補習授業部が合宿に使っている校舎別館には少し小さめながらも体育館が付属している。直接出入り出来るわけではないが、幸いにも別館校舎の1階は天井や入口が広いため、メタルウルフであっても引っかかったり詰まったりすること無く全員がそこに集まることが出来た。
”まず人数を確認しよう。補習授業部5名、セイア捜索隊の4名、そしてハスミとミネとセイアだが……”
「申し訳ありませんが、私はこの有り様でして参加が不可能です。蒼森ミネにものの見事にへし折られたので」
「ぐっ……」
作戦の最終確認のために戦闘可能な人員を数える
「その代わりと言ってはなんですが、道中自警団のメンバーに連絡を入れました。実は私、スズミを拾ってからアリウスに対抗するために独自の戦闘集団を構想してましてね、それがトリニティ自警団なのですよ」
「宇沢みたいに純粋に自警団として動いている奴もいるが、初期メンバーは全員が対アリウスを想定した連中だ。私とスズミ、そしてイルミを合わせて8人だが、全員そこそこ戦ってみて楽しい奴らばかりだから安心して欲しいし、後で入った連中にも骨のあるのは居る」
「……通りで自警団の装備が良いはずです。まさか、あなたが支援していたなんて」
戦えぬ自分の代わりにと、彼女はトリニティ自警団からの増援があることを伝え、そして自警団がアリウスとの戦闘を考慮して作られた集団であるということを暴露した。
一般的に自警団はスズミが始めた活動と思われているが、実際には正義実現委員会を退部したスズミの「それでも人助けをしたい」という要望を叶えつつ、イルミ自身が独自裁量で動かせる戦力を欲したことで誕生したのだ。
その事実は正義実現委員会であるハスミにとって面白くはないが、こういう時にティーパーティーの統制から外れているからこそ自由に動けるというアドバンテージは大きい。実際、ミカが権力を掌握したことで自由に動ける武装集団はせいぜいがシスターフッドぐらいなもので、そこに自警団が加わればそこそこの規模にはなる。
「私はミネに激しい運動を禁止されている。残念だが、戦力に数えないで欲しい」
「セイア様は本当は安静にしているべきです。このような非常事態故にある程度は許容していますが……」
「それは感謝しているよ、ミネ。少なくとも私は明日の朝日を拝むまでは寝ているわけには行かないんだ」
続けてセイアも戦力外だと自己申告する。少し前まで寝たきりだった彼女はそもそも戦力にカウントしていないが、本人はとても残念そうだ。
”では、残る面子で役割を割り振ろう。ナギサの救出と、そのための陽動、そしてここの防衛と3手に分かれて動くことになる”
戦闘可能な人員が確定した時点で彼はミッションプランを提示した。警備が厳重な座敷牢に囚われているであろうナギサを救出するチーム、それを支援するべく陽動を行うチーム、拠点である別館を防衛するチームに分かれての行動が必要になるが、一番の不安要素はミカの動きが不明なことだろう。
ミカの実力についてはイルミやイトハ、ハスミから聞き及んでいるが、トリニティでもツルギと並ぶ最強格だというのは厄介だ。救出チームの妨害をされるとナギサの救助が不可能になる公算が高くなる。遭遇しないのが一番とはいえ、何処かで鉢合わせる可能性は高い。
「あの、そういえばなのですが……ミカ様はアリウスと組んで何をするつもりなのでしょうか」
いざ人員を割り振るという段階になり、怖ず怖ずとヒフミが挙手して質問する。すでにクーデターが起こってしまったため忘れられていたが、本来クーデターというのは正当な手続きをすっ飛ばして自分がやりたいことを実現するため実権を握るつもりで起こすものだ。
では、アリウスと手を組んでクーデターを起こしたミカは何を求めるのか? エデン条約の破棄は想像がつくが、その先にあるものは―――
「………確かにミカ様の目的が不明ですね」
「言われてみれば、確かに」
誰もミカの目的がわからない。ハスミも、イルミでさえもミカの意図が掴めぬ中、シミコがはっとしながら手持ちのバッグからノートを手に取る。彼女がアリウスについて調べたことを纏めたノート、禁書庫から資料は持ち出せないために暗記した後に複写したもの。それを彼女は読み込んだ後、確信を抱いて声を上げた。
「皆さん、多分ですが……ミカ様はゲヘナ相手に戦争を仕掛けるつもりだと思います」
”何……?”
