METAL WOLF Archive XD   作:W.B.O

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Epilogue ”What's ahead(これからの事)

 トリニティで起きたクーデター騒ぎから数日、爆破された別館とはまた別の未使用校舎に補習授業部は合宿場所を変えていた。

 広く、より年式も新しく、しかも清掃が行き届いていてピカピカの校舎。とはいえここに居るのは訳アリの集団、それが補習授業部。しかしここには少数ではあるものの補習授業部以外の生徒の姿もあり、それが先日までとの最大の違いといえるだろう。

 

 

「……それで、どうなんですの?」

 

「ひどいものですよ、こんな学校が実在してるなんて思いもしませんでしたわ」

 

「保育所のほうがまだマシでしょうね」

 

 

 小声で愚痴を言い合うティーパーティーの生徒を横目に廊下を歩くのは、左腕の骨折が未だ癒えずに吊るしたままの洲根イルミ。骨折はいまだ完治はせずとも、日常的な動作には支障はないというお墨付きをもらってようやく仕事に復帰である。

 

 

「あら、ごきげんよう洲根次官。これからどちらへ?」

 

「先生を探しているのですが、見ていませんか?」

 

「それなら講堂の方に。今日はアリウスの方々に説明会をするということで」

 

「なるほど、そうでしたか。確かにそういう話がありましたね、ありがとうございます」

 

 

 愚痴を言い合っていたティーパーティーの生徒がイルミに気づいて声をかける。丁度良いとばかりに先生(マイケル)を探していたということを伝えれば、その生徒は心当たりがあるということで場所を教えた。

 そう言えば先日先生(マイケル)そんなことを言っていたようなと思い出しつつ礼を述べると、まさかイルミにそう言われるとは思っていなかった生徒は一瞬ドキッとした表情を浮かべたが、それを気にすること無く彼女は足早にその場を去る。

 

 

(それにしても……随分と様変わりしましたね)

 

 

 要所要所に正義実現委員会の生徒が並び、時折シスターフッドの生徒とすれ違うという先日までの補習授業部では考えられぬ場面を目の当たりにした彼女はようやく目的地にたどり着いた。

 そこは『()補習授業部ブリーフィング』という看板が立てられた講堂で、イルミがそっと講堂を覗き込むと、視線の先では多数の生徒と、それと向き合う形で演台に立つシャーレの先生たるマイケル・ウィルソンの姿があった。

 

 

「失礼します」

 

 

 ノックをし、講堂に入る彼女に向けられる多数の視線。白っぽい外套で意匠が統一された生徒たちがじっとイルミを目で追う。

 ため息を付きたくなるのを我慢しながら彼女は演台の前に立ち、部屋の隅から隅までを見渡す。この講堂の席の数から考えれば、この場には120人はいるのだろう。彼女は口を開いた。

 

 

「ティーパーティーフィリウス派閥次官、洲根イルミです。今日から補習授業部の監督生として業務に復帰する旨を伝達します。この地で勉学に励むことが出来ることを光栄に思いなさい」

 

「ひっ……!」

 

”……イルミ、そういうのは良くないな”

 

「……申し訳ございません、皆さん。貴女方を害するつもりはありませんので、どうか気を楽に」

 

 

 何時ものような高圧的な姿勢で望むのは彼女の癖か、しかしそれによって眼の前の生徒たちは途端に怯えだす。恐怖の色が滲むその姿は痛々しい。

 それがあまりにも見ていられないため先生(マイケル)が苦言を呈し、怒られた彼女は珍しく神妙な面持ちで頭を下げた。さすがの彼女も、やってしまったという後悔が生まれていた。

 

 

”あー、諸君、改めて自己紹介するが、私は連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの顧問、マイケル・ウィルソンだ。S.C.H.A.L.Eの先生、あるいはただ先生とも呼ばれている。君たちとは昨日戦火を交えたが、君たち()()()()の事情そのものについては知っているつもりだ”

 

 

 空気を変えるためにわざとらしく身振り手振りを交えて話題を変える彼の言葉にあるように、今この場に居る生徒は全員がアリウス分校の生徒であった。これはどういうことかと言えば、補習授業部はあの事件の後、捕縛したアリウスの生徒たちをまとめて教育する場になるという変化を余儀なくされたのだ。

 まず前提として、アリウスとトリニティは別の学校とはいえ、アリウス分校という学校は現在連邦生徒会に登録されていないという事実がアリウスの学生たちの立場を難しいものとしていた。

 ()()()()()()()の生徒は、公的に立場を保証されるものではない。彼女たちは野に放てばただの無学籍の子どもとして扱われ、倫理観が欠如した大人に食いつぶされるのが殆どなのがキヴォトスの裏社会の実態だ。

