METAL WOLF Archive XD   作:W.B.O

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Episode3 ”Model Student(模範的な生徒)

 翌朝、トリニティ総合学園別館、補習授業部合宿場―――

 6時の起床時間に合わせて鳴り響くモーニングコール、もとい放送によって目を覚ました5人は着替えや支度を済ませ、食堂へと集合する。

 全員が制服の中、アズサだけ体操服というのが浮いており、その一方で表情は浮かない様子だ。

 

 

「アズサちゃん、どうしたんですか?」

 

「ああ、ヒフミか……いや、昨日寝付けずにちょっと外で走ってたら転んでしまって汚れたんだ」

 

「えっ、それってマズいんじゃ……」

 

 

 そんなアズサを気にしてヒフミが声を掛けるものの、返ってきた答えに彼女は思わずぎょっとしてしまう。

 脳裏によぎるのはおっかない先輩もとい、洲根イルミの威圧的な顔。

 同時に、アズサが浮かない様子な理由はそれだと勝手に納得する。きっと、あの先輩に何かを言われるのを怖がっているのだと。

 

 

「さて、無事に全員揃っているようですね」

 

Good morning, everyone(おはよう諸君)!”

 

 

 そうしている内に、イルミと先生(マイケル)が遅れて食堂にやってくる。

 時間は朝の7時、隅に置かれたテレビでは朝のニュース番組が流れていた。

 

 

「今日は明日の試験のために勉強に重点を置く日です。試験範囲は前回の試験と同じで合格ボーダーも同じく60点となりますので、各自わからないことがあれば互いに教え合うか、私か先生に質問しなさい」

 

”ま、そういうことだ。それと今日、私の一般業務の手伝いに生徒が3名訪れるので、もしかしたら君たちの勉強に対応できない時間があるかもしれないからそこは気をつけてくれ”

 

「8:30から今日のスケジュールが始まるので、それまでは自由時間とします」

 

 

 手短に朝礼を済ませ、全員で朝食をとる。

 今日の朝食はワンプレートに纏められたトースト、ベーコン&エッグ、ソーセージ、ベイクドビーンズ、マッシュルーム、トマトといったもの。

 先生(マイケル)は随分とイギリス式(フル・ブレックファスト)だなと思いながら手を付けていると、隣りに座っているイルミが他の面子に気づかれないように彼の足を軽く小突いた。

 なにかと思って顔を向けると、彼女は顔だけでアズサを指し示して小声で話す。

 

 

「白洲アズサに関してですが、後で話したいことがあります」

 

”……”

 

 

 彼の視線の先で、アズサはトーストの上にベーコン&エッグを乗せて小さな口で頬張っていた。

 朝礼開始時は浮かない顔をしていたが、どうやらここの食事が口にあった様子でもりもりと食べるその姿は随分と可愛らしいものである。そんな彼女になにかあるのだろうか。

 ソーセージを齧りながらしばらく眺めていると、彼女は両隣にいるハナコとヒフミから声をかけられ、すっかり打ち解けて話に花を咲かせているように見えた。

 

 

「……8時にスズミを呼んでいます。詳しくは、彼女も交えて」

 

”スズミを?”

 

 

 元より今日呼ぶつもりであったスズミを態々時間を指定してまで呼び寄せるとは、イルミが何を考えているのか彼にはわからない。

 しかし、これは相当に重要なものだという予感がマイケル・ウィルソンにはあった。

 その後、2人は他の5名よりも早く食事を終えると、足早に食堂を後にする。

 残されたメンバーは各々好きなように食事を続けていたが、唯一アズサは去る二人の背中を目で追い続けていた。

 

 

******************************************************************

 

 

 宿直室に戻り、各自の勉強の補助をするための準備を整えた後、先生(マイケル)は約束の時間である8時までの僅かな時間を潰すため、生徒たちのモモトークを眺めていた。

 毎日毎日、100件を超えるトークを消化するのは一苦労であるので、こういう隙間時間を活用するのは必要なことである。

 今日もまた、朝から何人かの生徒が相談を持ちかけてきており、それに対して彼はいくらかの助言を行う。

 大体の場合、生徒の悩みというのはそれで解決できるものだ。

 それでも解決できない場合、先生(マイケル)が直接出向いて手助けをするが―――閑話休題、モモトークへの返信を行っている内に時計は8時を回ろうとしていた。

 

 

「失礼します」

 

「お待たせしました」

 

”やあ、スズミ。元気にしてたか?”

