METAL WOLF Archive XD   作:W.B.O

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Episode3 ”Escape from D.U.(脱出)

 シャーレ地下は広大であり、戦車すら収容可能な大規模な地下格納庫が存在している。無論、それだけではなくシャーレのビル全体を支えるインフラが集中しているのもまた地下であった。電気配線、水道、ガス、そして通信ケーブル……地下に敷設されているインフラは当然ながらビルの地下区画から入ってくるのだ。

 

 使用されていない予備のサーバールームとして割り当てられている一室。サーバーこそ設置されてはいるものの動作はしておらず、ただ静寂と闇が支配しているその部屋の壁の向こうから僅かに響くのは何かを叩くような音。コンコンと小さく何度か鳴った後、激しい打撃音と共に壁が大きく歪み、パネルが室内へと倒れ込む。

 

 

「けほっ、けほっ……なんて埃っぽい場所でしょうか」

 

”普段人の出入りがないから仕方ないな、その分出迎えもなくて済む”

 

 

 埃が舞い上がる中、口元をおさえながら部屋に現れる2つの人影。ヴァルキューレ制服を脱ぎ捨てて何時もの和装に戻ったワカモと、ワイシャツとスラックスで身を固めたシャーレの先生(マイケル・ウィルソン)である。

 

 

”ま、冗談はさておき……待ち伏せが無かったのは幸いだ。この部屋の近くにあるのが地下格納庫で、そこには執務室の横の格納スペースと直通のエレベーターがある。メタルウルフは上階にあるからここから行けば最短でいけるぞ”

 

「先生はシャーレのビルの構造を全部覚えていらっしゃるのですか?」

 

”当然だろう? 私はS.C.H.A.L.Eの先生なんだ、何処に何があるのかなんて把握してなきゃ”

 

 

 先生(マイケル)はそう言いながらドアを開け、地下格納庫へと通じる廊下に出る。照明は付けず、懐中電灯の明かりを頼りに2人は進み、やがて広大なスペースへとたどり着いた。ここが地下格納庫だが、収容されている兵器類はない。上階の収容スペースだけで現在事足りているため、ここを使う必要性が存在しないのだ。

 

 そして格納庫の奥、巨大な扉の向こうに存在するのが車両用のエレベーターである。まるで航空母艦のそれのように広く、普通の車であれば6台くらいは余裕で並ぶだろうか、今まで一度も使っていないためきちんと動作するのかが少々心配ではあったが、実際に乗り込んでボタンを押したところ全く問題はなさそうだと安堵する。

 

 

「……先生、少々バリケードを築いたほうが良いかもしれません。私はともかく、待ち伏せを受けたらあなた様の身が危険ですので」

 

”ふむ……一理あるな。鋼板があるからこれを使うか?”

 

「はい、設置はこのワカモにお任せください」

 

 

 恐らく補修用に用意されていたであろう鋼板や工具が入ったキャビネット等をささっと並べ、即席のバリケードを作るワカモ。ぱっと見少女の細腕であるにもかかわらず重量物をホイホイ持ち上げるその様子は、地球の常識で考えると頭がバグりそうになる。

 

 とりあえず設置を終えた所で、先生(マイケル)は鋼板の後ろに隠れてエレベーターの動作を開始すべくスイッチを押す。転落防止のためのフェンスが床から飛び出し、ゆっくりと上昇を始めるエレベーターの中で先生(マイケル)はシッテムの箱を覗き込んでいた。

 

 

『先生、執務室のフロアに生徒さんの反応があります。所属は……SRT特殊学園!』

 

”HOUND小隊か?”

 

『いいえ、これは……1年生のRABBIT小隊の方々です。執務室のフロアに3名、屋上のヘリコプターに1名ですね、全員の武装を確認しました』

 

”S.C.H.A.L.Eにお悩み相談に来た……というわけじゃなさそうだな”

 

 

 画面の中、アロナが伝えるのは上階で待ち伏せを行っている生徒達の情報。同時に配置、装備、コンディションが彼の周りに立体映像として表示される。これはシッテムの箱の戦術支援機能によるもの。

 

 彼女達(敵勢力)が今何処にいるのか、それをリアルタイムで把握できるというのは指揮官にとって最大の懸念材料である”戦場の霧”を払拭できるということである。どれほど技術が発達しても有機的に変化する戦場の全てを把握することは不可能だと言われているが、シッテムの箱はまるで自身が神となったかのように周囲の全てを見渡すことが出来るものであった。

 

 そして、相手が何処にいるのか分かっているのならば―――最初の一発で相手を確実に仕留めることが出来るということでもある。

 

 

”ワカモ、目標階にSRTの生徒が3名いる。1年のRABBIT小隊、ポイントマン、小隊長、スナイパーが出口を張っているぞ”

 

「あら……思っていたよりも随分と早いのですね。ですが、1年生程度に遅れを取るワカモではありません」

 

”そこは信用しているよワカモ、だがこっちはエレベーターという逃げ場のない空間にいる上に、数では1対3というのは辛いだろう。私が指揮を取るから、言うとおりに動いてくれないか?”

