本作に出てくる生徒に転生者はいません。皆、「誰かに似ているような」レベル止まりです。
それはそうと、リオ可愛いですよね。毎日メモロビで頭撫でてます。
ミレニアム自治区に入ったときの最初の感想は、まさに近未来都市というものであった。
立ち並ぶビルの合間を大小問わず飛行型ドローンが飛び交い、四足型や車両型、可変型のロボットが縦横無尽に人々の間を抜けていく。アメリカでもここまで無人化したサービスはなかったと記憶していた。
そして看板はホログラムに依る非実態型、交通標識ですらもすべてそのような形になっている。
ゲヘナやトリニティと比べるまでもなく、明らかにここだけ民生技術のレベルが違うのだ。
”はぁー、これはすごいな。シリコンバレーよりも先進的じゃないか”
あれからなんとか特急列車の時間に間に合った彼は予定通りにミレニアムの最寄り駅に降り、駅前ロータリーで迎えを待ちながらぼんやりと町並みを見渡していた。
ユウカが『メタルウルフ』の整備ならミレニアムへどうぞ、と言うだけのことはあると感心しながら静かに待つ。
本来ならもうミレニアムの迎えは来ているはずなのだが、その姿は見えない。
ひとまずモモトークを起動しユウカにメッセージを飛ばそうとし、メッセージを入力したところで複数の妙な視線に気づく。
何だと振り返れば、複数の生徒が目を輝かせながら見上げていた。
「シャーレの先生のパワードスーツ……キヴォトスの外の技術が気になる……!」
「装甲素材を知りたい……」
「パワーソースは何? 分解して確かめなきゃ……!」
「制御系がどうなっているのか、ソースコードを解析したい……!」
「分解! 分解!」
異様な気配に思わず後退り、腰を低くし両腕を広げて制止を試みるが彼女たちは止まらない。じわり、じわりと押し出され、ロータリーの隅に追いやられてしまう。
皆一様に目つきはぎらつき、手はわきわきと動いて明らかに正常ではないように思えた。
背筋に冷たいものが走る。この手の感覚は戦場で危険が迫った時ぐらいにしか感じたことはなかったが、彼女らの気迫はそれほどのレベルであった。
”ま、待てッ、そういうのは良くない! 落ち着こう、話せばわかる!”
「探究心は、止められませんッ!」
「そうです! そこにメカがあるなら、構造を調べる! それは世の摂理!」
マイケル迫真の制止も、彼女たちの暴走する知識欲や探究心の前には無意味。
モンキーレンチやドライバーを手に迫りくるミレニアムの学生たちにやむを得ずブーストダッシュによる離脱を図ろうとした時───
「貴女達ッ! いい加減にッ! しなさぁい!」
───彼女たちの足元に銃弾の雨が叩き込まれた。
あっという間に蜘蛛の子を散らすかのごとく逃げ去る生徒たち。
なんだなんだと周囲を見渡してみれば、両手に銃をそれぞれ構えながら肩で息をするユウカの姿があった。
その銃口からは硝煙が立ち上り、明らかに今の銃撃は彼女のものであるのが明らかだ。
「はぁ、まったく一度火が付くと止まらないんだから。先生、大丈夫ですか?」
”銃撃とは穏やかじゃないなユウカ?”
「警告用の低威力弾です。それに、これくらいやらないと先生のその『メタルウルフ』だって、あっという間にフレームだけになっちゃいますよ」
”Oh……”
テックで知性的なイメージのあったミレニアムだが、その実暴走する欲望にまみれた危険地帯だったということに彼は絶句した。
ユウカは手にした銃、『ロジック&リーズン』のマガジンを交換すると腰のベルトに掛けて歩み寄る。
そして咳払いをして表情を整えると、大仰に身振りを加えながら言った。
「ミレニアムサイエンススクールへようこそ、先生」
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西へ傾く太陽の、僅かにオレンジに染まった陽光が立ち並ぶ摩天楼を染め上げている。
ミレニアムの学園内広場を進んでいけば多くの学生たちが友人たちと自由時間を過ごしているのを微笑ましく思いながら、マイケルはユウカの案内のもと学園中心部に聳え立つミレニアムタワーへと向かっていた。
自治区内の状況だけでわかりきっていたことだが、その中心部であるミレニアムサイエンススクールは最先端中の最先端、その技術は彼の祖国すら凌ぐものがあると感じていた。
そもそも、彼の故郷である地球は石油資源の枯渇、それに伴う経済摩擦、大規模なテロリズムの台頭、移民難民の増加による先進国内の失業者の増加などで発展が頭打ちになりつつあった。
情勢の不安定化は技術を民生より軍事の方に尖らせ、民間で享受できた先端技術といえば多少の無人機技術ぐらいだった。
宇宙に活路を見出そうという動きもあり、実際アメリカは月面に基地を建設、ラグランジュポイントへのコロニーの投入など宇宙の覇権を握るべく開発を進めていたが、クーデター事件において軍事ステーションが崩壊、ケスラーシンドロームこそ免れたものの、地球周回軌道上には多数のデブリがあふれ、その復旧のために莫大な予算が注ぎ込まれていたが完全復旧にはまだ時間が必要だった。
───未来が見通せない世界、それが彼の地球であった。だからこそ、このミレニアム自治区はとても眩しい。
”羨ましいな、こんな近未来都市は私には作れなかった”
ぽつりと呟くその声はユウカの耳に入らずに『メタルウルフ』の中に留まり、シッテムの箱の端でアロナだけが僅かに表情を曇らせる。
それは彼の唯一の後悔だ。偉大なアメリカという夢を果たせず、内戦による荒廃とその復興という十字架を背負った男は羨望と嫉妬を心のなかにしまいながら足を運ぶ。
彼女が彼の言葉をどのように解釈したのかはわからなかったが、しかし彼もまた同様にアロナの表情の変化に気づくことなくユウカの後を追いながらモニターに映る景色に視線を移らせていた。
ドローンを飛ばして何かを探す生徒、煙を噴いて止まったロボットを大慌てで修理する生徒、ベンチに座って語らい合う生徒……学生たちが夢に向かって前へ進む姿は尊い。
齢40を超え人生の折り返しを迎えた身としては、やはり応援してやたいという気持ちが強くある。
そうしているうちにミレニアムタワーのたもとにたどりつくと、ユウカが振り返った。
「あ、先生、会長はその『メタルウルフ』も見てみたいと言っていたので、そのままでお願いします」
”それは構わないが、大丈夫なのか?”