「アリウスは第一回公会議においてトリニティへの統合を拒否し、結果迫害されました。ですが、何故統合を拒んだのか? その理由は多くの資料では記載されていませんでしたが……禁書庫の奥深くに一冊だけ、それが書かれていた本があったんです」
そう言い、シミコはノートを見せつけるように広げる。
「それによれば、アリウスは対ゲヘナ融和政策を取るトリニティへの統合に反発して拒否したということでした。アリウスが迫害されたのはその過剰なまでのゲヘナ敵意からだったと推測できますが、そんなアリウスと手を組む以上、ミカ様の目的はそれに類する形になるのではないかと」
「確かに聖園ミカはゲヘナ嫌いで有名ですが……まさか、そんな」
「……いえ、可能性としては有り得ます。ミカさんは短絡的で感情的なところがありますから、アリウス側から条件で提示されたか、そうする必要があると思い込んだらシミコさんの言うようにことを起こす事は十分考えられるかと」
シミコの語るミカの目的とアリウスが迫害された理由、それを知ったイルミは
一方でハナコは一を聞いて十を知ると称される聡明さからそれが十分に起こり得る話だと認めた。というよりも、それが目的でなければ今回の騒動は考えられない。
そしてそのことを認知した時、ハスミの顔が青ざめる。ゲヘナ憎むアリウスが入り込んだらまずい場所が一箇所、今のトリニティには存在するのだ。
「せ、先生! だとすれば、すぐにでも行かねばならない場所があります!」
”どうした、ハスミ”
「拘置所に美食研究会を勾留したままです! もしもアリウスに拘置所を制圧されでもしたら……」
「!!」
昨夜捕縛した美食研究会は本来はそのままゲヘナ風紀委員へと引き渡す予定であったのだが、暗殺未遂事件が発生したことで有耶無耶になってしまいそのままなのだ。ゲヘナ生である彼女たちは離れにある拘置所に身柄を移されているものの、そこの警備は詰所の留置所と比べて薄い。
武装もなし、牢屋の中で身動きが取れぬ彼女たちがもしゲヘナを憎むアリウスの生徒に見つかればどうなってしまうか、その事実に
”拘置所へ向かうのはS.C.H.A.L.Eとしての活動にするため私とハスミ、そしてスズミ。ナギサを救出するのは
「アズサちゃん、ハナコちゃん、ナギサ様のこと……よろしくお願いします!」
「ああ、任せてくれヒフミ。ミッションは完璧にこなして見せる」
ナギサを案ずるヒフミの声、それを受けてアズサはより強い覚悟を抱き、戦いへと赴く。トリニティの自由と平和を守るための戦いはここからが本番なのだ。
******************************************************************
「おーなーかーすーいーたー!」
「うぅ、お腹が空いて力がでないよ~」
牢屋の中で喚く赤髪の小柄な少女、美食研究会の赤司ジュンコ。すでに夕飯の時間は過ぎているというのに食事の配給がないことに腹を立て、鉄格子をガチャガチャと揺らすが勿論素手で破れるはずがない。
その向かいではプラチナブロンドのぽっちゃりとした体系の少女、獅子堂イズミが空腹のあまりぐったりとしている。ジュンコと違い、騒ぐだけの元気は無いようだ。
「時間にルーズなのはいただけませんわね、折角トリニティの監獄食のフルコースを堪能しようと思ったのですが」
「もしもーし、正義実現委員会のみなさーん? 早く用意してもらわないと、冷蔵庫の中身全部食べちゃいますよ~?」
憤慨する銀髪の少女、美食研究会のリーダーでもある黒館ハルナはこんな時でも美食を極めるという姿勢は捨てていないようで、それに対し金髪のグラマラスな少女、鰐渕アカリは正義実現委員会を脅迫するように声を上げる。全員に共通するのは、夕飯を早く食べたいという思い。
―――コツ、コツ、コツ
硬い床を歩く足音が近づいてくる。ようやく配給が来たのかと全員が出入り口へと視線を注ぐが、入ってきたのは正義実現委員会の黒衣ではなく、白い外套で揃え、ガスマスクで顔を隠した集団。それがアリウスの生徒だということを彼女たちは知らない。
「あら、正義実現委員会の方々ではなさそうですが―――」