 だが、敵対的であったとはいえアリウスの生徒たちに罪はないとマイケル・ウィルソンは強硬に主張し、ナギサとセイアもそれに同調。かくしてトリニティにおいてアリウスの生徒を一時的に保護するという運びになった。

 しかし、教育レベルの低いアリウスに合わせて正規のカリキュラムを用意できるわけがなく、そこで白羽の矢が立ったのが赤点者を抱える補習授業部ということだ。ここなら非正規のカリキュラムを使用しても咎められることはない上に、本校舎から分離して合宿という形で集められるという利点があったので、彼女たちは全員が補習授業部の所属ということになっている。

 無論、アリウスの生徒を抱えたことで膨れ上がった補習授業部を先生(マイケル)監督生(イルミ)だけで管理できるはずもなく、ティーパーティー、シスターフッド、正義実現委員会から必要な人材が派遣されていた。ティーパーティーが運営補佐、シスターフッドが生活補助、正義実現委員会が監視という役割分担で、相応の人数が割かれていた。

 

 

”安心してほしいが、ここでは命の危険はない。戦闘訓練もしなくていいし、温かい食事にお湯の出るシャワー、ふかふかのベッドがある。その上で、君たちには世間一般における常識、及び基礎的な学力を身につけてもらうというわけだ”

 

「……どう思う?」「シャーレの先生って、あのパワードスーツのだよね……」「うーん」

 

 

 アリウスの生徒たちは先生(マイケル)の言葉に一々ヒソヒソと言葉をかわしていく。それは警戒感からかくるものであるのは明らかで、未だに敵視をする向きがあるようだ。

 しかし、それでもここ数日実際に温かい食事、お湯の出るシャワーでの入浴、ふかふかのベッドでの睡眠を経験するとアリウスでの暮らしが馬鹿みたいに思えてくるのは事実で、じっくりとだが少しずつ彼女たちはアリウスの外というのを認めつつあった。

 

 

”そして自分で感じ、考え、見つめ直してみて欲しい。君たちが教えられていたように世界は本当に虚しく無意味なのかと。誰かに言われたから鵜呑みにするのではなく、己の意思で選択することが大事だと私は主張する。つまり、経験ではなく選択だ。私たちは君たちにそれを提供することができる”

 

「……」「……」「……」

 

 

 演説めいた彼のスピーチに、次第にアリウスの生徒たちは引き込まれていく。「全ては虚しい(Vanitas vanitatum)どこまで行っても、全てはただ虚しいものだ( et omnia vanitas)」 という教えを受けていた彼女たちにとって、彼の言葉は劇薬に近い。

 

 

私には夢がある(I have a dream)。子どもたちがなに不自由無く、未来への展望を抱ける世界をつくるということを夢見る。私には夢がある(I have a dream)。子どもたちが飢え、寒さに震え、命の危機に曝されることがない世界をつくるということを夢見る。私には義務がある(I have a duty)。その夢を叶えるために、先頭に立って戦うという責任と、覚悟がある!”

 

 

 熱を帯びる彼の言葉を、アリウスの生徒たちは段々と前のめりになって聞き始める。

 ヒソヒソ話は聞こえなくなり、全員が彼をじっと見つめていた。

 

 

”キヴォトスの全てに自由と平等、青春を響かせよう。すべての子供達にはそれらを享受する権利がある! 自由、そう、自由だ! その先の君たちの未来はいつだって輝いている! そして未来、君たちが大人になった時に後悔のないように強く主張しよう。「我々は自由だ」と!”

 

「……」「……」

 

 

 スピーチが終わり、沈黙が支配する。しかしそれから程なく、まばらだが拍手が聞こえてきた。それは時間を追うごとに数を増し、講堂を揺るがすほどの熱気となっていく。

 歓声が沸き起こり、スタンディングオベーション。一人置いてけぼりなイルミは一体どうしてこうなったのかと頭を抱えたくなったが、明らかに目立つ場所でそんなマネは出来ないので、ただただ平静を装い、熱狂の波が過ぎ去るのを静かに待つ羽目になった。

 

 

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「それで多くのアリウスの生徒が先生の支持者になったんですよ、一体どんな魔法使ったんですかね?」

 

”そうはいってもな……熱意を込めて希望を語れば、心に響くものだろう? 私としては特に気をつけているところはないのだが”

 

「これだから天然のカリスマは参考になりませんね、期待した私がバカでした」

 

「あ、あはは……」

 

 

