シャーレの先生、マイケル・ウィルソンが七囚人狐坂ワカモと共にヴァルキューレ、SRTの追跡を逃れて姿を消してから1週間。キヴォトスはかつて起きた連邦生徒会長失踪時ほどではないものの、混乱の渦中にあった。
事の始まりはというと、彼とワカモが行方をくらませてから直ぐ、ヴァルキューレによる指名手配がなされたと同時に連邦生徒会防衛室が発表した声明にある。
『シャーレの先生は密かに自身の破壊欲求を満たすべくワカモと手を組み、襲撃事件を起こした』
この一連の出来事は多くの学校にとってまさに晴天の霹靂というものであり、驚きをもって受け止められた。まさか、あのシャーレの先生がと数多の学校が衝撃を受ける中、一番最初に行動を起こしたのはアビドス高等学校であった。
『うへー、何より正規の手続きを重要視していた先生がそんな事するわけ無いでしょ、何寝ぼけたこと言ってんの連邦生徒会は。私達があれだけ苦しんでる時に助けてくれなかったくせに、こういうときだけ手の早い。本当の暴力ってやつを教えてあげようか?』
シャーレが始動してから最初の事件、今ではアビドス事件として知られる一連の騒動の中心であったアビドスでは連邦生徒会に対する不信感が強く、
そして続けて
『禄に仕事も出来ないくせに、我々に情報を公開すること無くシャーレの先生を犯罪者扱いする連邦生徒会にどうして従う必要があるのか?』
そのような主張が三大校の中核に近い人物から非公式ながらも飛び出し、どういうわけかインターネットの海に広まったのだ。連邦生徒会長失踪以降影響力を低下させ続けていた連邦生徒会にとって、それは無視できるものではない。
しかし、
ここまで
おはよう諸君、皆心配していると思うが私は無事だ。少々引っ越し作業が立て込んでいたので報告が遅れてしまったことは申し訳ない。早速本題に入るのだが、今回の件に関して言えば私は無実である。どうやら何者かが私をハメようとして事件を起こし、その罪をなすりつけてきたようだ。だが、どうか心配しないでほしい。私は私の無実を必ず証明するつもりだ。
それと、この件で連邦生徒会やヴァルキューレの子たちを責めないでもらえないだろうか。彼女達だってただ自分に与えられた仕事をしていただけに過ぎないんだ。
自らの無事と無実を訴え、さらには連邦生徒会側への配慮も含まれていた書き込みの効果は絶大で、連邦離脱すら検討されていると噂された三大校の動きはまたたく間に鳴りを潜め、見た目の上ではキヴォトスは平穏を取り戻したように思えた。だが、肝心の
今回の書き込みから多くの凄腕のハッカー達が
だが、それでも彼の居場所を探るために数多の学校が人材を投入した。身内に抱え込めば優位に立てるという打算や、純粋に保護したいという善意など様々な思惑が複雑に絡み合い、各校の裏方が暗躍する。このような行いを抑止するのは本来連邦生徒会の仕事だが、もはやあの組織にそのような力は残っておらず、積み重なる書類の山の前に役員達はすり減らされていった。
―――第二の事件
だが、そのマーケットガードも襲撃者に対しては全くの無力であり、またたく間にブラックマーケットは火の海となる。この場所に住み着いていた不良生徒も焼け出され、元々住む場所がない故に流れ着いた彼女達は再び路頭に迷う羽目になった。焼け野原になったブラックマーケット跡地に難民キャンプが生まれ、それに伴う治安の悪化はD.U.へと及ぶ。
D.U.の治安の悪化はヴァルキューレの業務を圧迫し、ただでさえ予算不足に喘ぐ彼女達にさらなる苦労を押し付ける事となった。当然、ヴァルキューレはブラックマーケット襲撃犯の正体を追うべく捜査を行ったのだが―――被害者の証言及び監視カメラの映像から、狐坂ワカモ及びメタルウルフの関与が濃厚とされた。
無論、ヴァルキューレはその事を公表するのだが―――待っていたのは他学園からの反発。既に
―――第三の事件
それから数日の後、今度はD.U.とトリニティの境界近くでスケバンとヘルメット団が抗争している所に再びワカモとメタルウルフが現れ、周囲の建物ごと叩きのめした。被害は甚大で、D.U.のみならずトリニティ自治区にも戦火が広がり多くの建物が倒壊する。
今回は今までの事件とは違い、鎮圧のために出動していた正義実現委員会とヴァルキューレ双方からも目撃情報が出た。今まで被害者による証言か、あるいは監視カメラの決して鮮明とは言えぬ映像を参考するほか無かったのだが、多くの生徒に目撃されたというのは大きな変化だ。