 

「はい、先生もお元気そうで」

 

 

 ほぼ時間通りに宿直室へとやってくるイルミとスズミ。

 相変わらずの()()()()()()()()を身にまとっている彼女は、礼儀正しくお辞儀をした。

 

 

”それで……話とはなんだい?”

 

「はい、白洲アズサについてになりますが……」

 

”っと、そこの椅子に座ってくれ”

 

「あっ、はい」

 

 

 早速話を始めようとするスズミに対して着座するように促し、言われたとおりにした彼女は一呼吸置いた後、ほんの僅かな躊躇いと、それを上書きする覚悟の表情を見せた後に話を続ける。

 

 

「……彼女はアリウス分校の生徒です。それも、工作員としての訓練を受けた」

 

「なるほど、ついに来るべき時が来たということですか」

 

 

 アズサの正体を語るスズミに対し、1人納得したようにしているイルミ。

 一方先生(マイケル)はといえば、アリウスという名の学園が連邦生徒会に登録されていたか思い出そうとするも、全く記憶に引っかからない。

 アリウス分校というものは、少なくともキヴォトスにおいて認知されていないのだろう。

 

 

”……すまないが、アリウスというものに対する説明を求めるぞスズミ”

 

「わかりました。では、アリウス分校について説明しましょう」

 

 

 アリウスとは何か、それを問う先生(マイケル)に対し、非常に落ち着いた様子でスズミは瞑目し、ざわつく心を落ち着かせる。

 アリウス……それはスズミにとって生まれ故郷でもあると同時に、忌むべき過去。

 決して消せぬ心の傷を覆い隠すように、彼女は平静という名の仮面を被って言葉を続けた。

 

 

「アリウス分校は、かつてトリニティへの統合を拒み迫害の末追われた学園です。それから長い年月が過ぎ、キヴォトスからも忘れられたものの……その存在は今尚残っていたのです」

 

”そういえば、以前イルミからトリニティの成り立ちについて教えてもらった時にそんな話をしていたな……”

 

「おや、覚えていましたか」

 

 

 初めてトリニティを訪れた際、道中にイルミがトリニティは()()()()()をもって各校との統合がなされたと話をしていたことを彼は思い出す。

 それがまさか、こんなところで答え合わせがなされるとは。

 

 

「少なくとも、トリニティのほとんどの人間はアリウスの存在を認識していません。はるか昔の話ですし、記録もあまり残っていないでしょう。ですが、アリウスはそうではない……あそこは、トリニティに対して熟成された恨みと憎しみを抱いています」

 

”知られざるアリウスに対してそこまでの知識があるということは、スズミ、君は……”

 

 

 知られざるアリウス。だが、それをよく知るとなれば、スズミの正体は自ずと推測できるというもの。

 先生(マイケル)が至った結論を肯定するように、彼女は頷く。

 

 

「はい、お察しの通り、私はアリウスの産まれです」

 

”あの時、イトハの口を塞いだのは……それを知られたくなかったから、か”

 

「……すみません、先生」

 

”いや、話したくなければ話さなくて良いことだ。過去のことは特にな”

 

 

 申し訳なさそうにするスズミであるが、その事情を汲んだ先生(マイケル)はそれ以上を求めることをしない。

 人間、話したくない過去の一つや二つは間違いなく持っているものだ。

 

 

”……そのうえで確認したいんだが、先程君はアリウスはトリニティへの憎しみを抱いていると言ったな。アズサは、トリニティへの敵意を持っているのか?”

 

「……それは、どうでしょうか」

 

 

 アズサについて問われるものの、スズミは言葉を濁す。

 その時の彼女の脳裏には、真夜中の邂逅の様子が思い出され―――

 

 


 

 

「生きていたのか、スズミ……!」

 

「……ッ」

 

 

 己の名を呼ぶアズサの声に、スズミは僅かに反応を示す。

 ほんの小さな表情の変化であったが、しかしアズサはそれを見逃さない。

 

 

「私だ、アズサだ……」

 

「覚えていますよ、アズサさん。忘れてなどいません」

 

 

 気を引くように知己であることをアピールするが、その努力を無視するようにスズミは冷たい声で告げ、トリガーから指を離すことはなかった。

 彼女の瞳に宿る色は、赤く燃え盛る憤怒。

 

 

