METAL WOLF Archive XD   作:W.B.O

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Episode2 ”Behind the scenes(舞台裏)

 明かりはなく、暗闇に包まれる地下聖堂。その片隅で対峙する2人の大人は一人が相手に拳銃を突きつけ、もう一人はズボンのポケットに手を入れたまま動かない。

 しばしの間を置き、じわりと汗が滲むのは銃を向ける側。マイケル・ウィルソンはサイトごしに黒服の異形な顔を睨みつけ、その口を開いた。

 

 

”謝罪だと?”

 

「そう、謝罪です。以前交わした、生徒に対し手を出さない代わりにあなたを観測するという契約。この度の騒動においてそれに反する部分がありましたから、事情の説明を兼ねて弁明をと思いまして」

 

”……命乞いにしては斬新だな”

 

 

 今まさに銃を突きつけられているというのにもかかわらず、黒服は慇懃無礼な態度を崩さぬままにその意図を説明する。

 

 

「さて、どこから話しましょうか……そうですね、アリウス分校の生徒があなたの命を奪おうとした件についてでしょうか、これが一番重要ですから」

 

”……”

 

 

 アリウスの名を出された瞬間、先生(マイケル)は拳銃のスライドに手を伸ばし、チャンバーに初弾を装填。安全装置を解除してトリガーにかかる指に力を込める。

 今すぐにでも発砲出来る状況になったにも関わらず、黒服は焦る様子はない。そんな事など知らぬとばかりに話を続けた。

 

 

「まず理解していただきたいのは、()()アリウスに関与していません。アリウスを率いているのは私どもゲマトリアの一員、マダムと呼ばれていますが、名はベアトリーチェと言います」

 

”どちらにせよゲマトリアならば、お前にも責任はあるんじゃないのか”

 

「いえいえ、ゲマトリアはあくまで研究のための互助会のような組織です。互いに干渉はせず、必要とあれば研究成果を提供する……そうして崇高を知り、至る。それがゲマトリアなのですよ、閣下」

 

”つまり、ベアトリーチェの行いを止める権限は貴様にはないということか”

 

「ええ、その通りです」

 

 

 アリウスを操る存在、マダム。その正体がゲマトリアの一員であるということを知り、黒服に怒りの矛先を向けるが、当の黒服は自らの責任を否定する。

 ゲマトリアという組織の実像が悪の秘密結社などではなく、ただの寄り合い所帯でしかないという事実に愕然としながらも、同時に黒服が命乞いに来た理由も理解できた。ベアトリーチェのやらかしで自分が報復対象になるなど、彼からすれば絶対に回避したいはずだ。

 

 

「あなたとの契約で生徒に手を出すことを禁じられてから、私はマダムの研究から距離を置きました。供与した武器なども返還を要求していますが、今のところ返ってくる見込みはありません。だからといって取り返しに向かうというのも出来ないのが現状といいますか……見ての通り、私には戦うだけの力はありませんので」

 

”……ふん、律儀なやつだな”

 

 

 契約に関して言えば、黒服という人物はかなり真摯に向き合っていると言えた。ホシノを陥れた時であっても、その契約の不備を指摘すれば大人しく引き下がるほどには。

 彼がゲマトリアでの協力関係をふいにしてまで自分との契約を守ろうとしていることに対しては、先生(マイケル)も認めざるをえない。この男は信頼できないが、信用は出来るタイプだ。

 

 

「それで、私を通じてあなたのことを知ったベアトリーチェは、その存在を脅威と判断したようです。自らの研究成果を台無しにする存在として認識し、目の敵にした。すぐにでも殺してしまいたい……そのようなほどに。だからこそ、あの時アリウスの生徒たちをけしかけたというわけです」

 

”……”

 

 

 あの時の暗殺未遂事件がどういう経緯で起きたのかを知り、彼の表情は険しさを増す。子供を自身の暗殺のための刺客にするなど、到底許せる話ではない。

 怒りのあまり頭が真っ白になりそうだが、強く握りしめた銃のグリップが鈍い音を発して彼は何とか正気に戻る。そして黒服に向けていた銃口を下げ、デコッキング。安全になった拳銃をホルスターに戻す。こいつに鉛玉を撃ち込んでも何も解決しないのならば、弾薬分損になるだけだ。

 

 

”何故、私にそんな事情を教えるんだ? そういうモノを受け取る契約はしていないはずだが”

 

「クククッ……そうですね、ミレニアムでの騒動の折にアトラ・ハシースの方舟を観測させていただいたお礼、ということにしましょうか。まさかアトラ・ハシースの方舟が物質ではなく現象とは思いませんでしたが」

 

”……パパラッチみたいなやつだな、お前”

