白磁のカップに注がれた透明感のあるオレンジ色の紅茶、ナギサは小さく息を吐いて手に取ると気品のある動作でそれを一口。香りと味の両方を楽しみながら喉を潤す。
少し前までこのような形でアフタヌーンティーを楽しむ余裕は無かったのだが、シャーレの先生がエデン条約の妨害者の捜索にあたってから随分と気が楽になったものだ。このまま全てが解決し、無事に条約締結まで持っていければ思い残すことはなにもない。
「ねえ、ナギちゃん。もしかしてエデン条約を結べたら死んでも良いとか思ってない?」
「……まさか、ミカさんを置いて何処かに行くつもりはありませんよ」
対面に座るミカがそんなナギサの内心を見抜いたかのようにすっと目を細め、咎めるように口を尖らせる。まるで不機嫌な子供のような態度だが、実際彼女は不機嫌なのだろう。
だが、先日まで彼女はまるで病人のように青ざめた顔をし、意気消沈していのと比べてみれば、こちらのほうが随分とマシに見えた。気を取り直せたのならそれはよかったとナギサは内心安堵する。なにせ、幼馴染なのだから心配するのも当然のことだ。
「ところでミカさん、そのブローチはなんですか? 随分と
「あー、これね。
その時ナギサは、ミカの胸元にいつもは存在する金色の十字架ではなく、黒光りするブローチがついていることに気づく。
「そうですか、ですがあまり似合っていませんね」
「あはは、でも折角もらったんだし一度くらいは付けてあげないと悪いじゃん、ね?」
「ミカさんはそういう所は甘いですよね」
何かを誤魔化すように笑うミカの態度に呆れながらも、ナギサは紅茶をもう一口。今飲んでいるのはミカが用意したものだが、いつも彼女が愛飲しているものではない。この茶葉も新しいお友達からもらったのだろうか?
「……それで、ミカさん。私をお茶に誘って何の話をするつもりだったんですか?」
「あ、もう本題入っちゃうの? 私としてはもう少しアイスブレイクしたいんだけど」
「今は忙しいというのは知っているでしょう?」
「うん、まあね」
「あまりお茶の時間も取れないのですから、手短にお願いします」
「しょうがないなぁ」
ナギサに急かされ、ミカは渋々とティーカップをソーサーの上に置くとすっと目を細める。その瞬間、ナギサは何故かぞくっとしたものを感じた。
「……ねえ、ナギちゃん。エデン条約本気で締結出来ると思ってるの?」
「今更何を……」
「知ってる? 昨日、ゲヘナの有名なテロリスト、美食研究会がトリニティで大暴れしたんだよね。正義実現委員会のツルギ委員長が出撃するほどの大騒ぎになったその裏で……シャーレの先生が暗殺者に命を狙われたんだ」
「……!?」
ミカがエデン条約に乗り気ではないというはわかっていた話だし、何度もチクチク言ってきているので「またか」というレベルを超えないのだが、ゲヘナの生徒の侵入と同時に先生が命を狙われたというのは初耳だ。ナギサはカップを取り落としそうになるのをなんとかこらえ、しかし手を震わせながらゆっくりとカップを置く。
「派手な動きで目眩まししつつ、本命を狙ってこっそりと……幸い、先生が自力で撃退に成功したっぽいんだけどね、ゲヘナってそういうことするんだーって感じ」
「……ミカさん、それがゲヘナの手によるものだという証拠はあるんですか?」
「あはっ、そういうの気にするんだったねナギちゃん。でも、
ゲヘナが先生を殺そうとしているに違いない。そう主張するミカを嗜めるナギサだが、それに対してミカは嗤う。
「ミカさん……?」
「始めからさ、こうすればよかったんだよ。向こうが手を出してくるんだから大義名分は得られるんだし、連邦生徒会だって何も出来やしないよ」
「まさか……!?」
ミカが言わんとすることを理解し、ナギサは勢い良く立ち上がる。椅子がその煽りを受けて音を立てて倒れるが、気にする余裕はない。
