すでに日が沈んでから久しい時間、ビル街を彩る光は少なく航空障害灯の灯火が僅かにその輪郭を浮かび上がらせる要塞都市エリドゥ。無機質なコンクリートの渓谷の中、遠くから響く銃声と爆発音を伴奏とし、金属と金属がぶつかり合う旋律を奏でる2体の巨人。
片や、連邦捜査部シャーレ顧問マイケル・ウィルソン・Jrが駆る
銃器に溢れ、銃撃戦が挨拶ともいえるようなこのキヴォトスの地において、この2体は火薬庫のような量の銃火器を有しながらも、拳と拳による殴り合いを決闘の方法として選び戦っていた。
それは何故か、端的に言えばマイケル・ウィルソンが銃火器の使用を控え、対するリツコは己のプライドから自身も武器の使用を取りやめたことにある。
素手の相手に銃を使って勝っても、それは誇れることではないのだ。
”どうした、そんな腰の入っていないパンチで私を倒せると思っているのか?”
『くっそぉ……ッ!』
しかし、近接格闘における戦闘経験の差は如何ともしがたく、同じ性能を持つはずの
拳を振り上げて顔面を殴る動作は軽く打ち払われ、蹴り上げようにもタイミングを合わせたキックによってそれは果たせず、タックルを仕掛けたところで投げ返されるばかり。
キヴォトス人として上位の身体能力を持っているという自負があるリツコにとって、これは屈辱的なものと言えた。
まさかヘイローのない大人相手にこうも一方的にやられるとは、彼女は悔しさを滲ませる。
(”この癖は……”)
しかし、マイケル当人としては危ういものだという認識があった。キヴォトス人、その上位層の反応速度の早さは地球人のそれよりも上である。多少の経験の差はスペックでゴリ押しできるものだ。
それでも余裕で捌いているように見えるのは、リツコの動作にあたっての癖を見抜いているからにすぎない。そうでなければ、コンクリートの床を舐める羽目になっていただろう。
マスタースレーブ方式の外骨格とは操作感覚も違うというのに、彼女は天才的な技量をもって
『このぉ! 沈めぇ!』
(”左手が下がった。大振り、アッパー狙いか”)
彼の読みどおりのアッパーを寸での所1歩引くことで回避し、がら空きとなった胴体へと叩き込むのは鉄山靠。
しかし背中から大きくせりだした武装コンテナがあるため実際には薙ぎ払いのような形である。
『ぐはぁっ!?』
意識外からの一撃で肺の中の空気を吐き出す羽目になったリツコは苦悶の声を上げながらコンクリートの舗装路を転がった。
数度バウンドし、ようやく止まった鋼鉄の鎧をよろめきながら立て直す彼女であったが、今の一撃のダメージは大きく膝が笑っている。既にダメージレースでは不利を背負った彼女であるが、諦める気配は一切ない。
『まだだ、まだっ……』
”まだやるつもりなのか”
その一方で、リツコの当初の目標であるメタルウルフの撃破ないし足止めという戦略目標は無事達せられつつあった。というよりも、マイケルは早期撃破を意図してやめたのだ。
今回の件は壮大な茶番であり、多少放置したところでアリスの身体に問題は生じ得ないと彼は認識していた。
唯一の不安要素はKEYの存在であるが、リツコの様子とリオも参戦しているところを見るに、別に彼女たちが洗脳されている様子でもない。
つまり、KEYもまた彼女たちと同じ感じでこの件を引き起こしたのだろう。ならば危機的状況に陥ることはないと推測することが出来たのだ。優先順位が変わったと言っていい。
とはいえ、この事を皆に報告せずに決めたのは問題ではあったが、しかし彼としては彼女との案件はあまり周囲に漏らしたくないものがあったのだ。
何故なら―――
(”リツコは似ている。あいつに、間違いなく!”)
今まで散々頭の中によぎっていた、しかしあえて見逃していたとある要素。
鷹乃リツコは、あまりにもリチャード・ホークに似ていた。姿がというわけではない。性別も、年齢も違うのだが、しかし彼の中では彼女の中にリチャードの雰囲気を感じ取っていた。
彼女の動きの癖がわかるのも、それが彼の記憶の中にあるリチャードのものと同じものであったからだ。だからこそ、彼は完全に動きを予測することが出来た。カンニングみたいなもので、ある意味ズルと言えるだろう。
さらに副大統領専用
(”あいつと同じ結末を迎えさせてはいけない。絶対にだ”)
故に、彼はいつになく焦っていた。彼女のことなど何も知らないのに、ただ故人の面影を感じたという理由で1個人にここまで入れ込むのは先生としてはあまり正しくはないだろう。
しかし、だからといって彼を非難する事ができる人間がどれだけ居るだろうか。
記憶の中で破滅的な行動を取り、最終的に死を選んだ人間の面影がある子供が目の前に居たとして、それを気にすること無く全ての子供に分け隔てなく接することを選ぶほど、彼は達観していなかった。
”そういう立場にいれば色々悩みもあるだろう。どうして私に頼ってくれなかった? そんなに私は頼りなかったか?”
