政治家にとって挨拶回りは大事ですからね、好感度0からですけど。
連邦捜査部シャーレが稼働しはじめて一週間、たった一週間とはいえ耳聡い生徒達の中でシャーレは話題の中心であり、その顧問である『先生』マイケル・ウィルソンもまた大いに興味を持たれるものであった。
D.U.地区の暴動を僅かな生徒を率いて制圧、何なら自分も銃を手に戦ったともいう。
『先生』はキヴォトス外の人間なので銃弾への耐性が低く、致命傷をあまりにも簡単に負うという追加情報からすれば信じられないほどの無謀ではあるが、成し遂げたというのであればそれはまさに称賛に値する。
そんな渦中の人物であるマイケルは、現在デスクの上に溜まった書類をものすごい速度で処理していた。
もとより陸軍の士官時代に散々書類仕事をこなしていたこともあり、まだまだこの程度は苦ではない、とはとても言えず、初日こそ一人でやってみたものの書類の山は相当手早くやっても減りが鈍い。
そもそも個人で処理する量ではないのだ。
複数人でこなす前提であり、連邦生徒会の役員を少しくらい派遣するくらいはして然るべきなのだが、先にリンが述べたように連邦生徒会そのものも人手不足で手が回らないのだ。
幸い、シャーレの仕事に関して手伝いの募集を出してみた所幾人かの応募があり、軽い面接の後に採用して持ち回りの当番制で日中は回るようになった
”なんというか、世界が違えど社会の問題はそうは変わらないのだな”
「先生のいた所の話ですか?」
マイケルの独り言に反応したのは、左側頭部から一枚垂れた羽が特徴のピンク髪の生徒、トリニティ総合学園の2年生鷲見セリナだ。
彼女は最初の4人の次に応募に応じた生徒の一人で、シャーレの行動方針、即ちキヴォトスの様々な問題解決という方針に賛同している。
トリニティの医療担当、救護騎士団に所属している彼女は抗争の絶えない現状に思うところはあるようで、最前線に立って戦うことも厭わぬのは称賛に値する。
”まあ、そうだな。貧困、悪徳、暴力、アメリカでもよくあることだ。その根絶は……人の手では無理だろう”
8年にわたってそれに向き合い続けた日々を思い出し、げんなりとした表情をうかべる。
彼自身、自分は生まれが恵まれていたという自覚はあり、自分の成功はそのお陰だということをきちんと理解していたし、逆に生まれのせいで成功できずに埋もれていった人物も多いということも知っている。
努力しても報われぬことが多い世界、それはこのキヴォトスでも変わらないのだろう。だからこそ、人は犯罪に走る。
眼の前にある書類は、ヘルメット団による襲撃事件とその鎮圧、復旧に係るものだ。ヘルメット団は学園を中退した生徒が主だった構成員となっているギャングである。
成績不振、人間関係のもつれ、所属学園の閉鎖等、様々な事情で学籍を失った生徒が日々の暮らしのために徒党を組み、金銭を得るために犯罪行為に手を出している。
似たようなものにスケバンがあるが、こちらは別に全員が全員中退者というわけではなく、しかし様々な事情で普通の生活が送れずにやはり金銭を得るために犯罪に走っている集団。ちなみにヘルメット団とは対立しているらしい。
”だが、それは根絶に向けた努力をしないという事にはならない。私はそういう仕事を8年は続けていたんだ”
「立派……だと思います。キヴォトスでそういうことを主張する大人ってほとんどいませんので」
セリナは学園外の病院にも手伝いで働きに行ったことも多い。学園外の大人たちと接する機会はそれなりにある方だ。
病院関係者は多くは善き人々ではあるが、経営者などの上の方に行くと医療機器購入等で不正が囁かれるなど闇もある。
また忍び込んで医療機器を盗もうとする輩も少なくない数がおり、ここ最近でもお化けに扮して人払いをして盗みを働こうとした人物がいた。
病院関係だけでもこうなのだ。より広いビジネスの話になってくると、利益優先で犯罪を容認、ないし自ら手を染めているというのが常態化していてもおかしくはない。
