METAL WOLF Archive XD   作:W.B.O

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あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。


Episode4 ”Nagisa & Mika(ナギサとミカ)

 翌日、トリニティ総合学園別館、補習授業部教室にて―――

 

 

「それでは試験を始めます。時間は50分、休憩時間10分、科目数は5、試験の完全終了は午後1時50分を予定していますが、質問は? ……ありませんね、では開始」

 

 

 ついに始まる第一回特別学力試験、補習授業部の5人は監督生イルミの号令を合図に一斉にペンを取る。文字を書く音だけが教室を支配する中、シャーレの先生たるマイケル・ウィルソンは部屋の片隅でタブレット(シッテムの箱)を用いて日常業務をこなしていた。

 シャーレの業務はこういう時間でも並行してこなさなければならない。さもなくばあっというまに積み上がって山となるのだから、下手に休めないのだ。

 もっとも、彼の能力があるからこそ回りきっているところもあるだろうか。もし書類仕事が苦手なタイプの人種がこの職についていたら、恐らくは殺人的なスケジュールを回さねば到底処理できないだろう。

 

 

(”とりあえず今のところは3人からの連絡は無し、と。まあ、1日程度でなにか分かれば苦労はしないが……”)

 

 

 時折チラチラと補習授業部の生徒たちの様子を確認しながミネ捜索隊の3人からの連絡を待つが、ローマは一日にして成らずという言葉があるように大きな事はすぐには出来はしない。

 そんな当たり前の事実をつい無視してしまったことに気付いた彼は、声を出さずに苦笑いした。

 

 

(”アズサのことが1日で分かったからって、直ぐに結果を求めるのは高望みしすぎだ”)

 

 

 彼女たちは優秀な生徒だ、それは彼自身良く分かっている。

 だからこそ、結局のところは待つしか無い。それ以外の道など最初から存在しないのだ。

 

 

(”……コハル、もうペンが止まってるな”)

 

 

 ならば、今やれることをやるだけだと彼は考える。

 既にエデン条約の妨害容疑者、その収容先としての補習授業部の存在意義は消滅しており、素行不良学業不振の生徒の救済措置としてしか機能してない。

 ならば、その通りに補習授業部を正しく運営するのが自分の役目だろう。

 

 

(”どう接するかは、このテストの結果を見てから考えるか”)

 

 

 少なくとも今回のテストにおいてコハルとアズサは間違いなく不合格になるだろうが、ハナコがどういう態度を取るのかがわからないというのが補習授業部の不安要素といえた。

 ナギサが出した資料及び彼女の証言では、彼女は1年生の時はトリニティでも屈指の天才と称されたというのに、2年になってからはぶっちぎりの最低点をマークし、かつ野外露出に励むという奇行に走っているという。

 実際、それほどの天才が急激におバカになるというのは余程の事が無ければまずありえない話で、何かを企んでいるのではないかというナギサの不安はある意味では正しいだろう。しかし、短い間ではあるが彼女と接してわかるのは、浦和ハナコという少女に一切の野心も悪意も存在しないということだ。

 何かを企んでいるにしては目立ちすぎ、事を起こすにしては人を遠ざける行いばかりというのは、はっきり言えば野心や悪意とは正反対のものだ。恐らくだが、彼女は意図してそうしている。

 

 

(”カウンセリングをしろと? まったく、私はカウンセラーじゃないんだがな”)

 

 

 テストが終われば、その結果如何では個別指導ということも十分有り得る話だ。

 その時にハナコとどう向き合うべきか、マイケル・ウィルソンは暫くの間悩み続けることとなった。

 

 

******************************************************************

 

 

”えー、それではテストの採点が終わったので結果を発表する。本当は個別に教えるところだが、本部活の性質上全体公開となることをまず謝罪しておく”

 

「えーっと……どういうことですか?」

 

「先生としては、テストの点数を皆に晒しちゃうのは本意ではないってことですね」

 

 

 午後4時を過ぎた頃、採点を終えた先生(マイケル)は皆を教室へと集めてその結果を公表しようとするが、その前置きにヒフミが首を傾げた。

 テストの結果は連帯責任が基本である補習授業部において、誰が点数が良くて誰が良くないかと公表するのはヘイトが向く可能性があるため*1彼は本当は公表したくはなかったのだ。だが、勉強も互助である補習授業部においては出来る出来ないを明確にしなければならないので、ハナコが補足したように不本意ながらも彼は発表する。

 

 

”合格者は2名、風路イトハと阿慈谷ヒフミ。全員の点数は―――”

 

 

風路イトハ―――平均点数95点 合格

 