「ミレニアムタワーはフロアが広いので、そのサイズも十分活動できますよ」
確かに既に見えている正面の自動ドアは目測でも『メタルウルフ』が入れそうな大きさをしている。
ドアより狭いフロアなど存在しないので、ならば当然ロビーも十分な広さを備えているのだろうとは想像ができた。
ユウカの先導のもとタワーのドアを潜ろうとした彼だが、ふと何かを忘れているような気をして足を止め、数秒の後にその何かを思い出して背面のコンテナを開放させた。
突然のマイケルの行動に驚くユウカであったが、開かれた背部コンテナ内にマウントされたクーラーボックスを見ると怪訝そうな表情を浮かべて口を開く。
「先生、なんですかこれ」
”ん、挨拶回りをするのに手ぶらなのは良くないということでね、君たちが喜びそうなものと思ってスイーツを買ってきた。D.U.の高級スイーツ店で買ってきたシュークリームだ”
クーラーボックスを開けて中の袋をユウカに渡す。その動きは完全に人体と同様の繊細さと精密さを持ち、ビニールを引きちぎったり中の薄い箱を潰すことはなく、さらにその速度も人の動作と大差なかった。
思わぬ性能の発露はエンジニアではないユウカにも驚きをもたらす。
袋と『手』を交互に見ること数秒、怖ず怖ずと受け取った彼女は袋から中身を取り出し、シュークリームに一切の潰れがないことを確認した。
「……本当にすごいですね、それ。エンジニア部に見せたら嬉々として調査しそう」
”Made in U.S.Aは最高ということさ……ま、それはそれとしてどうかな。気に入ってくれると嬉しいが”
「このお店、シャーレの当番の帰りに気になってましたし、きっとセミナーの皆も喜ぶと思います」
”それはよかった。さて、案内の続きを頼む”
「あっ、はい。ミレニアムタワーはセキュリティが厳しいので、先生には仮IDを発行しておきます。後日正規IDがシャーレに届けられると思うので、忘れないでください」
ユウカはそう言ってケースに収められたIDカードを渡す。来客用と書かれたそれは簡素なものであったが、これがなければミレニアムタワーへ入ることはできない。
ひとまず手に持ったままゲートのセキュリティにかざし、ドアをくぐると広々としたロビーが目の前に広がっていた。
案内用のロボットや無人化されたインフォメーションデスクといった近未来的な内装や小物で構成されているそれは、ミレニアムがゲヘナやトリニティとは全く異なる性質の学園であるということを強く主張していた。
見るものすべてが新鮮であり、年甲斐もなくあらゆるものに目移りしてしまう。
その一方で『メタルウルフ』もまたミレニアムの生徒たちからすれば垂涎ものであり、ユウカがいる手前派手に動くことはできないが、チラチラと目だけを動かしながらその一挙手一投足を見逃さんとする。
他の生徒からの好奇心まみれの視線を複数向けられながら、彼はユウカの案内に従いエレベーターに乗り込むとはるか上層階へと消えていった。
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「ようこそ、ミレニアムサイエンススクールへ。私は生徒会セミナー会長の調月リオ」
「書記の生塩ノアと申します」
上層階、ユウカに案内されるがままに向かった部屋の中にはそれぞれ黒と白を基調とした二人の生徒が待っており、マイケルはその二人を見下ろしながら手を差し出した。
『メタルウルフ』の手は保護用の赤いカバーで覆われ可動部は露出していないが、すっと差し出された赤い手をリオはじっと見つめ、戸惑った表情を僅かに見せながら『メタルウルフ』の顔を見上げる。
先生が何をしたいのか、おおよそ想像できているもののどう反応すればいいのか困っている顔だった。
それを見たマイケルは『メタルウルフ』の中でニンマリと笑う。流石に3校目ともなれば雰囲気にも慣れたもので少々茶目っ気を出したくなったということだ。
”おっと失礼、着たままだということを忘れてたよ。連邦捜査部S.C.H.A.L.E顧問、マイケル・ウィルソンだ”
胴体を開き、生身の体を晒して己の手を差し出す。
二人は『メタルウルフ』の手とマイケルの手を見比べ、数秒の後リオが目を見開いて驚きを表現した。
「マスタースレーブでもないのに今の動作の滑らかさ……機体制御系は一体どうやって、いえそもそも動力源は何を使って……」
「あの、リオ会長? 『メタルウルフ』が気になるのは仕方ないとはいえ、先生との会談が先ですよ?」
「……そうね、エンジニアとして思わず気が逸ってしまったわ。先生、後で調査させてもらえるかしら。純粋に……興味があるのよ」
今までにないほどにテンションが高めなリオに僅かに顔を引き攣らせるユウカ、しかし当のリオは『メタルウルフ』への興味が尽きぬようで頻りに視線を『メタルウルフ』へと向ける。
一見冷静そうな、大人びた雰囲気の少女が見せる子供っぽさに微笑ましさを感じながらマイケルは頷く。
そして二人と握手を交わし、応接室のソファーに腰掛けた彼は用意した資料を渡してトリニティの時と同様にシャーレ設立の経緯、目的、顧問としての意向を説明した。
当番としてこの資料の作成に関わっているユウカは軽く読み流し、書記であるノアは隅から隅まで細かく、素早く目を通し、しかし書記としては不思議なことに記録を残さない。
その一方でリオはゆっくりと資料を読み込み、気になる点を見つければ臆することなく質問を繰り出した。
「なるほど、生徒の要請があればシャーレは各学園自治区で活動する……生徒会ではなく、一般生徒の要望さえあれば動くのね」
”そのための連邦捜査部S.C.H.A.L.Eだ。そのくらいフットワークが軽くなければ、存在意義はないだろう?”