考え込んだのはほんの10秒程度、だが突然マイケルの携帯がモモトークの着信音を発したことでセリナは意識を現実に引き戻させた。
スマホを手に取り、メッセージを確認している彼の姿を見て彼女は悩んだ。シャーレに募集したそもそもの理由、人助けもそうなのだが、もう一つ誰にも明かしていないそれをいつ打ち明けるべきなのか、と。
『行方不明になった救護騎士団団長、蒼森ミネの捜索依頼』……それが彼女の秘密だ。
ただの捜索なら普通に頼めば良いと思われるかもしれないが、なんの手がかりもない上にミネはトリニティの救護騎士団という組織の長、それも古い歴史を持つ派閥のものとなれば、迂闊に公表することもできなかった。
だから『先生』に直接頼み込もうと思っていたのだが、彼の仕事量が予想よりずっと多いのを見て少しだけ気後れしてしまったのだ。
”……なんとまあ、三大校生徒会との面会約束がこうも早くに取り付けられるとはな。
しかもそれぞれ朝、昼、夕と都合よくバラけている”
「先生?」
”ん、ああすまない。明日ゲヘナ、トリニティ、ミレニアムの生徒会と面会する予定が入った。
明日はセリナの当番ではないが、夜まで不在になる。何かあればモモトークに頼む”
「あ……はい、わかりました。明日はトリニティに居ますので、先生もトリニティに居るときに体調が悪くなったら救護騎士団のほうに来ていただければ、私が手当します!」
”お手柔らかに頼むよ……ところでセリナ、やはり手土産は必要だよな?”
マイケルの問いに、セリナは僅かに考え込む。
三大校の生徒会との会談という一大イベントを前に、手土産が必要だと考えるのは合理的であり、理解できる。
問題は、彼が40代の中年男性ということだ。
花の女子高生が喜びそうなものと言われても、パッと思いつかないのも無理はないだろう。
「手土産、ですか……そうですね、必要だと思いますが先生が仰りたいのはその中身でしょう? でしたら、スイーツが無難だと思います」
”ふむ、おすすめの店もあれば教えてほしいが”
「D.U.のお店のほうが先生的にも嬉しいですよね? でしたら……一つオススメが」
ニッコリと微笑みながらセリナは自分のスマホの画面を見せる。
そこに表示されていたスイーツ店のホームページに目を通し、マイケルはなるほど感心した様子で、即座にそこに表示されている電話番号へと電話をかけた。
店との通話を行う彼の姿を横目に書類に向き合った彼女は軽くため息を付く。
(今日は言えそうにありませんね……)
結局、セリナは彼に相談することなくこの日の当番を終えた。
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翌日、朝からマイケルはシャーレのオフィスに必要なセキュリティをかけて外出していた。
その姿は連邦生徒会指定の白い制服……ではなく、濃紺の特殊機動重装甲『メタルウルフ』のものである。
大統領時代のように防弾車『ビースト』が使えない状態で銃撃戦の絶えぬキヴォトスを往来するのは危険と判断する他無く、安全のためには”安心と信頼”の『メタルウルフ』を着込むほかなかったのだ。
アロナは「私だって先生のことを守れます!」と言っていたが、『メタルウルフ』であれば武力鎮圧も容易くできるので彼としてはこちらの方が好みではあった。
サイズも3m程度であれば、大柄のオートマタ族にも似たようなものがおり*1交通インフラの利用も可能である。つまりは、電車に乗れるということだ。
シャーレに一番近い駅からゲヘナ行きの特急列車に乗ろうとするが、特急列車の先頭車両は銃座付の武装車両というところにキヴォトスの治安を垣間見て天を仰ぐ。話を聞くとゲヘナ線だけこういう武装列車らしい。
ゲヘナ自治区の治安に一抹の不安を感じながら乗り込み、指定スペースに向かう。背中のコンテナが張り出しているため座ることができないのは『メタルウルフ』を普段遣いする際の欠点だろう、元々そういうのは想定していないのだが。
