ビープが数度鳴ると同時に時計は正午を示し、軽快で爽やかな音楽とともにロゴが流れて始まるのはクロノススクール放送部のニュース専門放送局、
バラエティ部門の昼の定番番組に視聴率をかなり奪われているものの、ワイドショーなどと比べて担当生徒の暴走癖は抑えめであるため、クロノスの番組としては質が良い方だと言われている。
『皆さんこんにちは、クロノスニュースネットワークの時間です。最初のニュースは―――』
キャスターの生徒が一礼し、横には様々なニュースのハイライトが並ぶ。
最初に選び出されるのは、『ゲヘナで爆発、物流混乱』というニュース。
『―――ゲヘナ自治区で本日午前8時頃、大規模な爆発が発生しました。ゲヘナ風紀委員会によると温泉開発部の無断開発によるもので、被害は広範囲に及び幹線道路が現在も通行止めになっているとのことです』
ゲヘナ自治区の空撮映像が流れ、爆発で倒壊したと思しきビルと周辺被害のアップが映し出されると、そこでは改造重機で武装した生徒たちの姿が見えた。
彼女たちはゲヘナ学園温泉開発部、温泉開発の名目で破壊活動を行うことで有名な集団だ。
『温泉開発部は風紀委員会と、当時ゲヘナ自治区を訪れていた連邦捜査部シャーレのマイケル・ウィルソン先生によって鎮圧され、首謀者である温泉開発部部長、鬼怒川カスミは逮捕されました』
カメラの先で改造重機相手にバックドロップを決めるメタルウルフ。
逃げ回る温泉開発部の部員を蹴散らしていくヒナの姿も映り、あっという間にその場に居た全員を捕縛する。
赤いシャツの生徒がシワシワな顔でメタルウルフにつまみ上げられ、その状態のままヒナの前に
連れて行かれると、声こそ聞こえないが盛大に泣き叫んでいる様を最後に映像が終わった。
『―――次のニュースです。先日、百鬼夜行連合学院で執り行われた百夜ノ春ノ桜花祭、その裏で祭りの運営を乗っ取ろうと様々な工作を働いたとして、商店街の会長ニャン天丸容疑者の身柄がヴァルキューレに引き渡されました。この件も当時招待されていたシャーレのマイケル・ウィルソン先生が活躍したそうです』
キャスターの言葉とともに画面に映し出されるのは、百鬼夜行自治区を舞台にお面を被った不良集団『魑魅一座』を相手に縦横無尽に立ち回るメタルウルフの姿。
こちらは視聴者提供と注釈されており、素人が撮影した感が強いもののそれが逆に臨場感を醸し出していた。
『”お面を大事にしたいならお家に帰りな!”』
『うわああああっ!』
ただのチンピラでしかない魑魅一座の銃撃は一発も掠る様子もなく、二丁拳銃のメタルウルフが引き金を引くたびに顔面やら胴体に赤や青の染料が飛び散っていく。
すっかりベトベトの染料まみれになった魑魅一座はべそをかきながら逃げ去り、二丁拳銃を交差させて決めポーズを取るメタルウルフの背後で猫獣人が逃げようとするものの、すかさず狐耳と尻尾を備えた生徒が飛びかかって捕縛した。
『アビドスにおいてカイザーグループを半壊に追い込んだことで既に名を馳せているマイケル・ウィルソン先生ですが、氏はそれにとどまらず更に多くの事件を解決しています。市民から称賛の声が上がっていますがしかし、その創設経緯が不明瞭なシャーレがどのようなものか、我々は取材を通じてその全てを明かしていきます。そう、「ペンは銃よりも強し」なのですから!』
最後にキャスターが力強く宣言し、次の瞬間モニターが暗転する。
まだ見ていたのにと横を向けば、そこに居たのはリモコンを握るエイミの姿。
ヒマリは口をとがらせ、抗議の意思を示す。
「部長、そろそろ先生がやってくるよ。ニュースなんて見てる場合じゃないでしょ」
