7月4日、それはアメリカ合衆国の独立を記念する全米最大の祝日である。
しかしここは地球ではないキヴォトスという土地。地球との時差など全くわからないため、今日が本当に独立記念日なのかはわからない。しかし偶然にもここも地球と同じく365日という周期で1年が巡り、グレゴリオ暦と同じ暦法を採用しているため7月4日を祝うことが出来るのはマイケル・ウィルソンにとって幸いであった。
そして今日、7月4日という日はキヴォトスに於いても新しい意味を持つことになる。
エデン条約というゲヘナ・トリニティ両学園の平和条約の締結は、連邦生徒会長失踪以降混乱の渦中にあるキヴォトスに新たな秩序をもたらすものだと期待されていた。
しかし、その裏では
『えー、こちらはクロノススクール報道部のアイドルレポーター、川流シノンです! 私は今、エデン条約調印式が行われるというる通功の古聖堂の前にいます! 見てください、ゲヘナとトリニティの儀仗隊が睨み合っています! まるで開戦直前のような物々しさ! これが果たして平和条約の調印式の現場と呼べるのでしょうか!?』
モニターの片隅に表示されている中継画面の中でやたらとテンションが高く、南半球が眩しい褐色肌で金髪のミス・ジャーナリストが騒いでいるのを横目で見ながら、彼は時間に間に合うように
ちなみにだが、シノンが騒いでいるのは調印式前に行われるプレセレモニーで、ゲヘナとトリニティの双方の生徒会の儀仗隊によるパフォーマンス合戦である。これは例えるならば、地球におけるインド・パキスタン国境のパフォーマンスが一番近いだろう。
そう考えると、物々しさを感じるのも無理はないかもしれない。双方自制はしているようだが、白熱して殴り合いにならなければ良いのだが。
『え? いいから本題に入れ? えー、画面外からの言葉が暴力に変わる前にちゃっちゃと話を進めましょう。まず、今日締結されるエデン条約ですが、それは―――』
シノンがカンペを読みながらエデン条約について視聴者に説明していくのを聞き流し、足を止めて見つめる先には荘厳な美しさを誇る通功の古聖堂があった。
この間のゲヘナの時とは違い、今回は余裕を持って臨んでいるので時間の方は問題はない。とはいえ、このまままっすぐ行くのもつまらないから少し寄り道でもしてみようか。
そう思った瞬間、彼に降り注ぐ陽光が一瞬途切れて影が射す。なにかと思って見上げてみれば、丁度頭上を警備についている2機のヘリが通過していた。そのうちの1機については彼にとっても馴染みが深いHOUND小隊のもので、もう1機の青い塗装のブラックホークも恐らくはSRTのものだ。
『えー、ヘリの音がうるさくて中継が……あっ! 見てください、あのヘリのエンブレムはSRT特殊学園です! つい先日まで活動を停止していたSRT特殊学園が、このエデン条約調印式という一大イベントで復活を大々的にお披露目するということでしょうか!? 連邦生徒会も久々にやる気を見せているということですね!』
SRTの活動再開を大々的にお披露目する。そう目論んでいた連邦生徒会防衛室長である不知火カヤの思惑ははひとまず狙い通りになっているというべきか、こうしてマスコミを通じて報道されて居る以上は目的の半分は達せられたであろう。
問題はこのあと起こるであろうアリウスの襲撃に対してどう動けるか、ではあるのだが。
『おぉっと! あそこに見えるパワードスーツはシャーレの先生ではありませんか! 早速突撃インタビューしましょう! 何々、予定にないことをするな? こんな美味しい状況を無視するほうがありえないでしょう!? というわけで、シノン行きまーす!』
古聖堂へさらに近づいていくと、中継画面の向こうに居たはずの少女が駆け出し、その背中が段々と遠ざかっていくのと同じくして、モニター・ディスプレイの片隅に小さく存在していた姿が近づいてくる。どうやらあのミス・ジャーナリストに見つかってしまったようだ。
メタルウルフの中で人目につかぬ事をいいことに、その様子を見た彼は思わず呆れたような表情を浮かべた。ジャーナリストにはあまりいい思い出がないというのが正直な所で、特にDNNのMr.ジャーナリストは酷いものだったと過去を思い出す。とはいえ、生徒の頼みを無碍には出来ない立場なので、少々のインタビュー程度には応えるつもりではあったのだが。