「アリウスが、トリニティに何の用事ですか? アズサさん、あなたなら私の性格を知っていると思いますが、それでも私はトリニティのためなら引き金を引くことに躊躇しません」

 

「……本気なのか」

 

「はい」

 

 

 スズミの圧の強さにアズサが小さく息を呑む。

 彼女の記憶の中の守月スズミという少女は、他人に対して危害を加えることに強い忌避感を覚えるようなアリウスらしからぬ人物だった。

 その結果、彼女は命令を聞かぬと断じられて命を落とすこととなったのだが―――しかし、実際にはスズミは生きており、アリウスへの怒りに突き動かされて銃口を突きつけているのだ。

 それが信じられぬという思いがアズサの中にあった。

 

 

「……何があったんだスズミ、この3年の間に」

 

「アリウスの走狗にはわからないでしょうね。少なくとも、居場所を守りたいなんて思わないはずですから」

 

 

 向けられる銃口は1mmたりとも微動だにせず、真円のまま。

 僅かにでも不自然な動きをすれば、間違いなく次の瞬間には30発の5.56mm弾が顔面に突き刺さることだろう。

 アリウスの中でも上澄みな実力を持つアズサであったが、地面に横たわった状態から逆転する術は存在しない。その姿勢のままスズミの言葉をただ聞くことしか出来なかった。

 

 

「さて、アズサさん。何をするつもりだったのか、話してもらいますよ。トリニティに害をなすつもりならば、この場で処断しますが」

 

「……」

 

「黙秘ですか。哀れですね、あのような狂った学校に忠誠を尽くすとは」

 

 

 アズサに目的を問うが、訓練された兵士かつ工作員でもある彼女は当然ではあるが口をつむぐ。

 その様子にスズミは呆れた表情を浮かべ、地に伏すその哀れな姿を見下ろした。

 彼女にとってアリウスとは地獄であり、その地獄から追放された身からすれば、一応はトリニティに身を置きながらもアリウスのために動いているであろうアズサは理解しがたいものだ。

 

 

「忠誠を誓ったところで、あの忌むべきマダムは助けてなどくれません。大人しくすべてを話すか、アリウスに逃げ帰るのならば痛い目に遭わずに済みますよ?」

 

「………」

 

「さもなくば、身体に聞きます」

 

「拷問に耐える訓練は受けている」

 

 

 無言のままのアズサに対し、スズミが懐から抜き出したのはスタンガン。

 見せつけるようにスイッチを押せば、端子からバチバチと放電して恐怖を煽る。

 しかし、アズサもまた表情を変えることはなく、受けて立つといった様子。

 

 

「……Vanitas vanitatum et omnia vanitas.」

 

「全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ……か、その教えは忘れていなかったんだな」

 

「ならば、抵抗することの無意味さもわかるはずです!」

 

 

 アズサの抵抗を折るために、あえてアリウスの教義を唱えるスズミ。

 だが、意外にも彼女はそれに堪える様子もなく、意思の光がこもった瞳で見つめ返す。

 それは、アリウスの教義に染まっていればありえないものであった。

 アリウスの生徒は殆どが濁った目をしており、そこには意思は宿らずマダムの操り人形みたいなものばかりだったというのに、あれから3年経っても尚アズサは光を宿したままだというのか。

 そんな彼女の態度に、スズミは段々と苛立ちを募らせていく。

 

 

「……確かに全ては虚しいものかも知れない。だけど、それは全てを諦める理由にはならない」

 

「!!」

 

 

 そんな中、不意にアズサが発した一言によってスズミは動揺する。

 同時に突きつけられた銃口が逸れたのをアズサは見逃さない。

 姿勢を変え、銃身を掴んで一方的な状況から脱した彼女は逃げるわけでもなく、まっすぐにスズミの瞳を射抜くように見つめ続けた。

 

 

「……話を聞いてくれ、スズミ。これはトリニティとアリウス、両者の未来に関わることなんだ」

 

「都合のいいことを……!」

 

「なんとでも言ってくれて構わない。だから、頼む……」

 

 

 掴んだ銃身をあえて自分の顔面へと向けて密着させ、懇願する。

 白洲アズサという人物を良く知っていたスズミは、それが彼女の本気であるということを理解した。

 先程の言葉といい、彼女はアリウス分校の、マダムの意のままに動く存在ではないと。

 

 

「………」

 

「すべてが終わったら私を好きにして構わない。どのようなものであれ、受け入れよう」

 