「おい見ろ、こいつら
「ゲヘナ……忌むべき角つき。ようやくこの手で始末できる! コイツらのせいで私達は……!」
「あ、アカリ、こいつらやばいって! なんかめっちゃ物騒なこと言ってる!」
「まあまあ、落ち着いてジュンコさん。こういう時こそどっしりと構えてですね」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!?」
牢屋の中にいる美食研究会をまるで舐め回すように眺めるアリウスの生徒たち。漏れ出る怨嗟の声にジュンコが慄くが、他のメンバーはそれ程動じていない。とはいえ、こちらは丸腰かつ檻の中、あちらは10人程度でかつフル武装。普通に考えれば鉄格子ごしに撃たれておしまいなのだが、ハルナは冷静にアリウスの生徒たちを観察する。
「どうせ武器もないんだ、こいつら並べて嬲ってやろう!」
「
明らかに優位な状況に慢心した様子のアリウスの生徒たち。そもそもであるが、クーデターでトリニティの各地を掌握しようとしている最中に本来の目標ではなく、ゲヘナ生徒をリンチすることを優先するのはあまりにも兵士としての質が低い。
そんな彼女たちが自らの優位性を過信したまま、美食研究会を嬲りものにするべく鉄格子の鍵に手をかけ―――
******************************************************************
”既に襲われた後か……!”
「急げばまだ間に合うかも知れません!」
拘置所の入口へとやってきた3人は、倒れている正義実現委員会のメンバーへの救護措置を後回しにして施設内部へと突入する。到着時に銃声が聞こえたため、最悪の事態が想定される状況では一秒も惜しい。
周囲を警戒する
「……気配が4つ、近づいてくる?」
「それは一体どういう……」
階段を覗き込んだスズミは、地下から上ってくる4つの気配を感じた。4人で行動するようなものはアリウスで言えばスクワッドだが、彼女たちならばもっと気配を殺すはずだ。
首を傾げるスズミとハスミだが、同時に話し声が聞こえてくる。その声は明らかに聞き覚えがあるもので、ハスミは胡乱げな表情を見せる。
「いやあ、
「ええ、牢屋から出していただけるとは感謝です」
「とりあえずなにか食べようよ! 私お腹ペコペコだよ~」
「そうそう、なんでも良いから食べないと!」
耳を澄まして聞いてみれば、それは明らかに美食研究会の声。昨晩聞いている以上、ハスミが聞き間違えるはずもない。それが何故牢屋を出て階段を登ってくるのか、彼女は僅かに混乱する。
まさか脱獄なのかと思い、銃を握る手に力が入ると同時に美食研究会の先頭を行くジュンコと目が合った。僅かな沈黙、1秒程度の間を置きジュンコは目を見開いて驚愕した。
「……ってわああっ!? 正義実現委員会の副委員長!?」
「あら~、それに自警団の閃光弾の方ですね、何の御用でしょうか?」
「あの……どうやって牢屋から出てきたのですか? それに、随分と服も汚れて……」
「
「それはそうと、何か食べ物無い? 夕飯食べて無くてもう大変!」
ジュンコはハスミとの遭遇に慄いたものの、他の3名はそんな事はどうでもよいと言わんばかりにスズミの質問に答えたり、食べ物を強請ったりする。彼女たちが虜囚の身であるという自覚が無く全くの自然体で応対しているのはハスミ的には業腹だが、しかし同時に無事で良かったと胸を撫で下ろす自分が存在することに気づいた。
いくら腹が立ったり許しがたい存在であっても、死んでほしい等とは望んでいない。それが普通である。憎しみのあまり破滅を願うアリウスの異常さが際立つというものだ。
「
「ええっとね、白い外套を着て、ガスマスクで顔を隠した―――」
「……良く無事でしたね」
「そうですねぇ、見た感じ油断していたっぽいのと、体格が貧相でしたから私とジュンコさんで武器を奪って、あとはこう……流れで?」
スズミは美食研究会相手に牢屋で何が起きたかを聞いた結果、アリウスの生徒がやってきて彼女たちを