 

「あなた様のお言葉をどうして疑う必要があるのでしょうか? どうぞこのワカモを存分にお使いください」

 

”よし、では今からプランを説明するぞ”

 

 

 ゆっくりと上昇していく車両用エレベーターの中、先生(マイケル)はワカモに細かな指示を出していく。射点を指定し、射角を限定。バリケードを遮蔽とし、たとえ先に撃たれようとも万全な態勢を作り出し、そして―――

 

 

******************************************************************

 

 

 シャーレビルの上層階、執務室の存在するフロアにラペリングで侵入したRABBIT小隊のミヤコ、サキ、そしてミユの3名は屋上で待機しているモエのオペレートの下各部屋を確認しながら奥へ奥へと進んでいく。

 

 モエは3人のステータスを管理しながらシャーレビルのセキュリティをハッキングし、監視カメラなどを押さえていくが、その途中車両用のエレベーターが作動して3人がいるフロアに向かっていることに気づいた。思ったとおりだと彼女はニンマリと笑い、インカムに手を添える。

 

 

『こちらRABBIT3、格納庫の車両用エレベーターが作動しているよ。恐らくだけども目標はそこにいる筈』

 

「了解RABBIT3。RABBIT2、RABBIT4、直ちに出口を押さえます。付いてきてください」

 

「了解、(ポイントマン)が前に出る」

 

「り、了解……」

 

 

 モエの情報によってミヤコ達はフロア全体の制圧から格納庫制圧へと目標を変え、フォーメーションを組みながら通路を進んでいく。そして格納庫の入口に到達した彼女達はポイントマンであるサキを先頭に物陰に注意をはらいながら少しずつエリアを制圧し、無人の格納庫を占拠する。

 

 そして待ち伏せのためにポジションにつくミヤコの視界の端にシャーレの先生(マイケル・ウィルソン)が使用しているパワードスーツ、メタルウルフが入り込む。シャーレの象徴ともいえるその存在は、彼女にとってSRTの功績を横取りする憎々しいもの。彼女の顔が怒りに歪み、銃のグリップが軋みを上げた。

 

 そんなミヤコの心情をよそに、サキはフォークリフトを遮蔽にしてRABBIT-26式機関銃のバイポッドを展開、依託射撃の構えをして配置についた。ミユも同様にキャビネットを遮蔽にして依託射撃の構えを取る。

 

 全員が遮蔽を取りつつ、決して想定される相手からの射線に重ならないように自然と動くのは、彼女達がSRTとして厳しい訓練を受けている証だ。

 

 

「こちらRABBIT2、配置についた」

 

「……RABBIT1、スタンバイ」

 

「ら、RABBIT4、準備よし……」

 

『オッケー、エレベーター到着まで残り20秒。19……18……17……』

 

 

 ドアに銃口を向け、エレベーターが到着するのを今か今かと待ち構える3人。予想到着時間をカウントするモエの声がインカムから聞こえてくる。

 

 

『10……9……8……7……!? な、何これ……!?』

 

「RABBIT3、何が起きたんですか!?」

 

『た、端末がカウンターハックされて……!?』

 

「おい、RABBIT3! 応答しろ!」

 

 

 だが、その途中にモエが焦りの声を上げてカウントを中断したことで、集中していたはず彼女達の意識はそちらへと持っていかれてしまった。何が起きたのかと問うミヤコの声に辛うじてモエは反応することが出来たが、詳しい状況を説明する直前に通信にノイズが走って彼女との更新は完全に途絶してしまい、サキがインカムに怒鳴りつけるが反応はない。

 

 一体彼女に何が起きたのかをミヤコは思案するが、最悪の可能性に思い至るのは一瞬であった。通信妨害という状況下、思い出されるのはエデン条約調印式の出来事。そう、あの時は―――

 

 

「こっちの動きが読まれています! 全員、射撃自由!」

 

 

 ミヤコが声を上げたまさにその時、到着を知らせるアラームが鳴り、エレベータードアが音を立ててゆっくりと開いていく。僅かな隙間が生じた瞬間、ミヤコの視界にはマズルフラッシュが煌めくのが見え―――

 

 

「はうっ!?」

 

「ミユ!?」

 

「くそっ! どうしてピンポイントで狙えるんだ!?」

 

「RABBIT2、反撃を!」

 

 

 小さな隙間を縫うように放たれた銃弾は、まるで狙いすましたかのようにミユの眉間に命中し、彼女は堪らず後ろに倒れ込む。気配遮断に優れ、本気で隠れれば誰にも見つかるはずのないミユを狙って射撃したという事実に2人は驚愕しながらも、反射的に反撃のためのトリガーを引いた。

 

 2人の射撃による弾幕は開いていく途中のエレベータードアに幾らか吸われたものの、それでも半数以上は開いていく隙間に飛び込んでいくが、聞こえてきたのは鋼板に当たったことで生じる金属音。

 

 

「リロード!」

 

 

 目標に命中したという手応えを感じれぬままではあったが、サキは自身の機関銃に装填していた弾薬を使い切ったことでマガジンを交換しようとする。しかし、その隙を逃さぬとばかりに再びマズルフラッシュがエレベーターの中で煌めき、直後サキの鉄帽が弾き飛ばされた。

 

 

「うわっ!」

 

「サキ!?」

 

「だ、大丈夫だ、鉄帽が飛ばされただけで―――」

 

 

 咄嗟に頭を下げたことで鉄帽が飛ぶ以上のダメージを受けなかったサキだが、尻もちをつくように姿勢を崩したことで次の行動に素早く移ることが出来ない。ミヤコも無意識的に彼女の方へと顔を向けたことでトリガーを引く指が緩んでしまう。そして、それは決定的な隙となり―――

 

 

突撃(CHARGE)!”

 

「はああっ!!」

 

 

 格納庫全体を震わせる先生(マイケル)の号令と同時に銃剣を輝かせながらワカモが飛び出し、態勢を立て直せていないサキへと駆け出していった。

 

 

******************************************************************

 

 

 時間は僅かに遡り、上昇中の車両用エレベーターの中。先生(マイケル)の作戦に従い愛用の小銃を構えるワカモは胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。愛しの先生に頼られているというこの状況にどうしてときめかずに居られようか。たとえ今から戦う相手が因縁のあるSRT、それもかつて自らを捕縛したFOX小隊だろうと負ける気はしなかった。

 

 

”10……9……8……7……よし、カウンターハックと通信妨害だアロナ!”