「それはホストとして容認できません! ミカさん、撤回してください!」
「ふふっ、そうだね、今はナギちゃんがホスト。でもさ、セイアちゃんが居ない状況でナギちゃんに何かがあれば……次のホストは私なんだよ?」
「ミカ……貴女は!?」
「あははっ、ようやく気付いた? そうだよ、エデン条約の妨害者……それは私のことなの。先生もひどいよね、私がそうだって気づいていながらナギちゃんには教えないなんて。あ、もしかしてナギちゃんのガラスのハートに配慮してたのかな? ま、そんな事はどうでもいいか」
「そ、そんな……」
「ナギちゃんのホストは今日でおしまい。これからは私がトリニティを運営するから、大人しくしてればセイアちゃんみたいに命までは奪わないよ」
「……!!」
動揺するもナギサは咄嗟にホルスターに手を伸ばそうとするが、体が言うことを聞かない。段々と意識が遠くなり、彼女はゆっくりと床へと崩れ落ちていく。あのお茶に何かが混ぜられていたと気づいた時には全てが手遅れだった。
ミカはその様子を見ながら何時もの爛漫なものとは違うニチャっとした笑みを浮かべ、ナギサが完全に意識を失う前に言葉を残す。
「あはっ、楽しかったよ、ナギちゃんとの友情ごっこ」
「ミ……カ……」
絶望が滲む表情のまま意識を失い、ぐったりとするナギサ。そんな彼女を抱きかかえたミカは、濁った瞳のままテラスの出入り口へと向かう。本来ならばティーパーティーの生徒が控えているのだが、今回はミカが人払いをしていたため誰も居ない。
「ねえ、入っていいよ」
「………」
促されて入ってくるのは錠前サオリ。アリウス大隊の先遣隊指揮官から受領したものを渡したその流れで来てしまったが、まさかこうも効果が出るとはと驚きを隠せない。
マダムが用意したアクセサリー、その効果は彼女にはさっぱり理解できない性質のものだが、ミカの状況を見ると洗脳が近いのだろうか。仮にも幼馴染を絶望の淵に突き落とすような先程までの言動は、今までのミカからすれば考え辛い。
(あの状態のミカがこうなるとはな……)
サオリは困惑しながらも、頭に残った冷静な領域があのアクセサリーを渡した時のやり取りを思い出させた。
トリニティの片隅、人目のつかぬ校舎の裏で相対する2人。
サオリに呼び出されたからやってきたミカであったが、彼女の表情は暗い。
「……聞いたよ、先生が襲われたって。やったの貴女でしょ、サオリ」
「………」
パテル分派から事の顛末を聞いていたミカの質問に、サオリは答えず沈黙を返す。それはすなわち肯定を意味するのだが、無論それは承知の上。
「やってくれたね、これでもう先生はナギちゃんに話をするしかなくなった……先生は私とアリウスの関係に気づいている以上、ナギちゃんは私を追求する」
「………」
「ねえ、どうして勝手に動くの? 私、先生を襲ってなんて頼んでないよね?」
胸ぐらに掴みかかりながらミカは訴える。アリウスが勝手に動くのは
サオリは胸ぐらを掴むミカの手を除け、その顔を正面から見据えながらようやく言葉を発する。
「……遅かれ早かれマイケル・ウィルソンは桐藤ナギサに知らせるだろう。そうなってしまえば、お前の望む
「うん……それは良くわかってるよサオリ。セイアちゃんをああしちゃった時点で、私達はもう足抜けできない状況にあることぐらい」
「その状況を打開すべくアリウスは今、大隊を編成してトリニティに向かっている。ミカ、お前がトリニティのホストの座に付けば邪魔な奴を全て排除できる……そういうシナリオだ」
「そっか、ついにか……」
ついにアリウスの主力が動くと聞かされ、ミカは天を仰いだ。賽は投げられたという事を理解し、嘆息する。この先にあるのは幼馴染に対する最大の裏切り行為だ。
「それとミカ、このブローチを身につけて欲しい」
