突如現れた巨大な異形、ヒエロニムスという名の人工天使は、出現と同時に左腕に持つ杖が赤く輝き、石突を大地へと打ち付ける。すると、どういう理屈か赤いエネルギーの波が大地を伝って強襲部隊の中心から間欠泉のごとく吹き出した。
「ぐあっ!?」
「な、なにこれ……何なんですか、これは!?」
その奔流に巻き込まれてアリウス高校の生徒が数名が建物の壁に叩きつけられうめき声をあげ、正体不明の攻撃に彼女たちは恐れおののく。ユスティナの
続けて右手の杖が金色に輝き、ヒエロニムスの足元にまるで紋章のようなものが浮かび上がってくる。その瞬間、
”これは……危険だ、皆逃げろ! 私がこいつを引き受ける!”
「走れ! この巨体だ、路地を伝って逃げれば捉えられることはないはずだ!」
「流石にこれは聞いてないな……!」
直ちに生徒たちに退避を促し、サオリが先頭に立って強襲部隊を路地へと逃がしていく。残ったのはメタルウルフとヒエロニムス、そしてユスティナの
そしてそれが最高潮に達した時、ヒエロニムスの足元の紋章が完成し、杖の石突が叩きつけられる。瞬間、彼の足元がひび割れ始め、光が溢れた。
”チッ!”
クイックブーストで飛び退くメタルウルフだが、光の奔流を避けるにはいささか足りない。左手に持つ
それによるダメージは殆ど無いものの、爆発でバランスを崩した彼は建物に半身をめり込ませた。アリウスの建物は内戦で殆どがダメージを受けており、戦闘の遮蔽として使うのはあまりにも心もとない。
”くそっ……皆は離れられたか。ならばッ!”
強襲部隊の皆はシッテムの箱でトレースする限り、ヒエロニムスからかなり距離を取れているらしい。制作者のマエストロからして自分狙いなのは明らかなのでこの結果は見えていたが、そうすると合流するにはこの異形を始末するほか無いだろう。
壁の穴を広げながら立ち上がり、右手のM61バルカンをヒエロニムスに向ける。20メートルを越えるであろう巨体に20mmの弾丸がどれほど効果があるか分からないものの、彼は臆すること無く引き金を引いた。
金属の咆哮が鳴り響き、曳光弾が光線のように人工の天使へと向かうが―――
”何ッ!?”
20mmの
”アロナッ!”
『現在解析中です!』
ヒエロニムスの異常とも言える防御力、それをアロナに解析してもらいながら彼はコンテナから
先程の攻撃に対する反撃と言わんばかりにヒエロニムスは赤く輝く杖を地面に叩きつけ、メタルウルフは噴き出すエネルギーを辛うじて回避するものの、このままではジリ貧。今保有している中で最高の攻撃力を持つ
『先生、ヒエロニムスは強力な防御フィールドで守られています! ですが、そのエネルギーの流れを探知しました! マップに表示します!』
”こいつは……なるほど、そういうことか”
市街地の被害を無視する形で交戦を続けていると、解析を終えたアロナが報告する。同時に視界の端にある周辺マップに新たなマーカーが表示され、眼の前のヒエロニムスとラインが繋がった。どうやらこのバリアは外部動力によるもののようだ。かつて
そうと分かればあとは早い。このマーカーのところに向かい、動力源を排除すればいいだけだ。目標の総数は5つ、距離的に一番近いのは500mほど。即座に空中へ跳躍し、短距離飛行で目的地に向かうが―――
『これは……未確認のエネルギー収束を確認、真っ直ぐ飛ぶのは危険です!』
”何……!?”