阿慈谷ヒフミ―――平均点数72点 合格

 

浦和ハナコ―――全科目2点 不合格

 

白洲アズサ―――平均点数40点 不合格

 

下江コハル―――平均点数13点 不合格

 

 

”―――以上、残念ながら3名が不合格だ。したがって、1週間後に第2回特別学力試験を実施する。現状においては試験範囲及び合格ラインは変わらずだが、暫定的なものと考えて欲しい”

 

 

 努めて冷静に告げる先生(マイケル)であったが、その一方で衝撃を受ける人物もいる。

 

 

「は、ハナコちゃん!? 全科目2点ってなんですか!? 何をしたらそんな点数がとれるんですか! あ、あれだけ勉強が出来てる感じがしたのに……」

 

「たしかに私、そういう雰囲気があるみたいですが……成績とは別物ですから」

 

 

 ヒフミはあれだけ勉強が出来る様子を見せたハナコの点数の低さに正気を失った様子で、このまま掴みかかるような勢いで喚き立てる。対するハナコはニコニコしているが、その表情はまるで仮面のように不自然に張り付いたような感じを見せていた。

 

 

「あ、あぁ……あ……」

 

「あっ、ヒフミ!」

 

 

 お先真っ暗な未来に絶望したのか、ヒフミが卒倒すると同時に即座にアズサが席を立って駆け寄る。傍目で見てもわかるくらいに適切な応急対応をするが、ヒフミは目を覚ますこと無くアズサは頭を振った。死んだ扱いみたいだが、無論気絶しているだけである。

 その様子にイルミは肩を竦めて呆れ顔を浮かべ、イトハは完全に他人事と言った様子でぼんやりと眺め、コハルはといえばどう動けば良いのかわからず身動きが取れないようだ。

 そんな中、原因であるハナコはこの反応は予想外といった様子で困惑しており、どうやら彼女は自分の言動が他人に与える影響に関していささか考えが及ばないらしい。

 

 

”はぁ……やれやれ。アズサ、ヒフミをとりあえずベッドに寝かせておいてやってくれ。イルミ、あとは任せる”

 

「わかりました先生、では答案用紙を返却します。各自、何処が駄目だったのかを把握し次の試験に繋げなさい」

 

 

 場をイルミに任せて教室を出た後、先生(マイケル)がシッテムの箱を開けば新着メッセージのログが一つ。

 


 

―――夜、ティーパーティーのテラスでお待ちしています。

 


 

 ナギサからの招待状に、彼は渋い顔を浮かべた。

 

 

******************************************************************

 

 

 夜のティーパーティーのテラスはトリニティの夜景が美しく、まるで夜空に煌めく星々が目の前にあるかのような感覚に襲われる。

 その華麗さは恐らく地球では見ることが出来ぬものであり、文化的に近しいであろうイギリスとは違って気候的には安定しているトリニティ自治区ならではの光景だろう。(まばゆ)さでいえばミレニアム自治区のほうが上だが、あちらとは比較するべきジャンルが違う。

 

 

「お待ちしておりました、先生」

 

”すまないね、今日の試験の結果から個別のカリキュラムを組んでたら少し遅くなった”

 

「いえ、補習授業部の運営も先生にお任せしていますし、急に予定を割り込ませたという自覚もありますからお気になさらず」

 

 

 長机の向こうでチェス盤に並べられた駒を1人で弄り倒しているナギサは、僅かに時間に遅れてやってきた先生(マイケル)へ微笑みかけた。

 彼女はこの件で最初に会ったときと比べていくらか穏やかな様子であり、彼にエデン条約の件を任せたことでかなりストレスが軽減されたというのが見て取れる。命を狙われ、孤独に震えることがなくなったということが彼女にとってどれだけの救いとなったか。

 

 

「……開始早々この様な事を聞くのは申し訳ないという思いがありますが、補習授業部の方はどうでしょうか? 第一回の試験は良くなかったと聞いています」

 

”まあ、半分以上が不合格だ。素で勉強できないのが2名、1名は……明らかに手を抜いている”

 

「それは……ハナコさん、ですね」

 

 

 補習授業部の進捗を遠慮がちに聞くナギサに対し、特に隠すことは無いので先生(マイケル)はぶっちゃける。その情報の中、明らかにテストで手抜きをする浦和ハナコという人物に対し、彼女は不安げな表情を見せた。

 トリニティきっての天才、やろうと思えば権謀術数などお手の物であるはずの存在は、ナギサにとって恐怖を抱くには十分だろう。恐怖とは、()()()()()からこそ生じる感情なのだ。

 

 