「……わかりました。そういう所、本当に昔から変わっていませんね、アズサさん」

 

 

 だからスズミは、彼女をアリウスの生徒ではなく白洲アズサという一個人として見るという決断を下した。

 それを示すように大きく息を吐いた後、トリガーから指を離し、スタンガンを仕舞い込む。

 

 

「話は聞きましょう。ですが、事と次第によっては先輩に話を通させてもらいますよ」

 

「……それで構わない」

 

 

 アズサにもスズミの両者にとって、もはや他の選択肢は存在しない。

 互いの目的を果たすためにも、彼女達はわだかまりをあえて無視することとした。

 少なくともそれが最善の方法だと信じて―――

 

 


 

 

「……多分ですが、彼女は違うと思います。他のアリウスの生徒はどうなのかはわかりませんが」

 

”そうか、それは……安心した”

 

 

 しばらく考え込んだ後に答えるスズミの言葉に、先生(マイケル)はほっとした様子を見せる。

 憎しみに凝り固まっているような人物が補習授業部にいたとなれば、そのケアにかなりの労力を割かねばならなかったであろう。それが必要無くなるというだけで安心度が全く違うのだ。

 だが、同時にアリウスのスパイという新たな問題を抱えることとなるのが唯一心配と言えた。

 

 

「ところで、この場合白洲アズサはどういう扱いになるんですか?」

 

”果たしてアズサが妨害者と言えるかどうかはわからないが、アリウスが何かを企んでいるのは事実というのは面倒なことだ。アリウスの狙いがわからないことには何とも言えないというのはそうなんだが、だからといって無視できるものでもない”

 

「アズサさんは転校生ということでしたよね、つまり誰かが手続きをしてトリニティに入ってきたと言うことになりますが……」

 

「それは単純なことで、ティーパーティーの中に内通者が居るという話になります。嗚呼、なんと嘆かわしい事でしょうか、この期に及んで裏切り者とは」

 

 

 話はナギサの元々の依頼へと移り、エデン条約の妨害者は誰かと話し合う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()という結論であれば残るメンバーに容疑が向くことになるが、あくまでアズサは個人として妨害するつもりがないだけで、アリウスに妨害の意図があれば彼女を軸に見るべきだろう。

 そうすると、真に探すべきはただの工作員であるアズサではなく、彼女をトリニティの中に引き込んだティーパーティーのメンバー、それこそがエデン条約の妨害者のはずだ。

 その結論にたどり着けたのならば、残る問題はそれをどう探すかになる。

 

 

「裏切り者のティーパーティーを探すのは……補習授業部を運営しているとなれば難しいでしょうね。となれば、白洲アズサをあえて泳がせるのは一つの手になります」

 

”あちらから行動を起こさせるのか”

 

「ええ、向こうが痺れを切らせて接触するのを待ちます。我々(トリニティ)を出し抜こうとする愚か者には教育が必要ですからね、そのためにも……まずは補習授業部に集中するべきでしょう」

 

「私は……えーっと、当初の目的の通りに蒼森ミネ団長を探せばよいのですか?」

 

”ああ、そうだ……っと、もうこんな時間か”

 

 

 今後の方針が決まり、時計を見ればもう予定の時間である8時30分まで猶予はない。

 補習授業部の今日のスケジュールが始まるので、まずは一旦話を区切って先生(マイケル)とイルミは立ち上がる。

 

 

”それじゃあスズミ、9時にセリナとシミコが来るはずだから、その時は対応よろしく”

 

「あっ、はい、わかりました」

 

 

 そして2人は宿直室から足早に出ていく

 1人残されたスズミはぼんやりとしながら、小さな声で呟いた。

 

 

「……なぜ、アズサさんはアリウスであることを続けてるのでしょうか」

 

 

 あの時聞けなかった疑問は、咎めるものも答えるものも居ないまま、ただ虚空へと消えるのみ。

 1人では出口にたどり着けぬ迷宮に囚われた彼女の心は、モヤモヤとしたものを自覚したまま思考の海へと沈んでいった。

 

 

******************************************************************

 

 

「……イトハ、退屈なのは分かりますがもう少し真面目にやってもらえませんか。下級生に示しがつかないでしょう!?」

 

「そうは言うがな、分かりきってるものを一々復習するのはつまらないだろう」

 

 

