鳴り響く警報、激しく揺れる機内。テールローターが破損し、メインローターの反作用を打ち消すことができなくなったことで制御不能に陥ったヘリは黒煙を吹きながらさながらコマのように回転を始め、内部に居る乗員たちは遠心力で飛ばされぬように座席や手すりにしがみつく。
パイロットが何かを叫ぶが、そんなことより眼の前の仲間が遠心力に耐えきれずに飛ばされそうになっているのを見て彼女は咄嗟に腕を伸ばした。
「――――ッ!!」
「――――ッ!」
腕をしっかりと掴み、なんとか外に飛び出しかけている仲間の身体を機内へと引き込むが、ヘリの高度は下がる一方。そしてとうとうヘリの高度は建物の屋根よりも低くなり、眼の前には壁が迫って―――
「………っ!?」
SRT特殊学園1年生、RABBIT小隊隊長である月雪ミヤコはまさにヘリが墜落しようという瞬間に悪夢から醒め、ベッドの上で目を覚ます。
まず視界に飛び込んできたのは見知らぬ白い天井で、明らかにSRT特殊学園の寮ではない。此処がどこかと周囲を見回そうとする彼女は、その時になって自分がギプスでガチガチに固められている事に気づいた。
「えっ、何で……」
「……起きたか、月雪。少し待て、皆を呼んでくる」
「か、カズミ先輩……ま、待ってください」
混乱するミヤコに声をかけたのは、ベッドのすぐ横で椅子に座りながら本を読んでいたHOUND小隊の陸双カズミ。何故先輩がこんなところにいるのか、自分は一体どうしてしまったのか、それを知るために部屋を出ようとするカズミを慌てて呼び止めれば、彼女はドアノブに手をかけた所で止まり、ミヤコへと振り向いた。
「どうした?」
「その……私は一体どうしてここに……それに、他の皆はどうなったんですか……?」
「………」
ミヤコの質問に対し、カズミはどう答えるべきかと思案する。果たして正直に答えていいものか、少なくとも一人で判断できるものではない。だが、ミヤコが知るべき情報はいくつかあるので彼女はそれから話し始める。
「……憶えているかは知らないが、RABBIT小隊はエデン条約調印式会場に向けて放たれたミサイルの爆発の煽りを受け、ヘリごと墜落した。その後ゲヘナ風紀委員に助けられたお前たちはトリニティの救護騎士団の世話になって、この病院に入院している」
「あれは夢じゃ、なかったんですね……」
「ところで、どこかまだ痛い所はあるか? 診察によれば骨折と打撲で、SRT基準で言えば全治2週間ぐらいらしいが……」
「……いえ、大丈夫です。問題ありません、先輩」
事の経緯を聞くことができたが、ヘリごと墜落という壊滅的な事態に陥ったのは夢ではなく現実で、結果としてSRTの機材に損失を出してしまったというのは責任感の強い彼女にとっては極めて重い話といえるだろう。身体の調子を案ずるカズミの言葉に対し、ミヤコは何とか平静を装って言葉を返したものの、その表情はどこか暗い。
「ふむ……ああ、そうだ、他のRABBIT小隊のメンバーだが、空井と風倉、それに霞沢はお前より軽傷だ。お前が特別打ちどころが悪かったようだな」
「……面目ありません」
「……はぁ」
明らかに後輩が気落ちしているのを見て、カズミは何とか空気を変えるべくRABBIT小隊メンバーの安否に話題を変えるものの、ここでもミヤコは己の不甲斐なさを痛感するばかりで一向に明るくなる材料が無い。
カズミという生徒は話し方がぶっきらぼうなため勘違いされやすいが、意外と細やかな気遣いをするタイプである。そんな彼女が落ち込んでいるミヤコを放っておけるはずもなく、深い溜息をつくと再びベッドの横に戻って椅子に座った。
「月雪、お前は少しばかり理想を追いすぎる。今回の件はイレギュラー過ぎてSRTの中でも無事に対応できる人間がどれだけ居るのか……私だって、先生からある程度の事情を聞いていなければお前と同じようになっていただろう」
「……ですが、機材を失ったのは紛れもない事実です」
「お前は……本当に頑固だな」
どうしても自分の不甲斐なさを責め立てるミヤコに呆れた様子のカズミは、足元に置いてある鞄からスマホを取り出した。兎の耳を思わせる2つの突起が特徴的なピンク色のカバーはとても彼女のものとは思えないが―――