”心配になる気持ちはわかるが……ナギサ、私から見ればハナコは()()()()つもりは無いと思う。あの子は……そうだな、野心や悪意はないとは断言できる”

 

「どうしてそのように判断をできるのですか? 他人の心の内など、本人以外理解できるはずがないのに……」

 

 

 ハナコを擁護するような物言いをする先生(マイケル)に対し、ナギサは不満そうな様子を見せる。姿なき暗殺者に怯え、不信状態に陥っていた彼女はそう簡単には他人を信用することはできない。彼のような強烈なカリスマで説き伏せるようなレベルでなければ、説得は難しいだろう。

 

 

”それはな、()だ。おっと、ただの勘とバカにしてもらっては困るな、君たちの倍以上長く生きていると、そういう嗅覚というのは大事になるんだよ”

 

「はぁ……」

 

”大人としての、為政者のためのインストラクションだナギサ。疑うだけでは前進することもままならないというわけだが……ふむ、納得はしていないようだな”

 

「……当たり前です」

 

 

 そんなナギサに大人として、政治家の先輩としてアドバイスを送るものの、彼女は明らかに納得していないという表情を見せる。

 だが、それも当然のものだと受け入れながら彼はインストラクションを続けた。

 

 

”権力者になると、その権力目当てに擦り寄る輩も多いだろう? 君とて、ホストとしてトリニティのトップに君臨するならば覚えがないとは言えないはずだ。そういう時、どういう人間を身内に引き込むのか……そういうのをきちんと自分で判断できるようにならなければ、政権の維持というのは難しいんだよ”

 

「それは……体験談でしょうか? やたら生々しいんですが」

 

”ふふっ、言っただろう? 君たちの2倍は先の人生を歩んでいるんだ、そんな経験の一つや二つあったとしても別に不思議ではないはずだ”

 

「………」

 

”信じて裏切られることもあった、命を狙われたこともな。だが私はそれでも信じるべき仲間と共に苦難を乗り越え、ここに居る。ナギサ、君にとって信じられる仲間、友人は誰だ?”

 

「それは……」

 

 

 信じられる仲間、友人。それを問われた彼女は言葉に詰まる。そういうのを正面から問われることは初めてであり、返す言葉が出てこない。ティーパーティーのフィリウス分派は仲間というより部下であり、次官である洲根イルミは元々対立関係で、とてもではないが信じられる仲間とは言い難い。

 友人だと思っていたセイアは死亡ないし所在不明、ミカは幼馴染だがこういう厄介事には巻き込みたくないし、ヒフミに対しては申し訳ないが今でも疑念が先に出てしまうため()()()()()友人の枠には入れることが出来ない事実にナギサは愕然とする。

 あれ、私、もしかして友達が少ない? 予想もしない方向から刺されたことで彼女のハートはいくらか傷つき、美しい顔が微かに引きつるものの、なんとか平静さを装った。

 

 

”……まあ、少なくとも私を信じて任せてくれてるのは大変助かるよ、ナギサ。おかげで幾らか進展はあったとは言っておく”

 

「本当ですか!? こんな短時間で……流石は先生、といったところでしょうか」

 

 

 そんなナギサの傷心をある程度察知した先生(マイケル)は話題を変え、エデン条約の妨害者の捜索に関しての進捗を伝えると、先程までと違い彼女は喜色を滲ませる。自分の命がかかっていることだけに、進展があるのは喜ばしいことなのだろう。

 

 

”ミネ捜索についても特別チームを編成し、調査させている。そちらはまだ報告が上がっていないが、まあ……待てば海路の日和あり(Everything comes to those who wait.)ということで、もうしばらく待っていてくれ”

 

「そう言えば先生、そのことについてですが……」

 

”huh?”

 

 

 続けてミネ捜索についても進捗を話す先生(マイケル)に対し、ナギサは待ったをかけた。彼女の耳に気になる情報が入っていたのだ。

 

 

「図書委員会の円堂シミコさんもミネ団長の捜索メンバーなのですよね? 彼女からその……禁書庫の閲覧申請が届きまして、先生は彼女に何をさせているのですか?」

 

”それか……”

 

 

 どうやらシミコは誤魔化す事なく正面から調べているのだろう。彼女の生真面目さを実感しながら、彼はどう誤魔化すべきかを考える。

 今、下手にアリウスのことを他に漏らすのはアズサの身の危険に繋がり、それはティーパーティーの裏切り者を探る機会の喪失につながるので下手なことは言えない。最悪スズミの身にすら危険が及ぶ可能性だってあるのだ。つまり、なんとかして納得してもらう他ない。

 

 