 補習授業部の教室において、ぎゃあぎゃあと言い合う3年生2人。

 その姿はとてもではないが、下級生の手本となるべき姿ではないだろう。

 原因はまあ、相変わらずやる気のないイトハの態度にイルミがキレて突っかかっているという分かりやすいものだ。

 あまりにも分かりやすいため、下級生たちは皆苦笑いを浮かべて自身の勉学に務めるようにしていたが、そんな中1人深刻そうな顔をしているのが居た。唯一の1年生下江コハルである。

 

 

「う、うぅぅ」

 

 

 教科書を読んでもわからない。問題集を広げてもわからない。

 唸ってばかり居るコハルちゃん、そんな状態である彼女であったが、昨日ムキになってしまったために先輩たちに助けを求める事もできず、最早完全に詰んでいる。

 臆病な自尊心と尊大な羞恥心を捨て去らねば彼女の成長は望めないだろうが、本人がそれを自覚しないことにはどうにもならないものだろう。

 虎になる前に自身を省みることができるかどうか、それは明日のテスト次第と言ったところだろうか。

 

 

「………」

 

 

 そしてもう1人、浮かない表情を浮かべるのはアズサだ。

 ヒフミとハナコはそれを勉強範囲がわからないが故のものだと思っているが、実際はそうではない。

 いや、勉強範囲がわからないというのは本当なのだが、彼女が気にしているのは当然のことながらスズミのことであった。

 3年前、彼女が()()()()()あの日まで、()()()()()()()()まるで家族のように親しくしていた仲だと言うのに、いざそうなった時に何も出来なかった負い目が彼女の心を曇らせる。

 それ故に、勉強にも身が入らない。

 

 

「……サちゃん、アズサちゃん、聞いてますか?」

 

「あっ……ヒフミ」

 

「急にぼんやりして、どうしちゃったんですか?」

 

「いや……何でも無い。少し考え事をしていただけ」

 

 

 心ここにあらずと言った様子のアズサに対し、心底心配した様子で顔を覗き込むヒフミ。

 なんでもないとは言うものの、明らかにその態度は不審極まりない。

 とはいえ、悩み事は勉強のことではなさそうというのはわかったものの、それ故にどう踏み込むべきか判断がつかないとして、彼女はとりあえずアズサに勉強を教える事に集中することとした。

 

 

「これ、この文章は何かわかるか、ヒフミ」

 

「これは……あぅ、ちょっと古文は苦手です。ハナコちゃん、ハナコちゃん、少し手を貸してください」

 

「はい♡ あぁ、これは古い叙事詩の冒頭ですね。この入りは確か―――」

 

「『怒りを歌え、神性よ』だな、定番中の定番だ」

 

「うひゃっ!? い、イトハ先輩!?」

 

 

 アズサに二人がかりで古文の勉強を教えていると、突然割り込んできた補習授業部唯一の3年生の声にヒフミは上ずった声を上げる。ハナコは悲鳴こそ上げなかったものの、驚いてはいるようで目の開きが大きい。

 そんな2人の様子に、彼女はちらりと監督生であるイルミを見た後、肩を竦めながらも言葉を続けた。

 

 

「暇なら教えろとあいつに言われてな、まあそういうわけだからよろしく頼むよ」

 

「あっ、はい。じゃあ……先輩はアズサちゃんのことをお願いできますか? 私達、コハルちゃんを見ようと思いますので」

 

 

 コハルへと視線を向けながらヒフミが言えば、イトハはノータイムで頷く。

 昨日のことを思えば、その提案は理にかなっていると思えたからだ。

 

 

「ああ、全然構わない。下江には昨日嫌われてしまったし、そっちのほうがマシだろう」

 

「それではハナコちゃん、コハルちゃんのところに行きましょう。先輩、アズサちゃんのことをよろしくお願いしますね」

 

 

 そしてヒフミとハナコがアズサから離れ、1on1の状況になってしばらく。

 思ったよりもアズサの飲み込みが早い事を面白がったイトハは、一般的に思われるよりもずっと教える事に関しては真摯に取り組んでいた。

 興味をそそられたことには全力で挑む。それが風路イトハという人物だ。

 何時もは戦うことのみにその興味は向けられているが、それが他の方向に向けられれば大体そつなくこなせるのでたちが悪い。

 日常においてそんな感じなのだから、統制できない不穏要素と見られるのも無理はないだろう。

 

 

「意外だ……先輩はこういうのに興味はなさそうだったのに」

 