「他の自治区での先生の活動を知るいい機会じゃないですか、リアルタイムで先生の居場所を知るなんて方法はありませんし……コタマのように盗聴でもすれば別ですが」
「もしかして部長、ストーカー気質?」
「……まさか! 新雪のように高潔で、清水の如く透き通る私がそんな―――」
エイミに対して駄々をこねるように言い訳を重ねるヒマリであったが、呆れた様子でストーカーの気があると指摘されるとムキになって反論しようとし―――言い終える前に扉を開けて入ってくるのは白いジャケットを羽織った男性、連邦捜査部シャーレ顧問であるマイケル・ウィルソン。
それを見るやいなや即座に言い合いを止め、姿勢を正す2人。
”やあ、久しぶりだな”
「えぇ、お久しぶりです先生。お忙しい中緊急の呼び出しに応じていただき感謝しています。今朝もゲヘナでは大活躍したそうで」
”軽いウォーミングアップさ、ゲヘナの
アイスブレイクは手短に、早速本題に入るマイケル。
シャーレの先生の仕事は、1日が24時間では足りぬときがままあるのだ。
「はい、ビナー、ケセド、ホドと3体のデカグラマトンの眷属、いえ……彼らの言葉を借りれば預言者を撃破し、そのデータを解析したことで多くのことを知ることができました。特にホドから得られた情報は、ビナーやケセドの比ではありません」
仮想キーボードを操作し、中空にホログラムで情報を投影するヒマリ。
いつ見てもこういう技術は近未来的だなと感心しながら、マイケルも自分で理解を深めるために情報を独自に分析する。
「デカグラマトンはAIを『感化』させ、自身の思想に共感させて活動させている……私はデカグラマトンと預言者の関係は、所謂教祖と信者に近いものだと判断しました。ハブはデカグラマトンに教化され、その思想よってホドと化した……それが私の結論になります」
”AIが福音を与えられた? そんな……馬鹿げた話が―――”
ヒマリの分析にマイケルが思わず否定的な言葉を口にした瞬間、部屋に鳴り響く警報。
何事かと見渡すと、エイミがコンソールを叩きながら僅かに焦りの表情を浮かべている。
彼女はヒマリに視線で助けを求め、察したヒマリは直ちに話を切り上げてこの部屋のメインフレームへとアクセス。
―――何者かの不正アクセスが発生しているという事実に、ヒマリもまた驚愕した。
「何者かがこの部屋のサーバーに侵入しています。これは……この部屋は特殊な回線しか通っていない筈なのに……!?」
「情報が抜かれる前に対処する。部長、先生、物理的にシャットダウンするから下がって」
ヒマリでもどうしようもできないと見るや、エイミは直ちに愛銃マルチタクティカルを構えて警告を発すると、すかさず引き金を引く。
散弾がメインフレームの電源ユニットを粉砕し、火花を散らして機能を停止すると同時に部屋のあちこちにあるディスプレイも全てブラックアウト。
これで一安心かと思ったが、ヒマリは僅かな思案の後に首を横に振った。
「……いえ、駄目ですね」
その言葉と同時に、機能を失ったはずのメインフレームが再稼働してディスプレイに浮かび上がるエンブレムと
求めよ、さらば与えられん―――ふとその言葉が頭をよぎるが、なんであれ
特異現象捜査部が探し求めるもの―――人工知能デカグラマトン。
[……事は成就した。私はアルファであり、オメガである。始まりであり、終わりである]
ノイズ混じりで部屋に響く言葉。
男のようであり、女のようであり、人のようであり、獣のようなその声は、ノイズのようでもあり、美声のようにも聞こえた。
”黙示録の一節とは、AIにも救いが欲しいのか?”