”必要な事、と言っても納得はしないだろうな。過去、統合前のトリニティ自治区の情報が必要になり、シミコにそれを調べるように私が指示を出した”

 

「過去、ですか……禁書庫に収められているようなものを調べるのが、本当に必要だと?」

 

”……少なくとも、私が得られた情報ではY()E()S()だ。ただ、これ以上は捜査に支障が出る可能性があるからナギサにも言えないな、情報提供者の安全のためにも”

 

 

 疑いの目を向けるナギサであったが、言えないものは言えない以上そうやって押し通るしかない。そのまま互いに緊張した様子で睨み合いとなるものの、しばらくした後に彼女は小さく息を吐いて瞑目する。

 

 

「そうまで仰るのなら、今回は目を瞑りましょう。ですが、あまりにもこちらの依頼内容から逸脱するのであれば相応の手を打ちます。では先生、明日以降もよろしくお願いしますね」

 

”ああ、吉報を期待してくれ”

 

 

 結果に対して期待はしつつも、その過程には釘を刺す。信じながらも、何処か信じ切らない。そんな奇妙な会談は終わりを告げ、彼は席を立った。

 そのままテラスを出ようと扉に手をかけたところで、ふと立ち止まって彼は振り向く。既に予想している真犯人(ミカ)に対する決定的な証拠が出た場合、彼女はその事実に耐えられるのかと問わねばならない。

 

 

”たとえ結末が君にとって信じられぬものであったとしても、事実をきちんと受け止める事が大切だ。そうでなければ、君は永遠に疑心暗鬼の中に囚われることになる”

 

「……ご忠告、痛み入ります」

 

 

 その会話が、ナギサと先生(マイケル)が本日交わす最後の言葉となった。

 

 

******************************************************************

 

 

「それで、桐藤ナギサは進捗を聞いてきたと」

 

”ああ、しかもアリウスについて探っていることに感づいているようでな、誤魔化したが……多分今以上の深入りは危険だろう。とはいえ、今の調査状況を維持するのは大丈夫だとは思う”

 

「しかし……スズミがアリウス出身なのに、何故トリニティのアリウスの記録を探るのですか?」

 

 

 消灯時間前の宿直室、合宿が始まってから変わらず今回の件の全貌を知る2人で今後の方針を確認する。先刻ナギサに呼ばれた件についてイルミは明らかに不満そうな表情を見せるものの、まあ気持ちは分からなくもないとして罵倒の言葉を口にすることはない。

 一方でわからないのが、トリニティ側の記録を調べようとする先生(マイケル)の方針。アズサあるいはスズミに聞けばアリウスのことはおおよそ分かりそうなものなのに、何故禁書庫の記録を見ようとするのだろうか。彼女にはそれがいまいち理解できなかった。

 

 

”当時の記録と、アリウスに伝わっている話での違いというのもあるだろう。片方の言い分(プロパガンダ)だけを聞くのはアンフェアだ。憎しみに凝り固まっている集団のものは、特にな”

 

「……まあ、先生の言わんとすることは理解できます」

 

 

 彼の説明を聞き、イルミは言いたいことはあれど納得する様子を見せた。確かに長い年月をかけて伝わった過去は脚色捏造などは当たり前のように存在する。都合が悪い事実など、隠蔽するのはよくあることだ。無論それは、トリニティ側にも言えるものなのだが。

 その時、業務で使用中のシッテムの箱からモモトークの着信音が鳴る。こんな時間に誰だろうかと彼は直ちにメッセージを開いた。

 

 

”セリナからか……何々――――”

 


 

先生、不自然な資金の流れを確認しました

支出と在庫が一致しません

支払先についての調査を進めます

 


 

Well, well, well(これはこれは)……どうやら取っ掛かりを見つけたらしい”

 

「それは結構なことです」

 

 

 セリナからの予想よりも早い報告、確定ではないもののその内容は期待に沿う形であったことに2人はやや満足げな様子を見せる。やはりと言うか、セリナは優秀な生徒だ。

 そんな折、突然ドアを叩く音が聞こえてきた。こんな時間に誰が来たのか、先生(マイケル)は問いかける。

 

 

”誰だ?”