運行しているハイランダー鉄道学園の生徒にチケットを見せてから胴体部を開放し、しばらく列車の旅を楽しむことにした。
シャーレ始動から数日、まだ他の学園自治区に足を運んだことはなく、シャーレ近傍の治安回復を優先していたので今回の訪問は期待半分不安半分といった様子で車窓から外を眺める。
”そろそろゲヘナ自治区の境界か”
連邦生徒会直轄のD.U.地区から河を渡ればもうそこはゲヘナ自治区だ。
向こうに見える町並みは遠目で見る分にはそこそこ綺麗に見えた。
無論、下調べは済んでいるのでゲヘナ自治区の実態はある程度把握しており、中心部を外れた郊外はインフラの劣化が修復されず一見ゴーストタウン化*2してる地区も多いという。
しかし実際に自身の目で見て、空気を感じ、言葉をかわすことはただ文字と写真を見ただけよりずっと大事なことだというのは政治家として常識なのだ。
列車はゲヘナ自治区の河沿いの街を過ぎて様々な景色が流れていく。嗚呼、なんと長閑な時間か。
このまま到着までぼんやりと眺めていたいが、悲しいかなシッテムの箱に多数の業務メールが押し寄せてくる。
本当に休む暇もないなと、大統領時代よりきついぞこれはと彼はげんなりするが、やらねば終わらぬのが道理というもの。
『まもなく、ゲヘナ学園前駅になります。お降りのお客様は忘れ物が無いようお気をつけください』
”もうついたのか、早いな”
電子化された書類を整理していると思ったよりも早く時間が進んでいたようで、車掌のアナウンスで現実に引き戻されて目のツボを押す。
時計を見ると予定していた通りの時間だ。ハイランダーの学生は優秀だなと感心して停車を待ち、列車を降りる。
今回は列車の武装は使われなかったが、数週間に1度は列車強盗まがいの事件が起こるというあたり、ゲヘナ線の治安は中々に終わっているのだと連邦生徒会の資料にはあった。
そのまま改札を通り、ゲヘナ学園方面出口に向かう。ここは規模ではキヴォトス1であるゲヘナの中心地、駅の構内でも人通りは多い。
ゲヘナ生らしい角や翼、尻尾などの特徴を持った生徒が行き交い、所謂獣人やオートマタも彼らの仕事場へと向かっているのだろう。
これから初めて行くキヴォトスの学園に年甲斐もなく逸る気持ちを抑えながら、彼は駅を出るとブーストダッシュを決めて駆け抜けた。*3
噴射で様々な物が巻き上げられ、スカートが捲れ上がった生徒の悲鳴が上がるが、噴射音にかき消される。
そんな生徒たちの中にゲヘナの風紀委員が混ざっていて―――
「イカれたオートマタが校門に向かっている! 速くて追えない、迎撃を頼む! 容疑者は全高3m程度、色は濃紺、装甲モリモリマッチョな奴だ!」
―――ゲヘナ学園に通報が飛ぶのは、当然の帰結ではあった。
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そんなことを知らずにブースターを噴かしながらホバーで移動しているマイケルはゲヘナの正門前に到着しようとしていたが、そこには複数人の武装した生徒が待ち構えており、手にした銃をこちらに向けていた。
急制動をかけて停止し、一先ずは両手を上げて敵意がないアピールをするも、怪しければ撃つの精神か即座に発砲され装甲に着弾、軽い音とともに弾は弾かれる。
先日ワカモに撃たれた時と比べて非常に当たりが軽いことに首を傾げるも、何発も命中すると流石に耳障りだ。
彼は自分が”猛スピードで学園に向かっている怪しいオートマタ”扱いされているとは気づいていない。
何度もアピールするが、向こうからすれば不審者丸出しでしかない。
かといって訪問先の生徒を撃つなんて言語道断であり、一先ず回避しながら器用にモモトークを遠隔で起動しチナツに助けを求めた。
『”校門前で風紀委員に撃たれている。助けてほしい”』
既読はすぐに付き、同時に校門の後ろからチナツの姿が見え、隊列を組んでる風紀委員達に駆け寄るとその首筋に注射器を差し込んだ。