 それから少し後、場所は変わり、補習授業部の教室。イルミは右手で頬杖を付きながらやけくそ気味に先生(マイケル)へ先程の演説のコツを聞く。

 元々人望があるとは言えぬ彼女にとって演説1つで人心掌握をする彼の話術は魔法に等しいため、知ることが出来るなら学びたいという意欲はある。しかし帰ってきた答えはやはりというべきか、想像の通り(無自覚)であった。故に、悪態を付きながらため息をついた。

 不機嫌な先輩の姿にヒフミが顔を引き攣らせながら苦笑し、少し距離を置いた。当たり散らすようなことはしないとは言え、あまり機嫌の悪い人には近づきたくないという防衛本能である。

 

 

「先生の一人舞台ですか、少し見てみたかった感がありますが……アリウス分校、予想以上にひどい環境だったんですね」

 

「ああ、今思えば学校と呼ぶのもおこがましいレベルの環境しか無かった。マダムの支配下から離れ、彼女達にいい変化があればいいんだが……」

 

 

 一方、イルミの話を聞いたハナコはほんの少しだけ周囲の人間を引き込むカリスマを見せた先生に興味を抱くが、それ以上にアリウスの生徒たちの実態を知ったことで小さくはないショックを受けていた。

 アズサが補足するようにそれはカルチャーショックと言えば簡単だが、コップ1杯の水を飲むだけで大喜びしたり、あるいは些細なミスを指摘したりすると途端に土下座して慈悲をこい始めるのはドン引きしてしまうもの。

 アリウスの洗脳教育の恐ろしさはハナコの精神に少なくないダメージを与えたが、そんな空気を切り替えるようにヒフミが口を開く。

 

 

「でも、皆さん時間が経つにつれてそういう行いの頻度は下がっていると聞きますし……このままじっくり時間をかければ、私たちと同じようにできるんじゃないでしょうか」

 

「楽観的ですね阿慈谷ヒフミ、でもまあ……そういうのもいいでしょう。正直、私もこれ以上悪くなってほしくないので」

 

 

 ヒフミの言葉に、イルミは珍しく同調する。ただでさえ腕を折られ、クーデター事件の後始末やアリウス生徒の世話をさせられているのでこれ以上悪くなってほしくないという願望がにじみ出た形だ。

 疲れた様子の彼女を見ていたコハルは、ふとこの場に居ないもう1人の3年生のことが気になった。先の事件の後に重傷者は皆救護騎士団で入院しているが、イトハもそのうちの1人。勉強を良く教えてくれた相手ではあるので、やはりどうなっているのか気になるというもの。

 

 

「そういえば、イトハ先輩は大丈夫なんですか?」

 

「命に別状はありませんよ下江コハル、肋骨が折れたそうですがまあ……後数日もすれば戻って来るでしょう、いつものことなので」

 

「あっ、はい。それは……よかったです」

 

 

 入院中の彼女について聞くコハルに対し、あまり心配する素振りを見せずにイルミが答える。なんだかんだで心配はしているのだが、このくらいならどうってこと無いという幼馴染故の信頼の表れでもある。

 ほっと胸を撫で下ろすコハル。一連の流れを見届けた先生(マイケル)は軽く手を叩いて皆の視線を集めようとする。実際、それに応えるように全員の視線が彼に向けられた。

 

 

”さあ、おしゃべりはそこまでにしようか、今日は第2回の特別学力試験の模擬試験だ。試験内容は以前と同じ、合格ラインもな。さて、用紙を配るぞ”

 

 

 そう言い、各自に問題用紙を配る。いくら補習授業部が大きくなったとしても、もとはといえば彼女たちの成績不振のために作られたものだ。

 トリニティの裏切り者、エデン条約の妨害者の件が解決したとはいえ、それは裏の目的。公にできるものではない以上それは無いものとして扱わざるをえないわけで、だからこそこの試験に合格しなければ彼女たちは補習授業部のまま。

 しかし裏の目的が解決し、全員同時合格する必要もなくなったことで、合格ラインに到達したものから離脱して良いというルールが新たに施行される運びとなった。

 これはいつまでも居座られては困るというティーパーティーの意向によるものだが、逆を言えばテストに合格できなければずっと補習授業部送りということでもある。

 無論、彼女たちの学力は合格レベルに達しているはずではあった。問題はテストでそれを証明できるかということだが―――

 

 

”では、模擬試験を開始する”

 

 

 ―――結論から言えば、模擬試験の結果は全員が合格。

 イトハが復帰して本番に臨めば、全員が晴れて補習授業部から卒業できるようになるだろう。

 ようやく当初の仕事が終えられそうだということに、先生(マイケル)はほっと胸を撫で下ろした。

 

 