 

「ククッ、中々に酷い表現ですね。まあ、お陰でアトラ・ハシースの方舟だけでなく、様々な成果がありましたよ。これは私一人で研究していたら到底観測できるものではありませんでしたから、故にあなたを亡き者にしようとするマダムのやり方は許容できない」

 

 

 満足気に笑う黒服に、苦々しい表情を向ける。この男は結局のところ自分本位であり、他人のことなど研究対象か便利な駒程度にしか思っていないのもまた事実。契約で縛らなければ非人道的な手段すら問わないだろうということは予想がつく。

 今回のこれも、謝罪と銘打ってはいるものの、その実自身の責任回避とベアトリーチェの思惑を阻止して自身の研究を進めたいという欲求が丸わかりであった。とはいえ、分かりやすいだけマシなのかもしれないのだが。

 

 

「……マダムは子供は大人に搾取されるべきという考えをもってアリウスを支配しています。無論、それはあなたにとって許しがたい話でしょう」

 

”当然だ”

 

「ええ、ソレを議論するつもりはありません。私が言いたいのは、マダムはあなたを殺そうと今でも思っているということです。アリウスにあるすべてのものを使ってでも、確実に」

 

”エデン条約調印式を襲おうとしているのも、それか”

 

「ご存知でしたか」

 

”良いことの1つでもあればよかったが、悪い話ばかりだ。まったく、お前たち(ゲマトリア)と関わると碌な事がない”

 

「クククッ、手厳しい」

 

 

 うんざりとした様子の先生(マイケル)。アビドスの時もそうだったのだが、ゲマトリアが絡むと話が面倒なことになっていくものだ。それを自覚しているのか、黒服も少々自嘲気味に笑う。とはいえ、反省をしている様子は一切見られないのだが。

 

 

”それで、話はこれでおしまいか?”

 

「えぇ、そうですね。この件のすべての責任はベアトリーチェにあるということを理解していただけたのなら、それで十分です。私はあなたがこのキヴォトスで何を為すのかをただ見守りたいだけですから」

 

”お前みたいな熱狂的なファン(Adoring Fan)がついても何も嬉しくないんだが……”

 

 

 結局のところ、分かったことはアリウスの指導者がゲマトリアであるということと、自分を殺そうと虎視眈々と狙っているということ。エデン条約調印式に対する襲撃情報と合わせて考えてみれば、相当に本腰を入れて来るのは間違いないだろう。

 どう対応するべきか、まず自分が使えるリソースを確認するべく少しだけ視線をずらし、考え込む。そして黒服から追加の情報を得るべく再び顔を上げたのだが―――

 

 

”おい、黒服……クソッ、逃げられたか”

 

 

 ほんの少し目を離した瞬間、黒服はその姿を消していた。何の痕跡も残さず、まるで最初から居なかったかのように。足跡の1つも残していないとは徹底している。

 先生(マイケル)はそんな黒服の行いに顔を歪め、しかしその姿を探すことはしなかった。どの道メタルウルフを身に着けていないし、追っても無駄だろうという直感があったからだ。

 立ち尽くす彼の背中に近寄る気配、振り返ってみればハスミが丁度物陰から姿を見せる。どうやら自分を探していたようで、彼女は先生(マイケル)の姿を見るとほっとした様子を見せた。

 

 

「先生、こちらにいらっしゃったのですね。何かありましたか?」

 

”ハスミか……いや、何もなかったよ、()()()()()()な。ただ、まだ調べきれていないから手伝ってくれないか”

 

「はい、わかりました」

 

 

 黒服には一切の敵意が無かった以上、ここでハスミ達を心配させるようなことを言う必要もない。適当に誤魔化しながら彼はハスミと共に残るカタコンベへの侵入口を探し出していく。

 そのまま地下聖堂の探索は無事に終了し、マッピングも同時に完了。出入り口も全てマークされており、どこを警戒すべきかも明らかになった。これで少なくとも、地下からの襲撃があったとしても奇襲されることは防げるだろう。奇襲さえ防げるのならば、あとは純粋な兵力差でどうにかなるというものだ。

 

 

「これで一通り確認は終わりました。警備計画については正義実現委員会で決定する……でよろしかったですかね、羽川ハスミ」

 

「はい、ティーパーティーへの報告はそちらにおまかせします。あとは……先生は今からどうされるのですか?」

 

”シャーレに一旦戻って、調印式の演説原稿を仕上げる必要があるな。それに、明日にでもゲヘナ、トリニティ、SRTの警備責任者と打ち合わせする必要も出てきた。調印式までの時間がもう数日しかないから早く要請を出さないとな……”

 