『ぜぇ……ぜぇ……』
息は荒く、肩で呼吸するリツコ。対してメタルウルフは隙のない構えのまま立ちはだかる。
悩みがあるなら打ち明けてほしいと訴えるマイケルであったが、しかし彼女は戦う姿勢を崩さずに考える。どうしてここまで差があるのか、何故勝てないのか。
肉体的にも若く健康なリツコに対し、あちらは40すぎの中年男性であるにもかかわらず、だ。
この時点で彼女のプライドはズタズタにされていた。銃を取り出さないのは、そこに思い至らぬほどに彼女が激情に駆られていたからに過ぎない。
『……そんなの、恥ずかしすぎて先生に言えるものかよ!』
”何がだ!”
『私の人生最大の愚行を語るのがだよ! 知ったら先生は私に失望する!』
”そんな事あるか! 私は君たちの倍以上生きているんだ、失敗なんて山程してきた。今更そんなので人を見限るようなしない!”
既に構えなど無く、がむしゃらに殴りかかるリツコは叫ぶ。
一方的な試合展開でプライドを折られ、自慢のフィジカルも通用しない。そのくせ、まるで父親のように振る舞うマイケルの態度。
リツコの心はぐちゃぐちゃで、自分で何を口走っているのか理解しているようには思えない。
それを証明するように、外からは見えぬとは言え顔は真っ赤で涙ぐみ、いつもの凛々しさは何処にもなかった。
『わたっ、私は破廉恥な女だ! 嫉妬に狂ってリオを後ろから撃った事がある! だというのに、リオの温情でこの地位についてぬくぬくとして……!』
半ば泣いたような声で語るのは、己の罪。
何度かの打撃を弾かれた後、ヘロヘロの拳がメタルウルフの胸を叩き、こつんという音を立てたところでリツコは膝から崩れ落ちる。
すすり泣く声がかすかに聞こえ、この時ようやくマイケルはやりすぎたことを悟った。
彼女は決してリチャード・ホークではなく、17歳のただの少女に過ぎないということをつい忘れてしまったのだ。
『昔、私は自分の才能に酔っていた。そんな中成績で僅かに先を行く幼馴染のリオを一方的にライバル視して事あるごとにつっかかっていたんだ。それでも体育の授業とかでは私のほうがずっと成績は上だったから自尊心は満たされていた』
涙混じりの声で彼女は過去を話し始める。
傲慢で、他人を見下すことしかしなかった幼き日々のことを。
『友達なんて出来るはずがなかった。周りを無能な豚だと見下す、威張り散らした子供についてくるのは恐怖で縛られたようなやつか、虎の威を駆るクズばかりだ』
自嘲するのは、それで満足していた過去の自分の行いか。
『だが、中学になるとネルとアスナが入ってきて、私は体育の授業ですら万年2位に落ちぶれた……それが私の過ちの始まりだ』
そして挫折を味わい、彼女は暴走を始めた。
文武両道の天才が、それぞれの更に上を行く相手に同時に被せられたことで生じたフラストレーションは、一般的な人物が想像するそれよりも激しかったのだ。
『中学3年の時、リオは生徒会長だった。私は今のように副会長で……ある日、クーデターを起こした。自分の思うがままに権力を振るってリオの運営よりも高い効率性を目指したんだ、私のほうが上だと主張するために』
”それは……”
『……だが、結局は私は負けた。リオ、ネル、アスナ、そして豚だと見下していた多くの生徒たちの手によって、完膚無きまでに』
大衆の支持を得られぬ独裁が長続きするはずもなく、彼女は叩きのめされた。
そして人が失意の中選ぶものは、現実を拒否して妄想の中に逃げるか、あるいは自らの人生に終止符を打つというもの。
彼女が選んだのは後者であった。だが―――
『憎まれ役の幕引き……それを止めたのはリオだった。笑っちゃうだろう? 追い落とそうとした相手が勝手に死のうとしてるのを無理やり引き止めて……なんて言ったと思う?「貴女が居なくなるのは寂しいわ」だってよ。まったく、あいつは……』
”………”
クーデターを起こし、敗北、自らの死を選択する……その流れに既視感しかないマイケルは絶句したまま動かない。いや、動けない。
彼女が道を違えないようにしようと彼は思っていた。だが、それは思い上がりでしか無かった。
既に一度踏み外した彼女は、しかし再び正道へと戻っていたのだ。リオが居なければ、彼女は今ここには居なかっただろう。
『リオには謝罪されたよ。「至らなくてごめんなさい」ってな……あいつは何も悪くない。私がただ嫉妬に狂ってバカなことをしただけだ。バカなガキが、調子に乗って……』
リオやネルに対する嫉妬心など、その時にはもう完全に消え失せていた。
残されたのは罪悪感に苛まれた一人の少女。
『それからだ、あいつが支配することに合理性を見出したのは……あいつがビッグシスターと呼ばれる現状を生み出したのは、ある意味私だったのかも知れないな』
僅かに後悔の色を滲ませながら、彼女は話を続ける。
話しているうちに冷静さを取り戻したのか、声の調子はいつものものに戻りつつあった。とはいえ、少し鼻声気味ではあったのだが。
”今副会長をしているのはリオへの贖罪のつもりなのか?”