「これを返しておこう。墜落現場から回収したお前のスマホだ」
「あ……ありがとうございます、先輩」
ミヤコスマホを受け取り、まじまじと眺める。たしかにこれは自分のものだ。墜落でスマホが壊れるということも覚悟していたが、幸運にもカバーに大きな傷はなく、画面もひび割れるといったことはない。彼女は早速モモトークを起動して新着チェックを始めるが、それはまるでネット依存のようでもあり、カズミは呆れた様子を示した。
「……とりあえず月雪、お前はゆっくり休め。怪我を直し、早く復帰することがお前にとっての最優先の任務だ。あまり余計な事を気負うと怪我の治りも悪くなるからな」
「カズミ先輩……」
後輩の身体を労り、カズミは再び立ち上がる。だが、その仕草にミヤコは何処か違和感を覚えた。親切を醸し出しているものの、話を打ち切るような話の持って行き方はまるで自分に何かを隠しているような――――
(やれやれ、七度先輩やトミの言う通りだな。月雪のやつは必要以上に責任を感じすぎる……少なくとも、もう少し落ち着いてから任務の結果について話すべきだろう)
実際の所、隠し事はあった。月雪ミヤコという生徒はSRT特殊学園を過剰とも言えるほどに神聖視しており、その名誉が傷つけられることを嫌っている。そんな彼女にRABBIT小隊の壊滅が原因で連邦生徒会防衛室が撤収を命じたと知られれば、彼女の精神状態に大きな悪影響が出るのは避けられないだろう。もう少し落ち着きを取り戻し、その上で皆揃った状態になるまでカズミはこの件について触るつもりは無かった。
「あの、任務の方はどうなりましたか? あのミサイルで大変な被害が出たと思いますが……」
「……ミサイルが飛来した後に襲撃があったが、襲撃犯は鎮圧した。お前が心配するような事にはならなかったから安心しろ」
「……」
ミヤコが踏み込んで質問してくるものの、カズミはややはぐらかしながら答える。先程も述べたようにミヤコに真実を話すのは今するべきことではないという判断だが、彼女が無意識的に目を泳がせたのをミヤコは見逃さなかった。1年生とは言え、SRTの一員として訓練を積んでいる彼女はそういう心理学の座学も履修しているので彼女が嘘を――――あるいは、何か自分に知られたくないものを隠しているのではないかと睨む。
これでとりあえず話は終わりだと言わんばかりに鞄を片付けるなどの身支度をするカズミを横目に、ミヤコはあの時に何が起きたのかを知るためにニュースサイトを開く。彼女の目にまず飛び込んできた記事はシャーレの活躍を称えるものであった。アリウス自治区を支配していた悪い大人を叩き出して多くの生徒を解放した
それから記事を下へ下へとスワイプしていき、ようやくSRTのことについて見出しに記載されている記事を見つけたが、そのタイトルは「SRT特殊学園、再始動するも躓く」と言うもので、明らかにSRTを下げているものであった。
それを見たミヤコの表情があっという間に険しくなり、此処に至ってようやくカズミもミヤコが何を調べているのか察して顔を青ざめさせる。まさかこんな早々に玉石混交のインターネットで情報検索するとは思っていなかった彼女は慌ててスマホを取り上げようとするが、それよりも彼女が記事を読むほうが早かった。
「まて、月雪―――!!」
「何なんですか、この記事は!? どうせクロノスが禄に検証もせずに―――」
カズミの制止を振り切るように声を荒げながら記事を読むミヤコ。だが、記事の内容を読み込むにつれて彼女の表情は怒りから驚愕へと移り変わっていく。
『エデン条約調印式の会場に展開していたSRT3個小隊のうち1個小隊が壊滅したため、連邦生徒会防衛室はSRTの撤収を決定し―――』
―――知ってる? やられたSRTって1年生らしいよ
コメントを読んだミヤコのドクンと心臓が跳ね上がる。これは自分たちRABBIT小隊のことだと、彼女は否が応でも理解せざるを得ない。
『突然の襲撃でSRTが機能不全を起こす一方、連邦捜査部シャーレは本事件でも更にその名声を高めることとなった。シャーレの先生、マイケル・ウィルソン氏が主導するアリウス解放作戦の結果は語るまでもなく―――』
―――結局シャーレの先生がいればSRTなんて不要じゃない?