「マイケル・ウィルソン先生、クロノススクール報道部です! エデン条約についてお話を伺いたいのですがよろしいでしょうか!?」
”取材はアポを取ってくれ、と言いたいが今日という日に免じて2つなら答えよう”
「では許可をもらったので早速、エデン条約でゲヘナとトリニティの橋渡しをしたのは先生という話が世間では広まっていますが、実際のところはどうなのでしょうか!? あらゆる学園の枠を越えて活動する先生ならば納得できそうなところではありますが……」
最初の質問は思ったよりもまともで、エデン条約に対してのシャーレの介入度合いを問うものであった。とはいえ、そもそもエデン条約に関してはシャーレそのものはノータッチなのだが。
確かにナギサに呼び出されたのはエデン条約絡みではあったものの、実態としては内部調査の類であり調印につながるものではなく、そもそもゲヘナとのやり取りをしていたのはイルミであり、自分ではない。
しかし、最後の最後のゲヘナとの協議に参加し、マコトに釘を差したことでエデン条約調印にこぎつけたということを考えれば仕事をしたともいえるだろう。彼は少し言葉を選んで質問に答えた。
”それについてはYESでありNOだな。この条約は平和を臨む両学園の代表の意思によって成立したもので、私はほんの最後にちょっとだけ手を貸したに過ぎない”
「なるほど! 両校にそういう勢力が存在したというのが少々驚きですが、続けてもう一つ。SNSのシャーレ公式アカウントでエデン条約調印式で重大発表が告知されていましたが、それはズバリどのようなものなので!?」
”もう少し待てばわかるよ。さて、これ以上は受け付けないぞ”
「あっ! まだ聞きたいことはありますよ! 七囚人の一人がシャーレに住んでいるとか、実は先生はキヴォトスの外では偉い人ではないかとか!」
次の質問に関してはフライング発表するつもりはなかった。ピシャリと答え、足早に去ろうとするがシノンはやはりというか食い下がろうとするものの、2つまでと言い切った以上は応える義理はない。
軽く手を振りながら彼は規制線を越えて関係者エリアへと足を踏み入れ、彼女たちの追跡を振り切った。
「お待ちしておりました先生、まだナギサさんやゲヘナ首脳陣の方々は到着されていませんが、ずいぶんお早いのですね」
”ん、サクラコか。いや、余裕を持たせておこうと思ってな”
「なるほど……」
関係者用エリアの奥でメタルウルフから降りた
”こうして無事に式典を開催できてなによりだ。シスターフッドとしても誇らしいんじゃないか?”
「はい、平和のためのセレモニーがこうして行われるのを見ると私としても嬉しく思います。この通功の古聖堂はかつて第一回公会議が行われ、平和のためにトリニティが成立したのを思えば感慨深いものがあります。ですが……その影でアリウス分校が追いやられたのを思えば複雑な気分にもなります」
通路を歩きながら今回の式典についてシスターフッドはどのようなスタンスで臨んでいるかを聞いた所、彼女はなんとも言えぬ複雑な表情を見せた。
平和の式典と銘打ってはいるものの、実際にはアリウスとの戦いに備えているというのはまるで第一回公会議の再現ではないか。
「……やはりアリウスはこの式典を襲ってくるのでしょうか、先生。それほどまでに私たちトリニティのことが憎いのでしょうか」
”気に病む必要はないよサクラコ。そもそも、アリウスにしてもトリニティにしても当事者は既に墓の下で、その責任を今の君達が取る必要はない。それに今のアリウスはマトモじゃない……彼女たちに憎しみを吹き込んでいる大人がいる”
「例のマダム……ですか」
シスターフッドは保護したアリウス生徒のカウンセリングを担当していることもあり、現在のアリウスの状態をよく理解していた。マダムという大人が生徒会長につき、過酷な軍事教練を行っているという現状は話に聞くだけでもおぞましい。
「もし、かつての戒律の守護者がこの話を聞いたのならば……」
”戒律の守護者?”