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 その後、ナギサに呼ばれてやってきたティーパーティーのテラスでは、長机でナギサとセイアが優雅にお茶をしていた。しかし先生(マイケル)の到着を見るや彼女たちは来客対応のモードへと切り替わる。

 従者を下がらせ、3人だけとなったこの空間。彼は遠慮なく用意された椅子へと座り、2人を交互に見る。あれから大変な業務があっただろうが、一先ず元気そうだと満足げに頷き彼女たちの発言を待った。

 

 

「忙しい中ありがとうございます、先生。改めて先の事件における対応について、この場でお礼を申し上げます」

 

「先生のお陰で最悪の結末は回避され、未来は変わった。これは私にとって非常に意義のあることだ。予知夢で見た未来は決して確定されたものではないという事実は、私にとって救いになってくれたよ。ありがとう、先生」

 

 

 そう言い、揃って頭を下げる2人。先のクーデター事件の鎮圧、及び後始末で奔走した先生(マイケル)を労うようにお茶やお菓子、軽食を差し出す。

 それを受け取った彼は、ナギサの顔をまじまじと見つめた後にそっと微笑んだ。あの事件で一番傷ついたのは彼女のはずだが、それを感じさせない姿は非常に頼もしいの一言。

 もし無理をしているようなら無理矢理にでも休ませようという思いが彼にはあったが、今の彼女の姿にそのような様子は感じられない。どうやら杞憂であったらしい。 

 

 

”元気そうで何よりだ、ナギサ”

 

「はい、お陰様で。ミカさんのことについては……色々とありましたが、一応じっくりと話をしました。セイアさんも一緒に、ですね」

 

「ああ、結局のところは私たちとミカのすれ違いが原因だからね、同じ過ちは繰り返さないためにもミカが泣きを入れるまでじっくりと話し合ったよ。「これ以上はやめてー!」と泣き言をいうミカの姿は中々に面白かったね、あははは」

 

「ふふっ」

 

 

 セイアがそう言い、高らかに笑う。つられてナギサも笑みをこぼした。

 ほんの数秒の間だが、二人の笑い声がテラスに響く。それを見届け、彼はこの場に居ないもう一人の生徒会長(ミカ)に対しての質問を飛ばす。

 

 

”それで、ミカはどうなんだ?”

 

「ミカはそうだね……経過観察、といったところか。精神的な方面でのダメージが不明でね、専門家も居ないし仕方ないんだが……ミネ団長も重傷で入院しているからね」

 

「少なくとも後遺症はでていません。ですが、肉体面の負傷はないわけではないので、入院をと。また、ミカさんが今回事件を起こしたことでパテル分派の統制が弱くなっているようです。パテル派の次官や実務者の間に下剋上の動きが見られるとか」

 

「パテルは()()主義だからね、まあ予想はできていた話だよ」

 

”やれやれ、そちらも大変だな”

 

 

 ミカの健康状態は悪くないようだが、それでも謎の技術で精神を操作されたということでどのような影響を受けたかわからないのは事実。肉体的にも精神的にも、それがわからないから入院というのも理解できた。

 しかし、そのために彼女率いるパテル分派が不安定化するというのはいささか不安材料ではあった。いくらミカの罪状を他責にしてぼかしたところで、ティーパーティーの一角が不祥事を起こしたことには変わりがない。

 結果として権威が損なわれ、統治能力の低下に至るのはエデン条約を見据えたときに大きなマイナスポイントとなる。

 

 

「そこで、だ。私たちは考えたんだが、3派閥だけで運営しているという硬直的な状態がこのような事態に対応できない体制を生み出したのではないかという結論に至ってね、外部からのオブザーバーを加えることにしたんだ」

 

”ほう?”

 

「ティーパーティーに並ぶ権威のある集団は、トリニティには2つあります。これを加え、新体制として学園の運営に当たろうかと」

 

「具体的に言えば、シスターフッドと救護騎士団、もといヨハネ分派だね」

 

”まあ……悪い話ではないな。急場しのぎという感じは拭えないが”

 

 

 権威の低下したティーパーティーを外付けの権威で補強しようという2人の案は、その意図自体は理解できるものではあった。とはいえ、悪い言い方をすれば古い革袋を補修しただけともいえる。

 権威は大事だが、それだけで正当性が得られるというものでもない。だが、権威がなければ人々にその正当性を認めさせるのもまた難しいのは事実だ。

 

 

「実際に急場しのぎだからね、仕方ないと思ってくれ、ゲヘナに隙を見せたくないというのが最たる理由だよ。あそこの生徒会長は抜け目がないからね、どこで目を光らせているのかわかったものじゃない」

 

”マコトかぁ……まあ、彼女はそういうのに目ざといな、うん”

 

 

 真新しさに欠けるという彼の指摘に対し、それでもこういう形でやらねばならぬトリニティ側の事情述べるセイア。特にマコトを警戒している彼女の言葉は納得できるものがあった。

 

 

”……ところで、今思い出したが2人は私の父と話をしたと言っていたな、どういうことか説明してくれないか?”