『知っているか先生、キヴォトスでは悪意と殺意の有無が罪の重さを決める。私は両方あったから本当は相当な重罪人として退学処分されても仕方がなかったんだ。だが
”……リオがその座を用意したのか”
『ああ、そうだ。元々はただの保安部員だった私を副会長に抜擢したのはあいつだよ。「貴女の才能を使わないのは非合理的よ」っていってな、だから私はあいつのために働いている』
リオに対するリツコの本音を聞き出せたことは望外のものであった。彼女はリオに対し罪悪感を常に抱いており、それ故にリオに尽くしているという事実は予想外ではあったが、これで彼女についての理解を深められたのは幸いと言えるだろう。
『……なんだろうな、誰かにこんな事を話すだなんて初めてだが、やけにスッキリした気がする』
”悩みは抱え込むより吐き出したほうがいい。良く言われることだが、それで君の気が楽になるなら良かったと思うよリツコ。それで、今度は別件なんだが……KEYとはどういう関係なんだ?”
晴れやかな感じのリツコに対し、マイケルはついに本丸へと切り込む。
今回の騒動の中心、魔王を自称したKEY……今の彼には、あの時リオに渡したUSBメモリーに入っていたという謎のファイルの存在、恐らくケセドの工場で遭遇したAIだろうという認識しかないそれに対し、関係性を問う。
予想外の質問だったのか、一瞬きょとんとした彼女はすぐに考え込み、その関係性について言葉を絞り出した。
『……友達だって言ってくれたよ。私にそう言ってくれたのは、KEYが最初だ』
”友達だから手を貸した、そういうことか”
『そうだ、リオも同じさ。だからあいつも今回張り切っているんだ』
”なるほどなぁ……”
この事件がどういう経緯で起きたのか、ようやく明らかになりつつある。
残された謎は、アリスの身体を奪った理由―――それを知るべく、マイケルは手を差し伸べた。
”さあ、リツコ。全部を話してくれ、この事件の本当の意味を”
『……わかったよ、先生。私の完敗、勝者である先生には全てを知る権利がある』
彼女は伸ばされた手にを掴もうとし―――次の瞬間、彼方から紫色の光条が迸り、それによって生じた爆発の中に二人の姿は消えた。
******************************************************************
コンクリートのビルの壁面に半身が埋まり、文字通り身動きの取れぬアバンギャルド君のコックピットの中、警告で赤く染まったモニターに照らされる調月リオは静かに瞑目したまま審判を待つ。
本来の目的を達成できず、ミレニアムの生徒たちの前に敗北を喫した彼女にできるのは、ただ勝者の裁きを待つことのみ。弱者に口無し、キヴォトスではよくある話だ。
合理主義を標榜するリオにとって、いかに正しい理論で動こうとも暴力でひっくり返されるこの不文律は非合理的であり、好きではなかった。だから彼女は銃を持つことはすれど、表立って戦いに参加することはなく言論を好んでいた。
過去に直接の武力行使に踏み切ったのは、中学3年の時のリツコのクーデターに対処するため、ネルやアスナと組んで戦った1件だけしか無い。
それでもこの戦いに臨んだのは、KEYが目標を達成するために必要だったからだ。たとえ敗れても、KEYが目標を達成できればキヴォトスの未来は守られ、皆が勝者となる。
「……」
『リオ』
「……ヒマリ、言い訳はしないわ。KEYと手を組み、ミレニアムの生徒に手を出したという事実は消えはしないもの」
『解せませんね。すくなくとも少し前までのあなたはここまで誰かのために我が身を投げ打つような事はしなかったはず……何がそこまであなたを変えたのですか?』
無線機越しに話しかけるヒマリは、リオの変化に戸惑いを感じていた。
ビッグシスター、全てを支配し統制することで秩序を生み出そうとする彼女はコピーレフトを信奉し、開かれた知識を標榜するヒマリとの相性は最悪であり、常に対立する関係にあったために日々相互に監視する仲であったのだが、今の彼女は何なのか。
他人のために身を投げ打って戦いに臨むなど、少なくとも彼女の知る調月リオからはとても信じられるものではない。
「友達ができたのよ」
『……は?』
一瞬、ヒマリは自分が幻聴を聞いたのではないかと思った。
冷酷で無慈悲なビッグシスターに、友人? 何かの間違いではないのか、そう思うのも無理はないだろう。
「理想を分かち合い、共に向かおうとする。プライベートでも一緒に遊ぶような仲を世間では友人と呼ぶでしょう?」