食べるものにも事欠くアリウスの生徒は身体が貧相なのが多いというのはスズミは身を以て知っていたが、そんな貧弱な体躯の生徒が美食研究会相手に肉弾戦を挑まれればどうなるか―――その結果は推して知るべしというわけで、今こうして話しているのが全てであった。
「ハスミさん、どうしますか? 現在のトリニティの状況では彼女たちを収監し続けるのは難しいでしょう」
「それは……そうなのですが」
「先生に相談するべきだと思いますが、どうでしょうか?」
美食研究会の扱いに悩むハスミ。再度収監したとしても拘置所は安全ではなく、正義実現委員会の詰所に向かえば騒動になるのは間違いない。一方スズミの提案はいわば丸投げみたいなものだが、現状ではそれが最適解だろう。
「……そうですね、そうしましょう」
「あら、シャーレの先生がお見えになっておられるのですか?」
「はい、現在トリニティは非常戒厳下にあります。拘置所も安全ではなくなりましたので、あなたがたのような学外者は先生の指示を仰いだほうが良いかと思いまして」
「ねえ、大丈夫? 私達、何度か風紀委員の手伝いしてるシャーレの先生にこてんぱんにやられたことあるんだけど……」
「そんなことよりなにか食べさせてー! もう一歩も動けないよー!」
「……こんな調子で大丈夫でしょうか」
美食研究会は過去に何度か風紀委員会の手伝いをしている
とにかく
******************************************************************
「事情はおおよそ聞かせていただきました。なんともタイミングの悪いことで……」
「そもそも、あなた達が水族館からゴールデンマグロを盗まなければ良かったんですよ!」
”まあまあハスミ、起きたことはもう仕方がない。それで、君たちの身柄を私の方で保護させてもらう事にした。まあ、S.C.H.A.L.Eへの仮入部という扱いになるか”
「随分あっさり認めるんですね、先生……」
倒れている正義実現委員会の生徒を手当し、美食研究会に備蓄していた保存食を食べさせた後に外に連れ出したハスミ達は、直ちに
マイペースな美食研究会にイライラするハスミをなだめつつ、彼は特に深く悩みこむこともなく美食研究会をシャーレに仮入部させることに決めた。そのあまりのスピーディーさにスズミはやや呆れ顔だが、事も無げな様子の
「それで、私達はどうすればよろしいのでしょうか、先生?」
”うん、それだが……ハスミ、スズミ、私は今からナギサ救出部隊を支援するために陽動を行うつもりだ。2人は美食研究会の4人をつれて別館へと戻って欲しい”
「先生一人で大丈夫ですか?」
”ああ、任せてくれスズミ。大丈夫だ、問題ない”
美食研究会を救出した後にどう動くべきか。ナギサ救出が同時並行で行われているためこちらの支援は必須なのだが、今現在アリウスの部隊が展開しているトリニティの敷地をむやみに移動するのはリスクしか無い。
装甲車などの安全かつ高速での移動手段が無い現状、彼女たちを連れ回すのは酷だろう。彼は最初から単身陽動を行うつもりであったため、彼女たちを別館に戻らせることにした。あそこならば少なくとも拘置所よりは安全だ。
「……まさか美食研究会と肩を並べる日が来るとは思いませんでした」
「うふふ、トリニティのクーデターが成れば私共はトリニティの美食を味わう機会を失うということです。そんなの、とても許容できるものではありませんわ」
「トリニティの美味しいものを独占なんて絶対許せないよね!」
「イズミさんの言うとおり、悪い子にはちょ~っとお仕置きが必要ですよね♪」
「そうそう、あいつら絶対に許さないんだから!」
ハスミはまさかの美食研究会との共闘に思うところがあるようだが、非常事態故に飲み込むほか無い。猫の手も借りたい状況ではあるので、高い戦闘力を持つ美食研究会の参戦は戦力面ではプラスになる。
美食研究会側としても、トリニティにおいて対ゲヘナ過激派が政権を取るのは彼女たちが求める美食の道の障害となるという認識であり、阻止に関してはかなりのやる気を見せた。そんな理屈でと思うかも知れないが、それが美食研究会。一本筋が通っているとも言えた。
「では先生、どうかご無事で」
”任せろ、私のやることに失敗の二文字はない”