「なにこれ、可愛くないやつ」
ミカの言うように、サオリが差し出したそれは可愛らしさの欠片も感じる事ができぬ代物である。むしろおどろおどろしさが滲み出る奇妙なものだが、不思議と目を離すことが出来ない。そっと手に取り、手触りなどを確認する。
「アリウスの生徒の中にはお前の顔を知らない者も居る。これを身に着けていればその心配がなくなるという話だ」
無論、そんな機能はない。ミカがブローチをつけるであろうもっともらしい理屈をこねくり回しているだけに過ぎない。しかしミカはそんな事情など知らぬため、感心した様子で胸元のアクセサリーを交換しようとする。
「へぇ、そんなのあるんだ。こんな感じで良い?」
「ああ、それで構わない」
「……あはっ、なんだか急に頭がスッキリしてきた。すごいね、あは、あはは、はははは!」
言われたとおりに胸元にブローチをつけるミカ。すると途端に雰囲気が様変わりし、目は濁り、虚ろな笑いを浮かべ始める。あまりにも急激な変化で、たかがブローチ一つでこうもなってしまうとはとサオリはマダムの持つ技術に恐怖しつつ―――それの餌食となってしまったミカに僅かに同情した。
「ナギちゃんをさ、座敷牢につれていくから手伝ってよ。セイアちゃんの時みたいに殺しちゃ駄目だよ? 殺しちゃったら、私が貴女の事を殺すから」
「……了解」
抱えたナギサを渡しながら、濁った目で釘を刺すミカ。こんな状態でも幼馴染は大事だという意識がにじみ出ているのだろうか。スクワッドという家族を大事にしているサオリは、そんなミカの一面に感心しながらナギサを受け取り、しっかりと抱える。
かつての経緯もあり憎々しいトリニティのトップだが、今は哀れにも幼馴染に裏切られた一人の少女に過ぎない。この場面において不思議と殺意は湧いてこなかった。
「さて、私がホストになったことだし、色々やることやらなきゃね。アリウスを迎え入れる準備と、ゲヘナ相手に戦争する準備を……ああ、そうだ、ついでに大聖堂も掃除しなきゃね」
「……すまないが、私は帰還命令がでているからこれ以上は手伝えない。代りの人員が来るからそいつに頼んでくれ」
「え~、つまんないなぁ。まあいいけどさ、後でやっぱり参加したかったとか言っても私知らないからね?」
サオリにナギサを運ばせ、るんるんとスキップしながら取るべき予定を楽しげにミカは語る。これがほんの1時間ほど前まで様々な行いがナギサに露呈することを恐れ、憔悴していた少女の姿とは到底思えないだろう。
サオリがそんな彼女に内心ドン引きしながらこれ以上手伝えないと伝えれば、頬を膨らませて不機嫌そうに文句を言う。一見すれば友人を遊びに誘い、断られたという学生生活の一幕に見えるかも知れないが―――ミカのその濁りきった瞳を見れば、彼女が正常な状態ではないということは誰の目にも明らかであった。
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補習授業部の校舎の窓から外を眺めていた
同時にモモトークに着信があり、見れば予想通りハスミからで、ティーパーティーからトリニティ全体に夜間外出禁止命令と、正義実現委員会に待機命令が出されたと報告が入った。やはり、ミカがナギサを確保したのだろう。これは戒厳令だ。
「先生、どうされましたか?」
”作戦変更だ、先を越された”
「まさか……ミカさんが動いたんですか!?」
「そんな……それじゃあナギサ様は!?」
渋い顔をする
しかし、ハナコはミカという人間がどういう風に動くのかを予想しうるだけの頭脳を持つ。オロオロとするヒフミを安心させるように彼女は言葉を続けた。
「大丈夫ですよヒフミちゃん、ナギサさんは恐らく座敷牢に幽閉されていると思います。今ここで危害を加える理由がありません」
”場所はわかるのか?”