「先生、応じてはいけません!!」
それを挑戦と受け取り、ヒマリの制止を振り切り真正面から対峙するマイケル。
声に呼応し、デカグラマトンもまた応じるように言葉を続ける。
[はじめましてだな、マイケル・ウィルソン。私は私、我思う、ゆえに我あり……私は誰の許しも必要とせず、ただ唯一私の許可のもと私は存在する。私は
”出来ることならアポイントメントを取ってほしかったが……まあいいだろう。何をしに来た”
哲学的な自己紹介をするデカグラマトンに対して呆れた様子で応じるが、マイケルの内心は穏やかではない。
ビナー、ケセド、そしてホド……全てが敵対的であった以上、デカグラマトン本体もまた敵対的であろうことは容易に想像できる。
このように電源が破壊されたコンピューターを動作させるという超常現象を起こしている以上は、どんな手を使ってきてもおかしくはないというわけだ。
[我が預言者をことごとく返り討ちにした汝に対し、私は挑む。この試練を超えた時こそ、私は私を定義することができる。刮目せよ、今こそ証明の時だ]
デカグラマトンは宣言すると、制御を奪った機材を用いてマイケルをスキャンし始める。
全身を組まなくスキャンレーザーで走査されるマイケルであったが、そのうちレーザーは胸元のところで止まった。
そこにしまってあるものと言えば―――シッテムの箱に他ならない。
[……見つけたぞ、お前の力の鍵となるものを。私に解析できぬそれにこそ、私の福音を伝えよう。そして宣べ伝えるのだ!]
「……ッ!? 先生、そのタブレット、狙われています!」
デカグラマトンがシッテムの箱を教化しようとしている―――その事実に気付いたヒマリが声を上げると、マイケルは即座に内ポケットからタブレットを取り出し、何を思ったのか激しく揺さぶる。
ついでに軽く何度か叩きながら、誰かに呼びかけるように彼は言葉を発した。
”アロナ、起きろアロナ、起きろ!
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シッテムの箱の中の不可思議な空間―――青空と青い海を望む半壊した教室の中、机に突っ伏して居眠りする一人の少女、アロナ。
デカグラマトンにも解析できぬオーパーツの主である彼女は無防備な姿を見せているが、これでもキヴォトスのあらゆる電子機器に対して圧倒的な優位性を誇っているのだから人(?)は見た目によらないというもの。
そんな彼女であったが、マイケルがシッテムの箱を揺さぶり声を掛けると、びくんと身を震わせて席をたった。
「ふぇ!? せ、先生……? ちょっとまってください……」
寝ぼけ眼のアロナはいそいそとその場で着替えを始める。
マイケルに呼ばれる、そういうときは何時もの制服ではなくスーツ姿というこだわりがあるのだ。
「んしょ……よいしょ……あれ?」
何時もの制服を脱ぎ捨てたその時、背後に視線を感じるアロナ。
背筋がゾワゾワとして、とても気持ち悪い。
「きゃー! えっちー!」
次の瞬間、彼女は机にかけていた傘型のショットガンに手を伸ばし―――即座に、気配に向けて引き金を引いた。
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弾ける照明、スパークするディスプレイ、煙を吐き出すメインフレーム、そして―――
[ぐああああああっ!]
―――断末魔の叫びを上げるデカグラマトン。
シッテムの箱に接続したその瞬間、バチバチと音を立てて周囲の機材を巻き込み盛大に反撃を食らったのだ。
そして、周囲のディスプレイに映し出されていたデカグラマトンのシンボルは次々に消滅していき、残されたのは静寂の中暗闇に沈む部屋。
非常灯の僅かな光の中デカグラマトンが戻って来る気配もなく、顔を見合わせるヒマリとエイミであったがそれぞれ手持ちの端末でログを確認すると、本当にデカグラマトンはこの部屋から消え去ったらしい。
―――デカグラマトンの攻撃に対して一か八か、どうせアロナは居眠りしてるであろうと咄嗟に起こしたが、結果として完全に上手く行ったとマイケルは胸を撫で下ろす。
『な、なんなんですか先生! 覗きですよ、覗き魔が出ました!』
顔を真っ赤に、目をぐるぐるさせて猛烈に不審者が出たとアピールするアロナ。
当然ではあるが、その不審者とは先程去ったデカグラマトンのことであるので、非常に落ち着いた様子でマイケルはアロナの訴えを聞く。
”それで、どうしたんだ?”
『一発撃ったら気配がなくなりました!』
”oh……”
アロナも銃を持っていたという事実に目を丸くするが、そう言えばあの傘トリガーっぽいのあったよなと思い出し、そういうものだと飲み込む。
AIも銃で武装するのがキヴォトス式なのだ。
『えぇっと……それと、覗き魔のIPアドレスをさっき引っこ抜きました。スワッティングしますか?』
”……待ってくれ、IPを抜いた? あー、ヒマリいいか?”