彼女達に目撃されたのは、3m級の濃紺色の機械の巨人。赤い単眼に背中には巨大なコンテナというその出で立ちは確かに
ここに至り、トリニティもヴァルキューレ及び連邦生徒会が適当にでっち上げて
―――そして、シャーレの先生が姿を消してから7日目の朝が訪れる。
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穏やかな光が窓から差し込み、外からは鳥の囀りと水が流れる音が聞こえてくる。キヴォトスではたとえ真夜中、早朝であったとしても銃声の一つや二つは聞こえてくるものだが、ここ数日周囲からそのような音は聞こえてこない。何故なら、周囲数キロの範囲で人が居ないからだ。
”朝か……ふぁぁ、流石に徹夜はするもんじゃないな”
ここはミレニアム自治区にある廃墟と呼ばれる不可侵領域。かつてはデカグラマトンと呼ばれる
今彼が居るのはそんな廃墟の奥、かつて水没地帯と呼ばれた場所に隣接する区画にある廃マンションの一室。訪れた当初は部屋は埃にまみれていたが、ワカモと協力して掃除した結果新築みたい……とは言わないものの、住む分には何ら問題ないレベルとなっていた。電気はメタルウルフから引けば良いし、水そのものは豊富。サバイバルキットに浄水器があるので飲料水にも困らないという、適当に見繕ったにしては中々に優れた物件と言えるだろう。ついでに言えば家賃だって必要ない。
「先生、朝食の用意ができました」
”ン……おお、すまんな”
部屋のドアが開き、良い匂いを漂わせながら食事が載せられたお盆を手に入ってくるのはエプロン姿のワカモ。まるで新婚さんのように見えるのだが、実際同棲状態にあるのでそうとられてもおかしくはない。もしこの光景を今は亡きリチャード・ホークに見られたら、果たして一体どんな煽りをしてくるのか。
「どうぞ」
ワカモが差し出したのはホカホカの白米に豆腐とわかめ、そしてネギが少々乗った味噌汁に、焼いたアジの干物。典型的な百鬼夜行風の朝食だが、
さて、隠れ家で潜伏しているというのに新婚みたいなことをしているのかと言えば―――ワカモがそれをしたがっていたという以外に、一応の理由はあるのだ。
1週間前、隠れ家にたどり着いた二人はこれからの事について話し合い、まずは情報収集を行うという事で双方意見は一致した。シッテムの箱というキヴォトスにおいて無法なデバイスを保有している
しかし、この隠れ家にいるのはワカモと
正直な所シャーレ時代のほうがまだ休めたぞと言いたくなる状況であったが、全ては自分の無実を証明するため。故に情報収集作業は手を抜くことはできず、そのために睡眠時間を削る彼の健康のためにせめて食事だけは―――そんな思いから、ワカモは彼の身の回りの世話をしているのだ。しかも、態々ミレニアム自治区の市街地まで降りて聞き込みがてらに食材の購入までしてくるという気の入りようである。
「どうですか先生、私の料理は」
”毎回言うが、君は料理屋やっても大成すると思うよ”
食事の度に味はどうかと聞いてくるワカモであるが、百鬼夜行風の食事に不慣れな
今回も褒められ、嬉しそうに尻尾が揺れるワカモの姿を微笑ましく思いながらも
(”監視カメラの映像はハッキングされて差し替えられていた。連邦生徒会のセントラルネットワークをハッキングできる能力を持つものは多くないが、全く察知されずに潜り込むとなるとヒマリやリオだって無理だろうな……”)
まず、自分の関与の証拠とされた監視カメラの映像だが、これは間違いなく捏造されたものであった。カンナはハッキングなど不可能だと言っていたが、交通室の監視カメラのデータ保管用サーバーに明らかに外部からアクセスした痕跡が存在していた。
それはシッテムの箱でなければ気づけぬほど巧妙なもので、ヴァルキューレや連邦生徒会の役員が気づかなかったのも無理はない。とはいえ、そのせいで指名手配された身としてはそのくらいは気づいてくれよと言いたくなる気持ちもある。
(”S.C.H.A.L.Eのシステムにもハッキングの痕跡があった。あれはチヒロが組んだ相当にガチガチのセキュリティがあったはずだが、まるで合鍵でも持ってるかのようにするりと入り込んでいる。かなりの凄腕ハッカーのようだが、何の目的で?”)