突然のアロナの警告、無意識的に高度を下げた所、先程までの高度で爆発が起こる。あのまま漫然と直線飛行していたら間違いなく巻き込まれていたであろう。先程からそうなのだが、ヒエロニムスの攻撃はまったく原理が不明で、前兆すら読み取ることが出来ないのは辛いものがある。今回はアロナが異常を検知してくれたから回避できたが、それが何度もできる保証はどこにもなかった。
そのまま彼は建物の屋上ギリギリを飛行しながらも目標地点付近に到着し、逆噴射で最低限の減速をかけながら着地すると、丁度目の前にアリウスの一団が居た。武装状況から見るにベアトリーチェの一派のようだ。
彼女たちは突然目の前にメタルウルフが降ってきたことに驚き固まっていたが、そもそも何故強襲部隊の追撃にも参加せずにこんなところに居たのだろうか。その答えはすぐに分かった。
「ひっ……か、怪物がこっちに向かってくる……!」
「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」
飛び去ったメタルウルフを追うように、建造物を破壊しながら近づくヒエロニムス。それに気づいた彼女たちは、眼の前に倒すべき目標がいるにも関わらず、恐慌状態となって蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
あんな巨大な異形が迫ってくるとなれば無理もない話だが、しかしこの様子を見るにヒエロニムスとアリウス分校は別勢力と言っていいだろう。だが、ユスティナの
『先生、この下です!』
”わかった。そぉらっ!”
アロナが示す場所にTWBZを叩き込み、石畳が砕け散る。その先には小さな玄室のような地下空間が存在し、大きさにして50cm程度のランタンのようなものが緑色の光を放っている。
『これです! これさえ壊せばエネルギーラインが途切れて弱体化するはずです!』
”だったら、こうだ!”
すかさずM61バルカンの銃口を押し当て、引き金を引く。20mmにシャワーを浴びてランタンは一瞬で砕け散り、灯していた緑の光が霧散する。これで少なくとも弱体化が出来たはずだろう。
だが―――
(先生、先生……聞こえているならば、そこは危険だ……逃げてくれ……! うっ!?)
”セイア!? クソッ!”
次の瞬間、突如として脳裏に響くセイアの声。導かれるように跳躍した瞬間、先程まで居た場所がひび割れて光が噴出し、M61バルカンの銃身が溶け落ちる。こうなってしまえば強力な武器もただの現代アートだ。
”セイアッ! どこだ、どこにいる!?”
『先生、何を言っているんですか!?』
”何が起きているんだ、このアリウス自治区で……!”
真下に迫っているヒエロニムスから距離を取るべく次の目標地点へと機体を向かわせるが、無論それを追うようにかの人工天使は進行方向を変える。このまま鬼ごっこという形にはなるものの、こうすれば強襲部隊の生徒たちが巻き込まれることはないだろう。アリウス分校の生徒に関しては警報を発して逃げてもらうのを期待するほか無い。悠長に保護する余裕など、この状況ではありはしないのだから。
時計の針は逆に回り、強襲部隊がまさにアリウス市街地へと突入しようとしている頃、百合園セイアは気づけば自分が見知らぬ場所に立ち尽くしていることに気づいた。大いに荒れ果て、まるで廃墟のような建物の中。彼女はそこがどこだか最初はわからなかったものの、建築様式と髑髏と薔薇の校章を見てここがアリウス自治区であることに気づいた。
(これは……明晰夢か。こんな形で見るのは久々だが、少々疲れて寝入ってしまったのだろうか)
最後の記憶はティーパーティーのテラスで古聖堂方面への補給の指示を出したもの。病み上がりである彼女は元々の体力の少なさから疲労が限界に達し、その後に眠気に負けて一人寝入ってしまったということである。
結果、己の能力の1つである明晰夢が発動したというわけだが―――
(アリウス自治区、これほど荒れ果てているとは……)