 

「そういえば……あの時は色々と時間がなくて説明できていませんでしたね」

 

「さて、どこから言えばいいものか……」

 

 

 一通り話を終え、紅茶で喉を潤した先生(マイケル)はふと先日流してしまった話を思い出し、2人に問う。死んだはずの父親(シニア)から話を聞いたというのはやはり気になるものだ。

 

 

「そうだね、簡単に説明すると……私が心を閉ざそうとしているナギサを夢の中で励まそうとしたら、突然君の父上が乱入してきたんだよ。こんな干渉をされるなんて初めてのことで驚いたが、まあそこで色々と説明をしてもらったんだ、ミカを助けるための諸々をね」

 

”そうだったのか……”

 

「自らを死人であると称していたが、その……先生のお父上は本当に亡くなっているのかい? 随分と元気そうで、私の中の死人のイメージというのが音を立てて崩れていくのだが」

 

”そう思ってもらえるなら、父もあちらで笑っているかもしれないね”

 

 

 セイアの説明は普通であれば正気を疑うものであったが、彼女の夢への干渉能力と父による天の声の両方体験しているが故に、彼はその内容を疑うことはない。

 紅茶をもう一口含み、天を仰いで亡き父へと想いを馳せる。一瞬、空の向こうでシニアが笑顔でサムズアップしているような気がした。

 

 

 

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 ティーパーティーのテラスを後にし、トリニティの敷地内を見て歩く。先の事件による傷跡が各所に残っているものの、既に修復作業が始まっているあたりにトリニティの金満さというのが発揮されているのがわかるというもの。

 これがアメリカの田舎なら数年どころか2桁年放置されることもあり得る。予算というものは常に有限なのだ。

 そんな彼の関心事はさておき、時間的に昼食を取るべく正門へと向かったところ、そこでは黒い制服の集団と灰色の改造制服の集団が屯していた。両者が何なのかは彼の記憶の中にきちんと存在している。

 

 

”やあ”

 

 

 近づき、軽く声を掛ける。やはりというべきかこの集団は正義実現委員会と自警団の集まりで、正義実現委員会の方は見覚えのある人物は居なかったものの、自警団側はスズミ他、先の事件で支援してもらったメンバーの姿があった。

 

 

「こんにちは、先生」

 

「こんにちは!」

 

「あっ、あなたが先生っすか? はじめまして、自分は正義実現委員会の仲正イチカっす! ハスミ先輩から先生についてのお話はたっぷり聞かせてもらってるっす!」

 

”うむ、よろしくイチカ。さて……これは何の集まりだ?”

 

 

 正義実現委員会の中でまとめ役をやっている様子の生徒が代表して挨拶をし、手を差し出してきたので握手で応える。糸目が特徴の彼女は随分と砕けた話し方だが、先生(マイケル)がここに居る理由を問うと、自警団側(スズミ)正実側(イチカ)は互いに顔を見合わせた。

 

 

「えーっとっすね、先の事件で逃亡したアリウスの生徒の捜索について自警団側と打ち合わせをしている最中っす。特にスズミはアリウスについて詳しいって先輩から聞いてるので、直接話を聞いているところっす」

 

「……イチカさんは以前、私が正義実現委員会に居た時のルームメイトでした。そういう経緯があるのでハスミさんが手配したのでしょうね」

 

”なるほど、事情は理解した。アリウスの生徒に関しては現状どうなっているか、説明できるか?”

 

 

 二人の事情を理解したうえで、彼は気になっていることを問う。

 あの事件の最後、正義実現委員会とシスターフッドに追い立てられたアリウスの部隊は全部が全部別館に押し込まれたわけではなく、逃走を選んだ集団もあるということを聞いていた。

 その集団が今ゲリラになっていないかどうか、それだけは知っておきたかった。自治区内を歩き回る際の危険性に直結するからだ。

 

 

「えーっとっすね、まだ捕捉はできてないっす。ただ、そういう事件が起きたという話も聞いてないっすね」

 

「はい、自警団もパトロールを強化していますが、発見したという話は聞いていません。潜伏しているのか、あるいは帰還したのか……まだ判断がつかない状況です」

 

”それは困ったな、今から昼食を食べに行こうとしていたんだが”

 

 