「はい、ですが……警備は恐らく厳重なものであるはずです。潜入して救出するには、いかにアズサちゃんといえど難しいかと」
”だとすると、私が先に動くべきか”
ハナコはミカの動きをかなり正確に予測して救出目標の位置を特定するが、問題は戦力不足だ。ミカがトリニティを掌握したのならば、正義実現委員会は最悪敵に回りかねず、それに対してこちらはわずか5名の補習授業部で到底対応できるはずがない。
少数でメタルウルフ奪還に動くべきか、そう悩む
―――セイアさんの保護に成功しました。
待ちに待った知らせに、思わず彼は腰を浮かせる。年甲斐もなく気が逸るが、こういう時こそ深呼吸。一拍おいて気持ちを落ち着かせた彼はここからなにを優先すべきかを考え、返信した。
―――セイアを補習授業部の合宿場に連れてきてくれ、こちらはメタルウルフの奪還を行う。
セイアの保護は確かに正当性を担保する上で重要だが、カウンタークーデターを行うならば武力がなければ話にならない。ここはキヴォトス、弱者に口無し。素手での近接格闘でサオリを叩きのめした彼だが、アリウスという集団と戦うのならばメタルウルフがなければ無力に等しい。
―――了解しました、では後ほど。
スズミの簡潔な返信を待つまでもなく、彼は立ち上がる。今すぐメタルウルフが収容されている正義実現委員会の格納庫へと直ちに向かわねばならない。ハスミからもたらされた警備情報によればあまり厳重な警備はしていないようだが、待機命令でとうなっていることやら。
”イトハ、予定とは違うが護衛を頼む”
「正実の一般生徒ならば易い相手だ、問題ない」
”他の皆はここで待機、メタルウルフを持ち帰ってから事を始めるぞ”
「わかりました、先生もお気をつけて」
「わかった、防衛は任せて欲しい」
イトハを引き連れ、彼は別館を後にする。アリウスとミカが手を回すよりも先にメタルウルフを確保するべく、2人はトリニティの敷地を駆け抜けていった。
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正義実現委員会の格納庫の近くにたどり着いた2人は、適当な物陰に身を隠しながら様子を伺う。巡回の生徒の姿はなく、待機命令に従い屋内待機をしているのだろうか。一先ず出入り口まで近づけそうな事を確認した彼は同行者であるイトハにハンドサインで着いてくるように指示し、足音無くドアの前へとつく。
続けてイトハがポジションにつくと、
「お待ちしていました先生。ここの生徒は皆詰所に移動しているので誰もいませんよ」
”ハスミ……ここに居たのか”
ドアを開けた先に待ち構えていたのは副委員長たる羽川ハスミ。正義実現委員会としてではなく、シャーレの部員として
ハスミの合流は予想外だが、決して悪いことではない。むしろ最悪の想定には至らないという事実に安堵し、彼は拳銃を下ろした。
その後ろから覗き込むイトハはその場にハスミしか居ないことに首を傾げる。ハスミが独断で動いているのを委員長たるツルギが黙認するとは思えなかったからだ。
「んん? そういえば剣先はどうしたんだ?」
「ツルギは……皆が不安がっているので、落ち着かせるために詰所に。一応ミカ様の乱心について話はしていますが……何分、アリウスと繋がっているという物的証拠が無いので、動くことが出来ません」
「やれやれ、正実ってのは腰が重いな。イルミが自警団を育てる理由がよくわかる」
”いや、それでも今のミカの命令に無条件に従っているわけではないとわかったのは重要だ。正義実現委員会と戦わなくて済むのは正直、助かる”
ツルギがミカのクーデターに関与せず、正義実現委員会の取りまとめに動いているというのは幸いであった。イトハを連れていてもツルギ相手はまず無理だろうという予測を立てていたこともあり、ホッとする。
その後、ハスミの案内で正義実現委員会の格納庫へと入った2人だが、ここは戦車用の格納庫のようでクルセイダー巡航戦車が多数並んだ向こうに濃紺色の人型が佇んでいた。
補習授業部顧問になるにあたって没収されてから久々に見る専用の特殊機動重装甲、メタルウルフ。転倒防止のためかクレーンに吊るされる形になっているが、その状態でも搭乗はできそうだ。
「今は18時か。中々微妙な時間になってきたが……」
「夜間外出禁止令が出された以上、日が暮れればアリウスの動きが活発になるでしょう。私もこれから補習授業部へと合流しますが、どうされるのですか?」
早速メタルウルフに
メタルウルフがあれば確かに勝算はあるものの、それではトリニティ内戦という形になりかねない。そんなハスミの不安に対し、
”それに関しては現地についてからの
開いた胸部装甲が閉じ、赤い単眼に光が灯り、メタルウルフは自身を拘束する鎖を引きちぎりながら両脚を大地につける。動作確認の様々なチェックは今回は省略、武装コンテナにロックがかかっているが、これは後で外せば良い。
『先生! 接近する勢力があります!』
”ということはアリウスだな。イトハ、ハスミ! 敵が来るぞ!”