セイアは己の好奇心の赴くままに建物の中を動いていく。ここは大きな建物であり、きっとアリウス分校の校舎だろうと目星をつけてなにか役立つ情報がないか探りを入れる。暫く進んだ先でその建物の最奥……他と比べて多少は綺麗な部屋にたどり着いた。
(誰か居る……)
物陰に隠れながら様子を探るセイアは、人の気配を感じ取り意識を集中させる。このような場所にいるとなれば、アリウス分校の指導者、マダムであるに違いない。
「マエストロ……勝手なことを!」
「まあまあ、マダム。あそこまでマエストロが我を忘れてはしゃぐとは思いませんでしたが、そもそもヒエロニムスは彼の作品です。それをどう運用するかなど、貴女に口出しする権限はないでしょう。我々が貴女のやり方に口出しできないように」
「そういうこったぁ!」
「ゴルコンダ……ここは私の領地です、あなたの手出しは不要ですよ」
彼女の視線の先に居るのは白いドレスを身に纏った異形の女性、ベアトリーチェ。そしてもう一人、コートを着て杖をつく首無しの男。普通であれば頭部がない人間が生きているはずがないのだが、さも当然のように後ろを向く男性の顔の絵を左腕に抱えている。明らかに普通ではないその二人の姿を見てセイアは思わず息を呑む。
「それは勿論承知していますが、少々分が悪いのでは無いのでしょうか?」
「……問題はありません。あのような科学技術のみのものなど、私が崇高に触れることができればどうとでも出来るはずです」
「その自信は結構ですが、かの人物は黒服が手を出すなと忠告した者……下手に侮れば、自らにその言葉は返ってくるものですよ、マダム」
「つまり、あなたも私が敗れるというつもりですか? 黒服と同じように」
「いえいえ、私はただ油断をするべきではないと述べているだけです」
ゴルコンダと呼ばれた男は忠告を述べているようだが、一方でベアトリーチェは先程
もう少し話を聞こうと近づくものの、突如彼女の脳裏にビジョンが過ぎる。予知の能力の発動は制御出来ぬ故の事象であるが、結果として見えたのは足元から噴き出す光の奔流に飲まれるメタルウルフの姿。直後に起こるであろう光景を見たことは彼女の冷静さを奪い、何とか
(先生、先生……聞こえているならば、そこは危険だ……逃げてくれ……! うっ!?)
「先程から視線を感じていましたが、まさか百合園セイア……あなただったとは。意識体ならば見られぬはずと油断しましたね?」
セイアは意識だけの状態にも関わらず、ベアトリーチェはそれを見て捕らえる事ができる力があった。セイアの意識体は首を捕まれ、苦しげに顔を歪めているものの、それをベアトリーチェの隣りにいるゴルコンダは見ることは出来ていない。
「なるほど、百合園セイアですか。私の作ったヘイロー破壊爆弾で死ななかった……いえ、そもそも使われていなかったということでしょうか」
「そのようなことは些末なことです、ゴルコンダ。今から私は儀式の準備に入りますが、邪魔立てしないように」
「ええ、勿論ですマダム。では、私は貴女の成功を祈ってここで失礼させてもらいましょう」
そう言い残し、ゴルコンダと呼ばれた男は姿を消す。ベアトリーチェはセイアの首を締める力を強め、ニチャリとした笑みを浮かべた。
「ロイヤルブラッドを生贄に、あなたと聖園ミカの神秘を吸い上げ私は崇高へと至りましょう。そしてあの無礼な男を討ち滅ぼして私こそが絶対者となるのです」
(ミカの神秘……!?)
「ふふふ……以前、聖園ミカにつけたブローチのお陰でパスが繋がっていますからね。一度繋がってしまえば後は容易いもの……さあ、百合園セイア、特等席で私が至るその様子を見ていなさい」
段々と意識が遠のいていく。
最後に彼女が見た光景は、ベアトリーチェの向こうにあるステンドグラス。異形の怪物を描いたものともう一枚、それが何かを理解できぬままセイアの意識は闇に落ちた。
一体どれほどの距離を進んだだろうか、入り組んだアリウスの市街地の路地をくぐり抜けてサオリが振り返ると、ヒエロニムスが街並みを破壊しながら進む様子を見ることが出来た。
碌な思い出がないとは言え、ここは生まれ故郷。それが灰燼と化していく様子を見るのは辛いものがあるのだが、それでもベアトリーチェを排除しアツコを助けるという目的のためには無視するほか無い。折角
