天幕に急遽用意されたプロジェクターとスクリーン。映し出されるのはトリニティ総合学園、聖生徒会ティーパーティーの特別テラスと、長机の真ん中に座り真剣な眼差しでこちらを見つめる百合園セイアの姿。
一方天幕側ではナギサ、ミカ、ミネ、サクラコ、ツルギ、ヒナ、マコト*1の代理であるイロハ、ユキノ、そしてサオリという錚々たる面子が揃っており、これから話し合われる内容の重大さが伺い知れるというもの。
「セイアさん、アリウス自治区への道が判明したというのは本当でしょうか?」
『ああ、どういうわけかティーパーティーの禁書庫にあったユスティナ聖徒会の日記をウイに解読してもらってね。とりあえず説明は本人にしてもらおうか』
『へあああっ!? な、何故私が……』
『今現在その内容を把握しているのは君だけだ、仕方がないことだと思ってくれ』
早速本題であるアリウスへの行き方についてナギサが問えば、セイアはその答えを持ち合わせているという一人の少女にカメラを向ける。
ボサボサの髪、目元には隈が浮かび、それなりに高めの身長のようだが猫背気味でいかにも不健康な感じが漂うその少女は自分にフォーカスを向けられたのが不本意らしく、年頃の女の子がするようなものではない不満げな声を上げるものの、セイアはそれを気にする様子はない。
彼女の名は古関ウイ。トリニティの図書委員長ではあるのだが、図書委員としての仕事は殆どしておらず、専ら古書館で古書の修復、解読、管理を半ば住み込みで行っている。その技能を買われてユスティナの日記の解読をセイアに依頼されたというの今回の経緯である。
『うぅ……人前で話すのは苦手なんですが……』
人付き合いが悪く引きこもり気味な彼女は、画面の向こうに居る学園の有力者達を目の当たりにしてなんとも居心地が悪そうにしている。しかも全員が自分の話を待っているというのだから、なおさらと言えるだろう。
だが、それでもやらねばならないということは理解しているので、ウイは嫌々ながらも解読結果の説明を始めた。
『えぇと……今回解読したこの子ですが、年代としてはアリウスを追放して暫く経ってからのものになります。内容としてはまあ普通の日記みたいなもので、9割は学生らしい悩みとか愚痴とかそういうものが書かれています。ですが……』
「ですが?」
『……この日記を書いた生徒は、アリウス自治区の監視業務についていたそうです。ユスティナ聖徒会はアリウスを弾圧するだけでなく、その逃亡の手助けをして自治区を手配していたということになりますね』
「そのような事が……」
ユスティナ聖徒会がアリウスを逃がしていたという事実に触れ、サクラコは目を瞑り先達に対して思いを馳せるが、話はまだ途中である。ウイはさらに言葉を続けた。
『ええと、それで……この年代の子たちは半ば義務感でアリウスの監視をやっていたようで、当事者世代のような使命感は既に無かったみたいです。そんな彼女たちはカタコンベの迷宮を一々解くのを面倒くさがったみたいで、アリウス自治区に簡単に行けるように直通の勝手口を新たに作ったという記述がありました』
後世のユスティナ聖徒会が作ったという勝手口、それこそが探しているアリウスへの道。
天幕の中にどよめきが生じ、ウイは画面の向こうで明らかに居心地が悪そうに身を縮こまらせた。
「なるほど、勝手口……それは一体どこにあるのですか、ウイさん」
『うぅ……場所は通功の古聖堂の近くです』
『先日、自警団が古聖堂の近くのカタコンベで隠し通路を見つけたと報告があったが、位置的に恐らくそれだろう。何という絶妙なタイミングだとは思わないか?』
勝手口の大まかな位置が判明するのと同時に、その近辺で隠し通路が発見されたという話をするセイア。まさにパズルの最後の1ピースが嵌った瞬間であった。
そんな中、ミカは一人何かを思い出そうとしているかのように顎に手を添えて首をかしげている。うんうん唸る彼女の姿に周囲の生徒たちは何事かと顔を向けた。
「あー……ウイちゃん、その日記ってティーパーティーの禁書庫にあった奴だよね?」
『えっ、あ……はい、そうですが……』