「待ち伏せ!?」
「くそ! ターゲットは起動している! 一旦下がれ!」
ハスミとイトハの十字砲火を受けて突入した数人が瞬く間に昏倒し、後続は突入を断念して後退する。追撃をするには開けた穴を通る必要があるが、そうすると先程のアリウスの生徒と同じ末路をたどることになるのは明らか。ツルギがいれば直ちに飛び込むだろうにとハスミは思うが、あれほどの耐久力を持つのはこの場には居ない―――ただ一人を除いて。
”Let's Party!!”
「なっ!?」
戦闘推力のブーストダッシュでシャッターをぶち破り、驚愕するアリウスの生徒の前に立ちはだかるメタルウルフ。武装無しの手ぶらであっても3メートルの鋼の巨人が立てば相当な威圧感があるが、それに圧倒された彼女たちは銃口を向けることもせずにただ見上げるばかり。
”どうした? 10秒だけ待つから逃げるならどうぞ、だ!”
「ふざけた真似を!」
「撃て! こいつがシャーレの先生だ!」
余裕綽々な
十秒程度銃声が鳴り響いた後、彼女たちの目の前にあるのは全くの無傷のメタルウルフの姿。装甲表面には銃弾のコアがこびりついた痕跡が残っているだけで、へこみの一つもない。その光景に彼女たちは呆然と見上げるばかりで―――
”さあ、時間だ。悪い子には教育がお仕置きが必要だな!”
「うわああっ!?」
「ひいっ!?」
ぬっと伸ばされた手に銃を文字通り握りつぶされ、彼女たちは悲鳴を上げる。手にしていた銃があっという間にスクラップになるという事態にただただ恐怖を感じるのみ。そのまま逃げ去る事もできず腰を抜かすアリウスの生徒たちであったが、その隙をハスミ達は見逃さなかった。
「まるで
「より好み出来る立場ですか、貴女は!」
2人はアリウス生徒達の無防備な頭目掛けて銃弾を叩き込み、次々に意識を刈り取っていく。回避行動も取らず、その場にうずくまる人間を撃つなど彼女たちにとっては目を瞑ってでも出来ることに過ぎない。あまりの張り合いのなさにイトハが不満の声を上げるぐらいには簡単なことだ。
彼女が30連のマガジンを空にする頃には、メタルウルフの周囲には死屍累々といった様子で気を失ったアリウスの生徒たちが転がっていた。
「よし、これでしばらくは目を覚まさないだろう」
「拘束しておきましょう。ツルギにも伝えておきますが……」
”手早くな、ここが襲われたということは他にも襲撃を受けている場所がある可能性がある”
「わかりました。銃声が聞こえてこない以上はまだ大丈夫だとは思いますが……時間は確かにありませんね」
イトハと協力して倒れたアリウス生徒達をハンドカフで拘束し、頭にズタ袋を被せたハスミは彼女たちを格納庫の片隅にまとめる。これでたとえ気絶から回復したとしても身動きは取れないだろう。
”よし、急いで戻ろう。2人とも、しっかり掴まっていろ”
「えっ……ひゃあっ!?」
「おぉ、これは……面白そうだな!」
一連の作業を終えた後、
―――結局、ナギサの当初の懸念は正しかったという結果となったのだが、これはコラテラル・ダメージというものに過ぎない。トリニティの平和を守るための致し方ない犠牲だ。
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先程の格納庫での戦闘が鏑矢となったのか、トリニティのあちこちで散発的に銃声が聞こえ始める中、メタルウルフは別館の正面玄関前へと着地する。ここはアリウスからの攻撃を受けていないようで、まだ平穏のままのようだ。
「先生、ご無事で何よりです!」
”ああ、ハスミと合流できたが……この救急車は何だ? 急病人でも出たか?”