シャーレのセキュリティにもハッキングされた後があり、こちらも監視カメラの映像が差し替えられるという被害が生じている。むしろそれ以外の被害が無いのが不気味なのだが、それが逆に犯人の狙いを分からないものとしていた。
連邦捜査部シャーレのメインサーバーには多くの機密情報が収められており、その内容は多種多様。最悪学園がひっくり返るレベルの情報すら入っているが、そちらに手を出した痕跡はない。普通、ハッカーというものはこういう機密情報には飛びつくイメージがあるが―――この犯人はまるで興味がないのか、あるいは
(”まあ、メインサーバーは常時アロナが監視しているから下手に触れば逆に焼かれる危険性がある。それを察知したとみれば、中々勘が良い奴と見て間違いないだろう。他には―――ハッキングと言えば、ミレニアムの基幹システムがオフラインになっていたな。以前はそんな事はなかったはずだが、何時からだ?”)
そして、シッテムの箱でキヴォトス全体に対してハッキングを敢行していた中、唯一鉄壁の防御を誇っていたのがミレニアムであった。まさかシステムをネットワークから丸ごと切り離しているというのは彼にとっても予想外なのだが、それは不便を強いるということとイコールである。
本来高度なネットワーク化されたシステムに依存しているのを無理やり遮断しているということは、通常の業務処理すら滞っているはず。にも関わらずそうしているというのは、まさにその必要があるからだ。ネットワークに接続していては危険だと認識しているような―――
(”……もしかしたら、ミレニアムはこのハッカーについて何か知っているのかもしれないな。なんとかして接触できないものか”)
「あの、あなた様? もしかして、お口に会いませんでしたか……?」
そこまで考えが及んだ所で、食事の手が止まっている
”いやいや、考え事をしていただけさ。ただ、そろそろアクションを起こす必要がありそうだな……昨夜も偽物が出たらしい。今度はトリニティとの境界線だそうだ”
「またですか……本当に許しがたいですね、私の偽物ならまだしも先生の偽物だなんて」
メタルウルフとワカモの偽物が引き起こした第三の事件のことは既に大きく報道されており、インターネットに接続すれば嫌でも目につく。特にクロノスのように煽り立てるような報道機関のニュースを見れば、まるで
”この件、関与しているのは今のところ3人は確定している。私の偽物、ワカモの偽物、そして監視カメラを書き換えているハッカー……それでだ、このハッカーについてだが、ミレニアムがなにか知っているのではないかと私は睨んでいる。だから今日は、ここの
「先生が自ら動かれるのですか?」
”ああ、公式なアポが取れない現状では機会を見て接触するほかない。ミレニアムの学園敷地に潜入して、ユウカあたりとコンタクトを取れれば最高だが……最悪、特異現象捜査部の部室に行くことも考えている”
一週間の潜伏期間を経て、ついに動くという
食事を終えた二人は片付けの後、ミレニアムへの移動に向けての準備を行う。拠点はまだ引き払わないが、出来る限り痕跡を残さぬようにと丁寧に隠蔽工作を行い―――二人は廃墟を後にした。
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ミレニアムサイエンススクール生徒会、セミナーの会計である早瀬ユウカは明らかに不機嫌という表情を隠すこと無く、周囲の人々を怯えさせながら歩いていた。ここまで彼女を不機嫌にさせている原因は様々あるが、どれが一番割合が高いかと言えば会計処理業務だろう。