「はい……そもそも、公会議で定められた戒律というのは極めて神聖なものでして、それを厳守
させるためにはルールを破った際に与える罰も設ける必要があります。そのルール、制約の役割を持つ人々のことを戒律の守護者と言うのです。このトリニティにおいてかつて存在したその集団の名はユスティナ聖徒会……私共シスターフッドの前身にあたる組織です」
”ほう……ん? 待てよ、公会議で定められた戒律を守るということは、第一回公会議ではアリウスの追放が決定されたはずだ。つまりは―――”
「はい……ご想像の通り、アリウスを弾圧して追放したのはユスティナ聖徒会です」
サクラコが語るかつての組織、ユスティナ聖徒会。何故シスターフッドがアリウスに関する資料を有する理由の一端を知り、
恐らくだが、長であるサクラコとしては贖罪をしたいところがあったのだろう。シスターフッドの歴史を知る立場にある彼女からすれば、かつて追放したアリウスの生徒達が傷ついているのを放っておけるはずがなかったのだ。
少々重苦しい空気になったところでサクラコのスマホからメッセージの着信音が鳴り、彼女は少し慣れぬような手付きながらもそれを取り出しメッセージを読む。
「……あ、ナギサさんが到着されたようです。ゲヘナの方々も間もなくということですが」
”ああ、わかった。そろそろパーティーの時間だな”
式典の開始が近いことを告げられ、彼は気持ちを切り替えた。ネクタイを締め直し、スーツをきちんと羽織って身だしなみを再確認。胸元に輝く星条旗のピンバッジは今日という日を祝う彼なりのおしゃれである。
そして2人は式典会場へと向けて歩き出す。運命の瞬間は刻一刻と迫りつつあった。
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地上の喧騒をよそに、大空を舞う2機の武装ヘリコプター。その
また、乗り合わせている隊員たちもただぼんやりとするわけではなく、己の眼を用いて不審者や不審物が存在しないかを確認していく。
かなりの速度で流れていく景色の中、空から地上の異常な何かを発見するというのは非常に困難を極めるのだが、SRT特殊学園の学生ともなればそれを識別することは決して難しいことではない。それだけの練度を誇るのがSRT特殊学園というものなのだ。
「定時報告、HOUND1よりFOX、RABBIT両小隊へ。会場周辺に不審な動きは見受けられず」
『FOX1了解』
『RABBIT1了解しました』
「……はぁ、全く防衛室長にも困ったものだ」
開放されたキャビンドアから地上を見下ろすHOUND1、岸洲トミは定時報告を行い、大きく息を吐いた。SRT活動再開はまあいいとして、その最初の任務が警備任務というのは正直どうなのか。
そもそもSRTは制圧、潜入等の攻撃的任務に就くのが普通であり、こうした警備という防衛的要素の強い任務は本来専門外なのだが、今回音頭を取っている防衛室長というのはどうにも派手な見た目を好むらしい。今回の件にしても、戦闘ヘリ2機とSRT最強のFOX小隊というインパクトの強さで部隊を編成したに違いない。
「ま、いいじゃんこのくらいさ。FOXの先輩方やゲヘナの空崎ヒナ、トリニティの剣先ツルギが居る以上はアリウスの連中もあっという間に鎮圧ぐらいできるでしょ」
「そうは言うがなHOUND3、明らかに今回の任務はコストの使い方を間違っている。連邦生徒会の防衛室は計算もまともにできないのか? うちの大沢のほうがまだコストの概念を理解できているぞ、そりゃあヴァルキューレが年中予算不足にあえぐわけだ!」
トミは不満を噴き上げ、連邦生徒会防衛室への不満を公言するものの、それはそれとして任務そのものに手を抜くことはない。
周囲を見つめる彼女の目つきが鋭くなり、睨みつけるのはクロノススクールの報道ヘリ。この会場周辺は警備のために立ち入り制限空域を設けており、警備の機体以外は侵入ができないはずだが、あの機体はそのエリアに侵入し、どんどん古聖堂へと近づいているように見えた。