周囲に響くタービン音。エンジンノズルから出る青白い炎と共に、濃紺の巨人は猛スピードでトリニティの夜空へと飛び立っていった。
******************************************************************
トリニティの中央に存在するティーパーティー用の校舎に併設された離れの建築物。かつてはホストの住まいであったというそれは、今の時代においてはティーパーティーの品位にそぐわない人間を拘束するための牢獄となっていた。
とはいえ、余程のことがない限りはティーパーティーの生徒がここに収監されることはなく、今となっては歴史を物語る史跡のような扱いなのだが―――今、ここには一人の生徒が収監されている。
桐藤ナギサ、ティーパーティーのホスト代行である彼女は幼馴染のミカの裏切りによって権力の座を追われた彼女はこの建物の最奥に居ることが予想されていた。
「……流石に警備が厳重ですね」
「ハナコさん、ここは正面入口以外にも出入り口があるのですか?」
「はい、ミネ団長。ここはいにしえの時代にはホストの住まいであった場所、脱出用の秘密の通路の1つや2つは存在するんですよ。例えばあそこの壁、あの台形の石は実はパネルになっていまして……」
そんな建物の正面入口を望む物陰に4名の生徒が身を潜めている。ナギサ救出のために選抜された彼女たちは建物の警備に当たっているのがアリウスの生徒であると認めた後、ミネとハナコはどうやって内部へと侵入するのか相談し始めた。
ハナコは一体どこで情報を仕入れたのか、ティーパーティーでも一部の人間しか知らないような隠し通路の存在を示しながら突入のためのプランを練っていくが―――
「……これは!?」
「うっ!」
耳をつんざくジェットの轟音、思わず塞いでしまうほどの強烈なそれの源を4人が共に見上げてみれば、青白い炎を引きながら夜の空を駆け抜ける濃紺色の巨人の姿。
アリウスの生徒たちはそれを見るなり銃を空へと向けて撃ち始めるが、メタルウルフはそれを気にする事無く少し離れた地点へ向けて降下していった。それが
「敵襲だ! チームⅢは直ちに広場へと向かえ!」
「……先生が用意してくれたチャンス、無駄には出来ませんね」
「ええ、今ならば正面からいけるはずです」
「わかった、私もやるぞ」
アリウスの生徒たちが次々にメタルウルフの向かった先へと走っていく。結果、この場に残ったのは扉の前で見張りとして役割を持つ2人だけとなり、ここの警備が弱まったとみるや4人は行動を始めた。ここまで弱体すれば小細工など不要。
直ちにミネとイトハの2人が物音を立てずに物陰から建物へと近づいていくが、アリウスの生徒はそれに気づくこと無く手持ち無沙汰な様子。そんな彼女たちにあと数歩踏み込む事ができれば手が届くという距離まで至った直後、ミネは愛用のライオットシールドを構えて一気に跳躍、頭部へのシールドバッシュによって昏倒させる。
「なんだ、こいつ―――ガッ!?」
相方が倒されたことでもう一人のアリウス生徒がミネへと銃を向けるが、しかしそれに対しイトハは左袖口に仕込んでいた特殊警棒をさっと伸ばし、背後から頭部を殴打。全力で振り抜かれたその一撃は意識を刈り取るのには十分な威力があった。
「……ま、こんなものだろう」
「ええ、後はナギサ様をお連れするだけ」
見張りを制圧し、フリーになった建物の入口。イトハはハナコとアズサへ向けて手招きして迎え入れると、扉を開けて中へと踏み込む。内部に警備の生徒は置いていないようで、進む4人の足音だけが響いていく。
まったく不用心だなとイトハは呆れるが、襲撃する側からすれば都合がいい。あっという間に彼女たちは最奥の座敷牢へと到着する。扉に鍵がかかっているようだが―――
「ここは任せて欲しい」
「お、いいやり方があるのか白洲」
「ああ、爆薬を用意してきた」
「ナギサさんに危害を加えないように気をつけてくださいね、アズサちゃん」
持ち込んだ爆薬をドアに設置し、直ちに起爆。小規模な爆発とともに鍵が破壊され、機能を果たさなくなったドアを蹴破りミネとイトハが部屋へと飛び込む。入口周辺は散乱したドアの破片で散らかっているが、部屋全体としては中々に豪華なもの。その一角に存在する天蓋付きのベッドの上に、ナギサの姿を確認した。