―――言えてる。私らの税金から高い金つかって装備整えてるのにこのザマじゃね
次々とつくSRTに対する不満、非難の声のコメント。ミヤコの動悸が激しくなり、呼吸が荒くなる。手が震え、スマホが保持しきれなくなり、手からこぼれ落ちて掛け布団の上に落ちた。自分のミスでSRTの名誉が損なわれたという事実は今のミヤコの精神状態ではとても受け入れられるものではなく、彼女は震える手で顔を覆うと小さく嗚咽を漏らす。
「ぁ……あぁ、ぅあぁ……」
「月雪……」
涙がミヤコの双眸からこぼれ落ち、掛け布団に小さなシミを作る。その姿は痛ましく、カズミは声を掛けることすら憚られるといった様子であったが、少しの思案の後、彼女は椅子をベッドに寄せるとそこへと座り、涙を流すミヤコの肩に手を回した。
「……これはお前の責任じゃないよ、月雪」
言い聞かせるカズミの声は小さく、ミヤコの泣き声にかき消されてしまうが、それでも彼女が落ち着くまで間、文句の一つもなく寄り添うのであった。
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時が経つのは早いもので、エデン条約を巡る一連の事件から1週間が過ぎようとしていた。事件の後処理もおおよその目処がつき、ならば次はこれからの事についてを考える段階になっている。そんなトリニティ総合学園の正門をとある一団がくぐろうとしているのだが―――
「ようこそ、トリニティ総合学園へ。我々はあなた達アリウス高等学校を歓迎します」
白い外套を身に纏った一団の名はアリウス高等学校。アリウスの名を冠する集団が平和的にトリニティを訪れるというのは過去の経緯を考えれば歴史的な瞬間であるのだが、トリニティの生徒の大半がそんな過去のいざこざなど知らぬこともあり、多くの生徒達はそれを横目でちらっと見るだけでスルーし、自分たちの教室へと向かっていく。
そんな中、彼女達をカーテシーをもって出迎えたのはユスティナ聖徒会の流れを組むシスターフッドとトリニティ生徒会たるティーパーティーの生徒。彼女達は3年生のベテラン組で、下っ端ではなく幹部級を向かわせるあたり、ホストであるナギサの本気度が伺えるというもの。
「アリウス高等学校生徒会長の秤アツコさんですね? どうぞこちらへ、ナギサ様のところへと案内します」
「うん、案内お願いね」
アリウスの代表を務めるのは秤アツコ。1年生ながらもロイヤルブラッドと呼ばれる特別な家系である彼女は、アリウス生徒の大半の推挙によって初代アリウス高等学校生徒会長に就任することとなった。それにより
一方でアリウス高等学校の指導体制は刷新され、秤アツコを長とする生徒会は一通り形となったが、ベアトリーチェ体制の反省から生徒会長の権限はある程度限定的なものとなり、独裁が不可能なようにルールが定められた。これは実際の所アツコの要望によるもので、細かい調整は
「……まさか、こうしてトリニティに平和目的で行く日がくるとはな」
「大手を振って太陽の下を歩く……こういうのも悪くないですね、えへへ」
「ヒヨリ、あんまりキョロキョロしないで」
アツコの後ろに控えるように歩くのは、アリウススクワッドの面々。彼女達はアリウス高校の生徒会役員として再出発することとなり、こうしてアツコとともにトリニティに赴いている。サオリは以前ティーパーティーのテラスまで来たことはあるのだが、あの時はトリニティ転覆を狙うという悪意のある来訪であった。それが今や親善の使節団としてトリニティの土を踏むとは―――本当に世の中分からないものだとサオリは感慨深く思いながら廊下を歩いていく。
「どうぞ、こちらです」
それから少しした後、一同はティーパーティー専用のテラス入口の前へとたどり着く。大きな白塗りのドアの前で案内をしていた生徒2人が振り返り、それに合わせてドア前に控えていた生徒が扉を開ければ、その先にはトリニティの中心部を見渡せるテラスがあった。
部屋の中心には立派な長机と、席につく5人の生徒の姿。一人はホストである桐藤ナギサで、彼女を中心に聖園ミカ、百合園セイア、青森ミネ、そして歌住サクラコという錚々たる面々が揃っている。まさにトリニティの中心とも言えるこの場所で、今からアリウスとトリニティの平和的会談が行われるのだ。
「改めてはじめまして、アリウス高等学校生徒会長の秤アツコです」