『いえ、それは……確かにそうなのですが』
素面で友達の定義を語るリオに、奥歯に物が挟まったような相槌をするヒマリ。
その背後では現場に出ているマキを除いたヴェリタスのメンバー、そしてユウカとノアが信じられぬという表情を浮かべていた。まさかリオに友達とは何かを説かれるとは思っても見なかったのだ。
『それで、友人というのはKEYですか。AIが友人だなんて―――』
「KEYはアリスと同じ思考ロジックをしているのだから、人間と大差ないわよ。今どきAI差別は良くないわ」
その友人というのがKEYだと察したヒマリは、こんな状況を作りやがってという気持ちを皮肉に込めようとしたところ、先んじたリオの前に言葉を続けることが出来なかった。
アリスのことを可愛い後輩と思っているヒマリとしては、KEYがアリスと同等だと素で主張するリオを否定する材料がない。KEYをAIだと否定すれば、それはアリスを否定するのと等しい。
「何だよ、もう終わっちまったのか?」
「ほらほら、私の言った通り大丈夫だったでしょ?」
そこへ現れたのは、地上陽動の任に当たっていたC&Cの4人。
想定外の合流に潜入組は戸惑うものの、潜入組の中で唯一の3年生であるウタハは冷静に事態を受け止め、その理由を推測した。
「すまないネル、私達が不甲斐ないばかりに」
「いや……こっちもアクシデントがあった。当初の予定通りに中央タワーに向かう余力がなくなったからきたんだが……」
C&Cは早々に目的を達成したが、自分たちが足を引っ張っていると考えたウタハであったが、ネルはそれを否定してビルにめり込んでいるアバンギャルド君を見上げ、ため息をつく。
なんで
「あ、チビメイド先輩!」
「だぁれがチビだてめえ! ぶん殴られてえか!?」
「ひえっ」
ネルの合流に気付いたアリスが雷ちゃんに乗ったまま手を振るが、やはり呼び方が不味かったがために彼女の怒りを買い、怯えた表情を浮かべる。
しかしこれはもう恒例のようなものであり、周囲の人間も笑って済ませる代物だ。
実際、怒り顔を見せたのは僅かに数秒、あとは普通の先輩後輩といった様子で言葉をかわす。
「それで、リオのやつはなんか言ってたか?」
「ああ、KEYについて話をしてくれたよ。それと、アリスの真実について」
「アリスは魔王として産まれました……ですが、勇者の心に目覚めた元魔王です!」
「なるほど、さっぱりわからねえ」
ウタハからリオの話した内容を聞いたネルは首を傾げる。横からアリスが変な情報を投げ込んだせいでもあるのだが、それほどまでに話の内容が大事過ぎたのだ。
名もなき神々の王女AL-1S、世界を滅ぼしうる存在。その補佐として生み出されたKEY、しかしKEYはリオ達によって改心し、今は世界を救うべくこの事件を起こしたという。
さっぱりわからないというネルの感想は無理もないものだった。
「……で、当のリオはあれの中か?」
「そうだよ、ビルに埋まったせいでコックピットハッチが開かなくなっているんだ。後で先生に引き出してもらおうと思っているんだが……先生と連絡が取れなくなっている」
「は?」
もう少し詳しい話を
総指揮官との連絡途絶は明らかに危機的状況だ。タワーという明確な目標が提示されている現状はそれでも作戦継続が可能であったが、それでもこの状況はマズいということだけは理解が出来た。
「この事はここでは私しか知らない。あとはヒマリだけだ」
「おい、それはまずくないか?」
「まずいに決まってるよ。一応ここで待機しているが、もう少ししたら偵察ドローンが到着するから、それで行方を探そうと思っている」
深刻そうに語るウタハであったが、年長者ということもありすでに偵察ドローンを要請という手を打っていた。結果が出るのは少し時間がかかるだろうが、下手に進軍を継続して変に物事を進ませるよりかは良い。
身体を一刻も早く取り戻したいアリスと違って他のメンバーは疲弊しており、事実インドア派であったエンジニア部とマキは全身ボロボロで今にも倒れそうだ。
ケロッとしているのはエイミぐらいなもので、ゲーム開発部もしんどそうにしている。
「ちっ、面倒な―――」
思わず舌打ちするネル。だがその瞬間、エリドゥの一角で一際激しい爆発が起こった。
激しい閃光と共に、立ち上るきのこ雲。わずかに遅れて轟音と衝撃波が襲いかかる。
「えっ、何! 何なの!?」
「あれは……」
「火薬による爆発ではありませんね……」
まさかの出来事に様々な反応を返す生徒たち。