「……HOUND2、あそこの報道ヘリはエリアに侵入してないか?」
「了解、確認する」
「えーっと、あのヘリのチャンネルはこれかな」
カズミがクロノスのヘリの位置を確認している間、タエコはクロノスのヘリのチャンネルを自分のスマホで再生した。
『こちらはピーター号、捲土ナルコです! 現在私はエデン条約調印式会場上空に来ています!』
「あー、こいつで間違いなさそうだね。うちらのヘリが画面に映ってる」
配信されている映像を確認し、タエコはそれをトミに見せる。川流シノンとはまた別の名物リポーターである捲土ナルコがどうやら今回の制限空域を侵犯している犯人のようだ。
「確認した。警告するからHOUND1は他への報告を行ってくれ、そろそろ式典が始まる」
「わかった、こちらHOUND1。クロノスのヘリが制限空域へ侵入、対応する」
『FOX1了解、対応は任せる』
トミが報告を終えると同時にカズミは操縦桿を倒し、機体を旋回させピーター号の進路を妨害するように回り込む。同時に彼女は機関砲を操作し、見せつけるようにその銃口を向けた。
「こちらはSRT特殊学園、貴機は制限空域に侵入している。直ちに空域より離脱せよ。繰り返す、直ちに離脱せよ。当機の指示に従わない場合は相応の手段を取る」
『ひっ、ひえええっ! 銃口向けられてるよナルコ!?』
『た、退散~~! でも我々は当局の不当な弾圧に決してくじけることはない! そう、なぜならペンは銃よりも強し! 撮影場所を変えて放送を継続するので皆様チャンネルはそのままで!』
いきなり眼の前に大型の戦闘ヘリが割り込み、銃口を向けたとなれば非武装の報道ヘリに為すすべなど無い。這々の体で引き返すヘリが制限空域の外に出るのを確認し、操縦桿を握るカズミは大きく息を吐いた。
とりあえず今回はただの報道ヘリだったが、アリウスがいつどのような形で仕掛けてくるかわからない以上些細なことでも気が抜けない。再び周囲の状況を確認するカズミのインカムに、突然地上のクロノスの配信の音声が飛び込んでくる。
『ゲヘナ、トリニティ両校の代表団が到着し、とうとうエデン条約調印式が始まります! ご覧ください、ゲヘナ
「……おい、HOUND3。こちらは仕事中なんだ、通信に変な音声を入れるな」
苦々しい表情を浮かべ、犯人の名を呼ぶカズミ。こんなことをするとなると幼馴染のあいつしか居ないだろうという信頼がそこにはあった。事実、呼ばれたタエコは悪びれる様子もなくその意図を説明する。
「そうはいってもさ、式典の進行確認ぐらいは必要だろう? お前さんは真面目なんだからずーっとレーダーやFLIRの画面見ていてもおかしくはないからね、暇を潰してやろうって心遣いさ」
「余計なことを……」
『おおっと、式典開始の前にシャーレの先生からスピーチがあるようです。SNSで上がっていた重大発表の事でしょうか?』
幼馴染のおせっかいっぷりに呆れながらも、彼女は通信を切ることはしなかった。そしてその音声の源であるクロノスの配信の画面では、壇上に上がるマイケル・ウィルソンとその背後に仁王立ちするメタルウルフの姿が映る。
『”おはよう諸君、いや……今はもう昼前か。Hello諸君、私は連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの顧問、マイケル・ウィルソンだ。S.C.H.A.L.Eの先生といえばわかるだろうか”』
演台に立つ彼はマイクの電源を確認し、早速スピーチを始める。彼が話しだした瞬間から周囲の喧騒は静まり、皆彼の言葉に耳を傾けた。
『”今日、7月4日という日をこのような形で迎え、新たな意味を持つことになることを私は大変嬉しく思っている。長年にわたり対立を続けてきた両校が、平和という1つの目的のために手を取り合い、そして新たな時代を作るというその意思を私は祝福しよう”』
彼のスピーチはクロノスを通じ、この会場やゲヘナ・トリニティ両自治区だけでなく、キヴォトス全土へと放送される。