「あー、うん、ええっと、その、実は……その日記を見て、私はアリウス自治区に行ったことがあるんだよね……」
「まさか、あの時のか……!?」
ここに至り、ミカの断片的であった記憶の最後のピースがカチリとはまり、彼女は鮮明に当時の記憶を思い出す。
興味本位で禁書庫に忍び込み、手に取った一冊の本。古代語で書かれていたものの、それを読み解く事は決して難しいことではなかったので暇つぶしに読んだのだが、それに記載されていた情報はミカにとっては値千金のものであった。
アリウス自治区への行き方―――アリウスとの和解を薄っすらと考えていた彼女にとってこれはまさに天啓といえるものであり、それから彼女は深く考えることなく行動を起こした。
こうしてミカは初めてアリウスに入り、サオリと出会ったのだが、その際にカタコンベの迷宮を抜けたのではなかったという事実はサオリにとっても初耳だったのか、彼女も驚いた様子を見せる。
横ではナギサが一瞬呆気にとられたような表情をしたものの、次の瞬間には目を釣り上がらせてミカに勢いよく詰め寄った。
「ミカさん、あなたそうやっていつも肝心なことを人に伝えないで……!」
「ご、ごめんねナギちゃん、アレから色々あったからすっかり忘れてて……」
とても我儘で、身勝手な性格をしているミカであるが、一連の事件で多くの人間に迷惑をかけたことを自覚して彼女は大いに反省していた。
しかし、
だが、ことがことである。アリウスへの行き方という肝心要な部分を思い出せなかったことに対し、本人が罪悪感を抱くのを止めることは誰にも出来るものではなく、彼女は一人暗い表情を浮かべるばかりだ。
『まあまあナギサ、ミカだって悪気はなかっただろうからそこまでにしておいてくれないか。さて、話を戻してミカの証言から通路がアリウスに直通しているということの確認が取れたわけだが、ではどうするかという事だ。先生はアリウスを解放する気満々のようだが……』
「……正直な所、ヘイロー破壊爆弾の存在がある以上、迂闊にアリウス自治区に踏み込むのは躊躇われます。皆さんを危険に晒すような真似は、ホストとしては……」
「でも、ここで行動しなかったら確実に一人は命を落とす。それに、あんな兵器を保有している自治区をこのままにしておく理由はない……トリニティの防空システムはあのミサイルを検知できなかったんでしょう?」
「それは……確かにそうなんですが……」
相変わらずナギサはヘイロー破壊爆弾の存在を理由にアリウスへの進攻を躊躇してたものの、この場で生徒会長という立場でものを考えられるのは彼女だけなので無理はないだろう。しかし、アリウス自治区をこのままにしておく理由は何一つ存在しない。
ヒナが指摘しているように、
”サオリ、まずは君の話を聞こう。アツコが生贄にされるまでの時間と、アリウス自治区の推定される防衛能力等だ”
「アツコが生贄にされるのは、恐らくは今夜の0時……月が天頂に至る頃だろう。満月のその時間が一番都合がいいとマダムが言っていたのを覚えている」
「アリウスの残存兵力はどの程度と?」
「実働部隊は既に残り2割を切っているはずだ。あとは訓練未達の幼い子どもたちと、不適格の烙印を押されて放置されているものしか居ない。部隊は実数にすれば100名いるかどうかのレベルだろう」
「……直ちに救護が必要なのは理解できました。ナギサ様、これは躊躇するべきところではありません」
それからわかるのは、2つの意味であまり余裕がないということ。タイムリミットは既に12時間を切っており、今すぐ行動を起こさないと間に合わない可能性がある。さらに自治区の現状そのものが末期的で、1秒でも早く介入して解決しなければこちらも多くの犠牲者が出る事が用意に予想できた。
医療従事者であるミネは後者の深刻さを鑑み、ナギサへの決断を迫る。彼女の圧に気圧されてナギサは思わず仰け反ったが、それでも容易に首を縦に振るわけにも行かない。もし突入する場合に矢面に立つであろう正義実現委員会の委員長たるツルギへと視線を送り、その意思を確認しようとした。
「ツルギさん、あなたの意見を聞かせてください」