「一理あるわね。でも、悪意ある生徒からのアクションをどう防ぐのかしら、場合によってはシャーレが学園のクーデターを支援する事になりかねないと私は思うのだけれど」
”そこは私の権限で判断する、としか言えないが……生徒の要求が度を過ぎれば拒否する権利も当然持ち合わせている*1。
イエスマンであるなら、先生である必要性はないだろうしな、そういう時は大人として指導することになるだろう*2”
「……先生の主張はおおよそ理解できたわ」
一通りの質問を終えたリオは大凡納得した様子で資料から目を離した。
彼女は資料のクセからこれはユウカが手掛けたものだと気づき、その上で自分なりに解釈してシャーレの脅威度判定を低く見積もった。
リオはユウカを高く評価しており、彼女がシャーレの活動規約策定に関わっているのならば特に問題は起こさないだろうという考えがそこにはあった。
それはそうとやはり『メタルウルフ』が気になるようで、リオはそわそわと落ち着かぬ様子で資料を片付けていく。
これ以上我慢させてはかわいそうだなと思い、会談もまとまった以上は問題ないと判断してマイケルは口を開いた。
”ミレニアムの理解に感謝する。さて、先程からずっと気になっているようだから……『メタルウルフ』を見てもらって構わないよ”
「そ、そんなに顔に出ていたかしら……」
”少なくとも初対面の私に察することができる程度には”
「……っ!」
マイケルの指摘に思わずリオは赤面する。ユウカとノアが信じられぬものを見たという表情をしたが、それを口にするのは野暮であるということを彼は理解していた。
なので構わず『メタルウルフ』を指し示し、促す。
”さて、気の済むまで見てくれ。私も、答えられる範囲で質問に答えよう”
「……そうさせてもらうわ」
「では私の方も。あ、私こう見えてミレニアムの特許を一通り記憶しているので、少しは機械系に強いんですよ」
リオに続きノアが並び、ニコニコしながらも何処か油断のならぬその表情にマイケルは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
そしてセミナー幹部による『メタルウルフ』見学会が始まる。
高度なロボット工学の知識を持つリオと高い記憶能力を持つノアの質問攻めに襲われたマイケルは1時間も経つ頃にはすっかり疲弊してしまい、後にこう零した。
”何が素人質問なんだ”
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ミレニアムが今日という日の夕方を指定したのは、このように『メタルウルフ』のことを調べるために先生の時間を確保するためであった。
もしゲヘナやトリニティが真意を知っていれば外交問題に発展したであろうが、少なくとも現在はそれを気にする存在はおらず、生徒会長たるリオは知識欲のままに『メタルウルフ』の調査を済ませ満足した様子でタブレットにメモを残している。
ノアも新たな知識を手に入れたことで上機嫌であり、この場で機嫌が良くないのは疲れ切ってソファーに座り込んでいるマイケルぐらいなものだろう。
その彼を元気づけようとコーヒーを淹れてきたユウカが隣りに座った時、勢いよく部屋のドアが開かれてタクティカルリグ等で装備を整えた生徒が血相を変えて飛び込んできた。
室内の全員が飛び込んできた彼女に顔を向ける。
全員の視線を一身に受けることとなった生徒は、息を切らせながらリオを見るなり姿勢を正して声を絞り出した。
「り、リオ会長、『廃墟』に突入した保安部との通信が30分前に途絶えました……保安部長率いる突入部隊、3チーム30人全員が安否不明になっています……」
「……えっ? 保安部が動いていた!? ちょ、ちょっとそれ初耳なんですけど、しかも保安部長直率って何なんですか!?」
「落ち着きなさいユウカ、保安部の作戦は一般役員に知らされないのはよくあることでしょう? それで、保安部はどういう対応を取っているのかしら」
狼狽するユウカを宥めながら、リオは保安部の生徒に問う。
問われた生徒は呼吸を整えながら頭の中で保安部の方針を思い出し、震えた声で答えた。
「救援を出そうとしていますが、動員できる人員に余裕がなく……ドローンも現地の状態が悪いため使用不能で頭数が足りません……」
「そう、わかったわ。保安部に余裕はなく、エージェントも他の事案で呼び出せない。となれば、頼みの綱は……」
リオの視線が眼の前の保安部員から、ソファーに座るマイケルに向けられる。
頭の中で次々にプランを立てる。セミナー一般役員の動員、低率初期生産が始まった自作戦闘ドローンAMASの投入、しかしそれは合理的なものではないと切り捨てる。
その視線を感じながらマイケルは受け取ったコーヒーを飲み干し、静かにカップをテーブルの上に置いて息を吐いた。
目頭を押さえ、一日で三大校を回るというハードスケジュールで疲れた目を軽くほぐしている彼の姿は草臥れた中年男性にしか見えない。
しかし、その実力は先の騒乱で明らであり、この案件にかかわらせるには申し分ないとリオは考える。
彼の実力を直に確認することは、合理的なことだと彼女は思った。
「先生、緊急で申し訳ないけどもセミナーからシャーレに依頼を出すわ。先生の力が必要なの」
それを予想していたマイケルは目を開き、リオの顔をじっと見つめた。
言うべき答えは最初から決まっている。
”わかった、パーティーの時間だな”
時計の時報が18時を知らせる。紳士的なのは、17時までだ。
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リオに廃墟に取り残された保安部の部隊を救出して欲しいと頼まれたマイケルは快諾したものの、問題がないわけではなかった。
最大の問題、それは武装の不足である。
正直こういうことになるとは思っていなかったこともあり、背部コンテナに収められた武装は護身用の拳銃*3一丁のみと、とてもではないが何かしらの攻勢をするには明らかに力不足であった。
まずそれをなんとかできないかとリオに問えば、ちょうどいい物があるといって彼女のラボの一角に案内された。
それを見た時、マイケルはリオが『メタルウルフ』に何故ご執心なのかを理解する。
3つの回転銃身が組み合わさった巨大なマシンガンユニット、グリップのサイズが丁度『メタルウルフ』のサイズであるということ……これから導き出される答えは、彼女は3mクラスのロボットないしパワードスーツを開発しているということだ。
”随分と用意がいいじゃないか。それに、こいつは私好みだな”
「偶然よ。決して事前に仕組んだわけではないわ」
ご機嫌な武器を手にしたマイケルの軽口に、リオは首を横に振って表情を曇らせる。
冗談を冗談と捉えられないタイプの人種かと判断し、彼はアプローチを変えた。
”私は疑ってはいない。それで、こいつを二丁用意してくれるなら火力面で問題はないからいつでも出動できる。そちらの準備は大丈夫なのか?”