シリンジに封入されていたのがどんな薬かはわからないが効果はてきめんで、銃撃していた風紀委員たちは皆揃って昏倒、刺されなかった風紀委員達はドン引きした様子でチナツに顔を向けている。
「その方はシャーレの先生です! マコト議長との会談の予定が入っているんですよ、先生を怪我させたら
チナツの言葉に、風紀委員たちは顔を青くする。マイケルはこの時点では知らないが、
自身の会談相手を風紀委員が負傷させたら、それはもう鬼の首を取ったように責任問題を追求してくるだろう。
そうすれば敬愛する風紀委員長にどれだけの迷惑がかかるか……そこまで考えが至れば、先程までの状況がどれほど危うかったのか嫌と言うほど理解できる。
幸いにもあのオートマタ、即ち”先生”は装甲貫通されずにほぼ無傷のようではあったが……風紀委員の一人はそこで気付いた。先生って確か外の人間だよね、と。
記憶の中からチナツの出した報告書の内容を思い出し、”先生”はパワードスーツを着込んで非常に高い戦闘力を発揮するものだという情報、報告書に添付されていた写真と合わさったことで自分たちの行いがいかに危険であるかを悟った。
行政官すら読んでいない報告書を読んでいたこの風紀委員の勤勉さは褒めるべきだろう。ゲヘナらしくはない気質ではあるが。
そしてノータイムで繰り出される土下座。
キヴォトスでは銃撃へのハードルは極めて低いが殺人となると極めて強い忌避感があるため、”殺しかねなかった”という事実は重い。
「ごめんなさい!」
その一方で当事者でありながら事情がよく掴めず、とりあえず肩をすくめてお茶を濁すマイケルであった。
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”つまり……ちょっと派手に動きすぎだということか。いや、知名度の低さを甘く見ていたよ”
風紀委員からの説明を受け、自身の行いがゲヘナへの攻撃行動と誤認されたことを知った彼は少々決まりが悪そうに頭をかく。『メタルウルフ』でだが。
彼女らからの発言からすると、SNSではシャーレの先生の存在は話題になっているがその見た目はあまりアップロードされていないようで、当番の生徒がシャーレ部室棟内で撮影した写真が少々出回っているだけらしい。
その見た目とあの濃紺のパワードスーツが結びついていないのは仕方がない部分がある。
『メタルウルフ』を撮影する第三者が居ないわけではないのだが、機械の見た目の住人と混同されるし戦闘中の扱いは”やたら暴れるオートマタ”でしかないのだ。
”では、君たちに少し私の広報キャンペーンに協力してもらおうじゃないか。ただ写真を撮ってSNSにアップするだけでいい”
ということであるので、必要なのはシャーレの先生と『メタルウルフ』を結びつけるきっかけ。
校門前で風紀委員のメンバーと並び、胴体部を開放して生身の上半身を曝け出すことで一体であることをアピール、更には一度降りることでより生身の体と機械のスーツという点を強調する。
風紀委員たちも最初は驚いていたが、写真を数枚撮る間にすっかり馴染んでしまいマイケルにシャーレへの募集方法を聞くようになっていた。
そうしているうちに写真はSNSにアップロードされ、早速拡散が始まっているらしい。これでいきなり撃たれる可能性も下がってくるだろう。
「すみません先生、迷惑をおかけして……」
”いや、いい機会だった。さてチナツ、
校門の風紀委員達たちと別れ、学園敷地内へとチナツとともに踏み込んでいく。
距離感を問わず銃声が鳴り響き、時折風切音*4が鳴る魔境、それが彼のゲヘナへの第一印象である。
アメリカのスラムですらこんなことはなく、むしろアフリカ等の内戦地帯のほうが近しいだろう。
その一方で見目麗しい少女たちが和気藹々と青春を送っている、それも銃声を気にせず、というか時折発生源そのものになるという光景は中々に脳がバグを起こしそうになる。