「トリニティ総合学園、ティーパーティーホストの桐藤ナギサです。本日は私共の学園にようこそ、おいでくださいました。どうぞおかけください」
ナギサに促され、彼女達は椅子に座る。長机を挟んで対面する形となるが、サオリの対面にいるミカは第三者が見てもわかるくらいに表情が緩み、浮かれているのが見て取れる。しかし考えてみれば、アリウスとの和解は彼女にとって念願とも言えるものであり、それが今まさに成り立とうとしているのだから確かに顔が緩むのも無理はないだろう。
「ミカさん、嬉しいのはわかりますがもう少し行儀良くしてください。これは公式な会談ですので記録に残ってしまいますよ?」
「うっ……はぁい……」
そんな緩みっぱなしのミカにナギサは釘を差し、改めてアリウススクワッド、改めアリウス生徒会へと向き直す。今のやり取りがアイスブレイクになったのか、彼女達もいい感じに緊張がほぐれているようだ。
”さて、私が最後か。連邦捜査部S.C.H.A.L.E顧問、マイケル・ウィルソンがこの度行われるアリウス高等学校及び、トリニティ総合学園の平和会談の立会人として同席させてもらおう”
「はい、よろしくお願いします先生」
「よろしく、先生」
最後に、この会談にトリニティ、アリウス、どちらにも肩入れをしない第三者の立場として臨むと
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トリニティの時計塔の針が既に半周以上周り太陽が僅かに西へと傾いた頃、トリニティ総合学園の一角、人気が無いこの場所で浦和ハナコ、阿慈谷ヒフミ、下江コハルという元補習授業部の3人の生徒が解体中の旧校舎の1棟を見上げている。足場が組まれ、飛散防止用のシートで覆われている此処は、補習授業部の一番最初の合宿場であった場所だ。
「もう数日もすればこの場所も更地になっちゃうんですね……」
「……まあ、仕方ないですよ。戦闘で半分も吹き飛んでしまえば解体するしかありませんし」
名残惜しそうにするヒフミだが、ハナコが言うようにアリウス大隊との戦闘の余波で半分が吹き飛んだ以上、いくらトリニティといえど歴史的価値が無い旧校舎程度は修繕する事無く解体するほか無い。しかし、そこで過ごした日々の記憶は彼女達の心の中に永遠に残されるのだ。
「補習授業部なんて所に放り込まれた時はもう終わりだって思ったけど、今思えば中々充実した勉強ができたわね。この間の期末試験、私赤点じゃなかったわよ!」
「おお、すごいじゃないですかコハルちゃん!」
「あら~……でも、それじゃあコハルちゃんとまたお勉強できなくなっちゃいますね……」
「何言ってるのよハナコ、お勉強会なんて普通に集まってやればいいじゃない。先生だって言ってたでしょ、正しいことをするのにお題目なんて必要ないって」
「おお、今のすごい良いこと言ってますねコハルちゃん!」
まさかのコハル赤点回避という事態に、再びみんなと補習授業部で集まるという当てが外れたハナコはシュンとするものの、何故彼女落ち込むのか理解できないコハルは私的な勉強会の開催を提案する。賛同するヒフミの声に、コハルは胸を張って誇らしげな顔をしてみせた。
「ええっと……それで良いんですか?」
「むしろ何が駄目なの? 普通に考えて友達同士が集まるのって大げさな理由必要あるの?」
「…………」
浦和ハナコという人間は卑猥な言論を振りまくなど奇行に走っているように感じられるが、こうみえて人付き合いに関しては臆病なところがある。臆病故に
「それとだけどヒフミ、どうしてアズサは此処に居ないの? イトハ先輩はまあ……あの人のことだから呼んでもこないとは思うけど」
「ああ、それはですね―――」
そしてコハルはこの場にアズサが居ないことについてヒフミに問う。風路イトハという自由人はともかくとして、アズサがこの場に居ないのはやはり違和感があるのだ。
「―――アズサちゃんのお別れ会をしようかなって」
「……えぇっ!? アズサ、アリウスに帰っちゃうの!?」
アズサのお別れ会をする―――そう語るヒフミの言葉に、コハルは驚きを隠せなかった。ただ、言われてみれば確かに納得できるものではある。元より工作員としてトリニティに潜入していたのが白洲アズサという少女であり、アリウスが正常化して工作する必要もなくなった以上、彼女がトリニティにとどまる理由は無い。