「……罠無し、桐藤を見つけたが、こいつは寝ているのか?」
「少々お待ちを。診察してみます」
「わかった蒼森、ここは任せる。白洲、浦和、搬送の準備をしておけ」
爆発音を出したというのに目覚める気配のないナギサにイトハは訝しむが、ミネは腰にかけたポーチから聴診器などの医療器具を取り出し動かぬナギサの診察を始める。
対してイトハはこれ以上自分にやれることはないと部屋の入口での警戒に務め、アズサとハナコに次の段取りに移るように促す。
「……心音、呼吸共に異常なし。外傷もないので恐らく薬物で意識を失っているものと思われますが、この場でどうにかできるものではありませんね。早く連れ出しましょう」
「ハナコ、2人で持ち上げるぞ。私はこっちを持つからハナコは脚の方を」
「いきますよー……よいしょ!」
診察の結果、意識こそないもののナギサを動かしても問題ないというお墨付きを得たことで、ハナコとアズサは二人がかりで彼女を持ち上げる。後は脱出と言いたいところだが、警戒に当たっているイトハはそれを左手で制止した。
「待て、正面入口方向から来る。どうやら爆破の音を聞かれたようだ、突破は骨が折れるぞ」
「それでしたら……ミネ団長、そこの本棚の3番目の段の左から2番目の本を引き抜いてください。脱出用の隠し扉の出入り口になります」
「わかりました、これですね」
「……監禁している部屋に隠し通路があるのはセキュリティ的にどうなんだ」
想定よりも早くにアリウスが駆けつけてきたことはハナコにとって想定外ではない。彼女の指示通りにミネが本棚を操作すると、小さくロックが外れる音がして本棚が動き始める。その先には蜘蛛の巣や埃に塗れ、明かり1つ無く真っ暗ながらもしっかりとした作りの通路が顔を覗かせた。
こんな物がある部屋にナギサを監禁していたアリウス、ひいてはミカにアズサは呆れるが、恐らくこの通路の存在など誰も知らなかったのだろう。むしろそれを知っているハナコを称賛すべきと言える。
「イトハさん、早く!」
「わかった、スモークで目眩ましをする」
近づくアリウスの足音。ナギサを搬送する2人を先に行かせ、ミネは殿となったイトハへと声を掛けると、彼女はスモークグレネードを通路へと投げ入れた。白色の煙が立ち込めアリウスの追手の足が止まる。
このスモークグレネードは自警団の装備の1つで、これを愛用する通称「駆け回る煙幕弾」と呼ばれる生徒もいるが、念の為1つもってきて正解だったということだろうか。煙の中に突っ込むことが出来ぬアリウスの生徒たちを尻目にイトハが隠し通路に駆け込むと、本棚が元の位置へと戻っていく。これで隠し通路を知らぬ彼女たちは追跡できなくなっただろう。
「……先を急ぎましょう。まだここは敵地です」
「ああ、そうだな」
2人は駆け出し、先へ進んだアズサとハナコのもとへと急いでいく。ナギサの救出は別館に到着して初めて成功したと言えるのだ。
******************************************************************
”そおら!”
「わああっ!?」
ブーストダッシュで体当たりを仕掛けるメタルウルフに撥ね飛ばされ、アリウスの生徒たちが宙を舞う。ストライクと言いたいところだが、実際には彼女たちのうちほんの数人だけしか無力化することが出来なかった。
マイケル・ウィルソンは基本的に生徒に対して銃火器を使用するつもりはなかった。せいぜいがペイントガンあるいはテーザーガンの使用で今までカタをつけていたのだが、アリウスの生徒はヘルメット団やスケバンといった不良たちとはわけが違う。
”こいつは面倒だな……”
「囲め囲め! ロケットランチャーを持って来い!」
「
”チッ!”
対人用小火器では埒が明かないと見るや、大火力の対戦車ないし対物兵器を持ち出すアリウスの生徒たち。単発ではびくともしないが、こうも集まってこられるとバカには出来ない。
「逃がすな! ここで仕留めろ!」
”何人居るんだ!?”