こんな無政府状態みたいな場所を治める生徒会───学園自治を前提とするキヴォトスではそれは一国の政府に等しい───はどんなところなのか、その長はどのような人物か、興味は尽きない。
連邦生徒会の資料では中々目つきの鋭い少女ではあったのだが、その人となりは実際にあってみなければわからないものだ。
「あちらは第一校舎、最大の校舎ですが授業はあまり行われていません……
あちらの第二校舎はゲヘナの中でも真面目な生徒が多く、先生の考える普通の学校は第二校舎のほうが近いと思います」
道中すれ違う生徒に「シャーレの先生じゃん! さっきSNSで見たよ!」と声をかけられればにこやかに、とはいえ表情が見えないので身振りで挨拶を返して進んでいく。
たどり着いたのはゲヘナ学園の中心部、そこに屹立するのは荘厳な石造りの建造物、これが
その入口には臙脂色の非常にボリュームのある髪をした生徒が一人、本を片手に柱に寄りかかっていた。
彼女は二人に気づくと、手にした本を閉じて歩み寄りマイケルの姿を見上げる。
「……案内ご苦労さまでした。あとはこちらで引き継ぐので、戻っていいですよ」
「あっ、はい。では先生、私は風紀委員の仕事に戻ります」
促されてチナツが場を離れ、残った生徒が今度は案内をするらしい。しかしこれから室内に入るのであれば、『メタルウルフ』はドレスコードに反する。
少し待ってくれと頼み、往来の邪魔にならない程度に離れてから胴体を開放し、己の脚で大地を踏みしめた。そして機体のコンテナから紙袋を取り出して左手に持つ。
彼女はその様子を気だるげに、しかし目つきは興味深そうに眺めていた。
「自己紹介が遅れましたね。私は
”これはどうも。私はマイケル・ウィルソン、知っての通り連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの顧問だ。よろしく頼むよお嬢さん”
右手を差し出し、腰をかがめて握手を求める。先程の無機質な機械の顔と打って変わった温和な表情、その瞳の奥に見える凄みを感じ、イロハは理解した。「この人、色々危険だな」と。
この人はタフで、どんな逆境にも決して諦めること無く力尽くで道を突き進む───こういう会談のときに相手するのが一番しんどい部類だ。
正直な所大それた野望を抱き、その場の勢いで何かを言うマコトが相対するにはあまりにも恐ろしい『大人』……それがイロハから見たマイケル・ウィルソンの第一印象である。
それは間違っては居ない。そういう印象を抱くこと自体が棗イロハの優秀さを示すものであったが、それ故に過剰な警戒心を抱いてしまう。
恐る恐る差し出された右手を握る。そんなイロハの態度に怯えの色を感じ取ったマイケルは(”やってしまったかぁ”)と心のなかで嘆息した。
”今日は君たちのことを知りにきた。互いを知ることは、平和的な関係に必要だろう?”
そう言いながら、思い出すのはフェニックスの戦いの光景。
クーデターが起きて全米が掌握された後、アメリカ奪還のために戦いを始めた最初の頃、南西部アリゾナの州都フェニックスでかつての部下と対峙した。
彼らはクーデター軍のプロパガンダを全面的に信じており、自分たちが相手をしているのがかつての上官だと理解しながらも悪党だと罵りながら襲いかかってきた。
当時は誤解を解く時間もなく、故に殺し合いをしなければならなかった。とても苦い記憶だ。
「……そうですね、私達も先生のことはよく知りません。どんな大人なのか、信じて良いのか、このキヴォトスでは意外と大人って信じられないんですよ」
知ってましたか先生? そう言いたげな彼女の視線を受け、なるほどそもそも大人と子どもの関係が地球とは異なるのがこのキヴォトスかとそのギャップを自覚した。
しかし、信じてもらわねば始まらない。それは地球でもキヴォトスでも変わらぬ摂理であった。
”少なくとも、この場では信じてほしいな。
ああ、それとこれはD.U.の高級スイーツ店で買ったプリンだ。お近づきの印に、というところかな?”