「もしそうなら寂しくなっちゃいますね……」
「だから、せめて補習授業部の皆で盛大に送り出そうって思いまして。そう考えたところ、この場所でなにかできないかな~ってそんな感じで、具体的なプランはまだありませんけど」
「うーん、でもこの校舎もこんな有様じゃあねぇ……」
ヒフミの希望はわかったものの、思い出の校舎がこのザマでは彼女の思い描くようなパーティーなどできようはずもない。思い悩む3人だが、こういう事をするのは当然ながら初めてであり、たとえハナコといえども良い考えは浮かばない。
「おーい、みんなー!」
「あっ、アズサ!?」
そんな折、まるで狙いすましたかのようにアズサが現れ、3人は驚きの声を上げる。彼女には何も伝えていない筈なのにどうしてここという思いが過ぎるが、彼女の後ろから4人の生徒が姿を見せるとその疑問は氷解した。
現れたのはアリウススクワッド改めアリウス生徒会のメンバーたち。3人はそれぞれの伝手*1で今日アリウス高校の生徒会が訪問するということを聞いていたが、今このタイミングでここにいるというのは少々予想外が過ぎた。ティーパーティーとの会談をしているはずではなかったのではないか、新たに生まれる疑問をよそに、アズサはウキウキした様子で言葉を続ける。
「ヒフミ、ハナコ、コハル、紹介する。私がアリウスに居た時に一緒に過ごしていた仲間であり、家族だ。彼女が私の戦闘技術の師匠であり、命の恩人でもあるサオリ」
「アリウス生徒会副会長兼総務の錠前サオリだ。うちのアズサが世話になったようだ、礼を言わせてもらう」
「これはこれは、ご丁寧に……私は阿慈谷ヒフミといいます」
アズサに紹介され、辿々しくも頭を下げて自己紹介をするサオリに対し、ヒフミも反射的に頭を下げて挨拶をした。
「そして、ミサキにヒヨリ、最後にアツコ」
「えへ、えへへ……槌永、ヒヨリです。生徒会で書記をやらせてもらってます……挨拶ってこういうので良いんですかね?」
「戒野ミサキ、生徒会会計」
「駄目だよミサキ、もう少し愛想良くしなきゃ。私は秤アツコ、生徒会長をさせてもらってるよ。アズサと同じように私達とも仲良くしてくれると嬉しいな」
「生徒会長って……つまりナギサ様と同格っていうこと!?」
続けて挨拶をする生徒会の面々。ヒヨリはどこか自信なさげに、ミサキはこれ以上無いほどに無愛想に、それを咎めながらにこやかにアツコが締めるが、最後の最後に自分が学園の最高権力者ですなんて告げるものだからコハルが驚愕の声を上げた。
ハナコやヒフミというイレギュラーのせいで勘違いされがちだが、生徒会長という立場はトリニティでは高嶺の花であり、おいそれと付き合えるものではないのだ。そんな人物が眼の前にいるとなれば驚くのも無理はない。
「そうだけど、私は1年生だしそんなに改まらないでほしいな。あなた下江コハルでしょ? 同い年だし、気軽にアツコって呼んでよ」
「え、いや、でも……」
「ほら、アツコって言って、ア、ツ、コって」
生徒会長という役職を前に生来の人見知り体質が再発し、しどろもどろになるコハルに対しアツコは執拗に絡んでいく。仲良くなりたいという思いはとても強く感じられるのだが、それにしては圧が強い一面もあり、それに耐えきれなかったコハルはハナコの後ろに隠れてしまった。
「むぅ……」
「駄目ですよコハルちゃん、折角仲良くしたいって言ってくれているのにそういうのは」
「で、でも……なんか押しが強くて、つい」
「アツコの意外な一面だな……」
コハルに逃げられ、アツコは頬をふくらませる。盾にされたハナコはその行いをたしなめるが、アツコから発せられる圧の強さは対面してみないことにはわからないだろう。
一方サオリは拗ねるアツコの姿に目を丸くしていた。こんな姿はベアトリーチェ時代では見ることはできなかったのだから当然ではあるのだが、彼女の子供っぽい一面の発露は、まさにアリウスが新しい時代を迎えたということの証明といえた。
「あ……」
「あら……」
そして自然とハナコとアツコの視線が交わり、双方えもいわれぬ感覚に襲われる。確信こそないが、この人とは話が合うかもしれない―――そんな期待に、2人の表情が自然と緩む。
「なるほど、とても面白い方のようですね。これからもよろしくお願いしますね、アツコ