慌てふためくもの、事態を把握しようとするもの、自らの知識で起きた現象を理解しようとするもの……
そんな中、エリドゥ全体を覆うように警報が鳴り響き、自動でサーチライトがビル街のあちこちを照らし出す。無機質でまるで死んでいたようなコンクリートの渓谷は、この瞬間から要塞都市としての真の姿を見せ始めた。
『これは……』
「おいリオ、これは何だ! 何が起きた!」
スピーカー越しにリオの驚愕混じりの声が聞こえ、ネルはその真意を問うべくアバンギャルド君を見上げて大声を上げる。
この都市を作り上げたのが彼女であるならばなにか知っているのではないか、そう思ってのことであったが、リオが応じるよりも前にそれに答えるものが居た。
「敵襲ですよ、先輩。このエリドゥが真に備えるべき敵がついに来ました」
「テメエは……」
現れたのは、先程までの装備と違いボディースーツに身を包み、3m級外骨格を身に着けたC&Cのコールサインゼロフォー、飛鳥馬トキ。
白と青で彩られたその鎧は、リツコがいじくり回していた外骨格のフレームに良くにている。
「申し訳ありませんリオ様、アビ・エシュフを無断で持ち出しました」
『トキ……』
「KEYが言うには
ネルへの対応をそこそこに、頭を下げて主人であるリオへと現状を知らせる彼女の姿はここでようやく他のメンバーの目に止まった。
警戒心を露わにしているアスナ以外のC&Cメンバーをよそに、ゲーム開発部は彼女の着ているパワードスーツに興味を示したようで、あっという間に囲んで騒ぎ立てる。
「これすごいかっこいい! ねえ、このデザイン今度作るゲームで使っていい!?」
「も、モモイ……いきなりそう言われても困っちゃうんじゃないかな」
「アリスもこういうのを装備したいです!」
「………」
「ご、ごめんなさい、お姉ちゃんたちが急に……」
「いえ……」
不躾に声を掛けながらペタペタと触るモモイとアリスに対し、制止の声を上げるユズ、頭を下げるミドリ。ゲーム開発部の性格がよく現れている。それに対してトキは何ともやりにくそうに注意を払う。あまりにも近すぎて、不用意に動けば巻き込んでしまうのだから無理もない。
「色々聞きたいことはあるが何が起きたのか説明しろ、あたしにもわかるようにな」
『……そうね、こうなってしまってはもう全部を話すしか無いわ。本当は、準備が整ってからにしたかったのだけれども』
そして、ネルにせっつかれるようにリオは口を開く。予定から大幅にずれた計画はもう修復不可能なまでに破綻していた。
『名もなき神々の王女、AL-1Sが目標を完遂するために用意されたもう1つのサブプログラム、Keyも失敗に終わったときのための保険、それはDivi:Sion Systemそのものよ』
「Divi……何だって?」
『Divi:Sion System……簡単に言えば、真に世界を滅ぼそうとする魔王の軍団。その兵士1つ1つにアリスを目覚めさせる因子を埋め込まれている。アリスと接触させれば、その瞬間世界の滅亡が確定すると言ってもいい』
「つまり……そいつらの目的はエリドゥの中央タワーだっていうのか?」
『そうよ。そして、それがアリスの身体を持ち去った理由なの。アリスの身体に仕込まれた因子とDivi:Sionの因子、この2つが組み合わさった時に強制的に名もなき神々の王女は目覚める。それがキヴォトスの終焉』
ネルとの会話の末、ここに至ってついにリオはアリスの身体を持ち去った理由を話す。
『この因子はAL-1Sの中に組み込まれたもので、除去するためには特定の手順を踏まねばならなかったわ。そのためにはまず人格モジュールを外す必要があった……仮の筐体をつくり、その中にアリスの人格を移植した後に因子の除去を行うのが当初のプラン』
「……それが何でこういう騒ぎになったんだい?」
「そうだよ! わけもわからないまま巻き込まれて……」
リオの話に呆れた様子で返すウタハ。その横で抗議の声を上げるモモイ。
普通に説明すれば穏便に解決できたであろう話の内容に、そういう態度を取るのも無理はないだろう。ネルだって呆れ顔を浮かべていた。
『……全員を説得する時間が無かったのよ。
「イエス・マム」
正論を返されたせいで少し気まずそうにしながらも、
直ちにトキはアバンギャルド君を掴み、コンクリートの障害に乗り上げた車体をずらして無限軌道を接地させると、踏ん張りが効くようになったアバンギャルド君は自力で右半身をビルから引き抜く。
『言いたいことは色々あるでしょうけども、世界の滅亡を阻止するほうが先よ。中央タワーへと向かうわ、全員乗りなさい』