 

「ヒフミです。先生、少々お時間いいでしょうか?」

 

「―――」

 

 

 ヒフミの来訪に、イルミは渋い顔をした。ナギサの寵愛を受けている生徒が何故このタイミングでやってきたのだろうか。しかし、だからといって追い返す理由もない。先生(マイケル)はそんな彼女の様子に小さく肩を竦めた後に返事をした。

 

 

”ああ、問題ない”

 

「それでは失礼―――ひゃあっ!? い、イルミ先輩もご一緒でしたか」

 

「明日からの学習カリキュラムの構築をしていたのですよ、阿慈谷ヒフミ」

 

 

 部屋に入るなり、予期せぬ先輩の存在に思わず素っ頓狂な声を上げるヒフミであるが、対してイルミは冷静にこの場にいる理由を説明すると彼女は納得した様子を見せる。もしもやってきたのがハナコであればやれ先生と学生の恋愛だとか、イルミに対して年上趣味だったのかと煽り立てたであろうが、ヒフミはそういうキャラではないので一安心である。

 

 

「それで、こんな時間に何の用件ですか。私達も暇ではないのですが……」

 

「あ、あぅ……その、ナギサ様から言われたことについて相談をしたいと思いまして」

 

”……ナギサから?”

 

 

 確かにヒフミはナギサと決して浅くはない関係がある生徒だが、この補習授業部については先生(マイケル)に一任されていたはずだ。枠組みそのものはナギサが作ってはいたが、果たしてヒフミに何を伝えたのか。

 そんな当然の疑問に対し、ヒフミは怖ず怖ずとした様子で答えた。

 

 

「えっと、補習授業部にはトリニティの裏切り者が居ると仰ってました。でも、まさかそんな、裏切り者だなんて……」

 

”………”

 

 

 まさかヒフミに補習授業部の実態を教えていたなどと、思いもよらぬ事実にイルミは顔をしかめる。エデン条約の妨害者を裏切り者と呼ぶのは間違ってはいないが、それを知るにはヒフミはあまりにも政治的なものからは離れすぎていた。

 そういえば以前、そんな事を言っていたなと先生(マイケル)は思い出した。自分がナギサの望みのとおりに動かなかった時は、ヒフミが主体となって探るつもりだったのだろう。だが、既に()()()()()()()()は見つかりトリニティの真の裏切り者を捜索する段階になっては、ただただヒフミに対するプレッシャーにしかならない。

 

 

「はぁ、まったく桐藤ナギサめ……ならば阿慈谷ヒフミを容疑者に加える必要など―――」

 

「えぇっ!? わ、私も容疑者ですか!」

 

「ま、まさか気づいていなかったのですか、散々ブラックマーケットに無断で出入りした上にテストを無断で欠席したにも関わらず!?」

 

 

 思わずため息を付くイルミだが、その時にふと漏らした一言にヒフミが声を上げる。本来は補習授業部に知らせるべきではない情報であったのだが、既に終わったものだとして軽んじていたためについ口を滑らせてしまったのだ。

 その事実に衝撃を受けるヒフミだが、あまりにも自分が怪しまれる行いをしたという自覚がないことにイルミは愕然とした。そんな2人の様子に先生(マイケル)もまた深くため息を付く。いくらヒフミが()()()()であったとしても、信じていた人間に疑われている事実を知るのは相当に辛いものがあるはずなのだが、それはそれとして自覚がないのは駄目だろう。

 

 

”……ナギサにも事情があるんだよ、ヒフミ。だが私達にとってはもうその件については()()()()()()で、補習授業部には()()()()()()()()()()は存在しないと確認が取れている”

 

 

 アズサはスパイだが、真の所属はアリウスなのでトリニティの裏切り者とはカウントしない。嘘は言わないものの、本当のことは隠して安心させるのはよくある話術だ。

 

 

「は、はい。それは……よかったです」

 

”それで、ヒフミが聞きたいのはそれだけか?”

 

「あっ、えっと、その、それとハナコちゃんについてなんですが……」

 

「浦和ハナコが……どうしたというのですか?」

 

 

 先生(マイケル)の説明に落ち着いた様子を見せるヒフミだが、ハナコについても聞きたいと言い出して再び2人は身構える。この補習授業部で最も制御不能かつ不確定要素の固まりである彼女については、色々と思うところがあった。*2

 

 

「その、どうしてあんなにテストの点数が低かったのでしょうか。全教科2点なんて、普通は取れません。わざとでもない限り―――」

 

「まあ、十中八九わざとでしょう。浦和ハナコはバカではないというのは私達3年生ならある程度は知っています」

 

「やっぱり、そうだったんですね……」

 

 

 ヒフミの悩みはハナコのテストの低得点で、このままでは補習授業部から解放されないという焦りがあったからに他ならない。学力テストの全員合格と素行の改善という補習授業部解散のための二重の制限は、本来は期限日(エデン条約調印式)まで最悪補習授業部という仕組みを残すためのものであったが、想定よりも早すぎる事態の進展は最早補習授業部という形をこのまま残す必要性を喪失させていた。