そういって、イロハに紙袋を差し出す。
セリナにオススメされたD.U.地区の高級スイーツ店、そのロゴが描かれているものだ。
「あ、このお店トリニティでも人気の高級店じゃないですか。結構値が張ったんじゃありません?」
”このくらいは余裕さ”
紙袋の中を覗き込んだイロハの表情が柔らかくなるのを見て、彼は一先ず安堵した。
しかしあくまでも心のなかでのこと。外面はあくまでにこやかにという体を崩さず、イロハとともに
数分歩いた後、立派な木製の扉の前に二人して立つ。どうやらここが、羽沼マコトの執務室であると同時に会談場所のようだ。
イロハが一歩前に踏み出してドアを叩く。
「先輩、シャーレの先生を連れてきました」
「キキッ、いいぞ」
中から少しくぐもった声が聞こえ、イロハがドアを開ける。少しだけ蝶番が軋んだ音を立てながら部屋と廊下を隔てるものが無くなり、室内に居た全員と目があった。
中央に立つのは銀髪で、側頭部から前に回り込むようにある四本の角、鋭い目つきの長身の少女、彼女が恐らく議長羽沼マコトであろう。資料で見た通りの容姿である。
その横にはマコトよりも背が高く、かなり胸元の開いた服装とボリュームのある桃色の髪が特徴の少女、反対側には長い黒髪でマコトよりやや小さく、カメラを持った少女が控えている。
部屋に踏み込み、3人の前に立つ。マイケルは180以上の身長があるため、彼女らもやや見上げる形になっていた。
”忙しい中会談の場を設けていただき感謝するマコト議長、連邦捜査部S.C.H.A.L.E顧問のマイケル・ウィルソンだ。今日は初の―――”
「キシシシッ! そんな細々とした挨拶など必要なかろう。
連邦生徒会長が設立した超法規的機関シャーレの顧問がこのマコト様に頭を下げに来たという事実のみが重要なのだ!」
マイケルの言葉を遮り、自らの権威を喧伝するマコトに面食らいながら彼はイロハに視線を向ける。
気付いた彼女は「すいません、先輩はこういう人なんです」とでも言うかのような諦めの表情を浮かべてそれに応えた。
(”権力欲、自己顕示欲、ここまで丸出しなのは中々見ない。人の上に立ちたいという欲求もここまであからさまだとかえって清々しく感じるな”)
「つまりこれは連邦生徒会がこのマコト様に屈したのと同義! キヴォトス支配という最終目標の為―――「あれぇ、このおじちゃんだぁれ?」―――おぉ、イブキ!」
”うん……?”
突然聞こえた舌っ足らずな幼い声、声のした方向……背後に振り返れば、明らかに高校生どころではない身長の幼子。目方でだが130cmもない。
マコトの言葉から、名がイブキというのは理解できたが彼女は事前に見ていた資料に載っていなかったことを思い出す。
「私、イブキ! おじちゃんはマコト先輩の新しいお友達?」
”そうだな、仲良くしようと思って今日はゲヘナに来たんだ。よろしく、私はマイケル・ウィルソン”
「わーい! じゃあ、イブキともお友達になろう!」
キラキラとした目で見上げるイブキに、マイケルはかがんで視線を合わせにこやかな表情を作って頭を撫でた。
その様子を見ていたイロハは自分が手にしていた物を思い出して紙袋に手を入れ、一つ瓶を取り出した。先ほど貰った高級プリンだ。
気付いたイブキが更に目を輝かせ、近づいたイロハが腰をかがめてそれを差し出す。
「イブキ、先生がお土産に持ってきたプリンですよ」
「わあ! おじちゃん、先生なの? ありがとう先生! イブキ、プリン大好きなの!」
ちらりとマコトの方を見ると、このイブキという少女が自分に懐いているのが信じられないのか見事なまでに驚愕の表情を浮かべて固まっている。
なるほど、先ほど乱入してきたこの少女にマコトが叱るでもなく甘やかすような態度をとったということは、この娘はマコトのお気に入りなのかと理解し、であるならばこの状況を利用しない手はない。
ゲヘナ生徒会