『”エデン条約の調印式が7月4日ということに関して、私はある種の運命というものを感じざるを得なかった。何故なら、私の故郷に於いても7月4日というのは最も記念すべき日であり、祖国アメリカが圧政から解放され、独立を果たした日でもあるからだ”』
「ん、見てホシノ先輩。エデン条約の調印式、先生がスピーチしてるよ」
「こうしてみると先生ってよりかは、政治家って感じだよね~」
砂に埋れ、周囲から半ば忘れられていたアビドス自治区では、学校の借金を減らすべく何時ものように賞金首を狙うホシノとシロコの2人が移動時間の最中にその配信を見ていた。
正直、自分のところで精一杯なアビドスでは他の自治区で何が起ころうが知ったものではないのだが、恩人である
エデン条約によるパワーバランスの変化は、もしかしたらアビドスに流れる賞金首の量を増やしてくれるかも知れない。そんな淡い期待を胸に彼女たちは式の進行を見守った。
『”エデン条約とアメリカ独立宣言、共通するのは幸福の追求だ。人々は生まれつき自由であり、平等であり、そして幸福を追求する権利を有するということであり、それは決して侵害されていいものではない。その権利を保全するために
「素晴らしい演説だな、流石はカムラッドだ。おいらも負けてはいられないぞ」
「大変ですチェリノ会長! 工務部が抑圧者を倒せと突入を……!」
「な、何故だーっ!?」
万年雪に覆われ、環境の過酷さで知られるレッドウィンター自治区では、イワン・クパーラの件で彼との縁ができた同校の生徒会長である連河チェリノが彼の演説を高く評価する。
しかし、欲求が子供じみているとは言え基本的に独裁者気質である彼女は、彼の言うところの万人の自由、平等、幸福の追求という概念からは真反対の位置に存在するのが正直な所である。
『”しかし、忘れてはいけないこともある。自由、平等、幸福、その権利は万人が持つものであり、自分一人だけのものではないということだ。自身の夢と称して誰かを傷つけ、壊すようなものは決して容認されるものではなく、もしそのようなものが現れた時、両校の自治区においては
「どうしたユウカ、そんな神妙な顔してクロノスの配信なんか見ちゃってさ」
「いっ!? 副会長……いえ、今日はエデン条約の調印式があるじゃないですか、それで先生がスピーチするからちょっと気になっちゃって」
「それで手が止まっていたら本末転倒よユウカ、エデン条約のことは皆が気にしているのだから隠れて見なくても問題ないわ。ユウカの作業効率なら昼まで見ていても十分今日の仕事は終わるでしょう?」
「り、リオ会長まで……」
まるで気にしてなどいないかのように装ってはいるものの、実際のところはエデン条約のことをバリバリ意識しているのがセミナーの役員達だ。何せゲヘナとトリニティが手を組んで戦いを挑んでくるのではないかということがまことしやかに囁かれるなど、関心は他の学園と比べても高い。
そんなユウカの態度にリオも呆れた様子で口を出す。まさかリオにまで言われるとはと彼女はショックをうけるものの、大っぴらに見てもいいという許可をもらったのも事実。そのままセミナーの全員と共に中継に食い入るのであった。
『”そしてこの私も、自由、平等、幸福を守るために全力を尽くす所存だ。エデン条約の締結されるゲヘナ・トリニティ両自治区だけでなく、キヴォトス全土、あらゆる学園を問わず、私は
「確かに、あれほどの武力があれば並大抵の勢力では太刀打ちできませんね。カイザーコーポレーションを半壊に追い込んだその手腕、拝見させてもらうとしましょうか」
キヴォトスの中心にあり、天を衝くほどの高層建造物といえば連邦生徒会本部、サンクトゥムタワーである。その一角、連邦生徒会防衛室の室長室でクロノスの中継を見ながら自分で淹れたブルーマウンテンコーヒーを飲む一人の生徒が居た。
長い桃色の髪を後ろで纏め、体つきは薄い彼女の名は不知火カヤ。防衛室長としてこの度SRTの活動再開を主導するなど、どうにも現状維持を優先としている節が見られる七神リンとの政治闘争に明け暮れている。
彼女の目的は連邦生徒会主導によるキヴォトスの秩序の回復。今回エデン条約に土壇場でオブザーバー参加したのはそのための布石だ。