 

 

 先生(マイケル)の指示通りにバリケードとなっている鋼板に身体を隠し、小銃を鋼板の角に委託して時を待つワカモ。この角度で指定したタイミングで射撃をすれば確実に一人は持っていけると彼はいうものの、それを確認する術は彼女にはない。

 

 普通に考えれば、見えぬ敵を狙うなど観測者に万全の信頼を寄せない限りは難しい話である。しかし彼女にとって先生(マイケル)は100%の信頼と愛情を寄せる相手であり、そこに一切の疑問を挟む余地はなかった。

 

 時を刻む彼の声と心臓の鼓動がリンクして集中力が極限まで高まっていく中、先生(マイケル)はシャーレへのハッキングを進めるモエの端末をアロナに攻撃させて制御権を取り戻すと、シャーレの機材を用いて通信妨害を行い相手の連携を崩す。これが彼が行う最後の一手、あとは時が来るのを待つばかり。

 

 

”3……2……1……撃て(Fire)!”

 

 

 そしてカウントが0になる直前にエレベータードアが開き始め、格納庫の照明が微かに漏れる。それを待っていたかのように先生(マイケル)の号令が放たれ、ワカモはその指示通りに引き金を引いた。コンマ秒のズレもなく、銃声がエレベーター内に響く。

 

 僅か数センチの隙間を縫って飛翔した弾丸は、まるでそうなることが運命付けられていたかのようにスコープを覗き込んでいたミユを撃ち倒す。即座にミヤコとサキの反撃の銃弾が飛んでくるが、バリケードの陰に隠れているワカモには一切かすりもしない。

 

 

『”ポイントマンの装弾数は20、直ぐにリロードするだろうからその隙をつく。小隊長の方は70連マガジンを使っているが、その位置なら1発だって当たらないだろう”』

 

 

 先生(マイケル)は作戦を伝えるときにそう言っていたが、たしかにそのとおりだとワカモは感心していた。まるで相手の配置、装備、その全てを見通しているかのような采配に、彼女はより恋慕の念を強く抱いた。

 

 数秒の射撃の後、彼の言葉通りにポイントマン(サキ)がマガジンの弾を撃ち尽くし、リロードの態勢に入ったのをワカモは見逃さない。ミヤコからの銃撃が無視できる以上、この隙を突く形で彼女は再び小銃を構え、その目立つ鉄帽目掛けて引き金を引く。

 

 耳をつんざくような銃声と共に反動を感じ、放たれた弾丸は確かにサキの頭部へと命中するも、与えた損害は鉄帽を跳ね飛ばすだけ。ワカモは運のいいヤツだと内心毒づくが、被弾の衝撃までは逃がす事ができずに姿勢を崩したことからリロードが中断され、しかも被弾に気を取られたのか相方の射撃も止まる。

 

 

突撃(CHARGE)!”

 

 

 その隙を見逃す先生(マイケル)ではなく、彼は直ちに突撃の号令を発した。数で劣り、武器も単発威力こそ高いものの投射量で劣る以上、時間を掛けずに決着をつけるならば白兵戦に限るという判断によるものだ。

 

 

「はああっ!」

 

 

 当然ワカモもそれを良く理解しており、号令がかかると同時に彼女はバリケードを飛び越え駆け出す。狙いは、勿論ではあるが先程の射撃で姿勢を崩したサキだ。尻もちをつき、手にした銃にはマガジンは刺さっていない。これ以上無いほどに無防備であるように見えた。

 

 

「うわっ!?」

 

 

 しかしサキとてSRTとして激しい訓練を積んでいる生徒である。姿勢を崩したとはいえ、ワカモの突撃に無防備でいるわけではなかった。ギリギリのところで立ち上がることに成功して自身の銃を盾にして銃剣による刺突を受け止めるが、それと引き換えに切先が排莢口に深々と突き刺さった事でボルトが破損し銃としての機能は喪失、ただの鈍器と化す。

 

 

「せいやっ!」

 

「あっ!?」

 

 

 突撃の勢いを殺す事無くワカモが小銃を振り上げると、銃剣が突き刺さったままのRABBIT-26式機関銃はサキの手を離れて宙を舞う。愛銃が飛ばされたことで反射的にそれを目で追ってしまうが、敵が眼の前にいるときに相手から目を離すべきではない。そこは彼女の経験の少なさが浮き彫りになる形であった。

 

 

「沈みなさい!」

 

 

 最後まで銃を掴もうとしていた都合、両手を上げる形となっているサキの胴体は今や無防備。あと一歩踏み込めば密着できるという距離にあったワカモはその機会を逃すこと無く、まるで舞を舞うかのような動きで前進しながらくるりと回ると、流れるように全力で銃床をサキの鳩尾へと向けて叩き込んだ。

 

 

「がっ……!?」

 

 

 銃床がめり込むと同時にサキの身体はくの字に曲がり、悶絶しながら崩れ落ちる。意識は完全に飛んでいないようだが、ピクピクと痙攣して、だらしなく開いた口から唾液が垂れるに任せたまま。頭上のヘイローがチカチカと点滅しているのを見るに、もはや戦闘は不可能だろう。次はお前だと言わんばかりにワカモは顔をゆっくりとミヤコへと向けた。

 

 

「狐坂ワカモ……!」

 

 

 仲間が2人も倒され、モエからの支援も受け取れぬ孤立無援な状況。まるで肉食獣と対峙したかのような錯覚に襲われて身体が震えてしまうが、ミヤコは己を奮い立たせて身体の震えを抑え込んだ。

 

 

「FOX小隊ならまだしも、子ウサギごときにこの私を止められると思っていたのですか?」

 

「私はSRTです! 揺るぎない正義の為、あなたのような悪を許すわけには行きません!」

 

「大口を叩くのは結構、ですがそれに伴う実力がなければ……この私は止められませんわ!」

 

「くっ!」

 

 

 疾風の如く駆け出すワカモ。ミヤコは咄嗟に反応してトリガーを引くものの、遮蔽物を駆使してトリッキーに動き回る彼女の動きに追随しきれない。右に、左に、時として跳躍するその奔放な動作についていくには、ミヤコはまだまだ経験が不足しているのだ。

 