”私が顧問を務めているS.C.H.A.L.Eは生徒たちの様々な悩みとか、頼み事を解決する組織だ。
イブキも、困ったことがあれば私かS.C.H.A.L.Eの公式アカウントに相談するといい。可能な限り応えよう”
「はぁーい!」
イブキはプリンを手にマコトの隣に歩いていき、もらったプリンを掲げて嬉しそうに報告し、マコトは若干引きつった笑顔で「よかったなぁイブキ」とその頭を撫でている。
その内心イブキを今まさに利用した大人に業腹であった。そもそもの原因がマコトがマイケルに対してマウンティングしてきたからなのだが、彼女の辞書に省みるという文字はない。
しかし考え直せば、このシャーレのマイケル・ウィルソンなる先生はゲヘナに連絡を入れたときに風紀委員ではなく真っ先に
彼がこの先成し遂げることがあれば、それはこのマコトの審美眼が正しいということであり、万魔殿の、ひいては羽沼マコトの名声が高まるということになる。
その未来を想像し───彼女は、その皮算用を選択した。彼女は基本的にポジティブシンキングであった。
「キキッ、先生よ……このマコト様は心が広い。特別に
何、その上でシャーレが活躍すればこのマコト様の株もあがるというもの。キャハハハハ! 双方が得をするわけだ!」
”……ああ、よろしく頼むよマコト議長”
「よし、チアキ!」
「はいはーい、お任せくださーい! 万魔殿の書紀としてきちんと記録に残しますよー」
マコトの号令でカメラを持った黒髪の少女……元宮チアキがそれを構え、それに合わせてマコトとマイケルが握手を交わす。
その後ろでイブキがキャッキャとはしゃぎ、それも含めた一枚をカメラに収めてチアキはサムズアップした。
どうやらいい構図で撮れたらしい。この写真は間違いなく広報で使われるのだろう。
その後はマコトの自分語りが始まり、予定されていた時間いっぱいまで彼女は大いに自らのアピールに努め*5……マイケルは割りと真面目にそれを聞いていた。
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「それで、どうでした? 先生から見てのマコト先輩は」
会談が終わり、執務室を出てしばらくしてからマイケルを案内するイロハが振り向きながら口を開いた。
その表情は少し強ばっており、緊張の色が垣間見える。
”短慮で強欲な王様、メンタルが鋼のように硬くて失敗しても反省はしない”
きっぱりと言い切るマイケル。全くその通りでイロハはぐうの音も出ない
”だが”と付け足し、彼は更に続けた
”自分の功績を語るマコトは自慢気ながらも楽しそうだった。風紀委員長がらみではかなり暴君だが、思ったよりはまともだ”
君たちも見てる分には面白いだろう、と彼は笑う。間違いなくその通りではあった。
直接マコトの被害を受ける風紀委員からすればたまったものではないのだが、それも含めてのゲヘナの日常であり、否定できるものではない。
”私は生徒の自主性を尊重するよ。何故なら私は『自由』を愛している”
事も無げに言い切る彼の瞳は一片の曇りもなく、本当に『自由』を心から愛していることがイロハにも理解できた。
それは無垢なものではなく、きっと様々な苦労があったのだろうということを察するが、故に信じられるものだ。
イロハはマイケル・ウィルソンという人物を信用できる人だという判断をした。
怒らせるとおっかないだろうが、今となってはよほどのことをやらない限りはこの人は怒らないだろうという確信がある。
「今日はありがとうございました先生、できればこれからも良いおつきあいをさせてもらいたいです」
”ああ、ゲヘナとS.C.H.A.L.Eの良き未来を願って”
気づけばもう
最初に顔を合わせた時と比べると、実に和やかな雰囲気であった。彼は余裕を持てるようになったのはよいことだと心のなかで首肯し、『メタルウルフ』に乗り込んだ。