「……我々はナギサ様の命令ならば、どのような場所であろうと向かいます」
「………」
しかし、帰ってきた返事は己の判断に任せるというもの。武力組織はあくまで上位の意思決定機関からの指示によって動くべきであるということをツルギはよく理解しており、模範的な答えといえるだろう。
結局、ボールが自分のところに帰ってきてしまった事にナギサは頭が痛くなる思いであった。どれだけ立場があろうとも、彼女はまだ17の少女であるということを忘れてはならない。誰かの命が関わる決断を下すのには、彼女たちはまだまだ若すぎるのだ。
”大丈夫だナギサ、私一人でも問題はない。何故なら私は連邦捜査部シャーレの先生だからな”
そんなナギサの苦悩を感じ取った
見せるのだが……それは逆に生徒たちにとって己の不甲斐なさを見せつけられているようなものであった。
「待ってくれ先生、私達がそもそも頼んだ話なのに、ただ後ろにいるわけにも行かない。私たちスクワッドが道案内をする」
「今回の件で風紀委員の皆が怪我をした以上、私も黙って見ているつもりはないわ。私も先生に同行する」
「えーっと……すみません、ゲヘナに関しては風紀委員長に今回一任します。
サオリとヒナは彼の言葉に食い気味に反応し、直ちに自分たちは付いて行くと主張した。イロハは代理の立場であるが故に兵力動員という重要な決定を下せないものの、ヒナに乗っかる形でゲヘナの立場を明確に示す。
ここまで来てしまうと最早ナギサに選択肢はない。今動かなければトリニティの権威が損なわれてしまうことを理解し、苦々しい表情を浮かべつつもトリニティの意向を表明せざるを得なかった。
「……わかりました、先生のアリウス自治区解放を私達トリニティも協力します。ツルギさん、ミネさん、サクラコさん、よろしいですね?」
「了解しました」
「はい、救護騎士団は直ちに準備に入ります」
「シスターフッドも、可能な限り力になりましょう」
トリニティ、ゲヘナの両校がアリウス自治区解放に対しGOサインを出す一方、SRTはそういうわけには行かない。
元々調印式の警備のみを考慮して編成された3個小隊だが、そのうちの1つがヘリごと墜落して全員負傷という憂き目に遭っており、今現在医療テントで治療を受けてる最中である。
さらには今回の件を承認した防衛室長も1小隊全滅という事態に顔を青くしたようで、これ以上の作戦参加は認められないという連絡をよこしてきた。つまり、SRTはアリウス解放作戦への参加が不可能ということだ。
「残念ですが、SRTはこれ以上の作戦参加は認められないと連邦生徒会から連絡がありました。大変心苦しいのですが、そういう指示ですので……」
”わかった、ユキノ。あまり気負わないでくれ、後輩が怪我をして気が気じゃないだろう? SRT再始動のお披露目がこんな事になってしまったのは……アリウスがスタンドオフ兵器を使ってくるのを読みきれなかった、私のミスだ”
「いえ、決してそのようなことは……どのような状況でも対応するのがSRTですので、それが出来なかったのは私たちの不備です。先生こそ、それを予期するのは難しい話でしたでしょうし」
事情を説明し、ユキノは申し訳ないという表情を浮かべる。
現場に出ているSRTに対しては、他の皆は悪感情はそれ程持っていない。広場でアリウスの部隊を鎮圧できたのは彼女たち2個小隊の活躍があってのものだ。
だが、ここに至って連邦生徒会が日和ったという話を耳にすれば、トリニティにしろゲヘナにしろ「またか」という感想を抱くのは無理はないだろう。かくして肝心な時に動かないという評価は不動のものとなった。
『私はトリニティで可能な支援を模索させてもらうよ』
「はい、セイアさんはまだまだ病み上がりですから無理をなさらないようにしてください」
「私も病み上がりなんだけどなぁ……」
リモート会議もお開きとなり、セイアはまだまだ働こうとするものの、それに対してはナギサがやんわりと釘を刺していく。対応の差にミカは不満を漏らすのだが、フィジカルの差を考えればそれは仕方がないことだろう。
”さて、部隊の編成を始める。時間がない、早くやるぞ!”