 一方のワカモであるが、散々煽っておきながらもミヤコが喰らいついてくる様に内心焦りを感じていた。全力で駆けているからこそ今は被弾がないのだが、ミヤコの狙いが段々と正確になってきており、気を抜けば被弾してしまいそうになるという事に一筋の汗が流れる。

 

 このままでは埒が明かない―――そう判断したワカモは、一気に決着をつけるべく弾切れのタイミングを狙い、自らを弾丸に見立ててミヤコの懐目掛けて飛び込んでいった。

 

 

「しまった!?」

 

「これで……終わりですわ!」

 

 

 眼の前に迫る銃剣。リロードは間に合わない―――そう判断したミヤコは、咄嗟に銃を突き出して空のマガジンでその一撃を受ける。薄い鉄板でしかないマガジンは容易く貫かれるが、受け止めるには十分。

 

 

「なっ!?」

 

 

 仮面を付けている故にその表情を外から見ることは出来ないが、必殺の一撃を受け止められたことにワカモは驚愕し、目を見開いていた。ミヤコの本来の実力では到底反応しきれぬはずの一撃であった筈なのに、何故―――その一瞬、僅かにワカモの思考が止まる。

 

 その小さな隙を見逃さず、ミヤコはマガジンリリースボタンを押し、銃からマガジンを切り離す。そして、突撃の勢いのまま前進してくるワカモの顔面へと向け、彼女は銃床を一気に振り抜いたのだ。

 

 

「やああっ!」

 

「あがっ!?」

 

 

 それは完璧なカウンターであった。銃床の直撃を顔面に受けたワカモは、防弾仕様の仮面を付けていたとは言え激しい衝撃を受けて堪らずたじろぐ。また、この一撃で口の中を切ったのか血の味が広がっている。

 

 

「はあっ、はあっ……や、やった!?」

 

 

 一方ミヤコはというと、乾坤一擲の一撃が決まったことに驚きを隠せないでいた。本来、ミヤコとワカモの実力差というものは覆すことが出来ぬほどのものがあったのだが、先のエデン条約調印式における一件以降、彼女は悔しさをバネに血が滲むほどの猛訓練を重ねていた。サキが思わず心配するほどに訓練に打ち込んでいた彼女は、それが決して無駄ではなかったというのをこの場で証明してみせたのだ。

 

 

「……よくも、よくもよくも!」

 

「い、今の一撃で倒れないなんて……!」

 

 

 しかし、この一撃で沈められなかったというのは彼女の今の限界を示すもの。傷を受け、逆上するワカモは”災厄の狐”としての本性を剥き出しにしながらまるで獣のように掴みかかってくる。ミヤコは何とか身を捩ってそれを回避するが、続けざまに銃剣による斬撃やハイキックなどを休み無く放ってくる相手に防戦一方となった。

 

 直撃こそ避け続けているが、攻撃をかわすのではなく防御で受けるというのは格闘ゲームとは違い痛みを伴うもの。銃剣のような生身では受けられないようなものは自身の銃を盾代わりにして防ぐものの、蹴りや拳、銃床打撃などの連撃を捌き切ることはできず、その分ダメージは蓄積していく。ミヤコは打撃を受け続けている腕のしびれを自覚し、これ以上持ちこたえることは不可能であるということを理解してしまう。

 

 

(また、また私は……いいえ、私は二度と負けない! もう二度と、あんな惨めな思いは……!)

 

 

 敗北の予感に、ミヤコはエデン条約調印式の後の事を思い出して歯を食いしばった。自らの失態によってSRTの名に泥を塗ってしまった時の悔しさ、惨めさ、それが今の彼女を突き動かす。

 

 

「思いの外手こずりましたが……これで終わりとしましょう!」

 

 

 中々倒れないミヤコに業を煮やしたワカモは、今こそトドメを刺すべく銃剣を振りかざして飛びかかった。全力で振り下ろされるであろうその一撃を受けるには、ミヤコの身体はあまりにも傷つき過ぎていたが―――刹那、銃声が鳴り響く。

 

 

「ぐっ!?」

 

「……ッ!?」

 

 

 同時にワカモの姿勢が崩れ、弾き飛ばされたかのように床に転がる。とはいえ受け身を取れたのか、彼女は即座に立て直すと銃声がした方向へと顔を向けた。無論、ミヤコも同じ方向へと視線が動く。

 

 

「良く持ちこたえたRABBIT1! 後は私達に任せてお前は物陰に隠れて亀になっていろ!」

 

「HOUND小隊現着。HOUND4、目標と交戦を開始します」

 

「なんとか間に合ったようだね、よかったよ」

 

 

 そこに居たのは、新たに格納庫に踏み込む3人の生徒。RABBIT小隊とは色が違うもののSRTの制服に身を包んだその姿は同じSRTであるミヤコ、そしてワカモにも覚えがあるものであった。

 

 彼女達は2年生のHOUND小隊。果たして何時やってきたのかミヤコには分からなかったが、先輩が助けに来てくれたということに安堵を覚えながらも、彼女の胸に小さくトゲが刺さる。結局自分たち(RABBIT小隊)は何も出来なかったのだとミヤコは己の不甲斐なさを恥じた。

 

 

「HOUND小隊……先生の恩を忘れたのでしょうか? 貴女方はシャーレ直属だったと記憶していましたが」

 

()()()()()()()()()()()狐坂ワカモ。かわいい後輩を甚振ってくれた礼はしなきゃならん」

 

 

 HOUND1たる岸洲(きしじま)トミはワカモに向けた銃口をあえて下ろし、昏倒しているミユと悶絶したままのサキを見る。彼女達は決して他のSRT生と比べて見劣りする人材ではないのだが、こうも容易く無力化するとは。

 

 RABBIT小隊が先に交戦してあまり時間が経っていないはずだが、それにしては壊滅までの時間が早すぎる。いかにワカモが強かろうとそれはあまりにも不自然すぎた。だからこそ、それを実現するために何が必要なのか―――その要素に思い至るのには、それほど時間は必要としなかった。

 

 

「……先生の指揮のお陰か、こいつは」

 

「ッ! そういえば、先生(目標)は……!?」

 

 

 呟くトミの言葉にミヤコはハッとし、格納庫の中に視線を走らせる。ワカモ突撃の掛け声を出して以降、彼の気配を彼女は感じることができなかった。ワカモが派手に動いていたせいで気にする余裕がなかったとも言えるが、この瞬間まで彼を見失っているというのは致命的な失態と言えるだろう。

 

何故なら―――

 

 

”Let's Party!”

