情報が足りない以上は博打にしかならないだろう。
無論、『メタルウルフ』の戦力であれば大抵の罠は踏み潰していけるだろうが。
エイミの言葉に、多少ムキになって早口になるヒマリの様子を横目に、マイケルは廃墟の空撮写真をじっと見つめる。
最奥部は市街地が浸水しているのか、水の色が多く写っているようであった。
「……そういえば、今日はミレニアムプライスの当日でしたね。先生も、あの子達の結果が気になるのではありませんか?」
”気にならないというのは嘘にはなるが、彼女たちは結果を残せると信じているからな。ならば、テレビに齧り付くよりもやるべき仕事をこなしたほうがいい”
「なるほど、流石は先生」
ふとゲーム開発部の事が気になり、ヒマリは問う。
今日、彼女たちが成果を残せなければゲーム開発部は廃部、あの4人もバラバラになってしまうだろう。ならば、彼女たちを安心させるべきではないかと。
しかしマイケルはゲーム開発部が成果を残せると信じていた。
だからこそ、自分でなければ出来ぬことをやるのだと語る彼の言葉は、トップに立つ人間の一つのあり方なのだろうとヒマリは納得する。
何でもかんでも1人で抱えようとするあの
「それで―――」
ヒマリが言葉を続けようとした瞬間、部屋の音という音を塗りつぶすかのようにけたたましく警報が鳴り響く。
同時に据え付けてあった赤色灯が回転し、何か良くわからないが非常にマズい事が起きたということだけが理解できた。
「これは……!?」
”どうしたんだ、外に出るべきか?”
突然の事態に焦りの色を浮かべるヒマリと、思わず腰を浮かせるマイケル。
地下にあるこの部室では、外で何かが起きたとしても安全が確保できる反面、情報的には切り離されているので即応できぬ欠点がある。
事態を把握すべくミレニアムの監視カメラにハッキングを仕掛けようとしたヒマリであったが、彼女の眼の前にホログラムウィンドウが開かれ、濃いめの水色下縁メガネをした紺色の髪の少女の顔が映し出された。
『ヒマリ、手を貸して!』
「チーちゃん!? どうしたのですか、この警報は……」
『ミレニアムに不正アクセス、『
「『
『駄目、0.00000031秒でファイアウォールが突破された! 制御が、もう―――!』
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けたたましく鳴り響く警報、モニターに映し出される警告を示す文字列、生徒会セミナーのオペレーションルームはまるで戦場のような雰囲気の中にあり、役員達は事態の把握に追われていた。
突然の不正アクセス。それだけならば時折ある話であり、ヴェリタスが組んだセキュリティプログラムが殆どをシャットアウトしてくれるのだが、今回はそんなものとはわけが違う。
ミレニアムの歴史とともに発展、改良を続けてきた通信ユニット『
『
「クソッ、こいつはどうなってるんだ!?」
「副会長、会長はどちらに!?」
「リオに判断を仰ぐ余裕はないぞ、『
オペレーションルームに詰めていたリツコはある程度の状況を把握した段階で、直属である保安部の実働部隊を出動させることにした。
『
現時点で対抗するには逆ハッキングで『
「副会長、ミレニアムプライスはどうしますか!?」
「今更中止なんてやったらミレニアムの恥をキヴォトス中に晒すことになる。メインの通信タワーで中継は続けさせろ、サブ通信タワーだけで被害を止めるぞ!」
「は、はいっ!」
(ユウカやノアがミレニアムプライスの授賞式の会場にいるのは運がいいのか悪いのか、どちらにせよ今即決できるのは私だけだ。だったら……)
部下たちに指示を出しながらリツコは思案する。
―――リオならば、どうする?
一瞬そんな考えが過るが、頭を振ってそれを追い出す。
自分は
「C&Cにも至急連絡を入れろ、『
「わかりました、直ちに!」
「リオの呼び出しは続けろ、出たら『
一般役員達へと指示を飛ばし、リツコはオペレーションルームを飛び出すとジャケットを脱ぎ捨てながら格納庫に向けて走っていく。
オペレーションルームから階段を一つ下り、右へ曲がればそこが目当ての格納庫の入口だ。
だが、その前に詰め所に飛び込んだ彼女はそこで着ているブレザーとスカートを脱ぎ捨てる。
下着一枚となった状態で、自分の名前が書かれているロッカーを開け、中に入っていた薄手のボディースーツに袖を通し、格納庫に飛び込んだ。
すでに保安部の先発部隊が車両で出動した直後のようで、整備担当の生徒たちが慌ただしく動いているものの、リツコの姿に気づくと格納庫の一角へと先導していく。
その先にあるのは、彼女が組み上げた試作パワードスーツの1体。
先の『ケセド』との戦いで大破した『マークⅠ』からさらに改良を加えたそれは『マークⅡ』と名付けられたもの。
関節を強化して重量制限を引き上げつつ、ブースターを搭載したことで機動力を一時的に高める事ができるようになったものだ。
無論『メタルウルフ』と比べるとまだ玩具のようなものだが、それでも先の2機よりもずっと戦闘メカとしての完成度は高まっているといえた。
整備員が用意したタラップを踏みしめ、両脚、そして両腕を『マークⅡ』へと接続し、立ち上がる。
火器管制用システムであるバイザーが降り、全システムが無事に起動したことを確認すると、彼女は大声を上げた。
「出撃するぞ、離れろ!」
「お気をつけて、副会長!」
声のとおりに整備員が離れると、リツコはブースターに火を入れ、オレンジ色の光を引きながら猛スピードでサブ通信タワーへと向けて突き進んでいく。
先発の保安部の乗る車両に追いつくのはすぐで、その横に並んだ彼女は手を振って指示を出しながら、マイケルのモモトークへと向けて通話を試みていたが、中々繋がらない。
過ぎる時間に僅かに彼女の表情に焦りの色が浮かぶ。
(くそっ、通信タワーが襲われているせいなのか? 早く出てくれ)
延々と続くビジートーンに苛立ちを隠せなくなってきたその時、『マークⅡ』が放つブースト音ではない別の甲高い音が遠くから鳴り響き、そちらへと目をやればビルの谷間から飛び出す一つの影。
同時につながる通話が、それが『メタルウルフ』であるということを証明した。
『”すまないなリツコ、事情は既にヒマリからおおよそ聞いている。手を貸そう!”』
「先生が居てくれると百人力だ、ありがたい!」
無事に合流できたことに安堵しながら、彼女たち保安部とマイケルはサブ通信タワーへと進む。
トラス構造のタワー、その空いている中心のスペースを登っている白い巨体が『
To be Continued in ChapterⅠ-Ⅶ ”
サブタイ通り、第一章の大ボスに選ばれたのはホドでした。
次回で第一章は多分終わりますが、第二章に相当する話をエデン条約編の後にするか前にするかいまだ決めかねています。