 そんな事情を知らない彼女からすれば、延々と補習授業部に閉じ込められる未来を想像したことで不安にかられるのも無理はないだろう。最悪、留年が見える。

 

 

「……まあ、心当たりは無くはない話です。言ったところで煙に巻かれるのは目に見えていますからね、気が済むまで好きにさせていればいいでしょう。あれも、そこまで他人に迷惑を掛け続けてまでおふざけは出来ないはずですから」

 

「そ、そうでしょうか……」

 

 

 1年生の時のハナコを知っていたイルミは、そんなヒフミの不安に対して放っておけと言うものの、当然ではあるが言われた側は納得した様子はなく、不安そうな表情を浮かべたままだった。

 

 

”ハナコが何を求めているのか、まあそれはおいおい本人と話し合って聞くことにする。そういうわけだから、あとはこっちに任せてくれヒフミ”

 

「あっ、はい……わかりました。先生がそう仰るのなら」

 

 

 先生(マイケル)が穏やかな表情を浮かべてヒフミの肩に手を置きながら諭せば、先程までの彼女の不安げな様子は何処へ行ったのか安心した様子すら見せた。言葉だけで人を納得させるのは中々に難しいのだが、彼の場合は()()と言ったら()()実績があるからだろう。

 ヒフミが一礼して部屋を去った後、彼は大きく息を吐いて椅子にもたれかかる。本当に手間のかかる子どもたちだと苦笑するものの、いかんせん教員という慣れぬ仕事をしたせいで無敵のマイケル・ウィルソンにも疲労の色が浮かぶ。

 

 

「……先生もお疲れのようですし、今日はここまでにしておきましょう。では先生、また明日に」

 

 

 そんな彼の様子に、イルミも今日の作業を打ち切って席を立つ。必要な分は既に終わらせているため、ここで作業を終わらせても何も問題はない。

 その後宿直室に1人きりとなった彼が資料をたたみ、寝巻きに着替えようとスーツの上着を脱いだその瞬間、シッテムの箱からモモトークの着信音が鳴った。こんな時間にとは、スズミかシミコだろうかと思いながらアプリを開いた彼は驚き目を見開く。

 


 

やっほ、先生。聖園ミカだよ。

明日の朝、ちょっといいかな? お話したいことと聞きたいことがあるんだ。

 


 

 まさか本事件における最大の容疑者からの連絡があるとは、さすがの彼も予想できぬものであった。

 

 

******************************************************************

 

 

 翌朝、トリニティ総合学園別館、プールサイド。使用前に清掃がなされたとは聞いていたが、使う予定のないプールがこうして綺麗に清掃されているのは、それを指示したイルミの完璧主義によるものだろうかと思いながら彼は来客(ミカ)を待つ。

 

 

「おはよう先生、もしかして待ったかな? ごめんね、ここに来るのに少し遠回りしてきたから時間かかっちゃったんだ」

 

 

 ほどなくして現れたミカであったが、彼女が物陰から現れたことはこの対談は秘密にしておきたいという思惑があると彼は感じ取っていた。そうでなければ、ティーパーティーの最高権力者の一角である彼女がこうもコソコソ動く必要はない。恐らくは、ここに居ることそのものをナギサに知られたくないのだろうという推測ができるというもの。

 実際、彼女は時折周囲を気にするような仕草をしており、彼の推測を補強する形となっていた。

 

 

”話があるらしいが、さてどんな話だろうか。朝は忙しいからな、今日は朝食をまともに味わう時間もなかったよ”

 

「あっ、うーん、ホントは色々おしゃべりしたいんだけども、そうだね、先生も忙しいなら仕方ないか……」

 

 

 お喋り好きな彼女が長話を始めないように釘を差しながら、早々に本題を聞き出そうとする。何を話すつもりなのかはわからないものの、最重要容疑者である彼女の話はこの件に関しての重要な証言となりうるだろう。

 そう身構える彼の内心を知ってか知らずか、先程までのニコニコした笑顔はすっと鳴りを潜めて薄ら笑いへと切り替わった。どうやら、楽しいことではないらしい。

 

 

「えっとね、まず私が聞きたいのは……そうだね、ミネ団長の捜索の状況かな」

 

”……知りたいのはエデン条約の妨害者の方ではないんだな、ミカは”

 

「私はエデン条約なんて正直……どうでもいいかなって。ナギちゃんは入れ込んでるけど、どうせゲヘナと仲良く握手なんて出来るわけがないし、仮に表面上できたとしても後ろから撃たれるのがオチじゃない?」

 

”………”

 

 