今まで各部活、部署の予算の会計処理はアプリケーションを使えば簡単に行えていたのだが、ここ一週間ずっと紙でのやり取りを強いられていたせいでユウカのストレスはマッハである。ホコリを被っていたFAXを使い、あるいはミレニアムの敷地を駆けずり回り、手に入れた情報もいちいち手動で入力する必要があった。ただでさえセミナーの仕事は大変だと言うのに、前時代的なやり方を強要されているのだから無理もない。
シャーレに助けを求めようにも、例の事件で
「何なんですか、突然メッセージが来たと思えばこんな人気のない公園の座標だなんて……!」
つい1時間ほど前、ユウカのアカウント宛に
「……誰も居ない。こんなときにいたずらをする人ではないはずだけども」
指示された座標に到着したユウカであるが、そもそもミレニアムの隅にひっそりと存在する公園にわざわざ訪れるミレニアム生など殆ど居ないためひっそりとしている。物陰に誰か隠れているのかと探したものの、成果は何も得られなかった。
「もう! 一体何なんですか!」
”ハァイ”
「……あれ? 今、先生の声が―――」
”ハァイ、ユゥカァ”
「きゃあ!?」
一体何のつもりなのかと怒りを表すユウカの耳に微かに飛び込んでくるのは、聞き覚えのある男性の声。聞き間違いではないのかと一瞬疑ったが、次の瞬間はっきりとした声が足元から聞こえてきた。
公園の隅の隅、雨水が流れ込む排水溝の隙間、その闇の向こうから覗き込む双眸。思わず悲鳴を上げて尻もちをつくユウカであるが、それが
「先生……ですよね?」
”そうだな、お探しの通りの連邦捜査部S.C.H.A.L.E顧問のマイケル・ウィルソンだ。そして君は早瀬ユウカ。ちょーっとばかり諸事情によって太陽の下を歩けない身になってるのでこんな形で失礼させてもらうが―――”
少々おどけた感じで挨拶する
”ぐえっ!?”
「先生! 今まで一体何処に居たんですか!? 私達、ものすごく心配で心配で……!」
キヴォトス人の膂力で襟首を掴まれ、思わずカエルが潰れたような声を出してしまう
以前の彼女であれば問答無用で発砲したであろうが、多少は他人を慮る事ができるようになったのは成長と言えるだろう。あるいは、7日間の同棲生活を経てただ正妻面しているだけなのかもしれないが。
”……あー、まあ、そのだな。つまり、キヴォトスで鳴らした私は濡れ衣を着せられ当局に逮捕されたが、拘置所を脱出して地下に潜った。だが、地下で燻っているような私ではない。見えざる敵を探るためにここ1週間ずっと情報収集を行っていたわけだ。今まで連絡ができなかったのは……居場所が露見する可能性を出来る限り下げたかったからだな”
「見えざる敵……ですか?」
”ああ、そうだ。例の事件が私の姿を騙る偽物の手によって行われているんだが、その正体と目的はいまだに不明。ただ、収穫が何も無かったわけではない……証拠を捏造し、ヴァルキューレを動かした謎のハッカーの存在は掴んだ。今日君を呼んだのは他でもなく、そのことについてミレニアムに聞きたいことがあったからだ”
「そうだったんですね」
ユウカとしては、
しかし、同時に彼の語る犯人グループについての説明を聞き、彼女は思わず薄ら寒い気分となる。まさか、まさかという思いがだんだんと強くなっていくが―――
”……相手のハッカーはだな、連邦生徒会のセントラルネットワークやチヒロ謹製のS.C.H.A.L.Eセキュリティに軽々と侵入する能力を持っている。まるで
「………」
”……ユウカ?”
「……そのことについて、実はシャーレのというか先生とお話したいことがありまして」
”あー、まあ、そのだな、とりあえずリオやリツコ、それにヴェリタスのヒマリとチヒロも呼んで話し合おうじゃないか、な?”