さらに集まってくるアリウス。大隊規模で展開している彼女たちの数はこの場においても軽く100を超えており、うち3割が対戦車火器を装備しているという火力偏重の編成だ。このまま制限付きの状態で飛び回っていてもこちらの損害が増えるばかりだろう。
”そろそろ潮時か……!”
『先生、聞こえるか? 私達は桐藤を連れて離脱した。先生も無理をしないでくれ』
”ナイスタイミングだな! 私もこれから一時離脱……ぐっ!?”
イトハからナギサの救出が出来たという連絡が入り、ようやく陽動の終わりが見えて気が抜けた瞬間、メタルウルフの背後から放たれる銃撃がその姿勢を崩す。体勢を立て直しなんだと振り返った彼の視線の先には―――
「……あはは、そのパワードスーツとっても頑丈だね? 今の攻撃、結構本気で狙ったんだけどなぁ」
”……ミカか、私を殺しにきたか?”
クーデターの首謀者、聖園ミカが濁った瞳のまま笑顔を張り付かせ、硝煙立ち上る銃口を向けていた。あの銃の規格は9mmパラベラムのはずだが、その威力はまるで戦車の主砲をぶち込まれたようなものであった。彼の額に汗がじわりと浮かぶ。
「先生が悪いんだよ? 私とアリウスが繋がってるって気付いちゃったから……もう、ね?」
”………”
対峙するミカとメタルウルフ。周囲のアリウス生徒が包囲網を作っていくものの、こちらはそれ程心配する必要はないだろう。最悪飛べばいい。
問題はミカの方だ。
「何でこんなことをするんだって、そういうのは聞いてくれないんだ?」
”予想はついているからな、ゲヘナと戦争をするつもりだろう? 私が聞くのは何故そこまでゲヘナを嫌うんだというところだ”
「あ、そっちの方なんだ。で、
”そういうのは容認できるものじゃないな、その重みに君は耐えきれないはずだと思ったんだが……”
笑いながらゲヘナを消すと主張するミカの姿に、先日の青ざめた顔をしたミカの顔が重なり合う。たった数日でここまで心境が変化するのは正直考えられない。あり得るとしたら、誰かに洗脳されたか……そこまで考えが至った時、ミカの銃からマズルフラッシュが迸り、弾丸がメタルウルフの装甲を抉る。
被弾の衝撃でのけぞる
「……これが私の回答だよ。私は悪党、セイアちゃんを死なせた魔女だから、このくらいはやっておかなきゃ……そうでなきゃ、私がここまできた意味がなくなっちゃう」
”……くっ! やめろミカ、セイアは生きている! 私達が保護した!”
「そう言われても、もう遅いの先生! ここまでしちゃった以上、引き返すことなんて出来ない!」
ミカへセイアの生存を告げ、説得する
”君たちは若い。1回や2回の過ちで人生をふいにするな! 死ななければ何回だってやり直せるはずだ!”
「先生……うっ!」
畳み掛けるように説得するが、しかしその瞬間彼女は頭を抱えてしゃがみ込む。数秒の後に顔を上げたミカの瞳は再び濁りきっており、表情も貼り付けられたような笑顔に戻っていた。
「先生だって、私のこと許せないでしょ? セイアちゃんだってきっとそう、だから私は……」
”ミカ……”
何か彼女を正気に戻すきっかけがなければ説得するのは不可能だと彼は断じた。彼女の精神に干渉する何かがあるのは分かったのだが、それが何なのかが判明せぬ限り彼女を救うことは出来ないだろう。
脅して従わせているような相手なら殴れば済む話だが、ミカはそういうものではない様子。薬か、催眠術か、あるいはもっと別のものか……それを探るにはあまりにも時間がない。
(”くそっ、何か手はないのか。何か……こういう時、父さんならどうする? アルファワーム事件を解決に導いた父さんなら……!”)