「何でも出来るとな、それはそれでつまらないんだよ。その点戦うのは良いぞ、私より上の連中がまだまだこのキヴォトスには居るんだ。これほど心躍るものはないだろう?」

 

「……そうなのか」

 

「ふーむ、まだお前にはわからないか、この領域(レベル)の話は。っと、ここは良くテストに出る場所だぞ、丸暗記しておけ」

 

「わかった」

 

 

 首を傾げるアズサに対し、ニンマリとしながらも教えるイトハのやり方は、端的に言えば効率性を重要視した完全にテスト対策のための勉強である。

 テストは明日なのだから、今更基礎からじっくり理解しろなどという時間はないのでこのやり方も間違いではない。そしてコハルと違って頭の回転そのものは早いアズサは、理解が及ぶ部分はあっという間に吸収していく。

 

 

「なるほど、お前は優秀だな。アリウスの工作員に選ばれるだけのことはあるか」

 

「………!?」

 

 

 あまりにも自然に言及するために気づくのが遅れたが、自身の正体が漏れているという事実に一瞬アズサの目が見開かれる。

 ヒフミ達に気づかれていないかと慌てて振り向いてみれば、ハナコがコハルを「エッチなのは駄目、死刑!」と喚かせており、二人の会話に気づいた様子はない。

 それを見たイトハは口角を上げ、他の3名に聞かれぬように声を潜めた。

 

 

「イルミから聞いたんだよ、元はスズミからだがね。ま、心配するな、その事を誰かに言うつもりはない。お前と戦うのも面白そうだからな」

 

「……先輩はそれでいいのか」

 

「言っただろ、私は戦うのが好きなんだ。アリウスがちょっかいを出してくるのならば、それはそれで面白いことになりそうじゃないか?」

 

(大丈夫なのか、この人は)

 

 

 スズミからの伝手で聞いているということは、恐らく彼女の仲間なのだろう。

 しかしあまりにもフリーダム過ぎるイトハの態度に、アズサはただただ困惑するばかり。

 

 

「ああ、そうそう。一応イルミからの伝言があるが、お前のことを泳がせるそうだ。ティーパーティーにいる内通者を釣り出すんだったか?」

 

「それは……私に言って良いのか? その、私はアリウスの―――」

 

「お前はそのアリウスの命令に反しているんだろう? お前のことをスズミが信じると言ったのだから、まあ私も先輩として信じてやろうっていうところだ。さて、おしゃべりはここまでにして、テスト勉強の続きをするぞ白洲」

 

 

 アズサの困惑を他所に、言いたいことだけ言い切ったイトハは教科書のページをめくる。

 果たしてどういう意図があったのかを問いたいところではあったものの、テストという差し迫った問題のことを考えれば彼女の言う通りにする他なかった。

 そのままイトハの詰め込み教育を受けたアズサは―――ほんのちょっとだけ、良い点が取れそうな気がしたという。

 

 

******************************************************************

 

 

 アズサがイトハから詰め込み教育を受けている頃、丁度呼び出していた生徒が来る時間を過ぎていたため先生(マイケル)は教室を離れ、宿直室へと戻っていた。

 誰も居ない廊下にカツカツと足音を響かせながら扉の前に立ち、そのまま戸を開ければスズミがセリナとシミコを自前の水筒に入れていたお茶でもてなしていた。だが、入室と同時に3人の視線が先生(マイケル)へと向けられる。

 軽く服装の乱れを直し、咳払いを一つ。大仰な身振りで歓迎の意を示しながら彼は口を開いた。

 

 

”セリナもシミコも数日ぶりだな、補習授業部へようこそ”

 

「はい、おはようございます先生。それで―――」

 

「私達に頼みたいこととは、何なのでしょう?」

 

 

 頼み事があると言われて呼びされたセリナとシミコであったが、補習授業部の顧問をしている彼の姿に首を傾げる。一体全体どんな用件で呼び出されたというのか。

 そんな2人に対し、既に事情を聞いているスズミは落ち着いた様子でお茶を一口、彼が話すのを静かに待つ。

 

 

”まず最初に言っておくが、これは非常に重要かつ機密に属する話だ。この場にいるメンバーと、私が後に指示する対象以外には決して口外しないように”

 

「は、はい」

 

「わかりました」

 

 

 まさか口止めされるような案件とは思っていなかったセリナは緊張気味に、一方シミコは興味津々と言った様子で彼の話を聞く。

 