「先生も大変ですね……それでは私は修復作業の監督に戻りますので、皆様どうか無理をなさらぬように」

 

”ああ、サクラコもな”

 

 

 こうして古聖堂での調査を終え、マイケル・ウィルソンはゲヘナ・トリニティ両自治区での用事を終えたとしてD.U.へと戻ることとなる。

 連邦生徒会の介入、SRTの警備投入、アリウスの襲撃計画など今日知ったばかりの情報が多く、現状の調印式のスケジュールとうまいことすり合わせる必要があるだろう。本当はこういう事は連邦生徒会がやることなのだが、今はシャーレがやるしかない。

 兎に角やるべきことは山積しており時間は有限、1秒も無駄にはできないと彼は足早に駅へと向かうのだった。

 

 

 

******************************************************************

 

 

 

 夏の日差しが差し込むティーパーティーのテラス。洲根イルミは帰還早々、ゲヘナでの出来事を包み隠さず報告した。()()()()()()()()()世間には公開しないが、それは報告しないという話ではない。彼女は以前にも述べた通り愛校心が強い生徒である。そんな彼女が、トリニティを害しようとした羽沼マコトを許すわけがなかったのだ。

 

 

「以上が、万魔殿(パンデモニウムソサエティー)との協議の結果となります。それでは私はこれにて失礼いたします」

 

「…………」

 

 

 机に座り、報告を聞いたナギサの手が小刻みに震えている。羽沼マコトの騙し討ち計画及びアリウスとの内通を知った途端、彼女の胃がキリキリと痛みだし、苦悶の表情を浮かべて思わず自らの腹部を押さえた。

 隣に座るミネがその様子を見て険しい顔をするが、救護は後にしてくれと言わんばかりに片手で制止しながら事情を飲み込んでいく。幸い、裏切るつもりがあったのはマコトだけであり、他の万魔殿(パンデモニウムソサエティー)の議員たちはエデン条約に対して特に不満を抱いていないというのが救いではあった。

 

 

「……やれやれ、あちらの生徒会長は野心家もいいところだね。それとも夢想家というべきだろうか? どちらにせよ、ゲヘナらしいといえばらしいのかもしれないが、その矛先を向けられる側としてはたまったものではないというのが正直な所かな」

 

「ほらほら、やっぱりゲヘナはそういう事考えてたんだよ。ナギちゃんもちょっと入れ込みすぎだったっていうのがわかったでしょ?」

 

「ミカさん……」

 

「あ、いや、ごめんってナギちゃん。その左手のロールケーキは下ろして、ね? ね?」

 

 

 話を聞いていたセイアは呆れた様子でマコトを評し、ようやく経過観察ながらもティーパーティーに復帰できたミカが自分の反ゲヘナな指摘は正しかったのだと主張するが、ナギサに睨まれて過ごすごと引き下がる。復帰早々にロールケーキをぶち込まれるのは勘弁願いたいところであった。

 

 

「しかし、アリウスによる調印式襲撃ですか……まだ攻撃に出られるだけの兵員を有しているのでしょうか? 保護した生徒たちの話では、アリウス大隊で既に保有戦力の過半数ということでしたし、残存する生徒の全員が戦闘に耐えうる健康状態とは思えません」

 

「はい、既に奇襲効果は無く、存在も知られている状況では普通は何も出来ません。にも関わらずアリウスが調印式を攻撃しようというのは、何かひっくり返すだけの手があるということが考えられますが……セイアさん、()()()()()()()?」

 

「正直、こういうところでセイアちゃんの予知能力だよりっていうのはちょっとあれだよね」

 

 

 ナギサ、ミカ、そしてこの度新体制となったことでティーパーティーの一角となったミネの3人の視線が集まり、セイアは僅かに考え込む。自分の予知能力は言うほど便利なものではないし、そのビジョンも確実なものではないというのが先の事件において判明した以上、あまり当てにするのはよくないのだ。

 それに、自分ではなく自分の能力を当てにされるのはなんというか、あまり気分が良いものではない。自身の虚弱体質の理由は、ほぼ10割方この能力のせいなのだから。

 

 

「やれやれ、私の予知夢は自分で思うようにはできないということを忘れているのかい君たちは。とはいえ……一応、ビジョンは見てはいるよ。崩れた大聖堂、火と灰に染まる日……だが、私の見たビジョンが確定するわけじゃないというのは知っているだろう? 先の事件において私が見たのはミカの死だったが、それは覆された。先生ならばきっとなんとかしてくれると思いたいが……」

 

「……そうですね、先生がどうにかしてくれると思いたいものです」

 

 