 

 

 ―――駐機していたメタルウルフに、その本来の持ち主が乗り込む隙を与えていたのだから。

 

 

「しまっ―――!?」

 

 

 吊架バーに吊り下げられるようにしていたメタルウルフの赤い単眼が輝きを放ち、チェーンを引き千切りながら両足を床へとつける。壁にかけられている多種多様な武装に手を伸ばすと、その巨人はまるで巨大な大砲に見えなくもない武器を手に取った。あれは一体何なのか、HOUND小隊にも覚えはない。一度も任務に使うこと無くずっと格納庫の肥やしとなっていたあの武器は―――

 

 

「来るぞッ!」

 

 

 メタルウルフは身構えるHOUND小隊へと砲口を向け、トリガーを引き絞る。

 

 

「きゃあっ!?」

 

「おあああっ!?」

 

「なんだよそれはああああっ!?」

 

 

 その砲口から放たれたのは砲弾ではなく、猛烈な風。アメリカ軍の研究所が竜巻を研究して開発したという使用用途が一切不明のバカげた武器TLT750(TWISTER)。しかし、そこから放たれた猛烈な回転を伴う風は人を吹き飛ばすのに十分な威力があった。HOUND小隊の3名は踏ん張る事もできずに装備ごと身体が浮き、壁へと叩きつけられる。何なら、格納庫にあった各種工具や機材も一緒だ。

 

 

”散らかしてすまんなトミ、タエコ、アリア。悪いが今私は捕まるわけにはいかないんだ”

 

「あの程度で済ますなんて、先生はなんてお優しいことでしょうか」

 

”あの子達も私の生徒だ、無闇に傷つけるのは違うだろう?”

 

 

 台風が通過したような惨状の格納庫。HOUND小隊が無力化されたことでフリーとなったワカモはメタルウルフの足元へと駆け寄り、やや熱っぽい視線で見上げる。もはやミヤコ(自分)は眼中にない―――そう言われたように感じ、彼女の心の中の黒い炎が再び燃え上がった。

 

 

「逃がしません……!」

 

「……呆れますね、これほどの差を見せつけられてもまだ戦うというのですか?」

 

 

 痺れ、うまく動かない手で辿々しくもリロードを終えたミヤコは、もはやマトモに照準も出来ぬほど銃口を震わせながらも立ちはだかる。その様子にワカモ呆れ果てた様子で声を上げ、肩をすくめた。明らかに無謀を通り越しているその行いに果たして何の意味があるのだろうか。

 

 

「SRTのためにも、私はここで逃げるわけにはいかない! 揺るがぬ正義の番人として、あなた達のような悪を野放しになど、できない……!」

 

 

 もはや前に進むことすらままならぬほどに消耗しながらも、ミヤコの目には怒りの色が滲んで見える。その思いの丈をぶちまけるように彼女は言葉を続けた。

 

 

「私は……あなたのような大人(悪人)が一番嫌いです!」

 

「知った風な口を!」

 

 

 その言葉に怒り狂い、銃口を向けようとするワカモ。しかしそれをメタルウルフがそっと制した。一体何故―――ワカモにはそれが理解できない。だが、先生(マイケル)がやめろというのならばと彼女は銃口を下げた。

 

 

”元気で結構、だがその言葉(正義)を軽々しく口にしないほうが良い。中々に重い言葉だからな、そいつは”

 

「……ッ!」

 

 

 そのままミヤコに何をするでもなく、壁にかかった武器を回収して彼は格納庫を後にしようとする。その背中に手を伸ばし、彼女はとうとう感情を爆発させて叫ぶ。

 

 

「何故私を倒さないんですか! 倒す価値すら無いと……そういうつもりですか!」

 

”……君は今、自分を見失っている。何のために戦うのか、もう少し落ち着いて考えておきたまえ”

 

 

 振り返る事無く先生(マイケル)はミヤコの声に答え、そのまま2人は格納庫を後にする。彼女の視界からメタルウルフが消えようとするその時、ふと思い出したように彼は言う。

 

 

 

 

必ずここに戻ってくるぞ(I'll be back)

 

 

 

 

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 何時も使っている執務室にメタルウルフのまま乗り込んだ先生(マイケル)は、残された私物のうち最低限のものを回収して背面の武装コンテナへと放り込んでいく。それが終わるのを待つワカモが何故か割れていた*1窓から下を覗いてみれば、道路を埋め尽くす勢いでヴァルキューレのパトカーが大挙して押し寄せ、包囲の構えを見せていた。

 

 

「呼ばれもしていないのに図々しいですこと」

 

”彼女達も仕事だ、そう言ってやるな”

 

 

 憎々しげに吐き捨てる彼女を宥めつつ、最後に先生(マイケル)はスーツを放り込んだ。これはキヴォトスにやってきたときに着用していたもので、彼の手元に残っている数少ない故郷(地球)の品である。

 

 

”しかし、この歳でホームレスになるとはな。家を追い出されるのはこれで2回目だが……”

 

「たとえ地の果てだろうとも、このワカモ……何処までもあなた様について行きます」

 

『私だって、先生といつまでもずっと一緒です!』

 

 

 シャーレで暮らし始めて数ヶ月、忙しいが中々に楽しい日々を過ごしてきた彼はここから去らねばならぬという事実に先生(マイケル)は消沈―――しているようにワカモ、そしてアロナには感じられた。故に慰めるように声をかけるが、実際の所彼の内心は消沈とは真逆。その瞳には決意の光が宿っていた。

 

 

(”このパーティーは少々長くなりそうだな”)

 

 

 彼が住処を追われるというのは、かつて大統領任期1年目のクーデター以来のこと。あの時はホワイトハウス前の秘密の入口から地下通路を伝い、待機していたエアフォース・ワンで脱出して対クーデター軍との戦いに身を投じたのだが……少なくとも、今回に限って言えば戦うべき相手はヴァルキューレでも連邦生徒会でもない。

 

 まずは真の敵を探す事が最優先事項であり、それが分かれば―――全力で叩きのめす。それこそが勝利の方程式なのだ。

 

 

”まあ、こうなってしまっては仕方がない。早い所ここから―――!?”