意気込み、ひと足早く天幕を出ていく
既に戦いは始まっている。まずは時間との戦いだ。
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古聖堂前の広場では、アリウスへの突入部隊の編成が急ピッチで進められていた。
突入部隊は2つに分けられ、1つは先行する強襲部隊。こちらは兎に角衝撃力を重視したものであり、アリウス自治区の抵抗能力を瞬時に破壊するために高い戦闘能力が求められていた。
故に、これに編成されるのは極めて練度の高い学生ということになる。
「任せて、先生」
「キヒ……ヒハハハ……!」
その代表例がゲヘナ風紀委員会委員長である空崎ヒナと、トリニティ正義実現委員会委員長である剣先ツルギ。
一人でゲヘナ風紀委員の戦力の50%であると言われるヒナの実力は最早語るまでもないのだが、ツルギも障害物を文字通り突き抜けて敵をぺしゃんこにするなど戦略兵器と称されるほどの実力を誇る。
そんな二人を筆頭に、強襲部隊に選ばれたのは自他ともに認める猛者ばかり。数こそ少ないものの、メタルウルフを含めれば間違いなく自治区の1つや2つはひっくり返すことが出来るだけの戦力となっていた。
「……こういう形でアリウスに帰ることになるとは、思いもよらなかったな」
「アズサ……手を貸してくれるのか」
「ああ、アツコを助けるというのならば、私は協力を惜しむつもりはない」
「えへへ……アズサちゃんと一緒に戦うのって久しぶりですね……」
「……トリニティでの暮らしで腕がなまってなければいいんだけど」
そのうちの1つが、アリウス分校の最高戦力たるアリウススクワッド。
アリウス自治区の地形などに熟知している彼女たちの協力は、ベアトリーチェ排除を目的とする今回の作戦には必要不可欠と言えるだろう。
さらには、今回に限って白洲アズサもスクワッドへの復帰を表明。家族の復帰に彼女たちもどこか嬉しそうに見えた。
「ミカさん、私は反対です! どうしてそんな危険なことを……」
「あーもう、ナギちゃんも心配性だなぁ……私だってここまでやられたら1回はやり返さないと気がすまないんだって。ベアトリーチェとかいうおばさんのせいでナギちゃんに酷いことさせたの、私は絶対に許さないんだから!」
「はわ、はわわ……」
更には、ミカも強襲部隊への参加を決めていた。
その意向を受けたナギサは必死に引き留めようとするものの、自身を利用したベアトリーチェに対するミカの怒りは相当なものであり、自身の手で決着を付けたいと願うのは分かる話だ。
それに、ミカの実力に関しては
引き止めるナギサの横でヒフミが慌てふためいているが、
「アズサちゃんが行くというのに、私たちは安全なところで指を加えて見てろだなんて先生も酷い事を言いますね?」
しかし、黙って見てなど居られない生徒もいるというもの。その代表格の一人がトリニティきっての才女、浦和ハナコだ。ニコニコしながら近づいてくる彼女の姿に
”ハナコ……何をするつもりだ?”
「あら、随分な物言いですね。ですが安心してください、少々お手伝いをしたいというだけですから」
”普段の自分の行いというものを、胸に手を当てて考える事をオススメするぞ”
「こんな人の多いところで胸を触れだなんて、先生ったら大胆ですねぇ」
”
相変わらず人をおちょくるような態度を取るハナコであるが、その目は至って真面目なもの。隣りにいるサクラコが少々困ったという顔をしているものの、強く制止しないあたりそれが見て取れる。
「……私が頼んだのです。ハナコさんの力がこの盤面で必要だと」
「何もしないで帰るなんて出来ませんからね、このような場合には特に」
”そういう事ならばよろしく頼むよ、ハナコ”
彼女はサクラコの要請によってシスターフッドの手伝いという形で後方支援に当たるつもりらしいが、ハナコの情報整理能力の高さを考えれば確かにそれは理にかなってはいるように思えた。
”さて、後は……”
「先生、私たちに声をかけてくれないなんて水臭いじゃないか」
「……すみません、一体どういう状態なのか説明してもらってよろしいでしょうか?」
サクラコとハナコが指揮所へと向かっていくのを見送り、近くではまだナギサとミカが揉めているのだが、それは置いておいて