「ユスティナの
「あの化物をけしかけて来たあの声、心当たりはあるの?」
「ああ、マダムの仲間だと思う……動く木の人形みたいな奴だ。ユスティナの
更に歩みを進めつつも、ひとまずは危機を脱したと見た強襲部隊は少しペースを落として先程の謎の人物について話し合う。姿こそ見えなかったものの、あの怪物をけしかけて来た張本人ならば危険人物に間違いはないだろう。
サオリ達スクワッドは調印式襲撃時にマエストロとは多少は面識があったため、その時の印象を思い出しながら語る。とはいえ、接したのはほんの数秒程度故に印象程度しかでてこないのだが。
話しながらもバシリカ目指すという当初の目的を忘れること無く、背後で行われている大怪獣決戦に気を取られすぎることもなく、強襲部隊は中間地点に到達しようとしていた。
殆どのアリウス分校の兵力はどうやらヒエロニムスの存在に意識を持っていかれ、先行している彼女たちに対する妨害は殆ど無い。このままいけば何の抵抗もなくバシリカに突入出来ると思ったその瞬間、前方の物陰や建物から隠しきれていない気配をサオリ達は感じた。数にして数十、あるいは百近くか、少なくともかなりの大兵力だ。
「待て……この先に何か居る」
「ええ、感じているわ。先手をとって制圧する」
サオリの発する警告に、ヒナは何ら躊躇もなく銃口を気配のする方向へと向ける。彼女の銃の威力であれば、荒れ果てたアリウスの建造物の壁など豆腐に等しいだろう。マズルブースターが回転し始め、引き金を引けば破壊の嵐が吹き荒れる―――だがヒナがトリガーを引くよりも早く、建物の扉の扉が開き、一人の生徒が両手を上げながら出て来た。
「待ってください、私たちは抵抗は―――錠前サオリ!?」
「お前は……梯スバル!?」
互いに顔見知りだったのか、サオリと出て来た生徒―――梯スバルは双方目を見開き、まさかといった様子で固まる。このまま掃射するわけには行かぬとヒナはトリガーから指を離し、銃口を下ろして双方がショックから回復するのを待った。
「ねえ、知り合い?」
「3年生の梯スバル先輩です。すごい面倒見が良くて、アリウス分校時代はとても世話になりました。正直、心配していましたが……無事で良かったです」
「へぇ~……」
一方、ミカは後ろに控えているアリウス高校の生徒の一人に耳打ちして眼の前のアリウス分校の生徒について聞いた所、その生徒はホッとした様子でスバルについて語り始める。
曰く、下級生の取りまとめ役として自分たち含めて慕っている人間は多いとか、ハーモニカの演奏が得意とか、サオリとスバルは相性が最悪だとかそういう話を聞き、彼女はスバルという人物を見定めようとその挙動を観察し始めた。
「スバル先輩、大丈夫ですか……?」
「……!? まさか、初等部や中等部の子が居るの?」
「………!!」
「おいおい……子守をしているのか、こんなところで」
その間にスバルの声が引き金となったのか、物陰や建物の開口部から幾人もの子どもたちが顔を覗かせる。皆ガスマスクを装着しているものの、大半が相当に幼いように見え、ヒナとツルギ、そしてイトハの3人は思わず絶句してしまう。
その体格は小さく、栄養が足りていないのは明白であった。この場にミネがいれば救護の精神が暴走して大変なことになっていただろうとツルギは推測し、強襲部隊に彼女が居ないことに感謝する。もしそうなっていたら話が面倒な方向に転がるであろうことは想像に難くない。
「スバル先輩、無事で何よりです」
「あなた達は……無事だったんですね。それに、以前見たときよりも随分と健康そうで……」
「へへへ、シャーレの先生のお陰ですね」
固まっているスバルであったが、彼女の存在を認めたアリウス高校の生徒たちが声をかけるとショック状態から抜け出し、眼の前にいる後輩たちの存在が現実のものか確かめるようにそっと頬に手を触れたり、手を握るなどの行為を行った後、アリウス高校チームの中でリーダー格を務める生徒に問いかけた。
「……これは一体どういうことですか? 何故トリニティとゲヘナがここに。それにあの怪物は」