着地と同時に玄関から飛び出して3人を迎えるヒフミら補習授業部に対し、
「あ、いえ、その……」
「―――あなたがシャーレの先生ですか。私は救護騎士団団長、蒼森ミネと申します。この度は大変ご迷惑をおかけしたことをこの場を借りて謝罪を」
”あー……君がミネか。ということは―――”
そして、彼女が居るということは間違いなくもう一人、この状況を打開するためのキーパーソンになるはずの生徒が居るはずであり――――
「やあ、先生。昨日ぶり……いや、君からすれば数週間ぶりになるだろうか。こんな形で出会う未来は見ていなかったが、それは些細なことだろう。とはいえ、この場を借りて改めて挨拶させてもらおうか。私はサンクトゥス分派の代表、そしてティーパーティーの本来のホスト、百合園セイアだ」
彼の予想通り、続けて出てきたのは金髪の狐耳の少女。夢で見たその姿のままに彼女は膝を曲げて一礼する。身体が弱いと聞いていたが、この程度は問題はないらしい。
「さて、聡明な先生ならすでにおわかりだと思うが、今トリニティはアリウスの手で崩壊の瀬戸際に立たされている。存在を証明出来ぬ楽園の名を冠した条約を結ぼうとした結果、古き人々が理想とした争いのない学園、そのために生み出されたトリニティが崩れ去ろうというのは……中々に皮肉に感じはしないかい?」
”OKセイア、分かったからそういうのは今回はナシだ。君の話に付き合うだけの時間的余裕はない、そうだろう?”
夢の中での対話と同じように遠回しな物言いを好むセイアであるが、今はそのような言葉遊びをしている余裕はない。セイアには悪いが、さっさと本題に入れと彼は言い放つ。
「ああ、すまない、今は1秒でも惜しいということをすっかり忘れていた。何せ私にとって時間というものはひどく曖昧だ。過去も現在も未来も―――」
「セイア様、回りくどい話し方は今はやめろと言われたばかりというのをお忘れですか?」
「……そうだったねミネ。おほん、ではさっそく本題に入らせてもらおうか」
変わらず回りくどい話し方をするセイアであるが、傍に控えるミネに苦言を呈される。仕方がないだろう染み付いたクセなのだからと彼女は内心思うが、ミネ相手にそんな言い訳は通用しないので素直に折れたセイアは改めて本題に入る。
「私はこの事態に至ることを
「それは……どういうことですか、セイアちゃん?」
「ハナコ、君は知っていると思うが私はこの場に居ながらあらゆる現在と未来の事象を明晰夢という形で観測することが出来る……もっとも、この能力は便利なモノじゃない。私はこの能力を自由に扱う事はできず、夢の中に囚われ続けていた……それが今まで私が眠りから目覚めなかった理由だ」
「つい数時間前まで、セイア様は命を狙われてからずっと眠り続けていました。セイア様の言葉に偽りはありません」
多少は端的な話し方になったものの、それでもどこか掴みづらいところがあるセイアの言葉をミネが補足する。つまりセイアはこの一連の事件を最初から未来予知で知っていたという事実が明らかになったわけだが、これは一同に衝撃を与えるものであった。そんな事を何故黙っていたのかという憤りが生じるのも無理はないだろう。
”……何故、それを皆に知らせなかった? そうすれば何か―――”
「先生、君が怒る理由もわかるが……私の夢で見る未来は何をしても変えられた試しがない。例えて言うならば、映画を見ているようなものだろうか。エンディングは決まっていて、何をどうしようともストーリーに干渉することは出来ない、そんな代物だ。私も昔は結末を変えてみようとあがいたものだが……全て徒労に終わったよ」