「ええっと、シートベルトとかは……」
『無いわ』
そのまま皆のタクシーとなるつもりのようだが、アバンギャルド君の外装は合理性を追求した結果ツルツルで滑りやすい。
乗るだけなら場にいる全員、つまりゲーム開発部、エンジニア部、マキ、エイミ、そしてC&Cの合計13名を乗せられるだけのスペースはあるのだが、安全性から言えば相当厳しいだろう。幸いにも車体は直線的で滑り落ちる心配だけはなかったが、安心できるのはその点だけだ。
シートもなし、グリップもなし。上半身に飛び乗るだけの体力があるC&Cとエイミはともかく、車体の上に乗るしか出来ぬ他のメンバーは顔を引き攣らせた。
「うぎゃあ~~!」
「た、たすけてぇ~~~!!」
「あははは! 会長って運転が意外と荒いんだね!」
「さ、サスペンションが固いねこれは……うぅっぷ」
そして実際、リオのマニュアル運転によって大荒れなアバンギャルド君の車体の上で悲鳴を上げたり顔を青くするものが続出したのは当然の帰結といえるだろう。
アスナとネル、そしてエイミだけは平然としていたが、この3人は別格としか言いようがなかった。
******************************************************************
アバンギャルド君はその後10分程度で都市に張り巡らされたハイウェイを巡り、エリドゥの中心部にそびえるタワー前の広場へとたどり着く。
乗せた13名中10名が顔を青くしていたが、それでも1人の脱落者も出すこと無く全員の輸送に成功していたのは見事だった。運転の荒さはクレイジーではあったが。
フラフラとした足取りで降りたモモイ達が見上げるのは、エリドゥの中心にそびえ立つタワー。
KEYが魔王城と称した、様々な装飾が後付されたそれの中心にはアバンギャルド君と同じ顔のパネルが貼り付けられており、悪趣味極まりない。ミドリはイラストレーターとして許せぬと言わんばかりの凄まじい形相でそれを見上げていた。
『……はぁ、思った通りに行かないのはこうも歯がゆいものですか』
「ごめんなさいKEY、あなたの希望に応えられなくて」
『仕方がありませんよリオ、これは私の予想よりも早いのですから』
そのアバンギャルド君顔が突然チカチカと光れば、聞こえてくるのはアリスの声。いや、正確にはKEYの声だ。
コックピットから出たリオは開口一番KEYに対して謝罪をするが、慰めるようにKEYも返す。
すると、その間に割り込むようにアリスが立った。
「KEY、話は聞きました。アリスが世界を滅ぼさないために、あえて魔王を名乗ったと」
『……ええ、世界が滅んではリオ達と一緒にゲームなどが出来ませんからね』
「なら、アリスたちとも遊びましょう! モモイ達と一緒にいろんなゲームをして……」
『えー……まあ、その、とりあえずこの場を切り抜けてからにするべきと言いますか』
既にKEYがTSCをプレイしたということを聞いているアリスは、同好の士を見つけたと言わんばかりに目を輝かせながら誘うものの、逆にTSCがトラウマになっているKEYは言葉を濁す。
アリスと遊ぶということはゲーム開発部と関わる必要があるのだが、KEYとしてはTSCの開発者であるゲーム開発部、特にクソゲー要素に関わっているモモイに対しては個人的怨恨があった。人格モジュールを破壊されたのだから無理はないだろう。
それはさておき、あまりここで話を続ける余裕もないのも事実。
AMAS部隊が迎撃に当たっているものの、その侵攻速度は決して遅くはなかった
『それと……リツコとの連絡が取れません。彼女のために用意したあのアーマーなら大丈夫だとは思いますが』
「リツコが……?」
KEYは全域を掌握しているネットワークからリツコの反応が消失したことを告げる。
その言葉に衝撃を受けるリオであったが、それとは別に顔をしかめるのはウタハと、無線機越しに聞いているヒマリ。
2人は
両者の反応が消えたということは、間違いなくただ事ではないだろう。
先程の爆発が関係しているかも知れないと考えるのは自然なものであった。直ちに無線越しにヒマリは問う。
『それは何時からでしょうか、KEY』
『先程の爆発の少し前からですね、「全知」のヒマリ』
『その呼び名は不正確です。正しくはミレニアムの清楚な高嶺の花であり、みなさんの憧れである「全知」の学位を持つ眉目秀麗な乙女、明星ヒマリと呼んでいただければ』
『………』