「色々と事情があるんですよスバル先輩。あなたがどういう風に聞かされていたのかは知りませんが、私たちはマダムを倒しに来ました」
「マダムを……」「倒す……!?」「どういうことなの……」
このままでは収拾がつかなくなる―――そんな懸念が生じた所、ミカがスバルたちの前に立って口を開いた。
「私……いいえ、私たちはアリウスを助けに来たの」
「……そんな戯言を信用しろと? トリニティにゲヘナ、両校が
「スバル……お前……」
「サオリは少し黙ってて」
この中では唯一アリウスとの和解を最初から本気で考えていたミカが自分たちの目的を話すものの、スバルはミカがトリニティの生徒と見るや明らかな拒絶の意思を示す。ベアトリーチェによる洗脳より前、アリウスがこの地に追いやられてから続く、自身は弾圧された被害者であるというアイデンティティ維持のための恨み辛みを重ねた教育が染み付いている証左といえるだろう。
サオリがそんなスバルに呆れたような表情を向けるが、ミカはそれを左手で制する。余計な口を挟むなと言うその意思は確かに伝わり、サオリは黙り込んだ。
「梯スバル……だったよね? あなたはそれでいいの? 今、アリウスは壊れつつある……あのデカブツ、マダムの仲間が呼び出したヒエロニムスとかいう化物の手によってね。先生が一人であの化物と戦っているけども、どこまで止められるか分からない」
「……それは、そちらが攻めてきたから―――」
「ううん、
「………」
「先生はね、あなた達のために新しいアリウスの学校を作ったんだ。過去にとらわれず、自由に夢を追いかけられるようなそんな学校を。この子達はトリニティ攻撃に失敗した後、その学校に移籍した子たちなんだよ」
「スバル先輩、ミカ様の言う通りです。先生は私たちに沢山のことを教えてくれました。そして私たちの居場所を作るためにたくさんの苦労をして、今私たちはここにこうしています」
「今のトリニティを恨んだ所でお腹が膨れるわけじゃありませんからね、その点先生は沢山外の世界のいろんな事を教えてくれたし、お腹いっぱいになるくらいのお肉をご馳走してくれたんですよ! だからマダムのような奴なんて早く倒したほうが良いんです!」
ミカの説得と、それに続いてアリウス高校の生徒の訴えを聞き、スバルに動揺が走る。
アリウス自治区で今暴れている巨大な怪物の正体と、本当に倒すべき敵が誰なのかという話はトリニティへの恨みが染み付いている彼女であっても受け入れざるを得ないものであった。トリニティやゲヘナではなく、
それに、恨みで腹は膨れないという訴えはもっともなものであった。既に配給は滞り、この場にいる者の多くはまさに餓えと渇きに苛まれているのだ。
「……あっ、もしかして、スズミ先輩、ですか……?」
「あなたは……?」
「スズミ、知り合いなのか?」
ミカ達とスバルが話をしている最中、物陰から顔を覗かせるアリウス分校の生徒の一人がスズミに気づいて姿を見せつつ声をかける。どうやら自分の事を知っているようだが、スズミにぱっと思い出せるような記憶がない。どうにか思い出そうとしていると、彼女はおずおずと物陰から出てきてスズミの傍に近づいてきた。
「ええっと、その……私、立木マイアです。昔、先輩に食べ物を譲ってもらったことのお礼をずっと言いそびれて……」
「……あぁ、そういえばそんな事がありましたね」
一見ボブヘアのように見えて両サイドを三つ編みにした長い銀髪の生徒、立木マイアの言葉にスズミも古ぼけた記憶の中から何とか思い出すことが出来た。マイアはかつて訓練中に幹部の不興を買い、罰で食事を抜きにされ、ひどく衰弱していたところをスズミが食べ物を分け与えて生き延びたという経緯があっのだ。
「……無事生き延びられたんですねマイアさん、良かったです」
「はい、ですが……私のせいでスズミ先輩があんな目に遇ってしまったと思うと……」
「いいえ、気にしないでいいですよ。お陰で私は良い人たちと巡り会えたのですから、人生何が起こるか分からないものです」