 ゲヘナとの和平など不可能だというミカの態度は、疑惑でしか無かった彼女の容疑をより確度を高めるものとなった。同時に、ティーパーティーの生徒会長間の対立も表面化する。彼はその事実に顔をしかめた。

 

 

「あはは、そんな怖い顔しないでよ先生、私はホストじゃないから決定権はないし、ただ不満だって言ってるだけ。それで、捜索の方はどうなっているのかな?」

 

”そうだな、救護騎士団で不明な資金の動きがあったそうだ。これがミネによるものならば、居場所を突き止めるのにあと数日もあれば出来るんじゃないだろうか。捜索隊のメンバーは優秀な生徒だから期待しておいてくれ”

 

「そっか、そうすれば……セイアちゃんが生きてるかどうか、わかるんだね」

 

 

 捜索に進捗があったという事実に、ミカの表情に安堵の色が浮かぶ。以前テラスで話した時もそうであったのだが、彼女はやたらとセイアの生死をやけに気にしている。まるで、自分が不注意でセイアに取り返しのつかぬ事をしてしまったかのような―――

 

 

”それはあくまでも可能性の一つだということを忘れないでくれよ”

 

「それでも、希望があるなら信じてみたくなるものじゃないかな、先生」

 

 

 それがほんの小さな可能性だとしても、セイアの生存を信じたいとするミカの姿勢は何も知らぬ立場から見れば美しい友情に見えるかも知れないが、事情を知ってるとなると話は違ってくる。

 そしてさらにもう1点、セイアの生存の可能性ばかり信じているミカであったが、()()()()()()()()()()()()()()という可能性に関してまったくの無頓着なのは明らかに不自然だ。まるで()()()()()()()()()()()()()からナギサは殺されないという確信があるかのような振る舞いは、自分で答えを言っているようなものだった。

 

 

「それとね、こっちが私の話したいことなんだけども、エデン条約の妨害者……つまり、トリニティの裏切り者なんだけどね、私はそれが誰か知っているんだよ。だから、先生の進捗を聞く必要もないんだ」

 

”なるほど、そしてそれをナギサには伝えていないと”

 

「あ、そういう棘のある言い方されるなんて、私悲しいな」

 

 

 エデン条約の妨害者、すなわちアズサ(アリウスのスパイ)の事を知っているとなれば、もはや疑う余地はない。彼女こそがティーパーティーの裏切り者、セイア暗殺事件の真犯人だ。

 そこまで推理が至っていると悟らせぬように、彼は極めて冷静にミカと向き合う。自暴自棄になってこの場で暴れられては、恐らく命がいくらあっても足りないだろう。実際のところは良くわからないが、そんな予感だけはひしひしと感じられた。

 

 

「でもまあ、先生には教えておくね。トリニティの裏切り者、それは―――」

 

”―――白洲アズサ、アリウス分校からの転校生”

 

「ッ!? ど、どうして知っているのかな先生、誰に聞いたの? それとも、アズサちゃんを拷問にでも掛けた?」

 

”私を何だと思っているんだ……そうだな、S.C.H.A.L.Eの部員に()()()()()()()()()()()人間がいたんだよ。その彼女がアズサと顔見知りだった、だからわかった”

 

「―――」

 

 

 物知り顔でトリニティの裏切り者の正体を教えようとするミカに対し、先んじてその名を挙げる先生(マイケル)。なにそれ聞いてないと彼女は言いたかった。アズサの知り合い、つまり別のアリウスの生徒がトリニティに入学しているなんて、彼女はアリウス側から何の説明も受けていなかったのだ。だが、ナギサの味方をしている先生にそれを言うのは悪手だと考える理性はまだ存在していた。

 そして、その動揺は明らかに表情や態度に出る。やはりミカは感情豊かだが、それは政治家としては明らかに不適合なタイプの人間だといえるだろう。動揺したときほどポーカーフェイスを維持することは何よりも大事である。

 

 

「そ、そうなんだ。でも、ならどうして教えてあげないのかな? ナギちゃん、きっと怖くて夜も眠れないだろうに」

 

”それには理由はあるが、まあ……アズサをここで突き出して解決にはならないと私は考えて居るんだよ”

 

「それ、どういうことなの先生?」

 

 

 トリニティの裏切り者が誰かを知っているくせにそれを教えず、宙ぶらりんのままにする先生(マイケル)の態度を訝しむミカ。ナギサに伝える事が一番簡単な終わらせ方だというのに、何故? その疑問に対し、先生(マイケル)はニッと歯を見せて答えた。

 

 

”アズサは対立を望んでいないからだ。平和的に済ませられるならばそうしたいのだが、どうにもそういうわけには行かないらしい”