 

”……では、君たち3人に頼むのは、救護騎士団団長蒼森ミネの捜索になる。長期にわたり消息を絶っている彼女の所在地を、諸事情により昨今明らかにする必要に迫られた。これはティーパーティーホスト、桐藤ナギサからの依頼だ”

 

「えっ……ミネ団長が!? ほ、本当ですか先生!」

 

”ああ、本当だ。そのために君たちの力が必要になった”

 

 

 ミネ団長の捜索という以前よりシャーレに依頼していた案件が、ついにティーパーティーホストを動かすことになったということに、セリナは驚きを隠せない。

 同時に、自分が呼び出された理由も納得がいくというもの。救護騎士団で団長捜索に積極的なのは彼女しか居ないのだ。*1

 

 

”そういうことで、セリナは救護騎士団の内側からミネの足跡を辿って欲しい。金にしろ物資にしろ、急に人が隠れるのならば相応の痕跡が残るものだ”

 

「わかりました、セリナにお任せください!」

 

「それで、私は何をすれば良いのですか?」

 

”シミコには、旧ヨハネ救護学校に関して調べて欲しい。推測レベルでしかないが、私はミネが救護騎士団の隠されたセーフハウスに潜んでいる可能性が高いと見ている。救護騎士団で発見できていないということは余程機密性の高いものだろうということでな、場所を探るために旧自治区のエリアを把握しておきたいんだ”

 

「なるほど、それでしたら確かに図書委員会の仕事ですね」

 

”そしてスズミは自警団としてトリニティ自治区の地理に詳しいということで、人気のない所をピックアップして纏めて欲しい”

 

「わかりました、自警団活動の一環ですね」

 

 

 各々に指示を出せば、あとは理解が及ぶのは早いもの。

 補習授業部の面々と違って模範的な生徒である彼女たちは、直ちに自分が何をすべきなのかを把握し、どう動けば良いのかを組み立てていく。

 

 

”できる限り私も手助けするが、補習授業部の顧問も兼ねているから全部を見ることは出来ない。わからないことがあったら、モモトークの方に連絡を入れてくれれば個別に対応しよう。それと、一応期限を1週間とさせてもらおうか、この案件はあまり長引かせられないんだ”

 

「はい! では、私は早速救護騎士団の口座と在庫のチェックをしてきます!」

 

 

 話が終わったと見るや、途端に動き出すセリナ。

 ついにミネの捜索が本格的に行われるということにテンションが上がった様子で宿直室から足早に出ていくと、その後を追うべくシミコが立ち上がろうとするが、それに先生(マイケル)は待ったをかける。

 

 

”ああ、シミコにはもう一つ頼みたいことがあるんだ”

 

「えっ……何でしょうか?」

 

”古いトリニティの歴史を探るついでにな、もう一つ調べて欲しい学校があるんだ。名前はアリウス分校……かつてトリニティとの統合を拒絶し、歴史の中に埋もれた学校だ”

 

「アリウス……」

 

 

 アリウスの名を出され、シミコは目を細める。

 トリニティの一般、及び古書の蔵書を全て読破するという、1年生でありながらそのような快挙を成し遂げた彼女には確かにその名に覚えがあった。

 しかし、それを記した本はほとんどが禁書庫にあり、図書委員会でもティーパーティーからの許可が無ければ閲覧するのは難しいだろう。つまり、それはトリニティの暗部。

 それでもある程度を知ることが出来たのは、禁書庫そのものは図書委員会が管理しているからである。トリニティの本に関わるもので図書委員会が関与しないものは存在しないからだ。

 

 

「わかりました、調べてみますが……保証はできません。それだけははっきりとさせておきます」

 

”それで構わない。では、任せたよシミコ”

 

「はい、お任せください」

 

 

 ヨハネとアリウス、2つの過去を調べろという難易度の高いミッションを任された彼女であったが、それは逆に言えば頼りにされているということでもある。

 こういう秘密的ミッションをこなすには、能力よりも信用が第一だろう。円堂シミコは能力もあり、かつ信用が置ける生徒だということだ。

 その点でいうと、補習授業部の生徒たちは例え能力が十分であったとしても、今の状況では先生(マイケル)から見て信用が置けないところがある。

 シミコは一礼した後に宿直室から出ていき、残されたスズミもまた立ち上がった。

 

 