無論、罰を与えられている人間に施しを与えれば、その人間は処罰されてしまうというもの。それ故にスズミが生きた標的にされ、死んだと思われていたことはマイアの心に傷を残す結果となっていたのだ。だが、結果としてみればスズミもマイアも生きて再会できたわけであり、スズミからすればイトハとイルミという良い先輩に巡り会えた事もあって、彼女の中では決して悪いことばかりではなかった。
スズミが微笑み、マイアもそれにつられて笑顔を見せる。感動の再会と言えるだろう。
「…………」
「どうしたんだスバル?」
「いえ……」
マイアがスズミと話をしているのをスバルが少し羨むような思いで見ていたが、サオリが訝しむように声をかけ、意識をこちらへと引き戻した。
スズミの件があってからマイアはずっと尾を引く感じであったのだが、今こうして再会したことで彼女に笑顔が戻ったことは喜ばしい。確かに喜ばしいのだが、自分が結局マイアの心の傷を埋めることが出来なかった事実を目の当たりにして、スバルは少し自信を失っていた。
「……兎にも角にも、現状は変えないといけないというわけですね。そういうことなら―――」
「待て、何か来る……!」
アリウス高校に移った後輩たちの説得によりトリニティやゲヘナへの恨みを一旦飲み込む事に合意するスバルであったが、次の瞬間周囲の地面から青いモヤが立ち上り、それが人の形を形成していく。気づけばユスティナの
「皆さん、隠れて!」
「ひいぃっ!」「助けて!」
スバルが反射的にアリウス分校の生徒たちに指示を出すと同時に、ユスティナの
さらにはヒエロニムスほどではないが、巨大な異形の怪物までもが姿を現す。アリウス分校の幼子達が悲鳴を上げて身を寄せ合うのを見たサオリ達は直ちに戦闘態勢へと移り、銃を敵集団へと向けた。
「……数が多い」
「バシリカに向かわないといけないのに……」
「この子達を置いて私たちだけ進むなんてできないよ!」
ユスティナの
「大丈夫、私たちがこの場を引き受けるわ」
「キヒヒ……暴れがいがある……!」
「丁度暴れたいと思っていたところだ、私たちもやるぞスズミ」
「はい、アツコさんの救出はそちらにお任せします」
「みんな……」
そこでヒナとツルギ、自警団の2人とアリウス高校の面々がこの場を引き受ることを提案し、バシリカへはスクワッドとミカの5人で突入することとなる。
この戦力であれば幼い子どもたちを守りながら戦うのも不可能ではないだろう。ミカとスクワッドのメンバーは包囲網の一角へと突撃するとまたたく間に突き破り、バシリカへと走っていく。
「梯スバル、あなたも戦えるなら協力して」
「……わかりました、協力しましょう」
「いくぞぉぉぉぉ!!!」
「さあ、楽しませてくれよ!」
残されたメンバーも応射のために武器を構え、迫る
******************************************************************
荒れ果てていたとは言え中世期を思わせる街並みは既に無く、あるのは崩れ去った石材と燃え盛る廃墟のみ。アリウス市街地の3割は既に灰燼と帰し、被害は尚収まる様子を見せない。
”
M61バルカンが通用しなかった以上
”他に何か無いのか、他には……!”
『リソースを確認します! 何とか耐えてください、先生!』
”このまま月旅行に行くぐらいには難しい注文だな……!”
何か打開する手段が無いかと必死に考える
”ううっ!”
咄嗟にランチャーを盾にして直撃を避けるが、それは武器を1つ失うことと同義。しかも衝撃までは防ぎきれるものではなく、彼は半壊した建物に吹き飛ばされて崩落する石材の下敷きとなった。
無論これで撃破されるようなメタルウルフではないのだが、何度も衝撃を受け続けているマイケル・ウィルソンは段々と体力を消耗し、呼吸は荒くなり額からは汗が滲んでいる。このままではヒエロニムスを倒すよりもこちらが限界になる方が早いのでは無いだろうか。
『先生、損傷率が3割に達しています!』
”くっ……”
アロナの警告で辛うじて意識を繋ぎ、機体を起こす。動きに異常はないが、ボロ雑巾のようになったミサイルランチャーはもう持っていても仕方がないと投げ捨てる。こうなれば相打ち覚悟で