半ば死んだ魚のような目をして協議を持ちかける彼女の姿に、
「わかりました……大至急連絡を取るので、先生はそこから動かないでくださいね? また居なくなるだなんて、私……嫌ですから」
”……やれやれ”
そこに居ろと強く念を押し、この場を去るユウカの背中を見送った
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ミレニアムの地下は多数のトンネルが走っている。送電線、通信ケーブル、ガス、上水道、下水道など様々な生活インフラがまるでクモの巣のように張り巡らされているのだ。特に通信ケーブル網はかつてHub、そして今ではホドと呼ばれている巨大なメカが整備していたこともあり、直径にして10メートルは超える巨大なトンネルとなっていた。
それほど巨大なトンネルともなれば、その一角にほんの小さな部屋を接続させたとしても誰も気づくことはないだろう。ミレニアムサイエンススクール生徒会、セミナーの会長を務める調月リオもそのつもりでここにセーフハウスを作ったのだ。
「こんなセーフハウスがいくつもミレニアムの各地に存在するらしいんですよね、リオ会長の私費で作っているらしいとはいえ、ミレニアムの資産を勝手に使っているのには変わりませんけど」
”ハハハ、手厳しいなユウカは”
セーフハウスに到着早々、彼をここまで案内してきたユウカは秘密裏に作られているセーフハウスに対する不満を口にする。先の事件でリオがやらかした横領の件は根深く、その処理に忙殺されていた彼女としてはその痕跡を見る度に小言の一つでも口にしたくなるものであった
「……」
「ンフフ、久しぶりだなぁ先生。ああ、怪我については痕も残さず完治したから安心してくれよ」
そして、ユウカの小言を耳にして苦悶の表情を浮かべるリオと、相変わらず何処かで見たような笑みを浮かべるリツコのセミナーの2トップに―――
「お久しぶりです、先生。この誰もが認めるミレニアム最高の天才清楚系病弱美少女ハッカーである私の力が必要なのですね?」
「はぁ……そういうの、一々言わなきゃ気がすまないの? ほら、お客さんがびっくりしてるじゃない」
ヒマリとチヒロ、反セミナーを掲げるヴェリタスのトップが肩を並べているという本来であれば異常とも言える状況も、
”久しぶりだな諸君、こうして顔を見ることができて私は嬉しいよ。さて、既にユウカからある程度は聞いているとは思うが、こうして皆に集まってもらった理由は他でもない。今私は何者かから攻撃を受け、指名手配というレッテルを張られるに至った。その原因の一つに、連邦生徒会交通室が保有する監視カメラの映像が差し替えられたというのがある”
連邦生徒会は仮にもキヴォトス全土を統治する行政機関であり、その保有する機材はキヴォトスの中でも劣るものではない。特に中枢であるサンクトゥムタワーはオーパーツといっても差し支えなく、それに付随する各種行政システムはミレニアムであっても手を出せるものではなかった。
監視カメラの映像を記録しているサーバーはサンクトゥムタワーの機能によるものではなく一般的なものだとしても、セントラルネットワークに繋がっているのであればそのセキュリティは最高レベルのもの。ヒマリは天才ハッカ―、もとい天才清楚系病弱美少女ハッカーを自称しており、実際にキヴォトスでも最高レベルの能力を保持しているが、セントラルネットワークへのアクセスは中々に骨が折れる仕事となる。
それを成し遂げ、かつヴァルキューレにも露呈させないほどの実力を持つハッカーとなると、彼女達の中で思い当たるのは一人しか居ない。
「あー……やっぱあいつかねぇ、そんな事が出来るのは」
「可能性は高いわね、でも……」
”可能性レベルでも、思い至れるのなら私は知りたいものだがね”
セミナーの二人が意味深に小声で話すのを
「先生が言うようなレベルのハッキングが出来るやつは、確かにミレニアムの生徒に居る。いや、正しくは居たというべきかねぇ……」
”その生徒は、チヒロの組んだセキュリティも突破できるのか?”