 アリウス生徒の捕捉が出来ていないということに思わず顔をしかめる。何処にヒットマンが潜んでいるのかさっぱりわからない状況というのは中々にストレスになる話だ。

 一応シッテムの箱を身に着けていれば問題ないだろうが、できる限り撃たれないのが正解だろう。

 

 

「なるほど、それは確かに困る話っすね。なら、どうっすかね先生、先生さえよければ私たちと一緒に見回りルートを確認して、ついでにご飯も食べるというのは」

 

”なるほど、冴えてるなイチカ”

 

「そうですね、いい案だと思います。先生さえよろしければ、どうでしょうか」

 

”断る理由は無いな、ということでエスコートのほどはよろしく”

 

「はい、任せて欲しいっす!」

 

 

 かくして、イチカの提案するように先生(マイケル)は正義実現委員会と自警団のメンバーと共に自治区へと繰り出していく。ただ、結論から述べればこの見回りでもアリウスの生徒を見つけることはできず、生徒たちに食事を奢るだけになったことをここに述べておこう。

 

 

 

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 昼食と見回りを終えたマイケル・ウィルソンが次に足を運ぶのは、これから先ティーパーティーにオブザーバーとして加わるという予定の救護騎士団(ヨハネ分派)、その本部病院だ。

 ここには先の事件における重傷者、及びアリウス生徒の中でも健康状態のよろしく無い面子が入院しており、周囲には病床数を越えるアリウス生徒を収容するための野戦病院を思わせるテントが設置されている。

 入院しているアリウスの生徒の状態は様々だが、軽度な栄養失調レベルは後数日もすれば全員が補習授業部に合流できると聞いていたので心配する必要はない。ただ、比較的重度な生徒はもうしばらく入院する必要があるという。

 

 

(”……やはりアリウスは早期にどうにかしなければならないな”)

 

 

 こんな状態になるまで放置しているアリウスという環境に対し憤りを覚えながら、行き交う救護騎士団の団員の邪魔にならぬように、彼は病院の受付へと向かった。

 

 

「あ、先生ですね。本日はどのようなご要件でしょうか」

 

”入院中の生徒の見舞いに来た。案内してくれないかな?”

 

「わかりました。セリナ先輩が今手すきですから、お呼びしますね」

 

 

 受付の1年生に面会の申請を行い、数分待つと病院の奥からピンクのナース服を着た見覚えのある生徒、鷲見セリナがやってくる。

 慌ててやってきたのか、眼の前で呼吸を整えた彼女は少しはにかんだ表情を見せながら先生(マイケル)を見上げ、口を開いた。

 

 

「お待たせしました、先生。病室へと案内させていただきますが、入院中の患者がたくさん居ますのでお静かにお願いしますね?」

 

”ああ、頼むよ”

 

 

 セリナに案内され、彼が向かうのは3階の一角にある病室のエリア。

 入院しているのはミカに柱で殴打されたミネとアカリ、カウンターで直接殴られたイトハ、そして殴った張本人のミカの4名。

 さて病室はどこかと思っていたら、ロビーの一角に美食研究会の3人と入院しているはずのアカリの姿があった。まだ右腕にギプスを付けているが、随分と元気そうだ。

 

 

「これは先生、もしかしてお見舞いに来ていただいたのでしょうか?」

 

「うふふ、見てくださいよ先生、もうすっかり良くなりましたよ」

 

「トリニティの入院食、食べられないのは残念だったなー」

 

「イズミ、入院食って味付け変えられないって知ってた? それにあんな攻撃食らってたら多分しばらく物を食べられなくなりそうなんだけど」

 

 

 先生(マイケル)の姿を見るや、4人はフレンドリーに話しかけてくる。その軽さにこれがゲヘナの生徒かと彼は肩を竦めた。

 短い間に大事件が並んだ結果忘れられそうな話だが、そもそも美食研究会はトリニティにおいては水族館襲撃、ゴールデンマグロ窃盗という罪を犯しており、勾留中という立場である。

 ゲヘナへの引き渡しもまだのままアカリが重傷を負い、他の3名も負傷したことで先延ばしになっているが、ここまで元気ならば引き渡しの時期だろう。そう思っていると彼の背後から2人分の足音が近づいてきた。

 

 

「久しぶりね、先生。それと美食研究会」

 

「こちらが死体……ではありませんね。はじめまして先生、ゲヘナ学園救急医学部の氷室セナといいます。本日はトリニティ側の要請により死た……入院患者の引き取りに参りました」

 

「げっ、ヒナ」

 

 

 声に振り返ってみれば、そこに居たのはゲヘナ学園の風紀委員長たる空崎ヒナともう一人、青い制服に白いエプロンを着た白髪の生徒。氷室セナと名乗った彼女は一礼し、美食研究会へと視線を向ける。