 

 

 そのためにも、このまま割れた窓から飛び出しておさらばしよう―――そう思っていた矢先、彼らの眼の前に現れる重厚なシルエット。それは、多くの特殊武装を保有するSRTの中でも唯一HOUND小隊だけが運用する強襲重攻撃ヘリコプター”XAH-12”。

 

 そのコックピットに座るパイロットであるHOUND2、陸双(むそう)カズミとシャーレの先生(マイケル・ウィルソン)の視線が交わる。彼女は他のHOUND小隊との通信が途絶して暫く経ったことから心配になって様子を見に来たのだが、それがまさかこのような事になるとは。

 

 先生(マイケル)とカズミ、双方ここで鉢合わせるとは思っていなかったのか、互いに一瞬時が止まったかのようにその姿勢、位置のまま固まってしまった。

 

 

”……っ! ワカモ、掴まれ!”

 

「ひゃあっ!?」

 

 

 先に我に返ったのは、当然のことながら経験の差が段違いである先生(マイケル)だ。彼は咄嗟にワカモを両手でしっかりとホールドするように抱き上げ、即座に窓から飛び出す。

 

 

「あああっ!?」

 

 

 身構えていなかったこともあり自由落下の感覚に悲鳴を上げるワカモであるが、直後メタルウルフの背面ブースターから青白い炎が吹き出し、今度は逆に急上昇するGを受けて意識が飛かける。しかし、咄嗟のその行動のその御蔭でカズミのヘリに妨害されることなく交差し、2人はD.U.の空へと飛び立っていった。

 

 

『くっ、しまった……!』

 

 

 反応が遅れたカズミはそれでもその巨体からは信じられぬほどの速度で機体を回し、追撃の構えを取る。ブースター噴射で飛行しているとは言え、元々陸戦兵器である特殊機動重装甲(MA)は空力性能に劣るものであり、速度は思ったよりも出ないのだ。たとえ速度に上限があるヘリとはいえ、全力で追いかければ追いつけないわけではない。

 

 そして、ここに攻撃ヘリと特殊機動重装甲(MA)によるチェイスが始まった。高層ビルの合間を縫うように飛翔するメタルウルフと、それを追尾するカズミのヘリ。出来る限り追跡を撒くべく狭い隙間を抜けていくが、カズミもカズミでその巨体をまるで自らの一部のように操り、時として先回りを行っていく。

 

 

”流石は猟犬、鼻が利くな……”

 

『そこに感心している場合ですか!? それと先生、もう一機接近してくるヘリの反応があります! これは……クロノススクール所属です!』

 

”今度はマスコミが嗅ぎつけてきたか!”

 

 

 行く手を塞ごうとするカズミをパスし、一旦ビルの屋上に着地してブースターの冷却を行う先生(マイケル)。抱きかかえたままのワカモは仮面の下で顔を青くしているが、そこまで気を回す余裕はない。

 

 執拗に追跡を続けるカズミに舌を巻きながらも、冷却を終えたメタルウルフが再び飛び立とうとしたその時、アロナの警告が飛ぶ。その言葉の通りに視界の端にあるレーダーに新たな機影が現れ、急速に近づいてきていた。

 

 

『こちらクロノスニュースネットワーク(KNN)、ピーター号の捲土ナルコです! 上空よりヴァルキューレから脱獄したシャーレの先生をとらえています!』

 

”ああくそっ、音がデカすぎる! もう少しボリュームを絞ってくれアロナ”

 

『ご、ごめんなさい先生!』

 

 

 そのまま上空へとやってくるクロノススクールの報道ヘリ。目ざとくビルの上で休憩中のメタルウルフの姿を見つけ、カメラマンが興奮しながら身を乗り出してレンズを向けつつリポーターも捲し立てるように大声を出す。

 

 通信傍受のために回線を開いていた先生(マイケル)はその大声に堪らず顔をしかめ、アロナに音量調整を頼みながら距離を取るべく再びブースターを噴射し空へと向かうが、その行く先をカメラに収めつつクロノスのヘリもまた追跡を行い始めた。

 

 

『ご覧ください、ビルの屋上に不法侵入した上に噴射の熱で焦げています! これは立派な器物損壊ですよ!』

 

「やかましい蚊蜻蛉が……」

 

”ワカモ、アレに撃っても無駄だ。あの手のヘリは下手な戦車より硬いと相場が決まっている”

 

 

 些細なことを揚げ足を取るかのように嬉々として中継するクロノスのヘリに対し、ワカモは苛立ちを隠せない。もしメタルウルフに抱きかかえられて(お姫様抱っこされて)いなければ銃口を向けていたところであったが、その気配を察して先生(マイケル)は諭す。

 

 彼自身の経験則からして、あの手のヘリを撃墜するのは時間と弾薬の無駄であると知っているからだ。*2

 

 

『さらに前方から接近するヘリがあります。識別コードはFOX2、SRTのFOX小隊の方々です!』

 

”畜生め、豪華ゲストが勢揃いだな。私は呼んでないが!”