 セイアが予知夢で見たものは漠然とした破滅の情景。もし以前彼女のままであれば未来に絶望し、ふて寝を決め込んでしまう所だが今は違う。未来は変えられるのだということを目の当たりにした以上、現実から逃げるという選択肢は無かった。

 しかし、結局のところは先生(マイケル)頼み。それに対して苦言を呈するのは、その彼の活躍で命を救われたミカである。彼女は少し遠慮がちではあるものの、しっかりと己の意見を述べた。

 

 

「でもさあ、先生にばかり頼るのも良くないと思うんだよね。あ、いや、これ私が言っちゃっていいのかなぁ……?」

 

「いえ、ミカ様の考えは正しいですね。先生は身を粉にして調印式のために奔走してくださっておりますので、我々がそれに甘えきってしまうのは我々のためにはなりません。私たちがまずどうするべきか、その上で先生の助力を乞うのが筋というものでしょう」

 

「ふむ、そうとなれば緊急時の指揮系統の確認などをするべきだろうね。私の見た最悪のパターンでは大聖堂が崩れていたから、大量の怪我人が出ることも想定する必要がある」

 

「ならば、私は聖堂の近くで待機しましょう。怪我人が出ても対応できるように救護騎士団の準備もさせておきます」

 

 

 自分たちだけでまずは対策を考えよう。そういうミカの意を汲み、ティーパーティーの首脳陣達は調印式における身の振り方を確認する。自分がその時何処に居るのか、それをきちんと周知しておけば、そこからさらにどう動くべきかが見えてくるものだ。

 

 

「私はサクラコさんと共に調印式に参列します。もし私に何かがあればミネ団長が現場の指揮を執ってください。それと、セイアさんとミカさん……トリニティを頼みます」

 

「ちょ、ちょっとナギちゃん、死にに行くんじゃないんだからそういう言い方は良くないと思うよ!? セイアちゃんもなにか言ってよ、縁起でもない!」

 

「今回はミカの言う通りだね、自分は真っ先に斃れるというような前提に立つべきではないよナギサ。最悪の事態を想定することは確かに大事だが、そうなると決まったわけじゃない」

 

「そ、そうですね……すみません、つい」

 

 

 どこか思い詰めたような顔をしてもしもの時を語るナギサだが、その言葉に不穏さを感じ取ったミカとセイア両名のツッコミを受けて謝罪する。先の事件でそういうのは良くないと分かっているはずだったのだが、やはり染み付いた習慣というものはそうそう変わらないということだろうか。

 とりあえず思考をフラットに戻し、4人は確認作業に戻った。

 

 

「ナギサとサクラコが聖堂、ミネが聖堂近く、そして身体が弱い私と病み上がりのミカがトリニティで留守番。指揮系統の継承順は今名前を上げた順番でいいだろうか?」

 

「はい、セイア様の認識で問題ないと私は思います」

 

「こちらの方針は今日中に先生に伝えておきましょう。明日には警備担当の協議がシャーレで行われるとのことですから、遅くともそれまでには確実に」

 

 

 一先ずは自分たちで決められる部分は決め、その方針を伝える。足りない所があれば先生(マイケル)が何かしらの指摘などをしてくれるだろうが、その手間は取らせまいと言わんばかりに彼女たちは真剣に取り組み、その日の夕方には緊急時対応計画(Emergency Action Plan)がシャーレへと送られることとなる。

 指揮系統の継承順位、非常時における救護態勢の確立。エデン条約の本番、それに伴うアリウスの襲撃に備えたこれらの動きは、本来であれば必要のないものではあった。しかし襲撃計画というものが明確に存在している以上、備えなければならない。

 楽園(エデン)の名を関した平和条約であるにもかかわらず、その調印式で戦うことを考えねばならないというその矛盾。彼女たちの努力はベアトリーチェの悪意を払いのけることができるのだろうか……それはまだ、誰にも分からなかった。

 

 

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 カレンダーの日付がかわり、7月2日。エデン条約調印式を明後日に迎えようとするこの日、D.U.にあるシャーレのビルにはエデン条約調印式において警備を担当する3学園の警備担当責任者が集められていた。

 ゲヘナからは風紀委員長、空崎ヒナ。トリニティからは正義実現委員会委員長、剣先ツルギ。そしてSRT特殊学園からは最優戦力とされているFOX小隊小隊長、七度ユキノ。キヴォトス全土でもその名を知られる人選であり、この近くで不良が事件を起こせばほんの数秒でケリがついてしまうだろう。無論、不良側が鎮圧される形で。

 

 

”さて、忙しい中よく来てくれた。知っていると思うが改めて自己紹介させてもらおうか、私は連邦捜査部S.C.H.A.L.E顧問、マイケル・ウィルソン。今回のエデン条約調印式では様々な調整を担当させてもらっている”