―――貴方の力ならば、きっと見つかるはずです
列車の中、逆光に照らされる一人の少女。顔は見えず、影のようなシルエットだけが浮かび上がっている彼女に手を伸ばす。だがその指先は少女に届くことなく何かに触れ―――
今のビジョンは一体何なのか、今の彼には理解が及ばぬものの、まるで突き動かされるように胸元のポケットに手を突っ込む。狭いコックピットの中であるにもかかわらず、その動きに一切の迷いはない。指先に触れる硬い感触、すかさず摘んで取り出したのは―――1枚の黒いカード。
傍から見ればそれはただのクレジットカードでしかないのだが、しかし彼は確信する。これこそが起死回生の一手だと。
”これが、私の
カードをシッテムの箱にかざす。
彼が行ったのはただそれだけだが、それで十分。途端にカードが輝き、光がコックピットの中を覆い尽くしていく。
「お、おおおお……ッ! この輝きは一体……!!」
メタルウルフの赤い単眼が力強く輝き、その濃紺色の装甲の各所から光が漏れる。ドクンドクンと脈打つような輝きは、まるで何かがこの世に生まれ落ちようとしているかのようにも見える。
純粋な科学技術のみで作られた戦闘兵器であるはずのメタルウルフから感じられるものは、神秘……いや、それ以上の力。根源も限界も把握できぬ、正しく未知の現象を前に、マエストロはそれをどう表現するべきかを思い悩んだ。
「嗚呼、ゴルコンダならこれをどう呼称するだろうか……何か高次的な表現を教えてくれたのであろうか……」
そんな彼を他所に、ヒエロニムスは眼の前の敵を倒すべく両の杖を満月輝く天に掲げた。その足元には複雑な紋章が浮かび上がり、杖は金色と赤色の輝きを増していく。
対するメタルウルフはというと、全身から漏れ出す光が背部にある武装コンテナへと集中し、今まさに何かが起きようとしているのだが、そうはさせぬと言わんばかりに神性の怪物は杖を振り下ろした。
瞬間、周囲の大地が裂け、破局噴火を思わせる勢いで光が噴き出す。
建物の残骸や倒壊寸前の廃墟、ユスティナの
”…………”
一陣の風が吹き、立ち込める煙が晴れていく。
最早原型を留めるものなど何もないはずの大地。だが、煙の中から現れたのは濃紺色の機械の巨人、メタルウルフ。五体満足で大した損傷を受けた様子もなく、それは佇む。
そして、その背中で蒼い光を放つ武装コンテナが音を立てて開き、一本の武器がこぼれ落ちて大地に突き立てられた。
それは、金色の柄に青く透き通った刀身を持つ巨大な剣。神々しさすら感じさせる壮麗な装飾が施された一見して実戦には向かぬ儀礼用の刀剣のようにみえるが、しかしこの剣から感じられるのは圧倒的な存在感。手にすれば敵など無い―――そう剣自身が主張しているように思えるほどだ。
「なんと美しい……月の光を集め、閉じ込めたかのようなクリスタルの刃……私の求める崇高とも違うが、これほどの作品を目にする機会に恵まれるとは、やはり先生、そなたは私が見込んだ以上の人間だ……!!」
観測していたマエストロは一人歓喜に震え、芸術家としての性分からその剣から目を離すことが出来ずに居た。
「あの剣の名は何だ……? 差し当たり、
彼の言葉が引き金となったのかは分からないものの、敵が残っているということを認識したヒエロニムスは杖を自らの頭上で交差させ、咆哮する。
”さあ、仕切り直しだ、化物!”
そしてマイケル・ウィルソンは剣に誘われるように柄を握り、大地から引き抜くと天高く掲げた。同時に、クリスタルような刀身が強く光を放つ。
歴戦の戦士であるマイケル・ウィルソンであるが、正直な所実戦で剣を使うのは初めてだ。そもそも現代の戦争で剣を使うのはナンセンスなものであり、特殊機動重装甲の装備に近接武器など最初から用意されていないのだが、不思議と身体は馴染んでいるかのように自然に振り回すことができた。
”まずはその右腕!”
刀身に力を込めてその場で剣を振り下ろせば、斬撃はその軌跡をトレースした光波として飛翔し、ヒエロニムスの杖を持つ右腕をいとも容易く切り落とす。
”そして、左!”