「今救援部隊を編成し終えたと連絡が入ったわ。先生は保安部の部隊に迫る危機を排除し、彼女たちの安全を確保してもらえれば十分」
”OKわかった、ただ彼女たちはもう弾薬が欠乏していると思うから、補給が必要なはずだ。それの用意も頼む”
「それも準備ができているから問題ないわ。そこの弾薬箱は必要な分の弾薬が詰まっているから、それを持っていって頂戴」
そう言ってリオは片隅に積まれたアモカンの山を指さした。
オートメーション化されたラインで準備されたアモカンの数は20程度あり、人力でこれを運搬するのは骨が折れそうだ。
ならばと一纏めにして極めて余裕のある背部コンテナの空きスペースに放り込み、ミレニアムタワーの外へと向かった。
タワーの前では保安部の部隊10名程度が装備を整え整列しており、ユウカとノアもその中に加わっているのにマイケルは驚いた。
”ユウカとノアも行くのか? 君たちは保安部ではないだろう”
「はい、でも今戦える人が少ないのなら、私達も頑張らないと」
「少しでも人手は必要ですからね、ここで頑張らないと保安部長に怒られちゃいます。ふふっ」
ユウカが『ロジック&リーズン』をベルトに下げる横でノアが『書記の採決』の動作を確認し、笑う。
保安部員と違って軽装だが、彼女たちも銃を手にやる気満々である。ともすれば、拒否する権限は今の彼にはなかった。
なにせ、セミナーからの依頼は保安部員の救出だ。そのための人員の選出はセミナー側の権限で行われている。*4
マイケルは識別のために胸元にミレニアムのロゴを少し雑にだが貼り付け、生徒たちの前に立った。
「では、これより救出作戦に移る。リオ会長の指示により、現場ではシャーレの先生が指揮を執るので全員先生との通信を再確認しろ」
保安部指揮官の号令で準備を終えた一行は、廃墟への行軍を始めた。
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日が沈み、段々と空の色が暗くなる中ミレニアム自治区の中心街は人工の灯りが輝き人の営みを想起させた。
その一方で、全く人の営みを感じさせぬビルの群れが中心街から外れた郊外に存在した。ミレニアムの未踏地域、通称『廃墟』と呼ばれるエリアである。
先の騒乱まで連邦生徒会に封鎖されていたその地域は、廃墟と銘打っているものの実際のところは『近代都市の遺跡』というのが正しい。
なにせこの廃都市はミレニアムサイエンススクールが設立される前から存在していたのだ。
灯りに乏しく、もはや夜の闇に飲まれようとしている廃墟に鳴り響く銃声、人気のないはずのこの地は今戦いの舞台となっていた。
「しかし、廃墟の中で行方不明の人たちを見つけるにはどうすればよいのでしょう?」
「虱潰しに探すのは流石に……通信がつながれば、あるいは」
廃墟の入口、保安部主力が突入した痕跡残るゲート前において救援部隊は円陣を組み方針を話し合っていた。
先ほどから廃墟内から放たれた強力な妨害電波のお陰で通信機が役に立たず、踏み込むのを躊躇している形だ。
当然だろう、通信による連携が不可能であれば、先に突入した部隊同様の状態に陥る可能性が皆の頭をよぎったのである。
どうすべきか話し合っている生徒に視線を走らせていたマイケルは、その隅でアロナが何か言いたげにしていることに気づき、外部出力をオフにして声をかけた。
”どうしたアロナ、何かわかったのか?”