身にまとっている灰色のトリニティの改造制服は、トリニティ自警団であるという証。その名は風路イトハと守月スズミ。自警団は調印式の警備に集中する正義実現委員会に代わり自治区の治安維持活動を行っており、この2人も自治区を巡回していたのだが、アリウスの攻撃―――ミサイルによる爆発―――を知って駆けつけてきたのだ。
もっとも、彼女たちが到着した時点で既に事態は次の段階へ進んでおり、何故かスクワッドが平然とトリニティとゲヘナの集団に混ざっていることにスズミは困惑している様子で、
”ああ、話は少し複雑だが―――”
そして彼は経緯を話し、聞いたスズミは複雑な心境を映し出すような表情を浮かべてスクワッドとアズサを見た。かつては家族として過ごした面々だが、あの輪の中に入るのはどうにも踏ん切りがついていないらしい。
ほんの少しだけ疎外感を感じながらも、彼女は視線を
「……話は理解しました。であれば、私も微力ながらお力になれればと」
「この間聖園に骨を折られてから全力で戦う機会が無くてな、暇を持て余しているところだ。私にも手伝わせてくれ」
”わかった、二人ともよろしく頼む”
複雑な心境ながらも、アツコの救出というその目的はスズミにとって手を貸すのに十分。イトハは単純に暴れたいという不純な動機ながらも、その戦闘能力は折り紙付き。
二人の実力なら強襲部隊に編成しても大丈夫だろうと彼は判断し、彼女たちを勘定に入れる。
「はぁ、本当にミカさんは強情で……わかりました、ですが絶対に生きて戻ってきてください。まだまだミカさんに言うべきことは沢山ありますから」
「大丈夫大丈夫、先生がいるなら全部上手くいくって!」
自警団の2人と話している最中にミカとナギサの問答はナギサが折れる形で終わったようで、ため息をつくナギサと力こぶを作るようなポーズを決めるミカの姿が視界に入ってきた。
強襲部隊はヒナ、ツルギ、ミカ、アズサ入りのスクワッド、自警団の2人と、アリウス高校からは腕利きの数人が出ることで決まり、後は後詰めの部隊の編成だが、こちらに関しては強襲部隊ほど条件が厳しいものではない。
後詰めの部隊は救護騎士団と救急医学部の合同チームと、その護衛としてハスミが率いる正義実現委員会の部隊が既に内定している。
尚、ゲヘナ風紀委員とシスターフッド、そして後詰の部隊に編成されなかった正義実現委員会やティーパーティー等は後方支援に従事する形になっている。層の厚さが
”……壮観だな”
編成が進み、生徒たちでごった返す広場。総数にすれば400名は軽く越えるであろうその集団は、1つの目的のために多くの隔たりを乗り越えて集ったもの。
反目し合っていたゲヘナとトリニティ、双方に対し憎しみを募らせていたアリウス。しかし今はそんな事など知らないと言わんばかりにこれからの作戦に向けて交流し、理解を深めていく。
”諸君、そのままでいいから聞いて欲しい”
「あれ……先生?」
「いきなりどうしたんだろう」
堪ら
連携のための話し合うサオリ、ヒナ、ミカたちが話を止め、トラックから弾薬等の物資を搬出しているヒナタとコハルは手を止め、指揮所のテントに詰めてたナギサとハナコ、ヒフミは顔を出し、医療テントで負傷者の手当をしているミネとセナは手を止めず、しかしその耳を傾ける。
”今から1時間を経たずして、君達はアリウス自治区へと向かうことになる。立場の隔たりを乗り越え、1つの目的のために結ばれる君達は
皆の視線を感じながら彼は話し始める。これから戦いに挑む生徒たちを鼓舞するように。
”君達が挑むのは自由を脅かす敵。アリウスの生徒たちの尊厳すら奪い、ただの道具として使い潰すような悪党だ。先刻我々を襲ったミサイルなど、その悪意は明らかであり疑う余地は一切ない。ここでもしその敵を放置すれば、新たな
”もし、この戦いに勝利したのならば、今日という日はエデン条約の調印日としてだけではなく、君達がアリウスの自由のために団結し、断固たる決意を示した人して未来永劫人々の記憶に残るだろう。そうとも、我々は決して戦わずして屈することはない! 君達の未来は決して他人に握られるものではなく、君達自身のものなのだから!”