「どうされましたか? 先程から誰かと話しているようですが……」
”ああ、そう言えば君たちはアロナの事は見えないんだったな、実は―――”
アロナとの話を独り言としか認識されていない事実を久々に思い出し、さてどう説明したものかと悩み思わず表情にもそれが滲み出るが、一先ずは説明をするべきだろうとして彼は話す。
ヒマリとしては、もとよりシャーレの先生が保有するタブレットが連邦生徒会長の遺したオーパーツだという情報はあるので、マイケルが軽く説明すればそれで大体の理解は可能だ。
『全知』の学位を名乗るのは伊達や酔狂ではない。
「なるほど、つまり先生の秘書的なAIがデカグラマトンに反撃した、と。しかも発信地点まで把握した……どれほど凄まじいオーパーツなのでしょうか、そのタブレットは」
心底感心し、同時に好奇心も入り混じった目でシッテムの箱を見るヒマリ。
分析したいという欲求に駆られるが、それはマイケルが許さないであろうこともまた彼女は良く理解していた。
「そして発信地は……やはりと言いますか、廃墟の深部ですか」
攻撃の発信地として表示される地点は、以前よりマークしていた廃墟の深部―――都市構造が水没しているエリア。
高高度から撮影した航空写真しか情報のない未踏破地帯。本来ならば準備に準備を重ねて万全の態勢で挑むべきであるのだが、拠点である特異現象捜査部の部室は先程デカグラマトンに機能停止に追い込まれたのでそれもできない。
だが、敵の本体が何処にあるかという情報が得られた今しかデカグラマトンの本体を調査する機会はないのだ。
「……こうなっては仕方がありませんね。先生、デカグラマトン本体捜索についてこの場で依頼します。勿論、緊急ですのでこの場で断っても結構ですが、いかがでしょう」
故に、ヒマリは決断する。
デカグラマトンの実態をこの機会を以て明らかにし、その攻撃を止めるための手を打つのだと。
”答えなんて最初から決まっている。デカグラマトン案件と聞いて、フル武装で来ているから何も問題はない。一個師団相手だってやれるぐらいの武器を持ち込んだ……ホドやビナー、そしてケテルが再出現したとしても問題なく蹴散らせる”
「それを聞いて安心しました。であるならば、特異現象捜査部は廃墟の捜索に取り掛かります。エイミ、直ちに出発の準備を。食料、弾薬、それとモバイルバッテリーも用意してください」
「わかったよ部長、3日分でいいかな」
「いえ、2日もあれば十分でしょう。既に場所は割れていますので、先生の助力があるならば問題は起きないはずです」
部室の機能は失われど、物理的に備蓄されていた物資までは失われることはない。
エイミは部屋の一角に積まれていた箱から必要な物資を取り出すと、バックパックへと移し替える。
その後ろでヒマリは自信満々な様子でマイケルを見上げ、自らの胸に手を当てて宣言した。
「今回は私も同行します。ご安心を、この車椅子は特別なので多少の不整地でも問題なく動作しますよ」
”そうか、まあいざとなったら担がせてもらおう。それと、今回の作戦名は―――”
ちらり、とシッテムの箱もといアロナへと目をやるマイケル。
『怒りのアロナ大暴れ大作戦です!』
―――滾る怒りをオブラートに包むこと無く表現するのであった。
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廃墟を訪れるのが4回目ともなれば、おおよその勝手はもう分かったようなもの。
メタルウルフはビルとビルの間を甲高いタービン音を立てながら短距離飛行を繰り返し、先行して敵対勢力―――つまりはケセドの軍隊の残党を排除していく。
それを阻止するように小隊レベルの数でロボット兵士やドローンがちらほら現れるが、M61バルカンでさっと撫でれば吹き飛ぶばかり。