 

 

 呼び出す形になっている以上、先生として礼儀は尽くすべきだとマイケル・ウィルソンは丁寧に自己紹介して話に入る。ヒナとは面識があるものの、ツルギ及びユキノとはこうして顔を合わせるのは初めてであり、この2人は彼を吟味するかのようにその顔をじっと見つめていた。

 ただ、ツルギに関しては少々様子がおかしいように思えたのだが、彼女の人となりについてはハスミからある程度聞いてはいたので、恐らくだが人見知りをしているのだろうと推測する。

 その一方でユキノのほうは明らかに警戒の色が見えていた。その理由もある程度理解は出来るのだが―――

 

 

「狐坂ワカモ、何故お前がここに居る?」

 

「あら、私が先生のおそばに居るのがそんなにおかしい事でしょうか?」

 

 

 彼女が睨みつけるのは、彼の後ろに控えている狐坂ワカモ。FOX小隊との激しい戦いの後に捕縛されたという経歴を持つ矯正局からの脱獄犯。リゾートにおける一件で先生(マイケル)の手により再度確保され、当時矯正局が収監可能な状態では無かったがためにシャーレ預かりとなっていた。ちなみに彼女が先生(マイケル)の傍に控えているのは、本人の希望によるものだ。

 そして因縁の相手が()()()()()()()()と一緒にいるとなれば、ユキノが警戒するのは仕方がないだろう。ワカモに対してホルスターから拳銃を引き抜こうとする彼女の右手を、ヒナが掴んで制した。

 

 

「シャーレでの銃器の使用は禁止よ、七度ユキノ」

 

”ユキノ、ワカモと色々あったのは知っているが、ここではそういうしがらみは無しだ。S.C.H.A.L.Eは全生徒に開かれている場所だからな”

 

「くっ……了解しました」

 

 

 物理で抑えられ、S.C.H.A.L.Eの理念を述べられ、ユキノは不承不承ながらも武装を解除する。言うまでもないが、ヒナやツルギだけでなく、ワカモもこの場においては丸腰なのだ。

 

 

”さて、改めて本題に入ろう。今回の協議だが、()()()()からエデン条約調印式をアリウスが襲撃するという情報が手に入った。別々のルートで同じ情報が入った以上、これは真として判断するのが正解だろうということでだな、会場を警備する君達と相談したい”

 

「襲撃……やはりアリウスが?」

 

 

 ヒナが襲撃の話を聞き、眉をひそめる。エデン条約を推進していたのは風紀委員、つまりヒナであることはマコトの証言から判明しているので、それをまだ邪魔しようとしているアリウスに苛立ちを感じているのだろう。

 その一方でツルギはといえば、恐らくハスミから話を聞いているためか動揺などは見られない。しかしどこか楽しみにしているようにも見えるのは、恐らくだが見間違いではない。彼女は戦闘狂という一面があるということを彼は知っていた。

 

 

「アリウス……()()()()()()()()()、例の学園ですか?」

 

”少し違うな、ユキノ。私が()()()()()()アリウスと、襲ってくるアリウスは性質が違う……あちらは悪い大人に支配され、洗脳教育を受けた子どもたちの軍隊だ。彼女たちに罪はないんだが、襲ってくる以上は無力化する必要がある。それもできるだけ被害を少なくな”

 

「……なるほど、それが今回の協議の目的と」

 

”そうだ、いかに被害を最小限に留めるか……そのために君達の力を借りたい”

 

 

 先生(マイケル)は信用できぬ大人とはいえ、エデン条約という平和条約の調印式を邪魔しようとする集団(アリウス)のことは無視できるものではない。ユキノは彼の意図を察し、気持ちを切り替える。求められた役割が明確ならば、そこに私情を挟むべきではないという彼女なりの矜持だ。

 

 

「あなた様……そのような無粋な集団など、このワカモにお任せしていただければあっという間に片付けてご覧に入れますのに」

 

”ワカモ、気持ちは嬉しいがそれをすると君が勘違いされる可能性が高い。それと君のやり方は被害を増やしそうだから駄目だ”

 

「……ぐすん」

 

 

 ワカモは彼女なりに先生(マイケル)の行く手を阻む敵としてアリウスを認識してその排除を提案するものの、彼女の戦い方と悪名に伴うイメージの悪化を心配した彼によって作戦への参加を却下された。しょげる彼女の姿にほんの少しだけユキノは溜飲を下げる。

 

 

「アリウスによる襲撃はどのような形で行われるのか、情報はありますか? まずはそのあたりがハッキリしないことには作戦の立てようがありません」

 