拳を握り、力強く彼は言う。戦う理由、自由と権利のために戦うその意義を。
”どれだけ敵が君達を陥れ、青春の日々を汚そうとしても、君達は決して負けることはないだろう。自由と権利、青春を守るための戦いに大義名分、美辞麗句を並び立てる必要ない! 君達は誰に許されるまでもなく自由を謳歌し、夢を追い続ける事ができる!”
最後に一呼吸置き、続けて高らかに宣言した。
”―――それが君達の
静寂。この場にいる誰もが声1つ上げず、
「おおーっ!」
「そうだ! 私たちは自由を手にするんだ!」
先程までの静寂が嘘のように拍手が波のように広がっていき、歓声が上がった。ここに彼女たちの心は一つになり、全員の士気は最高潮に達したと言えるだろう。
歓声の渦に包まれる中、
”さあ諸君、出撃の時間だ!”
そして、彼の号令によって
目指すはアリウス自治区。メタルウルフを先頭に進むその集団を止めることは、たとえこの場に連邦生徒会長が居たとしても不可能であろう。
******************************************************************
カタコンベの入口に到着した
精鋭部隊として選ばれた20名と若干の支援要員はスズミとミカの案内のもと、ユスティナ聖徒会の勝手口の入口の前にたどり着く。先日自警団が調査した時から何かしら手を加えたわけではないのだが、いつの間にか隠し扉は閉ざされており、ただの壁でしかない。
「ここ……だったよね?」
「はい、ここです。このブロックが……はい、動きました」
「これがユスティナの勝手口か……」
スズミが記憶を頼りにスイッチとなるブロックを押し込み、壁が動いて通路が顕になる。埃っぽさとかび臭さが支配するその空間は、殆ど人の出入りが無いことを示していた。
天井の高さは4メートルほどで、床には朽ちたレールの痕跡。これは物資を運搬するためのトロッコの跡だろうか、ただし車体は見当たらない。カタコンベの通路と比べて広く取ってあるようなので、メタルウルフが歩いたとしても人がすれ違うだけの余裕は存在するようだ。
”足元には気をつけてくれよ”
「この道を辿ればアリウス自治区まで一直線のはずです」
罠らしいものもなく、ただただ長いだけの通路。途中待避所が何箇所か作られてはいるものの、それ以外には目ぼしいものはない。支援要員である正義実現委員会の生徒が通信ケーブルを敷設しながら後を追ってくるが、彼女たちが設置を終えるのを待つだけの時間は既に無かった。
この通路を進むだけで果たしてどれほどの時間が経過したのだろうか、キヴォトスの生徒達は普通に徒歩で30km行軍を実行できるので疲労の度合いで時間を図ることは出来ない。ちらりとモニター端に表示されている時計を見た所、既に夕刻を回っているらしい。
「出口、まだかなぁ」
「そろそろではないかと思うんですが……」
「本当にこの道がアリウス自治区に続いているのか?」
中々終点が見えず、メンバーの中に不安が過ぎるものの、そこから数分ほど歩いたところでライトに照らされる行き止まりの壁が見えた。ついに終点にたどり着いたようだ。
内部から隠し扉を開けることは簡単で、仕掛けは目立つところにあった。壁が埃を散らしながら動き、外から空気が流れ込む。同時に感じる不快な臭いにトリニティやゲヘナのメンバーは顔をしかめた。
「えへへ……この空気の臭い、間違いありませんね」
「ここは……アリウス自治区側のカタコンベの入口だ。そしてこの場所は、恐らく訓練場に近い」
「こんなところに隠し通路があったなんて、通りで見つからないわけか……」
しかし、その臭いを嗅いだだけでスクワッドのメンバーはここがアリウス自治区だと当たりをつける。生まれてからずっと過ごしていた場所故に、それを疑う余地はない。
「先生、これからどうするの?」
”無論、正面から行かせてもらおう。紳士的な時間は17時までだ、今の私は少々凶悪だぞ”
「ハハハ、流石は先生だ。話が早くて助かるな、私も暴れたいんだ」
「行くぞぉ……破壊、破壊だ!」
「……アリウスの皆が無事でいられれば良いんだが」
敵地を前に意気込む
強襲部隊がカタコンベから出て初めて見るアリウス自治区の光景は、半ば朽ちた石造りの遺跡であった。年代の測定を行える機材はないのだが、3桁年は経っていそうな風化具合。石畳の間からは雑草が茫々に生え、あまり手入れがされていないのがわかる。
「ここは遺跡だが、内戦終結後は訓練所としても使われている。幸いここは警備が置かれていないようだ、早く中心部へと向かおう」
「月が昇り始めている……こんなに晴れ渡った空はアリウスだと珍しい」
「月明かりが照らすから潜入には向きませんね……」
人気のない遺跡の中をスクワッドの案内のもと歩いていき、彼女たちはその外縁部へとたどり着く。どうやらここは小高い丘の上にあるらしく、自治区全体を見下ろすことが出来た。
周囲を山々に囲まれた広大な盆地。丘の麓に広がる市街地を除いて文明の灯火はなく、明らかに隔絶された土地。それこそがアリウス自治区と呼べる場所。
東の空にある満月は煌々と輝き、暗視装置がなくとも夜道を出歩くことが可能なほどだ。ただ、この気象条件はミサキ曰くアリウスでも極めて稀な事のようで、ヒヨリが指摘するように潜入には向かないだろう。だが、今回はそんなコソコソした真似をするつもりはない。
”正面から行くぞ、ペイバックタイムだ!”