『”何故なら私は、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの先生だからだ!!”』
「連邦生徒会長が居ない今、あの首席行政官では力不足も良いところ。先生には真の平和がキヴォトスに訪れるその日まで、是非とも頑張っていただきたいものです」
カップに残った最後の一口分を流し込み、彼女は人知れず不敵な笑みを浮かべる。自身の計画に絶対的な自信を持つものの姿がそこにはあった。
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ハナコ、ヒフミ、アズサ、そしてコハルの4人は臨時休校となった今日を楽しむべく繁華街に繰り出していたのだが、臨時休校ということは他のトリニティ生の多くも同じことを考えており、本来は平日の真っ昼間であっても人混みでごった返していた。エデン条約の調印式を祝うお祭り騒ぎみたいなものだ。
そんな中、なんとかレストランに滑り込んだ4人は昼食を注文し、料理がやってくるまでの間クロノスの放送を視聴する。
「なるほど、これが先生のスピーチ……手慣れてる感じがすごいですね、人前でこうも物怖じせずに引き込む話し方をする。なるほど、アリウスの子たちがあっさりとなびいてしまうわけです」
「先生の前職ってなんなんでしょうか、こんなこと普通の仕事をしてても身につきませんよ」
「私にはよくわからないが、多分偉い人じゃないのか?」
「そんな偉い人がなんでキヴォトスで先生やってるのよ」
思い思いに感想を口にする4人であるが、料理はいまだやって来ない。店内の席は一杯で、恐らく厨房の仕事量がオーバーフローを起こしているのだろう。
仕方なくお冷を口にして喉の渇きを潤し、ハナコは再びスマホの画面に視線を落とす。画面の中では
『”さて、この記念すべき日、この場を借りて私はキヴォトス全土に伝えたいことがある。SNSで予告していた重大発表というやつだな、エデン条約と完全に無関係であるわけではないのだが……さあ、来なさい”』
「あれは……アリウスの皆じゃないか」
「えっ、どういうことなの!?」
彼女たちの正体を知るのはまだトリニティでも一部に過ぎない。無論、この4人はその正体を知るメンバーではあるのだが、それでもこのタイミングで公表する意図がわからず困惑していた。
『”紹介しよう、彼女たちはアリウス分校の生徒たちだ。まず最初に説明すると、アリウス分校というものは数百年前、トリニティ総合学園が成立した第一回公会議において統合に反発し、武力によって自治区を追われた学園だ”』
『なんと、これは一体どういう事でしょうか!? シャーレの先生の重大発表とはこの事だったのか!』
『”とはいえ、このことでトリニティの責任を問うつもりはない。先程も言ったように数百年も前の話であるため、当時と今では常識が異なるのは言うまでもないだろう。アリウスは長きにわたり逃げ延びた先、隠された自治区でひっそりと暮らしていたそうだ。そして誰にも見つからぬまま現代に至った……しかし、話はこれで終わるものではない。今、アリウス自治区は非常に危機的な状況にあると言うことがこの度判明したのだ”』
アリウスの生徒を控えさせ、彼女たちの経緯と学園の危機を主張する
『”その原因は、現在のアリウスの指導体制だ。10年前、内戦状態にあったアリウスに現れた
アリウス指導者、つまりベアトリーチェの非道さをキヴォトス全体にアピールし、アリウスの生徒を被害者として強調するということは、彼女たちがキヴォトスに受け入れられやすい環境を整えるという彼の策略である。
そしてこの内容に関しては誇張と隠蔽、そのどちらもも必要ない。ありのままを伝えるだけでベアトリーチェの悪辣さは十分に伝わるというものだ。