「私のセキュリティって……シャーレもハッキングされたの? まさか、あれを?」
先生のために特別に用意した強力なはずのセキュリティを突破されたという話に、チヒロは驚きを隠せないでいた。ヒマリがハッキングしようとしてもかなり困難なレベルの防壁を作ったつもりだが、それを突破されたと言うのは到底信じられるものではない。しかし、リツコは当然だろうといった様子で話を続ける。
「あいつの手にかかればパスワードなんてあって無いようなもんだ。しっかし、散々問題引き起こした挙句に行方をくらまし、今回の件に関わってるとなれば擁護できるわきゃねえなぁ。退学処分も考えたほうがいいんじゃねえのか?」
「リツコ、まだそうだと確定していない事をそうだと話すのは良くないことよ。何かしらの理由があるかもしれないわ」
「リオ……貴女本当に成長しましたねぇ。最初からそういう姿勢でいてくれれば、私達だってもっと別の関係性でいられたでしょうに」
「その点についてはヒマリと同意見。でも、それほどの能力を持つ生徒が居ただなんて初耳なんだけど」
問題の生徒に対して強硬な発言をするリツコを諌めるようにリオが口を挟むが、その内容にヒマリとチヒロは感慨深そうにしていた。ほんの数ヶ月前までビッグシスターとして冷酷な独裁者気質で取り仕切っていたはずなのに、すっかり個別の事情まで勘案するようになっているだなんて、どれもこれも
ゲーム開発部、そしてデカグラマトン、AL-1Sもといアリスを巡る一連の騒動を経てセミナーも随分と風通しが良くなったものだが、しかしチヒロの作ったセキュリティや連邦生徒会のセントラルネットワークにハッキング出来る生徒というのは初耳である。その事を問い質した所、リオはバツが悪そうにそれに答えた。
「……以前、セミナーの業務に役立つ能力を持つ1年生がいたのよ。だからスカウトしたのだけれども―――」
「そいつがとんでもない奴でな、早々にミレニアムの予算ぶっこ抜きやがった。保安部長として看過することはできないから速攻ボコボコにしてセミナーをクビにしたが……」
「仮にもセミナーの機密情報を扱った生徒である以上、矯正局に収監するわけにもいかないのでミレニアム内部で勾留していたんです。ですが、時折脱走しては周囲に色々な被害をもたらして……」
「……すごい問題児が居たものだね、うちの子たちよりタチが悪いなんて」
セミナーの3人が語る対象生徒の実態にチヒロは驚いたというか、呆れたと言うか、何ともいえぬ表情を浮かべた。問題児というレベルを遥かに超越しているその内容は、彼女としても呆れるほか無い。それに比べたら音瀬コタマの盗聴趣味や小塗マキの落書き趣味なんて可愛いものだ。
「それで、その子の名前は? ヒマリは知っているかもしれないけど、私は勿論、先生だって知らないだろうし、そこのところの情報は開示してもらわないと」
「そうね……」
せめて名前ぐらいは出せ―――そういうチヒロの指摘に、リオは確かにと納得した様子で口を開く。
「その生徒の名前は、黒崎コユキ。セミナーでは”白兎”というコードネームで呼んでいるわ」
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D.U.外郭地区、連邦捜査部シャーレのビルは今やかつての賑わいは鳴りを潜め、全フロアをヴァルキューレの生徒が闊歩している。カフェも訪れる生徒がなくなり閑古鳥が鳴き、かつての自由な空気が失われ、居住区に住まう元不良は追い出されこそはしなかったものの、何とも肩身が狭そうにしていた。
そんなシャーレのビルの前に一台の車がやってくる。連邦生徒会のマークが付けられたその車から降りるのは、防衛室長である不知火カヤ。正面入口前に並ぶヴァルキューレ生が敬礼して迎えると、彼女は答礼してビルへと入る。
「お待ちしていました、防衛室長」
ロビーで出迎えるのはヴァルキューレ公安局長の尾刀カンナ。ヴァルキューレ警察学校は防衛室の直下の組織であるため、カヤとカンナは上司と部下の関係といえるだろう。カヤはニコニコとした顔を崩す事無くカンナを見上げた。
「シャーレの捜査の方はどうなっていますか?」
防衛室長という立場にあるカヤがシャーレを訪れたのは、シャーレの先生とワカモによる連続襲撃事件の捜査状況の進捗確認と指導という名目。早々に目的を果たすべく彼女は問うのだが、カンナは進みがあまり良くないのか、浮かぬ顔をして答えた。