『はい先生、先程から発せられている妨害電波の解析が終わりました。発信地点をおおよそ捕捉しています』
アロナの報告に、彼は目を丸くした。
なにせ早すぎる。まだ廃墟の外縁部に到着してからさほど時間は経っていないのだ。
これほどの短時間で電波の検出、分析、捕捉まで済ませてしまうシッテムの箱。それを自在に操るアロナの能力、どれもが驚異的だ。
このタブレットのサイズで、軍レベルの電子戦を行える機材など確かにオーパーツの名にふさわしいだろう。
”……すごいな、これもシッテムの箱の力か。よしアロナ、それを戦術マップに出力してくれ。後でご褒美をあげよう”
『えへへ、プリンとショートケーキとシュークリームをお願いしますね!』
笑顔で画面からアロナが引っ込み、視界の左上に表示されている戦術マップに妨害電波の放出源がマーキングされる。
まず向かうべき場所はこれでわかりやすくなったが、しかし生徒の位置を知るにはまだ情報が不足していた。
……アロナの要求品が本日各校に持っていったスイーツなのにはあえて突っ込むことはしなかった。多分、ずっとマイケルが各校にお土産を渡すのを見ていて食べたかったのだろう。
”アロナ、いちごミルクもつける。生徒の居場所がポンとわかるような方法を知っているか”
『わぁ! それなら先生、連邦生徒会のセントラルネットワークにアクセスして生徒さんのスマートフォンの位置情報を探れば一発です! でも、今は妨害電波のせいで探知できません……妨害電波さえなくなれば、一瞬で見つけてみせます!』
”それなら話は早いな。よし……”
続けてアロナから得られた情報は、まさに望んでいたものだった。
連邦生徒会のセントラルネットワーク、つまりサンクトゥムタワーの権限は想像以上でまさか個人のスマートフォンの位置情報まで割り出せるとは思っていなかったが、であれば制御権を失っていた状況が如何に異常だったかも察せられる。
それはともかく、アロナのくれた情報を共有する必要がある。アロナとの会話を終えた彼は外部出力をオンにして、口を開いた。
”皆、聞いてくれ。この妨害電波の発信源は先程突き止めた。複数存在しているようで、それを停止させれば生徒の居場所も割り出せる”
「本当ですか!?」
”うん、シッテムの箱のおかげだ。さすがはオーパーツ、私も驚くほどの性能だよ。さて諸君、これから作戦を伝える。まあ、作戦と言っても単純だ”
保安部の生徒たちとユウカとノア、この場にいる全員がマイケルの言葉に耳を傾ける。
その様子を見ながら、彼はかつて陸軍でまだ若手士官だったころの様子を思い出し、懐かしさに浸りながらも言葉を続けた。
ついでに廃墟に落ちてた適当な鉄の棒を持って地面に概要を図で書き込んでいく。
”私が先行し、発信源を叩く。そして生徒の位置が判明次第周辺を軽くクリアして補給箱を渡す。君たちはその後に要救助者と合流しながら私についてきてくれればいい”
「ちょっと待って欲しい、それじゃあ私達はおまけみたいなものじゃないか!?」
一人の生徒が声を荒げる。彼女は保安部の3年生、この中では保安部の指揮官に次ぐ立場であった。
彼女の言わんとすることは当然ながらマイケルには理解できる。彼の立てた作戦は単純に『メタルウルフ』が突撃してなんとかするというものだ。
出番など不要と言われた、そう思われたのは間違いなかった。
”そんなことはない。一人でできることは限られるし、私一人でこの廃墟の敵を全て掃討できるはずもない。それに、ビルの上に発信源があった場合屋上まで登る時間が惜しい。この『メタルウルフ』は短距離飛行が可能だから、時間の短縮になる”
「むぅ……」
”忘れないでほしいが、今回の作戦は救出だ。どれだけ敵を倒したか、ではなく一人でも多く無事にミレニアムに帰す事が重要になる。無論、君たちを含めてだ”
だからこそ、目的を違えてはいけないと強く念を押す。
その強い意志を込められた言葉に、反発した生徒はその意味を違えることなく理解し、言葉を飲み込んだ。
「……わかりました、先生が拓いた道を私達が固め、仲間を救う。それができるというのであれば文句は言いません」
”期待には応えよう。他に疑問や質問はあるか? ないな、では作戦開始だ”
「はいっ!」
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すっかり闇に覆われようとしている廃墟の中を、『メタルウルフ』は青白い炎を引きながら突き進んでいた。
人の営みの痕跡すら残らぬ路地を踏み越え、廃ビルを飛び越え、高層ビルの廃墟に取り付いてはその壁を蹴り上げることでさらなる高所へと至る。
ビルの屋上にたどり着いた彼は周囲を見渡し、このエリアでの戦闘の痕跡を探っていたが、ビルの谷間に響くまばらな銃声以外に求めるものは見当たらなかった。
僅かにため息をつき、目線を戦術マップへと移す。
本来であればレーダーで広範囲をマッピングして周辺を確認できるそれは、今現在ジャミングにより光学観測できる範囲しか見渡せない。
しかしそれでも電波の発信源だけは地形データのない部分にハッキリと浮かび上がっていた。
”アロナ、ここからペースを上げていく。地形を気にしながらの移動になるから道案内を頼む”
『ナビゲートですね! お任せください!』
アロナにナビゲートを一任し、彼は再び地を蹴って空を舞った。
大通りや路地に痕跡がないか捜索するために高度を下げながら、道路標識や崩落した瓦礫に当たらぬように慎重に制御しながら前へと進む。
アロナが曲がり角や目標地点への方向、距離を適切にナビゲートすることでまるで遊覧しているかのように安全にビルの合間を跳躍していると、戦術マップに表示されている電波の発信源が近づいていた。
その方向を見れば、10階建て程度の商業ビルと思しき廃墟、その屋上が怪しいと一旦着陸してブースターを冷却させた彼は機体を再び跳躍させる。
”……huh?”
十分に高度を取りビルの屋上を見下ろしたマイケルであったが、その奇妙な光景に思わず気の抜けた声をだしてしまった。
何せビルの屋上にいたのは、数十体のスイーパーが歪に重なり合った奇妙なオブジェクトなのだ。
『スイーパーが組体操しています! きっとトーテムポールの真似っこです! ですが、あの形態がアンテナの役目をして電波を発信しているようです』
”つまりあれを崩せば電波放射が止まると。ならば物事はスピーディに、だな!”
見た目は奇妙な組体操スイーパーであったが、その実態が極悪な電子戦アンテナと知れば彼の決断は早い。
推力を全て後方に向け、自らを砲弾とした『メタルウルフ』は猛烈な速度で組体操スイーパーの土台役に突撃し、その勢いを乗せたまま右脚を振り抜いた。
直撃を受けたスイーパーはその構造を破断させて数十メートル先の虚空へとパーツを撒き散らしながら吹き飛び、土台を失った上部のスイーパーも重力のままにビルの屋上、あるいは大通りへと落下し動かなくなる。
同時に戦術マップを覆っていたノイズが消え、周囲の地形がマッピングされると同時にかなりの近場に青い点が複数表示された。
”Strike!”