『”そしてつい先日、彼女たちはトリニティの転覆を目論む指導者の指示のもと、ついに歴史の闇の帳の向こうからからその姿を現した。しかしそれはトリニティ及び連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの活躍によって失敗に終わり、攻撃してきた彼女たちはトリニティに保護され、これによってアリウスの実態が判明したのだ。すべてを知った私は愕然とした。こんな酷いことがあって良いのかと”』
「かくも恐ろしい話があるものじゃな、ミナよ」
「はっ……」
学園都市キヴォトスの東方、外周圏に位置する学園山海経高級中学校。観光業が盛んでありながらも鎖国的な政策を取り続けるこの自治区に於いては、おおよそ9割以上の生徒はエデン条約など興味がないのだが、生徒会長ともなればそうも行かない。
山海経の黒い君主と称され、謎多き人物とされる彼女の名は竜華キサキ。クロノスの配信を通じて噂の
山海経においては幼児の保護、教育に熱心に力を注いでおり、アリウス自治区の過酷な環境にある幼児達の運命を思えば、とても心穏やかには居られなかった。
『”先ほども述べたように、万人は生まれつき自由であり、平等であり、そして幸福を追求する権利を有するというのが私の考えだ。だから私はまず、保護したアリウスの生徒たちの身分を保証するべく連邦生徒会に働きかけた。そして今日、彼女たちの受け皿としてこのキヴォトスに新たなる学園、
「新たな学園……ふーむ、シャーレの先生も中々思い切ったことをされますねぇ、にゃはは」
「ニヤ様、手が止まっていますよ」
「うっ……少しぐらいいいじゃないですかカホ、せっかくのエデン条約調印式の生中継ですしこのくらいは……」
「少しぐらいって、そう言っていつも私たちに押し付けるのがニヤ様ですよね? 今日という今日は流石にきちんと仕事をしてもらいます!」
山海経と同じく外周圏に属する百鬼夜行連合学院。あちらとは違い対外的にオープンな校風を持つこちらでは、一般学生もエデン条約に対する関心度は高い。そうなってくれば生徒会たる陰陽部*1も無関心では居られない。
陰陽部部長、天地ニヤは配信を見ながら新たな学園を作り上げた
しかし普段の行いが災いしてか、書類決裁の手が止まっているのを副部長である桑上カホに咎められ、ニヤは泣く泣く意識を書類に向けることになる。
『”アリウス高等学校は古きアリウス分校の正当な後継学校として連邦生徒会に承認され、現在のアリウス自治区を引き続きその学区とする。ただし、この度の動きは極めて特例的なものであり、その代表たる生徒会長を選出するところには至っていない。故に、アリウス高等学校の長はこの私、マイケル・ウィルソンが臨時に務めることとなった”』
「バカな! 一体なんなんだ、これは!?」
「り、リーダー……」
トリニティ自治区、アリウススクワッドの
彼女たちの持つ貴重な、しかし傷だらけのスマホの画面に映っているのはクロノスの配信であり、最優先排除目標である
先のトリニティ襲撃の失敗で全員が未帰還となったはずの彼女たちが、サオリの記憶とは全く違う様子で……すっかりと健康的になり、その眼には希望の光が宿っているのだ。それがサオリには信じられなかった。
「一体どんな手品を使った!? アリウス高等学校だと……私たちの存在を無かったことにするつもりなのか!」
「待ってリーダー、それを壊したところで何も変わらない」
「………」
怒りのあまりグローブがギチギチと音を立てるほどに拳を握りしめ、思わずスマホを殴りつけようとするものの、それを止めたのは戒野ミサキの声と自身の左手に添えられた秤アツコの手。サオリは何とか考えるだけの冷静さを取り戻すものの、その心の中は煮えたぎるような怒りが渦巻いていた。
あの男さえ、
そして、今回の作戦はアリウス大隊という大兵力を失ったアリウスにとって起死回生の一手となるはずであった。それだというのに、またこの男が―――
『”もし、この放送を聞いているアリウス分校の生徒が居るならば私は言いたい。この世には悲しいこと、苦しいこと、辛いことと同じくらいに楽しいこと、嬉しいこと、幸せなことに満ちている。決して虚しいなどということはない! 君達が今抱いている感情は、そういう風に植え付けられただけだ。君達は――――”』
「もういい!