「うん、よろしくハナコ
「……今の間は何なの?」
互いに近づき、固い握手をかわす2人。新たな友人を迎えられた喜びにアツコは非常に上機嫌となる。それがイマイチ理解できないコハルは疑問を口にするが、一方アズサは解体中の旧校舎を見て首を傾げ、ヒフミに振り向きながら口を開いた。
「ところで、何でこんな所に集まっていたんだ? 皆を少し探すのに手間取ってしまったんだが」
「あ、ええっと、その……」
まさかお別れ会の計画を考えていたなどと言えず、口ごもるヒフミ。そんな彼女の実情など知らず、サオリはヒフミの肩に手を置きビクンと身を震わせる彼女に笑みを見せた。
「まあ、それよりもだ。トリニティで右も左も分からないアズサの友達になってくれたことに感謝したい。その、こういう事を言うのは変かもしれないが、これからも引き続きここでアズサの事をお願いできないだろうか?」
「……はぇ? え、えええっ!?」
「うわっ、どうしたヒフミ、そんな変な声を出して……」
アズサを頼むというその一言、それによりヒフミはようやくアズサが帰るというのが思い込みであることに気づいた。思わず叫び声を上げてアズサを驚かせてしまうが、そんな事を気にする精神的余裕は今の彼女には存在しない。
「ええっと、その、アズサちゃんはアリウスに帰るんじゃないんですか……?」
「うん? いや、アズサはトリニティへの残留を望んでいる。私としても、アリウスとトリニティの友好の架け橋としてアズサが残るのには異論はないからな、だからお願いすると言ったわけだが……」
「それとも、ヒフミは私がトリニティに残るのは嫌か?」
「ま、まさかそんな事ありませんよ! ただ、勝手にそう思い込んでただけで……だってほら、故郷から離れて一人なんて色々と寂しいでしょうから!」
結局、アズサが帰るというのはただの思い込みでしか無く、お別れ会の計画などヒフミの独り相撲でしかなかったというわけで、大慌てで弁明する羽目になってしまう。一人ワタワタとする姿は少々滑稽であり、彼女以外の全員……それこそミサキでさえもクスリと笑うのであった。
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平和会談、家族との再会、そして学園の視察を経てアリウス生徒会の初の外交は無事に全スケジュールは終わり、サオリ達は帰路につく。既に日は大きく西へと傾いており、既に夕方の時刻に差し掛かろうとしていた。
スポーツ系部活の掛け声があちこちから聞こえる中、アリウス生徒会の4人はティーパーティーからの案内の生徒の引率のもと、正門へと向かって歩いていくが―――その先、まさに正門の前に何人かの生徒がたむろしている。灰色の改造制服を身に纏った彼女達はトリニティ自警団、その中に2人、見覚えのある顔が―――
「待ってたぞ、錠前」
「スズミに……お前は、風路イトハだったか?」
足を止めるアリウス生徒会の前に不敵な笑みを浮かべて立ちはだかる風路イトハ。無手だが、そこに一切の隙はなく思わずサオリは身構える。後ろに控えるスズミは一切の感情を表に出すこと無く4人を見つめていた。
「な、なんですかあなた達は……洲根次官、どういうことですか!?」
「いいから、あなたは黙って見ていなさい」
案内役のティーパーティーの生徒は突然の事態に狼狽し、自警団に混ざっている同じ制服の人物、フィリウス派次官、洲根イルミに叫ぶように問いかける。しかし帰ってきた答えは無常なもので、彼女は思わず頭を抱えるが、その横をすり抜けてアツコが先頭に立つ。
「……あなたがスズミがトリニティで暮らすのに手助けしてくれた人?」
「うーん……そうであり、違うとも言える。私はただ、スズミに戦い方を教えただけだ。主に世話していたのはこいつ、ティーパーティーの洲根イルミ。あの時にコイツは居なかったから顔は知らないだろ?」
「そうだね、私としてもあなた達と顔を合わすのは初めてかな。私は秤アツコ」
「お前がお姫様だな、話は聞いている」
「見送りに来てくれたのかな? スズミの顔は見たかったし、連れてきてくれてありがとう」
どこか物々しい雰囲気を感じながらも、アツコは物怖じせずに
「はははは! いいね、いい度胸してるよお前。うん、ほらほらスズミ、挨拶ぐらいはきちんとしておけ」