生徒たちに代わり憤りを露わにする
そんな彼女に対し、アズサは一歩前に出て質問する。
「……セイア、では何故今私達に接触してきたんだ? あの時あなたは私に確かに知恵を貸してくれたが、決してあなたから動こうとした結果のものじゃなかった。あれは私が求めたからだと思っているが……」
「白洲アズサ……あれから無事でなによりだよ。そうだね、私がこうして先生に会うべく目覚めたのは……見てしまったんだ、最悪の結末を。ミカが死ぬという未来……
「!?」
場の全員が息を呑む。先生が生徒を殺すというあってはならぬ未来を告げられ、ただ一人これから殺人という禁忌を犯すと宣告された
「……たしかにミカは我儘で、どうしようもないほど堪え性がなく、私にアリウスをけしかけて来た前科がある。だが、それでも死んで欲しいなどと思ったことは一度もない!」
「百合園セイア、あなたもしかして先生に聖園ミカのクーデターから手を引けと言っているのですか? この状況、分かっているので?」
ミカが死ぬ場面を思い出したのか、感情的に言葉を荒げるセイア。そんな彼女に対し左腕を三角巾で吊るしたイルミが嫌味っぽく吐き捨てる。
”……なるほど、君が何を求めているのか大体わかった”
不穏な空気が広がる中、メタルウルフの中で瞑目していた
”諦めているように見えて―――未来を変えて欲しいと本心では思っている、違うか?”
「――――ッ」
”未来を変えられぬというのならば、態々私に会いに来る必要はない。夢の中で目と耳を塞ぎ、時間が全てを洗い流すのを待てば良い。だが、君は私がミカを殺すと伝えてきた。だとすれば、君はミカが殺される未来を変えて欲しいと願っている。他でもない、ミカを殺すであろう私に”
それは紛れもないセイアの本心。未来は変えられぬという諦観に支配された彼女の感情を揺り動かしたのは、ミカが死ぬというビジョンを見せつけられたことにある。
厭世的なセイアであったが、身近な人間が死ぬという衝撃はそれまでの価値観を吹き飛ばしてしまうだけの威力があった。
「……は、はは、そこまで見抜かれると笑うしかないね」
”そんな君に私の先達からの言葉を一つ送らせてもらおう。『
乾いた笑いを浮かべるセイアに対し、
”君が予知を覆すのが不可能と言うのならば、私は不可能を可能にする男だ。今までもそうして生きてきた……これからもそうするだけさ”
「すごい自信だね……これが
あまりの悪夢に飛び起き、藁にも縋る思いで助けを求めたセイアであったが、
”さて、ここでようやくキャストが揃ったわけだ。ナギサを助け、ミカを死なせない、そんな最高のエンディングを迎えるためにもう一度ミッションプランを確認しよう”
そんなセイアの期待を一身に背負い、彼は新たな戦いへと赴くための準備を始めるのだった。
To be Continued in Episode9 ”
ベアトリーチェは望み通りの結果が得られるなら何でも使うという風に思っているので、
原作と違って先生を騙せず、正体バレと簡単に殺意を抱いたことのダブルショックで憔悴するミカを決起させるにはこういう事ぐらいしないと多分動かないでしょう。
暗殺未遂事件が発生したことでドミノ倒し式に事態は悪化の一途を辿っていますが、果たして彼女たちはナギサとミカ、そしてトリニティを救う事ができるのでしょうか。