「それもそうね、あらゆる可能性に備えるだけのリソースなんて最初から無いし」

 

 

 そしていざ本題、アリウスの襲撃に対する対策を考えようという段階になったところでまず口を挟むのは特殊部隊としての活動実績のあるユキノであった。あらゆる作戦行動は事前の情報によって難易度が決まるというのが相場であり、今回も例外ではない。ヒナもそれには同意する。

 

 

”それだが、実はティーパーティーから興味深い話が入っている。それは―――”

 

 

 二人の質問に対し、先生(マイケル)はシッテムの箱を手にしてティーパーティーからのメールに目を通した。昨日の夕方送られてきた緊急時対応計画(Emergency Action Plan)などの各種プロトコルを通達するものだが、その中に気になる文章があったのだ。

 崩れ去る大聖堂、炎と灰に染まる……セイアの予知夢によるビジョンらしいが、彼女の予知は()()()()()()()()()()それに近しいことが起こるのは確か。であるならば、アリウスの襲撃というものはそれに類する手段を使うのだろう。彼はそれを3人に話した。

 

 

「ティーパーティーの百合園セイアの予知……噂に聞いたことはあるけれども、結構鮮明なのね」

 

「……なるほど、建物を破壊するほどの爆発となれば、地下構造に大量の爆薬を仕掛けるか、大威力の航空爆弾ないしミサイルによる攻撃と推定できます」

 

「キヒヒッ……つまらない手を使う連中だな」

 

 

 情報が入ったことで話がようやく前進し、アリウスの使う手段について3人は話し合う。こういうことに最も精通しているであろうユキノが出した推測は先生(マイケル)からしても妥当のように思えるのだが、アリウスに航空兵力やスタンドオフ兵器があるとはとても思えなかった。

 話に聞く限りではアリウスというのは極めて貧しい自治区であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

”アリウスの経済的事情を鑑みると、地下からの襲撃がやはりメインになるか”

 

「そうですね、空からの攻撃を考慮しないで建物を崩すとなれば人知れず基礎構造を破壊するほかありません。周辺の地下の見取り図などはありますか?」

 

”ああ、これだ”

 

 

 昨日まとめた古聖堂の地下をマッピングしたものと、周辺のカタコンベの出入り口を纏めたものをプリントアウトした紙を渡し、彼女たちはそれをまじまじと眺める。

 どこから主に攻撃してくるか、その補助として行われるであろう陽動がどこからくるであろうか、それらを想定して紙に色々と書き込んでいく。

 

 

「……なるほど、ではSRTはRABBIT、HOUNDの2個小隊がヘリを使い上空から監視を行い、我々FOX小隊はこちらのビルを拠点に地上からの攻撃に即応できる体制を整えます」

 

「そう……なら風紀委員会は古聖堂の裏手の警備を強化するわ。カタコンベなどの地下構造は私たち(ゲヘナ)が警備をするには複雑すぎる」

 

「聖堂内の警備レベルを引き上げる……ゲヘヘ、邪魔するやつは破壊してやる……」

 

 

 そうして警備体制の検討が終わり、アリウスの襲撃に備えた新しい配置が決まる。ユキノとヒナは事務的にその報告をするが、唯一ツルギは中々に凶悪な顔をして治安維持組織の長とは思えぬ言葉を吐いた。流石にワカモを叱った手前、ツルギの言葉も咎めなければ不公平というものだろう。

 

 

”ツルギ、破壊じゃなくて制圧だ”

 

「えっ、あっ、すみません……つい、クセで……」

 

 

 注意すると途端に顔を赤らめ、消え入りそうな声で謝罪する。その様子を見たワカモが乙女がするべきではなさそうな気配を発したものの、彼は素知らぬ顔をした。多分あの仮面の下で彼女はとんでもない表情を浮かべていることだろう。

 

 

”……さて、方針も決まったことだし時間も時間だ。親睦を深めるために昼食でもどうだい? 勿論お金は私が出すが”

 

「キヒッ!? あ、アァァ……キヒャアアアアアアッ!?」

 

 

 協議が無事に終わり、時計を見れば丁度昼飯時。親睦を深めようと食事に誘う先生(マイケル)であったが、どうやらツルギにはその言葉は致命傷レベルに刺激的だったらしい。顔を真っ赤に染め、奇声を上げながら彼女は衝動的に窓をぶち破って外に飛び出した。

 しかし、ここはシャーレビルの上層階。彼女は一瞬空中に留まったものの、すぐさま重力に引かれて姿を消す。

 

 

「あっ……」

 

「えっ……!?」

 

”お、おい、ツルギ!?”