 

 

 後ろにカズミのヘリ、上にはクロノスのヘリ、そして前方からはFOX小隊のヘリ。左右はビルに挟まれ、前門の虎後門の狼という言葉すら生ぬるい状況ではあるが―――SRTのヘリは搭載している武装を使用するつもりがないのか、先程から追いかけてくるばかりである。

 

 実際、彼女達は本作戦の指揮を執る防衛室長(不知火カヤ)から市街地におけるヘリの武装の使用は禁止であると厳命されていた。相手が相手(メタルウルフ)である以上、こちらからD.U.で戦争を仕掛けるような真似は、流石のカヤも出来なかったのだ。

 

 それでも彼の逃走阻止のために彼女達はやるだけの事をやろうとしていた。カズミは己の乗機をぶつけてやろうと何度もメタルウルフとニアミスし、前方から迫るFOX小隊のヘリからはFOX4(天神山オトギ)がキャビンから身を乗り出し、FOX3(高倉クルミ)の補助を受けて対物ライフルの狙いを定めようとしていた。

 

 

”舌を噛むなよ、ワカモ!”

 

「ひゃひぃっ!?」

 

 

 オトギがまさに引き金を引くその瞬間、ズームされた映像からタイミングを察知して先生(マイケル)はメタルウルフに戦闘機動(コンバットマニューバ)を行わせる。機体をロールさせ、背面飛行から機体を急降下。道路ギリギリの高さにまで高度を下げた後、再び機体をロールさせて道路に足を付け、アスファルトを抉りながら急ブレーキを行う。

 

 

「うっそでしょ!? 何そのマニューバ!」

 

「流石は先生、戦い慣れている……!」

 

「みんな、ちゃんと掴まって!」

 

 

 ギリギリの所で狙いを外され、驚きを隠せないオトギと冷静に動きを観察するユキノ。ニコが機首上げを行い急減速しながら機体をバンクさせて射線を通そうとするものの、オトギが再度狙いをつけようとした瞬間にメタルウルフは再度跳躍して速度と高度を上げる。

 

 一連の動作はまさに滅茶苦茶といってもいいもので、彼の腕に抱かれているワカモはぐったりとしていた。あの”災厄の狐”すらついていけぬ機動を平然とこなし、針の穴を通すような繊細なコントロールでアスファルト以外を傷つけぬように動いていくとは。彼の本気の一端を見たFOX小隊の面々は息を呑む。

 

 

「……どうするの、FOX1」

 

「任務の放棄はあり得ない。追跡を続けろFOX2、FOX4も可能であれば射撃を行え」

 

「りょーかい、とはいえ.50口径で有効な打撃を与えられるかどうか怪しいところだけど……」

 

 

 気を取り直して旋回し、機首を反転させたFOX小隊のヘリはメタルウルフを後方から追っていたカズミのヘリと合流する。ニコとカズミはキャノピーのガラス越しにアイコンタクトを行うと同時に、ユキノがインカムに手を添えた。

 

 

「HOUND2、そちらはどうだ」

 

『現在HOUND1との音信が途絶しているためそちらの指示に従う。本機の強度ならば体当たりも可能なはずだ』

 

「……よし、我々が目標を追い込む。HOUND2は先に回り込め、指定ポイントはここだ」

 

『了解、上昇する』

 

 

 ユキノの指定したポイントがSRTの戦術ネットワークで共有され、確認したカズミは先に回り込むべくビルよりも高度を取ると、目標ポイントへと向かう。それをデータリンクで確認した後、ニコは全速力でメタルウルフの背中を追った。

 

 青白い炎を引きながらビルの間を飛んでいくその姿をスコープ越しに見つめるオトギ。落下防止の為にロープで身体を結び、長大な銃身をクルミに支えてもらいながらトリガーに指をかける。

 

 

「3……2……1……今!」

 

「当たれっ!」

 

 

 ユキノのカウントに合わせてトリガーを引き、銃口から飛び出す.50口径のHEIAP弾は目標を完璧に捉えたと思えたが、メタルウルフは後ろを振り返る事無く発射に合わせて路地へと飛び込む。外れた弾丸がビルに突き刺さるが、それはコラテラル・ダメージとして扱う他無い。

 

 

「HOUND2、目標は指定ポイントへと向かっている」

 

『了解、こちらは待機中』

 

 

 車1台が通れるかどうかという狭い路地に入りこまれた以上、ヘリで直接追跡することはできない。FOX小隊のヘリも高度を上げ、少し高い位置からその背中を追う。さらに追い込むためにオトギが何度か射撃を行うが、微妙に加減速を繰り返しているために偏差を誤り、メタルウルフへの命中弾は1発も出なかった。

 

 

「先生は背中に目でも付けてるの!? この私が1発も当てられないなんて!」

 

「だが、うまく追い込めている。HOUND2、通過予想時間を送るのであとはそちらで合わせろ」

 

『突入、今!』

 

 

 狭い路地が終わり、メタルウルフが飛び出すその瞬間、ビルの影からXAH-12の巨体がその進路に飛び出す。完全に出会い頭の形であり、避けられるはずがない―――彼女達はそう確信していたが、その直前に先生(マイケル)はブースターの噴射を切って後ろに倒れ込むように姿勢を変えていた。その動きは傍から見ればサマーソルトといったところだろうか。

 

 

『なっ!?』

 

”そうら、最後の仕上げだ!”

 

 

 カズミは仰天した。一か八かの体当たりを意図して飛び出したというのに、彼女の目に飛び込んできたのはメタルウルフの足の裏。すわドロップキックかと思い咄嗟に操縦桿を引いてしまったのだが、その行動を咎める事など誰ができるであろうか。

 

 彼女の操作に従い機首を上げ、腹を見せるヘリ。そこに両足を添え、刹那先生(マイケル)は力一杯踏み切る。踏み切り板代わりとされたことでヘリは大きく姿勢を崩し、同時にメタルウルフは下方へと加速していく。

 

 

「正気ですか、先生!?」

 

 

 その様子を見ていたユキノは思わず声を上げる。地上から僅かに十数メートル、そのまま地上へ真っ逆さまに加速するというのは自殺行為に思えたのだ。だが―――

 

 

”こいつでタッチダウンだ!”