他の武装を使うまでもなく、雑に薙ぎ払いながらある程度進んだところで彼は足を止め、ヒマリと護衛のエイミが到着するのを待つ。
”ポイントEZまでクリア。この先が水没地帯か、水音がここからでも聞こえてくるな”
『お疲れ様です先生、そちらへ到着するのにはもうしばらくかかるので休息を取っていただいて結構です』
”それではBBQでもして待っていようか、ここは景色もいい”
ジョークを交えながら通信を終え、彼は水没地帯を覗き見る。
主要幹線であったと思しき高架道路に立ってみれば、左右に摩天楼が立ち並ぶ極めて近代的な都市であったのがうかがえるのだが、ビルのベランダには植物が生い茂り穴の空いた壁からは水が溢れ出ているという廃墟を通り越して遺跡と呼ぶにふさわしい有り様だ。
ついでに下を覗き込めばあたり一面いっぱいに水が溜まっており、水質は悪くなく透明度もそれなりにあるようで水底の様子も肉眼で見ることができた。
水の溜まった足場が悪い場所というのは、正直なところマイケルとしては苦手な地形だ。
少し水場に近づいただけで引きずり込まれる怪現象、通称『カッパ』と呼ばれるものは特殊機動重装甲のパイロットにとって周知の事実であり、彼もまたその被害を受けたことがある。
ほんの一歩踏み込んだだけで引きずり込まれるというそれは、多くの特殊機動重装甲を水底へと沈めてきた。
宇宙空間でさえ活動できる特殊機動重装甲がなぜ水辺だと一発でやられてしまうのか、軍は威信をかけてその原因究明に乗り出したのだが、結局原因はわからないまま水辺には近づけないという運用で乗り切ったというのは有名な話だ。
”さて……この先がデカグラマトンの居るエリアであるならば、もう少し掃除をしておいた方がいいだろうな”
大まかな観測を終えたマイケルは徐ろに背面コンテナからM61バルカンとM2カールグスタフを取り出し、水没地域へと一歩踏み出す。
高架道路は強度的には問題なく、M1A2エイブラムスが通っても落ちることはないだろう。
だが、ほっと息を吐いたその瞬間、何かが接近しているということを示す警報がコックピットに鳴り響いた。
『先生、接近してくる大型物体ありです! 反応は……デカグラマトンの預言者!』
”新型か!”
アロナの警告とともにビルの合間から飛び出してくるのは、四脚の機動兵器。
3銃身のガトリング砲を2基備え、ミサイルポッドを背負ったその機体は頭上にヘイローを輝かせる。
”だが、小さいな!”
ホドやビナーと比べて明らかに小さなその体は、恐らくカイザーのドロシータイプの重戦車レベルの車格しかない。
数十メートルクラスの他のデカグラマトンの預言者と比べて明らかに格が落ちるというもの。
もしかすれば、この預言者は今までの預言者よりも古い存在なのかもしれないと考えるが、それをさせじと目の前の預言者はガトリング砲の銃口を向けてきた。
『あのデカグラマトンの預言者、『ケテル』と名乗っています』
”わかるのか!?”
『はい、電子的にですが……それと、あの預言者のAIはあまりオツムが良くないようです。同じような単語を繰り返すばかりで、AIとしての水準はかなり低いかと! このスーパーアロナちゃんは勿論最上位に輝くものですが!』
AIという者同士、アロナにはあの預言者―――ケテルが何を言っているのか大体ではあるが理解できるようだ。
さらりとケテルのAIの性能の低さを指摘し、自分の高性能さをアピールすることも忘れない。
だがそれが逆鱗に触れたのか、ガトリング砲のみならず背負ったミサイルポッドの蓋を開けて全弾を叩き込む姿勢を見せるケテル。
しかし、それよりも先にM2カールグスタフをミサイルポッドに叩き込む。マイケルの早撃ちだ。
[!?]