 

 

 即座にぶち破られた窓に駆け寄りツルギの安否を確認しようと見下ろす先生(マイケル)であったが、落着地点に立ち上る砂煙の中から走り去る彼女の姿を目視し、キヴォトス人の頑丈さにホッとすると同時に、ツルギのシャイさに呆れ果てるのであった。

 

 

******************************************************************

 

 

 シャーレビルでそのような騒動が起きたのと時を同じくして、エデン条約調印式の会場である通功の古聖堂の周辺をうろつく灰色の制服を着た集団が居た。正義実現委員会のような黒染めではなく、グレーゾーン体現するような組織、その名はトリニティ自警団。

 彼女たちはその中でも結成時のメンバーである最初の8人であり、先の事件においても実働部隊として出動し、アリウス大隊の鎮圧にあたった面々でもある。

 

 

「それで、ここがお前を拾ったカタコンベの入口だったな守月?」

 

「ええ……ここがそう、私にとっての新しい人生の始まりの場所でした」

 

 

 正義実現委員会による封鎖線を許可のもと通り抜け、向かった先は人気の少ない路地にある小屋の前。3年前、守月スズミがトリニティ自治区にはじめて足を踏み入れたこの場所は、今も当時と変わらぬ様子で昼間であっても薄暗い。

 

 

「私はアリウスの生きた標的にされ、カタコンベに逃げ延びた。当時は無我夢中でどんなルートを辿ったのかも覚えていませんが、そんな私が迷わずに外に出れたということはアリウスへ通じるルートのヒントがあるかもしれません」

 

「今、図書委員に禁書庫及びシスターフッドの蔵書の解析を依頼していますが、果たしてエデン条約調印式に間に合うかどうか……」

 

「だから私たちでこの周辺を調査するという話だろう?」

 

「ええ、そのとおりですよ沖布レン。アリウスに対して受け身である必要はありませんからね、こちらから殴り込む事を考えないと」

 

 

 集団の中で唯一ティーパーティーの白服を身にまとう洲根イルミはそう言い、古く錆びついた扉に手をかける。彼女はティーパーティーの中で唯一エデン条約調印よりも前にアリウスを叩くべきだという考えを持っており、それ故にこのような形で独自にカタコンベの調査を行っていたのだ。

 アリウスがカタコンベの先に自治区を有しているというのはスズミやアズサ、他アリウスの生徒の証言によって確認が取れているものの、そのルートはいまだ不明。正しい道順を辿らねば永遠に地下を彷徨うこととなるというシスターフッドの警告も相まって、トリニティはアリウスを制圧する計画を後ろ倒しにしていた。

 無論、それはアリウスに攻撃側の優位性……つまり、いつ、どこから攻撃するのかという自由をもたらすものであり、調印式という高価値標的(High-Value Target)が複数集まるイベントに対し多くのリソースをつぎ込むこととなった。しかも、それでも足りているかと言えば怪しいところはある。

 

 

「深部には潜れませんが、アリウスが活動している痕跡の1つでも見つけられれば良しとしましょう。一番いいのは今まさにアリウスへ帰ろうとしている生徒を見つけることですが」

 

「平田、明輝、お前たちは地上に残って備えろ」

 

「わかりました」「お任せください」

 

 

 2人を地上に残し、自警団の6人はカタコンベの闇に飛び込んでいく。

 

 

「やれやれ、相変わらず薄暗くてジメッとしている。こんな空間の先にあるからアリウスの教えもカビが生えているんでしょうね、一体全体何が虚しいのか」

 

「音には注意してください。こういう空間では反響して音の発生源がわかりにくいので、不意を突かれることもあると聞いています」

 

 

 毒を吐くイルミと、その横に付くスズミに付き従う形で自警団のメンバーは狭い石造りの通路を進む。

 地下墓所の通路は狭く、せいぜい2人が並んで通れる程度の幅しか無い。天井はそこそこあるが、先生(マイケル)のメタルウルフが入ったら背中のコンテナが邪魔で方向転換が厳しいことになるのではないか、スズミはそう思った。

 

 

「……おかしいですね、先程までの構造ではここで通路が交差するはずですが」

 

「うぅん? どういうことだいイルミ」

 

 

 どの道構造変化で無駄に終わる公算が高いものの、マッピングをしながら進む自警団。何度も通路を行き来する途中、先頭を行くイルミが突然と足を止める。石造りの地下通路はある程度の法則性を持って建造されているはずなのだが、歩数をカウントしながら歩いていた彼女は不自然に生じた長い通路に違和感を感じたのだ。

 無論、そういう作りであったと考えるのは簡単だ。だが、今はアリウスへの手がかりが1つでも欲しいところであり、ほんの僅かな違和感であってもその周辺を捜索する理由になる。