「リーダー、今起動させたらあいつらに奇襲がバレる」
「これ以上奴の話を聞いていたら士気に関わる! 早くやるんだ!」
「は、はい」
だから彼女はこれ以上この放送を聞かぬように、通信を遮断するべく指示を出す。だがそれは本来のプランにはない動きだ。本当は電子妨害は
アリウス分校の生徒は鬼気迫るサオリの指示に気圧され、言われるがままにスイッチを入れる。同時にスマホで視聴していたクロノスの配信画面はその瞬間のまま停止し―――
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今まで視聴していはずの配信が突然接続が途切れ、スマホの電波状況が圏外を示す。会場に設置された大型モニターもブラックアウトし、一体全体何が起きたのかと群衆がどよめいた。
警備の生徒たちは警備本部と連絡を取るべくインカムに叫ぶものの、聞こえるのはノイズばかりで誰とも繋がらない。頭の回転の早い生徒が何人か伝令として走っていくものの、複数の指揮系統が入り乱れているこの現場で警備全体の統制を取るのはほぼ不可能だろう。
空でもこの通信異常は生じており、それどころかレーダー画面がホワイトアウトを起こしている。HOUND小隊のカズミはこの時点でこれが通信機材の異常ではなく、外部からの電子妨害によるものだと看破した。
「くっ……HOUND4、妨害電波の発信源を特定できるか?」
「やっていますが、これは……見たことのないタイプです。一体どこの集団が……」
「HOUND2、RABBIT小隊への通信は出来るか?」
「さっきから試しているが駄目だ、あらゆる帯域が使用不能!」
明らかにこれは敵の攻撃だ。まさかSRTの保有する最新の軍用無線機ですら妨害するほどの強力な電子妨害がなされるとは予想していなかったが、しかし対応しなければならない。そのためには周囲の状況を確認する必要があった。
「HOUND3、周囲の監視を継続! こっちは発光信号で―――待て、HOUND2、フレアを撒け! この状況で敵がMANPADSを撃ってきたらまずい!」
「了解、ブレイクする。全員掴まれ!」
次の瞬間、HOUND小隊のヘリが周囲にフレアをバラ撒きながら機体を傾け、急速に古聖堂の鐘楼と同じ高さにまで降下する。しかしもう1機、RABBIT小隊のヘリはその動きに追従しなかった。しなかったというよりは、できなかったというのが正しいというべきだろ。
「HOUND1、応答してください! HOUND1!」
「全然通信が駄目! RABBIT1、どうすりゃいいのさ!?」
「こ、こんなのは教本には……!」
RABBIT小隊は1年生であり、FOX小隊やHOUND小隊と違い今回が初の任務であった。小隊長RABBIT1である月雪ミヤコ以下、その全員が訓練こそ積んだものの経験に乏しい。
作戦前のブリーフィングで敵襲の公算が大きいということは伝わっていたものの、このような形での襲撃などミヤコの予想を大きく外れており、その対応に迷いが生じてしまったのだ。
ミヤコに対してライバル意識を持っているRABBIT2、空井サキは突然の事態に混乱状況にあった。教条主義に傾倒している彼女は不測の事態には弱く、こういった状況では当てにはならない。
果たしてどうするのが正解か、ミヤコにはそれがわからなかった。RABBIT3、ヘリパイロットでもある風倉モエの催促に何とか指示を出そうと考えを巡らせるものの、しかしその分の時間の浪費は極限状態において致命的な結果をもたらすには十分すぎる。
「み、ミヤコちゃん……」
「RABBIT4、作戦中は―――」
「何か飛んでくる……ものすごく早いものが、3つ……!」
RABBIT4、霞沢ミユ。スナイパーとして天性の才能を持つ彼女は、その才の1つである非常に高い視力で会場に迫る何かを見た。あまりにも速い速度で迫るそれが何なのか、ようやく認識できた時彼女の表情は一気に青ざめた。
「あれは……み、ミサイル……!?」
「なっ……!?」
アリウスの切り札、あるいはベアトリーチェの悪意の塊、超音速巡航ミサイル。
自治区に配備されている対空システムは一切の反応を示さず、何の妨害も受けぬままミサイルは真っ直ぐに古聖堂へと向かい―――
閃光が奔った次の瞬間、衝撃波で彼女たちのヘリは大きく揺さぶられ、その制御を失った。
To be Continued in Episode4 ”
いくら大統領でも巡航ミサイルの情報を知らなければ発射を阻止することは不可能です。
果たしてエデン条約調印式はどうなってしまうのでしょうか。