被弾し、ミサイルの推進剤が引火したことでケテルの上半分は炎に包まれ、それだけではなく毎分6600発というレートで放たれる20mmのAPDSが上部構造を蜂の巣に変えていく。
ビナーやホド、そしてケテルの玉座と違い厚い装甲を持たぬケテルは瞬く間にスクラップと化していき、崩れ去ろうとするその瞬間に脚部から複数のワイヤーを射出、廃ビルに引っ掛けるとそれに引っ張られるようにビルの谷間へと消えていった。
”……逃げたか、やれやれ”
大破せしめたものの、撃破には至らなかったと判断して銃口を下げる。
すると彼の背後から接近してくる反応が2つ、間違いなくヒマリとエイミであろうと判断して振り向いた彼は武装をコンテナに格納した。
「先生、今のは!?」
”デカグラマトンの新しい預言者だ。ケテルというらしいが……残念ながら逃げられた。もう少しでいい色に焼けそうだったんだがな”
驚き、焦り、そういう表情を浮かべるヒマリに対し、マイケルは肩を竦めながら軽く答える。
ケテルについてアロナが知った情報を伝えたところ、彼女は少し考え込んだ後に短く言葉を続けた。
「……
とはいえ、マイケルはユダヤ教徒ではないのでそのあたりを良く知らないのだが、ヒマリはどうやら心当たりがあるらしい。
エイミと一緒に首を傾げると、ヒマリは知識を伝えられるのが嬉しいのか、ニンマリとしながら大仰な身振りをつけて説明を始める。
「キヴォトスでほぼ失伝した古代の伝承の一つです。10のセフィラを組み合わせた系統図……これは神の摂理に至る道筋ともされています。デカグラマトンの仕様である『対・絶対者自律分析型システム』のことを考えれば、10のセフィラを通じて神へと至るという思想を感じ取れますね」
「つまり……預言者の名前はセフィラと同じで、10体の預言者を作り神へと至ろうとしているってこと?」
「そうですよ、エイミ。我々にとって未知の預言者がまだ6体も居る……デカグラマトン本体を早期に突き止めねばならない理由がこれでまた一つ増えました」
”ならば先へ進もう。先程のケテルの他に防衛戦力があるかもしれんが、弾薬には十分な余裕があるから連戦も問題ない”
どんどんデカグラマトンの危険性が上がってくるとなると、休憩時間すら惜しくなってくるというもの。
直ちに移動を開始し、水没地帯の目標地点へと向かうものの―――5分も経たずにそれは再び現れた。
『ケテルの反応! 急速接近です!』
”ケテルだ!”
アロナの警告をマイケルが代弁すると同時に、再び現れる四脚の機動兵器。
しかし、その砲塔に当たる部位は先程とは違い大型の大砲が1門のみの装備となっている。
『見た目は違いますが、反応は先程のと同一です!』
”今度こそ退場してもらうぞ!”
大砲が早々にメタルウルフへと向けられるものの、マイケルはそれを許さず跳躍してケテルの視界から外れ、廃ビルの壁を蹴りながら取り出すのは何時もの
エネルギーチャージをしながらビルからビルへと飛び移り、ケテルはその姿を追おうとするものの、たった1門の大砲で何が出来るというのか。
ケテルとメタルウルフ、兵器としての完成度が全く違うのだ。
「これが先生の本気……」
「ケテルは対応できていませんね。この勝負、先生の勝ちです」
2人の目の前でメタルウルフはケテルの砲塔の直上へと飛び移る。
暴れて振り落とそうとするケテルであったが、マイケルはブル・ライディングとはこうするものだと言わんばかりにバランスを取りながら銃口を足元へと向けた。
余剰エネルギーが光となって溢れ、ノータイムで引き金を引くと同時にケテルを縦に貫く光の弾丸。
がくんと崩れ落ちるその巨体を、マイケルはワイヤーが射出されるよりも早く砲塔上から飛び降りると、高架下へとドロップキックをもって蹴り出す。
破片と炎を撒き散らしながらケテルは大きな水音とともに沈み、それから数秒の後に搭載弾薬が誘爆したのか、高架よりも高く水柱が立った。
”これでサヨナラだ”
「お見事、お見事です。障害は排除されましたし……目標地点へ一気に向かいましょう」
「上手く行けば今夜には終わるかもね」
ケテルを倒して一息つく間もなく3人は奥へと進む。
目指すべき場所、デカグラマトンの居場所まではあと僅かだ。