『先生、生徒さんの所在を検知しました! 周辺に敵性反応あります!』
”OK! ピザのデリバリーより素早くだ。それとアロナ、マップ情報を後方の皆に伝えてくれ”
『はい!』
ビルの上から飛び降り、大地に降り立って両腕のガトリングを構える。
大通りには多数のスイーパーがひしめき合い、石を投げればどれかに当たるという状況であり、狙いを絞る必要もない。彼はまっすぐ目標を見つめたままトリガーを引いた。
FCSに適合していない銃を使っている都合上機械的な精密射撃は不可能であったが、彼は持ち前のセンスを発揮し感覚で狙いを定めて両腕を突き出す。
左右合わせて6つの火線が舐めるように大通りを奔り、鉄の暴風雨が過ぎ去った後には鉄くずと化したスイーパーが屍を晒していった。
スイーパーの群れの中に混ざった武装ドローンやオートマタの散発的な攻撃は『メタルウルフ』の装甲の前には全くの無力であり、回避など一切せずに火力を押し付けて見える範囲の敵を殲滅すると、銃身がカラカラと乾いた音を立てて回転が止まる。
”さて……生徒の反応はすぐ近くだが”
周囲を見渡すが、見えるのは死体、ではなくスイーパーやオートマタ、ドローンの残骸ばかりであり生徒の姿はない。
ゴミ箱の中に隠れてるのかと一瞬思ってしまったが、そんなはずはないなと気を取り直した時、路地裏のほうから銃声が複数鳴り響いたので覗き込んでみると、保安部の装備をした生徒が10名程度、拳銃を手にドローンの残骸を足蹴にしていた。
そして、ほぼ全員が泣きそうな顔をしながら覗き込んだ『メタルウルフ』へ銃口を向けたが、一人の生徒が何やら気づいたような素振りを見せて他の生徒に銃を下げるように促す。
彼女は今朝方SNSで拡散されたシャーレの先生たるマイケルとゲヘナ風紀委員の写真を見ていたのだ。
「もしかして……シャーレの先生?」
”いかにも、君たちはセミナー保安部で間違いないな? 無事で良かった、もう少しでここにミレニアムからの増援部隊がくるから安心して欲しい”
「よ、よかったぁ……生きた心地がしなかったよぉ」
「もう弾薬もないよ……」
安堵した保安部員の声を聞き届けたマイケルは、背面のコンテナからいくつかのアモカンを取り出して地面に置いた。
中には装填済みのマガジンがぎっしり詰まっており、弾薬を一々マガジンに詰める手間を省ける配慮がなされていた。
”弾薬ならここにあるぞ。それと、他にはいないのか? 30人くらいが廃墟にいるとは聞いているが”
「それが……私達ははぐれてしまって、弾薬も切れて逃げ惑っていたから部長達がどこにいるかは知らないんだ」
「多分、まだ深部の方にいるとは思う。先生のお陰で私達もまだまだ戦えるようになったし、助けに向かわないと」
救助した保安部の生徒たちは装備を整えてすっかり戦意を取り戻していたが、先程まで戦闘と逃避を繰り返していたことを考えるとやはり連れて行くことはできない。
戦術マップの表示から救援部隊の到着時間を逆算したマイケルは当初の予定通りに彼女たちを合流させるべきだと考え、口を開いた。
”あと10分もすれば救援部隊がやってくる。保安部長たちの救出は私に任せて、君たちはここで待っていてくれ、疲れているだろう?”
「う……」
”それでは、グッドラック!”
再び跳躍し、ビルの谷間の闇に消えていく『メタルウルフ』の姿を見送る保安部の生徒たち。
それから救援部隊がやってくるまでの10分間、幸いにも敵の襲撃もなく彼女たちはゆっくりと休息をとることができた。
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廃墟の一角、多目的ホールらしき建物の入口に瓦礫や車の残骸などでバリケードが組み上げられていた。
その影で20名程度の人影が寄り集まり、近づくオートマタやスイーパーを散発的な、しかし狙いすました銃撃で撃破し残骸を積み上げていく。
ひとまず接近してきた敵を全て排除できたと見た生徒の一人が銃を下げ、大きく息を吐いて振り向いた。
振り向いた視線の先で、自作の
「一先ずこれで撃ち切りです。もうマガジンに残弾ありませんよ」
「ったく、キリがないな。だがもう少し待てば救援がきそうだ。さっきから時折ガトリングの銃声が聞こえるだろ?」
「えっ、あぁ、そういえばそうですね……でもわかるんですかリツコ部長?」
「わかるさ。あれ作ったのは私とリオだぞ、銃声ぐらい覚えてる」
この集団を率いるのは部長と呼ばれた生徒、彼女の名は鷹乃リツコ。セミナー保安部長にしてセミナー副会長を兼任している3年生だ。
リツコは大きく身振りを混ぜながら部下である保安部員を激励し、頭の中で何をすべきかを組み立てていく。
考える時間は僅か、彼女は優れた頭脳で得られた情報から状況を組み立て、決断した。
「全員よく聞け、もう少しで救援が来る! 兵器工場調査任務は失敗だが、ここにいる全員生きて帰ることを目標に気張れ!」
「はぐれた連中はどうしますか部長」
「助けに行きたいがそんな余力はない! 無事に逃げ延びてることを期待してとりあえず今は考えるな!」
苦悶の表情を浮かべる彼女の指示に、保安部の部員たちは即座に移動の用意を整える。
リツコは本来こういうときに見捨てる人間ではないと彼女たちは理解していた。彼女の面倒見の良さはセミナーの中でも有名な話である。
だからこそ、彼女の指示に保安部員たちは文句一つなく従っていた。彼女の下ならこの危機的状況においてもどうにかなるという信頼の結果だ。
「予備弾薬及び鹵獲武器を持てるだけ持って、音のする方に向かう! ここで籠もっていてもジリ貧だしそろそろ敵さんの増援もきそうだからな」
「部長、全員分の弾薬はありませんよ!?」
「私は手榴弾でなんとかするから、お前たちが銃を持っていろ。よし、駆け足!」