 

「………」

 

”問題はアリウス分校側にある。トリニティに対して熟成された恨み辛みを抱くあちらとしては、アズサが失敗したところで次の人員を送り込めばいいだけだろう。だがそれはこっちとしては困るな、顔も知らぬ新たな刺客を心配しなければならなくなる”

 

 

 ミカの額に汗が滲み、心臓が早鐘を打つ。彼はもうかなり正解の手前までたどり着いていると彼女は認識し、呼吸も浅く早くなる。マズい―――ならば、どうする? このまま真相をナギサに話されたら、自身の夢であるトリニティとアリウスとの和解が不可能となるのは間違いない。セイアを手にかけ、幼馴染のナギサを騙してまでここまで来たというのに、このままでは全てが水泡に帰すのも時間の問題だ。

 今の状態でミカできることは多くはない。事情を話してナギサを裏切ってもらうか、当初の計画を早めるか、あるいは彼を秘密裏に消すか―――消す? 誰を? まさか、目の前の先生(大人)を?

 自分の中に人を殺す選択肢が自然と入ってきた事実にミカは愕然とした。そもそも、彼女はセイアを殺すつもりはなく、死んだというのも不慮の事故によるものだという説明を受けていたが、それでもきっかけを作ったのは自分だ。

 セイアが死んだと聞かされた日、彼女は一睡もすることができなかった。それだけの罪悪感を抱いたにも関わらず、不都合になればまた人を殺そうとする自分に吐き気がする。そう知覚した彼女の表情は一気に青ざめ、まるで死人のようだ。その顔色の変化に先生(マイケル)は気付いた。

 

 

”ミカ、具合が悪いのか? 早く帰って休んだほうがいい”

 

「あ、う、うん、そうする、ね……」

 

 

 表面上心配する先生(マイケル)に促されるようによたよたと場を後にするミカだが、茂みの向こうに消える直前に彼女は振り向き、言葉を投げた。自分の意見を聞いてもらえるかどうかわからないが、それでもただ断罪されるよりかはマシだと彼女は思ったのだ。

 

 

「……ねぇ先生、トリニティとアリウスが和解できる日が来ると思う?」

 

 

 その答えを待つこと無く、ミカはその場から姿を消す。残された先生(マイケル)は彼女の問いかけについて考え込んだ後、誰に言うまでもなく呟いた。

 

 

”そいつは、アリウスの体制が変わらないと無理だな”

 

 

 ミカの願い、それがトリニティとアリウスの和解だというのは一連の会話でおおよそ把握したものの、スズミが話すアリウスの実態、それが真であれば今のアリウスを支配しているマダムと呼ばれる独裁者を打倒し、自由と解放の旗をアリウスに掲げないことには不可能だろう。

 もちろん、そのためにはアリウス自治区への侵入ルートの発見、現地協力者の確保などやるべきものが山のように存在しており、当然のことながら一朝一夕でできるものではない。そして、兵員数150万のアメリカ連邦軍は今はなく、やるならばメタルウルフ一機で自治区全体を相手にすることになるだろうか。()()()()()()が、サポートの一つくらいは欲しいなと彼は考える。

 

 

「先生、先生! 今何処に居るのですか!? 早く来てください、イトハが騒いで―――ヴァアアアアッ!!?

 

”……やれやれ、落ち着いて考えることも出来ないか”

 

 

 そんな時、別館の方からイルミの悲鳴と、直後に断末魔の叫びが響いてきた。一体全体今度は何だと彼は慌てて駆け出す。今日もまた、騒がしい一日が始まることだろう。

 

 

To be Continued in Episode5 ”Midnight War Party(夜中のウォーパーティー)

*1
最悪、フルメタル・ジャケットにおける微笑みデブのような目に遭う

*2
一見暴れ馬であるイトハは欲求が単純なのである意味では御しやすいのだ




 最終盤まで明確な敵が出現しない補習授業部編はメタルウルフの出番が用意できません。パヴァーヌ編でデカグラマトンを混ぜ込まなかったらきっとこんな感じで進行したでしょうね、なので政治家かつシャーレの先生としてのマイケル・ウィルソンにフォーカスして話を進行させています。
 生身におけるマイケル・ウィルソン・Jrについては原作ではあまり語られていませんが、父親のマイケル・ウィルソンを参考に……っていいのかこいつニンジャだぞ。

 トリニティの真の裏切り者について確信を得たマイケル・ウィルソンですが、アリウスという裏事情を知っていたことでそのままミカを突き出すこともなさそうです。しかし、ミカは自分の行いがバレたのではないかと気が気ではなく……
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