「わかった、行くよ先生!」
「けっへっへ……げへへへへ……きゃーはっはっはっはははは!」
そして彼は皆に宣言すると、コンテナからM61バルカンと
その後ろをヒナが翼を使って滑空するように追いかけ、さらにはツルギも跳躍するように進む。目指すは直下に広がるアリウス自治区唯一の市街地、その入口の検問には数人のアリウス生徒が詰めており、迫る集団に驚愕して銃口を向けてくるが、それはあまりにも緩慢な動作であった。
「遅い」
「うわああっ!?」
滑空しながらヒナが銃を構え、引き金を引く。布を引き裂くような銃声とともに放たれる銃弾の嵐はまたたく間に検問の生徒を昏倒させ、沈黙したところにツルギが飛び込む。
物陰に隠れてヒナの攻撃をやり過ごすことに成功したアリウス生が化物を見るような目でツルギを見るが、彼女は左手の銃で一発、続けて右手の銃で一発、これで検問は完全に制圧されることとなった。
”さあ、騒がしくなってきたな。今から歓迎パーティーが始まるぞ”
「ええ、分かったわ」
「本当に化物みたいな戦闘力だな……」
「あれにボコボコにされたんですよ、私って……」
検問跡で一端態勢を整え、丘を駆け下りてくる他の生徒達を待つ。市街地からは警報であろう鐘の音が鳴り響き、メタルウルフの音響センサーは近づく足音を捕捉する。さらにレーダーにはいくつもの光点が浮かび、その数は数十人規模のようだ。
”来るぞ、ここからはノンストップだ!”
「敵の侵入を許したのか!?」
「侵入者を殺せ! マダムの命令だぞ!」
”残念、見えているんだ”
最初の集団が姿を見せると同時に
「マダムはバシリカにいるはず……近道はこっちだ!」
「敵の足止めは任せて、対集団は得意よ」
足が止まった集団に対してヒナが掃射を行う中、サオリは皆を案内しながら路地を進む。
あそこに倒すべき敵がいる。そう意気込む彼だが、次の瞬間レーダーに新たな光点が次々と浮かび上がる。それは明らかに異常な反応で、下ではサオリも足を止めたようだ。
「サオリさん、何なんですかあれは……!?」
「ユスティナ聖徒会……何故ここに!?」
「なんだ、エッチなシスターの幽霊か?」
彼女たちの前に姿を見せるのは、数刻前に古聖堂で顕現していたユスティナ生徒会の
咄嗟に強襲部隊の面々は反撃するが、銃弾を受けたところでユスティナは痛みも何も感じるはずもなく戦闘行動を続ける。まさに理想の兵隊とも言えるようなものであった。
「どうやって倒せば……!」
”させるかっ!”