 しかし、トリニティ内部にゲヘナの重鎮がいるというのも中々に奇妙な光景だ。エデン条約はまだ調印していないというのに果たして良いのだろうか。セリナも困惑した表情を浮かべているが、その答えはすぐに訪れた。

 

 

「安心してくれ先生、彼女に関しては我々が正式に要請を出した上で、手続きを済ませて訪れている。これで文句を言うほうが無理筋というものだ」

 

「セイア様……それに、ナギサ様も!」

 

 

 現れたのはセイアと、それとわずかに遅れてナギサ。2人は軽くヒナとセナに頭を下げ、先生(マイケル)に対して説明する。

 

 

「これ以上勾留を続けるのは流石に問題だと判断しました。そちらのアカリさんもかなり回復したようですし、ただ……流石に完治していない怪我人を境界線上まで連れて行くの憚られたのでこういう形での引き渡しとなりました」

 

「それに関しては気にはしていないわ。そもそも、美食研が騒動を起こさなければこういうことにはならなかったし、それは自業自得というものね」

 

 

 トリニティの都合に対しヒナは理解を示す。一方ハルナ他美食研究会はなにか言いたいことがあるような表情を見せた。

 ただならぬ雰囲気にナギサが首を傾げ、ヒナは一瞬顔をしかめる。デストロイヤーに手をかけようとする彼女であったが、先生(マイケル)はそれを片手で制止する。少なくとも、生徒の発言の自由は保証するのが彼のスタンスだ。

 

 

「ところでナギサさん、私達はこれでゲヘナに戻りますが……私達美食研究会はトリニティの美食も開拓したいと思っていた所でしたわ。これも何かの縁、是非トリニティ、ティーパーティー御用達のお店でも紹介していただけないでしょうか?」

 

「えっ、ええっと……」

 

「……ハルナ、それは少々図々しすぎないかしら?」

 

 

 ジト目でハルナを睨むヒナ。しかしハルナはそれに怯える様子もなく飄々とした様子でナギサに対して要求を続ける。

 

 

「美食の道を追求する以上の意図はありませんわ。トリニティの有名店は紹介状が必要なところが少なくはないですし、ティーパーティーからの紹介があればスムーズに済むでしょう?」

 

「……どうしましょう、セイアさん」

 

「美食研究会の悪名は私のこの大きな耳にも届いているよ。君たちが紹介した先で問題を起こせば、ティーパーティーの責任も追及されることになる。そういうリスクを考えるとハイと頷くわけにはいかないというのは君たちにも理解できると思うが―――」

 

「ええ、それは分かります。しかし」

 

 

 拒絶のように聞こえる言葉に、アカリは思わず食い下がろうとする。だがセイアはそれを片手で制し、穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「話は最後まで聞いて欲しい。君たちが本質的には美食のためとは言え、私たちと共に肩を並べて戦ったというのも事実として認めなければいけないからね、()()()()()()()()と誓約書に明記してくれるのならば、紹介状をしたためるのもやぶさかではないよ」

 

「セイアさんがそれでいいと仰るなら、私としても異存はありません。それに、アカリさんがミカさんに吹き飛ばされたお詫びの1つくらいはしたいと思っていましたし」

 

「わっ、ほんとに!? やったー!」

 

「ほ、ホントに? ゆ、幻想(ゆめ)じゃないよね……!? わ、わあっ!」

 

「何でも言ってみるものですねぇ」

 

「ええ、本当に!」

 

 

 セイアとナギサの言葉を理解し、美食研の4人は歓びの色を隠さない。特にイズミとジュンコはまるで小学生のようにはしゃぐ。

 かなり無理なお願いだと思っていた節がだだ漏れしているが、2人はそれを気にしないことにした。そもそも、ミカのクーデターの件がある以上あまり強いことは言えぬという事実がそこにはあった。

 

 

「……まあ、そちらが良いというのならば私からは何も言うことはないわ。それじゃあ私たちはこれで、次はエデン条約の調印式で会いましょう。セナ、美食研を連れてって」

 

「はい」

 

 

 話が纏ったと見るや、ヒナはセナとともに美食研を連れて病院を後にする。騒がしい集団が消え、静かになったロビーで僅かな余韻に浸るナギサとセイアの二人だが、すぐに帰らない当たりどうやら他にも目的はある様子。

 恐らくミカとの面会だろうと当たりをつける彼だが、事実それは正しい。

 

 

”さて、君たちはどうするんだ? 私はこれからお見舞いだが”

 

「それなら、ミカさんのところに―――」

 