 

 

 彼女は失念していた。まず第一に、先生(マイケル)は自殺まがいの行為などしないということ。次に、このポイントはハイランダーの路線と並走しているということ。そして最後に、丁度このタイミングで貨物列車が通過するということ。

 

 果たしてそれを狙っていたのかは分からないが、メタルウルフはその編成の一つである無蓋貨車へと着地した。そしてその場に抱えていたワカモをそっと下ろすが、散々派手にシェイクされていたせいかぐったりとして動かない。

 

 

『ああっ、ご覧ください、なんということでしょうか! シャーレの先生がハイランダーの貨物列車に飛び乗りました! 乗車券など当然買っていませんので、これは明らかに無賃乗車です!』

 

 

 クロノスのカメラのレンズの向こうで、貨物列車は地下トンネルへと吸い込まれていく。いくら卓越した操縦技術があったとしても列車のトンネルにヘリが突入するのは物理的に不可能であり、これ以上の追跡を行う事はできない。

 

 トンネルの入口の上空で旋回するSRTの2機、その機内でユキノは渋い顔をしながら貨物列車が消えた先を見つめ続ける。3個小隊という戦力を投入したというのに完全に手玉に取られ、敗北を喫したという事実を目の当たりにし、果たしてどのような報告を上げれば良いのだろうか。

 

 

「……FOX2、HOUND2、シャーレビルへと進路を向けろ。作戦は失敗したが、あちらの状況の確認と証拠の保全を行う」

 

『了解』

 

 

 しばしの思案の後、音信不通となったままのRABBIT、HOUND両小隊の隊員の安否も気になるユキノは彼女達の回収のためにもシャーレビルへと向かうことを決める。結局この作戦で無傷で済んだのはFOX小隊だけであったが、これは到着が最も遅れた結果でしかない。

 

 もし、自分たちがRABBIT、ないしHOUNDと同じタイミングで現着していたらどうなっていたか―――その答えは薄っすらと頭に過ぎるが、あえて意識しないようにしした。

 

 

「あーあ、逃げられちゃった。先生って本当に凄いんだねぇ、1発も撃たずに逃げ切るなんて」

 

「オトギ、腕が鈍ったんじゃないの? 1発も命中させられないなんてさ」

 

「なにおーっ!?」

 

「はいはい、機内で喧嘩はやめてね二人とも?」

 

 

 気が緩んだのか機内で騒ぎ始めるオトギとクルミ、そしてそれをなだめるニコ。ユキノは一人難しい顔をしたまま、遠くに見えるシャーレビルを見つめていた。

 

 

 

******************************************************************

 

 

 

 車用のものと違い、照明のない真っ暗なトンネル。レールの継ぎ目に合わせて一定の間隔でガタンガタンと貨車が揺れ、この無蓋貨車に積まれている鉱石の山が微かに動く。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 仮面を外し、這いつくばって呼吸を整えようとするワカモ。派手な戦闘機動(コンバットマニューバ)をシートベルト無しで体験した結果、彼女は派手に乗り物酔いに苦しめられることとなった。

 

 愛しの先生(マイケル)の腕の中にいたというバフがあってもこれほどのダメージ受けるあたり、彼の行う戦闘行為がどれほどの負荷がかかるものかを証明するものであったと言えるだろう。

 

 

”大丈夫かワカモ?”

 

「ぜぇ……はぁ……な、なんとか大丈夫、です……」

 

 

 メタルウルフから降りて背中をさする先生(マイケル)の言葉に、ワカモは何とか答える。実際の所は大丈夫とは言い切れるものではなかったが、必要以上に心配はかけさせぬというワカモ流の強がりなのは明らかだ。

 

 

”……とりあえず、酔い止め薬と水だ。あとは楽な姿勢をしておくように”

 

「その優しさ……このワカモの心に……し、染み渡ります……」

 

 

 コンテナの中に収納していた持ち出し袋からペットボトルの水と酔い止め薬を取り出し、そのままワカモへと渡す。大変辛そうながらも服用した後、彼女は鉱石の山の上で横になった。衣装が汚れることを気にするほどの余裕は、正直な所今の彼女にはないらしい。

 

 

『先生、これからどうなさるおつもりですか? 既にヴァルキューレから指名手配されてるようですが……』

 

”こういう事は前にもあったからな、今回は一人でやらねばならないが……まず、潜伏できる拠点を作る。幸いにもそういう事に向いている土地を私は知っている”

 

『え、そんな土地があるんですか!?』

 

 

 メタルウルフに戻り、独自の情報収集を行いながらこれからのことを心配するアロナの声に対し、地図アプリを開きながら答える先生(マイケル)。ヴァルキューレに公開手配されているようだが、そんなわかりきっていたことよりも今は何処へと向かうのかというのを明らかにする方が大事である。

 

 彼が見る画面の中央、現在位置を示すマーカーはトンネルの中であっても貨物列車の動きに合わせて変化していた。そして、今彼らが使っているハイランダーの線路を示す地図表示が続いていくのは―――D.U.から離れ、ミレニアム自治区方面。

 

 

”ミレニアム自治区、廃墟エリア。敵対勢力も管理者も居ない、我々の新天地(フロンティア)さ”

 

 

To be Continued in Episode4 ”1 Week Later(1週間後)

*1
RABBIT小隊がラペリングで突入したため

*2
ボスより硬いヘリとは何なのか




 前話に引き続きワカモが暴れ散らかし、RABBIT小隊をボッコボコにしちゃいます。ミユはその存在感のなさが乱戦に対し致命的なまでに強すぎるので、断腸の思いではありますが初手退場とさせて持たいました。ミユ好きの方には本当に申し訳ない。

 そしてミヤコは再び任務失敗という挫折を味わう事に……何者(カイザー)かが仕組んだこの状況。果たして正義とは何なのか、それを証明することはできるのでしょうか。
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