追い詰められそうになる彼女たちを庇うように降り立ったメタルウルフは、すぐさまM61バルカンをユスティナに向けて引き金を引く。電動で回る銃身、少し遅れて独特の低い金属的な咆哮のような銃声が鳴り響き、20mmの銃弾がユスティナの集団を薙ぎ払う。
流石のミメシスもこの攻撃には耐えきれぬようで、銃弾を受けてバラバラになった四肢は空中に溶けるかのように消滅していく。それを青ざめた表情で見ていたサオリは呆然とした様子で呟いた。
「どうしてユスティナ聖徒会が……エデン条約への干渉は出来ないはずなのに」
『ふふふ……驚いたようですね、サオリ』
「マダム……!」
それと同時に突如空中に現れる人影。赤い肌に白いドレス、そして頭部は多数の目が存在するという異形。彼女こそがベアトリーチェ、このアリウス自治区を地獄へと変えた張本人。
『パスは一度接続さえすれば、私が次からは統制できるのです。たとえ最初の制御に失敗したとしても……マエストロは美しくないと言っていましたが、そんな些細な事を気にする必要などどこにあるのでしょうか?』
「まさか、私たちを最初から使い捨てるつもりで……?」
『ええ、元よりエデン条約調印式の襲撃は成功率の高いものではありませんでした。ですが、それを囮にすることでユスティナ聖徒会の複製のパスは私の手中に収まりました。その点、あなた方はきちんと任務を果たしたということになります。貴女達は言いつけをよく聞くいい子ですね』
まるで嘲笑うかのようにねっとりとした様子の笑みを浮かべるベアトリーチェ。自身がただただ利用され、捨てられるだけの存在であったということをここに至って自覚したスクワッドの面々は怒りの形相で彼女を睨みつける。
『それにしても……守月スズミに白洲アズサ、以前から反抗的でしたが、まさかここまで私の計画を邪魔するとは。やはりあの時に確実に始末しておくべきでしたね』
”そこまでにしてもらおうか、
ベアトリーチェはさらにスズミとアズサの2人も標的とするものの、それを遮るように
自身を
”このアリウス自治区は連邦生徒会に正式に登録されている我が
『なんと無礼な……! このような野蛮な男にどうして黒服は肩入れを……!』
”大人しく尻尾を巻いて逃げれば命は助けてやるよ、私は今人生で一番ムカついているんだ”
そう言い、空中の映像へとバルカンを撃ち放つ。無論それはただ虚空に弾をばらまくだけに終わるが、狙ったのは丁度頭部。それは彼の怒りの強さを表現していた。
ベアトリーチェはそれが直接自分に向けられたものではないということを理解していたのだが、画面越しに匂い立つ殺意に思わず怯んでしまう。そして自身が怯んだという事実を認識し、さらなる屈辱を味わうこととなった。
『絶対に許しません……! 覚えておきなさいマイケル・ウィルソン、絶対者となった私があなたの息の根を止めて差し上げます!』
『そこまでだ、ベアトリーチェよ……それ以上の醜態は私の芸術を披露する場に相応しくない』
『……失礼、あまりにも見苦しかった故に口を挟んでしまった。私の名は……そうだな、マエストロと呼んでもらおうか、ただのしがない芸術家だ』
「この声……アツコと一緒に古聖堂の地下に向かった人形だ……」
通信相手の声に覚えがあったスクワッド、ミサキは小さな声でつぶやくが、メタルウルフの集音器はそれをきちんと拾って
『さて、シャーレの先生よ……私にはわかる。そなたには知性と品格、礼儀と信念、そして培ってきた経験と知恵……そのすべてが備わっている。故に、私の芸術……崇高を理解してくれるに違いない! さあ、お披露目しよう……今の私が到れる最高の作品を!』
一人興奮した様子のマエストロが高らかに宣言したその瞬間、アリウスの市街地を激しい揺れが襲う。古びた建物が耐えきれずに倒壊していき、大地は大きくひび割れていく。そして地割れから姿を見せるのは、
同時に、その場にいる全員の背筋を貫くような悪寒が走った。これは危険だと本能が告げ、生き延びるための逃走を促す。しかし今更どこへ逃げろというのだろうか。
『これぞ人工の天使にして、神性の怪物。
To be Continued in Episode7 ”
ついにアリウス自治区へと殴り込みですが、ベアトリーチェを前にヒエロニムスが立ちはだかります。もっとも、マエストロは別にベアトリーチェを助けるつもりはなく、ただただ大統領にヒエロニムスをお披露目したかっただけのようですが……次回、総力戦ヒエロニムス!