次の予定はトリニティ総合学園生徒会との会談で、移動時間を考えるとゲヘナを見て回れる時間は45分程度しかない。残念だと諦めて正門に向かう。
身長にして140cmと少し、腰から生えた大きな翼にボリュームのある銀髪、捻れた4本角、身長ほどの長さを持つ無骨なマシンガン……資料で見た記憶がある。ゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナだ。
向こうも此方に気付いたようではあり、一瞬目を丸くしたが直ぐに表情を整えて近づいてくる。
「あなたがシャーレの先生ね、チナツから話は聞いてるわ……その、顔を見せてもらえないかしら。少し話をしたくて」
”構わないが……私も次の予定があるのでそんなに時間はとれない。30分程度であれば問題はないが”
全高3mの『メタルウルフ』を見上げる小さな体、しかし資料によれば彼女はゲヘナ最強のパワーを持つという。
言われたとおりに胴体を開き、生身の体を晒して対面するとヒナからわずかに圧を感じた。
政治家である以前に戦士でもある彼はこれがキヴォトス強者かと一瞬慄くが、しかし即座に平静さを取り戻して穏やかな表情のまま右手を差し出した。
”改めて自己紹介を、連邦捜査部S.C.H.A.L.E顧問のマイケル・ウィルソンだ。よろしくヒナ委員長”
「ヒナで構わないわ先生。それで、マコトと会談をしにきたとは聞いたけど……」
”ああ、有意義な会談で終わったな。一先ずはS.C.H.A.L.Eがゲヘナ自治区内で多少活動しても文句は出てこないだろう。……風紀委員と共同歩調をとっても、な”
「……!」
マコトとの会談についてシャーレに釘を差そうと思ったヒナであったが、しかし先んじて返すマイケルの言葉に絶句した。
この大人は
まだシャーレが始動してから一週間しか経っていないというのに、もうここまで状況把握をしているとは。
チナツの言葉を信じるなら始動翌日から精力的に周辺の治安維持活動に勤しみ、他学園の事情まで探る余裕はないと思っていたのだが*6、認識を改める必要があるとヒナは考えた。
”もっとも、その時はS.C.H.A.L.Eが主体にならないと少し面倒になるだろうが”
「……先生は何でもお見通しなのね」
”よしてくれ、私は友人の心の内も見通せなかった男だ”
目を伏せ、悲しげに首をふるマイケルの心の内をヒナは察することが出来ない。
しかし、どうにも彼の地雷を踏んでしまったことだけは理解できた。彼女は慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい先生、気を悪くしたなら謝るわ」
”いや、いい。8年前のことを引きずってる私が悪いだけさ。
さあ、それよりもS.C.H.A.L.Eと風紀委員との関係とか話したいこともあるだろう、こんな往来のある場所で話すことではないとは思うが……”
周囲を見れば当然ではあるが、ゲヘナ学園の中心通りであるここは人通りが普通に多い。機密に関わる話をする場所ではないのは明らかである。
ヒナもそれは自覚しているので、あまり詰めた話をするつもりはなかった。先生との連絡先を確保できればそれでよかったのだ。
「なら、後日にそのところは詰めましょう先生。今は私の連絡先の交換だけで十分だわ……先生の時間をこれ以上取るのは申し訳ないし」
”なるほど、では連絡先を交換して……よし、これで大丈夫だ”
「うん、確認できた。じゃあ先生、また今度詳しく話し合いましょう」
別れの挨拶を交わし、忙しなくゲヘナを去るマイケルの背中を見つめ、ヒナは思う。
あの大人のことを深く理解してみたいと。それは、基本ものぐさな彼女にとって極めて異例な感情であったが、それをまだ自覚できぬまま今日という日は過ぎていく。
そして次の舞台は───トリニティ総合学園へと移る。
To be Continued in InterludeⅠ-Ⅱ ”Good afternoon Trinity”