ヒマリの自己賛美の長さに絶句するKEYだが、一応は既知の情報ではあるのでとりあえず流すことにした。正面からあれこれ言っても意味はないだろう。状況を整理するべきだ。
『……状況は逼迫しています。既に
「つまり、あたし達に手を貸して欲しいってことか。随分と虫の良い話だな?」
『ええ、ですが世界の滅びと引き換えです。選択肢は無いと思いますが』
「……チッ」
「まぁまぁリーダー、ちょっとトキちゃんにいいようにされたからって少しイライラしすぎだよ? リターンマッチする前に世界が滅んだら意味ないと思うけどなー」
「わーってるよアスナ、あたしだってそのくらいは分かってるさ」
かなり強引に共同戦線を提案するKEYに不満げなネルだが、とはいえ彼女自身事態の深刻さは十分に理解していた。勿論、手を貸さないという選択肢はない。
その心情をまるで知っているかのように代弁するアスナではあったが、それを恥ずかしく思う気持ちはネルにはあった。むくれる彼女にアスナは笑う。
「アリス……ごめんなさい、本当は説明をするつもりだったのだけれども、本当に時間がなかったのよ。弁明のしようがないわ」
「気にしないでくださいリオ先輩、先輩も世界の滅びに抗うために戦う勇者なのですから!」
「勇者……私が?」
「はい! KEYやリオ先輩たちは世界を滅びから救うためにあえて魔王を名乗った勇者、そして私達も勇者!
そして、必要であったとは言え身体を奪ってしまったアリスに対しリオが深く頭を下げる。
いかなる文句や批判も甘んじて受けるつもりの彼女であったが、しかしアリスは気にする様子もなくその手を取った。
温かみを感じる人工タンパク質の肌ではなく、シリコン製の冷たいものではあったものの、そこに熱意を確かに感じたリオは顔を上げる。
不気味の谷を感じる作り物でありながらも、アリスの顔にはしっかりとした覚悟が浮かんでいた。どんな身体であれ、間違いなくアリスは勇者といえるだろう。
この事件で一番の被害者であるアリスが一番やる気なのだから、他のメンバーも当然乗り気となって戦いの準備を始めていた。
『しかし王女、いえ、アリス。あなたは戦いの場に出てはいけません。タワーの最上階へと向かってください』
「何故ですかKEY! アリスが魔王だからですか!?」
『いえ、その身体では長時間の戦闘は不可能でしょう。それはあくまで仮のハリボテみたいなものですから。それに、1時間経てば身体を返すことが出来ます。その際に遠くに居られては返すことが出来ませんので』
「うぅ……」
だが、その意気込みに冷水をかけられるようにKEYに戦いに出ることを制止され、落ち込むアリス。それはかなり真っ当な理由であり、反論など出来るはずもなかった。
「まあまあ、私達に任せなって! ね、モモ、ミド」
「そうだよ! パワーアップイベントみたいなものだと思ってさ!」
「大丈夫だよアリスちゃん」
「……わかりました」
親しい1年組に説得される形でアリスはすごすごと引き下がる。
実際、この偽の筐体は結構ガタがきており、KEYがいうように戦闘不能に近かったのだ。
リツコが短時間ででっち上げたにしては長持ちしたほうだろう。戦闘行動をしなければもう1日位は持っただろうが、今更言っても仕方がない。
「私はこれからエリドゥの管制のためにタワーに戻って、アバンギャルド君は応急修理の後に前線へ出すわ。ただ、自動操縦が失われたからパイロットが必要になるけれども……」
「あ、あのっ、リオ会長! その、アバンギャルド……君ですけれども、わ、私にやらせてもらえませんかっ」
「あなたは……ゲーム開発部部長の花岡ユズ」
中破したアバンギャルド君を戦力化するべく手を回すリオの後ろから、ユズは勇気を振り絞って声をかけた。
もしかすればこんな自分でも力になれるのではないかと、いつものユズからは想像できぬ行動だ。ミレニアムの勇者たちという言葉に感化されたのだろうか。
リオは考えた。ユズという生徒、そのプロフィールや得意とするものは彼女の頭の中に完全に記憶されており、その適正についてもある程度の情報がある。
彼女は高い集中力と動体視力、そして反射神経を持つUZQueenという凄腕ゲーマーだ。
だが、アバンギャルド君の操縦ができるだろうか? リオは僅かに悩んだが、今回作ったアバンギャルド君Ver.Asuraは補助AIのおかげで素人のリオでもある程度の戦闘は可能な作りにしていた。
勿論、その補助AIは今尚稼働状況にあり、パイロットの補佐をしてくれるだろう。