「あれれ? ナギちゃんとセイアちゃん、それに先生も! もしかして、お見舞いに来てくれたのかな?」

 

 

 一緒に見舞いに行こうと誘うナギサだが、それに被さるように聞き覚えのある声がする。また背後からかと振り向けば、そこに居たのは3人の生徒。制服ではなく入院着ではあったが、ミネ、ミカ、イトハの3人だ。

 

 

「おや……病室には居なかったのか」

 

「ええ、定期検査の時間でした。私とイトハさんはレントゲンを、ミカ様はMRIと脳波測定ですね」

 

 

 ミネはそう言い、ギプスで固めてある左腕を見せる。ミカの振り回した鉄筋コンクリート柱で吹き飛ばされたとき、咄嗟に盾を構えたものの諸共粉砕されたものだ。

 

 

「安静にしろと言われているが、暇すぎて体が鈍る。なあ蒼森、そろそろリハビリしてもいいだろ?」

 

「いいえ、イトハさん。あなたの場合は肋骨を折っていますから激しい運動をすると治癒が長引きます。本気を出せるようになりたいのならば、絶対に完治まで待つべきです。私とて、救護活動に参加できないのは心苦しいのですが治療に専念していますから」

 

「あはは……その、ごめんね?」

 

 

 骨折患者二人の言葉に、ミカは小さくなって謝罪の一言。何せ骨を折った張本人なので、この場所においては肩身が狭い。

 ついでに言えば、ナギサ、セイア、そして先生(マイケル)も直接、ないし間接的にミカのせいで生命が危険にさらされたため、文字通り縮こまる他無かった。

 

 

”まあ……とりあえずは元気そうで何よりだ。ミネとイトハ、君たちとこうして再び顔を合わせられたのを私は嬉しく思う。そしてミカ、無事に帰ってきてくれて本当にありがとう”

 

 

 先生(マイケル)はそう言い、ミカをぎゅっとハグする。

 突然のことにミカは一瞬頭が真っ白になり、数秒の後に顔を真っ赤にしながらバタバタと手を振り回して慌てて引き剥がしにかかった。無論、彼を傷つけないように慎重に力加減をしてだが。

 

 

「あ、いや、その……先生、私みたいな悪い子にそんな態度取るものじゃないよ!?」

 

”……色々と行き違いがあったとはいえ、君は利用されただけだ。あまり露悪的に振る舞う必要はないし、君を悪役に仕立て上げる必要もない。アリウスの生徒たちもそうだ、本当に悪いのはアリウス分校の指導者であるマダム……いまだ謎に包まれたその存在をいつの日か、必ず打倒しなければならない”

 

「先生……」

 

 

 真顔で諭す彼の言葉に、ミカは思わず息を呑む。慰めの言葉がほしかったわけではなかったのだが、全力で彼女個人の責任を否定する彼の言葉は大いに心に響くものがあった。

 ナギサとセイアの二人も同意するように頷く。彼女たちもミカ個人の責任を問うつもりはなかったし、ことの発端であるセイア襲撃の動機こそミカ個人の我儘によるものだが、ここまで事が大きくなったのはアリウス側の、マダムの意向によるものが大きい。

 公私混同ではあるのだが、友人を悪人に仕立て上げたくない以上悪いのはマダムのせいだということにするのは非常に都合が良かったのだ。

 

 

「ふむ、聖園は年上が好みだったか?」

 

「ちょっ! 何いうのかなイトハちゃん!?」

 

「ミカ様、病院ではお静かに」

 

「ぐっ……」

 

 

 そんなシリアスな空気をぶち壊すようにイトハが一言。途端にミカは真っ赤な顔のまま喚くことになったが、ミネの冷静な突っ込みに黙らざるをえない。そんなやり取りを見てナギサとセイアの二人は声を殺して笑うのであった。

 

 

To be Continued in InterludeⅡ ”Go on vacation(旅行に行こう)




 エデン条約編前編はこれで終わりとなります。ミカも今のところ何事もなく回復し、トリニティは対アリウスを見据えた態勢へと変化していきます。
 アリウスの生徒たちで捕まったグループがどうやら先生の支持者に変貌したようですが、これがこれから先どのような変化をもたらすことになるでしょうか。
 エデン条約編後編の前にまずは彼女たちをキヴォトスに馴染ませるための話として幕間が数話続きます。いわゆる夏イベみたいなストーリーですね、水着ですよ水着。

 デカグラマトン編完走しましたが、いやあすごいですねブルーアーカイブ。終わった後の喪失感が半端ないです。
 いつになるかはわかりませんが、この作品でもデカグラマトン編2章以降のストーリーも消化したいところですね。既に本編の流れから逸脱してますが。
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