「……はぁ、イトハ先輩の悪ふざけに付き合わされるこちらの身にもなってください。サオリさん、ミサキさん、ヒヨリさん、そして……アツコさん、その、ええっと……」
ひとしきり笑った後、彼女は自身の背後にいるスズミの肩をつかみ、ずいっとアリウス生徒会へと突き出す。控えていた自警団の面々も苦笑いしているあたり、物々しい雰囲気というものは演技だったのだろう。全部スズミとアリウス生徒会……否、スクワッドがきちんと腰を落ち着けて顔を合わせるためのちょっとした芝居だったというわけだ。
「……ふふっ、トリニティでいい仲間ができたようだな。昔のお前はアリウスでは浮いていたが、今のを見て安心したよ」
「うん、すごくいい関係っぽいね」
かつての家族、
「な、なんですか……もう、折角皆の様子を見に来たのに」
「いや、すまないスズミ。それで、私達に会いに来るとはどういう心境の変化があった? お前は……
「……そうですね、ただ私も結局はアリウスの人間だということを思い知らされました。ですから、私もアリウス生まれとして故郷の復興に、トリニティの学生として可能な限り協力したい……そういうことをあなた達に伝えたかったんです」
「スズミさん……」
アリウス嫌いであったスズミだが、
しかし、お世話になったイルミやイトハ、自警団の人々を置いてアリウスに帰るというわけにもいかず、トリニティで何か出来ることはないかと模索している最中である。まだまだ妙案は浮かばないが、それでも復興に対する想いをせめてスクワッドの皆には伝えたい―――そういう想いから彼女はスクワッドの面々と会うべく正門で待っていたのだ。
少し前のスズミの素っ気ない態度からもう彼女は自分たちに関心がないと思い込んでいたスクワッドの面々であったが、ここに来て彼女のアリウスへの想いを聞き、胸が熱くなるのを感じた。そういうのに一番弱いヒヨリは、その言葉に思わず涙ぐむ。
「……まあ、期待しないで待ってるよ」
「素直じゃないね、ミサキは」
「うるさい」
「……ふふふ、ミサキさんも本当に変わりませんね。それでは、どうか皆さんお元気で。そちらが落ち着いたら自警団の皆で遊びに行くこともあるかもしれませんので」
「ああ、その日がくるのを楽しみにしている」
こうしてスズミとアリウススクワッドの間にあったわだかまりは解消され、再会を約束した彼女達は互いの帰るべき場所へと向かってゆく。サオリ達の姿が見えなくなるまでスズミは手を振り続けるのであった。
「……錠前と
「イトハ、あちらは忙しいのですから空気ぐらい読みなさい。ほら、早く行きますよ」
―――ただ一人、イトハだけは少しばかり不満そうではあったのだが、それは本筋とは全く関係のない話である。
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生徒会ティーパーティーのテラス―――このトリニティの政治の中心部といえるこの場所で学園及び自治区中心部を眺めながらお茶会をするというのは、まさに特権階級だけが行えるものである。ごく一部の例外はあれど、基本的にはティーパーティーでも幹部レベルでなければ呼ばれることはない。
”……いやあ、無事に会談や視察が終わって何よりだったな。皆、お疲れ様”
「はい、思っていたよりずっと話がスムーズに進んだのは正直有難い話です。過去の経緯のことも考えると少々こじれる事も覚悟していましたが……」
”ま、そこは私の教育の賜物と思ってくれ”
アリウス生徒会との会談が終わり、ホッとした様子のナギサに
結果として今回のアリウス使節団との会談も何事もなく、それこそ恨み節の一つもでてこなかったのはまさに偉業と言えるだろう。一体全体どのような教育を施したのか興味は尽きないが、そんなナギサの思惑を他所にミカが
「本当に夢じゃないかって思うことは今でもあるけど、私の夢をこうして叶えてくれた先生には感謝してもしきれないなぁ。ねえ先生、お礼をしたいんだけど何かしてほしいこととか無い?」
「そう言って、先生とデートでもしたいとか思ってるんじゃないだろうかいミカ? 流石にそれは少々欲の皮が張っていると思うな」
「……セイアちゃん、身体の調子が戻ったと思ったら前みたいにチクチク言葉するようになったねぇ、そんなに私を怒らせたいのかな?」