彼女は戦うことに対して高い適正を有していた。ミレニアムでも1、2を争うほどの実力者であると彼女自身自負している。
実力はコールサインOOに匹敵するセミナーの切り札、だからこそ彼女は銃を部下に譲って自分は手榴弾のみでの突撃を敢行。
身につけた強化外骨格で増幅された身体能力は凄まじく、10を超える手榴弾をぶら下げ、弾がなくなったとはいえ自分の愛銃である2丁のパトリオットピストル『リツコスペシャル』を捨てずに抱えた重そうな装備であるにも関わらず集団の先頭を駆けていった。
「コンタクト!」
多目的ホールから離れ、その前に広がっていた公園らしき空間を抜けた彼女たちは、大通りからやってくるオートマタの集団と接触した。
部下たちは弾薬に不安があるため射撃を躊躇い、咄嗟に路地に逃げ込もうとするが、その距離はとてもではないがオートマタ集団からの射線を回避するには遠すぎる。
「そぉら!」
だからこそ、リツコは動いた。唯一保有している武器である手榴弾のピンを引き抜き、素早く振りかぶり全力で投げつけたのだ。
それなりの重量があるはずだが、彼女のフィジカルは生身であってもまるで野球ボールのように高速で投げることができる。外骨格で強化されているならばなおさらだ。
とても手榴弾とは思えぬ軌道で飛んだそれは、彼女の狙い通りに先頭のオートマタの頭部に直撃し、その外板を大きく損傷させてバウンドした後、時限信管は定められた役割を果たした。
「もう一球……うっ!?」
「部長!?」
「ああくそ、多すぎる! 走れ走れ!」
しかしそれでもオートマタの数は多く、第二球を投げる前に銃撃が浴びせられて頭部に被弾、しかしキヴォトス人らしく意識を保ちながら彼女は路地へと身を滑り込ませようと大地を蹴った。
それと同時に連続した独特の銃声が響き渡り、オートマタの集団は背後からの曳光弾のシャワーを受けて粉々に砕け散り、路上にその残骸をばら撒いた。
「えっ!?」
「救援!?」
「もう来たの!?」
予想外の銃撃に保安部の生徒たちは顔を見合わせ、口々に驚きを表現していたが、リツコだけはまっすぐ銃声の方向を見据える。
先の銃声からあまりにも早い遭遇に彼女はリオがコールサイン04を投入したのではないかという予想をしたが、しかし眼の前に飛び込んできた濃紺の影にその予想は裏切られることとなった。
「なんだ、あれは───」
赤い単眼と視線が交わる。
それは、高速で突入してきたモノと交差する僅かな瞬間、しかし彼女にとっては永遠とも言えるような時間が流れた。
ミレニアムのロゴを雑に胸に貼り付けた濃紺色のロボット、両手に見覚えのあるガトリングを手にしたその姿は彼女の脳裏に強烈に焼き付けられる。
瞬き一つ、その刹那引き伸ばされた時間はもとに戻り、ロボット───すなわち『メタルウルフ』は多目的ホールの屋上へと飛翔し、猛烈な弾幕を浴びせかけてそこに存在していた組体操スイーパーを蜂の巣にした。
同時に無線機からノイズ混じりの音声が彼女の耳に飛び込んでくる。それは聞き慣れた後輩のものであった。
『聞こえますか? こちらはセミナーの早瀬です。聞こえたら返事をお願いします』
望んでいた救援の到着によって緊張の糸が切れ、へたり込む保安部の生徒たち。
その中でリツコだけは一人、『メタルウルフ』の動きを見逃すまいと意気込み、昂ぶる感情のまま高らかに笑った。
「ンフ、フフフ、ンフハハハハ! すごい! なんだあのロボットは!」
彼女の視線の先で『メタルウルフ』はガトリングの弾を撃ち切り、それでも生き残っていた最後の敵に対してドロップキックを叩き込んでいた。
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最終的に消息を絶った保安部の生徒全員の救出を終えたことでマイケルはセミナーからの依頼を達成した。
もちろん損害はゼロであり、損失は弾薬といくらかの銃で済んでいた。
想定された最悪の事態と比べれば非常に軽いものであり、ユウカも納得した様子でメモをとって記録を残した。
無事にミレニアムに帰還した彼らはミレニアムタワーの一室に集合し、その活動の総括を始める。
一番最初に前に出たのは、保安部長でありセミナー副会長であるリツコであった。
「まずはシャーレの先生と救助にきてくれた皆に感謝を。お陰で皆怪我もなく帰ってこれた」
軽く頭を下げる彼女は身につけていた外骨格を外し、ノアと同じ白いセミナーの制服を身にまとっていた。
その彼女の姿をじっと見つめながら、マイケルは心の中でなにか引っかかるものをずっと感じていた。
記憶の中にいる誰かに似ているような、そんな違和感ではあったが、大っぴらにそれを問うことは憚られるものだ。
”……こちらこそ、君たちが無事で安心したよ”
「そういえば自己紹介がまだだったな先生。私はセミナー副会長、そして保安部の部長をやってる鷹乃リツコだ。そして───」
順々に自己紹介を始める保安部の生徒たち。彼女たちの顔と名前を一致させながら、彼は一人ひとりと握手を交わす。
一通り終えた後、整列した保安部員たちは思い思いに楽な姿勢を取った。
”そういえばだが、なぜ廃墟に展開していたのか私は聞いていないが”
「ん? あぁ、それについてだが───」
「それについては私から説明するわ」
「───リオ、居たのか」
そもそもとして、セミナー保安部が廃墟に展開していた理由を知らぬマイケルは事後ではあったがその理由を問おうとし、リツコが答えようとしたところにリオが割り込んだ。
割り込まれたリツコは少し不機嫌そうに眉をひそめたが、リオは気にする様子はなく話を続けた。
「もともと廃墟は連邦生徒会が封鎖していたの。それが、先日の連邦生徒会長失踪を境に封鎖していた部隊が引き上げた……それだけなら別に構わなかったのだけれども、その日以降廃墟から戦闘ロボットがミレニアム自治区内に侵入してきたのよ」