「……マニュアルはコックピットの中にあるわ。応急修理は5分かかるから、それまでに読み込みなさい」
「……はい!」
「アリス、タワーの最上部、管制センターまで案内するわ。ついてきなさい」
「はい!」
ならば問題はないと、リオは自らの発明をユズへと譲った。
ドローンに破損した左腕を機関砲へと交換するように指示すると、彼女はアリスとともにタワーの中へと消えていく。
それを見送った後、真っ先に声を上げたのは到着時からずっと警戒を続けていたトキであった。
「さて、皆さん準備はよろしいでしょうか」
「おい、何でお前が仕切ってんだよ!」
「もう敵はすぐそこまで来ています。接敵まで残り10秒」
「ああクソ、後で覚えてろよ後輩! 全員、構えろ!」
ネルが号令を出した直後、爆発とともにAMASの残骸が吹き飛ばされ、煙の向こうから現れるのは不気味な機械の大軍団。
それぞれ4つ足のクモのような機械、球型胴体のクラゲのような機械、そしてハサミを持たないサソリのような機械、それらが整然と隊列を組み、迫ってくる。
数がどれほどいるのか、少なくともこの場ではわからないが、しかし勝たねばならない。
ミレニアムの勇者たちは、このエリドゥにおける最後の戦いへと臨んだ。
******************************************************************
一体何が起きたのだろうか。全身を襲う激しい痛みで目を覚ましたリツコは、自分が仰向けに倒れている事に気づいた。周囲を見れば炎に包まれ、様々な破片が散らばっている。
直前までの記憶を引っ張り出すが、頭を打ったショックかはっきりしない。
身体は動くのか、いくらか身動ぎしたところで彼女は気づいた。自身の操る
自分の脚は果たしてついているだろうか、確認しようにもそれはできない。出血していたらおしまいだ。ついでに言えば、炎に巻かれても脚から焼けてしまう。
「先生……」
弱々しく呟く彼女の声に答えるものはない。
メタルウルフの姿も何処へ行ったのか、探し出そうにも立ち上がることは出来ぬままぐったりとする彼女の目の前に、灰白色を基本とする謎の機械が姿を見せる。
その姿は彼女の記憶にあるものだった。KEYが提供した情報にあったもの、
6本の脚と、尻尾を持つそれはリツコの姿を認めると、尻尾を振り上げてその先端に紫色の光を集めた。
「!!」
その光で彼女は思い出す。先程吹き飛ばされたのは、あの光によるものだと。
このゼロ距離、この損傷度合いではとても回避することなど不可能―――彼女は目を見開き、己の最期の瞬間を悟った。
これが最期か、せめてリオにちゃんと謝っておくべきだったと後悔したその時、無名の守護者の上から濃紺色の影が飛び込み、踏み潰す。ひしゃげて動かなくなる守護者。
”まったく、スーツが煤まみれだ。クリーニング代くらい払ってもらいたいな”
守護者の頭を蹴り飛ばし、残骸から降りたメタルウルフはリツコの前に立ち、武装をフル展開する。
”招かれざる客には退場願おうか、このパーティーはミレニアムの生徒たちのものだ”
押し寄せる守護者達。メタルウルフは迷わずトリガーを引いた。
To be Continued in Chapter Ⅱ-Ⅵ ”
少し難産気味になってきました。メタルウルフカオスらしさって何なのかなって思いながら日々シーンを書いています。
今回はリツコの後悔とKEY達の本当の目的、そして決戦の始まりを書きました。
リツコに関しては御存知の通りリチャード・ホークの因子を有する生徒であり、マイケルはかつての苦い記憶から彼女と向き合う他ありません。
そしてKEY達がアリスの人格と身体を分離させた理由も明らかにし、最後の戦いです。
果たしてアリスは無事に元の体に戻れるのでしょうか。
メカニック名鑑
名前:アバンギャルド君Ver.Asura
分類:アバンギャルド君シリーズ
製造:ミレニアムサイエンススクール 調月リオ
調月リオが発明したロボット兵器アバンギャルド君の有人モデル。ただし自動での戦闘も可能。
6本の腕に多様な武装を装備させ、AI補助によって適切に管理させることで高い戦闘能力を発揮するように設計された。
戦術ネットワークに接続し、様々なセンサーとリンクすれば死角はなくなり無類の強さを誇るようになるが、弱点は車体に対して小さめの履帯であり障害物踏破性能でやや劣る。
なお、本機はリオがメタルウルフを見学してその要素を取り入れたものであり、アバンギャルド君シリーズとしては2号機に当たる。