「ふふふ、君だけにいい思いはさせないということさ」
アリウスとの件に関して感謝の言葉を述べ、お礼をしたいと言い寄るミカだが、それにセイアが横から茶々を入れる。「君の頭はピンク色だね」と暗に述べるその言葉にミカの顔が引きつるものの、ティーカップから口を離した
”私が願うのは、君達が健やかに過ごすことだけだ。そんなに気を使わないでくれ、私は私の仕事をしただけだからな”
「うーん、そういう言い方はずるいなぁ……」
「見給えミカ、これが立派な大人の態度というものだ」
「それはセイアちゃんが得意げに言うセリフじゃないと思うけど?」
それで落ち着くかと思いきや、再びちょっとした言い合いを始めるセイアとミカだが、それは中が良いことの証明であろうか。
「アリウスとの会談で援助や協力について様々な事が決まりましたが……先生としては、今回の会談内容についてどう思われましたか? ゲヘナとの協議もこれからにはなりますが…」
”んんっ……そうだな、自治区間接続用の
咀嚼してる最中にナギサに話を振られ、慌てて紅茶でサンドイッチを流し込みながら
旧ユスティナ聖徒会が残した勝手口である隠し通路は資材運搬用のトロッコのレールが備わっており、天井も高いことからここを改修すれば比較的安価にアリウスとトリニティを繋ぐルートが開通する見込みがあった。それが完成すれば一気にアリウス自治区に流れ込む物資の量は大きく改善され、復興に弾みがつくだろう。
そして、大半が焼け野原になった市街地の再建についてもトリニティの資金力は大いに助けになる。キヴォトスは地球と比べて短時間でビルが建つほとに土木建築業が盛んな場所だが、それはあくまできちんと支払いがあってのこと。レッドウィンターの工務部のように支払いが滞って建築中の物件を爆破―――なんてことにならないようにするためには、まずはお金によって信頼を得る必要があるのだ。
”次に、アリウスに眠る古いユスティナ聖徒会の資料の調査と、その対価として救護騎士団とシスターフッドによる人道支援。これについても医療や食事に窮するアリウス自治区の状況を改善するのには必要なことだろう。ただ施すのではなく、あくまで対価として提供するという形になったのは良いと思う。あくまでアリウスとトリニティは対等であるという建前を維持するには、そういうものは必要なんだ”
アリウス自治区にはユスティナ聖徒会が残した数多くの資料が残されている―――ユスティナ聖徒会の血を引くアツコによってもたらされたその情報は、後継組織であるシスターフッドにとって無視できるものではなかった。
今トリニティに残されているものとアリウスの資料を突き合わせれば新たな発見があるかもしれないと考えるのは当然で、その調査の為にアリウス自治区に立ち入る許可を得る代わりに、対価としてシスターフッドと救護騎士団が人道支援を行うという契約を交わしていた。
行われるのは食料支援と医療支援。どちらもアリウス自治区に今すぐ必要なもので、支払うべき資金が存在しないアリウスからすれば土地の使用料として得られるのならば文句はない話である。
対等な契約によってもたらされる利益は、アリウスの生徒達の自尊心を傷つけること無く復興の足がかりとなるだろう。こういう公式の場で自尊心を傷つけるようなことがあれば、将来に遺恨を残すことはほぼ間違いないのだから。
「……何とか問題はなさそうということで一安心、ということでしょうか」
「準備のほどに関しては問題ありません。私共は何時でも出られるよう整っておりますので」
「本当は今すぐにでも向かいたいところなのですが、致し方ありませんね」
ナギサ、そしてミネとサクラコは彼の言葉を受けて安心したかのように頷く。アリウスの復興の道のりはまだ始まったばかりだが、ローマは一日にして成らずという言葉があるように、大掛かりな事業が完了するには長い時間が必要になる話であった。
To be Continued in Vol.4.1 ”
評価者50人到達、そしてUA70000突破本当にありがとうございます。そろそろ連載開始から1年になりますが、ここまで来ることができたのは読んでくださる皆様のおかげです。
次回からカルバノグの兎に相当する話になりますが、SRT特殊学園が残っている本作世界線では果たしてどのような事になってしまうのでしょうか。