「少数だから被害は出ていないが、その原因を探ろうとセミナーは調査部隊を派遣した、ということだ。ところが廃墟に入ったらわんさか戦闘ロボットが現れるわ、電波妨害食らって何もできなくなるわで……えらい目にあった」
「廃墟の戦闘ロボットが電子戦を行っていることを確認できたのは収穫よリツコ。あれは、明確に戦術行動を取っている……ミレニアムにとって明確な脅威と言えるわ。防衛のためのプランを早急に練る必要があると私は考えているけども」
「リオ、その話は後にしろ。あ~、諸君、報告書を明日の正午までに書いて提出するように。それでは解散!」
リオの話が長くなることを察知したリツコは疲れ切っているであろう保安部員たちを即座に帰し、セミナーの役職持ちとマイケルだけが部屋に残った。
そして先ほどリオが言おうとしたことに対してユウカは渋い顔をして釘を刺す。
「会長、防衛案を新たに練るのは構いませんが予算のことは考えてください。あまり余裕はありませんよ?」
「……配慮はしているつもりよ」
「リオのプランは基本的に金がかかるからなぁ」
「副会長も人のこと言えませんからね! なんですかこの間のチタンの発注! 数値間違えてるのかと何度か読み直しましたよ! スーパーロボットでも量産するつもりですか!?」
「うっ」
先程の頼れるリーダーっぷりはどこへやら、ユウカの追求に言葉に窮するリツコ。その横でノアがニコニコと眺めている様はセミナーの人間関係を伺わせた。
思わず頬を緩ませて、ソファーに座りながらマイケルはコーヒーを口にする。
「そ、そうだっ、先生のパワードスーツ、あれを見せてもらえないか!? 私の今作ってる作品の参考になりそうなんだ!」
ユウカの追求から逃れようと露骨に話題を変えるリツコ。ユウカは不満そうだが、少なくとも話に割り込むつもりはないようだった。
”ということは、あの銃器は君の作品向けに作られていたということか? それに、リオとの合作と見た”
「流石だな先生。実際その通りで、今はまだ基礎フレームしかできていないがパワードスーツをつくっている。私はハードウェアを、リオがソフトウェアを担当しているわけだ」
”なるほどな、そういうことか。『メタルウルフ』を見せるのに関してはもちろんOKだと言いたいところだが流石に時間の問題がな。君も疲れているだろうから……明日、ということでどうかな。
あるいは、S.C.H.A.L.Eに見学にくるか。
正直に言わせてもらうと、私も疲れてしまってね……歳は取りたくないよ”
ネクタイを緩めてマイケルは苦笑する。実際のところ彼の体力はまだ十分大丈夫であったのだが、正直なところ彼女たちにまた『メタルウルフ』を見せたら徹夜しかねないと彼は判断していた。
直接寝なさいと言わないのは、彼はあくまで大人であって保護者ではないからだ。強制するような物言いを彼は好まない。
彼の言葉を聞いてリツコは少しだけ考え、頭の中で予定を組み立てていく。戦闘中と同じ要領で彼女は瞬間的にプランを立てるとその場で頷いた。
「じゃあ、明日の午前にでもシャーレに行かせてもらおうかな。あと、エンジニア部の連中も呼んでおこうか」
”予定は開けておこう。それじゃあ皆、おやすみ”
「おやすみなさい先生」
「はい、おやすみなさい」
「えぇ、おやすみなさい」
リツとの予定を組んだ後、ユウカ、ノア、リオと挨拶してマイケルは部屋を後にする。
ミレニアムタワーを出た時、既に時間は21時を回っていた。これからまっすぐに帰ってもシャーレに戻る頃にはもう23時を過ぎているだろう。
深くため息をつき、わずかに疲労の色が滲む足取りで彼は駅へと歩いていく。
その道中、ふと思い出したように彼は画面の端に見えるアロナに声をかけた。
”そういえばアロナ、今日のナビゲートすごく良かったよ。次からも頼む”
『はいっ! お任せください!』
満面の笑みを浮かべるアロナ。明日も忙しくなるぞと思いながらマイケルはミレニアムサイエンススクールの敷地を出た。
空を見上げれば、不夜城を思わせるミレニアム自治区の灯りに負けじと丸い月がその空いっぱいに光り輝いていた。
To be Continued in Vol.1 ”Foreclosure Task Force” Chapter Ⅰ-Ⅰ ”Welcome to ABYDOS”
今回のオリキャラは元ネタと性格が真反対ですが、一応理由はきちんとあります。
これで幕間3部が終わり、次からメインストーリー本編が始まります。
少しはストックがあるので数話分はある程度のペースで更新できると思いますが、修正も挟みながらなのですぐにはできないと思います。
それと、ゲヘナでヒナの連絡先を交換しているんでイオリの脚舐めはキャンセル入りますね。
キャラクター名鑑
名前:鷹乃リツコ(たかの りつこ)
所属:ミレニアムサイエンススクール
学年:3年
年齢:17
部活:生徒会セミナー及び保安部兼任
趣味:リオ相手の勝利計画策定
ミレニアムサイエンススクールの3年生で生徒会セミナーの副会長とセミナー保安部の部長を兼任している。
調月リオの幼馴染であり優秀な頭脳と高い身体能力に恵まれた天才で、総合力ではミレニアム随一の実力を持つ。
非常に独特な笑い方をするが本人は別に意識してるつもりはないらしい。
今現在は友好的で面倒見が良い先輩と思われているが、ミレニアムサイエンススクール入学以前はどうやら違ったらしい。それを知るのはリオ、ネル、アスナのみ。
実力は知性が0.9リオ、戦闘力が0.95ネル。
メカニック名鑑
名前:3連装ミニガンユニット
リオが提供した試作武装で、リツコと共同開発しておりパワードスーツ用の武装である。
この試作モデルはミニガンの発射レートをデチューンしておらず、フル斉射した場合の反動は相当なものであったがその分威力は高い