 

 

「ここだけ通路が長いのですよ、不自然に。地上の建造物が影響を及ぼしているというわけではなさそうですが、であれば……もう少し壁を調べてみましょう」

 

「壁、壁か……こういう時、古代遺跡の財宝を探す映画だとブロックが動いたりするんだよな」

 

「フィクションと現実をごっちゃにするのはやめておけ、風路」

 

「良いから口ではなく手を動かしなさい」

 

 

 イルミの指示により、本人を含む6人全員が違和感のあるエリアの壁を弄るように探っていく。

 しかし通路の壁面は建造から相当な時間が経っているため相当に劣化しており、そのあたりは破損させぬように慎重に行わざるを得ない。

 

 

「…………」

 

「まあ、叩いたところで音はしないな」

 

「本当に何かあるのかァ?」

 

 

 捜索すること数分、あまりなんら手がかりは得られず、手と服が汚れただけ終わるかと思われたその時であった。

 

 

「ここ、動きます!」

 

「本当か、守月」

 

 

 スズミが触れたブロックが押し込まれ、それに連動する形で壁に隠された扉が開かれる。

 現れたのはカタコンベとは少々様式が違う地下通路で、例によって明かりはない。彼女たちが懐中電灯で中を照らすが、奥を見通すことが出来ぬほどの直線らしく深淵を思わせた。

 

 

「そんな、まさか……」

 

「……これ、当たりじゃないか?」

 

「こんなものがカタコンベにあるとは……」

 

「さて、どうしよう?」

 

 

 まさか本当に隠し扉があるとは思わず、呆けたように通路を覗き込む自警団。そんな中、唯一スズミだけはこの通路に見覚えがあった。自分はあの時、確かにこの通路を通って―――

 

 

「……あぁっ!」

 

「スズミ、どうしたのですか?」

 

「わ、私……私はこの通路を通った記憶があります……! 多分、この先は……!」

 

 

 スズミの脳裏に当時の記憶が鮮明に蘇る。銃で滅多撃ちにされ、ボロボロになりながらカタコンベを彷徨った彼女は追手から身を隠すように偶然開いた隠し扉をくぐり、この通路を辿ってきたのだ。

 だから、この通路を辿っていけばきっとアリウス自治区へと通じるのではないか? そういう考えが彼女の脳裏に浮かび上がるが、しかし同時に落ち着けと自警団のメンバーとして冷静さを保とうとする思考が働く。

 この先がカタコンベのように変化する地形ではないという保証はなく、たとえ通り抜けることが出来たとしてもその先は敵地。アリウス自治区の全てはマダムの監視下にあるということを覚えていたスズミは、勇んで突撃する無謀さを理解する。

 

 

「アリウス自治区のはず……ですが、手は出せませんね……」

 

「なんだ、行かないのか?」

 

「イトハ、もしスズミの言うことが真だとしてもたったの8人で何ができると? 流石にそれは無謀がすぎるというものでしょう。まったく、あと一週間早ければこちらから攻めるという選択肢が取れたものを……」

 

「イルミ、どうするつもりだ? イトハのような戦闘狂の言うことは聞く必要もないが、これは我々だけの判断で動けるものではないだろう」

 

 

 他のメンバーも戦闘狂1名を除いてこのまま進むことには反対する。明らかに戦力が足りない上に、学園としてのリソースもエデン条約調印式に取られている以上はアリウスへの攻撃など出来るはずがない。

 イルミが言うように、あと一週間早くこの通路が発見できていれば何かが違ったかもしれないものの、それは結局のところ後の祭りでしか無かった。

 

 

「……通路を発見したということは報告しましょうか。図書委員会が解読している情報と突き合わせる必要もありますし」

 

「そうですね……」

 

 

 その後、彼女たちは正義実現委員会及びティーパーティーにアリウス自治区に通じると推定される隠し通路を発見したということを報告する。しかし、やはりというべきか、情報及び兵員リソースの不足からアリウス自治区への強行偵察などの攻撃的な策を取ることはできなかった。

 無論、これを責めるのは酷だろう。何度も述べている通りリソースは有限であり、全てに全力を発揮することなど出来はしないのだ。

 彼女たちに今できるのは事前に準備し、調印式における襲撃に備える事のみ。アリウス自治区への出入り口を見つけたという今回の成果がその際に有効に働けばいいのだが。

 スズミは胸騒ぎを覚えながらも、その日を迎える事となる。

 

 

To be Continued in Episode3 ”Fourth of July(7月4日)




 調印式の準備期間は終わり、次回からエデン条約調印式です。果たしてこの物語はどのような結末を迎えることになるのでしょうか。
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