アリウスの生徒たちの包囲網が完成し、完全に囲まれた状態の中
『―――マイケル、聞こえるか。久しぶりだな、また話せて嬉しいよ』
”
しかし、かのクーデター事件の最中に彼は2度父親の声を聞いていた。1度目はホワイトハウスからの撤退を余儀なくされた時、そして2度目はホワイトハウスへと凱旋する時。そういう経緯もあってか、父親はきっと空から自分を見守ってくれているのだろうと彼は思っていたのだが、まさかキヴォトスでもその声が聞けるとは。
返す
「……先生、えーっと、誰と会話してるの?」
『あまり時間がないから落ち着いて聞いてくれマイケル。あの娘は悪意によって自身の感情を操作されている……既に魂だけの存在となった私にはわかるんだ、あの娘を縛り付ける闇色の鎖が』
マイケル・シニアは息子を落ち着かせるようにゆったりとした口調で話を続ける。その裏にある決して焦るなという彼の意図を、
『……あの娘の胸元のブローチ、それが彼女の魂への楔となっている。まずはあれを破壊するんだ。だが、彼女が操られているのはあくまで感情面だけ……あの娘を止めるのは、そうだな、あの娘の友達の力が必要だろう』
”ナギサとセイアか……?”
『おっと、そろそろ時間か。私が声をかけられるのはここまでだ。友情の力を信じ、その後押しをしてやれ……さらばだマイケル、私の自慢の息子よ』
”父さん……わかった、ありがとう”
父親の声が遠くへと消え、胸元のカードとネクタイピンの光が収まっていく。偉大な父のアドバイスによってミカを救う光明が見えたのならば、彼が諦めるはずがなかった。
まずはこの場を切り抜け、ミカをナギサとセイアに向き合わせねばならない。彼は場を離脱して補習授業部と合流することを優先することとした。ミカとの交戦を控えながら彼女の胸元のブローチを破壊するには生徒たちの力を借りねばならないのだ。
”ミカ、私は一旦ここは下がらせてもらおう。目的は既に果たしたからな、彼女たちが”
「……まさか、ナギちゃんを連れ出した!?」
”また会おう、ミカ”
「……アリウス大隊の全員を直ちに呼び出して。補習授業部の合宿場を攻撃するの」
「了解、大聖堂攻撃中のチームⅤも呼び戻せ!」
「チームⅠからⅢ、再集合!」
ブーストジャンプで離脱するメタルウルフの姿を歯噛みしながら見送り、ミカは静かに挽回のための行動を指示した。各地を制圧させていたアリウス大隊の部隊を纏め、補習授業部の合宿場を早期に叩かねばならない。ナギサの名で正義実現委員会への出動要請がなされた時点でこのクーデターは失敗に終わるのだ。
「……私は、どうすればよかったの?」
慌ただしくアリウス大隊が動く中、ミカの呟きは誰にも聞かれること無く静かに闇の中へと消えていく。いつもそれに答えてくれる友達は彼女の隣には居なかった。
To be Continued in Episode10 ”
ミカを止めるための方法を父親から知り、マイケル・ウィルソンはまだまだ諦める様子はありません。彼は預言を覆してミカを殺さず、この騒ぎを収めることが出来るのでしょうか。
用語解説
トリニティ自警団
原作においては正義実現委員会に馴染めず退部した守月スズミが自主的に始めた自警活動、それに感化された生徒たちが各々活動した結果そう呼ばれるようになったグループだが、本作においては洲根イルミがその創設に深く関わっている。
アリウスからの脱出者であるスズミは誰かを守る活動がしたいと正義実現委員会に入ったものの、軍隊的な集団生活がアリウスでのトラウマを刺激して退部を余儀なくされたその代替として用意したのが自警団だ。
初期メンバーはイルミ、イトハ、スズミを合わせて8名、全員が対アリウスを前提に参加しており、洲根家の資金援助でそこそこ装備は潤沢。後に入ってきた宇沢レイサなどは自警団の本当の目的を知らないため、純粋な自警団と対アリウス武装集団という温度差が内部で生じている。
マイケル・ウィルソン・シニア
故人。メタルウルフカオスにて初登場したが、ホワイトハウス前の銅像を壊そうとするとそれを静止するようにあの世から声をかけてくる。壊せば武器が先行入手できるため止めるメリットはあまりない。
大人のカードと形見のネクタイピンを触媒にキヴォトスにいる息子へと8年ぶりにコンタクトをとり、ミカを救うヒントを与えた。