「それでは、私も」

 

”ああ、十分気をつけてくれ。どうにも何かが起きる気がしてならないんだ”

 

「はい、自警団の皆さんにも気をつけるようには伝えておきます」

 

 

 そう言い残してスズミも去り、誰も居なくなった部屋に1人残った彼は考え込む。

 エデン条約、アリウス、ティーパーティーの裏切り者、どれ一つ見逃しても命取りとなりそうな状況にため息をつきそうになるが、まだ致命的な事態には至っていないのは幸いというべきか。

 

 

”敵が明確であれば良いものを”

 

 

 見えざる脅威というものは、はっきりといって厄介なものだ。

 一国の元首として身に沁みているのだが、悪意をもって狙われているというのに当事者意識が薄い状況では効果的な対処がしづらいというのが大きい。かといって、放置すれば確実に後に問題となるのは明らかであり、その時に発生する損害のことを考えると頭が痛くなるというもの。

 彼の治世、あるいはその以前からアメリカは国際テロ組織や敵性国家、流入する違法薬物など様々な問題に悩まされていたが、それを先手を打って潰すというのは国連憲章に違反するために迂闊に出来るものではなかった。

 それでも莫大な予算を投入して可能な限り対策を講じていたが、予防的措置には限界が存在するので目に見えた改善というのは難しく、それ故にかつてのクーデター事件において、クーデター軍は自身の正当性を主張するために「マイケル・ウィルソンはテロリストと通じて利益を貪っていた」などと主張したものだ。

 銀の弾丸*2などありはしないのだが、民衆というのは早急に結果を出すのを求めてくるので、腰を据えてじっくり時間をかけ続けるという政策とは相性が悪い。

 

 

”エデン条約調印まで3週間と数日か……”

 

 

 そして、現実問題として残された時間は決して多くはない。それまでに問題をある程度は解決しなければ、ナギサとの約束を守れないことになるだろう。

 だが彼は大人として、子供との約束を違えるつもりはなかった。

 

 

”何処かのタイミングで接触してくれれば良いんだが”

 

 

 確信はあった。ティーパーティーの裏切り者は必ずや何処かで動くはずだと。

 アズサの転入書類が抜け穴だらけということは、恐らく目標は事務仕事が苦手なタイプであろうと彼は見込んでいた。丁寧な仕事が出来るタイプではないのならば、結果を求めて逸る感覚系の人間だろうと予想したのだ。

 そして、そんな書類を通すことが出来るということは、相応の権力を持つ立場でなければ不可能だろう。次官レベルを飛び越えられるほどの役職と言えば、例えば―――そう、生徒会長。

 ナギサを除いてそのような人物など、ティーパーティーには1人しか居ない。

 

 

(”……聖園ミカ”)

 

 

 彼の脳裏に浮かぶのは、ナギサの横に居た少女の顔。

 もしも彼女がそうなのならば、トリニティは最悪の事態(クーデター)を迎えることになるだろう。

 しかし、これはあくまでまだ可能性のレベルの話に過ぎない。そうであってほしくはないと思いながらも、彼は備えるべきだと考えるが―――

 

 

”……とりあえず明日のテストを終わらせないとな”

 

 

 何であれ、明日に迫る第一回特別学力試験というイベントが現状では最優先だった。

 

 

To be Continued in Episode4 ”Nagisa & Mika(ナギサとミカ)

*1
他のメンバーは学業と救護騎士団の活動で忙しいか、ミネ団長なら仕方ないと諦めている

*2
あらゆる難問を一撃で解決できる秘策という比喩




 アリウス分校出身という身であるが故にアリウスに対して激しい怒りを覚えるスズミ。
 それによってアズサがアリウス出身だということがマイケル達にバレたことで、一気にトリニティの裏切り者の正体に近づいてしまいました。
 とはいえ、現段階では証拠もない上にバカ正直に申告したところで認めてもらえる要素が一切ないので様子見です。

 そしてミネの捜索ですが、こちらはスズミ、セリナ、シミコという星1生徒トリオが動きます。
 シャーレ所属の彼女たちは何度かの当番を経てマイケルから信用を勝ち取っており、まさに模範的な生徒としてあまり動けない彼の手足として働いてくれるでしょう。
 特にシミコ、ヘヴィキャリバーで判明した超スペックがあるので頼りになりますね。

 最後に、これが今年最後の投稿になります。皆様、良いお年を。 
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