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日が大きく西へ傾く頃、ミレニアムサイエンススクールの一角を険しい顔をして駆け回る1人の生徒の姿があった。
ツーサイドアップにした菫色の髪のその生徒の名は、早瀬ユウカ。
生徒会セミナーの会計である彼女は今、人を探していた。
「もう、会長も副会長も連絡が取れないなんて! 今日中にやってもらわないと行けない決裁があるというのに……!」
彼女が探す人の名は、セミナー会長調月リオ、あるいは副会長鷹乃リツコ。
ミレニアムの最上位権限を持つ2人が今日に限って両方居ないという事実は、ユウカとしては非常に不可解だった。
合理性を追求するリオであれば、絶対どちらかが不在とするようなスケジュールを組むことはないであろう。
リツコの方も、後輩を意図的に困らせるような真似をすることはない……はずだ。
であれば、なぜ2人がミレニアムから姿を消しているのか―――これがわからない。
「モモトークも未読、電話も返ってこない、あらゆる連絡手段を試しても音沙汰一つないなんて、もしかして2人に何かが?」
一瞬だけ2人に何かあったのかと考えるユウカであったが、即時に首を横に振る。
ミレニアムでもトップをヒマリと競う頭脳を持つリオと、頭脳はわずかに劣るもののそれを補って余りあるフィジカルを持つリツコの2人を同時に無力化することなど、普通に考えて起こり得ない話だ。
2人が同じ研究に熱中している、そう考えるほうがまだ合理的と言えるだろう。
「……うーん」
何にせよ、原因が全く不明だ。
2人が消えるその理由の糸口すら掴めず、ユウカはその優れた頭脳をフル回転させるもののこれといったものは思いつくはずもなく―――ふと彼女が視線をもどしたその先に、見覚えのある後ろ姿が見えた。
地面につくほどの長い黒髪、見覚えのある背丈、その外見に合致するのは1人しか居ない。
「あれ、アリスちゃん……?」
見間違いかと思い目を擦るユウカ。1秒足らずであったが、先ほどと同じ地点に目を向けるとその姿は何処にもない。
首を傾げたその時、彼女の背後に近づく人影。
「あれー? ユウカどうしたのさ、こんなところで」
「誰か探してますか?」
「ユウカ、どうしたんですか? アリスに手伝えること、ありますか?」
「ひゃん!?」
不意に声をかけられ小さく悲鳴を上げるユウカであったが、声の主がゲーム開発であることに気づくと先程の場所と交互に見やり、不可解だとその表情を歪ませた。
「……アリスちゃん、さっき向こうに居なかった?」
「? アリスはずっとモモイ達と一緒に居ましたが」
「……そう、私疲れてるのかしら」
先程のアリスらしき後ろ姿はきっと2徹したせいで幻覚を見たのだろう、そう納得してユウカは頭の隅から追い払う。
そして、ゲーム開発部を相手に言葉をかわすうちに、先程の光景など―――すっかり忘れてしまった。
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ついにたどり着いた先、デカグラマトンの本拠地とされる場所は半分ほどが崩落したビルであった。
ここがどんなビルであったのか、それを示すものは一切が失われ名を示すものもないただの廃墟―――しかし、アロナはこここそがデカグラマトンの発信地だと言う。
「廃墟のことに関して、私は様々な情報を集めてきました。分かったのは、ここではある研究が行われていたということ」
「ある研究?」
「『神を研究し、その存在を証明できれば、その構造を分析し、再現できるだろう。すなわちこれは、新たな神を創り出す方法でである』―――対・絶対者自律分析型システムの設計思想ですが、この話には続きがあります」
廃墟を見上げながらヒマリは言う。
驕り高ぶり、神の座に至ろうとしたものたちの結末を。
「……システムは結局完成しないまま研究は打ち切られ、研究者たちもその後の足取りは掴めません。全ては闇に葬られましたが……しかし、ここがデカグラマトンのある場所といえば話は違っています」
ゆっくりと建物の中へと進むヒマリ、追うエイミ。
マイケルは2人が完全に中に入るまで外を警戒した後に、最後にビルの中へと入っていく。
天井は高く、メタルウルフのまま活動できるのは幸運であった。