返す刀でもう一撃、今度は斬り上げる動作で振るえば再び光波が放たれる。左腕の一本が切り飛ばされ、ヒエロニムスは祈るような姿勢のまま身悶えした。
あれほど防御力が高く、様々な攻撃を受けて平然としていたというのに、まるで熱したナイフでバターを切り裂くかのように容易く切り裂くとは、この剣に秘められた力のなんと凄まじいことか。
そしてヒエロニムスの動きが止まり、まさに絶好の機会。刀身に手をかざし、沿わせるように力を込めれば、まるで満月のように剣そのものが輝きを発する。
彼は一歩、ニ歩、重々しく前進すると、僅かに姿勢を低くし、ブースターを全開にして天高く舞い上がっていく。辛うじてダウン状態から回復したヒエロニムスが見上げた先には、輝く満月を背に蒼い光を纏った剣を振り上げるメタルウルフの姿があった。
”
雄叫びとともに振り下ろされる一撃はヒエロニムスの脳天に達し、そのまま竹を縦に割るかのようにド真ん中を両断する。組んでた手もだらりと垂れ下がり、断面から青白い炎が上がると、それはまたたく間に全身に燃え広がり、まるで空中に溶けていくかのように巨体が消えていった。
”ふぅ……やれやれ、ようやく倒せたか。しつこい奴だった”
ヒエロニムスの姿が完全に消え、ただの荒野と化したアリウス市街地の一角で、
これからバシリカへと突入するにはやや心もとないように思えるが、
呼吸を整え、いざバシリカへと向かおうとしたその時、彼の視界に白い外套を錆びた鉄パイプに括り付け、白旗代わりとした一団が入ってきた。どうやら彼女たちは先程までこの近隣を逃げ回っていたアリウス分校の生徒たちのようで、かなり疲れ切っているように見える。
「……私たちは降伏する。あの化物を倒すなんて、どうあがいても勝てるわけがない」
「殺さないで……許してください……」
「………」
どうやら彼女たちは
彼としては当然それを受け入れるつもりであったのだが、今は状況がよろしく無い。早く先行した強襲部隊に追いつかないと行けないというのに、彼女たちを放り出すことも出来ぬという現状。どうしたものかと悩む彼だが、救いの手は思いもよらずにやってきた。
「先生、ご無事ですか!?」
「随分と酷い有様ですね……この分では死体、いえ負傷者も多くいるのでは無いでしょうか」
現れたのは救護騎士団と救急医学部の合同チームと、ハスミ率いる正義実現委員会の選抜部隊で編成された後詰めの部隊。市街地の3割ほどが焦土となっている状況に絶句しながらも、彼女たちは現状をよく認識し、
”あぁ……君達にはこの子達の対応を頼む。丁寧に、優しくしてやってくれ。それとユスティナの
「わかりました。先生は今からどちらに?」
”私はバシリカへと向かう。この場は任せたぞ、ハスミ!”
彼は手短に指示を出すと、強襲部隊の後を追うべくブースターを噴射し、青い炎を引きながら空へと舞う。その姿を見送った後、ハスミは投降してきたアリウス分校の生徒の対処に当たるのであった。
To be Continued in Episode8 ”
ついに出ました大人のカード。ヒエロニムスの高い防御力を表現しようとした結果、メタルウルフの殆どの武器が通用しなくなって苦戦を強いられる形となりました。あとお分かりのようにヒエロニムスの法衣は白、高難易度仕様になっています。
聖遺物のギミックも作劇にうまく取り入れようとしましたが、キヴォトスでの戦いで一番苦戦したかもしれませんね。というか総力戦ボスを一人で倒してるんですよね、大統領。
大人のカードの奇跡の力によって生み出されたMOONLIGHTによりヒエロニムスは撃破しましたが、ベアトリーチェという真の倒すべき敵はいまだ健在……果たしてこの物語はどのような結末を迎えるのでしょうか。
用語解説
マイケル・ウィルソンがキヴォトスに訪れた際に最初から所有していた正体不明のカード。高級感あふれる黒いデザインはただのクレジットカードとは思えぬほど。
使用すると奇跡を起こすことができるが、これを使用できるのはよほど切羽詰まったときのみ。以前、ブラックマーケットで超巨大重戦車相手に飛び込んだ時と、洗脳されたミカと戦っていた時に無意識的に発動している。意図して使ったのは今回が初なので、ゲマトリアにはこのカードに冠する情報はない。
大人のカードの力によって生み出された新たなる力。崇高とも、神秘とも、恐怖とも違う、奇跡の力によってキヴォトスに顕現したもの。力を込めて刃を振るえば斬撃が光波となって離れた敵を切り裂くものの、高すぎる威力は使い勝手に難がある。
アメリカ合衆国で開発が進められていた月で採掘された希少資源を用いた光波ランチャーであるMLSとはデザイン上の類似点はあるものの、全くの別種。こちらのほうが一回り小さいが、剣としてみると十分大ぶりの両手剣。
少なくとも生身の人に使って良い威力ではないが、ヘイローの加護がある生徒は恐らくは即死することはないだろう。