「監視カメラの映像は既に回収していますが、メインサーバーは完全にロックされていてアクセスできません。一応、残された物理的な書類は押収していますが、まあ……殆どは連邦生徒会が出している仕事関係の書類でしたね」
「なるほど、その書類の進捗状況はいかほどでしたか?」
「逮捕当日に提出するべき書類は殆どが終わっていました。先生は戦闘のみならず、事務処理についても高い能力を持っているようですね、羨ましいものです」
「リンが結構な量を押し付けていると聞いていましたが、それを捌き切るとは……あの人も一種の
ヴァルキューレはシャーレを占拠し、ワカモと
逆に、
「……防衛室長、本当にこの事件はシャーレの先生が関与しているのでしょうか?」
執務室のあるフロアに向かうべく外付け式エレベーターに乗り込み、二人きりとなったところでカンナは問う。元より彼の関与に懐疑的であった彼女としては、あまりにも腑に落ちない所が多すぎたのだ。
「カンナ、そう思うのは当然だと私だって思いますよ。ですが……世の中は正しさだけで回るものではありません」
「……っ!」
「どれだけ気高い理想を掲げようとも、結局のところ最後にものを言うのは権力とお金です。そして一度でもそれに屈してしまえば、もはや理想というのは形骸に成り果てる……それくらい、貴女も良く分かっているでしょう?」
対し、カヤは先程までのニコニコとした表情を一変させ、僅かに目を開くと横に長い瞳でカンナを睨みつけるように見上げた。エレベーター内の雰囲気が一変し、冷たい汗がカンナの背中を伝う。彼女の言葉は、明らかにこの件が何者か―――そして、それが誰なのか大凡予想がつく―――の手によって仕組まれていたことを匂わせるものであった。
「私とて現状に思う所はありますが―――結局、世の中を動かすのであれば、まずは権力の座につかねばどうしようもありません。しかし、その地位におさまるために誰かの手を借りれば、最終的には見返りを求められてしまう。私も、貴女も、そういう立場にありますからね」
そう言い、カヤは上昇するエレベーターの中からD.U.の街並みを見下ろす。遠目には平穏に見えるものの、どこかで銃声が鳴り響き、爆弾が爆発するのがキヴォトスの日常風景だ。
「
カヤは小さく笑い、肩を震わせる。彼女自身、現状は決して面白いものではない。カイザーからは早く
だが、今までの
「まあ、ですが言われた通りのことはしておきましょう、
「……っ、わかりました」
振り向き、何時ものようなニコニコとした表情に戻ったカヤはカンナに対して釘を差す。余計なことを考えず、
「ふふっ、物わかりの良い人は好きですよ……と、到着ですか。さて―――」
そんなカンナの態度を褒めた所でエレベーターは目標フロアに到着し、到着チャイムが鳴ってドアが開く。降りた先、エレベーターホールで待っていたのはSRTの制服に身を包んだ12人の生徒達。先頭に居るのはFOX小隊の七度ユキノ、彼女は一歩前に出てカヤとカンナを出迎えた。
「お待ちしていました不知火室長、そして尾刀局長。FOX、HOUND、RABBIT各小隊、全員が既に待機しています」
「……では、早速始めましょうか。ヴァルキューレ警察学校とSRT特殊学園が共同して行う初の合同捜査、ウルフハント作戦を」
ニコニコとした仮面の奥でカヤの瞳に野心の炎が燃え盛る。その先に待つのは栄光か、破滅か……学園都市であるこのキヴォトスに、再び嵐が吹き荒れようとしていた。
To be Continued in Episode5 ”
潜伏して調査している都合上、メタルウルフで大暴れというのはできませんがこれはメタルウルフカオスとのクロス作品です。誰がなんと言おうとそのつもりで書いています。
ワカモが同棲生活で新妻面してるのは……まあ、本人もまんざらではなさそうなので何も言わないでおきましょう。何故この章でヒロイン的な立場にいるんでしょうか、私にはわかりません。
最後に、次回から投稿時間を月曜日の朝の7時から夕方の18時に変更します。決して間に合わないとかそういうわけではなく、平均15000文字の本作を朝っぱらから読んでもらうのは少々しんどいのではないか思いましたので、そのような決定をしました。
次回からもMETAL WOLF Archive XDをよろしくお願いします。