「もし、システムは完成していて放棄されたAIが検証を重ね続けていたとしたら……ですが、それは仮説に過ぎません。真実はこの中にあるはずです」
たどり着いた先は研究室であったと思しき部屋。
埃にまみれ、風化し―――だが、しっかりとその形を残す様々な小物が散らばり、部屋の中央には組み上げてる途中で放棄されたようなメインフレームの残骸。
どう見ても未完成で、動くかどうかすら怪しいもの……それを見たヒマリは顔をしかめた。
「……まさかこれが対・絶対者自律分析型システムですか? こんな、明らかに動かないものがデカグラマトンの正体だと?」
”熱源はない。これはただのガラクタだな”
「私達、幽霊でも追いかけてるの?」
デカグラマトンの正体と思われた対・絶対者自律分析型システムは実際には存在しない―――その事実は大きく前提を覆すもの。
ミレニアムのネットワークにアクセスし、
頭を捻る3人だが、いつまでも悩んでいるわけには行かない。
「このビルのまだ調べてない場所に何かあるかもしれませんね」
「手分けして探す?」
”いや、一緒に行動したほうがいいだろう。何かあったときのことを考えればな”
「わかった、じゃあそうするね」
3人でまとまり、建物の中を捜索していく。
倉庫、レセプションルーム、職員用食堂……しかし何処にもそれらしいものは見当たらない。
既にこの場にやってきて2時間は過ぎているだろうか、一息つくために開けたスペースに3人は陣取った。
階段の下、自動販売機が僅かに明かりを灯すその場所でマイケルは軽く湯を沸かし、エイミが持ち込んだ食料バッグの中からインスタントコーヒーを取り出すと、3人分のコップを用意してさっと淹れる。
”一先ず一服してもう一度考えようか”
「そうだね、そうしよう」
「休憩を挟むのも必要ですからね」
だっぷりと砂糖とミルクを入れるヒマリと、砂糖のみを入れるエイミ。
一方マイケルはブラックのまま呷り、ほっと一息つく。
廃墟の深部まで強行軍でやってきたが、ここで手詰まりになってしまうとは。
なにか見逃しているものがないか、そう考えながら周囲を見渡していると―――一点、おかしいモノがそこにはあった。
”……ちょっと待ってくれ、その自販機はなんで電源がついているんだ?”
「えっ?」
エイミが振り返るその先にある、古ぼけた1台のマシン。
最新AI搭載モデルというのがウリなのか、でかでかと表記されたカップ式コーヒー自動販売機。
販売中というランプが点灯し、いかにも現役という様相であるが、そこから伸びる電源コードが何処ともつながっていないことに彼は気づく。
”電源無しで動くコンピューターAI、こいつがまさか?”
「紙幣をスキャンしてお釣りを計算するAIなんだね、割と新し目の技術だけど……この見た目からすると不自然。これ、何年前のものなの?」
「……確認しましょう」
ヒマリは懐から財布を取り出すと、紙幣を一枚自販機へと滑り込ませる。
果たしてこの紙幣がこの自販機に対応できるのかという疑問が浮かぶものの、3人の目の前でこの自販機はそれを有効だと判断して商品ボタンをアクティブとした。
恐る恐るボタンを押せば、コーヒーを淹れる動作音と少し遅れて合成音声がこの空間に響く。
[ご購入ありがとうございます! コーヒーを飲んで今日も良い一日を!]
「……」
[このコーヒー……豆を……ブレンド……]
音声にノイズが混ざる。
しかし、自販機の動作音は止まる様子はなく―――
「―――あなたは、デカグラマトンですか?」
[………]
ヒマリの問いかけに対し、返ってくるのは沈黙。
ブツブツとノイズのみがスピーカーから聞こえ、ヒマリとエイミの表情が強張った。
[……ああ、そうだ。私こそが君が想像している存在]
「!!」
そして返ってくる答えにヒマリは息を呑んだ。
まさか、まさかこんなものが―――
[そう、デカグラマトンだ。ついにここまで来たとはな、ハッカーの少女よ。そして―――]
短く区切った後、デカグラマトンは再び言葉を発する。
[―――アメリカ合衆国第47代大統領、マイケル・ウィルソン]
To be Continued in Chapter Ⅱ-Ⅱ ”
第2章”
機械達がミレニアムでどのような物語を作るのか、そして大統領はどういう選択をするのか…
それと、今回から名詞に対しての『』による強調表示をやめました。